この橋渡る者無きこと長し   作:塵紙驀地

8 / 67
『仲間』

 萃香はパルスィの無事を確認したので帰っていった。パルスィは少しの間起きていたが、その内うつらうつらとしてきて、今ではすやすやと寝息をたてている。

 

*星熊勇儀視点

 

 話せる場の雰囲気ではない……気まずいな……。

 

 右隣には左頬が腫れているお燐。外はしんしんと雪が降り、家の中では二人並んでパルスィの布団の左側に座っている。正座である。これではまるでお葬式だ。

 戦いの場にできる重い空気よりも重い今の状況で、勇儀は押し潰されそうな錯覚に陥る。早急に打開しなければなるまい。

 

 なんだいこの空気。なんとかしないと数日酒が不味くなるかもしれないね。

「……なぁ」

 

「……何さ?お姉さん」

 

……お燐とは別に話すことないな。仲良くしてきたわけでもないしな。

「その、これからどうする?」

 

「お姉さんが起きるまで待っていたいな」

 

 このあと数時間はこれかい!? 酒も呑めないよ! ……どうしようか。

 

 勇儀もお燐も、無意識に顔が渋くなる。まるでお見合いが流れそうな時のような重さだ。

 

「お姉さんだって、どうするのさ」

 

「パルスィは大切な仲間だ。……勝手にどっかにいくわけにはいかないさ」

 

 ……お燐の顔がより渋くなった気がする。

 

 これが続くのか……。と覚悟を決め、パルスィをよそに強面大会を始めた二人だが、お燐からふとした疑問を投げかけられた。

「…鬼のお姉さん、いつお姉さんと友達になったの?」

 

 打開するための苦し紛れの質問も、勇儀は飛び付かざるを得なかった。

「この話、長いよ。聞いていくかい?」

 

「そうするよ。教えて?」

 

「じゃあ、聞いていってくれ」

 

 そう言って、勇儀は今日二回目の長い長い回想を始めた。姿勢を楽にし、目を瞑り、じっと出会いに思いを巡らせる。姿勢を崩してお燐がこちらを向く。

 お燐も黙って待ってくれた。先程より心地よい沈黙が流れる。やがて心の整理が一段落したか、おもむろに口を開いた。

 

「そう、確か百年も前だったかな…」

「知ってるかい? 宝永大噴火。」

 

「あたいは…その時はただの野良猫みたいなものだったよ。でも、覚えてる。」

 

 地脈が咆哮をあげた。紫すら見に来たねぇ。不可侵を破ってまで。

――不干渉としましょう。これは不可侵条約よ。たしか、こんなこと言ってたけど。私は嘘が嫌い。でもこれは……仕方がなかったことかもしれない。

「紫すら地底に説明に来たよ。これは富士の山の噴火よ。って。残念なことだけど喧嘩は逃げられたけどね」

 

「……さとり様があいつ、好きじゃないから。あたいも好きじゃないかも」

 

「見てみなきゃ分からないよ。紫は。……見ても分からないけどね。」

 あの時の紫は藍をほっといてスキマで撤退してた。私達は藍と遊べて良かったけど。紫が迎えに来たとき、藍は恐ろしい顔をしていた。本当に。ああ。紫は恐ろしい権謀家か、あるいは…親バカか。その賽はいくつの面があるのだろうか。

 

「噴火の後、今度は旧地獄に多くの異変が起こったんだ。気に当てられたか暴れだす妖怪。怨霊の大量発生。地脈の変化による鼠の大量脱走。あれは大変だったよ。あんたも鼠、食べただろ?」

 

「あたいは鼠を捕まえて……たかな? もし捕まえていたとしても、ただの猫にあげてたよ。あたいは食べないよ?」

 

「へぇ? そうなのかい。そうか……鼠は食べない。」

 ジト目になったお燐がこちらを睨む。

「まさか鼠をつまみとしてあげようって思ってた? お姉さん」

 

「思って……あー」

 嘘はよくない。

「いや、少し思ってた。ごめんよ」

 

「全く……あたいは火車。鼠は食べないよ。鼠あげるなら、ただの猫か、化け猫にあげてね。喜ぶから。……喜ぶかな?」

 

