雛森「シロちゃんに『雛森ィィィィ!』と叫ばせたいだけの人生だった…」   作:ろぼと

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霊術院篇最後。
オリ設定あります。



愉悦ィィィィ!

 

 

 真央霊術院。

 

 かつて死神統学院と呼ばれた瀞霊廷最大の教育機関。大安の吉日、この夜霊術院では第2071期新入生一年一組の教育課程初となる、第一回現世実習が行われる予定であった。

 

「──嬉しそうだな、冬獅郎」

 

「…別に」

 

 校舎屋上に集まった二十名の若者たち。その中で、親しげな青年の言葉へぶっきらぼうに返す一人の少年がいた。

 否、少年より童子に近い幼い風容ながら、霊術院の長い歴史の中でも有数の天才として知られる有望な死神見習いである。

 

 集団の最後尾にツンと澄まし顔で佇む彼の名は日番谷冬獅郎。史上最年少入学の誉れを持つ彼はこの日、いつも以上に眉間にシワを寄せた不機嫌そうな面持ちをしていた。

 もっともそれが内心の複雑な羞恥と歓喜を隠すための拙い防衛術であることなど、隣の友人には一目瞭然だったが。

 

 そんな彼の迷走の原因はやはり、先程満を持して屋上に現れた三人の引率の上級生の一人だろう。

 

「…本物だ」

 

「あれが噂の最上級生…」

 

「めっちゃかわいい…」

 

「あんな子が巨大虚の群れを…」

 

 壇上に立った一人の小柄な人物の姿を認めた一回生が大きくざわめく。今の霊術院生で知らぬ者なき伝説と、主役たる超有名人。その雲の上の存在が、万人の胸を高鳴らせる可憐な笑みを惜しみ無く振り撒いていた。

 

「──まずは簡単な自己紹介を。あた、私は六回生の雛森桃ですっ」

 

 鈴音のような可愛らしい声の名乗りに『ぉぉ…』と隠せぬ歓声が上がる。院生ながら卒業後に護廷隊のみならず、あの超エリート鬼道衆・一之組への兼同入隊が決まっている前例なき世代一の出世株だ。五年前の現世実習で巨大虚の群から同期や引率の六回生をたった一人で守り抜いた武勇伝は遠く流魂街にまで広まっている。もちろん、その可愛らしい容姿と共に。

 

「…ふん、投げゴマ千三百四十五連敗桃が調子乗りやがって」

 

「やっぱ大人気だな、冬獅郎の幼馴染みさん」

 

「ただの腐れ縁だッ」

 

 同期皆の称賛を浴びる知人の少女に恥ずかしいやら、気に食わないやら、誇らしいやら。特に、男の熱っぽい視線に晒されながら無防備に笑う彼女の姿に、不快な苛立ちが胸に沈殿する冬獅郎。

 そんな幼馴染みと目が合う度フイと顔を逸らす少年は、到底彼女へただの腐れ縁程度の感情しか抱かぬ者には見えなかった。

 

「──同じく六回生の阿散井恋次だ。お前ら、演習中無茶すんじゃねェぞ」

 

「吉良イヅルだ、よろしく。各々は事前に振り分けられた通りに三人一組を作ってくれ」

 

「と、言うワケであたしたち三人があなた方の演習を監督します!」

 

 壇上で述べられたもう二人の青年の名も若き死神見習いたちの心を震わせる。片や入学以来斬術において六年間トップを独占し続ける赤髪の偉丈夫、片や幾度と学年首席をあの雛森桃から奪った超優等生な黄髪の美青年。

 たった二十人の新入生の監督には過ぎた豪華メンバーに率いられ、第2071期の初回現世演習は開始した。

 

 

 

 

 ***

 

 

 

 

 

「──君臨者よ! 血肉の仮面・万象・羽搏き・ヒトの名を冠す者よ! 焦熱と争乱、海隔て逆巻き南へと歩を進めよ!──【破道の三十一・赤火砲】ッ!」

 

 

 生者の住まう現世の建築群の間を冬獅郎の鬼道が飛翔する。

 設置された的を薄い霊子の中で破壊する高難易度の実習も、彼の卓越した才覚の前では大した労ではない。ノルマの数を撃ち抜いた少年は軽く息を整え、隣の建物の屋上へチラと目を向けた。

 

「──阿散井くん、三組に転落による負傷者!」

 

「! 了解、任せろッ」

 

「おねがいっ」

 

 視線の先には忙しなく同期の監督生に指示を飛ばす少女。真剣な面持ちで、冬獅郎以外の一回生たちの様子を見守る彼女の顔に、常のぽわぽわした呑気さは欠片もない。

 監督生なのだから当然である。だがそんな真摯に他人の身に気を配る幼馴染みの姿を初めて見た冬獅郎は、どういうわけか、少しだけムカムカした。

 

