雛森「シロちゃんに『雛森ィィィィ!』と叫ばせたいだけの人生だった…」   作:ろぼと

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お待たせしてすいません
新年早々卑劣な邪神にヒスイとかいう蛮地へ拉致られ、同じ黄金の光を辿って帰ろうとしたら狭間の地とかいう地獄へ行きつきエルデの排泄物に発狂してました
ケモカスに比べたらマレニアは慈悲(81敗

チャン一のOSR値強化回です

 


過去ってSS編時点でクインシー・レットシュティール使った時ブルート・アルテリエ無しのハry

 

 

 

 

 

 

 

 

 現世、空座町。夜雨の帳に包まれる静かな住宅街を一人の少女が駆けていた。

 

 

「…毎日毎日鬱陶しい…! ウチの街に何体居んのよ、アンタら(ホロウ)共は…!」

 

 

 黒髪を靡かせる少女が挑む先には、歪に蠢く巨大な影。忌々しげに舌打ちし、彼女は恐れる事なく化物の前に躍り出る。

 

 少女──黒崎夏梨(くろさきかりん)はユウレイが見える非凡な人間だった。もっともここ空座町には同じように霊感豊かな者が多く住んでいるが、中でも彼女は霊を相手に戦闘ができるほど霊能の力が強く、最近のある事件を機にその力は新たな超人の領域へと踏み込んでいた。

 

「燃えて消えろ…!」

 

スター・オブ

ブレイズンリング

 

 夏梨が蹴り飛ばしたサッカーボールが火に包まれ、標的へ一直線に飛翔する。以前腐れ縁の花刈(はなかり)ジン()が住宅地に被害を出した事を戒めに、彼女の技は(ホロウ)を散らばる肉片ごと焼き尽くした。

 

 先月の完現術師(フルブリンガー)なる連中との戦いで覚醒した新しい力。その太陽の如き炎の球に、少女は自らの名音を詠む──火輪(かりん)と名を付けた。

 

 これがあれば、あたしも大切な人を護れる。

 なんて。

 

 

「…ばっかみたい…」

 

 思わず零れる自嘲の溜息。あの日から何度吐いたかもわからないそれに辟易としながら、少女は悔しさに唇を噛んだ。

 

 

 夏梨が力を欲したのは、兄のためだった。

 彼女の兄は"死神"と呼ばれる霊の力に目覚め、その力を使って夏梨達を人知れず守り続けていた。兄は少女の見えない所で何度も何度も危険な戦いに身を投じ、遂には霊を見る事すらできなくなるほどに力を使い果たした。

 

 あれから一年と半年。ただの人間になった兄と過ごした日常は、戸惑う事こそ多かったが、確かに掛け替えの無い大切なものだった。

 その日常を壊そうとする連中は兄に代わってあたしが退治してやる。夏梨はそんな決意を胸に、日々町を襲う敵を倒してきた。

 

 

 …しかし少女の細やかな幸せは、一瞬で崩れ去った。

 

 突然兄の側に現れるようになった胡散臭い霊能者(フルブリンガー)達。奴等の術中に嵌り、心に深い傷を負った兄。

 

 そして。そんな兄を救ったのは、護ると誓った自分ではなく、過去に兄を何度も死地へ引き摺り込んだ──"死神"達だった。

 

 

「…店長さんも、ルキアさんも、ヒゲ親父も……なんで巻き込もうとするんだよ…」

 

 ぽつりと零れる少女の本音。親しい関係者達へ抱く、複雑な不満。

 聡い夏梨は兄の友人知人の正体に、とっくの昔に気付いていた。

 

 だからこそ、少女は裏切られた気分だった。何故あの過保護な父親までもが兄の平穏が奪われる事を良しとしたのか。何故兄に戦う事を強いるのか。

 

 二年前。あんな、魂を燃やし尽くしたような哀れな姿で帰ってきた、大切な家族を…

 

 

「────ッ!!?」

 

 

 それは突然の事だった。夏梨の胸に得体の知れぬ熱が宿り、予期せぬ体の異常に怯える少女は思わず自身を抱き締める。

 

「な、なに…これ…っ」

 

 その胸の熱は何かを訴えていた。まるで磁石に引き寄せられるように、夏梨の足は無意識に動き出す。しかし不思議と恐怖や嫌悪感は湧き上がらず、少女は戸惑いながらその熱の導きに従った。

