萃香はパルスィの無事を確認したので帰っていった。パルスィは少しの間起きていたが、その内うつらうつらとしてきて、今ではすやすやと寝息をたてている。
*星熊勇儀視点
話せる場の雰囲気ではない……気まずいな……。
右隣には左頬が腫れているお燐。外はしんしんと雪が降り、家の中では二人並んでパルスィの布団の左側に座っている。正座である。これではまるでお葬式だ。
戦いの場にできる重い空気よりも重い今の状況で、勇儀は押し潰されそうな錯覚に陥る。早急に打開しなければなるまい。
なんだいこの空気。なんとかしないと数日酒が不味くなるかもしれないね。
「……なぁ」
「……何さ?お姉さん」
……お燐とは別に話すことないな。仲良くしてきたわけでもないしな。
「その、これからどうする?」
「お姉さんが起きるまで待っていたいな」
このあと数時間はこれかい!? 酒も呑めないよ! ……どうしようか。
勇儀もお燐も、無意識に顔が渋くなる。まるでお見合いが流れそうな時のような重さだ。
「お姉さんだって、どうするのさ」
「パルスィは大切な仲間だ。……勝手にどっかにいくわけにはいかないさ」
……お燐の顔がより渋くなった気がする。
これが続くのか……。と覚悟を決め、パルスィをよそに強面大会を始めた二人だが、お燐からふとした疑問を投げかけられた。
「…鬼のお姉さん、いつお姉さんと友達になったの?」
打開するための苦し紛れの質問も、勇儀は飛び付かざるを得なかった。
「この話、長いよ。聞いていくかい?」
「そうするよ。教えて?」
「じゃあ、聞いていってくれ」
そう言って、勇儀は今日二回目の長い長い回想を始めた。姿勢を楽にし、目を瞑り、じっと出会いに思いを巡らせる。姿勢を崩してお燐がこちらを向く。
お燐も黙って待ってくれた。先程より心地よい沈黙が流れる。やがて心の整理が一段落したか、おもむろに口を開いた。
「そう、確か百年も前だったかな…」
「知ってるかい? 宝永大噴火。」
「あたいは…その時はただの野良猫みたいなものだったよ。でも、覚えてる。」
地脈が咆哮をあげた。紫すら見に来たねぇ。不可侵を破ってまで。
――不干渉としましょう。これは不可侵条約よ。たしか、こんなこと言ってたけど。私は嘘が嫌い。でもこれは……仕方がなかったことかもしれない。
「紫すら地底に説明に来たよ。これは富士の山の噴火よ。って。残念なことだけど喧嘩は逃げられたけどね」
「……さとり様があいつ、好きじゃないから。あたいも好きじゃないかも」
「見てみなきゃ分からないよ。紫は。……見ても分からないけどね。」
あの時の紫は藍をほっといてスキマで撤退してた。私達は藍と遊べて良かったけど。紫が迎えに来たとき、藍は恐ろしい顔をしていた。本当に。ああ。紫は恐ろしい権謀家か、あるいは…親バカか。その賽はいくつの面があるのだろうか。
「噴火の後、今度は旧地獄に多くの異変が起こったんだ。気に当てられたか暴れだす妖怪。怨霊の大量発生。地脈の変化による鼠の大量脱走。あれは大変だったよ。あんたも鼠、食べただろ?」
「あたいは鼠を捕まえて……たかな? もし捕まえていたとしても、ただの猫にあげてたよ。あたいは食べないよ?」
「へぇ? そうなのかい。そうか……鼠は食べない。」
ジト目になったお燐がこちらを睨む。
「まさか鼠をつまみとしてあげようって思ってた? お姉さん」
「思って……あー」
嘘はよくない。
「いや、少し思ってた。ごめんよ」
「全く……あたいは火車。鼠は食べないよ。鼠あげるなら、ただの猫か、化け猫にあげてね。喜ぶから。……喜ぶかな?」
「猫は鼠食べるんじゃないのかい?」
「美味しい肉を食べたいに決まってるよ。鼠も食べるけど。そうだね……馬とかどうかな?」
「馬なら私が酒のつまみにするさ。猫にあげるにはもったいないね」
「そうだね。あたいもそう思うよ」
