雛森「シロちゃんに『雛森ィィィィ!』と叫ばせたいだけの人生だった…」 作:ろぼと
お待たせしました。
諸事情で二週間ほど執筆時間が取れず遅れてすまぬ…
キルゲ戦と山爺戦を桃ちゃんたちがケバブ片手に観戦します(邪悪
*誤字脱字報告いつもありがとうございます!
*キルゲさん戦に時系列的な矛盾があったので修正しました。コメントでご指摘くださった方ありがとうございます!
『───んキャアアアアァァアアアほああああああああああん!!』
世紀の美少女あたしこと雛森桃と
「これよっ! これなの! やっぱシロちゃんの一番の魅力はオサレな主人公ムーヴなんかじゃなくて、不幸な雛森ちゃんを護りたいのにやる事なす事全てが空回りして暴れたり愕然としたりしてる曇りに曇った姿なのよっ! はぁぁぁんしゅきいいいいぃぃい!!」
『──んほぉおおぉぉ、あの絞り出すようなか細い声ぇぇ!──可哀そうで……可哀そうで…痛いよぉぉ──精神体なのに頬が攣って痛いのぉぉ!──』
「…くふっ…またなのね、
雛森ちゃんを救おうと我武者羅に足掻いてる姿。力及ばず屈辱に歯を食い縛ってる姿。そして想い人が自分を必要としてくれない事に寂寥と無力感が渦巻く鬱屈した気分になってる姿。
あぁ、愛しい愛しいあたしのシロちゃん。可愛い可愛いあたしのシロちゃんっ。あなたは一体どこまで光り輝いたら気が済むの…っ!
「ふふっ…でも大丈夫よ、氷輪丸。優しい私は"最強"を自負する貴方に『どんな気持ち?』だなんて酷な事は訊かないわ。だって私がそんな事訊かれたら羞恥のあまり自害してしまいますもの、ねぇ? うふ、うふふっ…」
ほら、バンビちゃん戦後にあんなにご機嫌斜めだった飛梅まで一瞬で瞳のハイライト消して可憐に嗤ってるでしょう? あたし達をここまで笑顔にしてくれる人はあなただけ。あなたは世界で一番大切なあたし達の"光"なのよ…
「はぁぁぁ…──よしっ! 正気に戻って二人共!」
『──あたっ──ぶたないで!──』
「うふ…うふふ…」
存分に悶えてニチャり散らかしたあたしはぐっと気持ちを入れ替える。久々の上質な湿度の結晶だったけど、そろそろ現実を思い出さないといけない時間だ。シロちゃんが救えるのはあたし達だけで、この世界ではない。
そう。忘れがちだけど、なんとこの世界は現在消滅の危機を迎えているのだ…!(Ω ΩΩ<ry
「えー諸君、バッハおじさんの第一次
只今繰り広げられている
その最初の成果が、ようやく
『──ネルをやったのはお前か?』
あたしの死神ボディがバンビちゃんと遊び終わるのとほぼ同時。場面は懐かしの
いつもの主人公ムーヴで死神の青年が戦場へ降り立ち、丸眼鏡のインテリ軍人風
こうして桃ちゃん演出【黒崎一護vsキルゲ・オピー】は、多少の差異を除いて概ね原作通りに始まった。
『いいえ、残念ながらワタクシでは上位
『そうかよ。だったらさっさとお前を倒して──押し通るッ!!』
さて。敵軍No.2ハッシュヴァルト氏の
あたし達は固唾を呑んで、変動するチャン一のOSR値を見守る。
『ッ、威勢に見合った霊圧をお持ちのようだ…!
