雛森「シロちゃんに『雛森ィィィィ!』と叫ばせたいだけの人生だった…」   作:ろぼと

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お待たせしました
最終話と言ったな、あれは嘘だ(ウワァァァァ

ちょっと久々に禁断症状が出てしまったのでどうかお付き合いください何でm

 


全部…決戦さんが居たからじゃないか…!

 

 

 

 

 

 

 

 初代死神代行銀城空吾(ぎんじょうくうご)は、尸魂界(ソウルソサエティ)の滅亡を目論む復讐者である。しかし、彼は同時に自責の念に囚われた贖罪者であった。

 

 

 ──最初からこれが狙いだったのか!?

 

 ──私達を集めて殺すつもりだったのね!

 

 ──嘘つき! 裏切り者!

 

 

 夢見がちな若造だった銀城の心に怨嗟の罵声を刻み付けて死んでいった同胞達。時が経つにつれ皆の顔も、声も、受けた恨みすらも思い出せなくなっていく事実が耐え難く、いつしか男の復讐は彼らの悲劇を忘却の運命から守る事へとその本質を変えていった。

 

 だからだろうか。中央四十六室の小娘(ナユラ)の謝罪と宣言を耳にしても、彼女の言葉に納得した後輩(いちご)の選択を知っても、不思議と銀城の胸に波紋は起きなかった。死神共に受けた仕打ちを許す意思も、ふざけるなと荒ぶる厭悪の感情も。何一つ。

 

 もしくはそれこそが、己の救いの無さの証だったのかもしれない。

 

 

「使え、月島。一護と決着を付けるまで、俺の背中を守るのはお前だ」

 

「……それが君の"願い"なんだね?」

 

 

 【クロス・オブ・スキャッフォルド】の能力で自身の力を分け与えると、相棒の月島秀九郎(つきしましゅうくろう)が顔を暗くした。その「願い」の本当の含意は銀城の台詞に含まれていない。それでも聡明な彼は、こちらの意図に気付いていた。

 

 だがたとえ月島に縋られようと銀城が止まる事はなかっただろう。そしてその事を知っている月島も、銀城を止めては来なかった。

 

 

──終わったら、昔のように… 

   また僕の頭を撫でてくれよ

 

 

 最後に耳が捉えた「あれ好きだったんだ」の幼気な注文は、己の世界の終わりを予期した哀れな青年の、精一杯の我儘だった。

 

 

 

 

 

 

***

 

 

 

 

 

 

 現世の夜景を見下ろす上空に大勢の人影が浮かんでいる。

 死神の頂点たる隊長格と、最凶の完現術師(フルブリンガー)。一瞬の油断も許されない緊迫した状況にありながら、それぞれが漲らせる己への絶対の自信が異様な平静を作り上げていた。

 

 強いな。睨み合う片割れの単騎──月島秀九郎は眼前に佇む死神共をそう評価する。

 先程の縛道(ばくどう)、小手先に過ぎない技一つでギリコ達の戦意を完全に奪う技量。霊圧を削る類の術か、囚われた四人全員が憔悴し意識も危うい。

 

 あの藍染師弟に手酷くやられた屈辱は余程のものだったろう。一年半の短い期間で驚く程の成長を遂げた隊長格達。集団で挑まれたら流石の【ブック・オブ・ジ・エンド】でも殺し切れるかどうか。

 

 …尤も、さっきまでの僕であれば、だけど。

 

 

「──不思議だね。初めて使う力なのに、ちゃんと本質と方法が体でわかる」

 

 

 動かない敵を無視し、月島は握る完現術(フルブリング)の刀身を優しく撫でる。

 

 …そこに宿るのは、銀城空吾より授かった新たな能力。

 

 彼がはしゃいでいたのも無理はない。黒崎一護から奪った悲願の霊能は、正に超越者と呼ぶに等しい"神の力"だった。

 

 

「ソイツが噂の"過去を操る能力"だな」

 

 僅かに身構え嫌悪を示すのは、死神の少年。

 彼が日番谷冬獅郎(ひつがやとうしろう)──雛森桃の想い人である現十番隊隊長か。あの"魔女"との関係は、口惜しくも今の月島の記憶に残されてなかった。

 

「…恋次、(けい)はルキアを守れ。この者は私一人で十分だ」

 

「なっ、待ってください隊長! 俺も戦えますッ!」

 

「おいふざけんな朽木ィ! 久々に暴れられるんだ、俺に譲れ!」

 