馬……馬かぁ。お腹減ってきたよ。ここらで美味しい料理処は……。あそこか。燃えたか? この喧嘩で休業中かもしれないね。美味しかったんだがな。
ここで話がそれていることに気がついた二人は、話を戻す。雪は既にやんでいた。
「話が逸れたね。その時の地底の支配は私がしてたんだ。それで今回の噴火で起きた多くの事件を、丸く納める為に見回りをしていたんだ」
「へぇ。どうやって?」
「暴れた妖怪を殴って、喧嘩を売ってきた妖怪を殴って、怨霊を殴った」
そんなこと言われても、殴ったらだいたいなんとかなるから仕方ないじゃないか。
「殴ることしかしてないよ。お姉さん」
「ちゃんと鼠は地響きで蹴散らしたよ。殴ったら潰してしまう」
「もうそれでいいよ。で? どうなったの?」
「……見つけたんだ。その時に。私の最高の親友をね」
勇儀は手に持つ最後の酒瓶の栓を開け、酒を呑み始める。どこか慈しむ様にパルスィを見やり、ふぅとため息をつく。
「旧地獄の端まで来てね。鼠や怨霊が入り口から逃げ出さないか見ていた時だ。変な奴を見つけてね。それがパルスィさ。」
その時の光景は永遠に忘れられないだろうね。あれは面白かった。今思い返すと――はは、笑えてくる。
「あれは凄かったよ。あれは。はは…ははは!」
「ちょっと! あたいにもわかるように伝えてよ!」
「まあまあ、しー、起きちまうだろ。今からいうから。」
「……最初に騒いだのはお姉さんだよ納得いかないね。」
「まあまあ」
勇儀は、その時の光景を想起する。想起する必要すらない。すぐに思い浮かんだ。
「あの時は何も無かったんだよ。あそこら辺。細い道が一本と草っぱらでさ。小さめのあばら家が一つ建っていただけだったんだ。それでだ、細い道から何か来ないか確認していたら、右側の草原に生える木の影に人影を見つけたんだ」
「へぇ……それがお姉さんか」
「屈みこんでいて、何か調子が悪いのかね。っておもうだろ?」
「助けたの?」
「違う違う。助けようと近寄ってみると、なにやらぶつくさ言ってたんだ。内容がだね……ははは!」
「早く教えてよ!お姉さん。」
「いや、ふふふ。」
勇儀が言ったように、その事態に直面したら、誰だって忘れることはないだろう。
「こいつ、ペンペン草を妬んでいたんだよ! あのペンペン草だよ。確か……、「風に吹かれて妬ましい。」とか、「自由でいいわね。」とか言ってたかな」
「……お姉さんって、変な妖怪だったんだね。あたいなら見なかったことにするよ」
残念なものを見る目でパルスィを見るお燐。
「暇潰しになるから後ろで聞いていたんだけど、余りにも怪しいから声をかけたんだ」
うんうんと頷く勇儀。彼女の頭の中で、かつて会話したことを思い出していく。――
「やぁ、少しいいかい?あんた」
「……貴方は誰よ」
「単刀直入に聞くよ。ここでなにしてたんだい?」
「聞きなさいよ。貴方は誰?」
「私は鬼の四天王の一人、星熊勇儀さ。答えたよ。
それよりあんたのことだ。こんな所で一人で屈んで……。何してたんだい?」
ここで、怪しい奴なら、逃げるか、襲いかかってくるかだ。嘘は私には通用しないよ。さて、どうなるか。
「妬んでいたのよ。」
「なんだって?」
「この草を、妬んでいたのよ。」
予想も出来ないことを話し始めた。
「あんた……ふざけた妖怪だね。鬼の前でそんなこと言うなんて。殴った方が良い妖怪かね。」
「殴らないでほしいわ。鬼が何よ。鬼って強い妖怪よね。妬ましいわ。」
「……驚いた。変な妖怪。私が妬ましいと。草を妬んでいたのは信じるよ。何でこの草が妬ましいのさ」
「妬ましいじゃない」
「ん?」
「この草」
「……なんでだい?」
「……風に吹かれてるからよ。」
「……うん。……ん?」
勇儀には、理解出来なかった。
その一方で、理解出来たこともある。変な妖怪だが、嘘はつかない。そして、地底ではもっと変な奴もいる。草を妬むくらい全然構わない。…構わない?
