雛森「シロちゃんに『雛森ィィィィ!』と叫ばせたいだけの人生だった…」   作:ろぼと

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お待たせしました。

時系列的にはシロちゃんたちが来る前、月島さんが銀城と合流する前のお話です。

 


全部…過去さんが居たからじゃないか…!

 

 

 

 

 

 

*†*

 

 

 

 

 

 

 

 

 岸壁が崩れ、荒地に土煙が舞う。

 

 雪緒(ゆきお)が用意した完現術(フルブリング)の異空間にて、茶渡泰虎(さどやすとら)は因縁の強敵月島秀九郎(つきしましゅうくろう)と戦っていた。

 

 

「────もう諦めなよ、泰虎」

 

 

 だが鬱陶しそうに衣類の埃を掃う敵と、疲弊し膝を突く自分の姿が、両者の力差の証。かつて十刃(ノイトラ)と相対した時のような霊圧の暴力に圧倒されるのとは違う、形容し難い不気味な悪寒を駆り立てるこの男も正しく茶渡の手に余る化物だった。

 

 否、彼の恐怖の理由は奴の研ぎ澄まされた戦闘技術のみではない。

 

「…ッ、気分のいいものじゃないな」

 

「何がだい?」

 

 不快感を隠さず、茶渡は首を捻る月島を睨み付ける。

 

「…あんたの馴れ馴れしい振舞いがわからない。気味の悪い男だ、と言っている」

 

 茶渡は色黒巨漢と異人の血を映す容姿故に他者から距離を置かれる事が多い。自分を下の名で呼ぶ人間は保護者の叔父夫妻と、亡くなった祖父(アブウェロ)だけだった。

 無論、初対面の敵とそれ程の仲になった覚えも所以も茶渡にはない。

 

 そう言うと、月島が「酷いな」とわざとらしく眉をひそめた。

 

 しかし…

 

 

「でも仕方ないか。君は全部、忘れてしまっているからね」

 

 

 奴の底無しの闇のような瞳に見つめられると、肌が粟立つ。まるでその虚言が虚言でないかのような錯覚を覚える。

 月島の異様な気配に心蝕まれ、茶渡は堪らず不安を暴力で掻き消した。

 

「…俺が忘れている事など……何もない!」

 

── 巨人の一撃(エル・ディレクト) ──

 

 青白い彗星が荒地を裂く。井上や石田に触発されて鍛えた大技の威力は、一年半前のそれとは雲泥の差。

 無論傲りはない。立ち上る砂塵の奥を見据え、茶渡は油断なく相手の気配を探る。

 

 

「───傷付くよ、泰虎」

 

 その時。残身に伸ばした黒盾の右腕を、他人の手が這った。

 

「なっ!?」

 

「【巨人の右腕(ブラソ・デレチャ・デ・ヒガンテ)】か……懐かしいね。君が初めてそれを身に着けた時に僕に言ってくれた一言が嬉しかったよ」

 

 咄嗟に完現術(フルブリング)の歩法で距離を取る。接近する残像すら見えず、相手の敵意次第で命を落としていた自分の状況に戦慄する茶渡。

 

「くっ…悪魔の(ブラソ・イ)──」

 

「【悪魔の左腕(ブラソ・イスキエルダ・デル・ディアブロ)】……それも知ってるよ。僕と共に戦いたいと願った君が発現させた"戦うための拳"だからね」

 

「!!?」

 

 なりふり構わず振るった右手の拳が、月島の掌に優しく受け止められる。

 馬鹿な、奴の行動に特別な技術や霊圧は感じなかった。威力を霧散させられた原理が分からず困惑する茶渡は、されど直後に自らの咄嗟の行動を思い出す。

 

 

 そう、自分の拳を寸前で止めたのは──他ならぬ自分自身だったのだ。

 

 

「な…何故…」

 

「ふぅん、完全に影響が排除された訳じゃないんだ」

 

 理解不能な己の行動に大混乱する茶渡。そんな彼を見つめる月島の薄い笑みが深まる。

 

「! …なん、の…話だ…!」

 

「ん? ああ、『よかった』と言ってるんだよ。今の様子だとまだ僕との絆は残ってるみたいだからね」

 

