雛森「シロちゃんに『雛森ィィィィ!』と叫ばせたいだけの人生だった…」   作:ろぼと

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十刃勧誘(桃ちゃんが勧誘するとは言ってない)

今回は他者視点をまとめたお
少し長め?です



破面ィィィィ!

 

 

 

「──ギャッ!?」

 

「うわっ! 大丈夫ですか、行木君!」

 

 霊術院卒業式より早一月。隊士試験を控えた新卒死神見習いの行木理吉(ゆき りきち)は、同期の山田(やまだ)花太郎(はなたろう)と共に流魂街の空き地で斬拳走鬼の鍛錬を行っていた。

 

「ほ、ほら。これで火傷は大丈夫」

 

「ゲホッ、ゴホッ…! わ、悪いありがとう、花太郎」

 

「いえいえ、どういたしましてー」

 

 暴発した鬼道の怪我を手当てしてくれた友人へ礼を言う理吉。どんくさくてドジばかりする同期の彼だが、こと回道においては霊術院卒業時点で既に四番隊の下級席官に匹敵する技術を有する超天才である。斬術の鍛錬に熱が入りすぎ、彼に「見てられない」と助けられて以来、花太郎とは六年の付き合いだ。

 

「なあ、花太郎って回道以外なら鬼道もダメダメだよな」

 

「いきなりなんですか、酷い…」

 

「ごめんごめん。いやオレもダメダメなんだけどさ、阿散井先輩のいる五番隊に入るならやっぱ鬼道出来なきゃ不味いよなぁって…」

 

「ああ、なるほど」

 

 少年の言葉に花太郎が頷く。理吉は同世代随一の斬術使いと名高い五番隊隊士・阿散井恋次に強い憧れを持っている。霊術院時代に見た彼の剣技に惚れて以来ずっと己の浅打ばかり振って来たが、ここで大きな障害と直面するハメになっていた。

 

「なあ花太郎、お前の兄さんってやっぱ元副隊長なだけあって鬼道上手だよな?」

 

「え、ええ、それはもう僕なんかとは──って、え? もしかしてあの人に教えを乞いたいとか?」

 

「何か一言助言とか貰えないかなーって…やっぱダメかぁ」

 

「うーん、年も離れてますしあまり親しくないんですよね…」

 

 萎れた顔で「あの人何考えてるかさっぱりで…」と愚痴る花太郎。同じ兄弟がいる理吉は密かに弟に優しくしてあげようと決意しつつ、自身の鬼道練習の打つ手の無い状況に落胆していた。顔見知りで鬼道が上手な者は女子ばかりであり、皆あまり親しいワケではない。八方塞がりだ。

 

「──あ」

 

 そう俯く理吉の視界の隅で、ふと頭に提灯を灯す友人の姿が。

 

「誰! 誰かいた? オレの知ってる人?」

 

「え、誰って…みんな知ってる人ですよ。阿散井先輩の同期の…」

 

「あっ、吉良先輩? オレあまりあの人知らないんだけど…」

 

「いえ…」

 

 早速飛び付くも花太郎は何やら言い辛そうに視線を彷徨わせている。自分に後ろめたい相手なのだろうか、どこか申し訳なさげにその名を呟く彼。

 

 そこで理吉はピシィィッと固まった。

 

「ま、まさか…!」

 

 知っている、知らぬはずがない。

 彼らの世代で鬼道が空前絶後の大流行と化している最大の理由にして、全ての院生の永遠の憧れ。女子はその英雄的偉業と可憐で親しみやすい為人の虜に、そして男子はもちろん…

 

 

「──お前あの桃花小町さまとお知り合いだったのかよ!?」

 

「ひぃぃっ! ごめんなさい、ごめんなさいっ! 偶然だったんですーっ」

 

 

 真央霊術院裏会主催『彼女にしたい女子』六年連続第一位、院内通称・桃花小町(とうかこまち)

 

 思春期男子の夢の生き写しである霊術院一の美少女。あの雲の上の女神と秘密裏に逢瀬を交わしていた裏切り者を前に、理吉はこれから巡り合う己の幸運も忘れ、反射的にその胸倉に掴みかかっていた。

 

 

 

 

 

***

 

 

 

 

 護廷十三隊・五番隊。

 

 柔和で才に溢れる藍染惣右介隊長の人柄を映す、各世代の俊英や人格に優れた向上心の高い者が集う瀞霊廷屈指のエリート集団である。この隊の席官は他隊の同席の者より一段は優秀と謳われ、末席の二十席においてもその大言に偽りはない。

 

「──そうそう、唱える言霊に霊力を丁寧に乗せて…」

 

