雛森「シロちゃんに『雛森ィィィィ!』と叫ばせたいだけの人生だった…」   作:ろぼと

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長らくお待たせしました。
みんな大好き月島さん劇場。

何か混ざってるけど、完現術篇一番の見どころさんだしダラダラ原作シーン描写許して…

 


全部…月島さんが居たからじゃないか…!

 

 

 

 

***

 

 

 

 

 

 

 …なんだ、これ。

 

 

「夕方に来てくれてね! 久しぶりに一緒にお夕飯食べたんだー!」

 

「連絡もなしに来るんだもんなー。シュウちゃんそういうトコ相変わらずだよな」

 

 

 …なんだ、この光景は。

 

 

「ご免、迷惑だったかな」

 

「そ、そんなことねーけど…」

 

 

 …なんだ、その顔は。なんで夏梨がそんな照れて、満更じゃなさそうな顔をしている。

 

 得体の知れない男に妹達の心が奪われた。その憤怒が呆ける頭を叩き起こし、黒崎一護は眼前の不審者へ掴み掛かる。

 

 

「…てめえはあの時の…! ここで何してんだ!!」

 

 

 脳裏に浮かぶのは数日前。友人の啓吾達が襲われた工事現場に居た黒髪の青年。銀城に訊いた奴の名は──月島秀九郎(つきしましゅうくろう)

 最も大事な家族の居場所が、敵の土足に踏み入られたのだ。

 

 …だがそんな一護の暴行は、他ならない彼自身の家族の非難の的となる。

 

「な、何してんのお兄ちゃん! シュウちゃん急に来た事に怒ってるの!?」

 

「どうしたんだよ一兄! シュウちゃん苦しそうだろ!」

 

 両腕に縋りつき止めようとしてくる遊子と夏梨。二人の必死さに一護は堪らず敵の襟から手を放す。

 

 

「──こんばんはー! 秀さん来たよー!」

 

 

 その時、突如玄関のチャイムが鳴り響いた。何が起きているのかわからないまま、状況は更なる混沌へ。

 

「あれ、なんだ一護もいるじゃん」

 

「ほんとだ。てっきり秀さんと妹ちゃんたちだけかと思ってアイス買ってないよ」

 

「こら一護! あんた最近夜遊びしてるらしいじゃない!」

 

 咄嗟に振り向いた一護は、そこに揃った三人の男女に驚く。

 

「全く、家族の事もちったぁ考えなよ! 遊子ちゃん夏梨ちゃんに寂しい思いさせちゃダメでしょ!」

 

「あ、大丈夫です。寂しくないでーす」

 

「カリンちゃんひどーい」

 

「秀さんこんばんは~」

 

 浅野啓吾、小島水色、そして有沢竜貴。昔から付き合いのある学校の友人達が、口々に"会いに来た"と言う。

 目の前にいる異物に。まるで当然の事のように。

 

「なん…だよ、これ…」

 

 奴を受け入れ親しむ一同に一護は唖然とする。その耳が、敵の穏やかな声を拾った。

 

 

「──僕が呼んだんだよ、一護」

 

 

 ゆっくり向けた視線の先には、携帯を握る月島の姿。「久しぶりにみんなに会いたくてね」などと、意味の分からない事を言いながら。

 

「そう怖い顔するなよ。夜中にみんなを呼び出したのは悪かったけど、明日は日曜だしいいだろ?」

 

「……」

 

「ああ、そうだ」

 

 

──チャドと    

   織姫も呼ぼうか

 

 

 その言葉が最後の引き金となった。

 携帯越しに大切な仲間と、護ると誓った織姫と親し気に話す悪魔へ、気付けば一護は拳を振るっていた。

 殴り飛ばした月島がリビングを転がり、ガシャン!と窓ガラスに激突する。

 

「なっ! お兄ちゃん!?」

 

「…言えよ、月島。みんなに何しやがった…!」

 

 上がる悲鳴、色めき立つ家族友人に囲まれながらも、一護は気丈に敵へ凄む。

 

「何やってんだよ、一護!」

 

 だが周囲の反発は彼の予想を超えていた。信じられないものを見る目で幼馴染の竜貴が食い掛る。

 

「何にイラついてんのか知らないけどさ! 久しぶりに会った親戚に何だよその態度は! 謝れよバカ!」

 

「ち、違う…! たつき…!」

 