「いや更木はあかんやろ。オマエがおかしなったら命令違反の始末書どころの話やのうなるわ」

 

「そうっすよ隊長。どうせ途中で愉しくなって斬り合い始めちまうんですから…」

 

「俺の【氷輪丸】なら接触せずに戦える。相性で言うならお前とそう大差ねえ。単騎は避けろ、朽木」

 

 今更作戦会議を始める愚かな死神達。色ボケ少年を筆頭に、"戦い"に魅入られた獣更木剣八(ざらきけんぱち)とその部下班目一角(まだらめいっかく)。義理堅い阿散井恋次(あばらいれんじ)。冷静沈着な仮面の裏に激情家の素顔を秘める朽木白哉(くちきびゃくや)。仲間であれば百年の冤罪も笑って許す平子真子(ひらこしんじ)

 こんな隙だらけな心しか持たない連中が本当に僕の能力に抗えると思っているのか。笑わせる。

 

「…見せてやるよ、偽物共。僕と銀城の──"本物の絆"の力を…!」

 

 さあ、一網打尽だ。

 

 

 

終わり無き終わりの本(ビヨンド・ザ・ピリオド・エンド)

 

 

 

 そして世界は、月島秀九郎と…

 

死神達の

 

()()()()()()()になった。

 

 

 

 

 

 

 

 

†††

 

 

 

 

 

 

 

 

 何だ、これは。

 

 

 冬獅郎は。剣八は。平子は。恋次は。一角は。白哉は。彼らはそれぞれ異なる、突然一変した周囲の光景を驚愕と共に見渡した。

 景色そのものに変わりはない。されどそこに居るべき者達が、つい先程まで真横に居た仲間達が、全ての人や霊が自分を除いて一人残らず消えていたのだ。

 

 …目の前で微笑む、月島秀九郎だけを残して。

 

 

「──理解、できているかい?」

 

 

 混乱した頭に敵の声が響く。

 ハッと我に返った直後。日番谷冬獅郎は、眉間に迫る刀の切っ先を間一髪で回避した。

 

「チッ…! てめえ、あいつ等に何を…あいつ等を何処へやった!」

 

「他人の心配とは余裕だな」

 

「ぐぁッ!?」

 

 怒涛の連撃を何とか捌き、冬獅郎は消えた仲間達の姿を必死に探す。だが動揺の映る太刀筋は自身の守りで精一杯。

 

「銀城は一護から奪った完現術(フルブリング)を"力を封印する能力"と言っていたけど、それは少し語弊がある」

 

「な、に…?」

 

「彼の黒いコート型の卍解や、体に巻き付く封印の鎖を思い出せばいい。一護の完現術(フルブリング)の本当の正体は『能力を身に纏う能力』……いや、正しくは『能力を自らの周囲に展開する能力』というべき代物だったんだ」

 

 愉し気に、青年が語る。

 

「さて、質問だ。そんな能力が、『斬った対象の過去に自分の存在を挟み込む』僕の能力と融合した時、その力はどんなものになると思う?」

 

 そして。

 そう謎かけをする月島が、鷹揚に両腕を開いた。

 

「教えてあげるよ。僕の新たな完現術【終わり無き終わりの本(ビヨンド・ザ・ピリオド・エンド)】は…

 

 

僕の『周囲にあるもの全て』の過去に、僕の存在を自在に挟み込む能力だ」

 

 

 その全貌を聞き、冬獅郎は絶句した。あって堪るかと相手の言葉を何度も何度もかみ砕く。

 近付くだけ、視界に入るだけで勝敗が決する地獄。もしそんな事があり得るなら、それは最早戦いではない。忌むべき藍染の【鏡花水月】すら凌駕する、(ことわり)を強いるが如き理不尽だ。

 

 …だがそこで、少年は呆ける心を叩き起こす。

 

 落ち着け、考えろ、現実から逃げるな。

 たとえ奴の話が本当だったとしても、過去を弄られたのは"俺"じゃない。今の自分は最初から変わらず月島に敵意しか抱いていない。

 

 なら"何"が奴の能力の餌食になった? 

