ヤンデレが怖いので炎帝ノ国に入って弓兵やってます。 作:装甲大義相州吾郎入道正宗
薄暗い、陽の光すら差し込まない地下空洞。
空気の流れる音が獣の遠吠えの如く反響し、鼓膜を揺さぶる衝撃となって横倒れる男を眠りから覚ます。
「ッ…ここは…」
「ーーー起きたようだな、アーチャー」
「ミィ…?」
「わたくしもいますよ。それと団員達も」
「ミザリー嬢まで…何がどうなっている…?」
突然の邂逅に混乱するアーチャー。
胡乱な頭の中を掘り返しても、3日目の夜にフレデリカが就寝したのを確認し、後片付けを済ませて寝た記憶までしか無い。
そこからどう状況が変化すれば薄暗い空間に放り出された挙句、彼女らに囲まれる事になってしまうのだろう。
そして何より、なぜミィに膝枕されているのか。
「………ふふっ」
「ミィ。そろそろ立ち上がりたいのだが…」
「却下する。君は強く頭を打ったようだからな。事情を話すまで暫くは安静にしているんだ……ふへへ」
内股座りのミィは、アーチャーを膝に乗せて大変ご満悦の表情だ。
ただし人目があるせいか、表情を悟らせまいと真下に俯いてじっと覗き込む。
先程の固い命令口調に反して表情筋は緩み切り、普段はキリリと吊り上がった瞳も、ふにゃふにゃの骨抜きになった子猫みたいに蕩け切っていた。
アーチャーはじっと見つめられる事に居た堪れなく、視線だけを横に逸らして周囲を確認する。
そこには相変わらず微笑むミザリーの姿と、統一された服装の集団5名がこちらをジッと見つめている。
小声で「は?ミィ様になにさせてるわけ?」「俺マジぶん殴りそう」「ミザリーさんギザカワユス」と聞こえるのは気のせいだと思いたい。
そんな針の筵に晒されながら、ミィから打ち明けられた事の顛末は以下の通りだ。
1. 3日目夜未明。ミィ達のグループ集団『炎帝ノ国』は夜間を推して移動中、謎の怪奇現象…恐らくはフィールドトラップと呼ばれる地形変動で地下に引きずり込まれる。
2. その時、たまたま近くにいたアーチャーも巻き込まれてしまった。
3. 周囲には巨大なナメクジの形をした破壊不能オブジェクトが徘徊しており、下手に動けない。
4. 巻き込んでしまったアーチャーだが戦力として頼りにしたい為、目覚めるのを待っていた。
との事だった。
それと、ミザリーに関しては今回のイベントで始めてグループに加入したと念押しされた。
「運が悪いとしか良いようがない…。だがそれでも君に被害を加えるような真似をしてしまい、本当に申し訳無い」
「いや…トラップが原因ならば不可抗力というものだ。致し方ないだろう。ところで金髪の少女…フレデリカというプレイヤーを見ていないかね?」
「ーーーいや、まったく見てないな」
「そうなのか? いや寝る前は側に居たからてっきり一緒に「それがどうしたというのだ? 何か問題でも? 君はまず自分の心配をするべきでは?」
アーチャーの言葉を被せるように捲し立て、有無を言わさないミィ。
頭上から覗き込むその瞳は団員達の持つ松明に揺らされてハッキリとは実像を結ばない。
しかし、その瞬きすらしない見開いた表情に、常日頃から心当たりがあるアーチャーは長年の経験から産出された最も効果的な対処。とりあえず後回しを発動して危機を回避する事にした。
「きっと大丈夫だよアーチャー。……手切れ金も渡したし、もう現れないから」
「ミィ?」
「何でもない。さてもう暫くこのままで…」
とうとう我慢が出来なくなったのか、膝枕だけでは満足出来ずに手を翳して触れようとする。
そこで待ったを掛けたのは仮に団員Aとする男プレイヤーだった。
「…ミィ様。僭越ながら少々この男を特別扱いしすぎと進言致します。理由はお聞きしておりますが、まずは腹心たる我らをお導き下さい」
「ーーーーーーーーーは?」
「ミィ様?」
「ーーーいや、気にするな。貴公の言を聞き入れよう。総員、再度周囲を偵察した後、空気の流れる方向へ向かい脱出を開始せよ!」
「ハッ!」
お手本のような直角姿勢で敬礼を決める団員Aは、指示通り同じ格好をした4名に声を掛けて四方へと散っていった。
