雛森「シロちゃんに『雛森ィィィィ!』と叫ばせたいだけの人生だった…」   作:ろぼと

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もうすぐアニ鰤千年血戦篇の第一話が放送されるはずなんですけど未だに現実感がない
マジで心がふわふわしてて現実感がない
どこかでヨン様の鏡花水月なんじゃないかって疑ってる自分がいる…
 


貴孔ってSS編時点でクインシー・レットシュティール使った時ブルート・アルテリエ無しのハry

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「───何だ、これ…?」

 

 

 その瞬間。見えざる帝国(ヴァンデンライヒ)の大広場で戦う黒崎一護は、険しい表情で全身を掻き抱いていた。

 彼の皮膚は焼け爛れ、激痛が戦意を苛む。それまで些細なもの以外無傷に等しかった青年が、一瞬で。

 

 そんな一護を、彼の月牙天衝(げつがてんしょう)の弾幕を受けてボロボロになったユーグラム・ハッシュヴァルトが見下ろしている。しかし異なる経緯で負傷した両者には奇妙な共通点があった。

 二人の体に浮かぶ傷が、衣類の汚れに至るまで、寸分違わず全く同じなのだ。

 

 

「……意外だな。前の侵攻で私が雛森桃(ひなもりもも)を下した瞬間を見ていたのなら、多少は警戒しているものだと思っていた」

 

 溜息交じりに「知能も二流以下か」と呟くハッシュヴァルト。癪に障ったのか黒崎一護の混乱が怒りに変じていく。

 

「私が陛下より賜った聖文字(シュリフト)は"B"──世界調和(ザ・バランス)。その神髄は、範囲世界に起きるあらゆる幸運と不運を、神の天秤にて釣り合わせる能力だ」

 

「幸運と不運を釣り合わせる…?」

 

 理解できないのか、あるいはする事を恐れているのか。いずれにせよその意味を理解した時、彼はこの戦いの不毛さに気付くだろう。

 

「猟に成功する、九死に一生を得る、戦に勝利する。そういった自らに好都合な出来事に恵まれた時、古来より人はそれを『神より賜りし"幸運"』と称してきた」

 

「……」

 

「だが、常に彼我の優劣を論じたがる我ら人間と異なり、神は如何なる者にも平等だ。賜った幸運によって傾いた秤は、必ず同量の不運を受ける事で調和される」

 

 疑念を深める一護へ、ハッシュヴァルトは淡々と先程の現象の種を明かす。

 

「お前が私を月牙(げつが)で負傷させた"幸運"は、真逆の"不幸"によって相殺される。お前の体に突如刻まれたその傷は、私の世界調和(ザ・バランス)が釣り合わせた、お前の傾く天秤を振り戻すための──対価だ」

 

「!?」

 

 一護の瞳に、ようやく得心の光が宿る。そして直後、間髪を容れずに打開策を思案し行動に移した。

 しかしそれはこの世界調和(ザ・バランス)の本質を勘違いした結果の無意味な戦法であった。

 

「……くだらない」

 

「!」

 

「能力を発動される前に勝負を決しようと言うのだろう。私へ挑んでくる敵は皆同じ手を使う」

 

 瞬歩(しゅんぽ)で背後を取ろうとする黒崎一護を待ち構え、ハッシュヴァルトは先手の一撃を振るう。相手の攻撃の隙を突いた完璧な後の先。手応えは十分にあった。

 

 だがハッシュヴァルトの自信に反し、百戦錬磨の死神代行は不利な状況を瞬時に引っ繰り返す方法を熟知していた。

 

「──くだらないかどうか、試してみるか?」

 

 

神聖滅矢(ハイリッヒ・プファイル)─    

(げつ) () (てん) (しょう)

 

 

 放つは先程と同じ技。違うのは互いの間合いがゼロに等しい事。そのたった一つの違いで黒崎一護の神聖滅矢(ハイリッヒ・プファイル)は回避不可能な殲滅攻撃となる。奇しくもそれは、先日ハッシュヴァルトの静血装(ブルート・ヴェーネ)を削ぎ落とした雛森桃の戦術と瓜二つであった。

 

 相手の先手の剣撃ごとねじ伏せんと、眩い青光がハッシュヴァルトに襲い掛かる。

 

「言った筈だ。『無意味』だと」

 

「!」

 

 だが彼は回避に一切の労を費やさず、一護の強大な霊圧をその身に受ける。

 

 そして"天秤"は傾き──

 

 

『ぐ……ッ』

 

 死神と滅却師(クインシー)。二人の戦士が同時に、膝を突いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

── * ──

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「イヤ、イヤ。これは予想外」

 

 ズン…と肌を殴るような震動が見えざる帝国(ヴァンデンライヒ)の大気を揺らす。その異変を発光スーツに埋め込まれた小型観測機器で確認しながら、(くろつち)マユリは震源地、黒崎一護とハッシュヴァルトが戦う戦場の方角へ視線を送った。

 

「ククク、古文書など所詮は未開な猿共の落書き。自らの手で実証するまで只の一データに過ぎんと軽く見ていたが……中々如何して、原始人の知見というのも馬鹿にできん」

 

 そう笑みを深めるマユリに、副官の(くろつち)ネムが小声で報告をした。

 

「マユリ様、対象の霊圧の解析が終わりました。これより仮称七十一番の生成に移ります」

 

「さっさとし給え、ウスノロ。それが済んだら予備の七十二番に取り掛かるんだ」

 

「畏まりました」

 

 思考中に水を差されて機嫌が降下するマユリだったが、彼は鷹揚に鈍い部下を許す。

 

 その理由は、男の背後で起こった大きな爆発にあった。

 

「……フム、そろそろかネ」

 

 舞い上がる砂埃を不快げに掃い、マユリはそちらの爆発の方へ振り向く。

 

 

 ──そこでは二人の女滅却師(クインシー)が、凄惨な思いをぶつけ合いながら互いと戦っていた。

 

