雛森「シロちゃんに『雛森ィィィィ!』と叫ばせたいだけの人生だった…」   作:ろぼと

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遅れてすまぬさん
原作イベントと言う名のヨン様回



海燕ィィィィ!

 

 

 

 

「──調子はどうかな?」

 

 

 虚夜宮に設けられた東仙要の研究施設。無数の培養器が犇めく調整室で研究を手伝っていたあたしの耳に、二つの足音が届いた。

 

「藍染隊長、市丸隊長。お久しぶりです」

 

「こちらです、藍染様」

 

 DJと共に振り返り、あたしは現れたヨン様と一〇へ挨拶。この二人と虚圏で出会うのは珍しい。もっとも例の実験体がもうすぐ成長し終えるところなので、耳聡いヨン様がやってくるのも予想の範疇ではあったけれど。

 

「基礎理論は概ね(プラス)の被検体で実証が終わりました。現在は次の段階へ移行するための最終実験を準備中です」

 

「自立行動の取れない不安定な細菌型よりいっそ霊体として完成している虚をそのまま寄生させたらどうか、って案をやっと実際の改造虚で実験出来そうなんですよ」

 

「なんや。桃ちゃんが考えたん、ソレ? 相変わらずかわいい顔しておっかないわァ」

 

「う、うるさいですね。別に顔は普通ですし関係もありません…っ」

 

 ニヤニヤ笑う一〇も最近ヨン様に影響されたのかあたしで遊ぶ趣味を覚えてしまった。遺憾の意を示し赤い顔でそっぽを向く。ちなみに例の発案は細菌型の虚の研究が行き詰る東仙にチラッと原作知識さんで助言しただけで、ついでに雛森ちゃんの顔面偏差値はBLEACH世界最高峰である。

 

 

「──面白い」

 

 

 ゾクッとする重厚なイケボが調整室に木霊する。実験体が育まれている培養器を見つめていたヨン様だ。

 

「魂魄自殺を防ぐには霊子質量の小さな細菌型で浸透融合させるのが最良だと思っていたが、よもや自立する成体虚を直接魂魄と合体させようと考えるとは」

 

 ──流石だね、桃。

 

 凄く楽しそうな笑顔であたしへ振り向く鬼畜眼鏡。もうなんか全部バレてそうなんですけど、あたしはただ隊長業と虚研究業で忙殺されるDJに「霊体が義骸に入る感じで~」と超婉曲的に寄生型虚のことを仄めかしただけです。あたしがここに居るせいで原作重要イベントが潰れる、なんてこともありえるのだ。直接言わずちゃんと取り繕ったし後ろめたいことなど何もない。

 なのでしれっとすっとぼける。

 

「…えっ、あ、あたしですか!? あたしここで雑用しかしてませんけど…?」

 

「いや、お前の独り言で光明が見えることも多々ある。ただの雑用としてここの出入りを認めているワケではない。自信を持て、雛森」

 

 しかしまたしても悪意無き東仙要の称賛があたしを逃がさない! 正面には純粋な感心微笑、背後には邪悪な三日月笑顔が二つ。お前らまさかグルじゃないよね?

 だがそう容易く認めるほどあたしは往生際が良くない。天然で純粋な雛森ムーヴを喰らえ。

 

「そ、そうですか…? その、ありがとうございます…」

 

「フッ、期待しているよ」

 

 縮こまるように肩を竦めるとDJに代わってヨン様に鼻で嗤われた。おいコラ何が可笑しい。恐縮しているのは事実なので、まるで猫を被っている女性を嘲るような失礼な態度は人として取るべきではないと思います。

 

「では要、引き続き実験準備は君に任せるよ」

 

「畏まりました」

 

 虚化の研究進捗に満足したのか、あるいは満足したのはいつもの雛森弄りにか。一〇を伴い調整室を後にするヨン様。だが危機は去ったと胸を撫で下ろすあたしに、またしてもちょっかいかけて来るのがこの男。

 

「──そうだ、桃」

 

「…ッ!」

 

 二度目なのに油断した我が身、不甲斐なし。肩を震わせている一〇を一睨みしてから努めて冷静に返事する。

 

「…何ですか」

 

「君にこの計画の名を付けて欲しい」

 

 不気味に微笑み「好きなものを述べたまえ」とヨン様が催促してくる。

 ふん、どうせこれもまた何かのトラップなんだろ? 最近はぽわぽわ桃ちゃんの演技、というかあたしの出来の悪い脳みそを隠さないようにしているので、当初の得体の知れない麒麟児的な期待は薄まっているはずなんだけど…やはり原作知識が問題なのか。ヨン様は味方だし別に死ぬ気で隠したいワケじゃないが、バレるとあたしの付加価値がとんでもないことになる。

 …うん、ごめん普通に隠したいです。

 

