雛森「シロちゃんに『雛森ィィィィ!』と叫ばせたいだけの人生だった…」   作:ろぼと

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おまたせ♡
チャド篇()本編一話目です。六話以内に収めたい…

うじうじしているチャン一の周囲と、月島さんの苦悩の始まり。
大したものじゃないけどちょっとサスペンス物っぽくギミックを仕込んでます。


全部…遭遇さんが居たからじゃないか…!

 

 

 

 

 

 

†††

 

 

 

 

 

 

「──だーかーらーっ! 見えてるから出てけっつってんの!!」

 

 

 四月初週の空座町。

 霊媒体質な黒崎一家は今日も騒がしかった。

 

 騒音の元は風呂場の中で暴れる入浴中の少女。

 虚空へ怒りながら、【セキレイX(エックス)】などと銘打たれた怪しいスプレーを思い切り噴射する彼女は、別に狂人でも何でもない。ただ人より霊感が強く、見えてはいけないモノが見えてしまう一家の末娘だ。

 

「おい、中学にもなって風呂でばしゃばしゃ遊ぶな夏梨(かりん)!」

 

「遊んでないっ! コイツがあたしの…!」

 

 廊下から「俺のお湯がなくなる」と怒鳴る兄へ弁明したい思いを堪え、次女──黒崎夏梨(くろさきかりん)はムッスリと謝罪する。今となっては何かと自粛してしまうデリケートな話題だ。言わない方がいいだろう。

 

 撃退した見えないナニカを睨み付け、年頃の少女はさっさと着替えて脱衣所を後にした。

 

 

──ユウレイは、好きじゃない──

 

 夜中。

 嫌な気配を察知した就寝前の夏梨は、布団の中に溜息を残して家を出る。勿論家族に気付かれないよう窓から慎重に。

 

 兄の黒崎一護(くろさきいちご)が人知れぬ戦いの代償に"霊力"と呼ばれる力を失ってから、一年と半年。当時小学生だった妹の夏梨は無事中学一年生に進学していた。

 

 母の六度目の命日に化け物に襲われたのを切っ掛けに、地元のバカ共と組んで悪霊退治をやる事が多かった夏梨。成長につれ強くなった己の霊力で、彼女は兄の代わりに家族や町の人々を守る戦いに身を投じた。

 

 無論一人ではない。兄に同級生の仲間達が居たように、夏梨にも腐れ縁のような同業者がいる。

 

 

「───ケッ! 女が夜更かししてんじゃねーよ、引っ込んでな!」

 

 

 夜の街を走っていると、屋根伝いに跳びながら宙を並走する二人組の子供が現れた。ムッと苛立つ夏梨は同じように霊力を使って屋根へ跳躍する。

 

「うっさい! あんたじゃ不安だからワザワザあたしが出て来てやったの!」

 

「これでも急いだ方なんだけど…」

 

「えっ? あ、(ウルル)じゃないよ? そっちのデコっぱちが頼りないからさ」

 

「デコっぱち言うな暴力女!」

 

 巨大な筒を抱える大人しい黒髪の少女・紬屋雨(つむぎやウルル)と、武骨な金棒を握る喧しい赤髪の少年・花刈(はなかり)ジン()。例の胡散臭い霊媒芸能人との一件から続く妙な関係だが、いがみ合いながらもそれなりの信頼を寄せる戦友である。

 

 三人の戦う敵は、人を喰らう堕ちた悪霊──(ホロウ)と呼ばれる化け物だ。

 

「あーもう、明日入学式で早起きしなきゃだから急いで片付けるよ!」

 

「わたしも始業式あるからいつものアレでお願い、ジン太君」

 

「てめえら俺に命令すんな! 行くぜ無敵鉄棍(あいぼう)ッ! 伝説のォォ~~」

 

──ジン太ホームラン──

 

 低空で獲物を探す隙だらけな怪物へ向け、少年が右手の得物で霊圧の砲弾をかっ飛ばす。最近腕を上げたのか一撃で敵の体がバラバラだ。

 

「あ、ヤッベ」

 

 …だが詰めが甘いのは変わらない。

 

「ほーら! あんたに任せてたらすぐ町中に被害が出るのよバーカ!」

 

「夏梨さん、右側の肉片の処理をお願いします! わたしは左を…発射!」

 

──千連魄殺大砲──

 

 飛び散る大質量の四肢を迎撃するためウルルの攻撃が空を舞う。毎度お馴染みロケットランチャーの大活躍。

 夏梨も負けられないと足元に二つの霊力球を作り、全力で戦闘に参加した。

 

