雛森「シロちゃんに『雛森ィィィィ!』と叫ばせたいだけの人生だった…」   作:ろぼと

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おまたせしました
アニ鰤のチャン一が活躍する場面が原作上ほぼ終わったので拙作の主役も移行します(涙

 


聖別ってSS編時点でクインシー・レットシュティール使った時ブルート・アルテリエ無しのハry

 

 

 

 

 

 

 

 その赤子は目も見えず、耳も聞こえず、口もきけず、動く事さえできなかった。

 

 生き延びる術を何一つ持っていなかったが、赤子の胸に恐怖はなかった。

 泣き声を上げなかったのは喉が使えなかったからだが、使えていたとしても泣き声を上げる事はなかっただろう。

 

 赤子は知っていた。自分が生きる術を持たなくとも、生き延びられる事を。

 

 

 周囲の人間達は赤子の事を宝物のように愛した。赤子に触れると、触れた者の欠けているものが、少しずつ回復していったからだ。

 

 肺を病む者の肺は癒え、寂しき者の心は満たされ、臆病な者には勇気が湧き、かたわの者でさえ失った四肢を取り戻した。

 

 人々はそれを奇跡と呼び、そして奇跡を得た者の魂が、死と共に赤子の許へ飛んでいく様を見て、人々はそれを「神の御許へ還る幸福」───

 

 

 

聖別(アウスヴェーレン)』と称したのだ

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

── * ──

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 見えざる帝国(ヴァンデンライヒ)における最も激しい戦闘が終わりを告げた。

 美しかった都市の街並みは、今や辺りに転がる煉瓦や石材の破片に微かな名残が見える程度。

 その中心の大地を裂く底無しの谷の淵に、二人の青年が居た。

 

 一人が地面に伏し、佇むもう一人が相手を見下ろす。それが両雄の決闘の幕切れであった。

 

 

「…………」

 

 佇む片割れ──黒崎一護は倒れた自らの敵を無言で見つめていた。彼の顔に勝者の笑みはなく、ただ晴れぬ心の内のみを表に覗かせる。

 

 ユーグラム・ハッシュヴァルト。一護が戦った名だたる敵の中でも三指に入る超越者。しかしその激戦の結末は、相手の自滅に等しい不本意な終わりであった。

 

 

 一護の新たな卍解は確かに相手を圧倒していた。しかしその一撃を振り下ろした時、ハッシュヴァルトの身を守るものは何もなかった。

 

 ハッシュヴァルトはあの時、全身全霊を投じて構えた防御の手段であるあの「純白の盾」を、直前で手放したのだ。

 

「……なんで……」

 

 ぽつりと零れる独り言。不可解で、屈辱的で、だけど何かとても大きな思いを感じる、敵の咄嗟の愚行。

 不本意に唇を噛み締める一護は、さりとて敵の本心に漠然と気が付いていた。

 

 

 ──あたし達の力はね、"愛"の能力なの!

 

 それは少し前の事。数奇な出会いで交友を深めた毒ヶ峰(どくがみね)リルカという少女が自身の霊能についてそう説明していた。

 

 愛着。惚れ込み。因縁。何かしらの強い感情を基にして、"物"の魂を使役する能力。先程の浦原喜助の言葉で疑念を確信に変えた一護は、この滅却師(クインシー)の青年がかつての自分達と同じその力──完現術(フルブリング)の才を持つ人物であると認めるに至った。

 

 そんな彼が見せた、己の命よりあの盾の無事を優先するかのような行動には、一体どんな思いが込められていたのだろうか。そしてそういった心の動きを戦いの中で感じ取り、その本質を察する事において、一護は天賦の才を秘めていた。

 

 

「………悪ィ、麒麟寺(きりんじ)さん」

 

 死覇装に縫い込まれた"王鍵"は奪われてしまったが、戦いの傷を癒す霊王宮の超霊術は失われていない。一護は製作者に軽く謝り、腕に巻き付くその黒い帯をハッシュヴァルトの側で解く。帯はひとりでに短く千切れ、彼の肩から胸に走る致命的な大傷に張り付いた。

 

 これ以上の長居はできない。ハッシュヴァルトの霊圧が安定し始めたのを感じた優しき英雄は、絆を取り戻す戦いに身を投じる友たちの許へと急ぐのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

── * ──

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……来たのか、二人共」

 

 感情の無い平坦な声。昇降の霊術光が照らすその塔の屋上で、井上織姫は仲間の茶渡泰虎と共に、声の主の青年──石田雨竜と対峙していた。

 

「黒崎にも言ったけど、生憎と僕は君達の許へ戻る気はない。帰ってくれ」

 

 それはこれまでの友情を感じさせない冷やかな言葉だったが、織姫は身動ぎ一つせずに彼を見つめ続ける。隣の茶渡も覚悟の程は彼女と変わらず、梃子でも動きそうにない二人を見て、石田が溜息を吐いた。

 

「……と言っても無駄なのは分かってるよ。君達はたとえ僕と戦う事になっても、その身が動けなくなるまで諦めてくれないって事もね」

 

 白衣の青年の右手に霊子の弓が現れ、向かい合う三者の間の空気が張り詰める。だが完現術師(フルブリンガー)の秘密結社『XCUTION』に仕組まれて仲間同士で争った記憶を微かに残す青年少女に、動揺は少ない。

 百の言葉でも届かず、一度の戦いでしか交わせぬ心がある。争い事には不向きと多くの協力者達に評される織姫さえも、これがそうなのだと魂で感じていた。

 