『その弓に霊子の剣…てめえ等ホントに
敵の正体に驚きつつも一護は始解【斬月】のみで相手と渡り合う。ここまでは本誌と同じだが、違うのはキルゲさんの表情。苦痛に顔を引き攣らせながらも平静を取り繕う彼は恐らくこの始解の時点でチャン一を脅威に感じ、その強さの本質を脳裏で論理的に分析してくれている。
よし、いい流れだ。
『…やれやれ。全力の
『心配すんな、前に喰らった
不利な現実から目を逸らさず、なお余裕を見せて自分のポイントを稼ぐキルゲさん。あたしの好きな台詞もちゃんと回収し、両者のOSR値が高まっていく。
(そういえば原作でもそうだったけど、この時の一護って普段のイキリムーヴが若干マイルドになってるのよね。キルゲさんの影響かな)
(──と言うより他の敵がイキってばっかだから普段はそれに応じてるだけじゃない?──チャン一って騙されやすいし影響されやすいから──両方企んでるあたし達が言うと説得力半端ないわね──)
桃玉と毎度の実況解説ごっこをしている間も戦いは進んでいく。
そして直後バッハ陛下の「黒崎一護抹殺命令」が届き、本気を出したキルゲさんが本章で初めて彼ら新勢力"
光の翼、道化師風の靴、鉄格子のような模様の両目、そして大きな五芒星の光輪。過去に石田がマユリ戦で見せた超奥義、その名を彷彿とさせるキルゲ・オピーの全力形態こそが…
「【
うーん、この原作バンビちゃんとは比べ物にならないオサレさ。やっぱ作中最上級の容貌OSR値と【
(こういうの見せられると千年血戦篇でもオサレな敵と戦える一護に嫉妬しちゃうよね…)
(──バ、バンビちゃんだって頑張ってくれたじゃん…──NTB特化キャラなのに期待値バカ重くてバンビちゃんかわいそう──つよく生きて──)
確かに実際に戦ったバンビちゃんは予想に反し中々のOPBを見せてくれたけど、あれはあくまで予想外だったから感動しただけで、BLEACH最終章に相応しい敵幹部のレベルとは言えない。最近この世界のオサレが不足気味でお肌のカサ付きが気になるあたしとしてはそろそろ"ホンモノ"の潤いが欲しいところ…
『…それが浦原さんが言ってた石田の使ってた能力なのか?
『まさか!
『…!』
『さあ、貴方自身の身を以てその無礼な誤解を改めなさい! この「
そう豪語し、右手の光剣を振り下ろすキルゲさん。だが疑問が解けた一護はそれを難なく受け止めた。
『安心したぜ。石田がそんなキモチ悪りイ恰好に変身したら、間違って斬っちまいそうだからな!』
『…ッ!?』
『
一転攻勢。本誌と異なり始解のままでもキルゲさんの
(これさ、霊圧的には
(──力を捨ててでも自分へ挑んでくる相手だと思って怯んでたのが別にそんな事なかったと知って遠慮が消えた?──そんな微妙な心理変化も数値化できるのか──OPBしゅごい──)
まあ相手がこちらの能力や心境を誤解していてもOSR値が変動するのは、あたし達の"悲劇の少女"演技が証明しているので今更ではある。だがこうして客観的に見てみるとかなり複雑な計算が必要だと改めてわかった。本能的にそれをやり遂げるチャン一はやはりOPBの申し子だ。頼もしい。
(──
(石田が
(──原作でスルーされたパパ組の暗躍でその研究成果がラスボス戦に使われるBLEACHが見たかった…──【静止の銀】で満足しなさい──)
とか色々考察しながら、あたし達は一護の戦いが終わりを迎える様子を堪能する。本気を出し始めた彼を相手に
しかしネリエルら
『…あのイーバーンとかいうヤツが変な事を言ってた。だから使いたくなかった。だけど…』
俺も容赦はしねえ
…そこからの一護はあたしが望んだオサレ主人公に相応しい強者ムーヴを見せてくれた。
浦原さんが介入するまでもなく、原作ではグリムジョー戦を最後に一対一の戦いを綺麗に決する事の無かった黒崎一護は、晴れて自分自身の手で敵との戦いに終止符を打ったのであった。
(やったやったっ! ほらねっ! あたし達の一護はやればできる子なのよ!)
