雛森「シロちゃんに『雛森ィィィィ!』と叫ばせたいだけの人生だった…」   作:ろぼと

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離殿ってSS編時点でクインシー・レットシュティール使った時ブルート・アルテリエ無しのハry

 

 

 

 

 

 

 

干戈(かんか)を交うるに美学を求むべからず         

 

 不帰に美徳を求むべからず             

 

 己一人の命と思ふことなかれ            

 

 壱王伍公(いちおうごこう)を護りまほしくば、敵悉く葉陰より屠るべし』

 

 

 

 

 

 

 これは死神統学院(しにがみとうがくいん)、後の世に真央霊術院(しんおうれいじゅついん)と呼ばれる機関の教本『死神心得大鑑(しにがみこころえたいかん)』に記された言葉である。

 改訂された現在の教本での記述と同様、"戦い"を英雄的賞賛とは程遠い、卑しくも避け難き死神の宿命と定める心得。しかし両文における決定的な違いはその心得ではない、最も重要な箇所にあった。

 

 死神が戦う理由、護るべき存在──「壱王伍公(いちおうごこう)」の文字である。

 

 最新版にて「護るべきもの」と抽象的な表現へ改められたこの一文は、改訂を指示した中央四十六室(ちゅうおうしじゅうろくしつ)による当時の"王政"への反逆そのものであったが、奇しくもそれは護廷十三隊に、戦いの地獄の中に希望と神聖さを見出させる救いとなった。

 

 一人の王の為ではなく、己の誇りの為。五人の公卿の為ではなく、隣の戦友の為。

 それが、彼らの新たな「護るべきもの」になったのだ。

 

 

 …さりとて運命は彼らを逃さない。

 

 

 

「───着いたぞ」

 

 

 王属特務『零番隊(ぜろばんたい)』の先導で辿り着いた空の彼方で、黒崎一護(くろさきいちご)は感嘆の溜息を吐く。

 

「……ここが……」

 

 浮遊する五つの円島。立ち並ぶ巨大な列柱。まるで万人を傅かせるようにのしかかる、荘厳で圧倒的な霊圧に満ちた異界。

 

 

 かくして舞台は、()の地へ移る。

 

 あらゆる命の生と死の(ことわり)を創った、三界の楔が座せし聖域。

 藍染惣右介(あいぜんそうすけ)の、銀城空吾(ぎんじょうくうご)の、少年と少女の。全ての因縁の始まり。

 

 

 

 霊王宮(れいおうきゅう)へ──

 

 

 

 

 

 

 

 

 

***

 

 

 

 

 

 

 

 

 零番隊の各士は霊王(れいおう)の近衛であると同時に、霊王自らが「尸魂界(ソウルソサエティ)の歴史そのもの」と見做した霊界繁栄の開拓者である。

 その偉人達が編み出し、霊王の力により更なる進化を遂げた超霊術は、瀞霊廷(せいれいてい)で行われている斬拳走鬼の修行とは別次元の力を齎す。

 

 麒麟殿(きりんでん)の『湯治の"儀"』

 臥豚殿(がとんでん)の『魄食の"儀"』

 機鶴殿(しかくでん)の『縫衣の"儀"』

 鳳凰殿(ほうおうでん)の『鍛刀の"儀"』

 菩提殿(ぼだいでん)の『奉名の"儀"』

 

 零番隊の各人が司る零番離殿(ぜろばんりでん)で傷を癒し、腹を満たし、死覇装を見繕い、卍解を打ち直し、超霊場での修行を経て、自らの霊格の昇華を目指す一護たち。

 麒麟殿での湯治を終えた彼らは、あれよあれよという間に次の零番隊隊員、曳舟桐生(ひきふねきりお)の許で、広間を埋め尽くす凄まじい量の美食を振舞われていた。

 

 

「アタシが創り出したのは、『仮の魂』と、それを『体内に取り込む』技術だよ」

 

 悠長に温泉や食事で寛いでいる現状に焦燥する一護。そんな彼に曳舟が伝えた言葉だ。

 

 ここで行われているのは心身を労り健康に整える、普通の修行までの流れと何も変わらない。ただしそれを現世や瀞霊廷(せいれいてい)ではなく、霊王宮の、即ち下界の人間や魂魄ではなく「霊王のスケール」で行っているのだ。