 

 降り注ぐ雨の中を走り、親しんだ道を引き返し、辿り着いたのは通学路の河川敷。母が命を落とした鎮魂の河原。

 

 その畔で、夏梨は見た。

 

 

 

 

「…(いち)(にい)…?」

 

 

 

 

 数日ぶりに会った、眼つきの悪い自慢の兄。学校の合宿で留守にしていると妹達に嘘を吐き、昔のようにどこか遠くの世界で戦っていたであろう…

 

 

 ──黒崎一護(くろさきいちご)が決意に強張る顔で川岸の虚空へ手を伸ばしていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

***

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

── (あさ) (うち) ──

 

 

 六千名を超える全護廷十三隊隊士が院生時代に一時貸与され、入隊と同時に正式授与される無名の斬魄刀。全ての死神達はこの"浅打"と寝食を共にし、練磨を重ねる事で己の魂の精髄をこの刀に写し取り、"己の斬魄刀"を創り上げる。

 

 

「その"浅打"の全てを一人でクリエイトしちゃッてんのが、このチャン僕なのSa()ッ!」

 

 

 霊王宮に浮かぶ零番離殿の一つ、鳳凰殿(ほうおうでん)。荘厳な拝殿とは真逆の寂れた本殿に放り込まれた一護は、戦友の阿散井恋次(あばらいれんじ)と二人で不気味な人型の霊体の群と三日三晩戦わされていた。

 

 試練を課した男の名は、『刀神』二枚屋王悦(にまいやおうえつ)。奇抜なサングラスをかけたこのお調子者の男が歴代の隊長格を含む全死神達の斬魄刀の製作者だと聞かされ、一護と恋次は驚愕する。

 

 だが王悦の言葉に垣間見える斬魄刀への深い造詣と愛に偽りはなく、果たして一護は男の試練によって己の死神としての異質さを暴かれた。

 

 

「───な、なんで……なんで誰も来てくれねえんだよ…ッ」

 

 暗闇の中、虚しく木霊する困惑の声。

 

 一護達に課せられたのは、襲い掛かるこの人型たちを屈服させ、従わせる事。それが彼ら──"浅打"と死神の正しい関係だと王悦は言っていた。

 しかし。

 

Hmm(フム)……これは予想外。まさか素手でその子達を全員ぶちのめしちゃうなんてYo()…」

 

「どういう事だ…? 何で俺が選ばれて…一護が駄目なんだ…?」

 

 指示通りに彼らと戦い力を示した一護。しかしそんな青年の前で蠢くのは、傷だらけの姿で後退る怯えた"浅打"達。

 相当の苦戦を強いられた恋次が新たな相棒を得たのに対し、霊界の英雄としての余裕を未だ見せる一護の手を握ってくれる"浅打"は、一振りとして現れなかった。

 

「オカシぃNe()ェ、シーオカだNe()ェ。そんなに強いのにDo(ドゥ)して彼らは君を選んでくれないんだろうNe()ェ?」

 

「なんだよこれ、話が違うじゃねえか…ッ」

 

 一護は焦る。

 その姿を見つめる王悦は、そんな青年の秘めし不安を看破していた。

 

「"話が違う"? ノンノン、違うのは"話"じゃNe()ェ」

 

──お前の事だよ    

   "ニセ死神"くん

 

 直後。王悦が放った鬼道が一護の体の自由を奪った。

 

「な……ぐっ!? な、何のつもりだあんた…!」

 

「話には訊いてたケド、この三日間君を見てきてよくわかったYo()。一護チャンは明らかに恋次チャン達とは違う存在。死神じゃNai(ナイ)ってコトSa()

 

 続いて「だから」と話一拍。一瞬で雰囲気が反転した王悦が、冷徹な声で一護に告げる。

 

 

「お前、現世のお家に帰んな」

 

 

 一瞬、一護は自分が何を言われたのか理解できなかった。

 

「…………え…?」

 

 唖然とする彼へ男が背を向ける。

 

「死神じゃNai(ナイ)なら話は終わり。ここに君が立ち入る資格はNai(ナイ)し、君の"斬月"を直す理由もNai(ナイ)

 

「お、王悦殿ッ! それはあんまりです! 一護は何度も俺達を助けてくれた仲間で──」

 

「ハイハイ、危ないからあんたはこっち」

 

