雛森「シロちゃんに『雛森ィィィィ!』と叫ばせたいだけの人生だった…」   作:ろぼと

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月島さん劇場の前編です。後編は次回!
花火が輝くには空を昇る必要があるからね!(純粋な目

 


全部…急転さんが居たからじゃないか…!

 

 

 

 

 

 

***

 

 

 

 

 

 

 空座総合病院。

 就寝時間が近い静かな院内の一室から淡い光が零れている。

 

 病室の患者は石田雨竜(いしだうりゅう)。仲間の井上織姫の協力で傷を癒した彼は、来たる戦いに備え密かに装備を整えていた。

 

 

──襲撃者(あいつら)が動き出した

 

 

 霊力を失った黒崎一護に纏わりつく見知らぬ霊圧。その正体を探る途中、雨竜は謎の人間の霊能力者に不意を打たれ敗北してしまった。

 

(僕達は皆、何者かの企てに巻き込まれている…)

 

 驚いたのは仲間の井上と茶渡泰虎(さどやすとら)も同じように誰かに斬られた記憶がある事。そして二人の場合はこちらと異なり、何故か()()()()()()()()()()()事。

 まるで白昼夢のようだったとの証言に雨竜は疑問を覚える。どうして自分だけが傷を負ったのか。あるいは両者は全くの別手口によるものなのか。

 

 いずれにせよ、敵の目的はその活発な霊圧の動きが明らかにしている。

 

 

黒崎一護だ。

 

 

(あいつの霊力が戻っている。この事実から最悪の事態を想定すると…)

 

 町中に広がる雨竜の感知能力は確と一護の霊圧を捉えていた。

 だが同時に彼の近くで感じたのは、あの"謎の襲撃者"の気配。仲間の雨竜を襲った奴が何の思惑もなく一護と長時間接するなどありえない。確実によからぬ意図がある筈だ。

 

 …恐らく黒崎は騙されている。力を取り戻す手助けでも受けたのかもしれないが、あのお人好しならそれだけで簡単に心を開いてしまうだろう。

 世話の焼ける馬鹿へ借りを返すべく、雨竜は体の調子を確かめベッドを立った。

 

 

「───如何にも遅い決断だな、雨竜」

 

 

 制服に着替える途中、個室の扉を潜り一人の医師が現れた。院長にして青年の実父の滅却師(クインシー)、石田竜弦(りゅうけん)だ。

 

「…状況が変わっただけだ。黒崎の周りがきな臭い」

 

「あの親子の周囲が喧しいのはいつもの事だ。私の忠告を無視するからお前もそれに巻き込まれる」

 

 皮肉の効いた彼のセリフに雨竜は顔を顰める。黒崎一護という元死神と関わり続けている事を言っているのだろうが、あれはただの腐れ縁だ。

 だがふとその"親子"の言葉が気になった彼は、父へ問い掛けた。

 

「あんた黒崎の親父さんと知り合いだったのか?」

 

「知り合いではない。ただの腐れ縁だ」

 

「そ、そうか…」

 

 途端に悪化した彼の機嫌に雨竜は頬を引き攣らせる。自分と黒崎のような関係ならば父の豹変の理由には納得しかない。

 

 もっとも話を続ける気がない青年は、滅却師十字(クインシー・クロス)のブレスレットを手首に通しそのまま病室の出口へ向かった。

 

「雨竜」

 

「…何だ?」

 

 だが去り際、竜弦が妙な事を口にした。聞き捨てならずとも決して愉快ではない内容。

 

「この件に関わるのは程々にしておけ」

 

 

──浦原喜助が動いている

 

 

 その意味に眉を顰め、青年は無言で病院を後にした…

 

 

 

 涼しい五月の夜風に当たりながら雨竜は目的地へと駆ける。その胸に湧き上がるのは、彼らしくない──負の激情。

 

 全く、誰も彼もが身勝手すぎる。

 黒崎が無力のままでいいと決めつける尸魂界(ソウルソサエティ)。それを承知する浦原さん。そしてあいつが見ず知らずの不審者の取引に応じたら、慌てて腰を上げる保護者協力者たち。

 父親や妹達だって彼を大切に思うあまり現状維持に徹するばかりで、誰一人として黒崎自身の気持ちと向き合おうとしない。

 

 …別に黒崎が誰に騙されようがあいつの勝手だ。馬鹿につける薬としては妥当だろう。

 

 だけど。

 

 

「戦う力を失った人の心を弄ぶようなクズを、許すつもりはないな」

 

