雛森「シロちゃんに『雛森ィィィィ!』と叫ばせたいだけの人生だった…」   作:ろぼと

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久しぶりの桃ちゃん無双回
 


大帝ィィィィ!

 

 

 怠惰とは、神すら堕落させる魔性の猛毒である。

 

 朽ちた鐘の音が響く虚圏の玉座、虚夜宮(ラスノーチェス)。その頂に腰掛け遅効の猛毒を甘受していた虚の王は、その日奇妙な客人の謁見を受けていた。

 

 

「──お初にお目にかかる。僕は藍染惣右介という。君が虚圏のバラガン王か?」

 

 人間か、それとも死神か。いずれも時の彼方に忘却した脆弱な蟻共が四匹、不遜な態度で王の前に立っている。

 

 虚圏の王にして神──大帝バラガン・ルイゼンバーンは眼前の身の程知らずに興味を覚えた。この退屈の地獄からの解放を彼らに期待しながら。

 

 

『…ようこそ我が城、虚夜宮(ラスノーチェス)へ』

 

 

 王の歓迎を蟻の一匹が鼻で笑う。虫ケラらしい、礼節に欠けた客だった。

 

「面白い、屋根も壁もないこの場所が城か」

 

『屋根など要らぬ。この虚圏の全てが我が天蓋よ』

 

 かつて覇権を争い、今では已己巳己巴(いこみきどもえ)などという斬魄刀へと落ちぶれた好敵手が虚圏を去り、あのティア・ハリベルも姿を晦ませた。かくしてこの太古の王たる我にこの世の全ては跪いたのだ。

 

「そんなことより話をしよう」

 

『む?』

 

 興に乗るバラガンへ、ふと蟻の一匹が不敬にも許可無く発言する。群の中で唯一名乗った藍染なる虫ケラだ。

 

「退屈をしていたと聞いて、君のために余興を用意した──僕と賭事をしないか?」

 

 澄ました微笑を張り付けた藍染とやらがそう尋ねる。その不遜の極みたる驕り高ぶる目が気に入らない。が、確かに興味を引かれる話だった。

 

『ほう?』

 

「来たまえ、桃」

 

 蟻が徐に別の蟻を王の御前へと導く。現れたのは四匹の中で最も矮小な虫。

 

「はい」

 

 進み出たその蟻は、女だった。

 否、女と呼べるほどの背丈も肢体も持たぬ子供。虚の雌は総じて脆弱で、唯一ハリベルが武力に優れていたものの、その性根は腑抜けそのもの。弱さの権化たる存在が王を静かに見上げていた。

 

『…何だ、その小娘は』

 

「彼女は同胞の雛森桃という。若いがとても優秀な子でね、彼女に相応しい部下を探していたんだ」

 

 

 ──桃が君に勝ったら、我が軍門に下ってもらおう。

 

 

 沈黙が流れる。

 

 バラガンは脳裏で幾度と藍染の話を反芻し、それでも尚己の耳を…否、目の前の虫ケラ共の正気を疑った。

 

「バラガン・ルイゼンバーン。私、雛森桃が、あなたに決闘を申し込みます」

 

 困惑を助長するように、雌蟻が一礼する。堂に入ったその様があまりに噴飯もので、大帝は幾百もの年月以来となる心の底からの笑い声を上げた。

 

『グクッ──グハハハハ! 決闘? 決闘だと? この儂とその小娘が決闘だと? 勝ったらお前の部下になれだと? 成る程如何して大した余興、まっこと大義也! ガハハハハハ!』

 

 捩れる腹を両手で抱え「滑稽、滑稽」と思わず何度も口ずさむ。跳ねる体が装飾具をガチャガチャと鳴らすも構わず、バラガンは久々の喜劇を大いに堪能した。

 しかし。

 

 

『──自惚れるなよ、蟻が』

 

 

 傲れる者には裁きを下さねばなるまい。

 

 神の怒りに世界が震え、大地が軋む。下僕たちが主の御心に従い戦意を高め、見下ろす王はその重い腰を上げた。

 

『不敬である、殺せ』

 

 振腕の合図と共に臣下団が眼前の雌蟻へ殺到する。四面楚歌の袋叩き。彼らの仕事に微塵の疑いも無く、バラガンは自慢の大斧を片手に残りの三匹へと目を向けた。

 

 だが突如、眼下で暴れる霊圧が消失する。

 

 

「──武器を手にされましたし、始めてもいいですか?」

 

 

 バラガンはその声に瞠目する。見下ろした先には、一滴の血も流さずに倒れ伏す自らの臣下団。如何なる術によるものか、あれほど高ぶっていた彼らの霊圧が瀕死のように弱まり皆一様意識を飛ばしていた。

 

