雛森「シロちゃんに『雛森ィィィィ!』と叫ばせたいだけの人生だった…」 作:ろぼと
おそ…おそ…
前話で説明不足な部分が多かったので簡単に纏めました↓
意訳:孤独な超人ヨン様を「あたし悪事を後悔する凡人ですぅ」と煽ろうとして失敗
早朝、日の出前の五番隊隊舎の自室。
「んむぅぅ…」
白む空が視界の隅に映り、あたしは浅い眠りから目を覚ます。
原作イベント再現、テンタクルス事件を起こしてから三日。あたしはテンタくんの回収や痕跡偽装、隠滅などの後始末のため方々を東仙と共に駆けずり回り、昨夜やっと隊舎の布団に入ることが出来た。
かなり心身共に無理をしたので直ぐ寝れると思ったが、忙しくて考える余裕のなかった悩みに苛まれてあまり寝付けなかった。今もまだモヤモヤは晴れず、憂鬱な気分が続いている。本当にどうしよう…
「──ッちゅん!」
寒い、寝冷えしたか。寝ぼけまなこで辺りを見渡し、ふと壁の一点で視線が止まる。
「Oh…」
思わず硬化するあたし。凄い寝相だ、どんだけ悶々と寝返りうったんだよ。
そこには肩も足も剥き出しな、はだけた襦袢姿の華奢な美少女が姿見に映っていた。全裸よりえっちな、清楚可憐な雛森ちゃんとは思えない恐ろしく倒錯的な風体にしばし唖然とするも、はたと目が冴えその場であたふた衣類を整え一息。よし、あたしは何も見なかった。
火照る胸元をぱたぱた扇ぎ、井戸で汲んだ水で顔を洗う。そろそろ着慣れた死覇装に袖を通し、蟹さんに教わった軽いお化粧を終え、髪をお団子シニヨンに整えたらいつものあたしが完成だ。
総員起こしまで余裕が出来てしまったのでぼんやりと布団の上に座り込む。斬魄刀に呼びかけてみても飛梅ちゃんはまだお寝んね中らしい。最近つれないのは倦怠期の主婦ですか。
全く、こうも手持無沙汰だと色々と嫌なことが頭に浮かんで困る。酷い目覚めだ。
最近、少し思う所がある。切実な問題だ。
「──あたしヨン様に斬って貰えるの?」
布団の上で呆けた声を宙に散らす。
そう、今まで目を背けて来た現実と向き合うときが来てしまったのだ。
改めて整理しよう。あたしの目的はシロちゃんの「雛森ィィィィ!」で愉悦に浸ることである。
現在あたしは霊圧や鬼道、斬魄刀を始めとしたオサレ戦闘力を磨き、雛森ムーヴを頑張り、悪の道を絶賛邁進中だ。確かにどれも楽しいが、その全てはあくまで目的のための手段でしかない。
そして無数の曇らせ
さて、一見完璧に見えそう(見えるとは言ってない)なこの作戦には一つ大きな穴がある。それは「ヨン様にシロちゃんの前で斬って貰えるかわからない」というものだ。
肝心のシーンが最大の穴とかガバガバすぎてお話にならないが、今現在あたしもその程を身を以て痛感している。
(だってそもそもヨン様があたしを斬る理由がないよね…)
思い返せば最初からそうだった。黒棺に失敗し焦って原作知識でOSR値を稼いだはいいが、ヨン様の直感と頭脳を見誤り、たった一度の会話でこの世界におけるあたしの超常性を見抜かれてしまった。雛森桃観察の趣味で遊んでこちらの反応を愉しんでいるのが何よりの証拠。
おそらくあれの真の目的はあたしの原作知識がどの程度の情報を反映しているのか、そしてあたしがどれほど真剣にソレを隠そうとするのかを調べることなのだろう。
言い換えればあたしがどれだけこの世界から外れた超次元的な存在か量っている、ということだ。
はたしてあのラスボス藍染惣右介が、霊王の更に上に位置するオサレ師匠や我々読者の存在に気付いたとき、それに最も近い人物を安易に斬り捨てるだろうか。とてもそうは思えない。
…完全に再走案件である。人生のリセットボタンはどこだ。
(いや、まだ手段はある…!)