「説得も無意味。決闘も無意味。なら残る手段は一つ」

 

『!!』

 

 そして友と道を別ち、心を隠した石田雨竜が最初に動く。

 

「君達が指一本動かせなくなるまで、徹底的に痛めつける事にするよ」

 

 

神聖滅矢(ハイリッヒ・プファイル)

 

 

 苛烈な台詞に反し、彼が放ったのは普遍的な霊子の矢。しかし黒崎一護の新たな月牙天衝(げつがてんしょう)がそうであったように、石田のソレも今や一発一発が並の卍解の一撃に等しい規格外の技へと昇華している。それが茶渡達へ、まるで機関銃の如き連射速度で襲い掛かった。

 

 永遠に等しく思えた破壊の暴風は、実時間において十秒に満たない。その間に石田が放った霊子矢の総数は丁度、百。貫通力よりも相手の霊圧を削る事を重視した彼は、この不毛な戦いの終わりを期待し茶渡と井上の様子を確認する。

 

 しかしその期待は驚きへと変わり突き返された。

 

盾舜六花(しゅんしゅんりっか) ─    

(さん) (てん) (けっ) (しゅん)

 

 ユーハバッハの昇降術の霊光で照らされる戦場においても、確とした存在感を放つオレンジの光。以前は強敵の攻撃を防ぐまでには至らなかった彼女──井上織姫の三角盾は、石田の生まれ変わった神聖滅矢(ハイリッヒ・プファイル)の弾幕を受けて尚、傷一つついていなかった。

 

「……驚いたな。井上さんがあの虚霊坤(ロスヴァリエス)に招かれて修行をしていたのはハッシュヴァルトから聞いてたけど、まさかそこまで技を磨いていたなんて」

 

 石田の中には、織姫が未だ誰にも語らないその秘密を暴く事に少なくない罪悪感があった。それは彼なりの非紳士的言動、仲間意識の拒絶であったが、チラリと窺った少女の真剣な顔に動揺の色は見えない。

 

虚霊坤(ロスヴァリエス)の名前を出しても動じない、か……強くなったのは目に見える"力"だけじゃないと考えた方が良さそうだ」

 

 そう呟くと、ようやく織姫が口を開いた。

 

「よかった。あたし達とちゃんと向き合ってくれるんだね」

 

「……え?」

 

 だが予想外に前向きな彼女の発言に石田は困惑する。そして直後、彼は織姫の真意を知る。

 

「石田くんは、もうあたし達との戦いで油断しない。だったらあたしも、これであなたと」

 

 

──本気で戦える  

 

 

 変化は突然。ふわりと妙な浮遊感を覚えた石田は、咄嗟に足下を見、そこで起きていた現象に驚愕する。

 

「なっ、床が……!」

 

 パチパチと不気味な光粒が瞬き、彼が立つ塔の屋上が崩れていく。慌てて飛廉脚(ひれんきゃく)で霊子の足場を構築したが、織姫にとってその一瞬は十分すぎる攻撃の隙だった。

 髪留めが輝き、小さな流星となって射出される。

 

「お願い、椿鬼(つばき)くん」

 

盾舜六花(しゅんしゅんりっか) ─    

() (てん) (ざん) (しゅん)

 

 それは仲間の誰もが知る優しき少女のほぼ唯一の攻撃手段。石田は彼女の技の威力が今の自分に到底及ぶものではないと認識していたが、警戒を高め回避を試みた。

 その判断が正解であったと、石田は織姫の技に掠った自分の外套の末路を見て理解する。

 

「……何だこれは……!?」

 

 思わず零れる驚愕の声。少女の弧天斬盾(こてんざんしゅん)は彼の衣類を切り裂くだけでなく、裂いた切り目から外套全てを、パラパラと霊子の粒に分解し始めたのだ。

 

 だが慄く石田は更なる脅威に晒される。

 

「余所見はダメだよ、石田君。あなたの相手は……あたし一人じゃない」

 

 織姫がそう告げた直後、青年の背後に新たな気配が現れた。

 

「なっ…」

 

 そこに居たのは、いつの間にか後ろに回り込んでいた茶渡泰虎。彼の足元には、屋上の床を崩壊させた織姫の謎の術と同じ光の粒が瞬いている。

 それを見た石田は立て続けの混乱にも惑わされずその正体に気付く。これは最近の現世での戦いで僕を斬った、あの"月島"って奴が使っていた瞬歩(しゅんぽ)とも響転(ソニード)とも異なる独自の歩法術──

 

「……油断は侮辱だ、石田」

 

 

巨人の右腕(ブラソ・デレチャ・デ・ヒガンテ) ─    

巨 星 の 一 撃(エル・ディレクト・アマーブロ)

 

 

 間一髪、石田は襲いかかる巨大な拳を弓の弧で受け流す。帯びる膨大な霊圧が尾を引き、巻き込まれた大気が大爆発を起こした。

 

「ぐ……ッ!」

 

 織姫に体勢を崩された直後の視界不良に、広範囲の衝撃波。飽和する情報量が遂に処理限界を超え、石田は爆風に吹き飛ばされながら前後不覚に陥る。

 

 そこに届く、若い少女の、決意に満ちた宣言。

 

 

「───あたし達は二年前に朽木さんを助けるために集まってから、黒崎くんに迷惑かけてばっかりだった」

 

 仲間なのに護られてばかりの、足手まとい。

 

