雛森「シロちゃんに『雛森ィィィィ!』と叫ばせたいだけの人生だった…」   作:ろぼと

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お待たせしました。多忙で一週間近く執筆時間取れなかったぴえん(甘え

時系列的には一護と銀城の出会いの一月前。チャドが挟まれた少し後、ニャル森の手紙が来た翌日のお話です。
まだまだへこたれない月島さん。

 


全部…暗雲さんが居たからじゃないか…!

 

 

 

 

 

***

 

 

 

 

 

 

 満天の星雲が桃色に輝く永夜の太洋世界、虚霊坤(ロスヴァリエス)。現世と霊界の狭間、断界を彷徨う泡沫の楽園だ。

 

 季節は四月も半ば。この日も、客人の少女は楽園の王城、英霊宮殿(ヴァルアリャ)へ歓迎されていた。

 

 

「…ッ、もう一度!」

 

── 四 天 抗 盾(してんこうしゅん) ──

 

 

 爆発と共に正面の砂地が吹き飛ぶ。威力の弱さに臍を噛み、疲労が限界を迎えた人間の少女──井上織姫は悔し気に膝を突いた。

 

 英霊宮殿(ヴァルアリャ)の中央施設、大天蓋。照り付ける偽りの太陽の下、彼女は一年以上も続けている日課の修行に精を尽くしていた。

 

 

「…上位従属官から下位十刃の虚閃(セロ)程度といった所か。(ゴミ)め」

 

 

 無機質な男声が聞こえ、織姫は面目なさそうにそちらへ振り向く。

 

 翡翠の瞳。石像のような白い肌。凍り付いた無表情。あの再会の日からずっと自分の案内や修行に付き合ってくれている破面(アランカル)の青年だ。

 

「ウルキオラ君…」

 

「何度も言わせるな。お前程度の力ではどう足搔こうとあの男の足手まといにしかならん」

 

 辛辣な彼──ウルキオラ・シファーの断言に少女は顔を背ける。毎日毎日聞き慣れている台詞に心揺れる事はない。

 

「…逃げたくない。あたしだって戦いたいの」

 

「無駄だと言っている」

 

「無駄なんかじゃないよ。少なくとも前みたいに何もできずに連れ去られたりしないし……大事な人を死なせたりもしない」

 

 ここで諦めてまたあんな思いを繰り返すのは御免だ。そう言い切り、織姫は拳を握り締める。

 藍染の崩姫(プリンセッサ)として仲間達を裏切る事を強いられ、数多くの悲劇を経験した織姫は、己の無力を心の底から憎んでいた。

 

「それに…」

 

 だが自分が意地を張る理由はもう一つ。訝しむ青年の翡翠の瞳を、少女は見つめ返す。

 

 

「ウルキオラ君が、協力してくれてるから」

 

 

 ピクリと眉を動かした彼に、織姫は薄く微笑んだ。

 

「あたしが黒崎君と一緒に戦いたいって言った時もあなたは反対してた。でもこうして最後にはちゃんと助けてくれる。"無駄だ"って言うのもあたしの事を心配してくれてるからでしょ?」

 

「…勘違いをするな、協力でも心配でもない。雛森(ひなもり)様のご指示だ」

 

「それでもだよ」

 

 織姫が直接この地の支配者に会ったのは大戦前の数度のみだが、彼女は部下が嫌がる仕事を無理やり押し付けるような人ではない。

 ならばそういう事なのだろう、と織姫は青年の優しさに小さくはにかむ。

 

 しかしその顔が気に食わなかったのか、ウルキオラが「それより」と前置き、別の話題で少女を責めた。

 

「いつまで黒崎一護の腕輪を預かっておくつもりだ?」

 

 それに一転、暗い顔で俯く織姫。

 再会の一年半前に受け取った虚霊坤(ロスヴァリエス)への招待状を、彼女は未だ"二つ"とも手にしたままだった。

 

「ダメだよ、今は渡せない」

 

「……」

 

「でも、その日はきっと来る。だから、それまであたしが預かるの」

 

 織姫は手首に輝く腕輪を撫でる。

 これは黒崎君が力を取り戻すまであたしが彼の未来を護るという決意の証。その思いを目に込め、少女はウルキオラと向き合った。

 

「…好きにしろ。だがこちらの忍耐にも限度がある」

 

「ふふっ、ごめんなさい。ウルキオラ君も早く黒崎君に会いたいもんね!」

 

