雛森「シロちゃんに『雛森ィィィィ!』と叫ばせたいだけの人生だった…」   作:ろぼと

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お・ま・た・せ♥
ホワイト篇本番です



夫妻ィィィィ!

 

 

 

「──おかしい」

 

 

 前任者の甘ったるい香水の匂いが残る、十番隊三席の執務室。新任四年目を迎える日番谷冬獅郎は手元の報告書を何度も見返しながら眉を顰めた。

 

 

 ──それが、全ての発端だった。

 

 

「え!? ちょっ…今から一人で!?」

 

「オウ! 明後日くらいには戻るから明日の仕事ヨロシクな!」

 

 上げた報告を見るなりそう言い残し、隊長の志波一心(しば いっしん)は調査のため十番隊隊舎を去って行った。書類の内容は、隊の管轄である現世の鳴木市にて次々と隊士たちが虚被害に命を落としているというもの。現地では二人体制で任務に従事し独自に警戒を強めていたが、中には霊絡反応が二人同時に消滅した件など明らかに席官未満の隊士の手に余る敵と推測出来る情報も上がっていた。

 門を背にする隊長の後ろ姿を見つめながら、冬獅郎は理解する。この事件の下手人は、自分や隣で騒いでいる副隊長・松本乱菊でさえ対応不可能な存在であると。

 

 そんな隊長が現世より帰還したのは、意外にも不穏な空気が漂い出してから二日と経たない頃だった。戻った一心の顔に浮かんでいた感情は安堵、喜色と晴れやかだ。何やら只事ならぬ体験をしたようだが、彼がそれを冬獅郎らに話すことはなかった。

 

 

 そしてその翌日。

 十番隊隊長志波一心は、尸魂界から失踪した。

 

 

 

 

 

 

 

 ***

 

 

 

 

 

 鳴木市。

 

 藍染惣右介一派が分析する当代の重霊地候補の一つで、ある大きな計画のために四年前より準備が進められてきた実験場だ。因縁深い平子真子ら元護廷隊隊長格八名の姿も周辺地域に数名確認されており、その支援者と思しき元十二番隊隊長・浦原喜助の所在を明らかにする目的も組まれている。

 

「──最終確認終わりました。いつでも開始できます」

 

 鳴木市の一角に設けられた極秘の観測施設に集う三人の黒ずくめの男たち。映像を見つめるその彼らの下に、遅れて新たな人影が加わった。

 

「お疲れさん。今回は随分な熱の入れようやね、ボクも楽しみやわァ」

 

「ホワイトの作成には私の持つ全ての知恵と経験を用いた。あとはお前の計画とやらを残すのみだ」

 

「…お二人ともご期待の所悪いですけど派手な見世物じゃないですよ? 特大の布石を二つ、あと細かいのを三つか四つ打ちたいだけなので」

 

 男の二人、市丸ギンと東仙要の言葉にその小柄な人物が面目なさげに霊圧遮断外套の頭巾を下ろす。現れたのはふわりと艶やかな黒髪を舞わせる端正な童顔の少女。だがあまりにも場違いなこの娘こそが、此度のおぞましい人体実験の立案者にして計画の責任者──雛森桃であった。

 

 そして映像画面を見つめる一同に加わった彼女へ向け、この場の最高権力者が鷹揚に微笑んだ。

 

「──では見せてくれ、桃。君が導くこの世の道筋を」

 

 万人を圧し跪かせる超越者──藍染惣右介の号令に、少女は可憐な笑みで返答した。

 

 

 

 時刻は夜。冷たい雨が降る鳴木市に、一体の虚が舞い降りる。

 

 個体名【ホワイト】。

 崩玉により虚化した死神上位席官十三名の蠱毒に無数の死神の魂を喰らわせ生み出された、藍染一派の究極の実験体だ。単体で護廷隊の隊長とも渡り合える卓越した戦闘力を持ちながら、その真価は【標的虚化】の一つに尽きる。不安定な細菌型寄生虚を成体へと成長させ、寄生時に対象の魂そのものを侵食し霊体を高次元へ昇華させる、この世の理を超えた能力だ。