「やだ……やだよ、ジジ……にげないでぇ……たすけてよぉ……」

 

「バンビちゃん聞こえてるの!? ねえ! 意識があるならさっさとあの発光ピエロ爆破しちゃってよ! なんでボクを狙うのさ!」

 

「むりなの、もう……あたし、ダメなの……たたかわないと……みんなをたおさないと、あたし……ぅぅッ」

 

 降り注ぐ光の雨を潜り抜け、ジゼルは必死に上空のバンビエッタへ呼び掛ける。しかし悲愴な覚悟の言葉と共に返ってくるのは凶悪な霊子爆撃。二十六の聖文字(シュリフト)の中でも最強格の破壊力を有する爆撃(ジ・エクスプロード)の力は、憎々しくも互いの普段の上下関係を示すかのように強大であった。

 

「ほんと、死神ってどいつもこいつも趣味悪いよ──ねッ!」

 

 だがジゼルも栄えある星十字騎士団(シュテルンリッター)の一員。ゾンビ化した死神の雑兵達を盾に何とか距離を詰めると同時、自ら腕の動脈を切り裂き、流れ出る血液を思いきり振り撒く。同じ滅却師(クインシー)相手には効果が薄いとはいえ死者(ザ・ゾンビ)の力の影響は皆無ではない。少なくとも今まではそうだった。

 しかし。

 

「なんで、なんで効かないの…!? こんなに浴びせたら少しは動きが鈍るハズなのにッ!」

 

「全く、馬鹿もここまで過ぎれば憐れみすら覚える」

 

 当然、マユリの研究の被験体であるバンビエッタの支配権がそう容易く奪われる訳がない。彼女の身体に何をしたと問い詰めてくるジゼルへ、男は相手の知能でも理解が及ぶよう優しく解説した。

 

「何、至極単純な仕組みだヨ。君らの同族が聖文字(シュリフト)の力に強い抗体を持つ事は既に実証済みなんでネ。ソレの魂魄には滅却師(クインシー)の霊性免疫を過剰反応させる装置が埋め込まれている」

 

「──!?」

 

滅却師(クインシー)の性質が強まれば当然、君のゾンビ化の能力はより効き辛くなる。浦原喜助(うらはらきすけ)の『侵影薬』を知る諸君にとっては意外でも何でもないアプローチではないかネ?」

 

 奴にこの研究分野で後れを取ったのは癪だが……との本音は胸の内に留め、マユリは自身の発見を披露する。

 

「サテ。君の理解が及んだところで本題に入ろう。ここからが浦原の研究を凌駕する私の結論だ」

 

 侵影薬は死神の卍解に(ホロウ)の霊圧を一時的に付与する薬物である。製作者の浦原自身は「(ホロウ)の霊圧による中毒作用」が滅却師(クインシー)から卍解を奪い返す原理であると説明していた。

 しかしマユリの実験の結果、聖文字(シュリフト)を持つ滅却師(クインシー)に対しては、(ホロウ)の霊圧が持つ毒性そのものは期待された程の絶大な効力はない事が判明した。

 

 つまりジゼル達が卍解を維持できなくなったのは、侵影薬の霊的作用により科学的に奪い返されたのではなく、彼等の滅却師(クインシー)の本能が卍解を忌むべき(ホロウ)の力だと判断し、無意識の過剰反応で自らそれを手放しただけだったのだ。

 

「となると、一体"何"が君達に(ホロウ)への耐性を与えているのか、という疑問が当然残る。そして丁度手元にあったそこの爆撃娘をドロドロに融かしてみたら面白い事が解ってネ」

 

「…ッ!」

 

「イヤハヤ。あれ程調べ尽くした滅却師(クインシー)にこんな秘密が隠されていたとは驚きだヨ。まさか周囲の霊子を奪って戦う連中の最精鋭が、魄内に巣食う、本人のものとは別の、()()()()()に搾取される端末未満の存在だったとはネ」

 

 ジゼルが顔を歪める。お気に入りの友達(オモチャ)、バンビエッタに行われた非道に対する憤りから来る反応だったが、マユリはそれを自身の研究結果に向けたものだと解釈しニヤリと破顔。

 

 そしてゆっくりと、発光スーツの腕に埋め込まれたボタンを押した。

 

「本筋から外れた研究の副産物ではあるがネ。霊界の(ことわり)を荒らす神の兵士とやらを相手にするのだ。手段は多いに越した事はないだろう?」

 

「──!? 嘘…! そ、その姿! その力はバンビちゃんの…ッ!」

 

 ジゼルの顔から血の気が抜ける。

 彼女の眼球に映るのは、二列の十二の星を引き連れた、光の翼。ジゼルにとっての圧倒的な火力の象徴であったその霊子兵装が、あってはならない人物、死神である涅マユリの背後に浮かび上がっていたのだ。

 

「『血の契儀(シュヴゥーレン)』。君達に聖文字(シュリフト)とやらを与えた"王"の血液は、私の大いなる研究の役に立ってくれたヨ」

 

 

滅却師・完聖体(クインシーフォルシュテンデッヒ) ─  

神 の 天 軍(カマエル)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

── * ──

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 心臓の鼓動が加速する。流れる血が波打っている。まるで、なにかと強く共鳴するかのように。

 

 

「───ぅあ……?」

 

 キャンディス・キャットニップはそんな身体の異常に、無理やり意識を叩き起こされた。

 黒崎一護にやられてから一体どれ程の時間が経ったのだろう。虚ろな瞳で何とか周りを見渡す女滅却師(クインシー)

 

 焼け焦げた瓦礫の山。散らばる死神の隊士と聖兵(ゾルダート)達の死体。

 そして視界の少し離れた上空で戦う、三つのシルエット。

 

 それを見た彼女は僅かな放心の後、一瞬で思考が覚醒した。

 

「ジジに──バンビ!? 何やってんのあんた達!?」

 