 "絆"。

 その言葉を聞いた茶渡の脳裏を、突如見知らぬ光景が駆け巡る。

 

 スラムの大人達に銃撃されるじいちゃん(アブウェロ)。それを救うダレカ。彼に懐く自分。餞別のメダルのネックレス。そして一護と背中合わせに護廷十三隊と戦う彼…

 

 …おかしい。この記憶は何だ。こんなもの、俺は知らない。

 

「何もおかしくなんてないよ。一度交わした心は、たとえ記憶が消えれど途切れる事はない。それは君達と一護が見せてくれた奇跡じゃないか、泰虎」

 

 …止めろ。その名で俺を呼ぶな。

 

 だが茶渡の必死の抵抗を嘲笑うかのように、月島が次々とそれらのあり得ない思い出を呼び戻す。

 

「可哀そうに。せっかく君の"孤独な過去"を捨てさせてあげたのに、中途半端に掘り起こされたから、一緒に紡いだ"僕たちの過去"との違いに混乱しているんだね」

 

 そして「大丈夫」と頷いた月島が、懐から取り出した栞を一本の刀に変化させた。

 

「僕はお爺さん(アンシアーノ)から泰虎を託された、大切な兄貴分だからね。何度でも"もう一人の君"を」

 

──()()()()()あげるよ

 

 その刀に触れてはならない事を茶渡は本能で悟っていた。これまでの不可解な出来事の徹頭徹尾がアレに起因するのだと。

 

 無我夢中で足掻く茶渡は、全身全霊の力を振り絞り、一護達との絆を懸けた最後の拳を解き放った。

 

「う…オオオオオオォォォッ!!」

 

 

 

── 鬼神の一撃(ラ・ムエルテ・デスプレオステ) ──

 

 

 

 放たれる闇の拳。大地を抉る霊圧の稲妻。虚圏(ウェコムンド)での戦いから別次元の威力に昇華した大技が敵の佇む射線上の全てを呑み込んだ。

 

 だが…

 

 

「言ったろう、泰虎。君に(かぞく)は殴れない」

 

 

 無傷な月島に微笑まれながら、茶渡泰虎は絶望の念を胸に、己へ近付く刃を虚しく見送った。

 

 

 

 

 

 

 

†††

 

 

 

 

 

 

 完現術(フルブリング)空間の荒地に木霊していた戦闘音がピタリと止まった。倒れ伏す色黒の巨漢を見下ろし、月島秀九郎は勝者らしからぬ無言で眉を顰める。

 

「…やっぱりおかしい」

 

 完現術(フルブリング)【ブック・オブ・ジ・エンド】。その作用と本質に誰よりも詳しい月島は、今の自分が置かれている状況に強い違和感を覚えていた。

 

「どういう事だ。あの最後の一撃、僕が知る泰虎はあんな技を持っていない」

 

 彼だけではない。井上織姫がギリコを下した【五天戰盾(ごてんせんしゅん)】も、彼女が洋館の屋上で暴れる黒崎一護を拘束した妙な黒い帯の装置も、あの仮面の女を象った完現術(フルブリング)も。月島の知る連中の"過去の世界"には見られなかったものだった。

 

 

 月島の能力は、愛用の栞を基に具現化する完現術(フルブリング)である。好きなページに挟み込まれるその「栞と本」の関係性は月島の霊的な素質と合わさる事で、【対象の過去】を一冊の"本"として扱い、そこへ【月島秀九郎】という青年の存在を"栞"として意のままに挟み込む能力となった。

 

 故に月島は行使した人物の、生まれから現在までに至る全ての体験及び心境──幼少期の出来事など本人の記憶に限らず──を"その人物の物語"として完全に把握できる。彼が泰虎や織姫の人生で知らぬ事など一つとしてありはしないのだ。

 

 通常ならば。

 

 

「……まさか」

 

 

 ふと、月島はある可能性に思い至る。自分の記憶がおかしいこの状況を説明できる、唯一の可能性を。

 

 【ブック・オブ・ジ・エンド】の本質は偽りの記憶を植え付けるのではなく、実際に月島が友人や恋人として身近に存在する人生を送ったパラレルワールドの同一人物を用意し、現実世界の本人に上書きする事に近い。そのため「対象が本来の記憶を思い出す」などと言った現象は起こらない。思い出す記憶そのものが存在しない異なる世界を生きた人物だからだ。