その隙に素早く膝枕から脱出するアーチャーは、情けない姿を見せた自分をリセットするように咳払いをしてから改めて向き合う。
「話を聞くに、ここから抜け出す方法の算段はついているという事かな?」
「はい。ただこれまでの調査で、この広間を中心に全方向から均等に風が流れ込んでいますので、恐らく地形は円錐型のフラスコ形状。上を目指せば辿り着けると判断しています」
気落ちした様子のミィを他所にミザリーから説明を受けて、上を仰いだ。
「とすれば、出口は一箇所か。…ふむ、ここの運営ならば確実にボスモンスターかそれに準ずるギミックがありそうだな」
「ミィもそれを危惧して戦力候補のアーチャーさんを待っていたんですよ」
「ふぇ?」
「なるほど…暫く見ない内に成長したようだ」
「? ミィは始めからこのカリスマで私達を導いてくれましたよ?」
「? カリ…スマ…?」
「おほんっ! 雑談はそこまでだ」
彼女に対する決定的な認識の違いが頭を出しそうになったが、寸でところで話題を打ち切られ、物理的にも距離を離されるアーチャーとミザリー。
そしてミィは視線を左右に配ると確認した。
「ところで……団員Aはどこに向かった」
「そこの横穴に入っていきましたけど…どうかしました?」
「ーーー彼は少々焦っていたように感じる。灸を据え…悩みでもあれば1人になったこのタイミングで、直に聞こうと思う」
「流石はミィですわ」
1人突き進む後ろ姿には、確かに妙な迫力がある。
アーチャーの脳裏に似た雰囲気を持つ友人の悪癖が再生されるが、ミィの場合はカリスマというのだろうか、乱暴な言い方をすれば敵意が漲っているようにも感じる。
何だかんだで友人の悪癖によるスキンシップには親愛の情を感じるので怒るに怒れない事が多々あるのだが、こちらは思わず武器を構えてしまいそうになる物騒さだ。
というか、無意識に取り出してミザリーから首を傾げられた。
「その短剣…北の森の時とは違うのですね」
「あぁ…アトラス院でボスを倒した時に、耐久値を割ってロストしてね。代替品を自分で拵えたのさ」
「え、倒し…えっ?」
唖然とするミザリーを尻目に、アーチャーは思い返す。
あの激戦以降、双剣の作り直しと並行して一気に【料理】スキルを上げる為、鍋200個をイズの元へ頼みに行ったところ
「わ…私の作品をロストしておきながら、鍋? 鍛治職人に鍋を200? ……ちょっと表出なさぁぁぁぁい!!」
その有無を言わさぬPVPの後に、思わず勝利してしまったアーチャーは更なる反感を買い、無事出禁を食らって自作するしか無くなったのだ。
幸い、修正された弓関連のお陰で生産スキルにも作用するDEXを上げる必要があったので、鍋と短剣が完成する頃には【鍛治・Ⅴ】【生産の心得・Ⅴ】を副次的に獲得出来てしまった。
『干将』短剣
STR+15
【投擲】
『莫耶』短剣
STR+15
【投擲】
アーチャーの元ネタが愛用している白と黒の夫婦剣とほぼ同じ見た目である為、性能は別にしてかなりのお気に入りだったりする。
それをいつでも抜き放てるよう腰の後ろに刺して団員と呼ばれるグループ構成員を待つ。
そして暫くした後、戻ってきたのは4人とミィの姿だけだった。
「ん? 団員Aはどうしたのかね?」
「ーーー残念な事に、私が追いついた時にはモンスターにやられていた」
「そんな…せっかくミィが言葉を掛けてあげようとしていたのに」
ミザリーの嘆きに続いて周囲からも「何て運の無い奴だ」「所詮そこまでの男よ」「俺もミザリーさんに心配されてぇなぁ」と反応が返ってくる。
少々不穏に思うアーチャーだったが、ここでの部外者は自分なので黙って推移を見守る事にした。
「彼の尊い犠牲は忘れない。せめて我らはこのダンジョンを踏破し、その死が無駄では無かったと証明するのだ!」
おぉ! と意気高く『炎帝ノ国』一同は最短脱出路と思わしき通路を突き進んで行く。
道中。閉所での戦闘は逃げ場がない為、苦戦を予想していたアーチャーに反して彼女らとの進行…というよりパーティ編成に隙が無かった。