 そして、死んだ筈の虫ケラは、全くの無傷。

 

「神聖な決闘の場に当事者以外の血が流れてはいけませんから」

 

 霊圧の突風に広間の外まで吹き飛ばされる臣下団。その様はまるで紙切れや綿毛のように儚く不様だった。

 

 命を奪うこと無く、敗者の恥を背負わせ生きることを強いる蟻。戦士の誇りを知らぬ雌。虚の王は、上目で微笑む小娘に虫酸が走るほどの嫌悪を抱く。

 

『……不愉快。我が老いに朽ちて、己の愚かさを悔いるが良い…ッ!』

 

 バラガンはどす黒い後光の如き霊圧を迸らせ、雌蟻の前に舞い降りる。奥の藍染によく似たその傲慢な目が気に食わぬ。苛立ちに身を任せ、怒れる王は大斧を振り下ろした。かくしてかつて殺した幾億もの有象無象に等しく、この虫ケラも老いて朽ち消える。

 そうなるはずであった。

 

 

「…時間の超促進、頼もしい能力ですね」

 

 

 雌蟻が立っている。朽ちるどころか傷一つなく、床を風化させる己の大斧の半歩外に。

 見切ったというのか、この大帝の一撃を。防いだと言うのか、この神の力を。

 

「ではこちらの番です」

 

『!』

 

 動揺を自覚する間もなく、バラガンは自身が幾重の霊圧の壁…否、半球体の中に閉じ込められていることに気付く。その眼前には小娘の掌の射線に空いた孔。

 

「小手先ですが、まずはアイサツ…」

 

 ──【破道の七十三・双蓮蒼火墜】

 

 雌蟻の術、死神の鬼道らしき蒼炎が孔を通り霊力壁の中で炸裂する。久しく覚えのない火力に晒され王の混乱は益々加速する。

 

 何だこれは。一体何が起こっている。

 

 燃え盛る蒼い炎が晴れたあと。煤焦げた円状の床の中央に佇むバラガンは、ようやく、自らが決闘を申し込まれた死神の女と対峙している現実を直視した。

 

「…やっぱりアニ──情報とは違いますね。斧だけでなく身体にもその力を纏えるんですか」

 

 古の時を生きる虚の本能は技の域に至る。無意識のうちに行使していた【老い】の能力が女の鬼道から我が身を守ったのだろう。

 されど、それは己の霊圧ではこの死神の力を撥ね退けられなかったという証に他ならない。

 

『──……ッッ!』

 

 屈辱。

 

 バラガンは骸の顎を憤怒に打ち鳴らす。女はこの大帝を畏れていない。いや、恐れていないのだ。

 それは、老いに脅える塵芥に決して許されない傲慢。神に背く不届きそのものだ。断じて看過して良いものではない。

 

 

『蟻が……その不敬、万死に価するッッ!』

 

 

 大気に闇が滲む。水盆に垂らした墨のように揺らめき辺りを飲み込む死の息吹きが玉座の間を塵へと変えていく。

 

『お前、雛森桃と言ったか。成る程退屈の彩りには善き相手じゃ。お前の老いへの恐怖を以て…その贖罪としてやろうッッ!』

 

 

 ──死の息吹(レスピラ)

 

 

 漆黒の風が吹き荒れ、触れるもの凡てに終焉を与える。これぞ大帝バラガン・ルイゼンバーンを神足らしめる太古の力。生と死が別たれてより最初に生まれた"永遠"の破戒者の象徴だ。

 

「──【縛道の八十一・断空】」

 

 だが大帝が神なら、仇なす雌蟻もまた死神という神の端くれ。【老い】から逃れようとする不届き者が、自慢の鬼道で以て王に背く。

 

 闇の津波と、無色の高壁。互いの力がぶつかり拮抗する。しかし僅かな時を置き、均衡が崩れ出した。

 

「…!」

 

『鬼道に、老いが無いとでも思ったか?』

 

 ボロボロと朽ちていく霊力の壁を満足げに見つめ、バラガンは盾を無くした蟻の終わりを待つ。

 だが。

 

「盛者必衰。なるほど確かにこの世に永遠などありません。ですが…」

 

 

 ──終わりが来れば、また始めればいい。

 

 

『なん…だと…!?』

 

 バラガンは目の前の光景を信じられない思いで凝視する。朽ち行く霊力壁の侵食が止まり、まるで時間の逆行の如く復活し始めたのだ。

 

「鬼道に、再生が無いとでも思いましたか?」

 

『…ッッ!』

 

 ニッコリ、と蟻が笑う。人好きのする可憐な笑顔ながら、籠る感情は真逆の嘲り。

 

「あなたの力はその性質が特別なだけです。ものの時間を早めるなら、その源となる霊力と同量以上の力で圧倒すればいい。つまり…」

 

