この橋渡る者無きこと長し   作:塵紙驀地

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新制度公布のお知らせ

「弾幕ごっこですわ」

 

「何ですって?」

 

 折角ヤマメと勇儀が集まって……まあ、勝手に二人が家に来たというのが正しいのだけれど。それで楽しくしてたのに、変なのが来たわ。

 こちらから見たところ、障子の先が見知らぬ空間に置き換わっている。確実にその障子の先には私の寝室があったはずなのだが。ええ、あいつしかいない。地上の大妖怪。当たり前のように約定を破るのよね、この妖怪。こいつが地底に来る時は大概やっかい事を持ってくる時だと相場が決まっている。

 ところで、私の家の障子の接続先がスキマになっているのは、ちゃんと元に戻るのだろうか? スキマね。どうもおどろおどろしい。私はあの中を潜り抜けたことがあるのか……。

 

「……なあ紫よ。私は約束を破る奴が――」

「はーい待ちなさいな! 今回、私はしっかりとさとりからの許可を得ているわ」

 

 どうやら紫は不法侵入していた訳ではないようね。さとりの手を煩わせて、正規の道で地底に来るなんて、なかなか『殊勝』な心がけじゃないの。ええ? どうせさとりをいびり倒して譲歩させたに違いない。……ん、『新制度の公布』?

 

「とまあ、ご協力願いますわ」

 

「あら、なんだろう? パルスィ分かる?」

 

「私に聞かれても困るわよ。本人に聞きなさい本人に」

 

「ええー? それは畏れ多くて。……どうしようかねぇ」

 

「分かったよ。いいから早く話して帰ってくれ。仲間のために時間を使いたいんだ」

 

 ヤマメは私と違って、この話に興味が無さそうね。いえ、私もとても興味があるわけでは無いのだけど。新しい話とやらを多少は知っておきたい。妬もうにも、それが何なのか分からなければ何もできないし。

 勇儀は……、紫のことが好きそうじゃないし、あまり乗り気ではないような。とはいえ妬ましいことに、彼女は鬼のお頭。その要請とやらを認めるにも断るにも、まず話を聞く必要がある。

 

「新制度は、さとりのお墨付きよ。おまけに言えば、地上に住まうあまたの神々も首を縦に振り、なんと今のところ支持率九割五分!」

 

 どうしてこうも胡散臭い真似ができるのだろう。そのせいで、紫がさとりにお墨付かせたようにしか聞こえない。他の神々とやらも同じだ。まだ力の無い神を脅したのよ。そうに違いない。

 

「さとりに酷いことしてないでしょうね」

 

「ちょっと『お話』しただけよ?」

 

 言い方が明らかに何かした言い方ね。明日にでも本当に何もされてないのか、地霊殿に行って確認してこようか。もしさとりが泣いていたら、紫を模した藁人形に五寸釘でも打ち込んでおこう。……私程度の妖怪がかける呪いなど怪物に効くとは思えないけれど。

 

「やめとけやめとけ! 地底暮らしを怒らせると怖いぞ」

 

 勇儀もヤマメも、紫は苦手か。……それもそうか。この妖怪が好かれるわけない。ただ、嫌われても生きていけるというのは強者の証ともとれる。妬ましくてむかむかしてくるわ。

 

「まあまあ、大丈夫よ。ほら」

 

 ……目を丸くしたさとりがスキマから出てきた。

 まず、さとりがいくら小さいとはいえ、首根っこを掴むのはやめた方が良いと思う。紫はさとりを猫か何かと勘違いしているのではなかろうか。

 

「ええと、大賢者さん、それは危ないよ」

 

 全くもってヤマメの言う通りだ。動物がよくされているからといって、ヒトガタに適用するのは間違っている。

 

「首が絞まらないようにはしてあるわ。ご安心を」

 

 ご安心を、ではないでしょうに。

 

「えっと、え……? 私が皆さんに何か謝らないといけないこと、ありましたっけ?」

 

 無いわよ。断じて存在しない。心を読めるのだからわかるでしょう。

 

「そうですよね。急に吊し上げられるものですから……。え? 紫……さん、なぜ呼んだのです?」

 

「やだ面白い。紫さんって。いつもは呼び捨てなのに」

 

 やはり紫は性格悪いわね。勝手に引っ張ってきておいて、その驚いた様子を笑うなんて。……なんだろうか、少し腹が立つ。

 

「何か急用でしょうか?」

 