「はっ、はひっ!」

 

「わわっ…!」

 

 優しく添えられるすべすべした柔らかい手のひら。ふわりと仄かに漂う上品で甘い香り。死覇装の隙間から覗く手折れそうに華奢な腕やうなじ。

 夢見心地な気分に包まれる思春期小僧、行木理吉は只今人生の絶頂にあった。

 

「はいっ、そのまま放って!」

 

「…ふぇっ? え、あ、えっ、えとっ──はっ【破道の三十一・赤火砲】ッ!!」

 

「──【破道の三十一・赤火砲】!」

 

 気もそぞろなまま放たれた少年の鬼道はそのまま五番隊第四練習場の的へ飛翔し、ドカァァンと爆発した。

 

「…え、成功…した?」

 

「成功だね。おめでとう行木くん!」

 

「あぇ…? …あ、は、はいっ!」

 

 思わず隣を見ると、破道がてんでダメで知られる花太郎も同様見事的に命中している。奇跡だ、この人の丁寧な手ほどきを一日受けただけで苦手な【赤火砲】が明らかに上達した。こんな短時間で。

 

 ──凄い、これがあの伝説の…

 

 ゾクゾクゾクッと理吉の体が震える。嫌いな鬼道を専門とする相手だというのに、このとき少年は彼女に、魅力的な異性としてだけではなく、一人の死神としても強い強い憧憬の念を覚えた。こんな可愛くて優秀な人に手取り足取り教えて貰った自分は同期一幸運な男に相違ない。

 

 歓喜の絶頂に顔を赤くし、かくして理吉は己の新たな憧れの人物に見事な最敬礼を披露した。一人の死神見習いとして、そして一人の男として、少しでも強く彼女の印象に残れるように。

 

 

「あ、ありがとうございますっ、先ぱ──雛森二十席!」

 

 

 五番隊第二十席雛森(ひなもり)(もも)。かつて霊術院一の鬼道使いの名を欲しいままにしていた小柄な美少女は、教え子の全身全霊の感謝に「気にしないで」と気恥ずかしそうにはにかんでいた。

 

「いやぁ、凄いです…流石雛森さん。僕もまさかこんなに上達するとは思ってもみなかったです」

 

「ふふ、一回生の頃から同期の友達とかによく教えてたからコツを覚えてたのかも。でもこれで少しは山田くんへ恩返しが出来たかな」

 

「お、恩返しだなんてそんな…!」

 

 花太郎が雛森二十席と親しげに話している。院生のころも何故か女子にモテていた友人だが、まさかあの桃花小町にさえお近づきになれるほどだったとは。嫉妬を覚えるより彼への尊敬が先立つ純粋な理吉。

 

「──そう言えば行木くんはどうして五番隊へ?」

 

 ぼーっと二人を見つめていると、ふと雛森二十席が尋ねてきた。理吉は驚きに胸が高鳴る。あの雲の上の人が、オレのことを尋ねている。

 オレに興味を持ってくれている…

 

 そのとき理吉ははたと閃く。

 花太郎は決して見栄を張らず、いつだって自分の素直な気持ちを言葉にして、女子たちと親しくなっていた。ならば自分も、雛森二十席への思いを全力で伝えればもっと彼女とお近づきになれるかもしれない!と。

 

「は、はいっ! オ、僕は斬術が得意で、六年連続で主席を取った阿散井先輩に憧れて五番隊を受けようと思ってたんです。で、でもい、今はその、ひ、雛森二十席に憧れて…も、もっと五番隊への思いが強まりましたっ!!」

 

「へぇ…ん? 阿散井くんに憧れ?」

 

「あ、はい。五年前の武技の公開練習で"凄いなぁ"と…」

 

「行木…理吉……………ぁ」

 

 恥じらいながらも何とか思いを伝えた理吉。だが肝心の雛森二十席の反応が鈍い。

 何か失敗しただろうか。気が気ではない少年は恐る恐る彼女の顔を覗き込もうとし…

 

 

「──わぁっ、そうなんだ!!」

 

「はひっ!?」

 

 

 太陽のような満面の笑みで詰め寄って来た少女に一瞬で大混乱に陥った。

 

「うんうん! わかるよ、阿散井くん凄くかっこいいよね! 憧れちゃうよねっ!」

 

「えっ? あ、は、はい。それはもちろん…」

 

「そうだ! もし時間あるならこれから第三練習場の方に行く? 多分阿散井くんまだ鍛錬してると思うよ!」

 

「え、あ、あの雛森二十席…?」

 

「ほらこっちだよ! 見に行くついでにあたしが阿散井くんの良いところいっぱい教えてあげるねっ!」

 