「何が違うんだよ! あんたこんな事するために昔あたしと一緒に空手習ってたのかよ!? 月島さんに謝れよ!」

 

 少女の剣幕にたじろぐ一護は、思わず救いを求めるように瞳を彷徨わせる。

 

 そして青年は、気付いた。

 

  「一護」

 

「一兄」       

 

        「お兄ちゃん」

 

「一護」   

 

 

 集まる視線。見開かれた冷やかな目。困惑、不信、嫌悪の色。

 

「どうしたの」

 

 

 

 

それらを宿した友人が…

 

 

 

 

 

「本当に」

 

幼馴染が…

 

「おかしいぞ」

 

 

 

 

 

家族が…

 

 

 

 

「お前」

 

一斉に…

 

 

 

 

一護(いちご)

 

 

 

 

 皆を護ろうと立ち上がった青年を、彼等の懐から排除しようとしていた。

 

 

 

 

 

 

 

***

 

 

 

 

 

 

 

 駆ける。寝静まった空座町の住宅街を、我武者羅に。

 

 

 …何が起きてんだ。これが月島の能力なのか。

 

 吐き気を辛うじて堪え、家から逃げ出した一護は必死に考える。

 

 

 脳裏に浮かぶのはかつて死闘を繰り広げた最強の敵"藍染惣右介(あいぜんそうすけ)"。しかし実際に一護が奴の【鏡花水月】、五感を意のままに操る斬魄刀の力を受けた事はない。護廷十三隊や仮面の軍勢(ヴァイザード)を蹴散らしたのも、青年の【無月】すら跳ね退けたのも、あの魔王の桁外れな霊圧と再生力、そして限界まで磨かれた斬拳走鬼だった。

 

 だが、月島(あいつ)は一体何なんだ。家で見た妹達の反応から敵の能力を想像し青褪める一護。

 

 

──月島さんが迎えに    

    来てくれたぞ、一護!

 

 

「う…ッ」

 

 仲間に家族、多少なりとも事情を知る竜貴達だけでなく、バイト先の店長まで毒牙にかける周到、悪辣さ。途中で匿って貰った育美(いくみ)さんの笑顔を思い出し、胃酸が一護の喉を焼く。

 

 …全部俺のせいだ。胸を抉るのは、皆を巻き込んでしまった深い後悔と自己嫌悪。

 

 俺が人間と死神のハーフだから。

 元死神代行だから。

 完現術(フルブリング)の才能を持ってたから。

 

 今まで何もせずに、全部終わったんだと、呑気に無力であり続けたから…

 

 

 

「一護!!」

 

 

 

 不意に名を呼ばれ、咄嗟に代行証を握り警戒する。

 

銀城(ぎんじょう)!?」

 

「チッ、そっちもやられたか…!」

 

 そこにはこちらへ駆け寄る恩人の姿。息を荒らげる銀城空吾が互いの無事を喜ぶ間も惜しみ、更なる深刻な状況を伝えてきた。

 

「おかしいと思ってた…! 月島と戦う事なんてとうの昔に覚悟したはずだってのに、今更怖気づくなんてあいつ等らしくねえってよ…ッ」

 

「…まさか…」

 

 彼の言葉に一護はハッと気付く。修行後、雪緒の完現術(フルブリング)内から現世へ戻った時、妙に余所余所しかったXCUTIONの面々。

 そう。この現状で考えうる彼等四人の最悪は、あの時から既に──

 

「リルカも…沓澤も…雪緒も…ジャッキーも…!

 

全員…月島にやられてた!!」

 

 

 

 

 

***

 

 

 

 

 

 

「───くそっ…てめえのせいだぞ銀城!! てめえが俺を巻き込んだからこんな事に…!」

 

 

 板打ちの窓が物々しい無人の廃ビル。案内された秘密の隠れ家に駆け込んだ一護は、やり場のない怒りを近くの関係者へぶちまけていた。

 

 だが一瞬の硬直の後。銀城が述べたのは、痛ましげな肯定の言葉。

 

「……ああ、そうだ。…すまん」

 

 その沈鬱な謝罪を受け、自身の理不尽に気付いた一護はこみ上げる憤りを辛うじて嚥下する。

 

「ッ畜生、わかってんだよ! お前らのせいじゃねえ…! 俺が…ッ」

 

「…誰のせいでも無えよ。自分の事も責めんじゃねえぞ、一護」

 