「敵と戦いになった時、黒崎くんに本当の意味で頼りにされてたのは、多分、石田くんだけ」

 

 一度力を失った者同士で通じるものがあったのか、実際に背中を預けられる強者としてか。二人の間には織姫自身や茶渡とは違う、より深い仲間意識があるように見えた。

 

「あたしも茶渡くんも、それがすごく悔しかった」

 

 そんな二人から疎外される弱い自分達だけが、結局、あの月島秀九郎の能力の影響を受けて一護と敵対した。

 

「悔しくて、悔しくて……」

 

 己の力を磨き、その本質を探究した。

 己の心を見つめ、弱さに抗う術を模索した。

 

 そして。

 

「やっと、ここまで来れた」

 

「!! しまっ───」

 

 石田の乱れる視界の端で、五人の小さな妖精達の姿が映る。頭上で旋回する彼等は美しい五芒星を描き、攻勢霊圧の矛先を彼へ向けていた。

 

「私達はもう、誰一人として」

 

足手纏いじゃ無い

 

 

盾舜六花(しゅんしゅんりっか) ─    

() (てん) (せん) (しゅん)

 

 

 降り注ぐ巨大な光の波動。想像を絶する覚悟を秘めた少女の一撃は、思いは、超越者の領域へ足を踏み入れる石田雨竜へ、確かに届いていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

── * ──

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「…………引き裂かれた聖片が集いつつある」

 

 霊王宮の門前。表参道に張り巡らされた『(いのち)()』によって周囲の霊子が悉く喰われる中、ユーハバッハは尸魂界(ソウル・ソサエティ)の各地に現れ始めた者達の気配を、霊圧ではなく魂で感じ取っていた。

 

 黒崎一護を追って尸魂界へやってきた者。現世で浦原喜助に要請されてきた者。魂葬(こんそう)され流魂街へ送られた者。必然偶然問わず、彼等は皆自身の意思に従いこの戦に身を投じている。しかし遥か天空より俯瞰すれば、それはまるで一つの大いなる意思によって引き寄せられているかのように見えてならない。

 

 そして己もまた、かの大いなる意思の一部に過ぎぬ、未だ矮小な堕し子。ユーハバッハはその事実を屈辱と共に噛み締め、悲願を果たす決意を新たにする。

 

 もう直ぐ、我が忌むべき因果の根を絶やす事が叶う。

 そう来たる未知の世を夢想するように。

 

 

「───さて」

 

 目を瞑り沈潜していた祖王が、ゆっくりと瞼を開ける。

 

「勇敢な仇敵を称賛しよう、零番隊(ぜろばんたい)諸君。宣戦布告からの火急な備えと努力は実を結び、お前達は見事──我が精鋭"親衛隊(シュッツシュタッフェル)"を倒すに至ったのだ」

 

 その視界に映り込むのは、佇む四人の死神と、倒れ伏す四人の滅却師(クインシー)。激突した彼等の勝敗は、しかし両陣営の頂上決戦の魁らしからぬ一瞬で決していた。

 

「……負け惜しみにしては悪辣じゃな、ユーハバッハ。近衛の本懐を遂げた臣等を前に吐いてよい言葉ではないぞ」

 

 修多羅千手丸(しゅたらせんじゅまる)。衣類を処刑具同然の凶器へ作り変え親衛隊(シュッツシュタッフェル)を翻弄した妙齢の女が吐き捨てる。その言葉に同意するように左右の死神達も口を開いた。

 

「あたしの『(いのち)()』は周囲の霊子を根こそぎ吸収し自身の生命力に還元する。周囲の霊子を奪って戦うあんた達滅却師(クインシー)にとって、ここは完全な死地だよ」

 

「ユーハバッハ。て()ェ、それを見抜いてて部下共を俺らの懐に突っ込ませたな?」

 

 曳舟桐生(ひきふねきりお)麒麟寺天示郎(きりんじてんじろう)。特に後者の強面の男は治癒を司る回道の巨匠であり、かつて若かりし山本重國の被害を鑑みぬ苛烈な指揮戦術に反発していた彼は、当然ユーハバッハの悪辣さにも憤りを覚えていた。

 

 

 祖王の最精鋭親衛隊(シュッツシュタッフェル)は名ばかりの虚仮脅しでは断じてなく、事実死神達の知るこの千年で最も強大な敵であった。

 尋常ならざる膂力を有したジェラルド・ヴァルキリー。万物を射貫く狙撃手リジェ・バロ。周囲の存在を意のままに動かし自壊させるペルニダ・パルンカジャス。

 彼等が秘める力の深淵の深さを一目で察知した死神達は、問答無用の短期決戦を試みた。それは対滅却師(クインシー)戦において確実な戦果を望める手段のみを用いて行われ、その他の奥義──例えば卍解のような膨大な霊圧に頼った技──は逆に霊子を力とする相手の利となる事から使用は禁じられた。

 

 そんな優位を保持した戦場にあっても、勝敗は紙一重。

 

 ──「致死量の操作」なんて言われても良くわかんねえだろ?