 恋次の懇願も王悦の女部下に阻まれ甲斐なし。一護が我に返った時には、鍛冶場の主は既に空間転送の鬼道を準備していた。

 

Hai(ハイ)! じゃ、さっさとこの孔からチャン僕の離殿にBye-ByeしてNe()

 

 取り付く島もない後姿。

 一護の脳裏に、死神達の闇を知る銀城空吾(ぎんじょうくうご)の台詞が過った。

 

「……ふざけんなよ…」

 

 腹底から滲みだす憤怒の声。ここまで来て素直に引き下がれるか。

 

「……ヤレヤレ、しつこい男はモテねえZo()?」

 

「ハッ、諦めの悪さは筋金入りなんでね…! あんたに俺の斬月を打ち直す意思がねえなら、力ずくで直させるッ!」

 

 王悦の拘束鬼道から逃れようと、一護は霊圧を撒き散らす。その規模は霊王の霊圧に満ちるこの地の大気を軋ませる程。

 

「教えろ! あんた、俺の何を知ってんだ…! なんで俺だけがあんたの"浅打"に認められねえんだ!?」

 

 だが。

 

「あんたは…"浅打(こいつ)"らは…! 俺があんたらの嫌う(ホロウ)完現術(フルブリング)を使ってたから、俺を死神じゃねえって決めつけて───」

 

 身体が自由を取り戻す事は叶わず、一護は王悦の転送鬼道に呑み込まれた。

 

 

「違うYo()

 

 

 暗闇に視界が塗り潰される途中。激情に吠える死神代行は、こちらを見下ろす王悦の瞳の中に、何かを待ち望むような強い熱を見た気がした。

 

 

 

 

 

 

「…藍染(あいぜん)…」  「…銀城(ぎんじょう)…」

 

「…読書家(どくしょか)…」

 

 そして、ようやく姿を現した、()()()()()──

 

 

「……思い出すんだ、一護チャン。君に、その壮大な運命を背負わせた連中の言葉を」

 

 

 鳳凰殿が佇む断崖絶壁を、王悦の独り言が風に乗って流れていく。

 

「斬魄刀とは、担い手の"魂"を映す武器。それに認められなかったという事は、映すべき自分の本当の魂を、他ならねえ君自身が認めてねえって事Sa()

 

 彼は気付いていないだろう。浅打(あさうち)に選ばれずにこれまで戦っていた事が、一体どれほどの事なのかを。

 

 だがここから先の戦いは、そんな不確かな戦い方で乗り越えられるほど甘くはない。

 

「君はこれ以上、真実から目を逸らしちゃなんねえ。へたっぴな写し絵みてえなその贋作を、自分の本当の魂の形だと妄信してたら、君の本当の霊力は目覚めねえ」

 

 『刀神』二枚屋王悦は自慢の金床の前で、虎穴へ蹴落とした英雄の帰りを待つ。己の人生でも無双の名刀を打つ、その瞬間を。

 

 故に、黒崎一護は知らねばならないのだ。

 

 

 

「自分の……"魂の在り処"をNa()

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

***

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「────ウチだ…」

 

 

 王悦に放り込まれた空間霊術の暗闇から抜け出した一護は、霊王宮から遠く離れた現世の自宅、夜雨に包まれる"クロサキ医院"の看板の許で佇んでいた。

 

「…くそっ、どうすればいい…」

 

 落伍者の烙印を押され、青年は理解も納得もできず項垂れる。

 自分の不甲斐なさが悔しくて堪らない。仲間が一分一秒を惜しみ来たる決戦に備えているというのに、自分は敵と戦う切り札を取り戻す事もできず右往左往。こんなザマで、一体どうやってあの恐るべき敵の親玉と戦えというのか。みんなにどんな顔をして会えばいいのか。

 

 居た堪れず、一護は逃げる様に自宅を後にした。

 

「…ッ」

 

 雨の中を走る青年。息は続かず、濡れる体はあっという間に凍えていく。いつの間にか自分の死神体は元の生身に戻っていた。

 屈辱に固く握られた拳の中に、自慢の斬魄刀は影も形も無い。それらの事実が、「お前は死神ではない」という王悦の言葉と共に、解けぬ毒となって胸中に広がっていく。

 

「もう…手はねえのかよ…っ」

 

 これしきの事で諦めるものか。卍解を奪われた冬獅郎(とうしろう)達だって鬼道や白打を鍛えて補おうとしているではないか。

 