 

「──でも劣化個体での実験は護廷隊三席ですら魂魄自殺で消えてもうたやん。より力の強いあの完成体で、おまけに滅却師なんて虚の天敵やのに耐えられるとは思えへんねやけどなァ」

 

 そう首を傾げるのは市丸ギン。隣の東仙と異なり専門家ではない彼は八十年前の失敗を思い出していた。

 しかし責任者の少女に動揺は見えず。

 

「…雛森は浦原喜助に標的を押し付けることでその不備を取り除こうとしている」

 

「浦原喜助に押し付ける?」

 

 東仙が口にした奇想天外な方法に市丸は目を見開く。彼が捜索を担当していた警戒対象、浦原喜助。移り変わる各時代の重霊地を拠点に各地を点々していると推測され、当代の重要候補であるここ鳴木市を実験場に選んだのも当人の所在を確認するためだった。

 それを浦原がこの地にいる前提で、あろうことかその善意を利用し彼の持つ超技術で標的の滅却師の魂魄自殺を防ぐ計画。正気を疑う他力本願の大博打だ。

 

「…へぇ、そりゃホンマに成功したら凄いなァ」

 

 思わず隣の上司へ流し目を送る市丸。何らかの反応を期待した行動だったが、当の男はその氷の瞳を観測施設の周辺霊圧反応画面へ向けていた。

 

 

「──やはり来たか」

 

 

 男、藍染惣右介が笑みを深める。その冷笑の先、映像室の副画面へ視線を送った市丸は、そこに【志波一心】と記された赤い点が浮かぶ鳴木市の地図を見た。

 

「…何で十番隊隊長さんが現世におるん? そないな話今日の隊首会で聞いてへんよ」

 

「そうか、今まで執拗にここの隊士たちを襲っていたのはこのためか」

 

「限定霊印もせず部下のためにすっ飛んで来はったん? アレ隊長がやったらあかんやろ…」

 

 計測される高霊圧数値に驚きながらも、市丸はその実素直に感心していた。あの志波一心という男は志波家の者らしい豪胆で情に篤い人物で、そしてここ鳴木市の管轄は彼の十番隊。

 全てが仕組まれた予定調和。チラと横目で見た雛森は楽しそうにしていた。

 

 映像内で豪快にぶつかる志波とホワイト。一合で戦力差を理解した死神が始解で挑むも、虚の虚閃(セロ)の乱舞と両腕の鎌爪に苦戦を強いられている。霊圧が近しい場合、手数の多さは勝敗を左右する大きな要素だ。

 

「雛森、あの男を何に使うつもりだ? よもやここに来て戦闘データのためなどではあるまい」

 

「いえ、データも取ります。現にかなり押してますし志波隊長の炎熱系の卍解が見れれば総隊長の【流刃若火】への対策研究に使えるはずです。布石の一つと言ったところでしょうか」

 

「…なるほど、考えたな」

 

 ほうと頷く東仙の言葉の後、少女の望み通り志波がついに卍解を行った。

 体中に凄まじい炎熱を纏うその姿はさながら炎精の如し。まるで彗星のような赤い光の尾を残しながら縦横無尽に四方八方から斬りかかる死神に片腕を寸断され、今度はホワイトが危機に瀕している。あれでは倒されるのも時間の問題だ。

 

「…ちょっと強すぎたかな」

 

「流石に隊長の卍解は荷が重かったか」

 

「いえ、ホワイトが…」

 

 殺される前に実験体を回収しようと椅子から腰を立たせた東仙が、雛森の真逆の言葉に思わず振り返る。意図を問おうとするも彼女は「…後で封…い…」と何やら呟き、懐から取り出した補助機器で【天挺空羅(てんていくうら)】を発動した。

 

<──兵装二番、起動>

 