 

(ホロウ)化に親しんだ一護ちゃんならわかる筈だよ。自分のものとは違う別の霊圧を取り込む事で、アタシたち魂魄は自らの力の階層を上げる事ができる」

 

「! それって…」

 

「そう。あんたが食べてるその料理には、その技術の神髄が籠ってるのさ」

 

 曳舟の説明を聞き、一護は思わず手元の丼を凝視する。身に覚えのある言葉が幾つもあった。

 

「藍染が…いや──"あの人"が俺にくれた(ホロウ)の力の事、あんたも知ってんのか…?」

 

「当たり前さ。その二人の技術も、あんたが世話になってる浦原喜助(うらはらきすけ)の技術も。元を辿れば全部このアタシが発明した『義魂理論』にルーツがある。この分野でアタシの右に出る科学者は一人もいないよ」

 

 母性溢れる胸を張る曳舟。料理に力を使い脂肪を消費した本来の姿の彼女は、確かに「尸魂界(ソウルソサエティ)の歴史」の名に相応しい、知性と威厳を感じさせる稀代の女傑だった。

 

 

「……あのさ」

 

 だからだろうか。

 その道の権威との出会いを機に。一護は少しの逡巡を経て、意を決す。

 

(ホロウ)化が文字通り(ホロウ)由来の能力だってんなら、"あの人"が俺にくれたもう一つの…」

 

 そして、長らく募らせてきた今亡き相棒の少女への想いに従った。

 

 

完現術(フルブリング)は何が由来の力なんだ?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

***

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 "読書家(どくしょか)"。

 

 

 二十二年前に浦原喜助へそう名乗った謎多き少女について、護廷十三隊は技術開発局と浦原商店を中心に正体解明を目指すプロジェクトを立ち上げた。

 それは上位組織『零番隊』の意に反した行動であったが、煮え湯を飲まされ続けた科学者たちと貴族院の思惑が奇跡的に合致し、暗黙の了解として中央四十六室(ちゅうおうしじゅうろくしつ)の一席阿万門(あまかど)家から少なくない支援が送られていた。

 

 しかし、陰で多くの者たちが期待した計画は、僅か一年で停滞する。

 

 

 最初に手を引いたのは意外な人物。当初は最も意欲的に情報を集めていた、浦原喜助だった。

 それから数か月の差で、技術開発局局長・(くろつち)マユリが計画を一方的に凍結。

 更に半年ほど続いた阿万門家からの計画再開の催促も、ある日を境にシンと静まり返った。

 

 

 山本元柳斎重國(やまもとげんりゅうさいしげくに)は護廷十三隊の総隊長として、部下や貴族たちから一連の動きを耳にしていた。判断材料を増やす目的で、それぞれの不気味な沈黙の訳を問うた彼だったが、結局以前からの「上からの圧力」以外の理由を知る事はできなかった。

 

 だが、今。

 山本の前には、全ての死神で最も真実に近い位置に座す男が居た。

 来たるユーハバッハとの決戦にて絶大な影響力を発揮しうる不穏分子、"読書家"。かの勢力と協定を結んでいる、尸魂界(ソウルソサエティ)の上位者。

 

 

「───兵主部一兵衛(ひょうすべいちべえ)

 

 

 麒麟殿の湯で傷を癒した山本は、零番離殿の一つ菩提殿(ぼだいでん)で、"和尚"と呼ばれるその男と会っていた。

 

「おう! 久しいのう、ノ字斎(えいじさい)! おんしも食べんか?」

 

 巨大な数珠を首から下げた、坊主頭の壮年。彼は白木の(ひさし)に腰掛けながら、甘ったるい匂いの甜瓜(まくわうり)らしき果物を頬張っていた。

 

 豪快な笑みで「美味いぞ」と相伴に誘ってくる和尚を軽くあしらい、山本は腰に差した刀を抜く。

 

「何年前の名じゃ、和尚。そちらで呼ぶなら元柳斎(げんりゅうさい)の方にせい」

 

「…成程、死んだ部下への感傷か。おんしも変わったのう」

 

「ほざけ。湯上りの肩慣らしが興に乗り過ぎても知らぬぞ」

 