 考えろ。何かないのか。卍解が無くても、あの化け物に喰らい付ける方法は。

 

 

「! ここは…」

 

 そして霧中を模索する一護は、ふと気付く。

 

 走り、走り、辿り着いたそこは、いつぞやの梅雨の日の喪失と出会いの思い出──通学路の河原だった。

 

 

「……はっ、情けねえ…」

 

 脳裏に浮かぶ、一人の少女の姿。一人前になった証たる彼女との別れを経て尚、未だ未練がましく甘えようとしてしまう自分を一護は失笑する。

 

 

 だがそんな心の弱さが、彼にある選択肢を示した。

 

「…そうだ」

 

 ゆっくりと。一護は懐のポケットへ手を忍ばせる。

 先日仲間の井上織姫(いのうえおりひめ)から貰った細い腕輪が、カチャリと鳴った。

 

 用途は井上から聞いている。彼女がこの一年半の間を通い、力を磨き上げた、破面(アランカル)達の新たな楽園。その地へ持ち主をいざなう霊具だ。

 

 しかし。

 

「…ッ」

 

 一護は逡巡する。

 今の俺がこれを使っていいのか。一人前と認められた自分がみっともなく縋り付いてくる様を、あの人はどう思うのか。

 されど事実としてこの腕輪は己の手の中にあり、二枚屋王悦の協力を得られなかった今の黒崎一護に、他の活路はない。

 

 ならば。

 

「…悪ィ、今回だけ…っ」

 

 不安に震える声を、緊張に早鐘を打つ心音を無視し、一護は慎重に腕輪へ霊圧を込める。

 

 その寸前。

 

 

 

 

「──…どこ行くの、一兄(いちにい)…?」

 

 

 

 不意に青年の背中へ、聞き知った声が掛かった。

 

 

 

 

 

 

 

 

***

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……夏梨(かりん)?」

 

 一護の名を呼んだ彼女は、妹の黒崎夏梨だった。

 

「…帰ってきたんでしょ? なら…ウチで晩ご飯食べよう…?」

 

 咎めるような、切なそうな声色で、彼女が呑気なことを催促する。

 

 何故こんな雨の夜に傘もささず外出しているのか。とは言えこれから行おうとしている行動を見られる訳にはいかない一護は、努めて優しく夏梨を追い払おうとした。

 

「…悪ィ、これから用事あるんだ。お前も風邪ひく前に早くウチに帰って──」

 

「用事なんてどうでもいいでしょ」

 

 しかし返ってきたのは、有無を言わせぬ拒否の一言。驚きながらも鼻白む一護は、故に妹の目に渦巻く情動に気が付かない。

 

「どうでもよくねえよ。お前ももうガキじゃねえんだから我儘言うな、夏梨」

 

 気付かぬ内に、一護の語気は叱咤するような強いものになっていた。

 少女が怯えるように硬直し、項垂れる。

 

「我儘なの…?」

 

 そして一護ははたと気付く。

 

「久しぶりに一兄が帰ってきて、家族がみんな揃って……一緒にご飯食べたいって言うの、あたしの我儘なの…?」

 

 夏梨は泣いていた。母が亡くなってから常に気丈に振舞ってきた、健気な彼女が。

 震える声で家族の"あたりまえ"を求める妹を見て、青年は自己嫌悪に深く恥じ入る。

 

 だがそれでも、一護は彼女の思いを振り払わなくてはならない。

 

「……ごめん。けどわかってくれ、夏梨。俺は──」

 

「わかんないよッ!!」

 

 悲鳴のような声だった。大人びた彼女らしくない激しい感情の濁流に一護は圧倒される。

 

「なんでよ! 戦いなら死神(あいつ)らに任せればいいじゃん! あんなに強かった完現術師(フルブリンガー)の子を一瞬で倒しちゃうような連中が何人も居るのに、なんで人間の一兄まで一緒に戦わないといけないの?」

 

「夏梨…」

 

「いつもいつも、何も言わずに何日もどっか行っちゃって……ボロボロになって帰ってきて…! 一兄がそんなにならないと護れないものって何? どうしてそんなになってまで戦おうとするの!?」

 

 そして吐き出し終えた憤懣の後に残ったのは、一人の少女の愛だった。

 

「もう…いやだよ。一兄が傷付くの……一兄が死神の姿でどっかに行く背中、見るの…」

 

