雛森「シロちゃんに『雛森ィィィィ!』と叫ばせたいだけの人生だった…」   作:ろぼと

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済まぬ、この回だけ差し込ませてくれ…!
 
 


種蒔ィィィィ!

 

 

 

 志波一心失踪事件より月日は流れ、十番隊に彼の名を知らぬ者も増えた。

 

 長寿の死神たちの世においても十余年の年月は変化をもたらし、先人に未来を約束された少年──日番谷冬獅郎は彼の後を継いで隊の隊長となっていた。

 

「…ふぅ」

 

 隊首室の執務机に散らばる書類を几帳面に整え、冬獅郎は椅子の背に凭れかかる。武人らしい質素倹約な室内。彼の想起する"剛健質朴な強い男"に相応しい自室だ。

 

「フッ」

 

 思わず零れる笑みは長年の夢が叶った喜び故か。就任に伴い激務の日々が続いていたが、ようやく余裕が出来た冬獅郎は予てより抑え込んできた達成感を改めて噛み締める。

 

 やっと、やっと胸を張れる強さを手に入れた。

 

 男という生き物は単純だ。闘いに身を置く死神なら尚の事"強さ"に神聖な何かを見出すもの。だが冬獅郎はそれとは異なる、もう一つの男らしい単純さからその二文字を我武者羅に求めていた。

 

 大切な女を守るという、とても純粋な目的によって。

 

「…ふん」

 

 だが懐の手紙を読み返す彼の顔はしかめっ面。手にしたソレは、大事な約束を交わし…たワケではないが、とにかく張り合っているあのアホ女からの便り。梅の押し花が添えられた可愛らしい便箋には冬獅郎の昇進を称え喜ぶ言葉はあれど、彼が本当に望む言葉は影も形も無かった。

 

 

「──さっきから何ふんふん一人で百面相してるんですか? たいちょー」

 

「ッうおぉっ!?」

 

 突然横から聞こえた人声に冬獅郎は飛び上がる。

 

「まっ、松本…! てめえいつから…」

 

「最初からいましたよ? 隊長がついにカノジョを守れる立場になった満足感に笑ってたり、カノジョからのお手紙に不満を零してたり──」

 

「し・て・ね・えッ!」

 

「あたっ」

 

 図星を怒りで誤魔化し、サボりの常習犯──松本乱菊へ終わった書類を叩き付ける。いつ見ても重そうな甜瓜を二つ胸にぶら下げる軟派な金髪の女。恩あり恨みありと、長い付き合いなこの腐れ縁の死神が上司から部下に変わってしばらく経つが、思えば一度たりとも違和感を覚えたことはない。

 あるべき姿に納まったと頷くことも、隊長になって最初に覚えた充足感の一つであった。

 

「…それ持ってついて来い」

 

「あ、一番隊へ提出するやつ。隊長あたしの代わりにやってくれたんですね!」

 

「次から自分でやれ」

 

 放っておくといつまでも仕事をしない副官を引き連れ、冬獅郎は十番隊隊舎を後にする。向かう先は、以前の三席の頃は縁がなかった護廷隊本部・一番隊隊舎だ。

 

 雑談を交わしながら目的地へと歩く二人。だが総隊長執務室へ赴く途中、冬獅郎は回廊の先に現れた二人の人影に思わず足を止める。

 

 

「──あ、シロちゃんっ! 乱菊さん!」

 

 

 ぱぁっと花が咲くような笑みを浮かべる小柄な少女。懐の手紙の贈り主である年上の幼馴染──五番隊副隊長・雛森桃だ。

 

 隊長就任以来初めて顔を合わせる喜びと誇らしさが冬獅郎の胸を駆け巡る。だが彼の澄ました顔が緩んだのも一瞬。理由はその大切な幼馴染を侍らせて歩く一人の男の存在にあった。

 

「やあ、こんにちは。日番谷隊長に松本副隊長。君たちも定例報告かい?」

 

 柔和な笑みを浮かべ挨拶をしてくる、自信に満ちた佇まいの人物。

 腹が立つほど整った顔と、高い身長。低く、されどどこか色気を含む甘い声。聡明な印象を与える黒縁の眼鏡をかけ、品の良い香水の香りを漂わせる、瀞霊廷一の美男と呼び声高い五番隊隊長──藍染惣右介。