 かぶりを振り嫌なものを溜め息で吐き出した少年はノルマ達成の報告をするべく彼女へ近付く。

 

「…おい、雛森」

 

「! あ、シロちゃん終わった?」

 

 意を決し声をかけた途端、少女の引き締まった表情がぽわっと崩れいつもの外見相応の笑顔が現れた。見慣れているはずのそれに何故かドキッと胸が跳ねる。慌てて取り繕うように少年は節度ある態度に切り替えた。

 

「…ッ、はい。大的五、中的三、小的一。全て破壊済みです、雛森…六回生」

 

「わ、流石シロちゃ──ッじゃなくて…ひ、日番谷一回生、ご苦労さまですっ。では他の班員の達成まで休んでてください」

 

「…はい」

 

 ぎこちない。何も考えなくてよかった流魂街時代を思わず惜しんでしまうほど、互いの間に聳える立場の壁が彼女へ気軽に触れることを阻む。

 

「──シロちゃん」

 

 だが曇る冬獅郎が屋上の休憩所で休もうと踵を返した時、家族同然に育った幼馴染みの優しげな声が耳に届いた。

 

「ちょっとしか見れなかったけど、あの小的を一発で当てるシロちゃん──かっこよかったよ」

 

「…ッ!」

 

 嬉しそうにはにかむ幼馴染み。そんな彼女にカッと頬に熱が上るのを自覚した冬獅郎は「調子に乗んなバカ」と突っぱね逃げるように休憩所へ急いだ。

 

 ズルい、なんだあれは。少年の胸で歓喜と屈辱がとぐろを巻く。

 

 雛森桃という女はアホである。勿論監督生に選ばれるだけの成績は維持しているのだろうが、天然でどこか間抜けで情けなくて、そのクセよく冬獅郎を弟分扱いしようと背伸びする単純な子供。おまけに年頃の女としての自覚に乏しいのか、異性関係など自分の事に関して驚くほど無警戒で、そして何より無鉄砲。祖母もよく心配し注意するほどだ。

 

 その最たる出来事が、霊術院で語り継がれる彼女の英雄譚である。入学して初めて話を聞いた冬獅郎は何かの間違いだろうと笑い飛ばしていたが、当人へ話題を振ったときの異常なキョドりっぷりにまさかと問い詰めると呆気なく白状。あんな命に関わる大事件を黙っていたことに当然腹が立ったが、それよりもまず本気で隠し通せる気でいた彼女のアホさに呆れの方が先行し、思わず怒りが消え失せてしまったほど。

 

 それからと言うもの冬獅郎の中で雛森桃という少女は、危なっかしくて目が離せない庇護するべき存在となっていた。

 

 だというのに。

 

「くそっ、雛森のクセにいつも俺のこと未熟者扱いしやがって…」

 

 いつもそうだった。こういった大事な時、彼女はいつも自分を子供扱いし、そして──毎度どこに隠しているのか──それに足る頼もしさを見せるのだ。彼女が霊術院に通い始めたのも、霊力持ちとして地元の連中を守りたいと思ったから。冬獅郎が死神になろうと決意したのも、祖母を凍てつく霊圧で傷付けてしまったときにあのバカが松本乱菊という女死神を家に呼んで知恵を乞うたから。

 

 雛森桃という女は誰よりも自分に近い所にいるはずなのに、最も大事な時だけ遥か先を進み勝手に全てを解決してくるムカつくヤツだった。

 

 

「──キャアアアアアッ!!」

 

 

 突然、悩める冬獅郎の耳を女の悲鳴が貫いた。

 演習も終盤の今に何事かと顔を上げた少年は、そこに見たモノに視線を絡め取られた。

 

 ──宙に浮く巨大な孔。

 

 そこからドロリと溢れる濃密な霊子が冬獅郎の背筋を冷す。そして垣間見える深く、果ての見えない闇から、一体の化け物が現れた。

 

 生まれて初めて見る、感じる、自分達死神の宿敵にして恐怖の象徴。

 

「あ…ぁ…」

 

 あまりの存在感に冬獅郎は思わず後ずさる。

 

 心のどこかでおとぎ話だと思っていた。化け物など挿絵の中にしかいない空想の存在。あるいはいたとしても、他人を傷付けてしまうほど強い霊力を持って生まれた自分なら、天才と称賛される自分なら簡単に退治出来ると。

 

 しかし。

 

 

『──オオオォォォォォ…』

 

 