「いいえ、新制度へのあなたの感想を、皆さんにお聞かせしたくて」

 

「今必要です? それ」

 

 もしさとりが厠……その、必要なことに行っていたなら、私達はどんな表情で彼女を出迎えたら良かったのかしら。ちょっと、さとり、謝るから。ごめんね。

 

「もちろん」

 

「そうですか……。良いですけど。ええ。悪くはないものだと思いますよ」

 

 私はまだその新制度をよく知らないのだけれど――

「ん? 待ってください。貴方、私を呼んでおきながら、新制度をここの方々に伝えていないではないですか」

 

「そうだよ。賢者様からはまだ何も説明されていなくて……。新制度は簡単なのが良いねぇ」

 

 地上と地底でもう取り決められている以上、私達はそれに従うしかない。勇儀が断固拒否すれば迷うところだけれど。

 

「あら、さっき見せたじゃない」

 

「あの時間で、新制度全てに目を通せる者なんているわけ無いだろう。ヤマメやパルスィだってそう思うね?」

 

「これは失礼。では簡潔に。最近の事でございますが、幻想郷に侵略者が現れまして。……ご安心を。大した妖怪ではありませんでした。どのような妖怪かと述べるのならば、背中に翼のはえた蝙蝠……さしずめ吸血鬼とやらでしょう。幼い見た目ながらも力は強かった。お恥ずかしながら、その一派の侵入は寝耳に水でしたわ。まあ、それでもなんとかなる相手とも言えますが。さてここで一つの問題が浮き彫りになったわけでして――」

「長い」

 

「もういけず。……妖怪は怠けすぎた。人を喰らうのを禁止したせいで、人は妖怪を畏れなくなった。畏れの低下は、妖怪の力の低下に直結したわ。幻想郷でも、外界と同じく、妖怪の衰退が見られた。これは大問題よ。もう少し、人に力を見せつける必要があるのよ。私が――」

 

 とりあえず、紫が本題に入るまで、三人でこの新制度について書かれた紙を眺め回しておこうか。紫が大したことを話しそうな様子はなさそうね。

 

「――そんなところで、ねえ、聞いてる? ……まあ良いわ。そこでこの『弾幕ごっこ』よ」

 

 ……おおよそは理解できた。(できる限り)殺さない。殴らない。大技は制限つき。人を減らさず、人に畏れを抱かせる。

 ……しかし、地底に必要かしら?

 

「……ちょっと待ってくれ」

 

「あら、鬼さんは不満かしら?」

 

「いや、……うーん。あまり好きではないな。私としての意見だが、喧嘩などは勝手にやりたい。妖怪同士の喧嘩は禁止されていないんだね?」

 

 さとりの顔を見ろ勇儀。町中で喧嘩されると困るのはさとり達よ。それでさとりはわざわざ闘技場を建ててくれたのよ。せめてそこでやりなさいよ。

 

「私が地底に行き、喧嘩は禁止と伝えたら、それを聞くような輩が地底にいるかしらね」

 

 建前上、紫は地底に行けない。また、鬼は紫の言うことを聞かない。しかし、紫としては、喧嘩を許容すると、この弾幕ごっこが広まらないとわかっている。だから許可とまでは言わない。……黙認ってやつね。勇儀はそこら辺、敏いでしょう。

 

「……分かった。弾幕ごっこについて、皆に言っておこう」

 

「ああ、ちょっと、私にも話をさせてよ」

 

「どうぞ。土蜘蛛さんはこの制度、お嫌い?」

 

「あまり強者にこんなこと言いたく無いのだけど……。この制度、矛盾してないかい?」

 

「……言ってみて?」

 

 ……紫のこの制度にかける思いは本物みたいね。

 

「怒ってないかい? ……ごめんねぇ。やめとくよ」

「いいから」

 

「……妖怪を制度の枠組みに嵌めたら、畏れとは逆の感情を抱くかもしれないのではないかしら? 妖怪がなぜ恐ろしいかって、人それぞれだとは思うけれど、理解不能から来ると思うのよ。私は病が元だね。わざわざ制度に嵌めて、使える力を制限すれば、その分妖怪を軽んずる者も増えるんじゃないかな。どうして妖怪の力が弱まったのに、さらに妖怪と人との差を無くすんだい? ……気になっただけなんだけどね」

 

 ヤマメは、私が思うより物事を考えていたらしい。一番の馬鹿は私か。妬ましいわね。

 

「ああ、そんなことね。ある地上の妖怪も同じようなことを聞いてきましたわ」

 