(──あのキルゲさんをああも容易く…──チャン一も立派になっちゃって…──これが…母性?──真咲ママン激怒不可避──)
「うふ、うふっ…くくく…」
未だ【氷輪丸】に想い()を馳せている飛梅ちゃんを放置し、あたしと桃玉は二十余年の努力の結晶をキャッキャと賛美する。
だが気を抜くのはまだ早い。
ここからはタイミングがとても重要になる。あたしがこの混乱を利用してやりたい事は、一護の
…最後の一つは、その……傍から見たらあたしが寂しがり屋みたいになっちゃうから「シロちゃん曇らせの準備」と言い訳しておきましゅ。
「…こほん、桃玉の一部はキルゲさんが"
「! "山爺"……噂に名高い最強最古の卍解の出番ですか…!」
『──怒涛の大イベントのオンパレード!──千年血戦篇始まったな!──あ、おかえり飛梅──』
正気に戻った相棒たちにチャン一強化作戦の念押しをするあたし。
OSR値が一番稼げるのは【あっと驚く逆転劇】だけど、実はそれすら凌駕するオサレムーヴがもう一つだけある。絶大な数値を獲得できるソレは太古の昔から受け継がれてきた王道。主人公を主人公たらしめる"カッコよさ"の象徴。
──誰かのピンチに駆け付ける、ヒーローになる事だ。
「という訳で一護の事は頼んだ!」
『──はーい!──』
「あら? 主様はどちらへ?」
「あ…あたし? あたしはその…」
桃玉たちの問いにあたしは咄嗟、オサレな言い回しで答えようとするも失敗し、なんか色々と恥ずかしくなった結果素直に白状して笑われた。
…「テンション上がり過ぎてマユリ様とかに気付かれないように」だって? あたしそんなに子供じゃないもん、全く…
***
さらば
暗雲に
「…そ、総隊長…」
力の差を厭わず強敵に挑んだ、勇敢な隊士の声が聞こえる。それが震えているのは傷が深いからか、目の前の老骨が操る炎に怯えている故か。
彼に総隊長と呼ばれた仙人髭の死神──
「案ずるな、
大気を穿ち、爆風をまき散らしながら、老将は空を駆ける。目指すは全ての元凶。
『──十一番隊
『同隊長、西三〇五地区にて新たに敵一名撃破! 名はジェローム・ギズバット!』
『同隊長、西二〇二地区にてまたまた戦果一つ! 敵名はロイド・ロイドと判明!』
次々と山本の耳に届く味方の戦勝報告。五番隊副隊長
…しかし護廷が誇る怪物の躍進もそこまでだった。
「───"特記戦力"がこのザマか」
十三番隊の管轄区・西二〇三。それまでの獅子奮迅の働きが嘘のように、
その
「! 来たか…!」
「陛下の許にトップが単身乗り込むたァ、随分甘くみたんじゃねエの!?」
「終ワリ」
「くたばれジジイ!」
四人の近衛たちの攻撃が襲い掛かる。しかし老将の目にそれらは一つとして映らない。
「…
始解の一振りで、護廷の隊長すら下す強敵たちが物言わぬ炭と化し吹き飛んでいく。雑兵を片付けた山本は地獄の底から湧き上がるような鬼声で、残った一人の男の名を呼んだ。
「千年ぶりじゃな、ユーハバッハ」
死神と滅却師。相反する両軍の頂点は、長きに亘る因縁に終止符を打たんと剣を振るう。
そして世界を滅ぼす巨人たちは戦いの火蓋を切った──
***
深紅の竜巻が
「変わらんな、ユーハバッハ。じゃが部下を軽んじるその悪辣もここで終わると知れ」
「お前は変わったな、山本重国。今のお前にかつての悪鬼羅刹の如き恐ろしさは欠片もない。千年の微睡がお前から牙を削ぎ、老いを齎したのだ」
そう失笑する黒髭の男はその昔、護廷十三隊が血みどろの生存競争の果てに撃退した
しかし敵の挑発を受けて尚、
「"変わった"、か……」
確かに奴の申す通りやも知れぬ。老死神は自らの心を見つめ、時代の推移、生まれた歴代の死神達の顔を追憶し、敵の言を肯定した。