 奴が能力を使う前と今で変わったものは、一体なん── 

 

「ま、さか…」

 

 その時、冬獅郎の脳に狂気的な想像が舞い降りる。

 まさか、この状況の正体は……俺一人だけになった"周り"が、この無人の鳴木市そのものが…

 

「分かったろう、冬獅郎? 過去が変わったのは君じゃない。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

「くっ…!」

 

「朽木白哉も、更木剣八も、平子真子も、阿散井恋次も、班目一角も。君の仲間達は皆こことは別の過去を進んだ世界で、それぞれ同じように別の僕と戦っている。結果はすぐにわかるだろう」

 

 気付けば冬獅郎は構える剣を下ろしていた。

 

「知りたいかい? あちらが今どうなっているのかを」

 

「!!」

 

 …されど、幸運な少年は直後に耳にする。

 

 現実から連れ去られた自分以外の仲間達が体験している、文字通りの最悪を──

 

 

 

 

†††

 

 

 

 

「──もう一度訊くぜ、月島さん…ッ」

 

 あんた今、何つった?

 

 そう眼前の恩人に問うのは十一番隊第三席・班目一角。流離時代に初めて自分を倒した男にして長年の剣の師匠、月島秀九郎が語った話は、微塵も笑えない最悪の冗談。

 

 

 

「──成程、"これ"がそうか」

 

 百聞は一見に如かずとは良く謂ったもの。

 

 同じく異なる世界にて悪態吐くのは六番隊隊長・朽木白哉。彼が戦う相手は幼い頃からの修行仲間、親友、そして亡き妻緋真(ひさな)と同じ流魂街出身の者として朽木家の説得に尽力してくれた大恩人。自身の記憶が幻だと伝えられた今、白哉は"過去を操作される"事の恐ろしさを身を以て知る。

 

 

 

「──何…やて…」

 

 五番隊隊長・平子真子にとって月島は、藍染や尸魂界(ソウルソサエティ)の追手を名乗る死神や(ホロウ)から何度も匿い、慣れない現世の生活を支援してくれた稀有な友だった。それらの縁が全て作られたものだと知り、仲間思いの男は裏切られた喪失感に唖然とする。

 

 

 

「──オマエが…偽物だと…?」

 

 数えきれないほど共に()り合った、あの最高の時間が、全部?

 

 その男の名は更木剣八。十一番隊の隊長となる昔、流魂街の果てで幾度も殺し合い、その傷を癒すべく幾度も同じ釜の飯を食った、無二の相棒。己の渇望を永久に受け止めてくれた好敵手の唐突な暴露に、剣八はただただ立ち尽くす。

 

 

 

「────そんな…月島さんが…」

 

 六番隊副隊長・阿散井恋次は己の耳を疑った。流魂街で浮浪児同然の生活を送っていた彼とルキアら四人の幼馴染。飢餓に病に苦しむ自分達を拾い救ってくれたあの月島秀九郎が、未来から過去へ介入してきた尸魂界(ソウルソサエティ)の敵だと言うのだ。

 

 嘘だ、嘘だ、嘘だ。そんな事が…

 

 

 そう。冬獅郎を除いた彼等は皆、抗う事すら許されず、月島の能力に支配されていたのだ。

 

 

 

 

†††

 

 

 

 

「くそっ、やられた…!」

 

 異界で戦う仲間達の状況を聞かされ冬獅郎は屈辱に臍を噛む。入念な調査の結実か、それぞれの過去を知り尽くした上で介入された月島の卑劣な一手は、如何な剣聖とて太刀筋を鈍らせる。

 

 そしてそんな隙だらけな死神達は当然、月島の敵ではなかった。

 

「───なんだ、呆気ないな」

 

「!? まさか…!」

 

 不意に青年が満足げに瞼を閉じる。同胞達の運命を物語るその仕草に、冬獅郎は堪らず敵へ突撃した。

 

「卑怯者が…ッ! 今すぐあいつ等を解放しろ!!」

 

「全く、そうやってすぐに熱くなるクセは昔のままだね──冬獅郎」

 

 ゾワッ…と、その呼び名の異様な自然さに憤怒が一瞬霧散する。

 それが罠だったと冬獅郎が悟った時、彼は既に相手の術中に嵌っていた。

 

「"人は皆、『自分が一番好きな自分』を自分だと信じて生きている"。幼い頃に銀城が教えてくれた言葉だけど、君を見てると本当にその通りだと思うよ」

 

「ッ、何だと…?」

 

「どうした、何もおかしな事は言ってないだろ? 君は『今の自分』が一番好きだから、それが『本当の自分』なんだと信じている」

 

 

──今の君の過去が本物だと 

   何の根拠もないのに、ね

 

 