 優しい思いやりに満ちた言葉が胸に染みる。傷を癒すようにも、未熟な自分を突き付けるようにも。

 仲間をやられたのは互いに同じ。それでも己を律し側に寄り添ってくれる銀城の存在は、今や一護が頼れる唯一の支えだった。

 

「へこたれてても何も始まらねえ。月島の能力の正体と対策だ」

 

「あいつの…」

 

 働かない頭を回す二人。自宅で見た惨事から恐らくは記憶を混乱させる能力だと予想がつくが、月島と長い付き合いがあった元仲間の銀城は、より深刻で恐ろしい推理を立てていた。

 

 人の人生を一つの"本"に見立て、そのページの間に月島秀九郎という存在を挟み込む。さながら一枚の"栞"のように。

 

 それは催眠や精神支配、記憶の操作などといった刹那的な作用などではなく──因果律そのものを操る神の力。

 

 

「"()()()()()"……だと……」

 

「ふざけた仮説だ。だが月島にやられたあいつらの反応は洗脳だの記憶の混乱だのそんなレベルの話じゃなかった。それが本当に起きた過去の出来事なんだと、あいつ等の中ではそうなってたんだ…」

 

 あり得ない、そんなバカな事があって堪るか。一護は体中の血が抜けたように放心する。

 過去の因果を変えられた。それはつまり、「月島という大切な人」の存在が紛れ込んだせいで、みんなが今まで送って来た人生そのものが大きく変わってしまったという事。

 

「……なんだよ…それ…」

 

 中学時代より続く仲の啓吾達。何かと面倒を見てくれるバイト先の店長。ガキの頃からの付き合いの竜貴。生まれた時から共にいる遊子に夏梨。幾度も死線を潜り抜けた仲間達。彼等と共に過ごした日々が頭を過る。

 その全てが、悪意に満ちた敵の手により穢されたというのか。

 

 黒崎一護との絆を、食い散らかして。

 

「…それは…」

 

 ぐつぐつと、初めて浮かぶ感情が一護の心を染め上げる。

 

 

 

「それは───

 

()()()()()()元に戻るのか?」

 

 

 

 自分でも驚くほど低い声だった。どす黒いナニカを孕んだその問いに、瞠目する銀城が答えを絞り出す。

 

「…正直、その確証は無え」

 

「な…」

 

「一度過去を変えられた奴が月島の死後どうなるかなんてわからねえ。最悪何も変わらず、あいつを殺した俺達はただの狂った殺人鬼で終わっちまう」

 

 人を殺す。それは人間である一護や銀城にとって、犯してはならない禁忌。人の法の及ばぬ死神や(ホロウ)ら魂魄を斬るのとは事情が異なる。

 更に、それほどの苦渋を味わっても、皆が月島の影響下から解放されるとは限らないのだ。

 

「…だがな一護。今のあいつ等は月島との偽の絆に捕らわれてる。それは俺達が足踏みしてたら絶対に変わらねえんだ」

 

「!」

 

「月島との繋がりを断つ事があいつ等の唯一の救いだってんなら……俺達は月島を殺すしか無え…!」

 

 息を呑む一護へ銀城が問い返す。冷静になれと、引き返すなら今だと、逃げ道を作るように。

 

「やれるか?」

 

「…ッ」

 

「能力が解ける確証が無くとも、解けずに周りに恨まれようと、お前は本気で月島を……人を、殺せるか?」

 

 差し出されたのは世にも恐ろしい二択。

 淡い希望のために全てを捨てる。たとえ皆が元に戻っても、身内から人殺しが出た家族や仲間は人生がめちゃくちゃになるだろう。元に戻らなかった場合は目も当てられない。

 

 あいつ等を悲しませない一番の道はなんだ? みんなが変えられた過去を真実だと信じているのなら、それに従うべきではないのか? 狂った周りの中で俺だけが正常ならば、それは自分一人が狂っているのと同じではないか? そう一護は自問する。

 

 …だが憎悪に染まる彼の頭に、その制止の呼びかけは届かない。

 

 ふざけるな。このバカげた状況を終わらせる希望があるならそれを目指せばいい。その代償があの外道の不幸なら、一体何を躊躇う事がある。

 

 囁く悪魔に頷いて、一護は銀城の問いに答えを返そうと口を開き…

 

 

 

「──物騒な相談してるわね」

 