 しかし、なるほど。原作のホワイトの件を見る限りだと無いとは思うが、もしかしたらヨン様の頭の中では既にこの改造虚の名は決まっているのかもしれない。ならば本誌の『メタスタシア』は危険だな、正解を引いてしまえばもう言い逃れは不可能だ。

 だが脈略の無い名前にするのは嫌なので、ここは知る人ぞ知るこの虚の別名でお茶を濁す。

 

 どのみちこの寄生型虚の研究は一護のホワイトに行き着くヨン様の破滅の道だ。あたしが名付け親になることでささやかな皮肉としよう。

 

「わかりました。じゃあ…」

 

 この名ならKBT〇T師匠もニッコリだよね?

 

 

 

 ────『テンタクルス』で。

 

 

 

 

 

 ***

 

 

 

 

 実験当日。

 

 紆余曲折の末やっとここまで計画を漕ぎ着けたあたしは、隣のDJ東仙共々魂が抜けたような顔をしながら画面を眺めていた。中ではメタスタシア改めテンタクルスくんが女性死神──志波都三席を操り流魂街の森を駆ける映像が映っている。原作展開は順調だ。

 もっともあたしもDJもグロッキーの方向性は異なる。前者はただの疲労、後者は虚研究者としての落胆だ。

 

「──まさかあの程度の児戯しか出来んとは…」

 

「まァまァ、東仙隊長。おもろい能力のほうは成功したんやから、そない落ち込まんといて」

 

 一〇のフォローにクソでか溜息で返すDJ。

 彼の言う成功とはすなわち死神と虚の境界の破壊である。色々改造したが、結局テンタクルスくんに出来たのは寄生と母体操作、おまけで斬魄刀の始解の消滅能力のみ。"霊体と融合する"と言えば聞こえはいいが、まあ普通に大失敗だ。これでは仮面の軍勢(ヴァイザード)のような虚化すら出来やしない。

 もっともあたしとしては失敗作のテンタくんのほうが原作イベント的に成功なので逆に安心している。

 

 問題はテンタくんではなく、肝心な彼を活躍させるための"場"を整える方だった。何せ我らがリーダーのお得意「好きにするといい」のせいでほぼ全てをあたしとDJで計画するハメになり、その都度何故これを行うのかとヤツに説明しなくてはならなかったのだ。

 あたしが。

 

「申し訳御座いません、あんな失敗作を藍染様にお見せすることに…」

 

「いいんだ、要」

 

 不甲斐なさに謝罪する彼を労うのは、五番隊の仕事をダッシュで片付けてきたウッキウキのヨン様。忙しそうにしていた新人隊長の一〇まで拉致してまるで遠足前の小学生のように目を輝かせている。ただの眼鏡の反射だけど。

 

 そんなラスボスさんが見つめる先は画面のテンタくんではない。この原作シーンを再現した──あたしの顔だ。

 

「…何ですか、さっきから」

 

「いや? 楽しみだと思ってね」

 

 …隠していたつもりなのだが、やはりヨン様は強い。あたしの無意識の意気込みを見抜いたのだろう、あれは確実にこの実験で何か大きなことが起きると悟っている。そしてそれに対するこちらの反応を観察したいのだ。

 

 何故他ではない十三番隊の隊士たちで実験するのか、とか。どうして志波家当主の副隊長を被験体に選んだのか、とか。途中「確か彼は君の知人の朽木家養女と親しかったね」とか、平然と正解を言い当ててくるのマジで勘弁してほしい。

 何とか平静を装い理屈立てて説明したものの、今思えばあれは内心必死なあたしの澄まし顔を見て愉しんでいたのだろう。ちくしょう、これで「雛森ィィィィ!」させて貰えなかったらチャン一にボコられてバラガン化する貴様を盛大に笑ってやる…!

 

 

「──始まりました」

 

「!」

 

 DJの一言であたしは怨嗟の海から浮上する。画面を見ればそこには亡き妻の無念を晴らさんと意気込む海燕殿と、そんな彼と戦うテンタクルス。そして少し離れたところにはルキアたちが…

 思わず画面を食い入るように見てしまう。これから原作有数の名シーンが始まるのだ。ほぼ全て、あたしによるお膳立てで。

 

 その事実を前に胸に沸き上がるのは大きな高揚と、まるで世界を意のままに操る神の如き全能感。

 そして、少しだけの…

 

「始解の消滅成功。隊長格にも効果が確認出来ただけ幸いか」

 

「はい…」

 

 DJの言葉にあたしは生返事。斬魄刀を失った海燕殿が詠唱破棄の【闐嵐(てんらん)】や【雷吼炮(らいこうほう)】で応戦するもテンタクルスの狡猾な戦法でジリ貧だ。勝負は既に見えている。全ては原作通り。