 

 ──けど結果だけで言うならそう難しい話じゃねえ

 

 ──この能力の影響を受けたアンタ等は、体中の"血"が、()()になっちまったのさ

 

 そう語った親衛隊(シュッツシュタッフェル)最後の一人、アスキン・ナックルヴァールが持つ常軌を逸した能力によって、死神達は一瞬で壊滅してしまう。

 

 そんな劣勢に置かれて尚。零番隊が辛うじて勝利を掴めたのは、アスキンが自身の能力を使用した対象が死神達の「血液」であった事。それに対し味方の天示郎が「全身の血液を入れ替える」という最適な治療術を有していた事。

 そして。

 

「"失敗作"と呼ばれた刀が世界の危機を救う、Ne()……作り手思いのエモい子じゃないKa()、"鞘伏(さやふし)"チャン」

 

 最後に、あらゆるものを一太刀で両断する天下無双の斬魄刀が、刀鍛冶の神たる二枚屋王悦(にまいやおうえつ)の手に握られていた事だった。

 

「その刀、後で丁寧に手入れしてあげなよ? ヘソでも曲げられたら大変な事になりそうだからねぇ」

 

「『致死量の操作』か……一番弱そうな後輩っぽい奴でもこのヤバさとは、やっぱ何もさせずに倒すのが正解だったみてェだな」

 

 口々に述べる通り、死神達は気付いている。敵の瞬殺というあっけない幕切れは両者の力量を表す結果ではない。入念な準備と数々の幸運、そしてユーハバッハの愚策に救われた上で、先手必殺しか自分達が勝てる方法がなかったのだ。

 

 

「……不甲斐ない。そうは思わんか、我が親衛隊よ」

 

 そして零番隊の戦いを見届けたユーハバッハは、彼等に告げる。

 

「て()ェで無策に猪突させたクセに酷ぇ言い草じゃねえか、ユーハバッハ」

 

 静かな怒りを漲らせる天次郎ら零番隊士達を鼻で嗤う、祖なる王。彼等の感情は勘違いも甚だしい。

 

「嘆きもしよう。霊王の知見のみならず、"読書家"と手を組んでまで得た我らの情報を以てしても──栄ある零番隊がこの程度の戦いしかできんとは」

 

「何だと?」

 

 事実を挑発と誤認し苛立つ死神達。そんな愚か者共へ、ユーハバッハは絶望を見せつけんと笑みを浮かべる。

 

 ……だがその絶望は、彼ら零番隊を襲うものだけではなかった。

 

 

 

 

 

── * ──

 

 

 

 

 

「───何の真似だ、ロバート」

 

 遥か下界の見えざる帝国(ヴァンデンライヒ)にて。

 自分の戦場へ一人急行したグレミィ・トゥミューに放置され、肝心の特記戦力筆頭を奇襲する出端を挫かれたリルトット・ランパードは、不意に現れた仲間の初老男に側頭部へ拳銃を突き付けられた。

 

「……陛下が上に行ってしまわれた」

 

「ンなこと見りゃわかる、退()け。こちとら協調性の無えバカの手綱を掴み直すのに忙しいんだ」

 

 星十字騎士団(シュテルンリッター)"N"、ロバート・アキュトロン。古参で年長者らしい冷静な男だが、その瞳にらしくない狂気があるのをリルトットは見逃さなかった。

 

「……私には何も、お命じになって下さらなかった……」

 

「あ? 命令なら戦争前に受けてるじゃねーか」

 

「……そうか……貴女も、選ばれなかったのか……」

 

「はぁ?」

 

 黒崎一護にボコられて頭でも打ったのか、ロバートの意味不明な独り言にリルトットは怒りより困惑が先んじる。

 だが老紳士の狂乱は彼女の知らない、自分達星十字騎士団(シュテルンリッター)の終焉を示していた。

 

「あぁ……あの時、石田宗弦(いしだそうけん)の誘いに乗っておれば……その勇気があれば……! 終わりだ……我々は、もう……!」

 

「おい……お前、さっきから何を」

 

「愚かな……! 新参の貴女は知らんのだ……陛下の恐ろしさを! 我々の───」

 

 

滅却師(クインシー)という種族の   

    逃れられぬ宿命を!!

 

 

 

 

 

── * ──

 

 

 

 

 

「───完現術師(フルブリンガー)という特異な人間の存在を確認した時の話だヨ。私は君達滅却師(クインシー)に関する種族研究の結論を根底から引っ繰り返す、とある疑念を懐いた」

 

 同時刻、霊子の乱れが終息した戦場にて。

 (くろつち)マユリは確保した女滅却師(クインシー)達を移動式の保管カプセルに詰め込みながら、朧気に意識の残る彼女らへ自身の仮説を説いていた。

 

「あの忌々しい死神代行などの例外もあるがネ。通常、非魂魄族である人間の間に『霊能の継承遺伝』という現象は起き得ないのだヨ」

 

「……くそ……放、せ……ッ」

 

「だが君達滅却師(クインシー)にだけは霊能継承(ソレ)がある。改めて見れば、その異質さは『種族独自の特性』などという言葉で思考停止してよい特異性ではない」

 

 副官の涅ネムと共同で雑事を行う彼の動きには、微かな逸りが。

 

「自らの血液に霊圧を流し発動する血装(ブルート)。ユーハバッハの血液を摂取する事で覚醒する聖文字(シュリフト)完聖体(フォルシュテンディッヒ)。両親の血統によって明確に区別される純血滅却師(エヒト・クインシー)混血滅却師(ゲミシュト・クインシー)。この戦争で君達が晒した能力やその性質を隈無く分析すれば、自ずと()()()()が見えてくる」

 

「……ッ……」

 

「そこに銀城空吾の持つ『霊力の簒奪と分配』という能力の情報が加われば、どんな馬鹿にも至れる結論が一つ完成する訳だがネ?」

 