 どれ、私も少し気になったことができた。ヤマメには悪いけれど、割り込んで聞いてみましょうか。

 

「萃香は」

 

「……萃香?」

「萃香はどう思っているのかしら。その地上の妖怪って、萃香ではないかしら。もしかして、違う? 貴方なら知っているでしょう?」

 

「っ、そうだよ、萃香は!? 地上にいるんだろう。あんたが連れていったんだろ。なあ!」

 

 紫に対するちょっとした嫌がらせだ。その割にはあまり反応が無いのは残念だけれど。でも、多少紫が動じたのは確かだろう。

 

「……纏めてお話しましょう。土蜘蛛さんのご指摘もごもっとも。ただ、幻想郷を正確に把握していないからそう言えるのですわ。地底暮らしなので当然ですが。地上には、人の多くが住まう人里があります。そこでは、妖怪の侵入すら禁止されているのよ。人里から出ることなく一生を終える者も少なくない……。妖怪を『知らない』者が増えている」

 

「なら、一人くらい拐って、それを妖怪のせいにしたほうが良いんじゃないのか? 私達鬼の得意分野だ。地上にいるらしい萃香にでもやらせてやれ」

 

「それも考えました。ただ、神隠しは神のせいにしたいのよ。それに、地上には、愚かな反妖怪勢力もいる。彼奴らに正当性を与えてはなりませんわ」

 

 もはや萃香のことは否定しないらしい。彼女はほぼ確実に地上にいる。それなら地底を探しても見つからなかったのは当たり前だ。

 

「反妖怪……。言うほど不要で愚かなものかしら。だって、私達は――」

 ……心の醜さから生まれきた。それに、私達が人に害を為していることは確かだ。一定の正しさがそこに見いだせると思うのは、私だけだろうか。

 

「違う。違う。断じて違う。逆よ。人は妖怪に感謝しないといけないのよ」

 

 これは……虎の尾を踏んだのかもしれない。紫の表情が明らかに違う。さっきから紫を怒らせてばかりだけど、大丈夫かしら。

 

「……いいわ。本題からそれましょう。これは大事なことなのよ。……あなた方は、科学って、ご存じ?」

 

 聞いたことがない。ヤマメも勇儀もそうだ。さとりは知っているようだけれど。学問であることは間違いなさそうだ。ただ、何を学ぶのか一切予想もつかない。華なのかしら? 雅楽に類似した学問か?

 

「科学とは、経験や理屈で事象を理解しようとするもの。……さとりはどこで聞いたの? いえ、悪いようにはしませんわ。没収なんてそんなやっても時間の無駄になることはね」

 

「……ごく稀にですが、その手の本が落ちていたりします。地上でも最近のものだと、DNAとやらについて記載されていたりしましたよ」

 

 でぃー、えぬ、えー……。駄目だ、さっぱりだ。話についていけなさそうだ。そもそも『かがく』が何かよく分からない。理屈で現実を理解して何になるのだろうか。何だろうが現実はそこにあるのに。

 

「大丈夫よパルスィ。DNAについて分からないことはこいしが教えてくれる。私は分からなかったけど……」

 

 うん、気持ちだけ貰っておく。それについては遠慮しとくわ。さとりが分からないことを理解できる気がしない。

 

「……科学。それはもう便利でしょう?」

 

「いいえ、物によりますね。そもそも、私達には何の役にも立たないものだって多々ありますしね」

 

「そう。そして、人もまた同じ。科学をまだ使いこなせてないのよ」

 

 かがくには便利なものもあるらしい。私達の能力に似通ったものがあると思われる。ただし、扱いにくい……。百聞は一見にしかずという諺、今ならよく分かる。だって私は、かがくについて何も理解していない。

 

「科学は、不可解な出来事の多くを消し去れるほど進歩してきました。例えば、土蜘蛛さんは幻想郷の外……先進国にて、生きることはできないでしょう。それは、病の仕組みを科学で説明できるようになったから」

 

 せんしんこく、……国のことよね。なんとか朝と言わなかったから、多分民主制で、どこかは知らないけど、きっと地上にある。せんしんって何よ。洗心? 奴隷にも優しいのかしら。

 

「……なら、どうして私は生きている? 幻想郷はそのせんしん国に入ってないから?」

 

「幻想郷には結界が張ってあるのよ。外界と幻想郷は分け隔てられている。そのため、幻想郷内の人里の民は病の仕組みを知らないわ。だから、あなたは原因不明の熱病を起こす土蜘蛛でいられる」