 思わず硬化する冬獅郎。だが残る僅かな冷静さが辛うじて月島の魔の手に抗った。

 

「……デマカセだな。俺の過去にてめえの世話になった記憶はどこにも無え。てめえは尸魂界(ソウルソサエティ)に仇なす銀城空吾の仲間だ」

 

「ふぅん、根拠はその記憶だけかい?」

 

「十分だ。てめえが俺の倒すべき敵である事実さえそのままなら、たとえ他の何が変わろうと……俺はてめえを倒すッ!」

 

 そう豪語する少年だが、月島が見せたのは小馬鹿にする呆れ顔。

 

「想像力が乏しいな。もしも君の過去に恩を押し付ける事だけが僕の能力の全てなら、それは"過去への介入"とは言わないよ」

 

「…!」

 

「正しくは、『君の過去に僕という登場人物が一人増える』という意味だ。そうなる事で本当の過去にて君と関わった人を出会わなくさせたり、起きるはずの出来事を阻止したり……そんな未来人の立場から君を取り巻く"運命"を人為的に変化させるのが僕の完現術(フルブリング)の真価だよ」

 

 そして、そんな恐ろしい本質を明かすのみに飽き足らず。月島の唇が初めて、邪気の弧を描く。

 

 

 

「そう、例えば──君の大切な"ガールフレンド"の運命とかをね」

 

 

 

 次の瞬間、冬獅郎の視界が真っ赤に染まった。

 

「てめえ…雛森に何をしやがったッ!!」

 

「! いきなりか、学習しない子だね…!」

 

 それは彼にとって絶対の禁忌にして鬼門。あの最愛の少女を藍染に奪われかけた悪夢が脳裏を過り、冬獅郎は恐怖と殺意に急かされ敵に襲い掛かる。

 

 しかし。

 

「やれやれ、斬りかかるなんて酷いじゃないか。一体誰が、君と出会う前の(もも)を五十年間も育てたと思ってる?」

 

「!!?」

 

「フフ、人に尽くしてもらう幸せっていうのかな? 健気で献身的で可愛くて。君があの娘に惹かれるのもわかるよ……よく彼女に言い寄っていた大勢の男達もそうだったからね」

 

 月島が嗤うように語ったのは、世にもおぞましい物語。

 

「だけど勘違いしちゃダメだよ、冬獅郎。君の記憶の中の彼女はどうか知らないけど、僕の桃は守られるだけの女の子じゃない。大切な人のためなら本気で剣を握れる勇敢な女性さ」

 

 自分の知らない想い人の過去を、手の届かない景色が穢された事を知った少年。

 

「そんな彼女が、同じ屋根の下で一緒に暮らしていた"大切な男性"に斬りかかる君を見たら……あの子はまた苦しむ事になるだろう」

 

 

──不甲斐ない君の所為で、 

   "大切な弟"と戦う悲劇にね

 

 

 その一言が、冬獅郎の最後の理性の緒を引き千切った。臨界した激情が絶対零度の霊圧となって辺りを蹂躙する。

 

 この世界が奴の能力で作られた偽物であるなら、枷はない。

 

(ばん)(かい)

 

 

── 大紅蓮氷輪丸(だいぐれんひょうりんまる) ──

 

 

 天隠す叢雲の冰空【天相従臨(てんそうじゅうりん)】。星々の光を失った極寒の宵闇の下、月島の眼前で突如巨大な氷竜が顎を開いた。

 

竜 吼(りゅうごう)

 

「! なっ…」

 

 放たれるのは空を穿つ氷の竜巻。その凄まじい規模と威力に月島は目を瞠る。

 だが冬獅郎の卍解の一振りを以てしても彼の余裕を完全に崩すには至らない。

 

「ッ、成長したのは力だけか? そうやって安い挑発に乗せられるから藍染に桃を奪われるんだよ…!」

 

 しかし冬獅郎は相手の失笑に無反応。

 否、憎悪遍く彼の頭には、最早月島の発言に動じる余裕がなかった。

 

「……違うぜ、月島」

 

「!」

 

 背後に咲く三輪の氷花が、一つ散る。

 

「てめえの挑発に抗うより……てめえを殺す方が容易いだけだァッ!!」

 

 

氷 陵 瀑 㕮(ひょうりょうばくふ)

 

 

 繰り出すのは自慢の新技。素早い相手を立体的に制圧する無数の氷の槍衾が周囲を白銀の地獄に作り変え、憎き外道へ殺到する。

 