「猫は鼠食べるんじゃないのかい?」

 

「美味しい肉を食べたいに決まってるよ。鼠も食べるけど。そうだね……馬とかどうかな?」

 

「馬なら私が酒のつまみにするさ。猫にあげるにはもったいないね」

 

「そうだね。あたいもそう思うよ」

 

 馬……馬かぁ。お腹減ってきたよ。ここらで美味しい料理処は……。あそこか。燃えたか? この喧嘩で休業中かもしれないね。美味しかったんだがな。

 

 ここで話がそれていることに気がついた二人は、話を戻す。雪は既にやんでいた。

「話が逸れたね。その時の地底の支配は私がしてたんだ。それで今回の噴火で起きた多くの事件を、丸く納める為に見回りをしていたんだ」

 

「へぇ。どうやって?」

 

「暴れた妖怪を殴って、喧嘩を売ってきた妖怪を殴って、怨霊を殴った」

 そんなこと言われても、殴ったらだいたいなんとかなるから仕方ないじゃないか。

 

「殴ることしかしてないよ。お姉さん」

 

「ちゃんと鼠は地響きで蹴散らしたよ。殴ったら潰してしまう」

 

「もうそれでいいよ。で? どうなったの?」

 

「……見つけたんだ。その時に。私の最高の親友をね」

 

勇儀は手に持つ最後の酒瓶の栓を開け、酒を呑み始める。どこか慈しむ様にパルスィを見やり、ふぅとため息をつく。

 

「旧地獄の端まで来てね。鼠や怨霊が入り口から逃げ出さないか見ていた時だ。変な奴を見つけてね。それがパルスィさ。」

 

その時の光景は永遠に忘れられないだろうね。あれは面白かった。今思い返すと――はは、笑えてくる。

「あれは凄かったよ。あれは。はは…ははは!」

 

「ちょっと! あたいにもわかるように伝えてよ!」

 

「まあまあ、しー、起きちまうだろ。今からいうから。」

 

「……最初に騒いだのはお姉さんだよ納得いかないね。」

 

「まあまあ」

 

 勇儀は、その時の光景を想起する。想起する必要すらない。すぐに思い浮かんだ。

「あの時は何も無かったんだよ。あそこら辺。細い道が一本と草っぱらでさ。小さめのあばら家が一つ建っていただけだったんだ。それでだ、細い道から何か来ないか確認していたら、右側の草原に生える木の影に人影を見つけたんだ」

 

「へぇ……それがお姉さんか」

 

「屈みこんでいて、何か調子が悪いのかね。っておもうだろ?」

 

「助けたの?」

 

「違う違う。助けようと近寄ってみると、なにやらぶつくさ言ってたんだ。内容がだね……ははは!」

「早く教えてよ!お姉さん。」

 

「いや、ふふふ。」

 

勇儀が言ったように、その事態に直面したら、誰だって忘れることはないだろう。

「こいつ、ペンペン草を妬んでいたんだよ! あのペンペン草だよ。確か……、「風に吹かれて妬ましい。」とか、「自由でいいわね。」とか言ってたかな」

 

「……お姉さんって、変な妖怪だったんだね。あたいなら見なかったことにするよ」

 

残念なものを見る目でパルスィを見るお燐。

 

「暇潰しになるから後ろで聞いていたんだけど、余りにも怪しいから声をかけたんだ」

 

うんうんと頷く勇儀。彼女の頭の中で、かつて会話したことを思い出していく。――

 

「やぁ、少しいいかい?あんた」

 

「……貴方は誰よ」

 

「単刀直入に聞くよ。ここでなにしてたんだい?」

 

「聞きなさいよ。貴方は誰?」

 

「私は鬼の四天王の一人、星熊勇儀さ。答えたよ。

それよりあんたのことだ。こんな所で一人で屈んで……。何してたんだい?」

ここで、怪しい奴なら、逃げるか、襲いかかってくるかだ。嘘は私には通用しないよ。さて、どうなるか。

 

「妬んでいたのよ。」

 

「なんだって?」

 