 戦っていたのは友人のジゼルとバンビエッタ。理解が追い付かない程激しく変化している戦況にキャンディスはひたすら混乱する。

 すると完聖体(フォルシュテンデッヒ)を使ってなお劣勢に立たされていたジゼルが彼女の素っ頓狂な声に振り向き、半べそをかきながら助けを求めてきた。

 

「ッ、キャンディちゃん! 起きたなら手ェかしてぇーッ! こいつ、ボク達の完聖体(フォルシュテンデッヒ)を……!」

 

 しかしそこに込められた感情は嫌悪と危機感。目の前のバンビエッタに怯える言葉ではない。訝しむキャンディスはそこで初めて戦場の三人目の人影を注視し、ゾワリと肌が粟立った。

 

 

「──なんだ、もう目が覚めたのかネ? 全く、女に甘いのは志波家の血筋か…」

 

 

 呆れるようにぼやくのは、全身を発光させる道化師風の男。その独特の声と雰囲気から容易に相手の正体を察する事ができた筈なのに、キャンディスは彼が以前バンビエッタを攫ったあの不気味な死神の隊長、涅マユリなのだと気付けなかった。

 

 奴の背に羽ばたく一対の光の翼。そこから感じる明確な滅却師(クインシー)の霊圧。近くの他の所有者と"共鳴"するその力こそが、キャンディスの【神の雷(ケラウノス)】を呼び起こそうと、昏睡する彼女を目覚めさせた謎の胸騒ぎの原因だったのだ。

 

「な、なんであんたが……バンビの完聖体(フォルシュテンデッヒ)を使ってんだよ…!?」

 

「ヤレヤレ、少しはその矮小な頭で考えてみたらどうかネ。この力が君らに()()()()()ものなら、その源となる存在を抽出すれば外部端末への霊能移植は不可能な話ではないのだヨ」

 

 まあ私以外の凡人共にとっては無理難題だがネ、と男が胸を張る。

 涅マユリがバンビエッタから滅却師(クインシー)の奥義を奪った方法は、聖文字(シュリフト)を与えられた時に行った【血の契儀(シュヴゥーレン)】で彼女の体内に流れ込んだ、ユーハバッハの血液を取り出す事だったのだ。

 

「魂魄に宿る霊能が、その魂魄と同一性質の霊体と適合する事は、崩玉(ほうぎょく)の純化研究の成功から明らかだ。ユーハバッハの血髄をそこの爆撃娘の複製した霊性因子へ移植する事など造作もない実験だったヨ」

 

 霊性因子に関する技術研究およびそれに基づく魂魄の複製は、かの魔王に万年単位の禁固刑が下った罪状の一つであり霊性科学のタブー中のタブーであったのだが、マユリに一切悪びれる素振りはない。それは無論、元よりここに居るキャンディス達を逃がす気も隙もない事実を示す、彼の無慈悲な遊び心。

 

「ッ、やってくれるじゃない…! 完聖体(フォルシュテンデッヒ)を……あたし達が陛下に選ばれた証を奪うなんて悪辣な意趣返しもあったもんだよ、くそったれ!」

 

「意趣返し? 何故この私が卍解を奪われた馬鹿共の下らん情動に付き合わねばならんのかネ? 言っただろう、そこな爆撃娘から抜き取ったこの【神の天軍(カマエル)】は研究の副産物の有効活用に過ぎんと」

 

 研究の副産物。意味深な言葉に眉を顰めるキャンディスを見下ろしながら、ニィ…と笑みを深めるマユリが新たな装置を取り出した。

 

「ではそろそろ私の最新の研究成果であるその小娘の、最終試行と行こうじゃァないか」

 

「ヒッ───」

 

 すると突然、待機命令に従い大人しくしていたバンビエッタが激しく反応した。

 

「いや…ッ! やだ……それだけはいやぁッ!」

 

「……バ、バンビ? お、おい! やめろ死神! ソイツに何する気だ!?」

 

 死に物狂いで「何でもするから」と懇願するその様子に恐怖を覚えたキャンディスは、慌てて【神の雷(ケラウノス)】を発動。だが状況が呑み込めない彼女は困惑が先んじ後手に回ってしまう。

 

「おねがい……あれ、いたいの…! すごく、いたくて……きえちゃうの…! あたしが……あたしが、ぁ……ッ!」

 

「喧しいヨ、小娘。被検体風情が口答えするな」

 

 縋り付いてくるバンビエッタの相手をネムに任せ、マユリが興奮気味に語り出す。

 

「古来より我々科学者は、人や霊の種族の壁を超越し、新たな位相へと己の身を昇華させる研究に取り憑かれていた。死神の(ホロウ)化や破面(アランカル)等、長い歴史の中でそれら超種族の進化原理は数多く解明されてきたが……実は数多の先人達が未だ尚成し遂げられない不可能が、一つだけ存在する」

 

「な、何を…」

 

「だが! 石田雨竜(いしだうりゅう)の身体に寄生させた監視菌から得た二年間のデータと、此度の戦争で出た無数の尊い犠牲を基に、私はその不可能を一蹴する最初の科学者となったのだヨ!」

 

 曳舟桐生(ひきふねきりお)浦原喜助(うらはらきすけ)藍染惣右介(あいぜんそうすけ)。この自分が後塵を拝す事となった忌々しい先駆者達を嘲笑い、散々勿体ぶった涅マユリは大仰にその操作端末を起動した。

 

「サア! 見せ給えヨ、試製壱号(バンビエッタ・バスターバイン)! 遥か創世の時より続く不倶戴天の因縁、霊性因子にまで深く刻まれた禁忌を踏み越え誕生した、史上初の──『(ホロウ)滅却師(クインシー)』の姿を!!」

 

 その直後、バンビエッタが絹を裂くような金切声を張り上げた。

 

「いや……いやッ……イヤァァァァァァアアアッ!!」

 

 絶叫に呼応し、どす黒い霊圧が少女の全身の手術痕から滲み出す。それらは渦巻きながら次第に宙の一点に集まり、僅かな硬直の後、彼女の胸を、矢のように貫いた。

 