 

 そして。そんな自慢の、おぞましい能力を。

 

 

 月島は──()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 

「!!?」

 

 あり得ない。この僕が己の能力の、そんな大事な運用方法を把握していないなど。月島は慌てて記憶の壺をひっくり返す。

 

 だがそこに散らばる無数の"本"を漁った彼は、息を呑んだ。

 

 この異常事態を起こし得る…月島秀九郎の記憶に影響を与える程の超越的な存在。

 どれよりも目立つ、致命的なまでに重要な情報が書かれた"本"がもう一冊。不自然に消えていたのだ。

 

 

「…無い…! あいつの本がどこにも……織姫の過去世界で奴に挟んで手に入れたはずの、あの女の…

 

 

 

──"読書家"の記憶が!」

 

 

 

 ゾゾゾ…と体中を凄まじい悪寒が駆け巡る。

 

 忘れる筈がない。これほどまでに恐怖を感じ、奴に関わらぬよう銀城へ何度も何度も忠告した覚えがあるのに。奴が自分達の手に負えない化物だという確固たる確信が今も己の胸中にあるというのに。

 

 その確信を得た理由が、奴の正体を知った時の記憶が、脳内の何処にも存在しないのだ。

 

「馬鹿な…! そんな、そんなはずは…っ!」

 

 もしや今の自分は、あの女の持つ何らかの手段によって記憶を奪われているのではないか。あるいは、自分は本当に、自分自身の能力によって生み出された別世界の自分なのではないか。

 あまりに恐ろしい想像に狂うほどの焦燥を覚える月島。そして彼は無我夢中で、己の海馬から一冊の"本"を探す。

 

 これまで小説と同じただの物語として頭の本棚に収めてきた、大勢の者の過去人生。その中で一際目立つ、忌むべき気配を漂わせる、おぞましい物語。

 

 ()()()()()()雛森桃(ひなもりもも)の生きた百五十と余年の時を記したソレへ縋りつき、その表紙を開いた月島は…

 

 

 

 尸魂界(ソウルソサエティ)瀞霊廷(せいれいてい)を背に広がる、木造家屋の街並の中に倒れ伏していた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

***

 

 

 

 

 

 

 

 

 …ああ、何故。あの時の僕はあんな選択をしたのかな。

 

 

 

 時は、黒崎一護の完現術(フルブリング)を奪う決行日より一週間ほど遡る。

 

 井上織姫の過去に手を加えたその日の夜。月島はXCUTIONの指導者銀城空吾(ぎんじょうくうご)へ作戦の成果を、そして懸念を伝えていた。

 理由はもちろん、織姫の過去で接触した例の女死神の置手紙だ。

 

『ほう、栞の中に俺の名前か……"読書家"からの宣戦布告とは面白え』

 

 愉快そうに口角を吊り上げるリーダーの態度に月島は臍を噛む。

 

 彼は織姫の過去世界での出来事を詳らかに報告した訳ではない。しかしあの女の危険性など多分なバイアスのかかった説明を聞いて尚、銀城に黒崎一護から手を引く意思は見えなかった。

 

 …今思えば、あの時が最後の分水嶺だったのだろう。

 

 

『──君に預けている僕の能力の断片を返して欲しい』

 

 

 恐れを怒りで封じ込め、月島は一つの提案を口にした。

 

 乞われた銀城が目を見開く。

 能力の簒奪と譲渡を可能にする男の【クロス・オブ・スキャッフォルド】を頼り、扱いの難しい力を制限している現世の完現術師(フルブリンガー)達。彼らXCUTIONの信頼の証でもあるソレは、同時に彼等の切り札でもあった。

 

『……大きく出たな。いや、それ程の一手が必要な相手って訳か』

 

『うん、向こうは既に僕達に目を付けている。呑気にしてたら何をされるかわからない』

 

 彼が"過去の世"にて相対する敵は神出鬼没にして正体不明の存在。あの女が銀城に、己の人生の全てであるこの恩人に手を出そうとしている事がわかった以上、こちらもなりふり構っていられない。

 