「この草を、妬んでいたのよ。」

 

 予想も出来ないことを話し始めた。

「あんた……ふざけた妖怪だね。鬼の前でそんなこと言うなんて。殴った方が良い妖怪かね。」

 

「殴らないでほしいわ。鬼が何よ。鬼って強い妖怪よね。妬ましいわ。」

 

「……驚いた。変な妖怪。私が妬ましいと。草を妬んでいたのは信じるよ。何でこの草が妬ましいのさ」

 

「妬ましいじゃない」

「ん?」

「この草」

 

「……なんでだい?」

 

 

「……風に吹かれてるからよ。」

 

「……うん。……ん?」

 

 

 

 

 

 勇儀には、理解出来なかった。

 

 

 その一方で、理解出来たこともある。変な妖怪だが、嘘はつかない。そして、地底ではもっと変な奴もいる。草を妬むくらい全然構わない。…構わない?

 そして鬼に向かって妬ましいと言った。しかも四天王に。鬼が嫌いな過度の媚びへつらい、言い訳をしない。二回も言うが、こいつは鬼の四天王に向かって妬ましいと言った。

 適度な敵対心のない喧嘩を売るのは全然構わない。寧ろ来てくれ。ならば……信じられないことだが、こいつは鬼と仲間になれる妖怪だ。

 鬼と仲良くなれる妖怪はいる。それなりに人当たりが良い妖怪は、鬼とよい関係は築けるだろう。しかし、鬼に混ざることが出来る妖怪のなんと少ないことか。

 

……欲しくなった。萃香以外にも親友が。

 

 もちろん友達はいる。仲間は数えきれない。でも、唯一無二の親友みたいな存在。対等の存在がもっと欲しい。こいつは、力に媚びへつらわなかった。そして、恐れもしなかった。

 

 友人だってどこか他人行儀だ。力を恐れる。仲間は姉御! とか姉貴! とか言ってくる。

 

こいつなら……対等な親友に……!

 

 

 

「――ん! お姉さん! 寝ないでよ!」

 

「あっ!? ……寝てないよ。お燐。思い返していただけさ」

「……そう、パルスィはな、草を妬んでいたんだよ」

 

「さっき聞いたよ。大丈夫? お姉さん。疲れてるんじゃないの?」

 

「どうだかな。まぁ、大丈夫さ」

「会話して、それで友達にしたくなったんだ」

 

「……あたいはそうは思わないかなぁ」

 

 お燐がこちらも理解出来ないという目線で見てくる。

 

「まあまあ、それでパルスィを宴会に引っ張り出してみたんだ」

 

「引っ張り出せたの?」

 

「宴会に来るのに賛成してくれたよ」

 

実際は、

「結構よ」

と言っていたが、勇儀には肯定の意味にとられていた。

 

「それで宴会までの道中で名前を聞いたんだ」

 

「名前は普通最初に聞くよね? それになんで宴会が有るって知ってたの?」

 

「もちろんさ。道中で最初に聞いたよ。それに、宴会はどうせ毎日やっているんだ。気にしなくてもいい。」

 

「違うよ。そこじゃない。はあ……いろんな妖怪が居るんだね。まあいいや、宴会で何を話したの?」

 

「それがパルスィ、来てそうそう喧嘩売られてね」

勇儀が連れてきた妖怪。興味を持たれない筈がない。この時、喧嘩が好きな妖怪ではないと気付いたが。

 

「勝てたの?」

 

「勝ったさ。一度も体に触れずに」

 

「どういうこと? 弾幕で勝ったのかな?」

 

 話す前に、また酒を一口。

「喧嘩を売ったのは年老いた鬼でね、適当な言いがかりをつけて殴りかかろうとしたんだ。」

 

「酷いね」

 

「……あんたが言えたことじゃないよ。それに、ここじゃよくあることさ。誰も気にしない。私だって大変な事になるまで止めようとは思わなかったし」

「鬼が殴りかかる前に、あいつは距離を取って、弾を撃ったり、足元に罠を張ったりして近づけさせなかったんだ。殴り合いこそが喧嘩だった時代にね」

 