 もうわかるだろう? と被検体の詰め込み作業を終えたマユリは女滅却師(クインシー)達へ問い掛ける。

 

「"祖王"などと名乗る輩が配下達に対しどんな権威を持っているのかと調べてみれば、ククク……石田宗弦が君達見えざる帝国(ヴァンデンライヒ)とは異なる技術体系を用い発展させた理由が良く解る」

 

「……! "石田"……だと……?」

 

 覚えのある名なのか彼女達が目を見開く。しかしマユリは二人の反応に呆れるばかり。

 

 事態が動いたのはその直後だった。

 

「ヤレヤレ、真っ先に問う質問がそれとは随分悠長じゃァないか───()()()()()()()()()()

 

「……ッ、な……!?」

 

 戦雲の曇天の奥で青い太陽の如き光が輝く。それを見上げながら、マユリは発光スーツの背中部から『試製完聖体(ベビー・バンビエッタ)』と銘打たれた胎児が浮かぶ培養器を取り出し、閉じゆく女滅却師(クインシー)の保管カプセルの中へ放り込んだ。

 

「……ほぅら、言ったろう? 滅却師(きみたち)はいずれ、感謝と共に」

 

 

私の英智に(こうべ)を垂れるとネ

 

 

 

 

 

── * ──

 

 

 

 

 

 そして事態は最悪の展開を迎える。

 

「────!?」

 

 場所は見えざる帝国(ヴァンデンライヒ)中央街に聳える高い塔を目前に捉えた、街の屋根上。黒崎一護は突如遠くの背後に墜ちた光の柱に驚き足を止める。

 そしてその背後の地から立ち上った強大な霊圧を感じ、信じられない思いで振り返った。

 

「……なん……だと……」

 

 それは茶渡たちの待つ塔へ向かう途中に起きた。去った戦場に降り注いだその光の中から、覚えのある人影が現れる。

 残してきた瀕死の滅却師(クインシー)。霊王宮で別次元の強さを得た一護と対等に戦い、何度も追い詰めた超級の強者。

 

 青白い霊圧の双翼を背に生やしたユーグラム・ハッシュヴァルトが、微かな憂いを孕んだ顔を俯かせ、傷一つない万全の姿で佇んでいた。

 

 

 

 

 

── * ──

 

 

 

 

 

 天空が、霊王宮が光に包まれる。その源は祖王の開かれた両の掌。

 途轍もない力の奔流に唖然とする零番隊士達は、斯くしてユーハバッハの神たる所以を思い知る。

 

「神の子は、二度目の目覚めを以て完全となる」

 

『────ッ、これは……!!』

 

「そして子等は共に助け合い、蘇り、前へと進む」

 

 吹き荒れる霊圧の竜巻の中で、それは起きた。

 

「さあ……時間だ、我が子等よ」

 

 

弟妹の命を糧に       

 

     ──────()()()()()()()!!!

 

 

 

 

 

── * ──

 

 

 

 

 

「がふ……ッ」

 

 不意に肩に激痛が走り、王悦は血を咳き込み膝を突く。

 

「……何Dai(ダイ)……こりゃぁ……」

 

「王悦!?」

 

 驚愕する彼の身体を射貫いたのは、倒した筈の強敵──リジェ・バロ。

 

「陛下のお力の一つだ。不要な滅却師(クインシー)の命と力を徴収し、必要な者に分け与える、『力の再分配』」

 

「……な……」

 

「奪われた者は死に、与えられた者は更なる力を得て蘇る。霊子ではなく霊力そのものの移動であるこの聖別(アウスヴェーレン)は、君達の『命の樹』とやらでは防げない」

 

 男の台詞に続くように、倒れ伏す祖王の親衛隊が一人また一人と立ち上がっていく。その背に以前は無かった純白の双翼を羽搏かせて。

 

「成程Ne()……それでさっきは通らなかった弾で、ちゃんボクの身体に穴が空いたって事Kai(カイ)……」

 

「更なる力だと? 下の連中を……ッ、仲間の命を奪って糧にするだと? そんな腐った力で戦うたァ、て()ェ等には恥ってモンがねえのか……ッ!」

 

「……驚いたよ。そちらの"神様"はあたし達の主と違って、随分無慈悲なお人なようだねえ」

 

 傷付いた王悦を庇い、天示朗と曳舟が立ち塞がる。嫌悪を隠さない二人の言葉にリジェが気を害したように目を細めた。

 

「気に食わないか、零番隊? それはまるで、霊王の選別で霊脈と融合した君達の不死性の方が高貴だと言っているように聞こえるけど」

 

 そう反論しながら、男は右手の銃器を動けぬ王悦へ向ける。

 

「それと勘違いの話なら、君達のそのくだらない価値観の他に二つある。一つ目に、僕のこの力は『更なる力』ではなく、陛下の御命令で隠していた僕本来の力」

 

「……!」

 

「そして二つ目に、君の身体を貫いたのは"弾"じゃない」

 

 言葉を区切り、リジェが銃器の引き金を引いた。それに間髪入れず天示朗と曳舟が即応、其々の得物で射線を遮り王悦を守る。

 

『────!?』

 

 しかし甲斐なく、二人の背後で刀神が崩れ落ちた。

 

「僕の力『万物貫通(イクサクシス)』に弾はない。銃口と標的の間にあるものを全て等しく貫通する」

 

「莫迦な……!」

 

「だから、壁が何枚あろうと防げはしない」

 