 

ドール・ハウス

 

 

 

「なっ!?」

 

 突然聞こえた声に飛び退いた二人は、されど迫るソレから逃げる前に捕らわれる。

 

「…忘れたの、銀城? 緊急時の位置特定にあたし達全員に付けてる雪緒の発信機」

 

「ッ、くそっ…」

 

「悪いけど一緒に来てもらうわ。月島の所にね」

 

 それは一瞬に決した。

 

 状況を理解した時。一護と銀城は既に、廃ビルの階段から現れたマゼンタ髪の少女──毒ヶ峰(どくがみね)リルカが抱く二つのぬいぐるみの中に吸い込まれていた。

 

 

 

 

 

 

 

***

 

 

 

 

 

 

「……着いたわ。ここよ」

 

 

 鳴木市の端に佇む古い洋館。リルカに連行された敵の拠点で、一護と銀城は仇の男──月島秀九郎と再会した。

 

「お帰り、リルカ。二人をぬいぐるみから出してあげて」

 

「…わかった」

 

 渋々かけられた少女のくしゃみで解放される一護達。今にも突撃して来そうな彼を眺めながら、月島が二人を屋敷へ誘うように踵を返す。

 

「中へどうぞ。僕は君達と話がしたいだけなんだ」

 

「……俺が先に行く。一護、お前は落ち着いてから来い」

 

 銀城の頼もしい背中と気遣いに庇われ、何とか理性を取り戻す一護。

 

 

「──ご免なさい」

 

 

 そこへふと、隣のリルカがぽつりと呟いた。場に彼女と二人きりになった僅かな時の事だった。

 

「何…?」

 

「…別に。言えるの今しかないから…あんたの迎え、雪緒に代わって貰ったの」

 

 月島の影響下にある筈のこいつが一体何を謝罪するというのか。だが訝しむ一護を放置し、彼女は勝手に洋館の中へと消えていく。

 

 閉じられた扉が、まるで"来るな"と拒絶するかの如く聳え立つ。そんな錯覚を振り払って屋内へ突入した一護は、そこで忠告通りの……悪夢を見た。

 

 

「───おかえりー!!」

 

 

 鳴り響くクラッカーに面食らう青年。何事かと見渡した広い玄関ホールにいたのは、満面の笑みを浮かべる家族と友人達だった。

 

「よかったね、お兄ちゃん。シュウちゃん全然怒ってないって!」

 

「そうだぞ、一護! 秀さんが優しくてよかったな!」

 

「全く、突然殴るなんて……あたしだったら仕返しに金的一発お見舞いしてやったわよ!」

 

「ひでーな有沢! …まあ一護、そういう事だからよー」

 

 

──ちゃんと今の内に    

   月島さんに謝っとけよ?

 

 

 ゾッ…と背筋が冷える。視界が、聴覚が、蜃気楼や低気圧に呑まれたように遠のいていく。

 

「そうだ、それはちゃんと謝っといた方がいいな」

 

「謝っときな、一護」   

 

      「一護」

 

「一護」      

 

 

「謝りなよ」

 

    「謝れ」

 

 「謝れ」

 

   「謝れ」

「謝れ」

 

 

 皆が、大切なみんなが、口を揃えて、いつもの無邪気な声色でそう要求する。一人残らず、一護の非を責めながら。

 

「…大丈夫だ、一護。こいつ等はちゃんとお前との絆も持っている。敵にはならねえ。落ち着け…」

 

 体が震える。腹が煮える。銀城の諭す声も聞こえない。

 おぞましくて。気持ち悪くて。見てられなくて。気付けば一護は逃げるように屋敷の階段を駆け上がっていた。

 

「ッ、一護! …くそっ!」

 

 止めようとする銀城を振り払い、青年は走る。

 

 …ここじゃみんなを巻き込むから戦えない。恐怖と憎悪が混濁した彼の脳は、ただ月島と戦える場所のみを求め二階を目指す。

 

 しかしその先に突き当たった広間で、一護は"敵"と遭遇した。

 

 

「──ようこそ、一護サン」

 

 

 待ち構えていたのは眼帯の紳士、異人の女、コートの子供、そして学ランの少年。見知らぬ最後の一人を除き、皆完現術(フルブリング)修行の世話になったXCUTIONの仲間達だった。

 

 そして。

 

「…わざわざ袋叩きにされに来るなんて、案外協力的なのかな?」

 

「!!」

 

 飛び込んだ広間の退路には、因縁の月島秀九郎。曲者揃いの霊能力者に取り囲まれ、万事休す。

 

 だがその時。廊下から凄まじい破砕音が轟いた。

 煙の中から巨大な大剣が現れる。

 

「階段は落とした。登って来れるのはリルカくらいだろう」

 

「銀城…!」

 

 そうだ。まだ仲間が、この男が隣にいるんだ。

 

「これで遠慮は要らねえ…」

 

 

──全力で()るぞ、一護!!