 一護は知る。自分が死神の力を得た二年前から、彼女がこんなに悲愴な想いを溜め込んでいた事に。

 彼女が隠れて(ホロウ)と戦っていた訳も、浦原喜助の許へ度々訪れていた訳も、銀城ら完現術師(フルブリンガー)達との戦いで彼女が乱入して来た訳も。その理由の全てが今の告白の中にあった。

 

 夏梨の痛々しい姿を見て、一護は呆け開いたままだった口を閉じ、僅かな沈黙を挟んで開口した。

 

「…なあ、夏梨」

 

「……なによ」

 

「"兄貴"ってのが、なんで一番最初に生まれてくるか知ってるか?」

 

 いつだったか、昔そんな問いを他の誰かに投げ掛けた事がある。当時はまさか自分の妹にあの恥ずかしい説教をする事になるとは思わなかったが、それは彼女を悲しませた今の不甲斐ない自分にできる、唯一の兄らしい孝行だと一護は思った。

 

兄貴(おれ)が最初に生まれたのは、後から生まれてくる…」

 

 

──妹のお前達を    

   護るためなんだよ

 

 

 青年と向かい合う少女が目を見開く。降り注ぐ雨音も、水嵩の増す川の音も聞こえない無音の間。ゆっくりと顔を伏せた夏梨の頬を、大粒の雫が滴り落ちた。

 

「…なんだよ、それ……」

 

 ずるいよ、と。万感の思いが籠ったか細い声が耳に届く。

 肩を震わせ、必死に自分を納得させようと頑張る健気な少女。雨で冷えたその華奢な身体を、一護は詫びるように優しく抱きしめた。

 

 

「……悪ィ、夏梨。先に(ウチ)戻っててくれ」

 

 夏梨の嗚咽が止まる。おずおずとこちらを見上げる彼女の頭を撫で、一護は横へ視線を動かす。

 

 濡れた草むらを踏み締める小さな足音。振り向いた夏梨が息を呑む。

 

 そこに、黒崎一護の覚悟に応え、来てくれた、一人の死神が佇んでいた。

 

 

 

()()と、大事な話があるんだ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

***

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「───お前が霊力に目覚めた二年前から、俺はずっと、どうやってお前に真実を伝えるべきか考え続けてきた」

 

 

 夏梨が涙を拭い、河原を去ってしばらく。焦れるような時を経て、一護の父黒崎一心(くろさきいっしん)の昔話は始まった。

 

 何から話すべきか。どこまで話すべきか。

 大勢の者達の想いや思惑によって育まれ、捻じ曲げられ、あまりに複雑に絡み合った黒崎一護の人生。

 一心はそれらを一つずつ、彼の持つ知識と、そこから導き出される仮説を基に、丁寧に紐解いていく。

 

「全ての元凶は、母さんの身体に(ホロウ)の力を植え付けたクソ野郎……藍染惣右介(あいぜんそうすけ)だ」

 

 父の断言に唇を噛む一護。あの魔王の口から、自分が奴の不遜な野望の踏み台として生まれた、あらゆる種族の能力の才を授ける残酷な交配実験の素体だと聞かされた記憶は、未だ新しい。

 

「…だがその藍染の計画に、二つの異分子が入り込んだ」

 

「…!」

 

 一護は瞠目する。その"入り込んだ異分子"とやらに、青年は覚えがあった。

 

「…雛森(ひなもり)さん……いや…」

 

「ああ、桃ちゃんじゃねえ。浦原(うらはら)が会ったと言っていた奴は、自らをこう名乗っていた」

 

 

──読書家  

 

 

 過去に戦った藍染や銀城も口にしていたその呼称。それが九年前に自分の内なる虚(ホワイト)を封じるお守り……今はもう失われた、あの感情豊かな仮面の少女(フルブリング)を与えてくれた"彼女"の事だと、一護は知っていた。

 

 藍染の魔の手から逃れる力を与えてくれた、文字通り一生の恩人だ。

 

「読書家の目的については尸魂界(ソウルソサエティ)も詳しい事は何一つわかっちゃいねえ。崩玉にされた無数の罪なき複霊(クローン)達の怨嗟を晴らすだの、未来を見通すとされるその力に溺れているだの、色々想像はできるがな」

 

「…尸魂界(ソウルソサエティ)はあの人を、敵だと思ってんのか…?」

 