 

── (りゅう) (じん) (じゃっ) () ──

 

 

 並の卍解をも凌駕する、途轍もない劫炎が離殿を焼く。和尚はその灼熱を得物の大筆で容易く掃い、しげしげと山本の刀を観察した。

 

「ふぅむ…やはりおんしの斬魄刀、大分妙な事になっておるの。それがユーハバッハの『卍解(ばんかい)を奪う力』とやらか」

 

「そんなものは盗人共々焼き殺せばよい。それより儂の問いに答えよ」

 

 澄ました顔の和尚へ【流刃若火】の爆炎が襲い掛かる。

 

「"読書家"とは何者じゃ? 何時(いつ)何故(なにゆえ)お主等はあんな得体の知れぬものと手を組んだ?」

 

「これ、少しは加減せんか。離殿を建て直す神兵共が不憫でならん」

 

「奴が自立したのは雛森(ひなもり)副隊長の身体から抜け出て間もない頃だと浦原は申しておったが、斯様に短い時で同盟など成立するはずがなかろう。何時からお主等は奴の存在を知っていた?」

 

 身体は無論衣類にすら焼け跡一つ刻ませない和尚の超技。始解では圧にもならぬと察した山本はさっぱりと剣を諦め、口撃に切り替えた。

 

「浦原も、涅隊長も、あの智慧に餓えた小倅共が己の探求心を自ら封じるなどあり得ぬ。お主等は……否」

 

 

()()()"()()()"()()()()()

 

 

 山本に合わせ武器を下ろし、和尚が「ふぅむ」と顎に指をあて思案する。老将はその仕草が演技だと気付いていたが、続けて憐れむように頭を振った和尚の言葉には、息を呑んだ。

 

「掟が定められる前であれば答えてやってもよかったが……今はもう無理じゃ」

 

「何じゃと?」

 

 聞き返す山本へ、和尚が常の澄みきった瞳で詳細を語った。

 

 

「おんしの霊威(れいい)ではその答えを知る事は許されん。知らば霊王に仇なす罪人として殺さねばならんのだ」

 

 

 

 

 

 

 

 

***

 

 

 

 

 

 

 

「───そいつを知って、あんたは如何したいんだい?」

 

 

 "あの人"から齎された、仮面の少女の完現術(フルブリング)

 その本質について、臥豚殿で曳舟(ひきふね)に尋ねた一護は、ピンと張り詰めた空気に呑まれ硬直した。

 

「い、いや……銀城が言ってた(ホロウ)由来の力ってのが、"あの人"の話となんか噛み合わねえなって、前から気になってただけで…」

 

「単なる好奇心で訊いてるなら止めておきな。大切な仲間達を護り抜くことが一護ちゃんの願いなら、その知識は知る必要がないものだよ」

 

 曳舟の顔から、先程までの快活な笑みが消えていた。まるで凶悪事件の容疑者へ向けるような冷たい眼差しに射竦められ、一護はその秘密の深さを察する。

 

 

 

 

 

「───"罪人"じゃと…?」

 

 

 "読書家"、および彼女と繋がりを持つ零番隊の真意を知るべく、菩提殿の主を問い質そうとする山本重国。

 しかし兵主部一兵衛(ひょうすべいちべえ)の答えは、最古の死神と称えられる山本をして、前代未聞の話だった。

 

「…藍染惣右介(あいぜんそうすけ)は崩玉と"読書家"の欠片を吸収し、強引に自らの霊威を引き上げた。ユーハバッハは現代の滅却師(クインシー)共の祖として生を受けた。あの娘の正体に迫った者は皆、霊王の秩序を超越する力と、意思を有する連中じゃ」

 

「……浦原と涅隊長が手を引いた理由はそれか」

 

「恐らく双方とも相当に神髄へ迫り、最後の一線を跨ぐ直前でその禁忌に気付いたんじゃろう。さもなくば"読書家"に関する法が最初に適応される者は、おんしか、その二人になる」

 

 あっけらかんと言ってのける和尚に対し、山本の顔は一層険しさを増す。

 

 藍染惣右介とユーハバッハ。両者には"読書家"の正体に迫った事への咎は無いと言うが、そも話は前提からして間違っている。

 