 その華奢な身体のどこに隠れていたのか、ぐいぐいと背中を押され理吉は花太郎と共に練習場を移動する。途中で「ただ憧れてるだけじゃダメだから」と聞かされた阿散井恋次という青年の話は、雛森二十席がどれほど彼のことを見てきて、大切に思っているのかがひしひしと伝わってくる実に好意的なものだった。

 

(そうか、雛森二十席…阿散井先輩のことが…)

 

 はっ…と。理吉はこのとき珍しく、今まで一度たりともわからなかった女子の、雛森二十席の気持ちをわかった気がした。

 

 そして人知れず胸の奥で、初めての失恋に涙する。

 

 だが直後。

 同時に彼の胸に湧き上がった思いが、ぽっかり空いた心の穴を一瞬で埋め尽くした。

 

(あの雛森二十席をここまでメロメロにさせちゃうなんて…)

 

 奇しくもそれは少年の心境の変化の基となった感情であり、以後、未来の六番隊第三席・行木理吉の根幹を形成するものとなった。

 

 

 

 ──なんて凄い(ひと)なんだ、阿散井恋次…!

 

 

 

「──阿散井先輩っ! オレ、先輩のことホントに憧れてますっ!!」

 

「お、おう? そうか…! へっ、なら特別に俺のことは"恋次"でいいぜ!」

 

「ッッ! あ、ありがとうございますっ──恋次さんッ!」

 

 練習場で初めて言葉を交わした二人は、その後多くの隊士が羨む極めて良好な先輩後輩の関係を築いていくのであった。

 

 

 その胸に大きな誤解を残したまま…

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

***

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『──オオオォォォォ…』

 

 

 虚圏(ウェコムンド)大虚(メノス)の森・上層。

 

 上位種へ進化した大虚たちが行き着く純白の砂漠。その景色を真っ赤な血で染め上げる一つの人影があった。

 

「──【重奏虚閃(セロ・ドーブル)】!」

 

『ッガアアアァァァッッ!?』

 

 巨大な霊力の光線に抉られ大地に墜落する一体の大虚。人の四倍ほどの全長を持つ巨鳥の中級大虚(アジューカス)だ。

 周囲には無数の虚の死骸が散乱し、先程倒れた一体を最後にその人物が軽く息を吐く。

 

「全く、だからよしなさいって言ったのに」

 

『ア…グ……』

 

 姿と声は若い女のもの。珍しい質の霊圧を漂わせる奇妙な存在であり、その顔に被さる虚の仮面は口元が大きく割れていた。

 

 彼女は破面(アランカル)。虚と死神、相容れぬ種族を別つ壁を取り払った高次元の上位霊体だ。

 

「おかしいわね、情報通りならこのあたりなんだけど……流石に貴方じゃないものね」

 

『…ッ、フザケ…ヤガッテ…!』

 

「はぁ、これで七件目か…」

 

 白い装束を纏う女が辺りを見渡し肩を落とす。此度も目当ての存在は見当たらない。いい加減、上司より直接下ったこの大事な任務をいつまでも果たせずにいることは彼女の沽券に関わることだった。

 

「…貴方、私と一緒に来る?」

 

『ッ、何ノ…話ヨ…』

 

「その大きな姿、既に退化が始まっちゃってるんでしょ? 最下級大虚(ギリアン)に堕ちるのが怖ければ私に付いて来なさい。雌の大虚なら他にもハリベルたちがいるし、こんな空の下よりは文明的な所よ」

 

 本命の最上級大虚(ヴァストローデ)ではなかったが、この巨鳥の大虚も悪くない成果だ。手ぶらで帰るよりはずっといい。

 

 しばらくの逡巡の後恐る恐る頷いた同じ雌の同胞へ、女は割れた仮面の口元で笑みを送る。そして新たな仲間を連れ、彼女は拠点へと踵を返した。

 

『…何処ヘ連レテクノヨ?』

 

「聞いたことない? 昔虚圏(ウェコムンド)の神を名乗る大虚が住んでいた城…虚夜宮(ラスノーチェス)よ」

 

 

 

 

 ***

 

 

 

 

 大虚の森を後にすること二日。水平線の先に現れた神殿の如き建造物を眺め、破面の女はその威容にほうっと息を零す。

 

 虚夜宮(ラスノーチェス)

 

 彼女の所属する組織の本部、巨大な半球型の天蓋が空を覆う王城だ。十年ほど前までかの地を治めた虚の神もその力に屈し、新たな主の権勢は微塵も揺るぎない。

 

「──チルッチ、貴方はそこで待ってて。私は上に報告してくるから」

 