 直後、斬り落とされたホワイトの片腕から光閃が放たれる。一直線に飛翔する先には志波一心。下半身に突き刺さったその光に囚われ、死神は胴を固定されたまま身動きを封じられていた。

 

「ザエルアポロさんの反膜(ネガシオン)兵器です。死神の霊圧を感知し追尾する拘束用武装で、あたしの【六杖光牢(りくじょうこうろう)】の霊性情報を参考にしてもらいました」

 

「へぇ、おもろいオモチャやなァ。あのロカとか言う蜘蛛の雌破面(アランカル)に作らせたん?」

 

「だと思います。ロカさん優秀なんでこちらの研究所に異動させたいんですよね。ザエルアポロさんはもうあの人の能力に飽きちゃったみたいだから上手く交渉出来ないかな…」

 

 元第0刃(セロ・エスパーダ)従属官ロカ・パラミア。

 二百年以上前に八代剣八・痣城双也(あざしろ そうや)の卍解【雨露柘榴】を参考に大虚時代のザエルアポロが生み出した人造大虚である。彼女は【反膜の糸】を用いた霊性情報の共有が可能で、これを反膜で再現した鬼道兵装がいくつかホワイトの身体に対志波一心用として埋め込まれていた。

 

「…雛森。解説も結構だがホワイトが志波隊長を殺すぞ」

 

「あ、ホンマや」

 

 世界を別つとも言われる大虚の恐るべき能力、反膜(ネガシオン)。囚われ無防備な志波一心を喜々としてホワイトが嬲っている。東仙の忠告通り逆転した戦局の中、役者が一人消えようとしていた。

 

 だが、その時。

 

 

 

「──そうか、そういうことか」

 

 

 

 周辺霊圧反応画面を眺めていた藍染惣右介が、嗤った。

 

 映る識別名は──【黒崎真咲】。本実験のメインターゲットである。

 

 吊り上がる口角、見開かれる双眸。凶悪な狂笑を浮かべた男が、あの全てを見透かす目で、横に佇む満面の笑みの少女と見つめ合っていた。

 

 藍染はただ一人、理解したのだ。彼女が操るこの一連の出来事が意味する結果を、手繰り寄せた未来の道筋を。

 

 

『──ヴオオオァァァ!!』

 

 突如、画面内のホワイトが咆哮を上げ飛び上がった。神速の響転(ソニード)で襲い掛かった先には、両者の戦いに乱入した新たな役者・黒崎真咲。おぞましい化物に怯みながらも、若き純血滅却師の女学生が気丈に霊力弓で応戦する。だが大虚はそれしきに捉われることなど許さず一気に距離を詰めていく。

 

 そしてホワイトが標的の首筋に噛み付いた瞬間。

 

 

『──つーかまーえたっ』

 

 

 片手に構えた霊力矢が、無防備な実験体の頭部へ放たれた。

 

 すかさず東仙が映像を拡大し、一同は重なり合う両者を注視する。実験の目的はここからが本番、純血滅却師への寄生による標的虚化。失敗時はホワイトがそのまま戦闘を続行する。だが成功なら──

 

「! 自爆態勢へ移行、成功だ!」

 

「いえ、まだですっ」

 

 上がる歓声を無視し、雛森が再度【天挺空羅】を使い実験体に埋め込まれた各種装置へ指示を出す。

 

<──全兵装、自爆>

 

 膨張したホワイトが破裂すると同時、バキィィンと遠くで何かが砕け散る音が響く。そして一瞬何かが画面の端に映った直後、映像室を爆発の光が埋め尽くし…

 

 

 ──正常に復帰した映像の中で、女学生を庇う隊首羽織の男の背中が映っていた。

 

 

「…ふぅ」

 

 市丸の耳に隣の少女の安堵の溜息が届く。同時に東仙が緊張を一度解き、一同の注目は責任者の雛森へと移った。

 

「何や桃ちゃん。あの二人えらいええ空気やけど、君のやりたかったことって死神と滅却師のキューピッドやったん?」

 