「任せろ!」

 

──カリン流絶命DB(ドッペルバック)──

 

 

 三人の健闘で(ホロウ)は消滅し、無事空座町に平和が戻る。流石に女子中学生にもなってヒーローの真似事は恥ずかしいが、毎日こうして陰で家族を守ってくれていた兄の事を考えると確かな誇らしさが胸に湧き上がる。

 

 今度はあたしが一兄を守ってみせるんだ…と。

 

 

「───義務教育の子供がこんな夜更けに感心しないな」

 

 

 そう気持ちを新たにする夏梨達へ、深夜の暗闇から話しかける者がいた。振り向き見たその青年の正体に三人は苦笑いを浮かべる。

 

「こんばんは、三人共。見事な手際だったけど虚退治の担当は区画毎に決まってる筈だよ。ダメじゃないか」

 

「ゲッ、石田…」

 

「こ、こんばんは」

 

 街灯のネオンに眼鏡を光らせ近付く彼の名は石田雨竜(いしだうりゅう)。夏梨の兄の仲間で、虚退治の口うるさい同業者だ。

 

「お、お前が遅かったから俺達がワザワザ倒してやったんだよ! 説教されるいわれはねえ!」

 

「攻撃する寸前に君達が現れたから控えたんだ。もう少し周りの霊圧に気を付けなさい。それに夏梨ちゃんは明日大事な入学式だろう? 怪我でもしたらどうする」

 

「う…」

 

 呆れるように「黒崎が心配するよ」と正論を突き付けられ、少女はぐうの音も出ずに目を逸らす。

 

「全く、浦原さんも僕に虚退治を頼んでおきながら何故子供たちを…」

 

「…店長、破面(アランカル)との戦いが終わってからずっと忙しそうだし多分気付いてないだけだと思います」

 

「研究中に邪魔しちゃ怒られちまうからな。それにあの程度のザコ虚、俺達だけで十分だぜ!」

 

 胸を張る赤毛小僧の言葉に、夏梨はふと夕方の風呂場での騒ぎで対幽霊グッズを切らした事を思い出した。明日にでもこいつ等が働くあの胡散臭い商店で買い溜めしておこうと脳裏の予定表に書き込む。

 

 その後、長くなる説教の予感に一目散に逃げ出したジン太をウルルが追い、夏梨は眼鏡の高三生徒会長の小言に独り耐え忍んだ。

 とはいえ根は優しい善人なのか、「家まで送るよ」とまで気を遣われては無下にも出来ない。兄の友人と二人きりという気まずい空気と格闘しているうちに、少女は見慣れた『クロサキ医院』の看板の前に立っていた。

 

「あ…あのさっ!」

 

「ん、何かな?」

 

 別れ際、夏梨は咄嗟に彼を引き留めていた。

 

「…一兄(いちにぃ)、学校で元気にしてる…ますか?」

 

 我ながらブラコンが過ぎると自覚している。だが普段から見栄っ張りで無理ばかりしている一兄が悪いのだ。

 霊力を失った黒崎一護は妹たちの目の無い所でどんな様子なのか。ずっと気になっていた少女へ、問われた石田は優しく微笑んだ。

 

「安心していいよ。一昨年のように全能感で調子に乗ってないだけで、騒がしいのは相変わらずだから」

 

 小さく「おやすみ」と手を振り去って行く青年を見つめ、夏梨は胸を撫で下ろす。

 

 優しくて、かっこよくて、家族思いな理想の兄。双子の姉の遊子(ゆず)のようにべったりではないが、夏梨も兄の事は大好きだ。こうして町の平和を脅かす虚と戦い続けていると余計そう思う。

 

 男子のプライドか、兄の威厳か。夏梨からすれば無事でいてくれる事以上の望みなどありはしないのに、霊力を失ってからの一兄はいつも元気が無いように見えた。だが彼が普通の学生生活に少しでも幸せを感じてくれているのなら、自分はその幸せを守るためにどんな過酷な戦いにだって飛び込んでやる。

 

 

 …そんな健気な妹の覚悟と絆が、卑劣な手により知らぬ間に冒涜されていたなど──黒崎夏梨は最後まで夢にも思わなかった。

 

 

 

 

 

 

***

 

 

 

 

 

 

 あれから二度目の桜の季節がやってきた。

 

 花びらの舞う空座第一高校の通学路をぼんやりと歩きながら、新三年生となった巨漢──茶渡泰虎(さどやすとら)は近くて遠い過去の思い出を想起していた。

 

 

「──おーっす、チャド」

 

 