 

 かつて尸魂界(ソウルソサエティ)で亡き祖父の仇討ちに全ての霊力を投じた石田雨竜。短いながら無力の日々を過ごした彼にとって、同じく無力に苦しむ黒崎一護を取り巻く此度の陰謀は、断じて見過ごせない"悪"であった。

 

 

 

 

 

 

 

 

***

 

 

 

 

 

 

 

 鳴木市に本部を置く秘密結社XCUTIONのアジト。

 雪緒の完現術(フルブリング)【インヴェイダーズ・マスト・ダイ】内に作られた専用の修行場に、剣撃のぶつかり合う音が木霊する。

 

 

「───くそっ、何なんだ…! お前一体何なんだよ!!」

 

 

 襲い掛かる斬撃の嵐を必死に受け流す。明らかな力量差に苦しむ黒崎一護は、この修行を担当する銀城空吾への苛立ちを喚き散らしていた。

 

「ッ、黒崎くん!」

 

『ダメだよ。お姉さん(ヒーラー)のお仕事はもう終わったんだから』

 

「! 井上──がはァッ!?」

 

 完現術の檻に捕らわれた織姫を助けに駆けるも、一護は突然の蹴撃に吹き飛ばされる。

 

「どこ見てんだよ、腰抜け」

 

「ゴホッ…! ぎ、銀城てめえっ」

 

「やれやれ、一体いつからお前は戦う相手からすぐ意識を逸らすような平和ボケに成り下がった?」

 

 呆れた目で「こいつは深刻だな」と見下ろしてくる男を、一護は辛うじて睨む。何故こんな事になっているのか彼にはわからなかった。

 

 目を潰され、助けに来てくれた井上を人質に取り、まるで拷問のような戦いを強いる銀城。血反吐が出るほど過酷だった浦原喜助や平子真子の修行とは違う、好意も敵意も感じない不気味な剣を振るう男。

 拭えない本能的な違和感が、この銀城空吾という人物を信用する事を一護に躊躇わせていた。

 

「…"信用しきっていない"? 何を言ってんだ、お前?」

 

 男の目が氷のように冷える。

 

「なら訊くが、なんでお前は俺達の誘いに乗った?」

 

「何だと…?」

 

「信用できなくても利用する事ならできると思ったか? 力さえ取り戻せば裏切られても切り抜けられると思ったか?」

 

 そう問う銀城の顔は侮蔑に歪んでいた。

 

「───バカが」

 

「がッ!?」

 

 凄まじい激痛。一護の完現術(フルブリング)の死覇装を貫き、男の大剣が肩に深々と突き刺さっていた。

 

「何度痛い目みりゃ気が済むんだ、あァ? そんなんだからてめえは浦原喜助ら死神共に利用され、用済みになった途端に捨てられたんだよ!」

 

「…ッ、ぐぅっ」

 

「以前の"霊界の英雄"時代のお前ならそれでもよかったんだろうぜ。だがな、今のてめえのどこにそんな力がある? 現実も見ずに無謀にも信用できない連中の懐に飛び込んで無事に逃げ切れるとでも? 完現術(フルブリング)に目覚めたばかりの雑魚がイキってんじゃねえよ!!」

 

「ぐああああああッ!!」

 

 肩を穿つ大剣ごと地に磔にされる一護。夥しい量の血が床を赤く染める。

 そんな苦痛に喘ぐ彼へ、銀城が抑揚の無い声で語り始めた。

 

「……一護。死神共にチヤホヤされて光の中を生きてきたお前と違って、俺達完現術師(フルブリンガー)は常に日陰者だ」

 

「な、に…?」

 

「死神も虚も人間も、誰も彼もが敵ばかり。信頼できるのは同胞だけ。その一人だった月島が裏切った以上、俺達は夢を叶えるために一層団結しなきゃならねえ」

 

 そして。

 組織を預かる現リーダーが、仲間候補の一護に、事実上の最後通告を突き付けた。

 

「わかるか? お前みたいな危機感の欠片もないド素人を仲間に迎えたら、俺達のXCUTIONが…」

 

 

──最後の居場所が…  

   崩壊しちまうんだよ

 

 

 彼の言葉に一護は唖然とする。

 大げさな連絡システムも、いくつものアジトも、秘密結社とカッコつけて名乗っているのも。彼等は断じて遊びでやっている訳ではなかった。

 

 かくして一護はようやく知る。

 彼に手を差し伸べてくれた彼等完現術師(フルブリンガー)は、それほどまでに今の世界から忌避され続けてきた"弱者"だったのだ。

 