 冬獅郎は目の前に聳え立つ巨大な怪物の姿を見たとき思わず「無理だ」と呟いてしまった。

 なんだこれは。こんなものがこの世にいていいのか。

 

 天をつんざく藍色の塊。凶悪な白い仮面。まるで外套を纏ったかのような風体の異形が空虚な赤い目で眼下の若者たちを見下ろしていた。

 

「なあ、あれ…って」

 

「うそ…だろ…」

 

「ゃ…ぁ…」

 

「まさか…巨大虚──」

 

 力ある冬獅郎ですらそうなのだ。他の未熟な一回生など腰が抜けて崩れ落ちる者もいる。

 

 これが虚。これが一人前の死神が戦わなくてはならない敵。半人前の自分達では天地が逆巻こうと勝てない相手。

 

 

「【縛道の二十一・赤煙遁】」

 

 

 だが己の命を諦めてしまいそうになった直後、立ち尽くす冬獅郎の前に赤い煙幕が立ち上った。

 その大規模な現象にはたと我に返った少年は、眼前に翻る一つの女子院生装を見る。

 

 

 真央霊術院第2066期六年一組

 

 ──首席・雛森桃。

 

 

 当代最高と称えられる最強の死神見習いが、小さくも大きな背中で冬獅郎ら二十名の前に仁王の如く立っていた。

 

「──監督生命令です! 一回生は直ちに背後の穿界門へ避難してください! あたしが必ず全員無事に帰します!

 

 ──総員行動開始ッ!」

 

『…ッッ!』

 

 その大声と霊圧に吹き飛ばされるように、呆ける一回生たちが弾けるが如く走り出す。その頭内には何もない。まるで何かに操られているかのような自分達の行動が一拍遅れで意識と合致したあと、皆は一様に、先程の喝で恐怖をかき消されていた。

 

 立ち上がった。ただの院生が、護廷の死神すら塵のように命を落とす巨大虚と戦うために。

 その姿を見た彼ら彼女らの胸に沸き上がる感情は一つ。純粋で美しく、そして最も人間の心を震わせるその感情の名は、憧憬。

 

 ──なんて、なんてかっこいいんだろう…!

 

 そしてそんな彼女に動かされたのは一回生たちだけではない。

 

「ちくしょう! どうだ吉良ァッ!」

 

「ああ、怖いさ! 手足が震えて堪らないッ!」

 

「へっ、そうだよなァ! だけどよ──」

 

「ッ、ああ──」

 

 煙幕を切り裂いて現れた巨大虚へ目掛け、二人の男子院生が飛びかかった。

 

『──あの時と同じと思うなよ化け物オオオオッッ!!』

 

 斬り掛かったのは阿散井、吉良の両六回生。その斬撃は鋭く力強く、雛森六回生を狙う巨大虚の両腕をなんと、双方一刀の下に斬り落とした。

 

 耳をつんざくような巨大虚の悲鳴が響き渡る。そして彼らの稼いだ時間を、この少女が無駄にするはずがなかった。

 

「──君臨者よ! 血肉の仮面・万象・羽搏き・ヒトの名を冠す者よ──

 

──蒼火の壁に双蓮を刻む! 大火の淵を遠天にて待つ!」

 

 その瞬間、逃げていた院生たちは思わず振り向き、放たれようとしている鬼道へ全ての神経が吸い寄せられた。

 一同の知る炎熱系中級破道【赤火砲】や【蒼火墜】とは異なる、聞き慣れない詠唱後半。記憶違いでなくば、それは彼女、雛森桃が真央霊術院で刻んだ伝説の一つ──

 

 

【破道の七十三・双蓮蒼火墜】

 

 

 爆発的な霊圧の高まりと共に、少女の両掌から巨大な眩い蒼炎が放たれた。寸分の狂いなく敵の胴へ飛翔した雛森六回生の誇る霊術院史上最高号の上級鬼道が、凄まじい爆音と共に巨大虚を呑み尽くした。

 

 席官でさえ苦戦すると伝わる虚の上位種相手に大奮闘する六回生たち。その姿に、新米の死神見習いたちは感動に目頭を熱くする。

 まさか、本当にあの伝説のように。ただの院生が、巨大虚に勝ててしまうのか…と。

 

 

 だが。

 

 

「ガッ!?」

 

「なにっ!?」

 

 

 突然、燃える霊炎の中から二本の触手が現れ、近くに着地していた阿散井と吉良の胴を絡め捕った。あまりに咄嗟の出来事に誰もが固まってしまったその直後。

 炎を貫き、鋸のように鋭利な鱗で覆われた三本目の触手が現れる。そして目にも留まらぬ速さで襲いかかったのは、思わず足を止めてしまった一回生たちの一人。最も霊圧が高く、小さいその人物の名は──