希望にクワッと目を見開くあたし。
ヨン様に愉悦ムーヴをかますという最大の自殺行為を行ったとき、ふと閃いたことがある。彼との主従関係について思い出したときのことだ。
原作で東仙要が処分されたのはあらかじめ彼自身がそうヨン様に頼んだからだと小説で明らかになった。尸魂界の罪深き成り立ちやそれが親友を死に至らしめたことで彼らを悪と見做した東仙は、情に絆され祖国を許し好きになってしまう自分を許せなかった。
なので狛村たちと和解してしまいそうになったとき、彼はヨン様に断罪してもらったのだ。ホンマヨン様陣営の奴ら動機が重すぎィ!
…しかし東仙には無礼だが、その手段は大変参考になる。
そう。
──別に斬られるだけなら直接頼めばよくね?
なんというコペルニクス的転回か。今まで必死にどう好感度を下げて処分リストに入ろうか悩んでいたのがバカらしい。あたしの読者目線な価値観を見抜かれた以上、失望されることより有能アピを頑張ってお願いを聞いてもらうほうがいいに決まっている。
そうと決まればあとはどう頼むかだ。
いっそノーガードで本性を全部ゲロって楽になるのはどうか。
あたしの本音は「原作以上に曇るシロちゃんの顔が見たい」である。おぞましく歪んでいるのは自覚済みだが、これがあたしの日番谷冬獅郎へのキャラ愛なのだ。彼の曇り顔に一番惹かれてしまったのだから、その顔をもっと見たい、もっとさせたい。そのためならこの身を犠牲にしてもいい。寧ろこの身を犠牲に彼の絶望顔の全てを引き出したい!(ハァハァ
そんな最低な自己犠牲に酔うのもまた、自由な愉悦の在り方のひとつではなかろうか。
(ただヨン様の好みは一護やユーハバッハみたいな"行動する強者"か、シロちゃんみたいな"将来性がある者"、ドン観音寺みたいな"弱いけど勇気ある者"だからなぁ…)
あたし以上に捻くれていて性格が悪い彼は、色々と相反する美学を一度に抱える矛盾の塊だ。見込みのある奴は育てたいけど同時に虐めて潰したい。他には原作雛森ちゃんみたいに勇気ある者をワザと依存するよう育てて、自立出来なくなった彼女に失望する…とかもあった。
逆に浦原さんや総隊長みたいな"優秀なのに現状を良しとする日和見体制派"は反吐が出るほど嫌っている。
そして強者に関しては敬意は示すが自分の上に立つのは気に食わない。
藍染惣右介とは、そんな面倒で人間臭い人物なのだ。
話を戻そう。問題の「斬って」の頼み方だ。
あたしみたいな自己犠牲型愉悦部タイプは、原作では該当するキャラがいないのでヨン様の好みかどうかはわからない。
ただあたしの場合は"神"とかなんとか、そもそも別枠的な扱いをされているので…うん、余計にわからない。
困ったな。これではヨン様の好感度調整が難しい。
(なら戦術的な理由で「斬って」と頼むのはどうかな…?)
少し視点を変えてみよう。
考えたらリョナ女王としてシロちゃんの目の前でド派手に斬られて「雛森ィィィィ!」を聞ければいいのだから、別に無理して死ぬ必要は無い。何かの作戦で一時離脱するために敢えて大げさに負傷するという手もある。
例えば空座町決戦でヨン様に斬り捨てられ死んだフリをし、あとでこっそり暗躍して勝利に貢献!という作戦をしたいと提案すればワンチャンないだろうか。
暗躍の内容を「必要なことです」と秘密にすれば、これまでのあたしの原作知識活用法に興味津々なヨン様なら面白がって自由にさせてくれるかもしれない。原作ヨン様の尸魂界離反時のムーヴとも共通性があるし、思想的にも十分許容範囲なはずだ。あたしもシロちゃんの曇り顔を長く観察出来て大満足。
「…うん、行けるかもしれない」
思わず笑みが浮かぶが、油断や失敗はもうしたくないので引き締める。
そう。ヨン様の好感度を考慮するなら、やはりシロちゃんへの
もっとも無理に隠しても見抜かれるので「たまに自己犠牲に酔いたくなる」程度に抑える感じがいいだろう。カモフラージュにヨン様のような
あたしが勝手に自殺するならともかく、彼に斬ってもらうのだから当人の機嫌は大変重要だ。みね打ちとかで片付けられたら百五十年越しの計画がパァである。
ヨン様は多分まだあたしの本性を掴めていない。自分で言うのもなんだが、まず幼馴染を曇らせて悦に浸るためだけに尸魂界を裏切り敵として上司に斬り捨てられて死にたい女とか頭ヤバすぎて想像の範囲外である。流石の超天才も簡単には到達出来ない心理なはずだ。逆に到達されたらあたしが恥ずかしい。
…まあもしヨン様が自身の美学的または合理的観点からどうしてもあたしを斬ってくれないなら、仕方ない。リョナキャラとしての役割を断念し、チャン一のいない間に鏡花水月で斬られるあたしの幻を作って貰おう。
最終手段でもそれっぽいことが出来るというのは安心感があっていいね。
──カンカンカン!