そして鬼に向かって妬ましいと言った。しかも四天王に。鬼が嫌いな過度の媚びへつらい、言い訳をしない。二回も言うが、こいつは鬼の四天王に向かって妬ましいと言った。
適度な敵対心のない喧嘩を売るのは全然構わない。寧ろ来てくれ。ならば……信じられないことだが、こいつは鬼と仲間になれる妖怪だ。
鬼と仲良くなれる妖怪はいる。それなりに人当たりが良い妖怪は、鬼とよい関係は築けるだろう。しかし、鬼に混ざることが出来る妖怪のなんと少ないことか。
……欲しくなった。萃香以外にも親友が。
もちろん友達はいる。仲間は数えきれない。でも、唯一無二の親友みたいな存在。対等の存在がもっと欲しい。こいつは、力に媚びへつらわなかった。そして、恐れもしなかった。
友人だってどこか他人行儀だ。力を恐れる。仲間は姉御! とか姉貴! とか言ってくる。
こいつなら……対等な親友に……!
「――ん! お姉さん! 寝ないでよ!」
「あっ!? ……寝てないよ。お燐。思い返していただけさ」
「……そう、パルスィはな、草を妬んでいたんだよ」
「さっき聞いたよ。大丈夫? お姉さん。疲れてるんじゃないの?」
「どうだかな。まぁ、大丈夫さ」
「会話して、それで友達にしたくなったんだ」
「……あたいはそうは思わないかなぁ」
お燐がこちらも理解出来ないという目線で見てくる。
「まあまあ、それでパルスィを宴会に引っ張り出してみたんだ」
「引っ張り出せたの?」
「宴会に来るのに賛成してくれたよ」
実際は、
「結構よ」
と言っていたが、勇儀には肯定の意味にとられていた。
「それで宴会までの道中で名前を聞いたんだ」
「名前は普通最初に聞くよね? それになんで宴会が有るって知ってたの?」
「もちろんさ。道中で最初に聞いたよ。それに、宴会はどうせ毎日やっているんだ。気にしなくてもいい。」
「違うよ。そこじゃない。はあ……いろんな妖怪が居るんだね。まあいいや、宴会で何を話したの?」
「それがパルスィ、来てそうそう喧嘩売られてね」
勇儀が連れてきた妖怪。興味を持たれない筈がない。この時、喧嘩が好きな妖怪ではないと気付いたが。
「勝てたの?」
「勝ったさ。一度も体に触れずに」
「どういうこと? 弾幕で勝ったのかな?」
話す前に、また酒を一口。
「喧嘩を売ったのは年老いた鬼でね、適当な言いがかりをつけて殴りかかろうとしたんだ。」
「酷いね」
「……あんたが言えたことじゃないよ。それに、ここじゃよくあることさ。誰も気にしない。私だって大変な事になるまで止めようとは思わなかったし」
「鬼が殴りかかる前に、あいつは距離を取って、弾を撃ったり、足元に罠を張ったりして近づけさせなかったんだ。殴り合いこそが喧嘩だった時代にね」
勇儀はその時の戦い様を鮮明に覚えていた。
鬼が右手を振り上げる。そこに弾を当てて体勢を崩させる。直進してくる鬼の足元に徳利を何本も転がす。
鬼をも煽った。
「こける暇があるなんて妬ましいわね。私はこれが精一杯よ!」……本人的には、煽ってないのだが。
憤慨した鬼の攻撃は単調になる。結局、老いた鬼は一度もパルスィの体に触れる事は出来無かった。