 

 幼馴染の、雛森桃の憧れの男だ。

 

 小さなムカムカを腹の奥底へ嚥下し、冬獅郎は軽く会釈し挨拶を返す。そしてすぐに本命の少女と向き合った。

 

「わぁっ、隊首羽織似合ってるねシロちゃ──あ、えっと…ひ、日番谷……隊…長…」

 

「どんだけ呼びたくねえんだよ、てめえ…」

 

 長い葛藤の末、拗ねた声で雛森が口にした呼称は何とも他人行儀なもの。少年は彼女の往生際の悪さに怒りを通り越して呆れ返る。

 

「むぅ、だってなんか負けた気がするし…」

 

「"負けた気"じゃなくて"負けた"んだよ、雛森()隊長?」

 

「!?」

 

 意趣返しにからかってやると、雛森がまるでハトが豆鉄砲を喰らったような顔をした。いい気味だ。

 

「むぅぅーっ! 乱菊さんっ、ウチのシロちゃんが調子に乗って今まで以上に生意気な子になっちゃってますっ! お姉ちゃん悲しい…っ」

 

「好きにさせときなさい雛森。素直に階級を偉ぶれるなんて純粋なガキの内にしか出来ないことなんだから、ねーシロちゃん?」

 

「てめえら霊術院でもう一度上官への礼儀ってモンを学び直してこい」

 

 同じ憤りを覚える親友同士の女共が結託していつもの"シロちゃん遊び"を始める。こんなとき、冬獅郎はいつも一人で抵抗するハメになるのだ。

 

「──その通りだよ、雛森君」

 

 だが、此度は彼の味方をする者がいた。この場の最年長で、他隊の隊長に無礼を働いた部下を叱れる、礼節を良く知る死神の鑑たる男が。

 

「藍染隊長…!」

 

「親しきことは何よりの宝。だけど上官への失礼な態度は感心しないな。公私は弁えなさい」

 

「す、すみません…」

 

 途端に恥じらい萎縮する雛森。初めて見るそんな幼馴染の姿に冬獅郎は思わず目を見開く。素直に「失礼しました日番谷隊長」と、藍染と共に謝罪してくる彼女へ、少年は生返事を返すことしか出来ない。

 

 だが直後、冬獅郎は硬化する。藍染が萎れる雛森の肩に、あろうことか馴れ馴れしく手を置いて彼女へ微笑んだのだ。

 

「フフ。わかればいいんだ、雛森君」

 

「あ、藍染隊長…っ」

 

 紅潮した顔で上司を見上げる、大切な幼馴染。

 休みが被った日、いつも実家で憧れの藍染隊長のことを語っていたとき以上の、まるで恋する乙女のような顔。

 

「では僕はお先に失礼させてもらおうかな。若い君たちの邪魔をしたら悪いからね」

 

「な…あ、藍染隊長だってお若いですよっ」

 

「フフ、ありがとう雛森君。なら家族(・・)との時間と言うべきかな? ゆっくり戻っておいで」

 

「あぅ…藍染隊長…」

 

 気を利かせたつもりなのだろう、一人で帰ろうとする藍染を雛森がぽーっと見つめている。一度も冬獅郎には向けてくれない、その顔で。

 

 穿ち過ぎた見方なのは承知のこと。だが藍染の後ろ姿が、まるで「お前は土俵にすら立っていない」とでも言っているように見えてしまい、屈辱に呑まれる冬獅郎は散々引っ掻き回してくれたあの男に何か言い返さなければ気が済まなかった。

 

 

「──家族じゃねえ」

 

 

 思わず口にしてしまったのは、そんな幼稚な反論。ぐつぐつ煮え滾る苛立ち、焦燥、敗北感に足掻く無様な男の意地は、されど当然笑いのネタとなる。

 

「…ぶっ!」

 

「ッな、松本ォッ!」

 

「あははははは! たいちょーソレはないですよぉ~! はー、はー、あーお腹よじれる~!」

 

「てめええええッ!」

 