「…ったく、救いようが無え。まさか当代の死神代行がこんな甘ったれたガキだったとはな。こっちの計画が全部パァだ、クソッタレ」

 

 忌々しげに吐き捨てる銀城へ、青年は何も言い返せない。

 

 …だが。続く男の宣言を耳にした一護は、絶望のあまり戦慄した。

 

 

 

──チャドと井上を殺す

 

 

 

「お前が組織の癌になるとわかった以上、俺達の存在を知っちまったお前ら三人を生かしては置けねえ」

 

「や、止めろ…!」

 

「恨むなら自分の迂闊さを恨め。心配しなくてもてめえも最後に殺してやるさ」

 

 それはあまりに冷酷で、同時にやむを得ない必然の決断だった。

 

 …だが、たとえどんな理屈があろうと、それだけは許さない。

 一護は体に突き刺さった大剣を掴む。必死に磔から逃れようと。

 

「そんな事…させて堪るかよ…ッ」

 

 肩から血が滝のように流れ出る。頭の中で少女の制止の悲鳴が木霊する。それでも彼は足掻き続けた。

 

 母を死なせてしまったあの日から始まった一護の業。それは完現術師(フルブリンガー)となった今も変わらない。

 彼が求めた力はいつだって、大切な人達を護るために求め、手にし、磨き上げたものだった。

 

「……頼む…力を貸してくれ…!」

 

 一護は握る完現術の鎖へ懇願する。その中で悲痛な葛藤に苦しんでいる仮面の少女へ向けて。

 

「まだ早いのはわかってんだ…! 斬月と同じように…あんたも俺が傷付かねえように力を抑えてんのはわかってる…ッ!」

 

 鎖から彼女がブンブン首を振り危険を訴える様子が伝わってくる。その逡巡は赤子の時より一護の成長を見守ってきた深い愛情が故か。

 

 だけど。

 

 だけどもう、嫌なんだ。目の前で誰かを失うのは。大切な人を無力で失うのが。

 

 一護は、己の魂の奥底で煮え滾るその力へ向け、死に物狂いで手を伸ばした。

 

「使わせてくれ…! 銀城を止める力を…ッ」

 

 

 

あいつ等を護る力をッ!!

 

 

 

 …その覚悟の咆哮を上げた直後。

 少女が震える目を閉じ、ゆっくりと開いた。

 

「うおおおおおおォォッッ!!」

 

「…!」

 

 凄まじい光の嵐が胸から噴出する。周囲の空間が軋み罅割れるほどの霊圧が吹き荒れ、銀城が咄嗟に瞠目した。

 

 周囲の霊圧の気配が、感覚が一気に鋭利になる。ブチブチと体の彼方此方で骨肉が砕け千切れる音が響く。藍染と戦った時と同じ、自らの霊圧に焼かれ全身が崩壊していくような激痛。

 

 だがその代償に引き出した膨大な霊力は、容易く一護に自由を与えた。

 

「銀城ォォォォォッ!!」

 

 滅びゆく体を奮い立たせ、自身に突き刺さった大剣を引き抜き…

 斯くて一護は、仲間達を護るために引き出した死力を、敵へ振り下ろした。

 

 

 

 

「──よくやった、成功だ」

 

 

 

 

 大爆発が周囲全てを飲み込む。

 大気が燃えた白煙の中で一護が最初に見たのは、死力の霊圧を束ねていた彼の腕を押さえ付ける、銀城空吾の苦痛に歪んだ笑顔だった。

 

完現術(フルブリング)が完成する瞬間は、今までその道具に溜め込まれてた魂が一気に開放される。その時に必ず誰かが側で身を挺して抑え込まねえと術者の身がもたねえんだ」

 

「身を…挺して…」

 

「だからお前にはなんとしてでも俺の目の前で完現術を完成させ、吹き出す魂の力の矛先を俺に向けて貰わなきゃならなかった」

 

 痛々しい火傷が全身を覆う、元の兄貴然とした顔に戻ったボロボロの銀城空吾。それまで渦巻いていた自滅する程の霊圧が消えている事に気付き、一護は彼の言葉に放心する。

 

「まさか……最初、から…?」

 

「悪リィな」

 

 

──"甘ちゃん"なのは   

    お互い様だ、一護

 

 

 苦笑しながら「月島(リーダー)みたいにはなれねえな」と自虐する男は、されど悔いのない澄んだ瞳をしていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

***

 

 