 

 

─ 試製壱号 ─    

貴  孔(アルケロス)

 

 

 

 

【挿絵表示】

 

 

 

 かくしてバンビエッタの身体はだらりと脱力し、生気の失せた両目は真黒に染まる。その穿たれた胸元に開いた大きな"孔"は、心を失った悪霊──(ホロウ)の徴。

 

 キャンディスは近くのジゼルと共に、彼女の豹変を唯々唖然と見つめる事しかできなかった。

 

「何、恥じる必要は何処にもない。君達凡人が悠久の停滞を打ち壊す歴史的偉業を前に言葉を忘れるのは当然の事だヨ」

 

「あ、ぁ……バン、ビ……」

 

「もっとも所詮は試作体。流石に滅却師(クインシー)の素体のみでは拒絶反応が強過ぎて、新たに専用の血管、心臓、造血組織からなる血液循環器系を体内中に張り巡らせる必要があったがネ。全く、今に思えば(ホロウ)の仮面を剥ぐだけで誕生する破面(アランカル)など、なんと面白みのない連中か」

 

 肌を突き刺すような禍々しい気配。根源的な忌避感から強烈な吐き気を覚えるキャンディスとジゼル。

 口を手で抑える女滅却師(クインシー)達に何を勘違いしたのか、大罪人が高揚した声で二人に問い掛ける。

 

「サテ。些か不完全なそこの被検体を敢えて見せたのは、君達に私の研究の未来に可能性を見出して貰う為でネ。私としては恥を晒す覚悟で君達に歩み寄った心算なのだが、如何かネ?」

 

「何……言って……」

 

「ヤレヤレ、知能の足らん個体だネ。君達もその爆撃娘のように、科学の発展の為に進んでその身を提供し給えと言っているのだヨ」

 

 マユリの狂言に呆けるキャンディス達。だがしばしの間を置き、ようやく言葉の意味を理解した彼女達は、揃って逆上した。

 

   ─ 神の雷(ケラウノス)

     電 滅 刑(エレクトロキューション)

 

『ふっ──        

  ざけんなああァッ!!!

 

 

   ─ 神の屍(ハグフォトス)

     骸 鬼 貪 咬(ラァスル・アラグラ)

 

 

 空には雷光。地には血の池。そこから降り注ぐ眩い霊圧の稲妻が、飛び出す巨大な骨の咢が、同時にマユリへ襲い掛かる。

 しかし大技同士の直撃の爆発から、憎き死神は宙を駆けるネムに曳かれて容易く脱出。

 

『なっ!?』

 

「フム、猿の頭では理解の及ばん崇高過ぎる話だったか。仕方ない」

 

 驚愕するキャンディス達の目の前で、頭を振り落胆の意を示す外道。しかしそれも束の間、マユリの化粧に覆われた顔に凶悪な笑みが浮かぶ。

 

試製壱号(バンビエッタ・バスターバイン)、直ちにそこの滅却師(クインシー)共と交戦しろ」

 

 それが鬨の声となった。

 科学者の命令に従い、貴孔(アルケロス)と名付けられた新たな種族の少女が、ゴボゴボと血を吐きながら邪悪な霊圧を発射する。

 

『ア"ア■ア■ァア"ッッ──!!』

 

 

神聖滅矢(ハイリッヒ・プファイル)─    

()  ()

 

 

 その赤黒い光線は間違う事なき大虚(メノス)の一撃。しかしソレの狙いは定まらず、標的のキャンディス達から大きく外れて地平を薙いだ。

 

「どうした壱号、お前の眼球に埋め込んだ照準器は飾りかネ?」

 

『ア……ぎ…ぁ……』

 

「私は貴孔(オマエ)の霊圧がユーハバッハの血の所有者との戦闘でどの様に成長するのかデータを取らねばならんのだヨ。さっさと次弾を放て、グズグズするな」

 

 愚鈍な被検体を叱咤しマユリがまたしても操作端末を弄る。途端バンビエッタの身体が激しく痙攣し始めた。

 

『が……ガ、ぁ……ぁ、あ、あア"アァ■■ァァッ──!!』

 

「オオッ! 素晴らしい数値じゃないか! そうだヨ、霊子炉を最大稼働させてもっと私に貴孔(オマエ)の進化推移を見せるんだ!」

 

「や、やめろ……止めろよてめえ! バンビを玩具にすんな、クソ野郎ォッ!!」

 

「今助けるからッ!」

 

 苦しむ彼女が見るに堪えず、キャンディスとジゼルは一直線にマユリへ突撃する。

 

 果たしてその時の自分の感情が何と言う名だったのか、二人には最後まで分からなかった。

 彼女達にとってバンビエッタという人物は、傲慢で、我儘で、だけど絶対に逆らえない、非常に面倒で憎たらしい存在だ。今も彼女の短所ばかりが頭に浮かび、好意を覚える長所など皆無。間違っても友達や仲間などとは呼べない、組織内の嫌いな奴の筆頭だった。

 

 なのに。その時。その瞬間だけ。

 キャンディスとジゼルの中で、バンビエッタ・バスターバインという少女は、初めて──

 

 

 

『───ガふッ……

 

 

 

 そして。

 そんな嫌な咳を吐いた彼女の全身が、突然、真っ赤な血の花を咲かせた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

── * ──

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「────バンビ!!?」       

 

 

    「バンビちゃん!!!