 

 二人の戦いは一瞬の隙に帰し、志波海燕の口の中へテンタクルスが進入。しばしの沈黙の後、残虐で下劣な虚が男の意識を乗っ取り周囲の隊士たちを蹂躙。隊長の浮竹十四郎は病の発作で行動不能。万事休す。

 

 そして志波海燕が、絶望に茫然自失と立ち尽くすルキアへ襲い掛かり──

 

 

 

 

「──後悔しているのかい?」

 

 

 

 

 はた、と隣から聞こえた重厚な男の声で我に返る。

 

 振り向いた先には、どこか試すような無機質な瞳と笑みでこちらを見つめるラスボス、藍染惣右介。初対面時の写し絵のその姿を見つめ返し、あたしはそんなヨン様の言葉の意味を反芻した。

 

 

 後悔とは、今の一連の出来事のことだろうか。

 

 ならば──笑顔で以て「違う」と言おう。

 

 あたしが感じているのは後悔ではなく、人を殺した罪悪感だ。初めての経験で、しかも特別殺意も持たず、ただそれが"正しい"ことだから行った。殺人に罪の意識を覚えど、後悔などするワケがない。

 

 原作通りに原作キャラが死に、それをあたしがお膳立てした。それは一鰤ファンとして大変名誉なことではなかろうか。原作キャラに「死んで欲しくない」と原作に抗うのも道のひとつだが、あたしがそれをしてもただの偽善で終わるだろう。

 今更善人ぶって原作の名シーンを阻止するくらいなら、あたしはもっと自由に周囲を引っ掻き回して愉悦ムーヴをしたい。

 

 

 改めてヨン様を見る。彼は一体何故こんな質問をしたのか。その試すような視線はどういう心理から来ているのか。

 

 ──私は常に私を支配しようとする者を打ち砕く為にのみ動く。

 

 そう公言するほどの超自信家にして向上心の権化。誰よりも聡明で、優秀で、強大な男。千年血戦篇で味方になったときの途轍もない安心感は未だ記憶に新しい。BLEACH世界最高のカリスマは間違いなくこの藍染惣右介だ。異論などあるはずがない。

 

 だが何故だろう、今のヨン様の目を見ていると…

 

 

 

 ──すごくゾクゾクします。

 

 

 

 思わず口角が吊り上がる。

 

 小説で明らかになった東仙との誓いを振り返るに、意外と人並みの情がある藍染惣右介。あたしの原作知識と言う名の"予測外"を知ってニッコニコで仲間に誘った男が、あたしが彼と同じ外道に堕ちたことを後悔しているのではと問いかける。

 

 まさか、そうなのか? 本当に一護が言っていた通り、彼の中には──孤独しかないのだろうか?

 

 

「──そうですね」

 

「…ほう」

 

 すまぬ、ヨン様。違ってたら謝る。

 

 だがもし本当なら。

 あたしを散々からかってくれた、このオサレマスターにそんな可愛い一面があるのなら──

 

 

 

 

「後悔…してるのかもしれませんね」

 

 

 

 

 ──こんなションボリヨン様をスルー出来る愉悦部部員なんかいませんよねぇ!?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 今にして思えば、あれはヨン様への意趣返しのつもりだったのだろう。

 

 原作通りに物事を進めたいのに、その原作キャラが非協力的。作中の重要な人物だからこそ穿った先入観と期待感が先んじ、彼の役目を押し付けられた不満。今まで積み重ねてきたことを「後悔」などという誤解で以て侮辱された不快。そして、いつも彼におもちゃにされている羞恥と屈辱。

 

 あんな軽率な演技でその場の愉悦を求めてしまうくらい、どうやらあたしは人並み以上のプライドがあったらしい。

 

 

 

 

 沈黙。

 

 凄いデジャブが脳裏を過る。徐々に冷静になったあたしは、自分の演技力の未熟さを、文字通り──後悔した。

 

 

「──桃」

 

 

 引き攣った笑みで冷や汗をかくひねくれ者の一〇と、言葉の裏が読めず眉を寄せる純粋なDJ。そして相手の顔を見て、またしても己の失態に真っ青にカタカタ震える涙目なあたし。

 

 それらの視線全てを一身に受けたその男は、映像室の設備がへしゃげるほどの霊圧を放出しながら──過去最悪の満面の笑みであたしにこう囁くのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 ──やはり(きみ)は面白いね。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 






桃「あたしは超人のあなたと違うの…目的のためでも悪いことしたら罪悪感を感じちゃう凡人なの」(チラッ

ヨ「この私相手に愉悦するとは…10000ヨン様ポインツ!」(ニチャァ

桃「ごめんなさい調子乗りましたこれ以上興味持たないでちゃんと斬って」(ガクブル

 

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