 そして呆けるバラガンの周囲に再度、自身を閉じ込める小さな半球状の霊力壁が現れる。そこに突き立てられたのは、背筋がゾッとするほど巨大な灼熱の霊圧を纏った、美しい四支の斬魄刀だった。

 

「あたしとあなた、どちらが霊体として格上か勝負です」

 

『なっ!』

 

 直後、凄まじい爆発がバラガンの全身を襲った。幾重にも破ぜる紅色の焔が一瞬で視界を焼き付くし、聴覚を錯乱させ、佇む王から冠を奪う。自身がどうなっているのかもわからない破壊の炎の中、神はふと、覚えのない奇妙な感覚を覚える。

 

 ──痛い。

 

 咄嗟にその感覚に襲われた頭部を手で触れようとするも、止まない爆裂が四肢の自由を奪い離さない。そしてその感覚は頭部から手、腕、足、胴と身体の全身へと広がっていく。

 

 ──痛い。

 

 ──痛い?

 

 ──痛みだと!?

 

『何じゃ…これはァァッ!!』

 

 最早記憶の最果てへと消えていた本能が甦り、主に生命の責務を想起させる。それは自身が司る力と相反するもの。原始的で悲劇的で、己が滑稽と嘲笑ってきた蟻共と寸分違わぬ生への執着。

 

『有り得ん! 有り得んッ、有り得んッッ! 儂は王ッ! 儂は神ッッ! 儂は有象無象の蟻共の恐怖の権化であるぞォォッ!』

 

「そうですか、でも…」

 

 烈火の如く感情を噴出させるバラガンの脳に、女の言葉が刃のように深々と突き刺さった。

 

「──"恐怖(あなた)"も傷は負うんですね?」

 

 驚愕と共にバラガンは自らの体へ目を向ける。焼け焦げ灰となった布状の外皮。覗く骨の腕に走る幾つもの亀裂、欠乏、溶解跡。

 

 傷だ。損傷だ。神たる我が身に起きてはならない滅びの予兆だ。

 

「──あたしの斬魄刀、飛梅はとても素直で忠実な子です。能力は与えた霊圧を増幅させ、爆炎へと変える。ただそれだけです」

 

 戦慄くバラガンの聴覚に、女の澄んだ声が届く。爆炎の能力、ただ純粋な火力を叩き付けるだけの幼稚で野蛮な力。それなのに。

 

「ですが…単純な力というのは、言い換えればこの世で最もわかりやすい──"死の恐怖"ということ」

 

『…ッ!!』

 

 王は息を呑む。澄ました顔で機械的に言葉を綴る女死神。その内容が、あまりの衝撃であったが故に。

 

「…そろそろ降参してくれませんか? これから部下になる人を負傷させて戦力価値を下げたくありませんので」

 

『な…』

 

「あなたもわかってるはずですよ。あなたは、霊圧はもちろん…」

 

 

 ──司ってきた"死の恐怖"でさえ、あたしに劣ったんですから。

 

 

 女の凍える微笑が、茫然とする神の身を震わせる。

 

 認めない、認められない。この大帝が、あろうことか己自身の司る概念に対し、目の前の蟻に──死の恐れを抱くなど。

 

『……赦さん』

 

 ボソリ、と。風に掻き消えるほどの小さな呟き。しかし体に感情が追い付くと、その呟きは憤怒の火山となって骸の喉から解き放たれた。

 

 

『赦さん! 赦さん! 赦さんぞオオォォォォ!!』

 

「…!」

 

 

 天地に響き渡る王の咆哮。我を忘れるほどの激情に突き動かされ、己の制御の手を離れるほどに膨れ上がった【老い】の力は、神の怒りに相応しい逃れられぬ死の暴風として具現化した。

 

『貴様如き蟻がァッ! 取るに足らぬ虫ケラがァァッ! 朽ちて滅びこの大帝を虚仮にした大罪を絶望と共に悔いるが良いィィィッッ!』

 

 噴出する崩壊の津波が一直線に女死神へと殺到する。何も遺さず、何も赦さず、遮るこの世の凡てを朽ち崩しながら。

 

 しかし。

 

 

「──弾け、【飛梅】」

 

 

 静かな解号を最後に、闇が覆い尽くしたはずの世界が一瞬で紅に塗り潰された。理性が働く直前、咄嗟に腕で頭部を守った行為もまるで意味を成さず、凄まじい爆風を受けたバラガンは無様にも背後の玉座へと吹き飛ばされる。

 

「…強者って大変ですね、一瞬でも優位を失えば途端に小物になる」

 

『バカ…な…』

 