 

 

 最後の味方、銀城空吾から勇気を貰い、青年は一気に奮い立った。

 

「なっ…しまっ」

 

 呼びかけた代行証から闇色の霊圧が立ち上る。

 (ホロウ)の白髄が鏤められた死覇装。右腕には巻き付く光の鎖と一振りの刀。

 そして胸の中には、『叩きのめしちゃって!』と怒り狂う相棒の仮面少女の声。

 

 完成した完現術(フルブリング)を纏った黒崎一護が、激情の限りで仇敵へ斬りかかった。

 

「月島ァッ!!」

 

「ぐっ…!」

 

 一閃。狙い澄ました斬撃は容易く相手の左腕を斬り落とす。

 

「…それが君の完現術か…! まさかここまで完成させていたとは…流石は"奴"のお気に入りって所かな…ッ」

 

 変化させた栞の刀を握り、己の油断を認める月島秀九郎。だが痛みに耐えながらもその目は淀んだ漆黒のまま。

 

「せいぜい今の内に余裕ぶってろ。俺はてめえを殺しに来たんだ」

 

「へぇ、勇者の君が人殺しかい? …それは色々と拙そうだね」

 

「調子ぶっこいてんじゃねえぞ!!」

 

 気に食わない。剣を打ち付け合う度、膨れ上がった青年の憎しみに戸惑いが混じる。

 

 …なんだ、こいつの剣。

 

 平静の仮面の奥に垣間見える、憔悴の片鱗。目の前の一護ではない、見えない何かと戦っているかのような散漫とした意識。それは市丸ギンとも銀城とも異なる、不気味な虚無感を宿す剣だった。

 

 だがその違和感の正体に近づく前に、彼の思考を吹き飛ばす衝撃が窓から現れた。

 

「なっ…!?」

 

 横から凄まじい霊圧の拳撃が一護を襲う。咄嗟に刀の腹で受け止め、目にした襲撃者の顔に、青年は血が滲むほど唇を噛み締めた。

 

「………くそっ…」

 

 ガラスを突き破り現れた、一組の男女。月島と携帯で話している声を聴かされても、心の何処かであいつ等だけは大丈夫だと信じていた、大切な戦友。

 

「やっぱり……お前らも同じなのかよ!

 

チャド! 井上!」

 

 

 叫ぶ一護の正面で。

 色黒の巨漢と茶髪の少女──茶渡泰虎(さどやすとら)井上織姫(いのうえおりひめ)が、悲しそうな面持ちでこちらを見つめていた。

 

 

 

 

 

 

 

†††

 

 

 

 

 

 

 …一体何があったんだ、一護。

 

 

 茶渡泰虎は困惑していた。

 

 事の始まりは数十分前。日課の虚退治を終えて帰宅する途中、連絡を受けた彼はその内容に唖然とした。

 

──一護が銀城と組んで    

   月島さんを襲っている

 

 一体どういう事だ。仲間の月島さんを一護が攻撃する理由などあるはずがない。二度三度と確認して聞き違いではないとわかった後も、茶渡の頭は混乱に支配されていた。

 

 だが途中で合流した井上と共に訪れた月島邸で、二人は見てしまう。

 

 

「や、止めろ……なんでお前らがそいつを助けるんだよ…ッ」

 

 

 激しい戦闘跡。XCUTIONの奴等と乱戦を繰り広げる銀城。そして斬り落とされた月島さんの腕。

 

 あの一護が、仲間を護るために力を手にした一護が。月島秀九郎(大切な仲間)を本気で殺そうとしていたのだ。

 

「…"なんで"…だと? それは本気で言っているのか、一護…?」

 

「黒崎君…なんであたし達仲間を…」

 

 顔面蒼白で喚く相棒へ向け、茶渡は井上と共に問い質す。一護の目当ては月島だけ。だからこそ援軍の二人は余計にわからなかった。

 