 

 

 

 

 

 

「───助かった、ありがとう」

 

 

 力が覚醒してからおよそ一夜が明けた。

 

 一緒に井上の治療を受けて無事復活した銀城へ、一護は相棒の少女と共に礼を言う。この男が居なければ危なかったのは真実らしく、彼女も直後は安堵に腰が抜け座り込んでいた。

 

「急いでんのはこっちも同じだからな。無茶させて悪かった」

 

「…いや、あんたの言う通り俺も危機感が足りてなかった。気を付ける」

 

「そうしてくれ。月島は藍染とは別ベクトルで曲者だ。慎重になりすぎるくらいが丁度いい」

 

 改めて握手を交わし、話は一護の完現術(フルブリング)へ移る。

 

「昨日の修行でお前の力は完成した。だが今のままだと力が強大すぎて肉体が耐えられない」

 

「やっぱりか…ならこれからは体力作りか?」

 

「そうなるな。普通にキツいから覚悟しろよ」

 

 脳裏でコクコク頷いている仮面の少女に逆らえず、一護は渋々自身の筋肉虐めに勤しんだ。

 

 

 

「──お前、能力が完成する時に死神時代と同じ"霊圧感知"ができるようになっただろ」

 

 雪緒の修行部屋に籠って数日。一護は雑談含め銀城から多くの説明を受けた。

 

 彼が力を失う理由となった【最後の月牙天衝】。だがその膨大な霊力を少しも余さず一つの技に注ぎ込むなど霊力制御の観点から不可能で、死神の力の残滓は魂の至る所に残っていた。故に銀城は、【無月】の中に束ねられなかったそれらを、完現術(フルブリング)の能力的性質で刺激しようとした。

 

「想いや意思ってのは魂の力だ。お前の死神としての最後の誇りとなった"代行証"は、その想いを一か所に集めるための焦点となれる代物だった」

 

「…だからその"物の魂"を覚醒できる完現術(フルブリング)の能力を手に入れる必要があったって事か」

 

 トレーニングを終え疲労回復を待ちながら、一護は自身の代行証を見つめる。

 

「さて。どうだ、今なら行けそうか?」

 

「…!」

 

「長時間はキツいだろうが、数分程度の短期決戦なら全力で戦える筈だぜ」

 

 井上の能力の補佐もあり、浦原レッスンに劣らぬ驚異的な密度で体力増強に勤しんだ数日間。ここから先はやはり実戦で慣れるしかないのだろう。

 

 …これが、俺の完現術(フルブリング)

 

 胸中の相棒のお墨付きを貰い、一護は意を決して自らの代行証へ働きかけた──

 

 

 

 

 

 

 

 

***

 

 

 

 

 

 

 

 完現術修行の全行程が終わり、一護と織姫は【インヴェイダーズ・マスト・ダイ】の空間から元の現世へと戻った。大きな壁を越えた感覚を噛み締め、茶渡(チャド)らアジトに残るXCUTIONの仲間達へ目を向ける。

 

「…おかえり」

 

「その様子だと上手く行ったみたいね」

 

「雪緒にジャッキーか。お陰様でな」

 

 修行を手伝って貰った少年と女性へ一護は頭を下げる。それに二人はバツが悪そうに顔を逸らした。

 

「…どういたしまして」

 

「?」

 

 青年はその姿に小さな違和感を覚える。あまり接点のない雪緒はともかく、サバサバしたジャッキーがこんな殊勝な態度を見せるのは珍しい。

 

「どうしたお前ら。何かあったのか?」

 

 同じく訝しんでいる銀城の問いに、初老のバーテンダーがいつもの澄ました顔で答える。確か名前は…沓澤(くつざわ)ギリコ。

 

「銀城サンが悠長なだけですよ。修行が終わったという事は、月島サンとの戦いが始まるという事です」

 

「…なんだ、怖気づきやがったのか?」

 

「彼と過ごした時間は我々の過去の一部。過去とは厳格な時の神にも奪えぬ"呪い"です。たとえ裏切り者であろうと仲間であった過去まで消えたわけではない、それだけですよ」

 

 ギリコの言葉に一護達は押し黙る。

 離反した仲間と戦う。それは青年自身の知らぬ苦しみでは決してなかった。

 

 そんな彼等XCUTIONの想いに応えてやれるのは、自分達をおいて他にない。

 

 

「───俺が戦う」

 

 

 懐の代行証を握り締め、一護は宣言する。

 井上と茶渡、そして一同の視線が彼へ集中した。

 