 

 

 キャンディスとジゼルの悲鳴が静寂を切り裂く。続けてグシャリと粘質な落下音が木霊し、それが物言わぬ肉塊と化したバンビエッタが奏でた最後の音となった。

 

「……チッ、流石に限界か。他の滅却師(クインシー)共の霊圧で満ちた空間でも十三秒しか持たんとは…」

 

 愕然とする女滅却師(クインシー)たちの耳に不快な男の声が届く。その外道はバンビエッタだった物体をしばらく睥睨していたが、不意に感情を切り替え撤収に動き出した。

 

「マァ良い。一時とはいえ大虚(メノス)級の霊圧を発揮できたのは想定以上の成果だ。残りのデータは技局で取るとするヨ」

 

「畏まりました。試製壱号『バンビエッタ・バスターバイン』の霊髄部を回収します」

 

「運搬に邪魔な肉体は灰にしろ。どうせこれからまた新しく造り直す」

 

「はい、マユリ様」

 

 聞こえてくる単語はどれも人を実験動物以下の存在として扱うものばかり。その狂人達が動かないバンビエッタへ近付いていく。

 そこから先を許す程、キャンディスとジゼルは人として堕ちてはいなかった。

 

「ッ、ジジ! 女は任せた!」

 

「直ぐに殺してそっち加勢するからねーッ!!」

 

 バンビエッタに群がる死神達へ、二人はさせて堪るかと飛び掛かる。先に主犯のマユリと接敵したのは脚自慢のキャンディス。

 

「クソがッ! 絶対に許さねえ! てめえだけは絶ッ対に許さねえぞ!!」

 

「! 流石に速いネ……!」

 

 彼女には分からなかった。何故あんな嫌いな女の為に自分がこれほど憤っているのか。しかし戸惑いはあれど、胸に沸き上がるこの感情が今の自分の戦う原動力だという事は自覚していた。

 

「フン、滅却師(クインシー)風情が護廷の隊長相手に剣戟戦とは舐めてくれる。得意の弓矢はどうした? エ?」

 

「ッ、だったら見せてやるよ! 5GJ(ギガジュール)の大電力でテメエが灰になりやがれ!!」

 

神聖滅矢(ハイリッヒ・プファイル) ─    

ガルヴァノブラスト

 

 挑発に乗せられ距離を取ったキャンディスは瞬時に霊子の大矢を準備。しかし彼女がその大技を放つ寸前、背後から大きな霊圧が接近してきた。

 咄嗟に霊子兵装を弓から剣に戻し、迫る気配を斬り掃うキャンディス。だが舞い散る血飛沫の中、彼女はあり得ない顔を目にした。

 

「く……ッ!」

 

「なっ!? てめえは…!」

 

 襲撃者の正体は涅ネム。ジゼルがバンビエッタを助けに行くついでに殺すと言っていた女死神だ。何故この女が自由にしているのか分からず、キャンディスは後ろのサボリ魔を責めようと振り返る。

 

 

「───浴びたネ? ネムの血を」

 

 だが男の囁きが鼓膜に触れた直後、彼女の身体を恐ろしい虚脱感が襲った。

 

「あぇ……? ぅ……ぁ…?」

 

 ドサッと膝から崩れ落ちる。何だこれは。四肢どころか指も、目も、霊圧すらも動かせない。

 呆けるキャンディスは、しかし視界の端に自分と同じように倒れ伏すジゼルの姿を見つけ、一瞬で心まで凍り付いた。

 

血棲蟲(けっせいちゅう)。ネムの血液中を泳ぐ、対滅却師(クインシー)用の人造霊蟲だヨ」

 

「うそ……ジジ、まで……」

 

「その蟲共は付着と同時に皮膚の毛穴から血管へと浸透し、七十二種類の即効毒を分泌する。元は七十だったが、生憎そのゾンビ娘には能力の性質上効くものが無くてネ。ネムが新薬の配合を終えるまでこうして君達と戯れていたのだヨ」

 

 蟲、毒、血液。キャンディスは奴が何を言っているのか半分もわからない。

 ただ今の状況が途轍もなく不利である事。あれ程の再生能力を持つジゼルにさえ排除できない毒薬が含まれているのなら、自分達はここで終わりである事。それだけは彼女にも理解できた。

 

「何だネ? まるで本気でこの私から逃げられると夢想していたような顔じゃァないか」

 

「ッ…!」

 

「ああ、イヤ。確か君達は一度私の掌をすり抜けていたか。その成功体験に縋りたくなるのも無理はない」

 

 ゆっくりと、男が地べたのキャンディス達へ歩み寄る。

 

「前回はあの五番隊の男に余計な情報を渡さん為、例の"影"の中へ逃げる君らを深追いするのは諦めた。そして改めて言おう。二度目はない」

 

 

()(むし)──    

(あし) (そぎ) () (ぞう)

 

 

 黒化粧の死神が、金色の赤子を象った三又の斬魄刀を掲げる。刀身に漂う紫色の毒香はきっと碌でもないものだろう。

 

「安心し給え。あの死神代行ほどではないが、私も女性には紳士的だと評判なのだヨ。一切の苦痛なく、安全重視の特別設備で、そこの壱号と同じ"貴孔(アルケロス)"化の手術を行うと約束しよう」

 

「ゃ……や、めろ……ッ」

 

 想像する事すら恐ろしい未来が足音を立てて近づいてくる。瞼も麻痺したこの身体では、それから目を逸らす事すら許されない。

 

「もっとも私はこう見えて血の代わりに慈愛と礼節が血管を流れている男でネ。無知蒙昧な諸君にも、全人類の悲願たる超越種へと生まれ変われる幸運に、感謝の念が芽生えてくれると信じているヨ」

 

 そんなキャンディスを愉しげに見下ろし、マユリは彼女の未来を鎖す三支刀の切先を、その白い首筋に突き立てた───

 

 

 

 ……かに思われた、その時。

 

 

 

『────なッ……!!?』

 

 凄まじい震動が大気中の霊子を揺らす。それは絶望の、緊張の極限にあったキャンディスすら一瞬で注意を奪われる程の強烈な寒気となって、場の全員の背筋を奔り抜けた。

 

「……何だ、これは……!?」

 

 真っ先にその疑問を唱えたのは、気配の元である遠くの方角を凝視したまま固まる涅マユリ。だが未だ混乱が頭を占めるキャンディス達とは異なり、彼の優れた脳髄と手元の観測機器は今し方の現象の正体を確と把握していた。

 