 茶渡泰虎に()()()日の夜に届いたあのピンク色の封筒。井上織姫の過去世界で渡された意味深な栞。奴の魔の手は少しずつ近付いている。

 自分達に勝機があるのだとすれば、相手がこちらを侮り遊んでいる今しかない。

 

『いいだろう。だが順序を誤るなよ。その力は慎重に使わねえと…』

 

 

──自分の過去すら解らなく  

   なっちまうんだからな

 

 

 本音を隠し、恩人の念押しに笑顔で頷く月島。そして満足そうな銀城の顔が相談の終いの合図となった。

 

 

 

「……」

 

 自宅への帰り道。求めた手札を得たはずの月島の顔は、未だ憂いに陰ったままだ。

 

「…困ったな」

 

 ポツリと弱音を零す青年。過去にこれ程不利な状況に立たされた経験の無かった彼は、自分が優柔不断になっている事実を認めざるを得なかった。

 

 月島が求めるものは、遥か昔から変わらない。幼い頃に孤独から救ってくれた銀城空吾の安全だ。彼にとって、それ以外のものはどうでもよかった。

 たとえそれが、自分自身であっても。

 

「だけど、銀城はそうじゃない」

 

 復讐という茨の道を歩み続ける男。見ていて危なっかしい大切な恩人。それでも仲間を愛し、束ねてくれる天性のリーダー。

 そんな彼を護れるのは、救えるのは、この世で自分だけなのだ。

 

「馬鹿な奴、お互いに」

 

 観念の苦笑が唇に浮かぶ。

 

 燃え盛る劫火に飛び込む勇気をかき集め、月島秀九郎は遂に…

 

 "悪魔"に仇なす最後の一歩を踏み出した。

 

 

「…他人の過去世界の中ではブック・オブ・ジ・エンドが使えないとでも思ったか?」

 

 僕を侮った事を後悔しろ、死神。

 お前に直接触れるまでもない。その美しい身も、醜い心も、何もかも。

 

「これからお前の大切なものを、一つも余さず…」

 

 

 

 

──穢してやる

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

†††

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 流魂街(るこんがい)の西部に広がる一番地区「潤林安(じゅんりんあん)」。古風な家屋が立ち並ぶ街中を、小柄な人影が駆けていた。

 

 

「───だから勘弁してくれって、マジでぇ…!」

 

 

 そう吐き捨てる人影は十代前半の少女だった。零れる声は口調に反し可愛らしく、花が咲くような美貌はすれ違う異性の目を引き寄せて止まない。

 

 そんな煩わしい人ごみを避け、少女は辿り着いた無人の裏路地で体を掻き抱き蹲る。

 

「……おかしい、ここはあのシロちゃんや雛森ちゃんが住んでた神地区"潤林安"のはず。野郎共にケツ穴狙われる世紀末アッー!だとか集〇社は青少年の情操を何だと思ってるんだ…」

 

 現実逃避故か、ブツブツ小声で「久保帯〇=KBT〇T説はマジなのでは?」などと自問する彼女の目は暗く虚ろ。起伏に乏しくも華奢で曲線的な己の体をあちこち弄る度に、その色は深くなる。

 

「これ、やっぱ女性の体だよな……ヤベえどうしよう。鰤界で男に絡まれるレベルの美女美少女って全員師匠のリョナドール確定なのに…俺、死んだ…?」

 

 慣れぬ生活、頼れる者もない。広大な世界にて一人震える彼女の憂いは如何程のものか。

 

 あらゆる霊なるものが辿り着く死者の世界、尸魂界(ソウルソサエティ)。この地を踏んだ少女も辿り着いた数多の死者の一人。つい先日この地へ召し上げられた、未だ無力な魂魄に過ぎなかった。

 

 

 …されど孤独に苛まれる彼女には、救いの手を差し伸べる者がいた。

 

 

 

 

「────君、大丈夫かい?」

 

 

 

 

 見開かれた少女の双眸に映ったその青年の名は、月島秀九郎(つきしましゅうくろう)

 

 無二の恩人を救うべく()()()()()より舞い降りた──

 

 

 

 

 

 

 

 

悲劇の勇者であった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




 

雛森ムーヴ始める前のTS主人公、第一話以来の登場
最早歴史の重みを感じる…

次回:月島さんのSAN値チェック2/3

 

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