大楯持ち3人が正面、左前、右前をカバーし合い。中央のミィが合間を縫ってスキル攻撃。一撃で倒せない相手にはミザリーが回復を掛けつつ前線を維持し、魔法使いの1人が援護と周囲警戒に回っている。
いざとなればミザリーも攻撃に回れる為、背面の奇襲さえ注意していれば鉄壁の陣形といえた。
とはいえダンジョンそのものが巨大である事と、攻撃方法がMPに依存している点。
そして何より、時折現れる破壊不能ナメクジの巡回経路を避ける為、回復を兼ねた小休止は必要不可欠である。
そんな中、アーチャーと言えば。
「戦闘で私の出番はなさそうだな。…だが出来る事はあるぞ」
せめてもの奉仕として、お手製の焼き菓子やら飲み物を提供して和に溶け込もうとする。
味に関してはフレデリカからもお墨付きを貰っているので多少の自信を持っていたが、予想外だったのは女性陣の反応だった。
「これは…凄いですね」
「サケサクサクサクサクサクサケサクサク…ごくん」
一口囓る度に感嘆の声を漏らすミザリーと、演技も忘れて目を爛々とさせながら、ハムスターのようにひたすら咀嚼を繰り返すミィ。
まさかの好感度爆上がりに男性で構成された団員達から嫉妬の炎が燃え盛り、遂には我慢が効かない者が現れた。
「……はっ! クール気取りのワンマン弓使いが調子に乗るなよ」
「ほう?」
ミィに聞こえないよう、真横まで近寄って話しかけて来たのは団員Bだった。
「いいか弓兵。少なくとも俺はお前を認めちゃいないぜ。前回のイベントじゃ散々暴れたみたいだが、修正食らって雑魚落ちなのは知ってんだ。ミィ様の役に立ちたけりゃ一からキャラ作り直せや」
敵意を剥き出しで言い寄る団員Bは大楯使いであり、単純な膂力(STR)ならばアーチャーを上回っていると勘違いし、胸倉を掴んで圧力を掛ける。
ぎりぎりプレイヤー攻撃に判定されない嫌がらせ行為に関心しつつ、アーチャーは冷静にその手へ指を掛けて
「ーーー貴様はそこで何をしている?」
「ミィ様!?」
幽鬼のように背後に佇んでいる彼女に捕捉されてしまった。
「いえ、あの…これはですね…。軽い男同士の触れ合いと言いますか…」
「ーーー」
「も、申し訳ありません!」
彼の目からすれば、普段は憧れの存在として煌びやかに映る偶像から一変、鬼子母神かくやという般若の形相で睨まれては完全に萎縮してしまっている。
その様子を冷徹な目で見下ろすミィは右手を掲げ、己の心に従うままスキルを使おうとしてアーチャーにその腕を掴まれた。
「ーーー離せ。組織の長である以上、粛清の権限が私にはある」
「熱くなりすぎだ。彼のいう通り、軽いスキンシップに過ぎないさ」
「しかし!」
「ミィ」
「………分かった」
短く名前だけを呼び、じっと見つめられると自然と頬が赤くなるのを自覚した彼女はそれ以上何も言わず、ミザリーの所へ戻った。
やれやれ、と溜息を吐いて安心するアーチャーだったが、両者の関係が特別である事を目の前で見せつけられた団員Bの怒気は、口にこそ出さないが確実に膨れ上がっていく。
だが、本当に恐ろしいのは彼が崇め慕う彼女にこそあった。
休憩も終わり、再び出口を目指して進行する一行。
前衛正面を任されている団員Bは当然ながら消耗が激しく、今までは一定間隔で同じポジションのCとDと位置を入れ替えながら負担を分担していたのだが、ここに来てミィの指示が変わった。
「全力防御だ。団員Bは私の指示があるまでポジションの変更を禁止する。…これもスキル発現の可能性を考慮してだ。分かるな?」
有無を言わさぬ冷たい炎の表情に思わず気圧され了承したが、彼の顔色は喜色に染まった。
憧れのミィに声を掛けられキツい命令を下されたが、逆に考えれば自分に期待されているからこその試練だと解釈できるからだ。
大楯を両手で持ち。受けて、捌いて、いなす。
精神的後押しもあって予想以上に健闘する団員Bは本当にスキルを獲得出来たと喜び、嫌な予感を感じていた他の一行も胸を撫で下ろす。
やがて彼のリアル側の体力も底を尽き疲労困憊になる頃、明らかに道中の雑魚モンスターとは一線を画す、筋肉が歪に膨した真っ白なホムンクルス型モンスターが待ち構えていた。
もう、そろそろいいだろう。