「
「
我が
「
悲運に苛まれねば必ずや大を成せた、若き英霊達。
「
その内なる闇を掃えてさえいれば、三界に悠久の安寧を約束してくれたであろう、道を違えた強者達。
そして。
「…あの者が銀城空吾を討ち、我等と共に歩む意思を示した時。
山本が口にした名に、ユーハバッハが眉を顰める。
「我等死神は霊界不易の為に命を賭す者なり。じゃが生生流転は不断なるもの。我等は若輩に過ぎぬ人間の小童に、其の道理を説かれたのじゃ」
そう、変わったのは山本重国ではない。多くの先見明識な同胞達を切り捨てた報いを受け、過ちを繰り返し……その絶えぬ負の停滞を一人の心優しき青年が断ち切った。
この世界そのものが変えられたのだ。あの人間の子供──黒崎一護によって。
「儂が老いたと言ったな、ユーハバッハ。成程、お主の目覚めが二年早ければ其の言に違いはなかったじゃろう」
「…ッ、貴様…!」
山本の途轍もない霊圧が、
千歳一時。不変の淀みに沈んでいた最古の死神は、古の修羅でも、千年の時に縛られた掟の守護者でもない、新たな若火をその老骨に宿す"護廷の戦士"へ生まれ変わろうとしていた。
「覚悟せい、死に損ないの亡王よ…! そして刮目せよ!」
***
『──か……かっこいい……──』
BLEACH屈指の規模を誇る大決闘【総隊長VSユーハバッハ(偽)】。興味津々に観戦するあたし達桃玉
『──え、山爺普通にカッコよくない!?──』
『──原作よりチャン一の主人公ムーヴが増えたせいか影響されてオサレに目覚めてる!──』
『──ヨン様と戦ってないから左腕が無事なのも大きいと思う…!──』
まさかあの山爺が一護へOSR値譲渡を行うとは。我等のオサレ主人公にとって途轍もない追い風である。
お姉さまの計画が想定外の方向へすっ飛んでいくのはいつもの事だけど、こういうポジティブガバなら全力で歓迎します。ありがとう山爺、前世で散々無能ジジイとか言ってめんごめんご。
『我が炎の持つ熱の全てを、刃先の一筋のみに集中させた』
『…!』
『燃えはせぬ、爆炎も吐かぬ。ただ触れるもの全て…跡形も無く消し飛ばすのみ』
超高オサレ技に黄色い声が飛びまくる観戦席。【月牙天衝】が砂粒に見えるような巨大クレバスを地面に刻むバカ火力にビビッて安直に反撃するユーハバッハ(偽)だが、山爺の奥義は四方四象。東があれば西もある。
『どうした、眺めておるだけか?』
『…莫迦な、私の剣が…!』
『否、今の問いは少々意地が悪かった。矢折れ刀尽き、自慢の
山爺が纏う劫炎に触れた瞬間、ユーハバッハ()の剣が刀身の半ばから消滅した。摂氏一千五百万度、太陽そのものに匹敵する炎の鎧。
『逃げても良いぞ──直ぐに捕らえて殺すがな』
あまりの力に唖然とする敵へ、歯を剥き出しにして嗤う死神。
いや顔KOEEEE! バッハ()も堪らず大技を披露する。
『ッ、おのれ…!
『なんじゃ? 儂には何も通じぬぞ!』
『攻防一体の我が極大防御呪法を見よ! 陣に踏み込めばたちどころに神の光がお前を斬り裂く!!』
マトリ〇クスの二進記数弾幕のようなローマ数字の列がザーッと広がり、バッハ()の周囲に巨大な光の十字架が聳え立った。
どうやらそれはこの世界でも同じになりそう。
さあ来るぞ。
我ら桃玉衆が選ぶBLEACH最オサレ技名ランキング、断トツのNo.1!
『…
んほぉぉおおお⤴これこれェ!!
無数の焼け焦げた骸骨が地面から這い出て襲いかかるくっそカッコいい名前の超奥義! マジでどんな生活してたらこんな技名考え付くのか。師匠が師匠と呼ばれる所以がここにある! くううううううう素敵いいい!