「…それより浦原喜助だ。あの男が現れなければ全てが水泡に帰すぞ」

 

「せやなァ、敵同士の仲人なんてやっとる暇ないで?」

 

 次の段階に移った雛森桃の計画。再度気を引き締めた少女は、何やら仲間の懸念とは別の心配をしているように見えた。

 

「…ちょっと野暮用が出来ました。浦原喜助はあの人が虚化を発症したときに現れると思います。引き続き監視しててくださいっ」

 

「ちょ、桃ちゃん? …あァ、行ってもうた」

 

 箱から取り出した妙な装置や物体を懐へしまい、白い死覇装を着た義骸に入った雛森が観測施設を後にする。その背を困った顔で見つめる市丸は内心今日の彼女が起こした数々の偶然に、小さく唾を呑むのであった。

 

 

 

 

 ***

 

 

 

 

 空座町。

 

 奇怪な事件が多いと最近評判な、オカルトマニアに人気の町だ。その正体は数十年から百年ごとに移り変わる龍脈の間欠泉、重霊地。先天的あるいは後天的に高い霊力を有する人間が数多く誕生するこの地に、一人の男が居を構えていた。

 

 名を浦原喜助。

 

 かつて尸魂界で事実無根の罪を擦り付けられ祖国を追放された元護廷十三隊十二番隊隊長にして技術開発局局長である。卓越した頭脳で数々の発明を生み出した彼は、百年に亘る一大難問に挑んでいる。

 

 虚化。

 それは対象の魂魄に虚の魂魄を流しこみ、二つの魂魄間の境界線を破壊することで高次元の魂魄へと昇華させる野心的な試み。だがあまりに危険なそれは通常、自身と虚の魂魄が混在した状態となり理性を失った怪物となる。最終的には魂魄と外界との境界をも破壊し、魂魄自殺を引き起こす。この世の理に反した目論見は人の身に制御出来る技術ではなかった。

 

 そしてその日、天才はある患者を救おうとしていた。

 

 

「──その子を助ける選択肢を教えます」

 

 

 意識の無い一人の女学生を抱え、言い争う二人の青年たち。片や死神、片や滅却師。異色な組み合わせながら互いがその少女──黒崎真咲を思いやり、なんとか助けることは出来ないかと苦悩していた。

 

 浦原がそんな彼らを案内したのは自宅の秘密研究所。そこで彼は、二人の青年の片割れに唯一の希望を指し示す。大きな犠牲を伴う、最終手段を。

 

 

 ──わかった、やる。

 

 

 だが返って来たのは、即答。

 浦原は微塵の迷いもなく己の栄光、力、軌跡の全てを捨て去る決意をした男、護廷十三隊十番隊隊長・志波一心に驚いた。彼は未練を認めながらもこの女学生の命を選んだ。未練に囚われ恩人を見殺しにした己を、明日の自分は笑うだろう、と…

 

「必ず助けます」

 

 そうして始まったのは、少女──滅却師の真咲と相反する存在である死神の一心の魂魄を、自作の義骸同士で繋ぎ合わせる作業。魂魄自殺が注ぎ込まれた虚の魂魄によって飽和破裂する原理ならば、それを抑える真逆の力があれば崩壊は食い止められる。

 

 そのはずだった。

 

 

「──何なんスか、この虚は…!」

 

 

 真咲の魂魄を辛うじて無事な霊性設備で分析しながら、浦原は焦燥に脂汗を滲ませる。周囲には室内を滅茶苦茶にする猛烈な霊圧風が吹き荒れ、患者の口から噴き出る白い虚髄は既に彼女の顔の殆どを覆っていた。

 

 ありえない。真咲の義骸と霊的に連結した死神、志波一心は護廷隊の隊長なのだ。最高峰の霊圧を持つ魂魄が抑えきれないほどの存在。かつて治療した八人の患者たちとは次元の違う毒性に蒼白になる浦原。

 