 愕然とする零番隊士達に絶死の銃口が突き付けられる。

 

「一列に並んで来てくれるかな。君達皆を平等に……」

 

 

一発で撃ち殺せるように

 

 

 

 

 

── * ──

 

 

 

 

 

 戦況は逆転した。

 

 ユーハバッハの精鋭は魂の再分配により更なる力を得て復活し、今度は霊王宮の東西南北を守護する神将達が苦戦を強いられる番となる。

 

「征くぞペルニダ! 死神共に、こんな小賢しい檻で陛下の歩みは止まらんと教えてやろう!」

 

「………、………!」

 

 リジェ一人に射竦められる零番隊士らを横目に、巨漢と異形の親衛隊(シュッツシュタッフェル)が周囲を覆う"命の樹"を強引に引き千切っていく。純粋な筋力、正体不明の物体操作術と二者の手段はそれぞれ異なるが、共に王悦に瞬殺された以前の彼等と力の差は一目瞭然。

 

「うむ、これで邪魔なものは全て取り掃ったな! お通り下さい、陛下!」

 

「ま、待ちやがれ…! まだ俺達が──ガッ!?」

 

「見苦しいよ、零番隊。陛下の道を遮るな」

 

 強者同士の戦いだろうと、否だからこそか。初手決殺戦術で勝利を収めた初戦のように、死神達も一度均衡が崩れれば後は脆かった。

 王悦が撃たれ、天示朗、曳舟、千手丸と順に、尸魂界(ソウル・ソサエティ)の歴史そのものと謳われた偉人達が何もできず物言わぬ肉塊へと変じていく。

 

 

 そして部下達が拓いた道を進み、ユーハバッハは大内裏の拝殿へ辿り着く。

 そこに座す、最後にして最大の壁。唯一残った零番隊士を越える為に。

 

「さて……通して貰おうか、兵主部一兵衛(ひょうすべいちべえ)

 

 名を呼ばれた壮年の死神が瞼を開く。そして。

 

 

「───全く。年を取ったとは言うても、短気な性は変わらんのう」

 

 その剃髪の男は孤軍となって尚、太々しく笑っていた。

 

「……何だと?」

 

「動かざる事山の如し。頭目たるもの、どしりと構えて周りを見んか」

 

 頭を掻きながら何かを呟く胡坐の死神。訝しむユーハバッハへ男は悪戯が成功した子供のような笑顔で、眼下の表参道を指さした。

 

「……!!」

 

 直後、祖王の眼に映る景色がゆらりと揺れる。続き、空間がまるで長い暖簾のように幾つものはためく巨大な反物に分かれ、その奥に広がる全く別の光景を露わにした。

 それはユーハバッハより、実際に一変した世界の渦中に居た親衛隊(シュッツシュタッフェル)達の方が混乱が大きかった。

 

 

 

 

 

── * ──

 

 

 

 

 

「何だこれは……? 霊王宮の風景が…」

 

「! おい、ペルニダ! アスキン! 何処へ行った!?」

 

「どういう事だ……一体何が起きている……?」

 

 先程の白木の床が続く天空の表参道から、突如、和風の街並みが囲む謎の広場へと景色が変わった。だが彼等の動揺の訳はそれだけではない。その新たな地では倒した筈の零番隊の死体も、直前まで近くにいた親衛隊の同胞達の姿も綺麗さっぱり消えていたのだ。

 

 

「───『大織以呂波(おおおりいろは)浮世掛(うきよがけ)』」

 

 慌てる一人、アスキンの耳に、死んだ筈の女の声が響く。

 

(わらわ)(はた)で宙を包み、外界から切り離す結界術じゃ。護廷隊では禁術に定められる類の鬼道じゃが、霊王宮に斯様な愚法はないのでな。許せ」

 

「……マジかよ」

 

 その女、修多羅千手丸はリジェに脳天をぶち抜かれ血だまりに沈んでいるべき敵であった。しかし目の前の彼女はどこを見ても無傷そのもの。

 

「『浮世掛(うきよがけ)』はその名の通り"憂き世"を映す浮絵の世。中で如何様な地獄が起ころうと、(はた)を裏返せば憂き世も極楽」

 

「おいおい、ここに俺達を連れてきてくださったのはあの陛下だぜ……? そんな大規模な術をあの方が見抜けなかったとは思いたくねえんだけどな」

 

「ユーハバッハが黒崎一護から奪った王鍵は(わらわ)の髪と骨で出来ておる。妾の結界に迎え入れるのに支障がある筈もなかろう?」

 

 女の言葉を聞きアスキンは冷や汗をかく。全てが最初から、霊界最高の英知が集うこの霊王宮で、周到に仕組まれていた事だったのだ。

 

「この結界は一つのように見えて、その実五つの小結界が重なり合って出来ておる。それらをそち等が(わらわ)達と戦う景色に夢中になっておる間に少しずつ離し、大内裏の東西南北に浮遊する零番離殿へと移動させた」

 

「!」

 

「今頃そちの仲間達は、ここ機鶴殿(しかくでん)とは別の離殿で戦っておろう」

 

 それが親衛隊の四人が離ればなれになった理由だった。

 だが。

 

「……解せねえな」

 

 アスキンは手品の種を知り冷静さを取り戻す。

 

「陛下にさえ気付かせず俺達四人を分断した手腕は賞賛に値するぜ。けど分断した後に続く戦術は各個撃破が鉄則だろ? あんた等まで俺達に合わせて分かれちまったら意味がねえんじゃねえのか?」