「お前の恩人だろうが、奴が護廷隊や貴族共のメンツを大きく傷付けたのは事実だ。あの藍染や霊王宮がああも囲いたがるほど価値がある未知の存在、奴が率いる破面(アランカル)共への警戒や恐怖も当然ある」

 

 彼の表情から、一護はその言葉の全てが主体的な、父自身の本音でもあると悟る。

 

「…俺は…」

 

 命の恩と、仲間達の思い。優劣を付けられない大切なものの板挟みに苦悩する一護。

 

 

 青年は二年前、読書家と皆が呼ぶ少女と逢っていた。忘れもしない。宿敵藍染惣右介との決戦の、直前。

 俺が生まれた理由を教えてくれて、巻き込んだ事を謝ってくれて、黒崎一護が自ら選んだ道を祝福してくれた。

 

──生きて、一護くん   

   あなたの望むように

 

 世界中の人、世界の未来。そんなものを護れだなんて指示には従えねえ。

 目の前で苦しんでる山ほどの人を護りたい。そんな、誰にも強制されない自分だけの意思を貫く。

 そう自らの宿命を拒絶し、授かった力を自分の好きに振るうと宣言する一護を、彼女は満面の笑みで了承してくれた。

 

 それだけで、一護は彼女を味方だと信じる事ができた。

 

 

「……」

 

 お互いしか知らない、あの河原での思い出の中で交わした、七年ぶりの再会。その時の出来事について、一護は何一つ、誰にも打ち明ける気はなかった。

 尸魂界(ソウルソサエティ)が彼女の力を脅威に思っているのなら尚の事。

 

 そんな息子の思いを、父である黒崎一心は朧げに察していた。

 

「…まあ少なくとも今の尸魂界(ソウルソサエティ)が読書家と事を構える事はねえ。お前が知っておくべきなのは、奴はお前の運命がここまで拗れた原因の一つに過ぎねえって事だ」

 

 そう、ここまでは多くの者達の既知となっている。あるいは読書家と親しんだ一護の方が他者より詳しいかもしれない。

 

「最初に言ったろう。藍染の計画に紛れ込んだ異分子は、()()()()と」

 

「!」

 

「これからお前に教えるのは、俺と浦原……そして雨竜(うりゅう)君の親父石田竜弦(いしだりゅうけん)が知る、お前を取り巻く過去の話だ」

 

 

 そして話は、ようやく闇の深層へ踏み込む。あるいはずっと前に、一護は無意識ながら気が付いていたのかもしれない。

 

 零番離殿で王悦が卍解・天鎖斬月(てんさざんげつ)の修復を拒否した理由。読書家が語ったものとは異なる、自分のもう一つの過去。

 

「お前は死神じゃねえ。…だが、ただの人間でもねえ」

 

 黒崎一護とは何者なのか。何故自分が卍解を取り戻すのに、それを知らなくてはならないのか。

 

 その疑問のヒントは、藍染惣右介の、二枚屋王悦の言葉に。

 そして…

 

 

──魔に囚われし    

    我が息子よ

 

 

「お前の母さん、黒崎真咲(くろさきまさき)は──…」

 

 

 

 あの戦場にて、憐憫の眼で青年を見下ろす、仇敵ユーハバッハの言葉に散りばめられていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

***

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「────危なかったぁ…」

 

 

 ジュージューと肉の美味しそうな焼き音が喧噪に紛れる、英霊宮殿(ヴァルアリャ)の大食堂。

 その目立たない壁際で、鰤界有数の美少女()が隠れるように小さな携帯画面を見つめていた。

 

 

 …そうです、あたしです。

 

 一護のオサレイベントでガバの危険を感じ冷や汗をかいていた出歯亀…もとい"読書家"の雛森桃(ひなもりもも)です。

 

(月島さん戦でカリンちゃんの完現術(フルブリング)を覚醒させてよかった。おかげで一護があの腕輪で虚霊坤(ここ)に転移する前に気付いて引き留めてくれた)

 

「──ホントよ──今のあたし達って滅却師(クインシー)にやられて音信不通になってる設定なんだから──あの娘を誘導したあたし達も褒めてよね!──」

 

 桃玉と一緒に胸を撫で下ろすあたし。最近チャン一がとてもオサレしてたから彼のメンタルの折れやすさを忘れてた。

 おいこら主人公! 今日の心構えができるようにヨン様とあたしがあなたの生い立ちの伏線を張ってあげたのに! "本好きお姉ちゃん"に頼っちゃう甘えは仮面のあたし(フルブリング)と一緒にサヨナラさせたはずダルルオ!?