 一心から聞いていた怖ろしい虚の姿が脳裏に過る。まるで大虚、それも最上級大虚(ヴァストローデ)と戦っているかのようだったと振り返る彼に、天才はまさかと息を呑んだ。

 もしこの状況が偶発的なものでないのだとしたら、例の虚の真価は「噛み付いた相手に寄生し強制虚化させる」能力になる。

 

 隊長に卍解の使用を強いるほどの上位最上級大虚(ヴァストローデ)に寄生された滅却師。その末路を想像し、浦原は無力感に臍を噛む。

 

 その時、動揺する彼の背後から突如巨大な霊圧が飛んできた。

 

 

『──起動』

 

 

 あまりに大きな術。咄嗟に瞬歩で距離を取ろうとするも間に合わず、浦原は侵入者の先制で囚われてしまう。

 使われた術は黄光の結界。一瞬でそれが大虚の使う反膜に類するものだと見抜いた彼は、杖の斬魄刀を構え相手と結界越しに対峙する。

 

『こんにちは、浦原喜助さん』

 

 その人物は小柄な女だった。

 白い死覇装を着た、虚の仮面という風体。外にはもう一人の滅却師の青年がいたはずだがどうやって彼の目を欺いたのか。浦原は敵に自分の拠点へ忍び込まれた驚愕すべき事実を認め、何とか脱出する方法はないか知恵を回しつつ努めて冷静に対話を試みた。

 

「…何者ッスか、お嬢サン」

 

『そうですね、では"読書家"とお呼びください』

 

 霊圧を全く感知出来ない人間…否、おそらく特殊な義骸に入った霊体か。強力な認識阻害術のかかった彼女の声紋は複雑で、かなり若い声と言うこと以外全くわからない。

 

「読書がお好きそうな方には見えませんッスけどねぇ」

 

『好きですよ? 普通の本もよく暇なときに読みますけど、文字の羅列じゃない()はもっと好きです』

 

「…お若そうなのに禅問答もお好きなようだ」

 

 女が「そうですね」とクスクス笑う。

 

 不気味な人物だった。

 風容といい明らかに此度の患者──黒崎真咲や彼女に寄生した例の最上級大虚(ヴァストローデ)と関わりのある者なのだが、何故か一切の敵意を感じない。自分を捕らえる結界への慢心とも違うようだ。

 

「…で、読書家サンはアタシに何の用ッスか?」

 

『黒崎真咲さんに住み着いている虚・ホワイトの扱いについて、少し浦原さんと取引しに来たんですよ』

 

「!」

 

 やはりか。浦原は巧妙に隠しつつ警戒心を高め、真意を探るべく相手の言葉を待つ。

 だが女は何も語らず、おもむろに懐から奇妙な物体を取り出した。

 

『これを志波一心さんの義骸の中に入れてください。死神の力を黒崎真咲さんの魂魄へより効率的に注ぐことが出来ます』

 

「! それは…ッ」

 

 浦原は遂に平静の仮面を捨て去る。虚化の制御技術は彼が長らく専門としていたもの。しかしこの女はその内容を全て正しく理解しており、尚且つその解決に必要なものを既に用意していると言う。

 

「…信じるとお思いで?」

 

『そうですか、なら仕方ありませんね』

 

 カマをかけると女は予想外の反応を見せた。早々に交渉を諦め自ら真咲の下へと近付いていく。あの荒れ狂う霊圧を物ともしない。

 何をするつもりかと問い詰めれば『心得はあるので自分でやります』と勝手に一心の義骸の鎖結に位置する部位へ例の物体を浸透させ始めた。相当な経験があるのか手慣れている。

 

「…!」

 

『成功です』

 

 そしてすぐに、暴走状態の真咲の霊圧が落ち着き始めた。

 

 技術者同士の対話に必要なのは言葉ではなく結果だ。物理的な距離を繋げる霊的な接続は容易な技術ではなく、それを手渡すとなるとこの一連の話の信憑性が大きく変わる。

 事実安定しつつある様子を見るに、あれで真咲が救えるというのは本当なのだろう。

 