 月島秀九郎は茶渡の、井上の恩人であり、憧れの人物だ。そしてそれは共に戦った一護も同じ。そのはずだった。

 

「おかしいよ黒崎君、どうしちゃったの…?」

 

「くっ、井上…」

 

「今まであたし達、お兄──月島さんにずっと助けてもらって来た事、忘れちゃったの…?」

 

 仲間の言葉を聞いても一護の表情は苦痛のまま変わらない。何らかの洗脳を受けているなら"あるいは"と、茶渡は一つ一つ、一緒に潜り抜けてきた戦場の記憶を言葉で紡いでいく。

 

「…少しでいい。思い出せないか、一護? 京楽さんに斬られそうになっていた俺を月島さんが助けに来てくれた事を。お前はあの時に"ありがとう"と、俺のために月島さんに礼を言ってくれた」

 

「…違う…チャド…!」

 

「な、ならあたしの…虚圏(ウェコムンド)での時は…? 黒崎君がウルキオラに殺されそうになった時に月島さんが助けに来てくれたの…思い出せない…?」

 

「違う…違うんだ井上…! 全部そいつに…月島に仕組まれた事なんだ!!」

 

 慟哭する一護。明らかに錯乱している彼の目を覚まさせようと、茶渡は強い思いを込めて、その事実を口にした。

 

「…違うぞ一護。月島さんは何も仕組んでなどいない」

 

「チャ…ド…」

 

「一護、思い出してくれ…! 朽木を助けられたのも、井上を奪還できたのも…全部…」

 

 

 

──全部…月島さんが    

   居たからじゃないか…!

 

 

 

 絶句。

 それが彼の表情を表す最適な単語だった。まるであり得ない話を聞いたかのように目を見開き、顎を垂らし、氷のように固まる一護。

 

「理解、できているかい? 一護」

 

 だがおかしくなった仲間を取り押さえようと月島が動いた瞬間、一護が硬直を解いて彼へ飛び掛かった。茶渡はその狂気に染まった瞳に気圧されながらも、拳で相棒の暴挙を必死に止める。

 

「や、止めろ! チャ──」

 

「どうしてだ、一護…ッ!」

 

 茶渡は声を張り上げる。心が軋んで堪らない。

 

 自分は、一護の背中を護るために強くなったのだ。断じて今のように、一護を殴るために強くなったんじゃない。なのに一護は月島さんを攻撃し続け、正気に戻る気配をみせない。

 

「茶渡君! あたしがやる!」

 

「ム…!」

 

 覚悟を決めたか、井上が大技の準備に入る。拘束なら彼女が適任だ。

 

「…もしもの時に貰ったものだけど…お願いっ!」

 

 だが懐から取り出したのは【盾舜六花】のヘアピンではなかった。見た事のない黒い匪状のソレを掲げた彼女が、一言の呪文を唱える。

 

「…()()

 

「なっ!?」

 

 直後。紫がかった漆黒の霊圧の"帯"が匪から吹き出し一直線に一護へ殺到した。

 

 驚く周囲の目の前で、狂気の青年が即座に地面に縫い付けられる。続いて僅かな抵抗の後、一護の完現術(フルブリング)が解かれ…

 

 

 ──ジャラリと転がった彼の異能の鎖が集まり、一人の少女の姿を象った。

 

 

「その人は…!」

 

 茶渡は息を呑む。

 あれは数日前。代行証を投げ捨てる一護の元へと自分を導き、完現術の化身の如き存在として代行証の中から現れた謎の人物。その彼女が、苦しそうに主の隣で蹲っていた。

 

 そんな光景に驚愕したのは茶渡だけではなかった。謎の拘束道具を使った井上自身も、捕らわれた一護も、目を瞠りながら固まっている。

 

 そして…

 

 

「────ッ」

 

 

 男の、悲鳴のような吐息が茶渡の鼓膜を震わせた。思わず振り向いた一同は、そこで愕然と、まるでこの世の終わりのような顔で戦慄している()を見る。

 

 

 穏やかな微笑が常であるはずの、祖父と自分の恩人──月島秀九郎その人を。

 

 

「なぜ……何故その女が…」

 

 

 

 

 

 

 

 

───()()()()()()()()()()()()()()()()()

!!?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




 

キラキラ…キラ…キ…ラ……

 

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