 

「……ありがとうと、言うしかないんだろうね。ならば、妖怪にとって、科学は毒かね」

 

「ほとんどの、ですわ。一部、無力化されても生き続けられる妖怪だって存在する。科学では理解できない事象が必ず発生する。そこに恐怖を抱けば、それは妖怪の住処ですわ――」

 

 勇儀が眠たそうにしている。とりあえずお酒の一本でも与えて、好きにさせよう。多分、萃香の話はまだまだ先だ。

「私にくっつく必要は無いわ。お酌の必要もね」

「――……」

 お酒のこと、よく分かったね? ですって? ……いえ、私は心を読めないわよ。読めると軽々しく言うのは、本職さんに失礼だわ。

「本職ではないですよ。仕事ではありません」

 

「――なのよ。ただし、外界の常識は、妖怪などいない。で統一されているのよ。外の世界で、妖怪は力を振るえる状況には無いわ。……本題に戻りましょう。」

 

「外界には歪みが存在する。科学で解明できないものもある。ただし、妖怪は無力化されている。……誰がこの出来事を起こしたのか、外界では擦り付ける先がいない。人間はその出来事への恐怖を持ち始めるでしょう。そこで妖怪が産み出されるならまだいいわ。……私にとっては良くないことですが。しかしおおよその場合、妖怪を作り出せないまま、そこは封鎖されるのよ。経年劣化などさまざまな理由をもって、ね」

 

「……そこで、陰謀論、ってご存知かしら?」

 

「いいえ」

 

 これは弾幕ごっこの話では無かったのかしら。……何かとんでもないことになっている気がする。第一、私が聞いていい話なのだろうか。

 

「ここまで話してもいいのかしら? 私やヤマメなんかは、地底の一住人でしかないわよ」

 

「……あなた達も、いつか知ることになるのよ。先延ばしにしたところで、何も変わらないわ。それよりは、私が言った方が良い。くれぐれも他言無用よ。特に科学については」

 

 そんなことを軽々しく聞かせないでほしい。

 

「地底暮らしにそれを言ったのは、さとりを信用しているからですわ」

 

 それは脅迫というもの。さとりを信用している……。つまり、私達が地底からでないという前提の下で語っているのかしら。もし、私が人里にかがくを伝えたら……。まず張本人は殺される。間違いない。それで、きっと、さとりは……。

 止めておこう。幻想郷に載せられた時点で、誰が権力なのかは決まっていた。

 

「陰謀論とは何か。まあ簡単ですわ。ざっくばらんに言えば、権力者が全てを仕組んでいると妄想することよ」

 

 ここ幻想郷では正しいのではないかしら? 紫が全てを決めている。まあ言うつもりはない。

 

「外の世界では、不可解な事実を隠蔽しようと権力者が考えたからその不可解な出来事が起こった場所を封鎖した。という陰謀論が発生するでしょう。誰かがその場所に入り、捕らえられたのなら、さらにその陰謀論は成長する。……それが妖怪の代わりとなって、人々の心を支配する。幻想郷と違い、人が人を疑うのよ。人が人を信じられなくなれば、共同体は瓦解する。まったく、妖怪に感謝してほしいところですわ。妖怪がいるから、幻想郷では、人は人を疑わずにすむのにね。幻想郷は、妖怪にとっても、人間にとっても理想郷なのよ」

 

「おー……。そうなんだね」

 

 まずヤマメが聞いていた質問とはまったく違う話だけれど、私の気になっていたことの一部は、なんとか理解できた。どうやら、反妖怪派閥は「紫によると」間違っている。人と妖怪は共存しないと、心の豊かさは保てないらしい。

 ……妖怪の力を抑制すると思われる弾幕ごっこの前提に、これだけ長い話が必要となるのね。

 

「本当の本題に戻りましょう。先程言った通り、土蜘蛛さんの懸念は正しい。妖怪を軽んずる者も増えましょう。しかし、それ以上に、妖怪のことを知らしめないといけない時代が来たと私は思ったわ。このルールでも、妖怪らしさは十分出せるはずよ。ほとんどの人間は、霊力を上手く扱えない一方、ほとんどの人ならざる者は、妖力や魔力を使える。その力を少し人に向けるふりをするだけでも、大抵の人は畏れを思い出すはずよ。それで、パワーバランスはこちらに傾く……いえ、元に戻る」

 

 理解できないものが空を飛んで戦っていると聞けば、確かに人はそれを恐れるだろう。しかし、そう都合よくいくかしら?

