雛森「シロちゃんに『雛森ィィィィ!』と叫ばせたいだけの人生だった…」 作:ろぼと
お待たせしました。最近週一更新になってて面目ない…
残りの伏線を張りつつ、原作再現範囲を進める回。
最後になんか出てくるけど()
***
あらゆる霊なるものを司る死神達の楽園、
厳かな白木漆喰が輝く護廷隊の本部・一番隊隊舎に集った、各隊の隊長十三名。新緑萌ゆるこの日、
死神の力を取り戻させよ
驚き、感嘆の声が隊首会室に満ちる。
人間と魂魄のあるべき関係を厳守する魂魄法。それに背く歴史的決断が下るきっかけとなったのは、中央に跪く松葉色の甚平羽織を着た元十二番隊隊長、
藍染惣右介の封印に大きく貢献した黒崎一護。
"霊界の英雄"と称された彼は壮絶な戦いの代償に霊力を失い、今なお無力に苦しんでいる。そんな恩人の心情を知り、総隊長
英雄の復活のため皆が一丸となり、多くが胸を撫で下ろす。
だが。
「──お待ちを」
そう前置いて語られた浦原の話には、続きがあった。
今の現世で起きている複数の陰謀。あの初代死神代行・
そして何よりも警戒すべきは、
「"
「全く、余計な事を…! 黒崎一護に銀城空吾…ただでさえ対処せねばならん事が多いこの時に…!」
「零番隊は一体何をしている? 交流があるなら奴等の情報を我々と共有するのが道理だろう!」
浦原の報告を聞き口々に苛立ちの声が上がる。
先の戦で藍染が率いた
「彼奴らの目的は何じゃ?」
「状況的に
「なるほど、崩玉の強化か…」
総隊長の固い声は、それを許す意思がない事の表れ。調べでは既に
「にしても藍染の残党ねえ…」
ふと、八番隊隊長の京楽春水が同僚の一人へ流し目を送る。釣られるように集まった大勢の視線に、標的の死神が面倒くさそうに頭を振った。
「…動きなし。いつも通りカワイイ顔して鬼教官やっとるで──ウチの
そう明かす剽軽な彼は、五番隊隊長・
かつて藍染に騙され尸魂界を裏切る事を強いられた彼女は、禁忌の人体実験の影響でおぞましい"崩玉の怪物"へとなり果てた。
だが一度消滅したその崩玉は、雛森時代に率いた
怪物の誕生後に「抜け殻」と捨てられ、最後まで利用され続けた雛森桃。哀れな元同胞を護廷十三隊は迎え入れたが、彼女の背後には例の不穏勢力の魔の手が垣間見え、未だその忠誠のありかを疑う者は──特に貴族社会では──多かった。
「藍染の暗躍を見抜いた平子が『動きなし』と言うんだ。これであいつの身の潔白は証明されたな」
「五十年も裏を臭わせなかった女がそう容易く尻尾を見せる筈がないだろう? 全く、あくびが出る程呑気な奴等だヨ」
「彼女の【魄内鬼道法】も多大な成果を上げています。少なくとも護廷への貢献を疑問視する者はいないでしょう」
「フン、結局雛森を調べても
疑念、落胆、そして安堵。貴重な情報源が期待なしに終わった結果は、同時に仲間を疑わざるを得ない日々の鬱憤を晴らす光でもあった。
「…山本総隊長」
「申せ、浦原喜助」
そんな楽観的な多数派の隊長達を無言で観察していた天才が、慎重案を提示した。
論点は黒崎一護の霊力復活計画の障害となる、銀城空吾率いる
「ご存知"叫谷勢力"は藍染の負の遺産。そして黒崎一護は藍染の虚研究の強い影響下にありました」
「続けよ」
「はい。それを引き継いでいる
頭を下げる浦原喜助。それを見つめ、山本重国は逡巡する。
黒崎一護を惑わす者達を撃滅し、取り逃がした初代死神代行を処分し、そして…当代死神代行に三界秩序への協力意思の有無を確認する。全てを達成するには六名以上の隊長格の派遣が必要と想定された。
しかし、そこに
かくしてしばしの熟考の末、巌の老将は決断する──
***
(…近い。かなり激しい戦いだ)