 

 呑気に術の解説で時間を譲ってくれる女死神を睨み、彼は警戒心を上辺の傲慢さで覆い隠す。

 

「それとも何か? 幻とはいえ一度は勝ったなら、現実でも一対一(サシ)で俺達に勝てるとでも思ってんのか?」

 

 ──その過信、致命的だぜ

 

 十分な猶予を得たアスキンは聖文字(シュリフト)Dの能力を発動。すると前戦と同様、千手丸が急にガクリと膝を突く。

 

 他愛ない。一瞬そんな油断が心を占めた、その時。

 

 

「……どうやら、()()()の言っていた通りみたいだねぇ。アスキン・ナックルヴァール」

 

「!!」

 

 喜悦を含んだ、聞き覚えのある別の女の声が背後から聞こえてきた。

 

「どうだい、千手丸。アタシが渡した"依り代"の使い勝手は」

 

「……即効でなくば実戦で使えぬと言った筈だぞ、曳舟(ひきふね)。もう少しマトモな代物はないのかえ?」

 

 案の定伏兵が居たかと振り返るアスキンを余所に、その女は倒れた千手丸に何かの戦術に関する是非を尋ねる。そして悪い予感は的中し、直後彼女が何事も無く立ち上がった。

 

「……やるじゃねえか。どうやって俺の能力を解除した?」

 

「"どうやって"? まさかあたしのコトを調べずに霊王宮に乗り込んで来たのかい?」

 

 その恰幅の良い女死神は憮然としながら、尊大に腕を組んだ。

 

「アタシは零番隊西方神将・曳舟桐生。選別前の役職は護廷十三隊、()()()()()()

 

「……!」

 

「技術者にケンカを売ったのが運の尽きさ。アタシと千手丸、霊界に遍く名を持つ伝説の賢者が、見せてあげる」

 

尸魂界の歴史を築いた   

    宮廷人(きゅうていびと)の超霊術をね!

 

 

 

 

 

── * ──

 

 

 

 

 

「……くだらん」

 

 その様子をユーハバッハは上空から見下ろしていた。しかし事態の急変を認めて尚、祖王の声に変化はない。

 

「貴様ら霊王の眷属如きがどうやって私の眼を欺いたのかは訊くまい。だが其奴等が幾ら生き足掻こうと無駄な事」

 

 先程の一戦で零番隊の四方神将の実力は知れた。聖別(アウスヴェーレン)で生まれ変わった今の神赦親衛隊の敵ではない。

 

「……うむ。口惜しいが、その言はおんし等の最初の侵攻を見終えた時点で解っておった」

 

 だが意外にも、それは当の零番隊も承知の上だと言う。それでも余裕の崩れない彼等の真意は一体何か。

 眉を顰めるユーハバッハは、しかし直後の敵の言葉に瞠目した。

 

「そう、霊王は仰った。わしら五人ではおんしの野望を阻止できんと」

 

「……!」

 

「だからこそ。悠久の時の間何人たりとも立ち入りを許さなかった霊王宮が、この度──初めて神域の静謐を破ったんじゃ」

 

 見下ろす視線の先。己の親衛隊が分断された四つの零番離殿に、新たな霊圧が現れる。離殿の零番隊士達に引けを取らない巨大な気配。

 

 その数は、四。

 

 

「───よもやお主とまた轡を並べ戦う日が来ようとはな、天示郎」

 

「誰が並べるかよ、すっこんでろジジイ! て()ぇに俺サマの離殿は焼かせねェ!」

 

 麒麟寺天示郎が司る麒麟殿(きりんでん)の中央広場。神赦親衛隊リジェ・バロが移動させられたその段上に、燃える闘気の老将が上る。

 

 

護廷十三隊(ごていじゅうさんたい)総隊長(そうたいちょう)

護廷開祖(ごていかいそ)

(やま)(もと)(げん)(りゅう)(さい)(しげ)(くに)

 

 

 

── * ──

 

 

 

「安心しろYo()、顰めっ面のおぼっチャン! 君の可愛い義妹は瀞霊廷(した)で大金星を挙げたそうだZe()?」

 

「───……」

 

 全ての死神の斬魄刀が打たれる刀鍛冶の聖地、鳳凰殿(ほうおうでん)。滝が干上がった巨大な窪地、二枚屋王悦の火事場で我に返ったジェラルド・ヴァルキリーは、美しい桜吹雪を纏う一人の貴公子の姿を見る。

 

 

護廷十三隊(ごていじゅうさんたい)六番隊隊長(ろくばんたいたいちょう)

桜源氏(さくらげんじ)

(くち) ()  (びゃく) ()

 

 

 

── * ──

 

 

 

「───やっとだ……」

 

 季節外れの氷雪に見舞われ、異形の滅却師(クインシー)ペルニダ・パルンカジャスは鬱陶しげに外套を揺する。彼の眼前、佇む臥豚殿(がとんでん)の大宴会場の中央に、二人の死神が居た。

 

 

護廷十三隊(ごていじゅうさんたい)十番隊隊長(じゅうばんたいたいちょう)

冽鯉(れつり)

() (つが) () (とう) () (ろう)

 

 

 一人は白髪の少年。一面の銀世界を創り出した天相従臨(てんそうじゅうりん)の力の主。

 

「どうしたの?」

 

「ッ、何でもねえ。敵を前に無駄口を叩くな」

 