 城の規模に呆けて言葉も出ない雌鳥大虚を門前に控えさせ、しばし廊下を進んだ女破面は覚悟を胸に城内の一室の前に立つ。中にいるのは彼女ら破面軍の更に上、主力軍団"刃"(エスパーダ)を指揮する軍団長(ヘネラーリャ)。この地の新たな王に仕える三人の重臣の一角だ。到底右も左もわからない獣を会わせていい相手ではない。

 深呼吸を終え、品よく扉をノックする。獣から人になった彼女の大事な矜持だった。

 

「──あ、はーい。どうぞ」

 

 入室を許可され、音を立てぬよう静かに扉を閉める。そして伏目でその部屋の主の姿を窺った。

 

 ──可愛らしい死神の少女。

 

 ゾクリ…と女破面の背筋に震えが走る。目の前の人物から感じる霊圧は下級の虚と同程度、容姿も華奢で可憐、態度も目下の者にすら丁寧な口調を心がける明るく礼儀正しい女の子。

 

 だが王ら頂点を除き、ここ虚夜宮において、そんな弱々しい風体の彼女に歯向かう愚か者は一人もいない。

 

「おかえりなさい、ネリエルさん。そのお顔ですとまた情報に瑕疵があったようですね」

 

「…はい、ご期待に沿えず申し訳ございません」

 

「いえそんなっ、こちらこそ何度も無駄足を取らせてごめんなさい…」

 

 肩を竦めしょんぼりする上司へ、女破面──ネリエル・トゥ・オーデルシュヴァンクは新たに勧誘した中級大虚について報告する。

 

「情報の地に偶然いた別の大虚、チルッチ・サンダーウィッチの勧誘に成功しました。階級は中級大虚です」

 

「…! わぁっ、お手柄ですよネリエルさん! 流石ですね」

 

「あ、ありがとうございます」

 

 何やら手放しに褒めてくれる上司だが、その子供のような笑顔に甘えてはならない。本来の目的は既に十年も捜索を続けている最上級大虚(ヴァストローデ)で、定住をしない性分なのかそちらはこれまでずっと空振りばかり。ネリエルの上位者の"刃"アーロニーロやヤミー、果てにはあの腰の重いバラガンまでもが従属官(フラシオン)を遣わし探させているほどだ。

 

 忘れることなど誰も出来ない。あの紅色に煮え滾る地獄の劫火を。

 そして皆が恐れているのだ。この少女の堪忍袋の緒が切れたときに、あるいはあの光景が今一度、悪夢から現実へと蘇ることを…

 

 

「──あ、そうそう」

 

「…ッ」

 

 唐突に話題を変えられ思わず肩が跳ねる。

 

「藍染隊長がおっしゃってましたが近々崩玉(ほうぎょく)の大規模強化計画を始めるそうです。経過観察で様子を見ますが安定まで十年はかかるとか。ですが無事成功したらあなたたち一般破面軍の人たちも再破面化させて貰えないか頼んでみます」

 

「ッ! それは…!」

 

「はい。中級大虚(アジューカス)のネリエルさんならもっと進化出来るはずです。いずれ組織を整理するので、そのときは新たな"刃"の一員になれるかもしれませんねっ」

 

 身構えていたが、出てきたのは願ってもない話だった。嬉しそうな上司の声につられネリエルは仮面の奥で頬を緩める。未だ不完全な彼女ら破面は力が不安定で、中には制御出来ず自傷してしまった者もいる。体も衣類で隠しているが下半身を覆う山羊毛など虚の名残が色濃く、己の獣性を忌避する彼女にとっては是が非でも望むことだ。

 

「ではまた新しい情報が来るまで休んでてください。最上級大虚(ヴァストローデ)ウルキオラ・シファーの捜索、引き続きお願いしますね」

 

 困った笑顔で指示を下す上司の少女。ネリエルは彼女の心労を鑑み、改めてこの任務への意気込みを強くする。

 この死神は決して仕え難い人物ではない。部下の働きを労い、望む報酬を用意し、親しみやすい態度で接してくれる。ならばそれに応えるのが、その途轍もない力を完璧に制御する理性的な彼女に惹かれた自分の、ヒトとしての忠義であろう。

 

 

「お任せください──雛森様」

 

 

 控えめに手を振り見送ってくれる"刃"軍団長(ヘネラーリャ・デ・エスパーダ)雛森桃へ深く一礼し、ネリエルは彼女の執務室を後にした。

 

 

 

 





セリフの一部を変更しました
桃ちゃんの探してるヴァストローデはウルキオラでした
なぜスタークに…

そして次回はいよいよ…

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