 

「そうなるか疑っているわね? ふん、大丈夫よ。私が調整すれば」

 

「はあ、そうなのね」

 

 結局そこに行き着いてしまう。調整しようとすれば、できるのだろう。何もできない身としては、そう言うしかないのよね。

 

「妖怪を身近にして、それから畏れも思い出させる。恐ろしげなイベントをいくつか起こせば、それで十分よ」

 

 イベントとやらで面倒事に巻き込まれるのは、御免蒙りたい所だ。不可侵があるから大丈夫だろうとはいえ。

 

「……萃香」

 

「今からその話よ。誰が話したんだか……。萃香自身かしら。でも、それなら、鬼がこんなに慌てている訳がないわよねぇ……」

 

「何をぶつくさと」

 

「不思議なことよ。萃香のことを、あなた達が知るはずはないのに。……こいしか」

 

「こいし?」

 

「萃香が言っていたのよ。こいしに地底を追い出されたとね」

 

 こいしが萃香を追い出した……? ここにいる誰もが動揺を隠しきれていないようね。当然よ。そんな話、聞いたことがない!

 

「こいしが……?」

 

「そうよ。……初耳? なら、誰が……」

 

 紫の動揺は別の理由か。私達が、こいしから萃香のことを聞いていない限り、私達が萃香の在処を知るはずがないもの。ただ、死神のことを失念している。ヒントも無しに、それを思い付くことは難しいでしょう。紫が死神のことを思い出さない限り、情報の出所が分からな――

「……地底住まいの皆様は、死神って、見たことあるかしら」

 

 ……妖怪の賢者の底が見えない。この妖怪は、幻想郷のことをどこまで深く知っているのだろうか。

 死神は何度か見たことがある。小町と、あとは名前も知らないけれども。

 

 

「なんだ、死神? ……あるよ」

「いや。ないねぇ」

「……」

「ええ、あるわ」

 

 ……? さとりが沈黙を続けている。もしかして、話さない方が良かった? 私は政治がなんたるか分かっていないから。ごめんなさい。……違う? ……よく分からない。

 

「……となると、あいつか。職務にもないことをつらつらと。沈黙は金となるのに。そうは思いませんこと?」

 

 その諺、こんなところで耳にするとは思いもしなかったわ。

 

「まあ、萃香は元気よ。別に悪事を働いたりはしていないわよ?」

 

「当たり前だろ」

 

「私は萃香の悪友なので、萃香が何かずる賢いことを始めないか、監視しておかないといけませんわ。ではここで失礼」

 

 ……紫が消えた。良かった。私の寝室はそこに存在している。スキマが数分前にあったとは、到底思えないほど、普段通りの私の部屋ね。……人様がいるのに、勝手に私の寝室を公開して帰るってのはどうなのよ! せめて、スキマとともに、ふすまも閉めてほしかった。……なんだろうか。他人に奥間を見られるのは少し恥ずかしい。

 

 

 

「……さとり。こいしが、って、どういうことだ? 何があったんだ?」

 

「私も……知らないんです。何があったのか」

 

「教えてくれよ」

 

 それと、紫はとんでもない爆弾を残していった。信憑性には欠けるけれど、……。いえ、ほぼ確実にそうだわ。鬼が何も疑わなかった。紫の言ったことは正しい……! 萃香を追い出した? 理由は?

 

「……落ち着きなよ。地底の管理人さんに言っても無駄だって」

 

 ヤマメが宥めても、勇儀は多分聞かないわ。鬼は強いのよ。

 

「追い出したって、何だよ。あんたの妹なんだろ。何か聞いてないのか」

 

「ない! ……何も、聞いてないわ。信じて……」

 さとりが何かを聞いているはずがない。私がこいしに少し聞いた時、あきらかにこいしは何かをごまかした。姉に対してもそうらしい。ならば、そのときに昏睡状態にあったさとりが知るはずがない。

 ……あの痛々しかった傷口も、もう塞がった。さとりの胸に、今やその傷跡すらも無いかもしれない。無意識に『傷跡』をさするさとりに、勇儀がもし詰め寄るなら、私がそれを止めるわよ。

 

「……! 何か分かったら……教えてくれよ……」

 

 勇儀がさとりから離れた。さとりを軽く突き飛ばしたのは気になるけれど、最悪の事態にはならなかったか。せめて、二人の仲をほぐさないと。

 