 ふと肩を叩かれ振り向く青年。そこに輝くオレンジ色の髪を見て、茶渡は軽い返事を返す。

 

「…ム、一護か」

 

「なんつーか三年つっても実感湧かねえよな。…ってうわっ、なんだその顔!? お前ヒゲ伸ばしたのかよ」

 

 たじろぐように「厳ついな…」と零す仲間の親友──黒崎一護。厳ついのはお前の派手な髪の毛ではないのかと言い返したい思いを飲み込み、青年は他愛のない話を探す。

 

「…昨日、はどうだった?」

 

「昨日? 家でゴロゴロする以外なんかしてたっけ、俺」

 

「井上が春休み最終日にお前と"売れ残らないパン食い競争"?をしたいとか言っていたが……いや、何でもない」

 

「なんだそりゃ…?」

 

 呆れている親友の半目を見る限り、どうやら彼女のデートプランは脳内妄想で終わってしまったらしい。恥ずかしがり屋なクセにアタックが妙に独創的な二人目の仲間──井上織姫(いのうえおりひめ)の片思いが報われる日は来るのだろうか。茶渡は空を仰ぐ。

 

「つかあいつもずっと忙しそうにしてるよな。たつきが寂しがってたぞ」

 

 ポリポリ頭を掻きながら仲間の付き合いの悪さを愚痴る一護。その"忙しい"の理由に心当たりがある茶渡は居心地が悪くなる。

 

 

 一護があの戦いの後で霊力を失ってから、茶渡ら同級生四人の関係は変わった。自身は一護との距離感を掴めず、親友なのに話す内容も言葉を選んでしまうようになった。井上も彼へ似たような気まずさを覚えている風に見える。

 それも仕方ない事なのかもしれない。仲間で最も強くリーダーシップがあった奴が突然無力な人間になったのだ。生きる世界が変われば接し方も当然変わってしまう。

 

 その一護を守ろうと、井上は精力的に動いていた。

 ほぼ毎日夜間にふらりと霊圧が消え、日を跨ぐ前に戻ってくる。時折感じる破面(アランカル)の霊圧から察するに、ネルたちの協力で虚圏(ウェコムンド)へ鍛錬に行っているのだろう。訊いても「ごめん」と詳細は明かして貰えていないが。

 

 そんな変わった仲間達の中で唯一──石田雨竜が普段通り一護と遠慮のない嫌味の応酬を繰り広げている。尸魂界(ソウルソサエティ)で同じように一度霊力を失った彼だからこそわかる事があるのか。憐憫とは違う素直な同族意識で、素直じゃない友情を育んでいる二人の関係は正直少し羨ましかった。

 

「…どしたチャド? 黙り込んで」

 

「ム…」

 

 通学路を進む間、茶渡は一人物思いに耽る。

 

 井上も石田もそれぞれの道を歩いている。だが自分にはそれが未だ無い。元より一護と共に背中を預け合う中学時代からの関係が第一にあった不器用な彼に、それ以外の道を探すのは困難で、また一護の心を思えば二の足を踏んでしまう事だった。

 

 虚退治に教室を離れる仲間達の背中を複雑な顔で見送る一護。浅野達が尸魂界や死神の話をする時に遠くを眺める一護。それまでの覇気に満ちていた目を濁らせ、無気力に日々を生きる一護。

 本人は「ようやく望んだ普通の日常だ」と周りにも自分自身にも言い聞かせていたが、その痛ましい姿は到底見ていられるものではなかった。

 

 このままずっと一護は力を失ったままなのだろうか。力を取り戻す事はできないのだろうか。何より、もし力を戻せたとして、彼から今の平和な日々を奪う事が本当にあいつのためになるのだろうか。

 何が正しいのか結論が出せず、茶渡はやるせない思いを抱えてこの一年半を無駄に過ごしていた。

 

 

「…!」

 

 ぼんやりと歩いていると不意に肌を刺すような霊圧を感じた。ほぼ毎日現れる悪霊、(ホロウ)の気配だ。

 

「…すまん一護、先に行く。職員室に顔を出さないといけない」

 

「ん? おー、遅れて教頭の鍵根にドヤされんなよー」

 

「ああ、また学校で」

 

 適当な言い訳で誤魔化した茶渡は、一護へ内心謝罪しながら通学路の坂道を駆ける。

 協力者の浦原喜助(うらはらきすけ)からの依頼で石田が優先的に向かう決まりになっているが、茶渡は被害を減らすため毎度彼の援軍に急行していた。

 

 

 …その意識が幸運か、あるいは仇となったのか。駆け付けた現場で彼の運命は大きく捻じ曲げられる。

 