 憮然と眉を顰める彼へ、織姫はニッコリと笑う。

 ここに来る度「いつまで遊んでいるつもりだ」と霊力を失った彼に腹を立てているウルキオラ。前回の戦いの虚しい結末に納得できず、再戦の機会を欲する姿は"好敵手"と呼んで然るべきものに見えた。そして、恐らく黒崎君もそれを望むだろう。

 

「大丈夫! 怪我したらあたしが完璧に治してあげるから! 男の友情を深めるのにサシのバトルは必須だよね!」

 

「…下らん。俺がお前達へ抱いている"感情"とやらは、雛森様の興味の対象としての関心のみだ。それ以上の事はない」

 

「もう、素直じゃないなぁ」

 

 織姫はむぅ…と頬を膨らませる。

 以前の彼がせっかく「漸くお前達に興味が出てきた」と言ってくれたのに、仲間のネリエルが揶揄(からか)ったせいで拗ねてしまった。それから青年は自身の"心"を隠すようになり、今はもうその成長を見せてくれない。残念。

 

(…でもネリエルさんかぁ)

 

 織姫は件の女性の顔を思い浮かべる。初対面の子供の風体からずっと大人っぽく近寄り難い美女になった元第3十刃。不仲と言う程では無いが、織姫の最近の不満は彼女の悪戯心と──恋心だ。

 

「……あ、あたし帰ります。霊力もすっからかんだし、長居したら雛森さんのご迷惑だから」

 

「余程ネリエルの嫌味が堪えたようだな」

 

「ふぇ!? な、何の事かな~…」

 

 図星を突かれ少女はたじろぐ。

 本来はネリエルが織姫ら現世の客人達に付く決まりだったのだが、一護が来ないと知りすっかり意気消沈。見かねた女君主に任を解かれた後も時々棘を刺してくるため、織姫は何となく苦手意識が拭えない。

 また絡まれる前に逃げるが吉だ。

 

 

 衣類の砂を掃い、二人は英霊宮殿(ヴァルアリャ)の一角にある現世の門へ向かう。辛い鍛錬の後の、この無口な友人との静かな散歩が、少女は嫌いではなかった。

 

「明日も時刻の五分後まで待つ。遅れたら転移後に霊圧で知らせろ」

 

「はい、よろしくお願いします」

 

 幾度と繰り返した挨拶に変わらぬ感謝の気持ちで返し、少女はふと彼を見上げた。

 

 出会ってから一年半。

 この口の悪い破面(アランカル)はこれまで何度も織姫の弱さを指摘し突き付けてきた。だけど彼は無駄だと言いつつ一度たりともこちらの頼みを断った事はなかった。

 

 断片とは言え、欲した"心"を理解してくれた虚の青年ウルキオラ。一護に抱いているライバル心と言い、少しずつ人間味が出てきた彼の変化は、まるで子供の情操が育っていく様を見ているように微笑ましい。

 

 そんな失礼な気持ちを悟られないように隠して、織姫はお礼の言葉と共に手を振った。

 

 

「今日もありがと、ウルキオラ君。また明日っ」

 

 

 彼を友人だと思っているのは自分だけかもしれない。親切にしてくれるのは雛森さんの命令なのかもしれない。

 それでも、決して交わる事のない(ホロウ)の男の子とこうして笑顔で接している時間は、一人で独占するには過ぎた幸せに思えた。

 

 いつか必ず、黒崎君もここへ来れるようになる。ヤミー、アイスリンガー、グリムジョー、ドルドーニ、ネリエル、そしてウルキオラ……彼に会いたがっている破面は大勢いる。あたしより、黒崎君のほうがもっと彼等と仲良くなれる。

 

 叶う事なら一日でも早く、その日が訪れますように。そう願いながら、織姫はウルキオラに見送られて異界を後にした。

 

 …だが。

 

 

「──井上織姫」

 

「…えっ?」

 

 

 現世に戻った少女がその去り際の忠告を思い出した時。

 恐ろしい敵の魔の手は、既に彼女を捕らえていた。

 

 

「現世で動きがある」

 

 

 

 

──精々、気を付ける事だな。

 

 

 

 

 

 

 

 

†††

 

 

 

 

 

 

 天真爛漫才色兼備で人気者な女の子、井上織姫は不幸の星の下に生まれた。

 

 母親は婬売、父親は酒乱。子供が泣いたら泣き止むまで殴り続ける、子を育てる資格のない連中。

 十五歳年上の兄も、井上家の事情を知った叔父夫妻に()()()()()()()()()()()()

 

 新たに生まれた悲運の幼児を親の暴力から守ってくれる味方は、一人もいなかった。

 

 

──僕が彼女を育てるよ 

 

 