「その末路は決まって無様なものです。狼狽え、怯え、それを隠すために怒り狂う。まるで未知に恐怖し喚き散らす赤子のように」

 

 楚々と、雛森が座壇の下へと歩き出す。その命を奪わんと襲わせた死の息吹は、かつて自身が成してきたものと同じ塵へと消え、近付く決闘相手を煩わせる力すらない。たったの一撃で全てが逆転した戦況に、バラガンはまるで自分の何もかもが崩れていく錯覚に陥った。

 

 そしてその錯覚は、現実となる。

 

「…ではあなたの降参を終幕に、決闘を終わりましょうか」

 

 雛森が斬魄刀に触れ、力の名を紡ぐ。その瞬間、バラガンは三千年より来たりて初めて感じる規模の霊圧に囲まれた。

 

 

「──【梅焔(ばいえん)飛燐(ひともし)】」

 

 

 そして、おぞましいまでの暴力が体を襲う。

 

『ッ──ガアアアァァァッッ!!』

 

 常軌を逸した大火力。手足が散々に千切れ飛びそうになるほどの圧倒的な爆発が、バラガンの不滅の肉体を焼き尽くしていく。

 

『グウウゥアアッ小娘エェェッッ!』

 

 耐え難い激痛。生命力が抉り落とされていく感覚。されど掠れる意識のなかで大帝が叫んだのは、己を玉座から引きずり下ろした死神への怨嗟の咆哮だった。

 

『このままでは終わらんぞォ…ッ! いつの日か必ず…! お前のその傲れる目を切り抜き…肢体ごと塵にしてくれるッ!!

 

 ──雛森桃オオォォォッ!!』

 

 

 

 魔界の最奥に、太古の死神あり。

 

 司るは「老い」。死へ至る過程、人はそれを「老い」と呼ぶ。

 

 定命の者は皆老いを畏れ、抗い、されど為す術なく平伏す。残酷な定めの前に如何なる力も無へと落ちぶれる。

 

 されどあまりに強大なそれは、司る神さえも逃れることは出来ないのだ。

 

 

「──ようこそ、藍染隊長の下へ。あなたを歓迎します、バラガン・ルイゼンバーン」

 

 

 自らが司る死の恐怖に屈した一個の命。古のときより君臨してきた虚圏の大帝はこの日、藍染惣右介の陣営へと下った。

 

 

 

 





BATTLE: 雛森 桃 VS バラガン

Turn.1
雛森 桃(飛梅/hidden)
OSR Pts. Total: 65
【女強者/+5】【ラスボス一味/+20】
【ラスボスの信頼/+20】
【正々堂々/+10】
【強者の微笑Lv.2/+10】


バラガン(老い/hidden)
OSR Pts. Total: 5
【威風堂々/+20】【絶対の自信/+5】
【袋叩き/-20】

Turn.2
雛森 桃(飛梅/hidden)
OSR Pts. Total: 155
【挑発Lv.3/+30】【前座瞬殺/+20】
【挑発Lv.3/+30】【被ダメ無し/+10】

バラガン(老い/+500)
OSR Pts. Total: 515
【驚愕Lv.1/-10】
【能力解放:老い/+500】
【武器:大斧/+10】【憤怒Lv.1/+10】

Turn.3
雛森 桃(飛梅/hidden)
OSR Pts. Total: 295
【上位鬼道/+20】
【不利対応Lv.2/+20】
【カウンター挑発Lv.5/+100】
-カウンターOSR発動-

バラガン(老い/+500)
OSR Pts. Total: 395
【驚愕Lv.2/-20】【混乱Lv.3:/-30】
【挑発Lv.3/+30】【憤怒Lv.2/+20】
【大技/+20】
【被カウンターOSR/-140】

Turn.4
雛森 桃(飛梅/+75)
OSR Pts. Total: 500
【状況解説/+20】【無号始解/+10】
【能力解放:飛梅/+75】
【与ダメ小/+10】【挑発Lv.5/+50】
【能力解説/+20】【降伏勧告/+20】
【挑発Lv.5/+50】
-カウンターOSR発動-

バラガン(老い/+500)
OSR Pts. Total:  160
【驚愕Lv.5/-50】
【被カウンターOSR/-205】

Turn.5
雛森 桃(飛梅/+75)
OSR Pts. Total: 810
【解号始解/+10】【不利対応Lv.5/+50】【与ダメ中/+40】
-カウンターOSR発動-
【挑発Lv.4/+40】【大技/+20】
【与ダメ大/+100】【勝利宣言/+50】

バラガン(老い/+500)
OSR Pts. Total: -160
【狂乱Lv.5/-100】【焦燥Lv.5/-100】
【被カウンターOSR/-100】


Victor:雛森 桃(無傷)/ +970 OSRpts.

 

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