「…あたしも戦う。その月島って人と戦うのに一番しがらみがないのはあたし達だから」

 

「ああ、奴にはこちらに手を出した落とし前を付けて貰わないといけない」

 

「井上…チャド…!」

 

 石田や浅野達の敵討ちに意気込み、心強い仲間の二人が立ち上がる。

 

 銀城達にとって月島は敵だろうと、同胞なのは変わりないのだ。彼等には奴に罪を償わせ、裏切った事情を説明させ、その後の付き合いを決める必要がある。

 そう言うと、銀城達は沈痛な表情で顔を伏せた。

 

「…外まで送る。井上もチャドも遅くならねえうちに帰れ」

 

「銀城…」

 

「仲間達の統率はちゃんと整えておく。少し時間をくれ」

 

 面目なさそうに「すまん」と項垂れる銀城の先導に従い、一護たち三人はアジトを後にする。

 

 …その寸前。ふと微かに聞こえた声に青年は振り向いた。

 

 

 

──ご免なさい

 

 

 

 閉じていくドアの隙間からこちらを見つめるXCUTIONの面々は、一様に能面のような顔をしていた。

 

 

 

 

 

 

†††

 

 

 

 

 

 途中まで見送ってくれた銀城に感謝し、茶渡と井上と別れた帰りの道中。一護は見慣れた街並みを一人急いでいた。

 

 既に時刻は深夜を回った夜二時。親父がフラついているため面倒な門限は無視出来るが、遊子と夏梨に心配かけるのは心が痛む。

 今頃怒髪天になっているだろう妹達の説教が短くなる事を願いつつ、青年は夜道を駆けながら自らの代行証へ目を落とした。

 

 …完成した。俺の完現術(フルブリング)が。

 

 それまでの蓋をされているようなもどかしさがなくなった、正真正銘の完全形態。あの仮面の少女曰く無理は禁物との事だが、何気に猪突猛進な所がある彼女も本心では大喜びしている。自分の体力不足で相棒の力を引き出せず不甲斐ない思いをしていた一護は今、少年のように高揚していた。

 

 

「…ヤベ、あいつらまだ起きてる…!」

 

 いつものクロサキ医院の看板の下。リビングの灯りが零れる窓を見て首を竦める一護。

 そっと玄関のカギを開け、少女達の兄は申し訳なさそうに「ただいま」と屋内へ顔を覗かせた。

 

 

「おかえり!!」

 

 

 すると予想外に、満面の笑みの長女が駆け寄ってきた。

 

「よかったー! お兄ちゃんやっと帰ってきた!」

 

「おぉ…遅くなって悪リィ…」

 

 肩透かしを喰らった長男は遊子(ゆず)のテンションに困惑する。

 

「…どうしたんだオマエ? 随分ご機嫌だな」

 

「"どうした"じゃないよ! 今日は懐かしいお客さんが来てるんだからっ!」

 

「懐かしい客?」

 

 こんな夜更けに訪れるような近しい、あるいは不躾な人物が思い浮かばず首を捻る一護。

 

「えへへー、誰だと思う? ヒントはいとこの誰かです!」

 

「いとこ?」

 

 益々わからない。親戚など母の葬式でも会った覚えはないのに、はしゃぐ遊子の顔に冗談や疑念の色はない。

 そして「一人しかいないじゃん」とプリプリ怒る彼女が、跳ねるようにリビングへ飛び込んだ。

 

()()()()()()()! お兄ちゃんが帰って来たよーっ!」

 

「"シュウちゃん"? 誰だそれ──」

 

 妹に続き廊下を曲がった、その先で。

 

 

 一護は硬化した。

 

 

 

     「ね、びっくりした?」

 

「懐かしいよね!」       

 

  「燐じいちゃんの法事以来!」

 

 意味不明な事を言う遊子の声が遠く聞こえる。

 それもそのはず。一護の意識の全ては、目の前の光景に吸い込まれているのだから。

 

 

 

 

 

 ──そこに居たのは、リビングのソファーに腰掛ける一人の男。

 

 

 

 

 

 じっとりと濡れたような深い黒髪。

 長袖のYシャツにサスペンダーで留めた黒いスーツズボン。

 背もたれから優に聳える座高。

 

 そして…

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「───()()()()()()、一護」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 底無しの闇より暗い黒の瞳でこちらを見つめる細身の男──月島秀九郎(つきしましゅうくろう)が、一護の実家で悠然と寛いでいた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




 

キラキラ…キラキラ…

 

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