「私は……かつて昔の賢い鬼退治をそこにみたのさ。人間が……輝いて見えた時のね」
悲しげな微笑を浮かべた勇儀は、再び、酒を呑む。
「なんでかな、人が忘れた輝きをさ、目の前の妖怪が持っていたんだ。あいつが輝かしく見えた。それに、もう一つ惹かれるものがあった」
「ええ? ちょっとお姉さん。この話にそんなところあったかな?」
お燐からすれば、草に話しかける怪しい奴が、宴会で早速問題を起こして紹介した勇儀の面子を潰し、しかも当時では考えられない方法で仲間を打ち負かした。である。もう一つどころか惹かれる要素すらない。
お燐の疑問を無視して勇儀は語り続ける。
「鬼に似ていたんだよ。鬼に」
「あれ、鬼退治の人間に似てたんじゃないの?」
「そうなんだよ。でも鬼にも似ていた。……何故だか分からないけどね」
人間が誠心誠意一つの道を歩むと、その道の『鬼』と呼ばれることがある。
復讐の『鬼』
学問の『鬼』
戦闘の『鬼』
……鬼退治の『鬼』
など、人としての何かが崩れるところまでその道に進めば、周りからは最早『鬼』として見られるのだ。ごく稀に人から拒絶され、本当の鬼となる。パルスィは嫉妬を続けてきた。生まれてから、ずっと。誰かが言った。
――彼女は嫉妬の『鬼』だ。
妖怪は精神が中心の存在。嫉妬、という要素が『鬼』という要素を上回る事はなく、故にパルスィは嫉妬の妖怪であり続けた。そういった理由を勇儀は説明出来なかった。漠然とした類似点は勇儀をさらに惹き寄せる。
お燐がよく分からない、といった顔でこちらを見る。
「……あたいはお姉さんは鬼じゃないと思うけどね」
勇儀はまた酒を呑む。そして一息で話しきる。
「ははは、分からんか。……お燐よ。私には分かるよ。あいつは仲間だ。そして、あいつは紛れもなく私の親友になるために生まれてきた」
「……そこまで――」
「そんで酒を呑んで、遊んで、たまには一緒に寝て……。そうだな。家族と言ってもいい。それだけ、大切なんだ。昔話は終わりだよ。私はパルスィが起きるまでずっと待つさ」
「……ありがとうね。話してくれて」
既に、最初の空気の重さは無くなっていた。パルスィはまだ起きない。寝息を立てている。ここでようやく勇儀は外が夜になっていることに気が付いた。
「そういえばあんた、地霊殿に一度戻らなくて良いのかい? もう夜だ。あんただって怪我をしてる。心配されるよ。」
「うーん。どうしようかな? お姉さんに内容を伝えないとさとり様に怒られるんだ。」
私はもう手遅れだと思うけどねぇ。それに、家族は大切にしないと。お燐にも、大切な家族がいる。
「こんなこと起きたんだし、伝えても伝えなくても怒られるよ。覚悟を決めな。それに、心だって読まれるんだろ? 一度帰りな。……家族は心配させるものじゃないよ。早くさとりにただいまとでも言ってやりな」
さとりという言葉に、遂にお燐があきらめたという顔をした。
「仕方ない。そうするよ。鬼のお姉さん。…お姉さんもだね。起きたら伝えておくれよ」
「ああ、おやすみ」
勇儀は、残った酒を飲もうとしたが、最早酒は残っていなかった。
それなのに勇儀はとても良い気持ちだった。