 マユリが驚愕したのは、把握したその現象が、霊性科学的知見においてあまりに信じ難いものであったからだ。

 

「莫迦な、あり得ん……! この私でさえ循環器系を別に埋め込む荒業に頼らざるを得なかった『不可能』を、唯の人間如きが成し遂げるなど……ッ!」

 

 寒気の正体であるその霊圧は、紛れもなく、この戦争にて男の知的好奇心を支配し続けている探求対象。注ぎ続けた情熱の行方。

 

 ふと。彼の記憶中枢に、二年前にあの黒腔(ガルガンタ)の制御門で受けた忌々しい屈辱の一幕が蘇る。

 

「アァ、そうだ……思い出したヨ…! 貴様には返してやらねばならん、虚圏(ウェコムンド)での大きな『借り』があったんだったな…!」

 

 戦局が大きく動いた遠くの戦場を、剥き出しの憎悪で睨む稀代の天才、涅マユリ。

 その男の顔は、己を二度も虚仮にしてきた()の"英雄"へ向ける、獰猛な笑みで歪んでいた。

 

「面白い……面白いじゃァないか……! 相も変わらず、君は本当に私を飽きさせない男だヨ…!」

 

 

 

───黒崎一護……! 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

── * ──

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 霊圧の暴風が大広場を抉り、幾十もの建物が地響きを立てて倒壊する。見えざる帝国(ヴァンデンライヒ)における最も苛烈な戦場は、斯様な大災害を最後に、嘘のように静まり返っていた。

 

 

「───ぐ……ッ」

 

 パラパラと瓦礫の破片が落ちる微細な物音に紛れて、黒崎一護の苦痛を噛み殺す声が微かに響く。身体は血に塗れ、とても自慢の月牙天衝(げつがてんしょう)でこの恐ろしい光景を作った強者とは思えない。

 

 彼にその屈辱を強いたのは、敵が誇る無敵の霊能【世界調和(ザ・バランス)】の力。

 それを操るハッシュヴァルトは先程の月牙の傷から一早く立ち直っていた。

 

 

「……理解したか? 黒崎一護」

 

 乱れた息を整えた青年は、意識の外からの奇襲で彼の無敵の力を攻略しようとした哀れな死神へ、その絶望の真実を諭す。

 

「我々星十字騎士団(シュテルンリッター)が持つ聖文字(シュリフト)は、ユーハバッハ陛下より賜った力だ。陛下が我等を必要として下さる限り、私の意識の有無如きでこの能力が封じられる事はない」

 

 平然と佇むハッシュヴァルトに対し、同じダメージを転写された一護は地面に膝を突いたまま。

 無理もない。操る能力の性質と、影の領域(シャッテンベライヒ)の神人として生きた千年の時間により、ハッシュヴァルトの耐久力は同胞の中でも群を抜いている。如何に天賦の才を与えられた英雄とて並ぶ事は難しいだろう。

 

 …さりとて。

 たとえ相手が立つ事もままならない状態であろうと、ハッシュヴァルトは油断するほど迂闊でも素人でもなかった。しかし彼が黒崎一護に近付こうと一歩を踏み出した時、それは起きた。

 

 

「───上がお留守だぜ」

 

「……!!」

 

 はたと見上げた先に、巨大な弧を描いた霊子の弓が浮かんでいた。

 その弓に番えられていたのは、一護の双剣の斬魄刀の片方。先程放った月牙天衝の裏に隠して頭上の死角へ投擲したのだろう。随分と器用な真似をする。

 

 そう。気付かぬうちに、ハッシュヴァルトは空からこちらを狙い定める一護の大技の射程範囲に踏み込んでいたのだ。

 

「【大聖弓(ザンクト・ボーゲン)】……! 神聖滅矢(ハイリッヒ・プファイル)等とは比較する事すら烏滸がましい、滅却師(クインシー)の正真正銘の奥義……!」

 

「へぇ、そういう名前なのか。ユーハバッハの見様見真似だったから助かるぜ」

 

「この短期間でそんな技まで扱えるようになるとは、やはり陛下がお目にかけるだけのものは持っているか…」

 

 一護の無知にも皮肉にも心動じず、ただ彼を見出した王への敬意のみを口にするハッシュヴァルト。しかし青年は即座に警戒を強め、言葉を重ねた。

 

「だが、黒崎一護。お前も既に解っている筈だ。意表を突こうが霊圧の塊を叩きつけようが、私の世界調和(ザ・バランス)はお前が得る全ての幸運を、同等の不運で調和する」

 

 大聖弓(ザンクト・ボーゲン)は周囲の霊子を吸収する滅却師(クインシー)の基本能力を身体から離れた空中に展開し、術者の霊子弓とは異なる新たな火点を設置する技だ。展開された霊子兵装自体が破壊されるまで無限に攻性霊圧を生成し続け、陽動、牽制、決定打とあらゆる戦術局面で活用できる。その性能は奥義の名に相応しい。

 

 しかし如何な奥義とて、単純な霊圧任せの攻撃手段である限り、ハッシュヴァルトに与えた傷は必ず自分自身へと還ってくる。

 

 それを知って尚、類似する攻撃を再三繰り出す理由は何か。黒崎一護の情報(ダーテン)から予測できる様々な可能性を念頭に、ハッシュヴァルトは無防備に、されど一切の慢心なく、上空の大技の本質を見極めようとする。

 

 

「……ああ──三度目だ

 

「!!」

 

 だがハッシュヴァルトの澄ました顔は、一護を中心に渦巻く白いナニカを見た瞬間、驚愕一色に塗り潰された。

 

これでようやく……()()()の力を引き出せる!!