お、総員起こしだ。
あたしは今一度姿見で身だしなみを整え、晴々とした笑顔で練習場へと向かう。
「──ふあぁぁ…久しぶりだな雛森、随分ご機嫌じゃねえか。鬼道衆でなんかいいことあったか」
「あっ、久しぶり阿散井くん! えへへ、そう見える?」
途中で同期の恋次たちと三日ぶりのおはようを交わし、揃って到着。
さぁて、道筋も見えたしこれからも頑張るぞ!
***
五番隊では毎朝の挨拶に隊長自ら号令をかける。隊士たちのことを一番に考えている人格者・藍染惣右介ならではだと評判の隊風だ。へー(棒)
「──おはよう諸君。昨日はよく眠れたかい?」
『はいっ!』
ニッコリ笑顔にメロメロな女性隊士たちの声が男たちの勇ましい「はっ!」を完全に掻き消している。あたしも出せるほぼ限界の甘さで叫ぶとようやく女衆の中に混ざれる。もっとも大声の目的はヨン様への挨拶ではなく隣で眠そうにしている恋次と侘助を起こしてあげることだ。
そんないつもの原作雛森ムーヴに勤しむあたしへ、珍しく隊長モードのヨン様が目を向けた。なんでしょう?
「さて、今日は目出度い日でね──雛森君、僕の前へ来て欲しい」
「ふぇっ!? あ、は、はいっ!」
緊張の仮面を作り、列からブリキ人形のようにカチコチ進み出る。赤らむ顔が欲しい時は黒棺の黒歴史を思い出すのがベストだ。発動に失敗しても役に立つとは流石です。
訝しむ一同を背にヨン様と対面し、背筋を伸ばす。隊長と副隊長候補、互いに演技は完璧だ。
「知っての通り雛森君は鬼道衆との兼任なのだけどね、彼女が先日見事あちらで大きな任務を完遂したんだ」
『おぉ…』
欲しい反応を周囲から自在に引き出すヨン様の話術と言うかオーラと言うか、とにかくこういったカリスマは本気で尊敬する。ちなみに例の「大きな任務」とはあたしがメタスタシア実験の後始末を終えるまでに五番隊を離れていたアリバイだ。鬼道衆では鏡花水月桃ちゃんが頑張ってくれたことでしょう、39。
「我々五番隊の名を上げてくれて推薦した僕も鼻が高い。皆にも雛森君の活躍を称えて欲しい」
「えっ、あ、あ、ありがとうございましゅっ!」
拍手に包まれ、リンゴほっぺで恐縮する雛森ちゃん。尚あたしは内心話の流れが若干読めてきた。
「そこでこれまでの実績と実力を考慮し──雛森桃隊士」
「は、はい!」
「本日を以て貴君、雛森桃を五番隊第二十席に任命する。これからも護廷の隊士としての誇りを胸に働き、僕を支えて欲しい」
「──はいっ! ちゅ、謹んで拝命いたしますっ!」
一層の拍手と歓声が上がり、あたしは緊張アピに益々黒棺のことを考え顔に血を上らせる。他の隊士たちへ振り向き「よろしくお願いします」と一礼。恋次たちも器用に悔しさと嬉しさが共存する誇らしい笑顔をしていた。大丈夫、君たちもすぐ偉くなるから。
さて、末席だが遂に席官である。ようやくこの世界でも雛森ちゃんの出世街道が敷かれました。これからどんどん忙しくなるぞ。
原作開始まであと四十年。残る大きなイベントは二十年後の最重要案件である。
「雛森ィィィィ!」への展望が見えたとはいえ、気の抜けない毎日が続きそうだ。
次回:また十刃勧誘
最近忙しいので次回から23時に更新しましゅ
ストックさん…頑張…れ…うっ