 律令である魂魄法とは異なり、霊王の定める霊王法は今まで一度としてその項数が変動した事はおろか、改正された例すらない。それは偏に霊王の古今東西に遍く超越的な視野が見通した「避けるべき未来」への道標であるからだ。

 

 ならばその「不変」を変えさせる程の存在とは、それ自体が罪ではないのか。

 そして、もしその罪が裁かれない理由があるのだとしたら。

 

 それは、果たして…

 

 

 

 

 

 

「───別にイジワルをしてるワケじゃないよ、一護ちゃん」

 

 

 同時刻、臥豚殿の大広間。一護は消えた相棒について何一つ知る事が許されない無念に唇を噛んでいた。

 そんな彼を、曳舟は少しだけ表情を緩めて諭す。

 

「あんた、浦原喜助からも訊いてないんだろう? アイツはあんたの力の事とか、あまりに常識外れな事象に対しては結論を急ぎ過ぎる傾向もある。けど、間違いなくあんた以上にあんたの為を思って、色々と考えてくれる得難い味方さ」

 

「それは、分かってるけど…」

 

「本当はあんたの内なる(ホロウ)の存在も秘密にするつもりだったんだと思うね。真子(しんじ)ちゃんたちの件でアレの恐ろしさは十分理解してただろうし」

 

 何も教えないのが大人の優しさ。彼女は言外にそう一護へ述べた。

 

 

 

 

 

 

 

 

「───直に、"読書家"はこの三界に留まれなくなる」

 

 

 菩提殿で語られるもう一つの謎。その真相を黙した兵主部一兵衛は、せめてもの慰めにと、驚く山本へそんな預言を告げた。

 

「奴自身も無意識の内に勘付いておろう。霊格が肥大化し過ぎて存在が世界から弾き出されかけておるのよ。虚霊坤(ロスヴァリエス)と名付けられた例の叫谷(きょうごく)はその片鱗じゃ」

 

「……!」

 

「大層歪んではおるが、あの娘がこの世界を愛し、その存続の為に動いておるのは真らしい。霊王は"読書家"と争うのではなく、この世を見聞し語り継ぐ"奇妙な客人"として歓待するとおっしゃった」

 

 たとえユーハバッハの侵攻がなくとも、な。

 そう和尚は言った。

 

 常人の想像とはあまりにかけ離れた規模の話。理解も納得もできず憮然とする山本へ、男はぬるくなった甜瓜(メロン)を頬張りながら「観念せい」と肩を竦める。

 

「全ての因果のありかを"読書家"に求めるのは、儂等死神の道理ではない。その根は、雛森桃の中に眠る怪物はおろか、アレをこれ程の存在に昇華させた藍染惣右介の陰謀にすら気付かんかった──護廷十三隊(おんしら)自身の怠慢じゃよ」

 

 

 

 

 

 

 ──そして話は今一度、臥豚殿の一護の許へ戻る。

 

 

「……そろそろ無駄話はよしなよ、一護ちゃん」

 

「ッ、そんな」

 

 大切な亡き相棒への想いを二の次にされ、青年は鼻白む。しかし曳舟の見透かすような目が彼に有無を言わせない。

 

「もうとっくに気付いてる筈だよ。あんたが知らなきゃならないのは、既に失われた力についてじゃない」

 

「…!」

 

「ユーハバッハとの戦いで何か気になる事があったんだろう? あんたの眼を見ればわかるさ」

 

 彼女の指摘に一護は息が詰まる。

 世界の守護者の一柱たるこの場の主は、これ以上、一護に己の過去から目を逸らす事を許してはくれなかった。

 

「はいはい、休み時間は終わりっ! 覚悟ができたなら発射台に乗りな」

 

 

 そして青年の試練は、ようやく始まる。

 

 次に向かう零番離殿の名は、鳳凰殿(ほうおうでん)

 そこに住まう主は、二枚屋王悦(にまいやおうえつ)

 

 

 死神の半身『斬魄刀』を創り出した大偉人が、黒崎一護の謎多き力の真実を告げる──

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

***

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ったく、千手丸(せんじゅまる)の奴も少しは加減しやがれってんだ」

 

 