 

 

「───遅いよ、茶渡泰虎」

 

 

 

 気配を辿り入り込んだ人気のない路地裏。そこに居た人物に茶渡は息を呑む。

 

 じっとりと濡れているような深い黒色の長髪。自分と変わらない二メートル近い長身。そして、右手に握られた不気味な刀。

 ゾッとするほど暗い瞳をした若い男が、消えゆく(ホロウ)の死骸の前で佇んでいた。

 

「……何者だ? 人間か?」

 

「"何者"か、そうだね…」

 

 その問いに、顎に手を当て考え込む素振りをする男。そしてしばしの間を置き「うん、決めた」と彼が頷いた直後。

 

 …気付けば茶渡泰虎は、背後から男の刀に胸を貫かれていた。

 

 

 

 

──君とお爺さんの恩人、かな?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

†††

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 月島秀九郎(つきしましゅうくろう)は茶渡泰虎の祖父、オスカル・ホアキン・デ・ラ・ロサの恩人である。

 

 

 幼い頃に両親を亡くし、中南米に住むオスカルの下で暮らしていた茶渡は、クオーターである事を疎まれ近所の子供たちからいじめを受けていた。

 罵倒暴行は日常茶飯事。図体の大きさに任せた喧嘩上手な彼も多勢や大人には敵わず、遂には唯一の味方であった祖父にまでその悪意は伸びる。

 事は殺傷事件に縺れ込むほど悪化した。

 

 

『───無抵抗なお年寄りと子供を火器で脅すなんて、君達は随分臆病なんだね』

 

 

 月島はそんなスラムの連中を瞬く間に無力化させ、オスカルと茶渡の窮地を救った。そして二人の手当をしているうちに家族同然の間柄、幼き茶渡の兄貴分となった。

 

『シュウ…俺はもう長くない。ヤストラを頼んだぞ…』

 

『泰虎の涙を止められるのは貴方だけだよ。どうか神の御許より彼を見守っていてください、お爺さん(アンシアーノ)

 

 オスカルが亡くなってしばらくし、泰虎は親戚に引き取られ日本へ帰国する。月島との別れを惜しむ少年へ、彼は餞別に素朴なコインの首飾りを贈った。

 

『僕達の出会いと絆の証だ。困った時には必ず君を助けに行くよ』

 

『……本当にまた月島さんと逢えるのか?』

 

『勿論。何故なら僕はお爺さん(アンシアーノ)から君の事を託された…茶渡泰虎の兄貴分だからね?』

 

 その言葉を最後に、思い出の異国の地で別れた月島と茶渡。

 だが幸運にも二人の再会の機会はそう時を置かずにやってきた。

 

 

──久しぶり、泰虎。

 

 

 二年後。弟分の茶渡が死神との諍いに巻き込まれたと鳴木市の仲間から聞いた月島は、あの時の約束を果たしに彼の元へ駆けつけた。

 

 聞けば友人の黒崎一護の恩人である死神が尸魂界(ソウルソサエティ)で処刑されそうになっていると言う。茶渡の友人なら自分の友人だ。即座に協力を申し込み、月島は朽木ルキア奪還のため霊界へと飛び込んだ。

 

『まさか月島さんが俺達のような特殊な力を持ってたとは…』

 

『当時の泰虎は普通の人間だったからね。心苦しかったけど秘密にしていたんだ』

 

 戦いは月島の獅子奮迅の活躍で誰一人欠ける事無く、ルキアの救出に成功した。

 死神の八番隊隊長・京楽春水との一戦では茶渡と共に無傷で離脱。捕らわれた石田と井上を奪還し、情報収集に当たった四楓院夜一、尸魂界の協力者・山田花太郎と志波岩鷲の七人は皆、月島の援護でそれぞれの窮地を脱した。

 

 だが万全の布陣で臨んだ決戦は、三界を揺るがす巨大な陰謀の掌の上だった。

 

 裏切り者の藍染惣右介一派、そして浦原喜助の後始末に振り回された一同は、虚圏(ウェコムンド)へと凱旋する敵の三人と連れ去られる一人の少女を、反膜(ネガシオン)の外から見上げる事しか出来ない。

 

 しかし。屈辱に歯を食い縛る彼らの誇りは、唯一藍染に食い下がった月島の気丈な後ろ姿に守られる。

 圧倒的な力を持つ魔王へ向け、「ここで殺さなかった事を後悔させてやる」と豪語する彼は、誰もが感服する頼れる強者そのものだった。

 

 

 

 …そんな時だ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

───月島が…               

 

           ()()()()()()()()()()───

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


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