「一番に伝えますよ。私だって、知りたいことですし。こいし……」

 

「ちょっといい?」

 

 二人とも振り向いてくれた。まだ、まだ大丈夫。二人は決裂した訳じゃない。

 自分の愚かさを痛感している。軽々しく萃香の名を出すものではなかった。一番敏感にならなくてはいけないワードだったのに。

 

「こいしが無理矢理萃香を追い出したとは思えないんだけど」

 

 挽回よ。私はこの説に自信を持っている。とはいえ、正しいかは分からない。ただ、追い出された。に、かなりの違和感を感じているだけ。

 

「どうしてだい?」

 

「萃香が消えたのは、さとりが目を覚ます前。私が見ていた限り、地霊殿の権力を維持しようという目的のもと、二人は動いていたわ。二人が仲違いするかしら?」

 

 少なくとも当時、切羽つまった状況だった。私も大変だったし、勇儀や萃香、こいしはさらに大変だっただろう。

 そんな中、同じ目的の仲間を裏切り、追放するなんて、賢い二人がやるはずがない。普通、内輪揉めは争いが沈静化してから行うものでしょう。そこから思うに、二人は仲が悪いわけではない。

 

「こいしに追い出された、というのは、萃香の詭弁ではないの?」

 

「萃香が嘘をついたと? ……だめだよパルスィ。それはあり得ない」

 

 その通りよ。萃香は嘘なんてつかない。

 

「勇儀、よく聞いて。萃香も、紫も、嘘はつかないのよ」

 

 ……勇儀に伝わるかしら。紫も萃香も、嘘『は』つかないの。「私は住みやすい所に住むと決めた。今は、ここが住みやすいよ」この通り、萃香は地底に一生暮らすと言わなかった。地上に未練があったと考えたら、辻褄が合うのではないか?

 

「萃香は何か、地上に思い入れでもあったのではないかしら? ただ、約定を破るのは、鬼としてできなかった。だから、こいしに『追い出される』形で、地上に向かいたかった。それで、こいしは萃香を『追放した。』……どうかしら。これなら、萃香も紫も嘘はついていないわ」

 

 私を追放してくれと、こいしに頼んだのでしょう。これなら、縦穴を上ることに対して、ある程度良い言い訳ができる。それで、不可侵について紫に何か言われたとき、萃香はこう言い訳したにちがいない。

『こいしちゃんに追い出されちゃった』

 紫がなぜそれを受け入れたのかは分からないけれど、紫にとって、それが都合がいいから使っているのでしょう。

 

「すごいねぇ! それっぽいよ」

 

 さてどうかしら。

 

「今さとりを詰めても仕方ないか。いいよ。パルスィの言うことを信じるとして……スペルカードを考えよう! なあヤマメ、どんなのがいいかな」

 

「うーん、どうだろうね。やっぱり三歩必殺――」

 

 

 

 

 ……勇儀が納得したかは分からないけれど、とりあえず今はこれでいい。解決には、本人から話を聞くほかない。私の話は時間稼ぎにしかならないことくらい分かっている。かなり憶測が入っていたけれど、嘘は入っていない。

 勇儀はさっきまでの殺気はどこへやら。大技の開発を始めているし……。そこが勇儀のいいところなのよね。

「ありがとう」

 

「うん? ああ、別に」

 

「今日のところは帰るわ」

 

 そういえば、さとりは勝手に呼び出されただけだった。随分と長い間引っ張られたようだから、地霊殿の従者は本気で探しているのではないかしら。……恐ろしくて困る。

 

「お燐が血眼でさとりを探しているかもしれないから、早めに帰ってあげて。怒ると怖いもの」

 

「ええ……それで、その」

 

 さとりが何か言いたげね。もじもじしているのはかわいいけれど……どうしてだろう。さとりは急に呼び出されて……あっ。

 

 雪隠はそっち。

 

「よく分かってくれました! ちょっと借りますね」

 

 ……我慢していたのかしら。走っていったわ。確かに必要なことよね。

 話の途中でも、勝手に抜けたらいいのに。……いえ、私達、乙女といえる年かは分からないけれど、厠に行くから抜ける! とか大声で言える訳ないわよね。

 

「パルスィはどんなスペルカードを作るんだい?」

 

 さとりを見送ってから、勇儀とヤマメ、私の三人で、何個かスペルカードを作ってみよう。私だって、この制度が嫌いな訳ではないから。

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