当然こんなオサレ技を受けた者が勝てる筈も無く、バ()は無様に吠えながら骨の津波に圧し潰されていく。勝負ありですね。
「────私は上に戻ります」
ふと声が聞こえ振り向くと、飛梅がスタスタ観測室の出口へ向かう後ろ姿が見えた。
"最強の斬魄刀"の力を目の当たりにし、お姉さまのぶっ壊れ霊格に追いつこうと裏で努力してる彼女は何を思ったのか。多分刺激を受けて修行したくなったのかも。
お姉さまの霊圧バフがあればあなたも十分強いのに、健気な娘だ。
しかしバンビちゃんの時も思ったけど、原作キャラの印象というものは全く当てにならない。
そもそも山爺は漫画的にラスボスの格を維持するための犠牲になっただけで、こうして見ると普通に作中最強の一人だという事が良くわかる。例えば他の隊長たちが苦戦する
『──その剣八が舐めプマンすぎて強さの指標にならないんだけど──』
『──倒した
『──強すぎる味方キャラを格を落とさず退場させる方法って難しいよね…──』
まあ印象とはつまりそういうコトである。前後の展開がその人物のOSR値に与える影響は極めて大きく、そして残酷だ。それはあのオサレ師匠ですら掴み損ねる程に。
さあ、そろそろだ。踏み台キャラの哀れな運命が山爺へ牙を剥く…
『儂の卍解を奪わんかった事を悔いておるのか? 違うな、お主は奪わんかったのではない。
『ぐぅっ…! こんなものでこの私をオオオッ!』
『力を奪い、操る。其れを成すには力そのものへの深い理解が肝心。他の隊長達の卍解を奪え、藍染の許で秘匿され続けた雛森副隊長の、そして未だ会得より日が浅い黒崎一護の卍解を奪えんかった事にその
如何な神とてできぬ事じゃ
積み上がった山爺のOSR値山がサーッ…と崩れ落ちていく音が聞こえる。あゝ無情、諸行無常の響き也…
『おのれェ! 山本重国ィィィッ!!』
『終わりじゃ、ユーハバッハ』
一閃。胴から下を跡形も無く消し飛ばされたバッハ()が、瓦礫の上を転がった。勝敗が決し、山爺が卍解を解く。この短すぎる残心も無駄に卍解を維持すると
『…も…申し訳ございません……ユーハバッハ様……』
そんな意味深な遺言をバ()が呟き、突如山爺の背後で大爆発が起きる。場所は総隊長たる彼が護るべき拠点、一番隊隊舎。
「なっ…!?
そして山爺が部下を救わんと駆け出す直前、()じゃない方のユーハバッハが戦場へやってきた。
…さて、観戦はもう十分楽しんだ。後はあたし達の仕事をしよう。
***
彼には知る由もないが、護廷隊は目の前で息絶えた男のような変身能力を有する類の敵兵と既に遭遇していた。更木剣八と戦った"L"のロイド・ロイド。山本が倒した人物の双子の兄弟である。
あるいは更木より報告を受けていれば敵将の影武者の存在を警戒する余地はあったのかもしれないが、たとえ警戒できたとてその偽物が脅威である事に変わりはなかった。微塵の動揺もなく、山本は更なる怒りを心の炉にくべ男を問い質す。
「…一番隊隊舎を破壊したのは儂への挑発ではあるまい。彼の地にあって賊の興味を引き得るものは一つのみ。貴様、よもや
「名答」
男──ユーハバッハが明かす。目的は一番隊舎の真下にある真央地下大監獄。彼の目的の人物は二年前の大乱の後、その最下層『無間』に捕えられていた。
「…何故彼奴に会った。我等を滅ぼすために手を結んだのか」
「己惚れるな、山本元柳斎。お前達を殲滅する事など私一人で容易い」
ユーハバッハは目を閉じ、腹立たしげにこう答えた。
「奴とは決別した。孰れ確実に殺す。
失望。嫌悪。憎しみさえも感じる昏い声色。何が奴をここまで憤らせたのかは気になるが、しかし山本の関心はそこにはない。
だが。
「…ッ! 卍解───」
「無駄だ」