 麒麟殿(きりんでん)の湯場に湧く二つの温泉。

 

 そこの縁に腰掛ける離殿の主、麒麟寺天示郎(きりんじてんじろう)は、淵から立ち上がった小柄な人影へ手ぬぐいを投げ渡した。

 

 

「……ここは…どこだ……?」

 

 反射的に受け取った少年、日番谷冬獅郎(ひつがやとうしろう)は、微睡む頭で辺りを眺める。

 

 彼の最後の記憶にあるのは、大織守(おおおりがみ)を名乗る零番隊の女に無理やり拉致された場面だ。それが気付けば窒息しそうな凄まじい霊子濃度の、謎のリーゼント男が寛ぐ温泉で目覚めていた。

 

「俺サマの城さ。滅却師(クインシー)との戦いでくたばり損なった、て()ェら護廷の連中に活を入れてる最中だよ。俺たち零番隊総出でな」

 

「"零番隊"……──ッ!」

 

 天示郎の言葉が頭の霧を掃う。

 四番隊で例の女に半殺しにされ、大切な人を連れ去られた冬獅郎が、その怒りを思い出した。

 

「そうか…てめえらが…ッ! 雛森を何処にやった!?」

 

 大戦で惨敗し、半死人になってしまった最愛の幼馴染み、雛森桃(ひなもりもも)。彼女から延命装置を絶ち、こんな極地へ攫った連中が許せず、少年は天示郎へ掴み掛かった。

 

「わからねえガキだな」

 

「なっ…!」

 

 だが彼の手は空を切る。それどころか湯場の床に押し付けられたのは、他でもない冬獅郎自身だった。

 

「ここはどんな傷も治す俺サマの湯だ。連れてきた瀞霊廷の奴らの筆頭格は、て()ェとその雛森桃の他に朽木白哉(くちきびゃくや)山本重国(やまもとしげくに)がいる」

 

「……!」

 

「て()ェも一丁前に"隊長"名乗ってんならよ、瀞霊廷(した)を守護するて()ェ等の戦闘継続能力を、王宮(うえ)を守護する俺達が復活させようとしているこの状況がどれ程異常なのか直ぐに気付け」

 

 瞬間、少年の頭が冴えた。確かにあの女の術にやられたもの以外に、先日の蒼都(ツァン・トゥ)戦で負った傷も完治している。

 

「過去にあったような零番隊が出張らなきゃなんねえ案件なら、霊王サマが俺達に出動令を下せば済む話だ。なのに今回はワザワザて()ェらをこの禁裏にまで招いて傷を癒し、力を与えようとしている」

 

「それは…」

 

「そんな事を霊王サマが俺達"王属特務"に命じる理由なんざ、一つしかねえだろ」

 

 驚愕する冬獅郎を床から解放し、天示郎は一切の感情を読み取れない無表情で、その事実を告げた。

 

「必要なんだよ、て前ェらに生きて強くなって貰う事がな。護廷隊全軍を凌駕する俺達『零番隊』でさえ、単独では対処できない…」

 

 

──未曾有の危機を   

   乗り越える為に

 

 

 そこには誇張も、脅しの意図もなかった。男はただ霊王の予言を淡々と語ったに過ぎない。

 

 だがその言葉の重さは、この世のどんな神や聖人のものより重い。天示郎の異様な雰囲気が、その後ろに存在する超越者の威光が、何も知らない冬獅郎にさえ、そう思わせた。

 

 

「……一つ、答えろ」

 

「あん?」

 

 冬獅郎は俯き、言葉を探す。

 こいつ等の考えはわかった。自分が傷を癒された理由も、求められる対価も。

 

 ならばここで、こいつ等の指示に従えば、俺は強くなれるのか。不甲斐ない自分を変える事ができるのか。

 

 

 …否、少年が最も知りたいのはそんな事ではない。

 

 ここに来てから少しだけ感じられるようになった、馴染み深い霊圧。

 その意味を言葉にして欲しくて、冬獅郎は縋るような目で眼前の男を見上げた。

 

 

「…雛森は……助かるのか…?」

 

 

 僅かな静寂。それを破った男は、古に『回道の父』と呼ばれた伝説の死神──初代護廷十三隊・四番隊隊長であった。

 