 

 

 

 

 

神聖滅矢(ハイリッヒ・プファイル)─    

()  ()

 

 

 

 

 

 その降り注ぐ漆黒の霊圧から逃れる術はハッシュヴァルトにはなかった。技の本質を見極める等という傲慢の代償は重く、青年は体中に走る激痛に相乗した、魂が蝕まれるおぞましい感覚に崩れ落ちる。

 

「ッ、莫迦な……虚閃(セロ)、だと……!?」

 

 常識ではあり得ない現象に動揺するハッシュヴァルト。

 それは滅却師(クインシー)の天敵たる種族の、それも奴等の霊圧因子が最も濃密な大虚(メノス)の力。神聖滅矢(ハイリッヒ・プファイル)を用いて発動するなど霊的に不可能な技であったからだ。

 

 

『───笑顔はどうした、ハッシュヴァルト』

 

 

 不意に名を呼ばれた青年は、目にした相手の姿に絶句する。

 

『あんたが見たがってた「想像の枠を超えた力」だぞ。もう少し嬉しそうにしたらどうだ?』

 

「貴様……それは……!」

 

 挑発の言葉を寄越す黒崎一護の顔には、頭頂から左の目元にかけて真っ白な物体がへばり付いていた。情報(ダーテン)にあった、彼の母親に寄生した双角の改造大虚と同じ──(ホロウ)の仮面の断片が。

 

『浦原さんに聞いた。お前ら滅却師(クインシー)が感情とか因縁とかじゃなくて、種族的に(ホロウ)を苦手にしてるって事を』

 

 一護が語る。その内容はこれまで単調な攻撃ばかりを繰り出してきた愚者の印象を大きく改めさせる、戦巧者らしいもの。

 

 何故滅却師(クインシー)は、死神のように(ホロウ)を"浄化"するのではなく、存在自体を"消滅"させようとするのか。浦原喜助がその疑問から導き出した彼等の性質を聞いた一護は、此度の戦いに備えて先程の戦法を組み立てていた。

 そして、引き出したその力の一撃がハッシュヴァルトに刻んだ大きな傷は、苦戦する一護の希望の標だった。

 

 何故ならその傷だけが、これまで【世界調和(ザ・バランス)】で釣り合わされていた幸不幸の調和を崩し、一護の身体に現れなかったのだ。

 

『何しかめっ面してんだよ。あんたの能力が効かなくなっただけで、普通は斬った斬られたの話は相手の方が強かったで終わる事じゃねーか』

 

「……顔を顰めもする。陛下に才を見出された男が、あろう事か自らに巣食う悍ましい悪霊の力で誇るべき滅却師(クインシー)の力を穢したのだからな……!」

 

 鋭利な瞳を嫌悪の色で染めるハッシュヴァルト。一護は彼の言葉に眉を顰め、思う事から少しだけ自分の力の秘密を明かした。

 

 それは彼が新たな斬月(ざんげつ)を手にするまで正しく意識した事のなかった事であったが、片鱗は既に二年前の藍染惣右介との決戦で現れていた。あの魔王を歓喜させた一護の急激な成長の本質は、そんな死中に活を求める状況に瀕して初めて引き出す事が許された、黒崎一護の唯一無二の力があるべき形に回帰した結果だったのだ。

 

『元々俺の斬魄刀の世界には斬月(ざんげつ)のオッサンと内なる(ホロウ)の二人が居た。俺が体も考えも未熟だっただけで、あいつ等は初めから自分達を「二人で一つ」だって言ってたんだ』

 

「莫迦な……」

 

『まあ、つってもまだ全然使いこなせちゃいねえんだけどな。斬月(ざんげつ)の刀身に俺とあんたの滅却師(クインシー)の霊圧を山ほど叩き込んで、中の二人の力の均衡を崩して、そうしてやっと「誘い出せる」力だ。偉そうな事を言うにはまだ早ェ』

 

 謙遜に見合わぬ強大な霊圧が体から立ち上る。

 一護の頭に過るのは、虚圏(ウェコムンド)でこの金髪の青年に殺されかけた、ネリエルら破面(アランカル)の仲間たちの顔。

 

『"悍ましい悪霊"、か……』

 

「!」

 

『あんたは考えたことも、訊いたこともねえだろ。(ホロウ)がなんで胸に穴が開いてるかを、なんであいつ等が仮面を被ってるのかをよ』

 

 彼ら彼女らは、自分達にソレの断片を取り戻させてくれた恐ろしい魔王に。

 ソレを育む方法を教えてくれた優しき軍団長に。

 導かれる先に果てしない艱難辛苦があると知って尚付き従った、この世の迷い人。一度失った、かけがえのないソレを求め続ける、神に見放された悲劇の住人たち。

 

『構えろよ、ハッシュヴァルト。こっからだぜ』

 

 そして、彼等の想いを胸に一護が引き出した奇跡の力は、容赦なく仇敵の滅却師(クインシー)を、その帝国ごと斬り裂いた。

 

『俺はあんたのいう、その"天秤の神"ってのが何なのか知らねえし、興味もねえ。だけどもしソイツがあんたら滅却師(クインシー)の神だってんなら……』

 

「!!」

 

『──ソイツが救ってくれねえ(ホロウ)の力が、その神のルールとやらに従う理屈は()えって事だろ!!』

 

 

 

 

 

 

 

王 虚 の 閃 光(グラン・レイ・セロ) ─    

(げつ)  ()  (てん)  (しょう)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




 












 ふよふよと英霊宮殿(ヴァルアリャ)の最深部を漂いながら、飛梅たちにいぢめられたあたしは桃ちゃんラボを目指す。
 桃玉欠魂(ブランク)達の最も強い思念、つまり崩玉の最高密度の霊圧で護られたその研究室の奥では、一人の男が俯き佇んでいた。


「お疲れ様です。研究は順調ですか、東仙(とうせん)隊長?」

「────雛森か…」

 振り向いた彼、DJ東仙要(とうせんかなめ)の顔には隠しきれない疲労の色。流石に無茶振りが過ぎただろうか、申し訳ない思いから自然と首が竦むあたし。

「あの、そうご無理をなさらないでください。時間は断界(だんがい)の影響でそれなりにありますから」

「……いや、問題ない。"静止(せいし)(ぎん)"の研究は順調だ」

 小さな金属の粒が浮かぶカプセルを手の甲でノックするDJ。
 先日……と言っても時間の歪みで体感時間はもっと前だけど、あたしはこの世界の存亡をかけた戦争のせいで色々悩みがちなDJに、例のご都合主義アイテムの仕組みを解明する研究をお願いしていた。原作でユーハバッハのチート能力を一瞬だけ無力化したアレです。