 耐え切れず噴き出した副官の松本を羽交い絞めにし、八つ当たりする冬獅郎。そんな笑いながら書類を片手に総隊長執務室へ逃げ出す松本に苦笑する藍染は、その端整な眉で山形を作っていた。

 

「何か気に障ることを言ってしまったみたいだね、すまない日番谷隊長。また今度お詫びさせて欲しい」

 

 困った顔で最後にそう謝罪した藍染は、悠然と一番隊隊舎を去って行った。

 冬獅郎は、男の堂々とした背中に己の矮小さを思い知らされた気分になり、想い人と共に残された彼は敗北感に唇を噛むことしか出来なかった。

 

「…ちっ、これでも一人前の男じゃねえって…あいつを超えろってのかよ…っ」

 

 思わずそう小声で悪態吐く冬獅郎。

 やっとコイツの席次を超え、隊長にまで上り詰めたというのに、まだ力を認めさせるには至らない。守ることを許してもらえない。

 彼が望むその立場に既に別の男が立っている事実を突き付けられた少年は、超えなくてならない壁の大きさについ弱音を零してしまう。

 

 

「──じゃあさ」

 

 そのとき、ふと隣から幼馴染の声が聞こえた。

 

「ッ、なんだよ…」

 

「じゃあ、今度あたしがシロちゃんが一人前の男になれたか試してあげる」

 

 まるで駄々を捏ねる子供をあやすような、大人びた声。

 一瞬何を言われたのかわからず、脳裏で二度三度と復声した冬獅郎は──

 

 

「あぁ? ……、……はぁァァァッ!?」

 

 

 ──思わず耳まで赤くし驚愕の悲鳴を上げた。

 

「ひゃっ! え? な、何でそんなに驚いて──」

 

「ばっ、てめッ! 自分でナニ言ってんのかわかってんのか!?」

 

「え…あれ? ………あっ」

 

 女として迂闊に過ぎると叱咤すれば、数秒の思考の末ようやく自分の失言を悟る無防備アホ桃。自分の身体を抱き締めリンゴのような紅顔で彼女が捲し立てる。

 

「ち、ちちち違う違う違うよっ! そっちの意味じゃ──ってなんでそっちの発想になるの!? シロちゃんのえっち!!」

 

「てっ、てめえがヘンなこと言うからだろッ!? 女が大の男の前でなんてことぬかしてんだっ、このアホ!」

 

「アホじゃないもん! 大体あなたのどこが大の男よこのマセガキっ!」

 

「誰がマセガキだクソアマ表出やがれ! 今日こそどっちが上か白黒つけてやる!」

 

「なっ、ヒドい! 最低! 男のクセに! 隊長が副隊長に暴力振るおうだなんて! ちょ~っとあたしより出世したからって調子乗っちゃって!」

 

「人聞きの悪いこと言ってんじゃねえよ! つか都合のいいときだけ男扱いすんな卑怯者!」

 

 ぎゃーぎゃーケンカする冬獅郎と雛森。どこか昔を思い出す幼馴染との変わらない触れ合いに、少年は胸に溜まった嫉妬の汚泥が消えて行くのを幸せに感じていた。

 

 

「…あたし、もう少ししたらしばらくおばあちゃん家に帰れなくなるんだ」

 

 

 息を整え、暫しの沈黙の後。ふいに雛森がそんなことを呟く。

 

「…現世の長期任務か?」

 

「ふふ、秘密っ」

 

 茶目っ気を見せながらはぐらかす幼馴染。しかし冬獅郎はその顔に、何か触れてはならない彼女の悲哀を見た気がした。

 

「だからその前にチャンスをあげる。あたしが見直しちゃうくらい、かっこいいトコ見せてくれたら…」

 

「雛森…?」

 

 穏やかで。静かで。

 いつもの彼女らしくない、形容し難い悲しい影が滲む笑みを浮かべた幼馴染は、一方的にそんな約束をしたのだった。

 

 

 

 

「──あなたに守ってもらおうかな」

 

 

 

 

 

 

 

 




 
ヨン様・桃「悦っ、悦っ、悦っ~」

これにて本当に隊士暗躍篇終了です!
次回は原作…!

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