 逃げ場はない。防ぐ手立てもない。怒りに染まった思考の端で敵の驚愕する顔を認め、冬獅郎は剣から溢れた怨嗟の全てを渾身の咆哮に乗せた。

 

「死ね、月島アアアアアッッ!!」

 

 

 …だが彼の全力の霊圧が相手を呑み込んだ、まさにその時。

 

 

 

 

 

 

「違うよ、冬獅郎」

 

 

 

 

 

 

 突然。

 冬獅郎の肩越しに、目の前で氷漬けになっているはずの男の声が聞こえた。

 

「…ぇ?」

 

 続いて剡熱の異物感が胸を走り、体中の力が抜ける。

 

「君が不得意なのは、『僕の挑発に抗う事』と、『僕を殺す事』の、両方だよ」

 

「がふ…ッぁ…」

 

 胴から引き抜かれる鈍色の光を茫然と見送る冬獅郎。全身が地面をしたたかに打つまで、少年は自分が月島の剣に刺され倒れたのだと認識する事すらできなかった。

 

 

 ──背後に咲く二輪の氷花が、一つ散る。

 

 

「ふぅ、危ない危ない。僕の苦手な範囲攻撃を勢い任せであそこまで完璧に仕掛けられるなんて、流石は氷雪系最強だ」

 

「な、んで…」

 

 何故だ。一体どうやって今の技を回避した。地べたに伏せながら混乱する彼の疑問に、微笑の敵が誇らしそうに答える。

 

「もう忘れたのか? 僕の新たな完現術(フルブリング)の能力を」

 

「…ッ!?」

 

「僕がやった事は単純。君の氷が僕に触れる前に能力を()()()、僕に襲い掛かるまでの過程を操作したのさ」

 

 皮肉げに「銀城と、君らの仲間の一護のお陰だよ」と付け加える月島秀九郎。攻略の糸口すら見せない奴の能力の凶悪さを、冬獅郎は漸く正しく理解した。

 

「なんだよ…それ…」

 

 どんな手を使おうと奴に近付いただけで過去を操られ、攻撃を無力化される。こんなもの戦術や相性の、況してや冷静さの問題ではない。

 勝機の見えない戦いが少年の心に影を落とす。

 

 あの双殛の丘で、想い人へ伸ばした手が"反膜(ネガシオン)"に跳ね退けられた時のように。

 藍染の力に手も足も出ず、崩玉の影響で彼女が異形の化物へと変じてしまった時のように。

 

「言ったろう、冬獅郎。たとえどれほど修行を積んでも…」

 

 

──君に、桃は護れない

 

 

 そして、その月島の言葉を最後に。少年の意識は闇に呑み込まれた。

 

 

 

 

 

 

 

***

 

 

 

 

 

 

『───幵立(けんりつ)する光の柱。列なる嶂が星影を(あざな)…ッ!』

 

 

縛道(ばくどう)の八十六・千幵皎嶂(せんげんこうじょう)

 

 

 広大な荒地の中央に幾つもの眩い結晶が聳え立つ。荒い息を整えるその小さな術者へ、嬉しそうな女の声が投げかけられた。

 

 

『やった…! やったわ! おめでとう、シロちゃんっ!』

 

 

 肩で揃えられた柔らかい黒髪をふわふわと揺らし、小柄な少女が喜んでいる。そんな彼女から照れ臭そうに顔を逸らす自分に気付き、少年──日番谷冬獅郎はこの光景の正体に思い至った。

 

 些細な日常、些細な出来事。しかし一年半前の一件以来、彼女と過ごす時間の大切さを誰よりも強く思い知った冬獅郎にとっては、かけがえのない幸せの一ページ。

 

 

 ここは尸魂界(ソウルソサエティ)の南流魂街二地区南端、鰄胙(かいらぎ)平野に敷かれた五番隊練習場。黒崎一護への霊力譲渡任務の前日、同隊の副隊長を務める幼馴染と共に新たな鬼道の練習をしていた時の景色だ。

 

 

『すごいわ! ホントに凄い! やっぱりシロちゃんは天才だよ!』

 

『ちょ、近…! おまっ、何して…ッ』

 

『いいなぁいいなぁ! あたしなんて完全詠唱でさえマスターするのに三年もかかったのにその半分だなんて──』

 

『だっ、だから近えって言ってんだろ! 女がべたべた男に抱き着いてくんな!』

 