「これを生成するユーハバッハの聖別(アウスヴェーレン)の霊圧だが、意外にも滅却師(クインシー)とは無関係の銀城空吾(ぎんじょうくうご)の霊圧パターンと最も類似性が高かった。あの力は恐らく完現術(フルブリング)に分類されるか、その影響を受けた能力だろう」

「うわ、そう繋がるんですか……」

「あの二人の能力には『相手の能力を奪い与える』という共通の性質がある。これでユーハバッハが霊王の切り刻まれた魂魄の断片を有している可能性は更に高まったな」

 全く、原罪の果てが因果の廻帰とは皮肉なものだ。
 そう吐き捨てるDJにあたしは気まずくなる。

 内なる虚(ホワイト)たちを造る時もそうだったけど、尸魂界(ソウルソサエティ)の成り立ちに関わる話をする時のDJは感情的で結構怖い。研究に没頭させたら彼の抱える正義と復讐のジレンマを忘れさせる事ができるかなと思ったけど、逆効果だったかも…


 しかし"静止の銀"の研究がユーハバッハの能力の解明に、それも銀城空吾の完現術(フルブリング)に行き着いたのは鰤ファンとして少し感動を覚える。

 前世の読者の間では小説や公式ファンクラブQ&Aなどの情報から様々な考察が語られてたけど、この世界では「ユーハバッハ = 霊王の滅却師(クインシー)能力を司る器」という仮説が一番正解に近いようだ。
 それが三界創成期に五大貴族によって霊王の身体から切り取られたものなのか、はたまた霊王が自ら切り離して逃がしたのかは不明だが、どちらだろうと霊王の一部であるのならそれは間違いなく完現術(フルブリング)の因子だ。つまりユーハバッハの能力は滅却師(クインシー)の力であると同時に、完現術(フルブリング)の能力でもある事になる。
 聖別(アウスヴェーレン)聖文字(シュリフト)のルビ名称がドイツ語なのに、それによって与えられた能力名が完現術(フルブリング)尸魂界(ソウルソサエティ)など霊王由来の固有名詞に使われる英語なのは、この能力性質の混在が理由なのかもしれない。

「つまり聖別(アウスヴェーレン)によって生成される"静止の銀"の再現には、滅却師(クインシー)だけじゃなくて完現術(フルブリング)の力も必要ということですね」

「より厳密には"銀城空吾の完現術(フルブリング)の力"だがな」

 そう言いながらDJが軽く上の宙を指さす。

「これからザエルアポロの研究所でロカに奴の能力を再現させ、お前が現地で集めてきた星十字騎士団(シュテルンリッター)の霊圧と反応させる実験を行う。結果が出たらまた最深部(ここ)へ入れてくれ」

「……あっ、そ、そうですねっ。わかりました」

 そうか、ここからはザエルアポロの協力が必要なのか。わざわざDJを英霊宮殿(ヴァルアリャ)表層にある彼の研究所まで行き来させるのめんどいし申し訳ないけど、あの変態をあたしの叫谷(からだ)の最奥に招くのはなんかヤだし…

 そんな具合に一人悩んでいると、あたしの内心を察したのかDJが話題を変えてくれた。

「ところで雛森。お前はこの"静止の銀"そのものではなく、その性質の再現を望んでいるが」

「あ、はい」

「その再現した性質を何に付与する? 浦原喜助の侵影薬(しんえいやく)のような錠剤にして接種者に一時的に能力を付与するのか?」

 DJの問いに目をぱちくりするあたし。そういえば一番大事なその事を教えていなかった。まあ別に彼に隠す程の事でもないので、あたしは普通に、何の抵抗も無く伝える。

 すると話を聞いたDJが、理不尽にもあたしに「はぁ…」と溜息をぶつけてきた。

「……お前も飽きないな」

「いやあの、あたしではなく本人の願いですからね?」

 全く。あたしはできるだけ沢山の人たちの望みを叶えようとしてるだけなのに、そんな悪い子を見るような目を向けるなんて酷いと思います。
 いやほんと、マジマジ。





 ……さて。桃玉達の方から大変な興奮と感動が伝わってくるし、そろそろ戻るとしよう。

 あいつ等と共有した視界に映るのは、ハッシュヴァルトに強烈な一撃を喰らわせ、立ち込める砂塵の中を睨む我等が主人公チャン一。原作でユーハバッハにも大きなダメージを与えた月牙天衝(げつがてんしょう)王虚の閃光(グラン・レイ・セロ)の融合技だ。流石のポテトも相当堪えただろう。

 ただ残念ながら一護は一つ勘違いをしている。
 もし聖文字(シュリフト)の力が(ホロウ)の霊圧でしか無効化できないのなら、本誌の零番隊があのNTBの権化たる親衛隊(シュッツシュタッフェル)を一度倒せた説明が付かない。滅却師(クインシー)(ホロウ)の霊圧を苦手としているのは確かに事実だけど、ユーハバッハの魂魄の断片である聖文字(シュリフト)の力を本当の意味で凌駕できるものは、実は一つだけなのだ。


「……やっぱり」

 あたしはチャン一の大技を耐えきり立ち上がったハッシュヴァルトの姿を共有視界で確認し、小さく微笑む。
 そして、研究室の更に奥へ目を向けた。

 そこに居るのは、さっきから延命装置の水晶の中で固唾を呑んで一護の戦いを見守っている、あたしそっくりな少女。


「言ったでしょう? あたし達のヒーローは、まだあなたの力を必要としているみたいですよ」






──『仮面のあたし』さん?











 

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