 

 あのままだと本当に彼がここ虚霊坤(ロスヴァリエス)まで来ちゃってたかもと思うと恐ろしい。流石のあたしもこの世界滅亡危機で呑気に破面(アランカル)たちとBBQで出陣前の腹ごしらえをしてる姿をオサレに取り繕える自信はない。

 

「──でもこっちで腕輪の転移機能を止める事もできたけどね──今なら音信不通()ムーヴで誤魔化せるし──お姉さまと違ってあたし達はガバガバではないのよ!──」

 

 …ま、まあ済んだ事は結構。カリンちゃんのファインプレーに拍手しましょ。

 

(流石のお兄ちゃん大好きっ娘……やっぱ本誌でももっと話の中心に居て欲しかったなぁ)

 

「──ブラコンでそれなりに事情知ってる妹とかいう加湿器──兄妹愛は良いエモ──」

 

 良い誤算と言うべきか、カリンちゃんの活躍で一護のOSR値を計画以上に嵩増しできた。正直彼女の出番は前の月島さん篇で終わりだと思っていたので、ここでの登場はとても助かったし、何より嬉しかった。

 チャドとかヤミーとか、原作でいまいち目立たなかったキャラが予想以上の活躍をしてくれるのは彼らの隠れた魅力をあたしだけが知った気分になれてニヤニヤしてしまう。

 

 いやー前世の鰤ファン諸君に申し訳ないなぁ(ニチャチャ

 

 

 

 

「……さて」

 

 

 最後の高級カルビを奪い合う食堂の破面(アランカル)たちを尻目に、あたしは一足先に着替えに離席する。

 手元の携帯画面に映るのは、一心パパの話を聞き終え、覚悟を決めた超絶イケメン一護の姿。よくぞここまで育ったと感慨深い思いが湧き上がる。

 

 "斬月"の正体、黒く塗り潰された初対面の名、剣八戦での不可解な現象の数々。

 ママンの秘密、藍染惣右介が述べた「交配実験」の詳細、彼女が亡くなった真の理由。

 作中に隠されていた幾つもの伏線が明かされ、一つの線に繋がり、内なる虚(ホワイト)の力が昇華した【新たな斬月】を手にする黒崎一護。己の背負う運命を知り、妹の悲痛な想いを受け止め、大勢の大切な人達を護るべく立ち上がった彼を、最早誰も主人公()などと嗤わないだろう。

 

「…まあ、でも」

 

「──本編はここから、ね──」

 

 桃玉とあたしは舞台後方で腕組みしながら、世話の焼けるヒーロー君を見る。さっき彼があたしに救いを求めてあの腕輪を使おうとした事を忘れてはいない。この世界で真のオサレマスターとして君臨したヨン様を間近で見てきたあたしのOSR審美眼は非常に肥えているのだ。

 甘さ(チョコラテ)は自分自身にではなく、戦う敵へかけるのが"黒崎一護"でしょ?

 

「……ふふ、ようやくだわ」

 

 侘助(わびすけ)を瞬殺し、卍解なしとはいえ原作シロちゃん乱菊さんコンビを指二本であしらったバズビー。京楽(きょうらく)隊長の片目を撃ち抜いたロバート。不気味に暗躍していたナナナとペペ様。マユリ様(+平子(ひらこ)さん)から逃げ延びたメスガキバンビーズ。

 そんな一筋縄ではいかない猛者たち八人に囲まれて尚、冷や汗一つ流さなかった原作一護。

 

「さあ、見せて…! あたしの半世紀の集大成…」

 

 

──オサレ主人公の   

    輝ける雄姿を…!

 

 

 

 

 

 尸魂界(ソウルソサエティ)篇の三副隊長瞬殺以来の主人公無双。

 鰤ファンの誰もが期待し、そして叶わなかった理想は、果たしてこの世界で現実となるのか。

 

 

 BLEACH最終章『千年血戦篇』の本番、見えざる帝国(ヴァンデンライヒ)第二次侵攻が始まる運命の瞬間まで、あと少し…

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




 

次回:チャン一大活躍…!

 

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