それは一瞬の事だった。無造作に。あっけなく。山本元柳斎重國が誇った無敵の卍解は、ユーハバッハが掲げた掌大のメダルへと吸い込まれた。
「"未知故に奪えぬ"…だったか? 下らん。そのような制約があるなどと見做す根拠はお前の心の弱さ、未知への恐怖が描いた幻想に過ぎん」
「…!!」
「それにもし仮にその幻想が現実であったとしても、お前の卍解は最初から私の既知となっている」
驚愕する山本の前で、ユーハバッハがメダルを突き出す。そこに封じられているのは世界を滅ぼす山本の卍解【残火の太刀】。
「忘れたのか? お前が信頼し力の底を見せた副官
「ッ、貴様!!」
部下の誇りを穢され逆上する山本。
しかし彼の始解の劫炎は、ユーハバッハのメダルの中から現れた"小さな白い星"に掻き消された。
「お前が自ら担い誇った力だろう。その最強の卍解に、たかが始解で挑もうなど」
大気が。大地が。矮星が呑み込んだ世界そのものが消失する。真空に流れ込む空気と熱が起こす凄まじい轟嵐が周囲の地形を抉り取る。
そんな天変地異の中央。灰も残さず椀形に消し飛んだ地面の端に、炭も同然に焼け焦げた山本の身体は無様に横たわっていた。
「…死神共の長とは言え、死する様は哀れなものだな」
瀕死の老人を見下ろし、ユーハバッハは止めを刺さんとクレーターの淵を下る。
「山本重国。半端者よ。私が何故五人の特記戦力から貴様を外したか気付いているか?」
「私が現れるまで卍解を維持しておればまだ差し合いの一太刀程度は入れられただろう。護廷十三隊の被害も、即座に黒崎一護に助力を願えば少なく抑えられただろう。何故それをしなかった?」
借りを作る事を恥じたか。面子がそれを許さなかったか。
否。そんな人間らしい低俗な心理を持ち得る未熟さは、この男の中から疾うの昔に消えているだろう。
…解っている。山本元柳斎重國は"戦う事"ではなく、"護る事"に重きを置いたのだ。
それこそがユーハバッハが彼を特記戦力に列さなかった理由だった。
「かつての貴様は違った。敵を討つに利するものは全て利用し、人間はもとより同じ死神の命にすら灰ほどの重みも感じぬ剣の鬼。だがそれ故に、貴様ら護廷十三隊は恐るべき集団だった」
しかしそれも遥か昔。千年前に
「死に行く貴様に教えてやる。地獄でかつての同胞に詫びる為に」
老いた死神へ突き付けた指先に、ユーハバッハは圧倒的な霊圧を集束させる。
「
我等と共に死んだのだ
そして彼の絶死の一撃が放たれる。まさに、その寸前。
「……迂闊じゃな」
「なっ…!?」
突如、瀕死の老人が男の足を掴む。直後に起きたのは凄まじい爆発。巨大な炎の刀身が天高く聳え、ユーハバッハの半身を焼き焦がした。
【九十六番・"犠牲破道"】。炭化した術者の肉体を触媒にしてのみ発動する禁術。
そして、ゆらり…と。骨まで真っ黒に煤けた片腕の身体が。
最強の死神と呼ばれる男が、地べたより立ち上がった。
「…お主の言、寸分違わずお主に返そう──"己惚れるな"」
「貴様…ッ」
苦痛に顔を歪めるユーハバッハへ、老死神は問う。
「お主、まこと我等を弱者と断じておるのなら…
「……!」
「我等から卍解を奪わずとも、卍解ごと其の手でねじ伏せればよかろう。先程の影武者も同じよ。地下監獄を暴くに儂が邪魔であれば、其のまま押し通ればよかろう。何故そうせんかった?」
体は罅割れ片腕も失う満身創痍。しかし山本重国の舌鋒に衰えはない。
「責めてはおらん。蔑んでもおらん。底知れぬものは恐ろしかろう。お主が部下を使い、我等の力を奪ったのは何ら理に反した事ではない」
"己が身一つで敵へ挑めぬ、腑抜けのみが使う手じゃがな"
ふらつく体でそう言外に述べると、ユーハバッハの眉間の皺が深まった。