現世は鳴木市。
仲間の危機に空座町総合病院から抜け出した
だが途中、彼の感知能力が理解し難い状況を伝えてきた。
(…何故
考えられるのは洗脳や支配系の能力。雨竜自身は試した事など無いが、彼の種族も
青年は警戒を強め、霊子の動きに注意しつつ、戦いの渦中の古びた洋館へ飛び込んだ。
「なっ…」
そこで見た阿鼻叫喚に雨竜は顔を歪めた。
"月島"なる敵を身内のように受け入れ、奴と戦う黒崎を責める彼の家族友人。あれほど仲の良かった皆が黒崎を悪者扱いし、あげくに喧嘩や絶交も辞さないと憤慨している。
想像を遥かに超える強力な記憶操作の影響が、場に居る全ての人間を塗りつくしていた。
「覚えたぞ、"月島"…ッ!」
こんな彼女達の姿を黒崎は見せられたのか。そして同じように狂った茶渡君や井上さんと二階で戦わされているのか。
彼の胸の内を想像し、義憤に駆られた雨竜は踵を返す。
だが黒崎の援護に向かおうとする彼を止める者がいた。
「待ってよ! あんたもあのバカ兄みたいにシュウちゃんを傷付けるつもりなの…!?」
「夏梨ちゃん…!」
先月「
雨竜はしがみ付く彼女の洗脳を解こうと試みる。
「…落ち着いて思い出すんだ。いつも君達家族を護ろうと頑張ってた男は、黒崎と月島のどっちだい? 誰よりも強い動機を持つのは誰か、君ならわかるだろう?」
「そんなのシュウちゃんしかいないだろ! 親戚で…母さんが目の前で死んだのに何もできなかったって悔やんでて…強くなるって遠くに引っ越しちゃって……最近やっと戻って来たんだ!」
思わず息を呑む。
黒崎家の不幸な過去。敵の洗脳の手は雨竜すら知らない細部にまで届いていた。
…だがその話には微かな矛盾がある。
「待ちなさい。君のお母さんが亡くなられたのは八年前。その時に月島が遠くに引っ越したのなら、奴はどこでここに居るみんなと…浅野君達と出会ったんだ?」
「ッ、さっきから何なんだよあんた! そんなの────あれ…?」
呆けたように少女が辺りを見渡す。
自分と同じように月島の身を案じている兄の同級生達。幼馴染の有沢はともかく中学時代からの付き合いである浅野や小島まで月島と接点があるのは──物理的に不可能ではないが──些か不自然だ。
完璧な洗脳に生まれた小さな揺らぎを見つけ、逸る雨竜は言葉の濁流で一気に彼女の頭を飽和させる。
「夏梨ちゃん。君は力を失った"誰か"に代わって
「う、うん……でも…」
「思い出して。力を失って今まで辛気臭そうに落ち込んでたその馬鹿は"誰"だい? 月島とは最近再会したんだろう? なら奴はその短期間のどこで君達に自身の力を見せて、それを失ったと明かしたんだ?」
雨竜を掴む少女の手から力が抜ける。自由になった青年は、俯きブツブツ呟く彼女を落ち着かせようと一言言い残し、今度こそ戦場へと向かった。
「黒崎を信じてやってほしい。あいつは馬鹿で生意気だけど…」
立派なお兄さんだよ
夏梨を振り切り洋館の裏庭へ出た雨竜は、走りながら屋上への突入作戦を練っていく。
慎重に、慎重に。だが彼の理性はそう自らに言い聞かせなければならないほど、怒りでグツグツと煮え滾っていた。
…許せない。
黒崎の親しい人達に起きた異変。そのあまりに悪辣で外道じみた敵対手段は、先日受けた襲撃の報復意思すら飲み込み、雨竜の心を一つの感情で埋め尽くす。
「───銀城!!」
その時、突如上空から黒崎の悲鳴が聞こえた。雨竜は
そこで起きていたのは、酷い混乱だった。
「くそっ! 銀城から離れろ月島ァ!! ──大丈夫か銀城!? 返事しろ!!」
「銀城! 斬ってやったんだからさっさと元に戻れ! これ以上そいつに関わったら君が破滅してしまう!!」