 勇儀はその時の戦い様を鮮明に覚えていた。

 

 鬼が右手を振り上げる。そこに弾を当てて体勢を崩させる。直進してくる鬼の足元に徳利を何本も転がす。

鬼をも煽った。

「こける暇があるなんて妬ましいわね。私はこれが精一杯よ!」……本人的には、煽ってないのだが。

 憤慨した鬼の攻撃は単調になる。結局、老いた鬼は一度もパルスィの体に触れる事は出来無かった。

 

「私は……かつて昔の賢い鬼退治をそこにみたのさ。人間が……輝いて見えた時のね」

 

悲しげな微笑を浮かべた勇儀は、再び、酒を呑む。

「なんでかな、人が忘れた輝きをさ、目の前の妖怪が持っていたんだ。あいつが輝かしく見えた。それに、もう一つ惹かれるものがあった」

 

「ええ? ちょっとお姉さん。この話にそんなところあったかな?」

 お燐からすれば、草に話しかける怪しい奴が、宴会で早速問題を起こして紹介した勇儀の面子を潰し、しかも当時では考えられない方法で仲間を打ち負かした。である。もう一つどころか惹かれる要素すらない。

 

お燐の疑問を無視して勇儀は語り続ける。

「鬼に似ていたんだよ。鬼に」

 

「あれ、鬼退治の人間に似てたんじゃないの?」

 

「そうなんだよ。でも鬼にも似ていた。……何故だか分からないけどね」

 

 人間が誠心誠意一つの道を歩むと、その道の『鬼』と呼ばれることがある。

復讐の『鬼』

学問の『鬼』

戦闘の『鬼』

……鬼退治の『鬼』

 など、人としての何かが崩れるところまでその道に進めば、周りからは最早『鬼』として見られるのだ。ごく稀に人から拒絶され、本当の鬼となる。パルスィは嫉妬を続けてきた。生まれてから、ずっと。誰かが言った。

 

――彼女は嫉妬の『鬼』だ。

 

 妖怪は精神が中心の存在。嫉妬、という要素が『鬼』という要素を上回る事はなく、故にパルスィは嫉妬の妖怪であり続けた。そういった理由を勇儀は説明出来なかった。漠然とした類似点は勇儀をさらに惹き寄せる。

 

お燐がよく分からない、といった顔でこちらを見る。

「……あたいはお姉さんは鬼じゃないと思うけどね」

 

勇儀はまた酒を呑む。そして一息で話しきる。

「ははは、分からんか。……お燐よ。私には分かるよ。あいつは仲間だ。そして、あいつは紛れもなく私の親友になるために生まれてきた」

 

「……そこまで――」

「そんで酒を呑んで、遊んで、たまには一緒に寝て……。そうだな。家族と言ってもいい。それだけ、大切なんだ。昔話は終わりだよ。私はパルスィが起きるまでずっと待つさ」

 

「……ありがとうね。話してくれて」

 

 既に、最初の空気の重さは無くなっていた。パルスィはまだ起きない。寝息を立てている。ここでようやく勇儀は外が夜になっていることに気が付いた。

「そういえばあんた、地霊殿に一度戻らなくて良いのかい? もう夜だ。あんただって怪我をしてる。心配されるよ。」

 

「うーん。どうしようかな? お姉さんに内容を伝えないとさとり様に怒られるんだ。」

 

 私はもう手遅れだと思うけどねぇ。それに、家族は大切にしないと。お燐にも、大切な家族がいる。

「こんなこと起きたんだし、伝えても伝えなくても怒られるよ。覚悟を決めな。それに、心だって読まれるんだろ? 一度帰りな。……家族は心配させるものじゃないよ。早くさとりにただいまとでも言ってやりな」

 

 さとりという言葉に、遂にお燐があきらめたという顔をした。

「仕方ない。そうするよ。鬼のお姉さん。…お姉さんもだね。起きたら伝えておくれよ」

 

「ああ、おやすみ」

 

勇儀は、残った酒を飲もうとしたが、最早酒は残っていなかった。

それなのに勇儀はとても良い気持ちだった。

 

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。