「…対価は?」

 

 そう問うたのは技術者としての意地か。時間さえあれば自分でも然るべき装置は必ず用意出来た。だがこの場で真咲を救ったのはあの女。たとえ自作自演なのだとしても、持ちかけられた取引を断ったのは己なのだから。

 

『守秘義務。十年くらい経ったら流石にホワイトも大人しくなるでしょうけど、それまでは誰にも内緒でお願いします』

 

「えらくおおざっぱな期限ッスね。…まァ、わかりました」

 

 対価とさえ呼べないような要求に浦原は相手の真意を量りかねる。罪滅ぼしか、あるいはただ機械的に自分の仕事を行っているだけなのか。いずれにせよ、当初の極悪人の印象は薄れていた。

 

『…あまりヘンに調べたりしたら壊れますからね? 気持ちはお察ししますがその機器は一個しかないので大切にしてくださいよ?』

 

「いやァ、読書家さんは何でもお見通しッスねえ。"読心術師"にでも改名したらどうッスか?」

 

『ヤですよ、そんな胡散臭いの。死ぬまでネタにされますって』

 

 肩を抱きながら呆れて失笑する少女。その姿に浦原は形容し難い違和感を覚える。

 間違いなく初対面だと言うのに、まるで知人友人と話しているかのような奇妙な親しさで接してくる相手。それでいてどこかこの状況を愉しんでいるような無垢な悪意を滲ませる、何かが根本的に人とはズレているような狂人にも見えた。

 

「…この事件はアナタの仕業ッスね、何故こんなことを?」

 

『必要なことだからです。この世界にとって』

 

 意を決し核心を問えど、返って来たのは抽象的な答え。だが問いを煙に巻こうとしているような雰囲気ではない。本当に事実、当人がそう信じているような落ち着いた声だった。

 

 己の勘に従うなら、この少女は一切の嘘をついていない。機器も真に真咲を救うためのもので、またこの悪質な事件を起こしたのも何かしらやむを得ない事情があったのも事実。少なくとも明確に敵対するつもりではなさそうだ。

 

 無論、味方とも思えなかったが。

 

 

 ──ではまたいずれ。

 

 

 そう言い残し、少女が一瞬の発光と共に結界を解除する。視界が晴れた後に彼女の姿はどこにもなく、浦原は胸の憤りを溜息で吐き捨てた。

 

 ふと彼は思う。

 もし、あの少女の虚化技術が、因縁の巨悪──藍染惣右介に由来するものであれば…

 

 

「…戦力予測の見直しが必要ッスね」

 

 

 治療の成功に喜び合う一心と真咲へ微笑みながら、浦原は内心、果ての見えない敵の巨大さに戦慄するのだった。

 

 

 

 

 

 ***

 

 

 

 

 

「…ホンマにあの滅却師、生き残りはった」

 

「まさかここまで上手くいくとは…」

 

 画面を見つめる三人の男たちと、一人の少女。野暮用とやらから戻った彼女──雛森桃はほくほくの笑顔で現世の菓子の袋を開けていた。

 その満開の花のような笑みは計画の全工程が無事終了した合図であった。

 

 

「──さて、そろそろ我々も決行に向けて動くとしよう」

 

『!』

 

 

 緩んだ空気が男、藍染の一言で凍り付く。一人一人、三人の同胞たちへ視線を送る彼の目には、悦に揺れる暗い瞳。

 

「浦原喜助の居場所も割れた。平子真子たちも直に見つかるだろう。全ては我等の掌の上となった」

 

 王の嗤いに、市丸は思わず息を呑む。あらゆる想定を終えた叡智の権化が、遂に決断したのだ。

 

「我々の計画の決行は──」

 

 画面の中で仲睦まじく見つめ合う元死神と滅却師の男女を睥睨し、藍染惣右介はそう宣言した。

 

 

 

 ────二十年後だ。

 

 

 

 

 

 

 





次回:隊士暗躍篇最終話
いよいよ原作開始…!
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