「…"破滅"? 月島さん、一体なにを…」
倒れ伏す一人の男。拘束を解き彼へ駆け寄る黒崎。地面で苦しむ白い死覇装の仮面女性。そしてその女性から後退り、喚き散らす長身の青年。
困惑し佇む茶渡と井上を含め、誰もが冷静さを失いそれぞれの思惑や感情が錯綜していた。
「────うるせえな」
そんな中、黒崎に介抱されていた男が立ち上がる。
「簡単に敵に背中を晒すなって言っただろ……
「銀城!」
無事を主張する彼と、その姿に安堵する黒崎。
二人は油断なく振り返り、長身の青年――恐らく彼が"月島"――と対峙する。
…だがその光景を見た雨竜は、驚愕した。一瞬の事、されど忘れもしない先日の襲撃事件。相対する敵味方の陣営に、
「何してるんだ銀城! もう茶番は十分だろ! 計画は失敗だ!」
「!」
「くそっ…やっぱりやらなきゃよかったんだ! 手を出しちゃ──
ダメだったんだ!」
長身の青年の狂乱に、男と黒崎が戸惑いを見せる。
「なんだあいつ、さっきからおかしいぞ? それに"雛森桃"って…」
「…無視しろ。俺に能力が効かなくて動揺してる今がチャンスだ。行けるか、黒崎?」
「いや…悪い、井上に俺の
「剝がされたのか? …わかった、任せろ」
手を取り合う二人。その様子を覗き見る雨竜は、混乱する頭を必死に回転させて状況を整理する。
長身の青年。革ジャンの男。階下で見た黒崎の家族友人達の異変。
点と点を繋ぎ、屋上の黒崎らの発言を振り返り……脳裏に浮かび上がったのは、最悪の展開。
そして、仮面の女性に近付く革ジャン男の表情を見た瞬間。
「────そこまでだ」
バッと周囲の注意が集まる。雨竜は霊子兵装の
「その
「石田…!」
緊張の糸が張り詰める。これまでの苦い経験で仲間を信じられなくなっているのか、警戒心を隠しもせずに身構える黒崎。
「…ああ、そうだな。思い出したぜ、お前も月島に斬られてたってな…!」
「下の様子を見た。事情はわかってる。いいから言う通りにしろ」
「…誰が…!」
「疑心暗鬼になってる場合じゃない。今すぐその仮面の人を君の魄内に戻すんだ」
「……ッ」
何度呼びかけても、思考が硬直した黒崎は聞く耳を持たない。察しが悪い彼に苛立ちが膨れ上がる。
「黒崎、言う事を聞け…!」
「石田…!」
「黒崎…!」
そして焦燥が限界を迎えた雨竜は、遂に目の前の真実を彼へ突き付けた。
「解らないのか!! 僕を斬ったのは
!!!
†††
(…違う。だってシュウちゃんは…)
屋上で親しんだ二人の気配が衝突している。その戦いに背を向けて、
おかしい。シュウちゃんが戦ってるのに、自分は何を呑気に彷徨っているのだろう。夏梨は鈍い思考を働かせる。
虚と戦っていたんだい?
兄の友人が口にした問いが頭から離れない。その答えを思い浮かべる度に、脳裏の奥で何かが罅割れていく。
そんなの、シュウちゃんがあたし達を護る為に力を失って、あたしはそんな彼の代わりに戦おうと…
(…あれ、でもだったら何でシュウちゃんは一兄と戦って……あれ?)
次々と浮かぶ疑問、ある筈のない矛盾。あの時必死に何かを訴えようとしていた兄の顔が、行動が、走馬灯のように過る。
吐き気が酷い。頭が痛い。恐怖に体が凍えて堪らない。
違う。
ちがう。
ちガウ。
アタしハ、シュウちャんガ…
必死の抵抗も虚しく。何もかもがぐちゃぐちゃになり、一つまた一つと五感が途切れていく。
…だが全てが闇に飲み込まれる、その寸前。
崩れゆく自我の破片で、黒崎夏梨は微かな声を耳にした。
鈴が転がるような優しい声で呟かれた、たったの一言──
あたしに見せて?
少女は最後に目にした光の奥で。
そんな声を、聞いた気がした。
次回:同人ネタ