『──っへ? ……あっ』

 

 

 一瞬の間、後に紅々。

 リンゴのように首まで顔を真っ赤にした幼馴染が慌てて距離を取り、気まずい沈黙が両者の間に流れ込む。

 

『あ……わ、悪ィ』

 

『う、ううん…っ。あたしこそ…その…』

 

 互いに護廷の任を預かる隊長格。こうした鍛錬や任務に支障をきたす痴態は極力晒さぬよう耐えていたが、せっかくのチャンスを棒に振ってしまった冬獅郎は臍を噛む。

 

 …全く、男が照れくささから女を突き放すなど情けない。

 

 

 四番隊隊舎にて微睡む幼馴染にこの慕情を悟られてから早十七ヶ月。念願叶って彼女にこちらを異性として意識させる事には成功したものの、問題は山積み。初心なこいつには些か大きすぎる想いだったのか、顔を合わせるだけで羞恥に挙動不審になり、迫ればボンッと感情過多に意識を手放したり……以後二人きりではまともな会話が成り立たないほど微妙な関係へと転んでしまった。

 

 全く進展しない焦れったい状況に不満を募らせる冬獅郎。

 久々の大仕事、それもこの幼馴染の因縁【叫谷(きょうごく)勢力】の影が見え隠れする重要任務。せめて直前の穿界門で言葉を交わせる程度には共に冷静になりたい。そう少年は焦っていた。

 

 

『────明日…』

 

 

 しかしそんな冬獅郎の内心に気付いてか否か。先に口を開いたのは、意外にも彼の想い人だった。

 

『…平子(ひらこ)隊長から訊いたの。明日の任務、その…危ないのよね…?』

 

『!』

 

 か細い、心配そうな声で尋ねる少女へ冬獅郎は咄嗟に首を振る。

 

『いや、現世には浦原喜助や志波隊長(あのヒゲ)も居る。楽な任務じゃねえが正面戦力も支援も潤沢だ。失敗はあり得ねえ』

 

『っ……』

 

 しかし、その胸の内に潜む緊張は隠せない。

 そう、此度の敵は『他者の過去の操作』という常軌を逸した霊能を持つ化物。藍染惣右介との絶望的な戦いを潜り抜けた冬獅郎であっても体が強張る危険な任務だ。

 

 それが伝わってしまったのか。少女が可憐な琥珀色の双眸に涙を滲ませ……冬獅郎の小さな体に抱き着いた。

 

『なっ!? ひ、ひな───』 

 

 最愛の幼馴染の唐突な愛情表現に思わず顔が茹で上がる。だが混乱する少年は直後、彼女が口にした懇願に息を呑んだ。

 

 

『…お願い、シロちゃん。無事に…無事に帰って来て…っ』

 

 

 少女の肩が震えている。抱き締める両腕に力が籠る。

 

『あたしの事を忘れてしまってもいい…ッ。別人になっててもいい…!』

 

 そして少年の目に、抱擁を解いた少女の切なげな微笑が映り…

 

『どんなシロちゃんでも、帰って来てくれさえしたら……あたしはもう一度、何度でも──』

 

 

 …ああ、全く。なんて顔をしてやがる。

 

 

 ここは記憶の世界。最も近くて、新しくて、あるいは最後となってしまったかもしれない、彼女と過ごした本当の思い出。

 

 二度と奪わせないと誓ったあいつの過去を冒涜され、怒りのままに敵へ戦いを挑み、返り討ちにされた無様な自分。そんな俺が、最後に見た彼女の姿をもう一度──穢れ無きままの想い人に逢いたいと、この死に際に浅ましく願ってしまったが故の白昼夢。

 

 

 そして幼馴染の涙を心へ大切に仕舞い込んだ日番谷冬獅郎は、目覚める瞬間。

 

 

 

 

 

──また、あなたに笑顔で…  

  「初めまして」を言えるから

 

 

 

 

 

 そんな彼女の悲痛な想いと共に、背後に咲く卍解の……最後の氷花が散るのを、見た。

 

 

 

 

 




 

桃「シ"ロ"ち"ゃ"ん"か"わ"い"い"な"あ"あ"あ"あ"あ"!!」

月島さん、↑の愉悦部を恐れてシロちゃん一人だけに能力を挟めず。悦森世界ジャンプでは小さな伏線になってそうでなってなかったりなってたりしろ!


次回こそ月島さん篇最終話!

 

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