自分は充分頑張った。HPこそミザリーの回復魔法で満タンだが、精神的な疲れは簡単には癒せない。
だが今までの頑張りなら、充分褒めて貰えると期待した団員Bは、荒い息のまま振り返り、目撃する。
感情が一切揺れ動かない。炎帝ミィの顔。
「全力防御だ。…私は指示があるまで交代禁止だと宣言したぞ。ーーー行け」
「ひっ…!」
「あの、ミィ? 流石にこれ以上は…」
「ミザリー嬢に同意だ。ゲーム内ステータスは万全でもあの相手は無理だ。何なら私が…」
「では団員B。君が判断したまえ。私の指示を断るか、従うかを」
まさしく無言の圧力。
素のミィを知っていると思っていたアーチャーは、その怖気に心当たりを思い出し、まさかと警戒する。
その間に団員Bは意を決して、まだやれると立ち塞がるホムンクルスへ立ち向かった。
流石に見捨てては置けないと、援護射撃を実行するアーチャー達だったが、やはり見た目通りタフなモンスターだったせいで戦闘時間が長引き、団員Bはミスを乱発。
鉄壁を誇っていた前衛が崩れかけた瞬間。
「【炎帝】」
ミィの片手から噴き出す紅蓮の炎が、対象を焼き尽くさんと燃え上がり、ホムンクルスと団員Bを一纏めに火葬する。
「な、何故ですか…ミィ様ァァァァ!」
信じられないとばかりに絶叫し、死亡を表すデジタルエフェクトと化して消え去る団員B。そしてホムンクルス。
唖然とする一行を他所に、ミィは掃き掃除でも終えたかのような爽やかな声色で先を促した。
「ーーーさて、次は団員Cだな? 君にも健闘を期待している」
その後は、ひたすら同じ事の繰り返しだった。
Cは【炎槍】で焼き貫かれ、Dは【噴火】で蒸し焼きにされた。
Eに至っては魔法使いであり、前衛など不可能だと主張した瞬間。【爆炎】によるノックバックでモンスターの群れに叩き込まれてしまう。
あまりの横暴さに普段はミィに付き従うミザリーも流石に口を挟んだが、暖簾に腕押しとばかりに取り合って貰えず、アーチャーに援護を求めたが彼は諦観の表情を晒すばかりで言葉を発しない。
いや正確には小声で「まさか…3人目…?」と連呼し、脳の処理が間に合っていなかった。
果たしてここまで計算していたかは知る由もないが、5人の犠牲者を払った所で、ちょうど出口と目された上層に辿り着く一行。
残ったのはミィ、ミザリー、アーチャーの3人。
広がるのは予想に反して大きい空間を誇る大空洞。
上を仰ぎ見れば、玉座のように聳える断崖の上に空から降り注ぐ陽の光が差し込んでいる。
その直下。
その姿。
放心し掛けていたアーチャーの目に映ったのは、
正気を取り戻すのに充分な衝撃を齎す既視感。
「……………馬鹿な、ありえん」
天に座すは無限にして、万能の願望器。
黄金よりも気高く、宝石すら霞む煌びやな杯。
不可能を可能とする。夢物語の顕現。
その名は、
『聖杯』
そして、その中に入れた大量の銀メダルを弄ぶ1人少女に、アーチャーは見覚えがあった。
「あら? ものは試しなんて言うけれど、月の裏側から化石みたいな回線を繋いだ甲斐があったわ」
「カカポみたいに遅くて、カルフォルニアコンドルみたいに醜い電脳世界だけど、私が誰か分かるわよね?」
「ふふっ…怯えてるの? 恐怖しているの? それとも泣き叫んで私に踏まれたいド変態なのかしら?」
「ーーーねぇ、答えなさいよ。無銘」
漆黒のコートを翻し、刃のトゥシューズで降り立つ究極の造形美。
闇深い夜桜の色をした彼女は不機嫌な顔をしながら、
それでも笑ってアーチャーだけを見つめていた。
いったい、いつからラスボスが彼女達だと思っていたんですか?
愚かで矮小な人間さん♫
不束な娘ですが、面白そうなので差し上げましょう!
無様に無駄に頑張って、生き恥を晒してくださいね。
もし楽しませてくれたら、ご褒美をあげちゃいます❤︎
彼女はーーー。
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>本物だった。
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>あり得ない。偽物だ!