 そして彼の隣。横目で見つめ合いながら、どこか感慨深くはにかむその少女を見た時。ペルニダのフードの奥に浮かぶ眼光が微かに揺らいだ。

 

「ふふっ……失礼しました、()()()()()

 

 

護廷十三隊(ごていじゅうさんたい)五番隊副隊長(ごばんたいふくたいちょう)

天梭(てんさ)

(ひな) (もり)  (もも)

 

 

 前の侵攻時、星十字騎士団最高位(シュテルンリッター・グランドマスター)ユーグラム・ハッシュヴァルトが討ち取った筈の『抹殺標的』。最も警戒すべき"魔女"の抜け殻が、生気に満ちた笑顔で膨大な霊圧を漲らせていた。

 

 

 

 

 

── * ──

 

 

 

 

 

「───成程、矢張りハッシュヴァルトの報告は正しかったな」

 

 事態を認め、ユーハバッハが初めて顔を歪める。

 

「なんじゃ、つまらん。霊王宮の戦力が増しておる事には気付いておったのか」

 

「雑兵が幾ら増えようと未来は変わらん。"読書家"の端末も雨竜(うりゅう)とハッシュヴァルトに始末させれば良い」

 

 そう。たとえ親衛隊が全滅しようとこの祖王の歩む道は一つ。倒すべき敵は一人。何故なら零番隊を死神共の最強にして無敵の部隊たらしめ、奴等の戦力の天秤を握っているのは、目の前のこの男に相違ないからだ。

 

「そうだろう? 兵主部一兵衛」

 

 ユーハバッハの声が、まやかしではない真の表参道に響き渡る。それを聞いた壮年の死神はポリポリと頭を掻く。

 

 そして短い時の空隙を置き、ゆっくりと胡坐を解いた。

 

「……やれやれ。そう何度も軽々しくわしの名を呼ぶでない」

 

 

──喉が潰れても知らんぞ  

 

 

 立ち上がった彼の澄んだ瞳は、満天の星の如く。大きな数珠を首に下げたその男は、霊王が世界を三界に別つ創世期より古の時代を見た、生ける遺物。

 

 

 

──零番隊(ぜろばんたい)太極亜神(だいごくあしん)── 

()()()和尚(おしょう)

(ひょう) () () (いち) () ()

 

 

 

 死神と滅却師(クインシー)の頭目、神と呼ばれる超越者が剣を振るう神話の大戦。その天王山は魁の戦いの終わりを待つ事無く、三界の怯震を鬨の声にし、始まった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

── * ──

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 とくん。とくん、と。満ち足りた感情を乗せた心音が身体を巡る。

 どこか希薄に感じる現実感。されど隣で高ぶる力強くも尊い霊圧は、触れれば確かな温もりを日番谷冬獅郎へ返してくれた。

 

 ──やっとだ

 

 思わず零れた彼の呟きは、その霊圧の持ち主にクスリと笑われた。しかし横を窺えば彼女の顔も愉快そのもの。そしてそれはきっと、自分も同じなのだろう。

 

 ──やっとこいつの隣に立てた

 

 いつだって自分は己の弱さに希望を裏切られてきた。隊長に昇進し、ようやく一人前の男になれたと喜んだ時も。藍染惣右介が投獄され、あの四番隊救護詰所で彼女との新たな関係が始まった時も。初めて、悲運なこいつを狙う敵を、月島秀九郎の魔の手を掃い彼女を護れたと自信を取り戻せた時も。自分はいつだって更なる試練の前に情けなく倒れ伏し、大切な宝物を失い続けた。

 だが仏の慈愛は三度までと聞くが、自分を祝福する天上の意思はこんな惨めな餓鬼をまだ見捨ててくれはしないらしい。

 

 チラリと隣の少女へ目を向ける。何年共に生きようと見飽きる事の無い、幼げな麗容。自分の秘めた想いに気付かれてから二年、最近は可憐さを残しつつも少し﨟闌けてきたように見えるのは贔屓目すぎるだろうか。

 そんな美しい彼女が真剣な表情を作りながら、抑えきれない喜色をその桃色の頬に滲ませている顔を見て、心高ぶらない男は居ない。肩を寄り添わせ隣で共に戦おうとしてくれる姿を見て、戦意漲らない男など居やしない。

 

 

 熱い息を胸から追い出し、冬獅郎は新たな強敵である寡黙な異形、ペルニダ・パルンカジャスを睨む。

 

「……滅却師(クインシー)。お前らは一つ、ミスを犯した」

 

 頭に過るのは、力を奪われ為す術なく蹴散らされた最初の侵攻での無様。

 

「お前らは確かに強え。だがその強さに慢心し、敵の俺達を殺せるときに殺さなかった」

 

 冬獅郎は氷の波濤を身に纏い、この聖地で磨き生まれ変わった自慢の霊力を解き放つ。

 

「すまねえな、今の内に謝っとくぜ」

 

「………、…………!」

 

「俺はお前らと違って敵に甘くなれねえし、勝てる戦いを取り零す事もできねえ。俺を瀞霊廷(した)で殺さなかった事を……」

 

悔いる暇もやらず   

   叩き潰してやる

 

 

 

卍解(ばんかい)

 

(だい) () (れん) (ひょう) (りん) (まる)

 

 

 

 

 そうして恋する少年は、最愛の幼馴染に己の誇りを見せつける決戦へ、勇む一歩を踏み出した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




 

なお負ける予定

 

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