「…つまらん挑発だな」
男の頭上に巨大な光の弓が現れる。そこに番えられているのは矢ではなく、剣。射出されたソレは山本へ向かわず、主ユーハバッハの手元に収まった。
「これは戦でもなければ復讐でもない。
「……!」
「
ユーハバッハが光の剣を袈裟に構える。眩いばかりの蒼炎。蜃気楼のように周囲の時空を歪める桁外れの霊圧。
今の己にその一撃を防ぐ手立てがない事を、山本は知っていた。
…何故今になって。いや、今だからこそか。
不意に走馬灯が頭を過る。
幼き頃の、世話の焼ける自慢の教え子が、一枚の掛け軸を見つめていた。燃え盛る炎を纏った男が描かれたその絵について、若かりし山本は戒めの思いを胸に弟子へ語る。
──"かつて
もし奴が再び現れ、そして消えた時。それはお主ら若者が拓く新たな時代の幕開けとなるであろう"──
幼子へ伝え聞かせるには些か難儀で、故に弟子の追及を煙に巻く事の叶った、"終わり"の物語。
厄災の怪物を呼び起こして尚、巨悪を打ち損じた己の不義理を恥じ入りながら、山本重国は迫りくる光の刃を見送った…
だがその時。世界が割れた。
弾かれるように空を見上げる二人の巨人。ユーハバッハの絶死の剣が山本の胴を掠め、矛先を変える。
「何だあれは…?」
かくして両者は気付く。周囲に、
「まさか…」
驚愕する山本の呟きが溶け消えた大気を、漆黒が斬り裂いた。
轟音を連れ、一振りの刀が戦場に飛来する。
闇色に輝く刀身。断ち切られた鎖が垂れる頭金。鋭利な装飾が施された【卍】の鍔。
そして見る者全てを威圧するように地に突き刺さったその刀の許へ、一人の青年が舞い降りた──
「……一つ、聞くぜ」
一護が悦森再誕者を救った結果チャン一押しリティが上がった山爺、特典OSR値を獲得しバッハとの舌戦に+オサレ補正。
ポイントを消費しチャン一召喚。彼のヒーロー味アップにも貢献。
なお崩玉(桃)の影響は見えないものとす。
次回で第一次侵攻は終わりたい…
*メッセージで縦書きのタグ要素をとても詳しく教えていただいたので活用してみました。リア10爆発46様ありがとうございます!
されど、百万年も続く言葉なき呵責が積もった"処刑台"を以てしても、この世の
護廷十三隊・一番隊隊舎の真下に位置する垂直の洞穴。八つの階層に遮られたその牢獄の果てに、底無しに暗い闇が広がっている。
犯した罪の重さの足りぬ者は、これより先へと立ち入る術を持たない。その字の如く一分の間もなく鎖され、その音の如く無限に等しき広さを持つ、太陽から最も遠い闇の世界。
ここは真央地下大監獄・第八階層【
『────おや?』
光一筋届かず、音一鳴響かない地の底に、されどこの日は其々二つ訪れた。
一つは既に去り、地上にて暴虐の限りを尽くしている。
理を超越しながら自らその下僕であらんとする、英雄の息子。その力に相応しい崇高な使命を懐きながら、その力の及ばぬ領域に手を伸ばす事を罪と断じる、神の後継者。
あれは実に愚かで哀れな復讐者であった。この地の主は回想する。
ゆっくりと、罪人は瞼を開ける。
その目に映ったのは、小柄な娘だった。
ボロボロの死覇装と空気より薄い存在感は、可憐な顔と相まり宛ら幽女のよう。しかし、喜色に頬を染めながらも努めて澄ました表情を作ろうとしている女の幼稚な仕草が、見た者の瞳にその存在を確と認めさせる。
あらゆる強者が目指すべき頂きへの水先案内人。いと高き次元よりこの世を臨む、無邪気な天女。
『私の覇道を鎖した者が、よくぞ私の前に姿を晒せたものだな』
再会した少女を皮肉な問いで歓迎する無間の主──
その端正な相貌には、来る神曲の続きを待ち望む、ゾッとするほど愉しげな微笑が浮かんでいた。