 そんな幼い織姫に手を差し伸べたのが、月島秀九郎(つきしましゅうくろう)。遠い親戚を名乗る一人の善良な青年だった。

 未成年の男手一つで幼児を育てる困難、数えきれない苦労を厭わず、十七年間も。彼は生まれて間もない織姫を、ずっと一人で守ってくれたのだ。

 

 月島さんが居なければ親の育児放棄で命を落としていたかもしれない。本当の父や兄も同然に親しんだ大恩人に、織姫は物心ついてしばらくし…

 

 ──恋をした。

 

 

 

***

 

 

 

「──お兄ちゃ…つ、月島さん!」

 

 

 月日は流れ、十五年。

 井上織姫の過去に"両親から解放してくれた大恩人"としての自分の存在を挟んだ月島は、朽木ルキアを救わんと立ち上がった黒崎一護一派に加わり、此度も無事尸魂界(ソウルソサエティ)へ降り立っていた。

 

「無事でよかったよ、織姫」

 

「あ、ありがとう。助けてくれて…」

 

 瀞霊廷への進入時に仲間達と離れ離れになり、五番隊の管轄区で苦戦していた彼女の援軍に駆け付けた月島。朱染めの頬で礼を言う妹分を放置し、霊圧感知で周囲を探る。

 

 今の段階で"あの女"が居そうな場所と言えばこの近辺だが…

 

「……やっぱり隠れているか」

 

 目当ての気配は感じられない。状況的に奴は今藍染惣右介の下で暗躍しているのだろう。想定内とはいえ貴重な接触チャンスを失い月島は臍を噛む。

 

「…用事ができた。織姫、君はこの先にいる雨竜と合流してくれ」

 

「ま、待って…! あたしも月島さんの力になりたいの!」

 

「織姫、言う事を聞きなさい」

 

「…で、でも…」

 

 必要な事とはいえ少々好感度を稼ぎ過ぎただろうか。しつこい織姫を追い払い、青年は例の女の情報を集めに単独で瀞霊廷を駆け抜ける。

 

 五番隊、四番隊、十番隊、霊術院、鬼道衆。奴が関わった組織の書類に完現術(フルブリング)をかけ、その内容を一瞬で記憶。詳細な人間関係や性格、戦闘力など護廷十三隊が持ちうる情報を粗方手にした月島は、その後密かに移動し双殛の丘の森林地帯に身を潜めた。

 

 

──私が天に立つ 

 

 

 藍染の腕に抱えられ、例の女が虚圏(ウェコムンド)へと去って行く。その眼下に、前回あった月島秀九郎の姿はどこにもない。

 

 此度。青年は彼女との対話を求め、初接触をこちらの有利な状況で行おうと考えた。こんな大勢の目と耳がある所ではない、一対一で接する機会。

 

 恐らく奴がこちらに反応を示すのはその一度のみ。そして月島が選んだタイミングは……九月三日。

 

 破面軍による威力偵察の時だ。

 

 

 

 

 

「───来るな! 井上!」

 

「───黒崎君!」

 

 

 一月後。

 

 茶渡泰虎に挟んだ過去と同様。朽木ルキアを救い現世へ戻った月島は、一護達が二体の十刃(エスパーダ)の襲撃者と戦う空座町東部公園へ急行していた。

 

 現場では泰虎が巨漢の破面に瞬殺され、駆け付けた一護も内なる虚の反逆で一気に劣勢へ。

 何とか仲間を助けようと織姫が梅巌(バイゴン)火無菊(ひなぎく)・リリィの【三天結盾】を展開するも虚しく。苛立った巨漢が小柄な同胞の制止を無視し彼女へ無造作に腕を振るう。

 

 織姫の戦意を削ぎ落すのにそれ以上の行為は必要なかった。

 

「井上ええッ!!」

 

「…あ、ヤベ。こいつは潰しちゃ拙い雑魚だったか」

 

「当分あの方の手料理はお預けだな、ヤミー」

 

「ちくしょおおおやっちまったァァァァ!!」

 

 騒ぐ破面達も、殴り飛ばされ顔が潰れた妹分も無視し、月島は近くの木陰に隠れてジッと時を待つ。ここへ来る前、浦原喜助らには「助太刀無用」と事前に援軍を断った。邪魔者は最小限に留めてある。

 

 そして一護の体から荒れ狂う桃色の霊圧が噴出し、彼の内なる虚が鎮まる。かくして例の女との対話の舞台は整った。

 

 しかし。

 

 

「藍染様には報告しておく。貴方が目を付けた死神モドキは…」

 

 

──殺すに足りぬ   

    (ゴミ)でしたとな

 

 

 霊圧の余波で巻き上がる砂塵。唖然と自分の身に起きた異変に呆ける一護。微かな意識で泰虎の傷を癒す瀕死の織姫。撤退していく破面達。

 その姿を視界の端で確認しながら、月島は土煙の中で立ち尽くしていた。

 

 …何故だ。何故奴が来ない。

 

 前回と同じくヤミーが空座町民を大勢殺す問題を起こしている。"織姫を傷付けるな"との命令にも背いている。あの女が破面達を回収する必要性は増しているはずだ。

 なのに何故。

 

 浦原達がいないから?