 

 

「──シロちゃああああん!!」

 

 

 

 …ポタリ。

 

 

「え…?」

 

 何か、温かいものが頬に落ちる。反射的に拭ったその液体の色は、赤。どこから来たのだろう。そんな暢気なことを考えながら顔を上げた少年、日番谷冬獅郎は、そこで──

 

「ぐっ…うぅッ! に、にげ…て…!」

 

「……ひな…もり…?」

 

 右肩に片刃の触手が斬り下ろされた、大切な幼馴染みの女の姿があった。

 

「だい…じょうぶ…! あたしが、守る…から──ッあぁっ!?」

 

「ひっ、雛森ッ!?」

 

 止まっていた触手の刃が、更なる血を求め少女の肩を斬り進む。構えた浅打で必死に防ごうとする彼女の抵抗も空しく、ブチブチと不快な音と共に幼馴染みの体が二つに裂けていく。阿呆のように座り込む冬獅郎の目の前で。

 

 ──なんだ、これは。

 

「ッあぐ…ッ! 逃げてェッ! シロちゃ…ァんッ!」

 

「や、やめろ…止めてくれッ!」

 

 地響きを立てながら、鬼道で体表が焼け焦げた巨大虚がその巨体を近付けてくる。

 

 ──なんでこんなことになってやがる。

 

「お願いっ、だか…らァッ!!」

 

「…ッ!」

 

 雛森の悲鳴が頭にこだまする。そして冬獅郎はようやく遅れて自分の状況を理解した。

 

 同じだった。

 昔、近所の悪ガキに苛められたときに庇ってくれたときと同じ、俺のために体を張って傷付いたあいつに、また守られてる。いつもへらへらドジばかりしてるクセに、こんなときにだけ自分では追い付けない遥か先へ行ってしまう。

 悔しい。なんでお前はいつもそうなんだ。俺は、俺はただ、たくさんのことを見せて、教えてくれた、お前のことを──

 

 そこでふと、冬獅郎は場違いに思った。

 

 悔しい、なのだろうか。この感情の根底にある思いは。己の無力が屈辱で恥ずかしくて情けなくて、だけどそれよりももっと、もっと強い思いが今、心の奥底から溢れている。

 

 ──そう、嫌なのだ。自分のプライドがどうこうより、こいつがこうして傷付き、苦しみ、必死に痛みに堪えている顔を見るのが。

 誰よりも近く、大切な女が傷付くのが。

 

 なら、俺は今何をしなければいけないんだ?

 

 ──んなの決まってんだろ。

 

 

「……カッコ付けてんじゃねェぞテメェ…!」

 

 立ち上がる。体を熱い何かが迸る。御しきれないほどの高揚感に恐怖も理性も呑まれながら、冬獅郎は迫る虚へと飛び掛かる。まるで自分以外の全てが止まったかのような世界の中で。

 

「──オオオォォォッッ!!」

 

『!!?』

 

 その時、冬獅郎は毎晩夢に見る果てしない雪原の中に一体の龍を幻視し──

 

 

 

「うおおおおおアアアアッッ!!」

 

 

 

 ──気づけば今まで感じたことのない霊圧を帯びた己の浅打を、思いっきり巨大虚の仮面に突き立てていた。

 

 

『ギイイイィィィ──ァァッッ!!』

 

 化け物の仮面が割れる。

 血飛沫を撒き散らし、耳が潰れるほどの絶叫を上げながら悶え苦しむ巨大虚。咄嗟に身構える冬獅郎は、そこで相手の背後の空に開いた漆黒の孔を見る。

 

 気付けば脅威は闇の奥へと消え去り、残された一同の間には無音の静寂が広がっていた。

 

 

「──雛森」

 

「…ぁ」

 

 

 その沈黙は、一つの幼げな声を響き渡らせるに相応しい舞台装置。

 佇む銀髪の少年は荒い息を整える間も惜しみ、背後で尻餅をつく幼馴染みの間抜け面へ、残る気力の全てで宣言していた。

 

 

 

 

「──お前を守るのは、この俺だ!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 





桃ちゃんが内心ニチャァする姿を最後に、これにて霊術院篇は終幕です。長々とお付き合い頂きありがとうございました!
続きの隊士暗躍篇も目下執筆中です。真の愉悦はここから…
可能な限り毎秒(日)投稿を頑張りますが…そろそろストックの霊圧が消えそうなので時々休んだりします。許してry

愉悦部繁栄のためにもコメント評価マイリス応援よろしくお願いします!

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