「誰にモノ訊いてんだ、クソガキ。この"泉湯鬼(せんとうき)"天示郎サマに、治せねえ傷なんざイッコも無えよ」

 

 初めて目にする天示郎の笑顔。大した悪人面だが、有無を言わせない彼の圧倒的な自信が、冬獅郎の心に希望の火を灯してくれた。

 

「……ッ、恩に着る…!」

 

 深い、深い感謝の礼。天示郎は律儀な奴だと鼻を鳴らし、湯場の暖簾へ足を向けた。

 

「ヨッシ! 傷も癒えたならさっさと曳舟(ひきふね)んトコへ行ってこい。修行前の腹ごしらえだ」

 

「ま、待て! せめてあいつの無事な顔を見るくらい良いだろ…!」

 

 離殿の外へ出ようとする男を言い留める冬獅郎。しかし振り向いた天示郎の顔には、驚きと呆れ、そして妙な邪気が浮かんでいた。

 

「"見る"って、今か?」

 

「…なんだ、何か問題でも?」

 

「いや。先に出てった一護や恋次はともかく、て()ェには"まだ早え"って、大人として叱るべきか迷ってな」

 

 そうしてニヤニヤ笑う彼が視線を向けたのは、背後の温泉。湧き出る湯で揺れるその水面に、奇妙なものが浮いていた。

 

 ゆで卵のようにつるりと白く、されど少しだけ赤みがかったソレ。

 一瞬の困惑の後。長湯でのぼせた冬獅郎の顔に、追い打ちの熱が燃え上った。

 

「…なッ!? ひっ、ひひっひひひひなっ、ひなも──!?」

 

「そいつにこそ『桃みたいに』って言ってやれよ。まあ『みたいに』っつーか、その通りなんだがな。がはは!」

 

「やかましいわっ!」

 

 咄嗟にツッコんでしまったが、取り戻したその一瞬の冷静さが仇となった。

 自分の幼馴染と思しき少女の人影が沈む、白濁の湯。そこはつい先程まで冬獅郎が浸かっていた湯殿で、それが意味する事とは、つまり。

 

 俺はさっきまで、あいつと。

 裸のあいつと、一緒の…

 

 

 

 

 

 

「──って違う、そうじゃねえ!」

 

 鉄臭くなった鼻孔を押さえ、冬獅郎は不埒な妄想を必死に頭から追い出した。

 

 そうだ、そもそも。

 

「なんであいつが男湯に入ってんだよ!? つかどうやって服を脱がした!? まさかてめえがやったんじゃねえだろうな!?」

 

「おう。乳臭えガキかと思ったが、意外とイイカラダしてんのな。着痩せするタイプか?」

 

「死ねえええぇぇぇえええッ!!」

 

 最早羞恥か憤怒かもわからない熱に操られ、冬獅郎はゲラゲラ笑うリーゼント頭の不埒者へ殴りかかる。

 

 しかし少年が跳躍の一歩を踏み込んだ、その瞬間。

 足元で何かがカチリと鳴った。

 

 

「────は?」

 

 

 続き、冬獅郎は踏んでしまった謎の台座に拘束された。

 

「な、なんだこれ!? くそっ、外れねえ…!」

 

「おいおい、自分から発射台に乗り込むたァ、随分先を急ぐじゃねえか。女のケツ見て満足したか?」

 

 混乱する少年に呆れながら、天示郎が何処からか取り出した巨大な木槌を振りかぶる。

 

「って待て! 何する気だ!? 話はまだ終わってねえ!」

 

「しゃーねえな。て()ェのやる気に応えて…ほい、行ってらっしゃい」

 

「くそ、雛森ィ!! ひなも──」

 

 

 そして男の木槌が台座横の杭を叩いた直後。

 

 冬獅郎は、情けない悲鳴を上げながら、宙を舞っていた。

 

 

 

 

                     ィ…』

                  

               

          ィ  

『雛森イ   ィ   

           

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




 

悦森「世界創った神の世界から来ました。とても素敵なところですね!」(ニチャァ
霊王「世界維持に賛成民、ヨシッ!」(猫

決戦前の伏線()回収


次回から第二次侵攻、ここまで長かった…
お楽しみに!

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