 援軍の必要がないから?

 何か他に理由が…

 

 

 

「────!!」

 

 

 

 その時。強烈な悪寒が青年の背筋を這いまわった。

 

 辺りの音が遠のき、まるで世界が自分ひとりになったかのような違和感が五感を支配する。

 

 

 覚えている、この感覚を。

 泰虎に過去を挟んだ時の双殛の丘。現実の自室に届けられた手紙を読んだ時。霊圧を感じないのに分かる、あのおぞましい、"誰かに見られている"感覚。

 

 ゆっくりと振り返る。周囲の景色は立ち込める土埃に隠れて見えない。不自然な程に。

 

 

 そして砂のベールの、その奥。

 背中越しに後ろを見た、月島秀九郎の目に映ったのは──

 

 

「……ッ」

 

 

 翻る灰色のスカート、白いブラウス、赤いリボン、そして…薄い弧を描く唇。

 

 女子高校生に扮した現世風の装いの"彼女"が、そこに居た。

 

 

 

 

 月島は思わず距離を取る。だが警戒する相手は自然体で佇むまま。

 

 そこへ、不意に厚い土煙が両者の間に流れ込んだ。

 

 

「……なっ」

 

 

 視界が遮られた一瞬の後。気付けば女は、跡形もなく消え去っていた。

 

 どこだ、どこへ行った。

 慌てて埃霧を掃い辺りを見渡す青年。だが奴の姿は見つからず、彼の両目は虚空を捉えるばかり。

 

「!」

 

 その時、ふと月島の靴が硬質な何かを踏んだ。石ではない、平面的な人工物。

 

 咄嗟に「なんだ」と見下ろしたそこにあったのは、一冊の本だった。

 

「これは…」

 

 規格は自身もよく読む新書判。真っ白な表紙の上部に綴られた赤と青のポップな英単語タイトルが目を引く。

 だが周囲を警戒しつつページを捲った月島は、眉を寄せた。

 

 何も書かれていない、無地のページが延々と続いている。

 

 当てつけのつもりか。"読書家"の通称を使った何らかの隠喩か。以前の手紙といい随分と手の込んだ事がお好きのようだ。

 相手の子供じみた悪戯心に苛立つ青年は、そこではらりと落ちた一枚の紙に目が留まる。

 

 その細長いピンク色の紙切れ──栞には、あの時と同じ女の筆跡で小さな問文が書かれていた。

 月島が欲した対話のきっかけ。されど最悪に近い、敵の思惑が…

 

 

 

 

───銀城空吾を救いたい?

 

 

 

 

 クスクス…と。

 鈴が転がるような嘲笑の幻聴が木霊する空座町東部公園。青年は女の栞を握り潰し、屈辱に歯を軋ませる。

 

 誰よりも何よりも大切な兄貴分。この世でただ一人自分を忌避せず受け入れてくれた、哀れな復讐者。

 あの魔女は、その無二の恩人に手を出そうとしていたのだ。

 

「……調子に乗るなよ、死神」

 

 黒崎一護、日番谷冬獅郎、護廷十三隊の友人や配下の破面達。こちらが握れる奴の弱みは山ほどある。

 精々今の内に、その箱庭を見下ろす上位者気分を楽しんでおくといい。

 

 

「最後に勝つのは、この僕だ」

 

 

 

 

 

 

 …栞の一文、銀城空吾の名に全ての注意を奪われた月島秀九郎。だが彼が真に注視すべき"その単語"から関心を失ったのは、あるいは無意識の逃避行動だったのかもしれない。

 

 

 女が残した無地の新書に綴られた、六つのアルファベット。

 

 

 あらゆる色を消し去る事を指す、その言葉。

 

 月島がそこに隠されたおぞましい真実を垣間見る日は、そう遠い未来の事ではなかった──

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




 

月島さん、後に響く低OSRセリフの致命的ミス。
そしてちゃっかりFPTOSR値を稼ぐ織姫ちゃん。

次回から話を大きく動かしたい…(淡い願望

 

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