雛森「シロちゃんに『雛森ィィィィ!』と叫ばせたいだけの人生だった…」 作:ろぼと
ヨン様陣営の全面協力により悪辣さが増した雛森ロール、開始ィィィィ!
一番隊隊舎、二番側臣室。
旅禍襲撃並びに三番隊隊長市丸ギンの旅禍撃滅失敗の尋問を行う隊首会の別室に、副隊長十二名の集結が命じられた。異例の招集であり、三番隊副隊長である吉良イヅルは副官章の重みを感じながらも気丈に前を向いて歩く。
「──雛森君?」
控室の扉を開けた先に、一人の可憐な少女が膝を抱えて座っていた。常らしからぬ暗い顔で俯きながら。
「…吉良くん」
「大丈夫かい? 顔色が悪いよ」
「う…ううん、何でもないよ…!」
イヅルの心配に彼女が弱々しく微笑む。
雛森桃。
五番隊副隊長を務める同期一番の出世株にして青年の半世紀に亘る、大切な想い人である。イヅルの五年前に副隊長の席に就いており、鬼道衆の特殊部隊の班長を兼任するなど瀞霊廷を代表する鬼道使いとしても名高い。それでいて性格は誠実で謙虚、明るく素直で優しい女の子。これで容姿まで可愛いのだから本当に罪な人だ。いつか必ずこの想いを伝えたい。
そんな雛森桃をここまで曇らせる要因は一体何だと言うのか。塞ぎ込む彼女の姿に胸が痛んだイヅルは、直接聞き出すべきか、そっとしておくべきか、男としての正解がわからず右往左往してしまう。
「──ああ、やっと会えたわ雛森」
オロオロしていると不意に気だるげな女性の声が聞こえ、また一人新たな同僚が疲れた顔で入室した。
松本乱菊。
男性死神たちの人気を雛森桃とほぼ二分する美女で有名な副隊長だ。イヅル自身はあまり縁のない人物だが、隣の雛森と仲が良く、尊敬する先輩が三人くらい彼女に片思いしているので人伝に聞いた為人は詳しい。そのだらしない悩殺ファッションの通り、かなりのしたたか者だそうだ。
「乱菊さん、お久しぶりです…」
「雛森、あんたウチの隊長とケンカでもしてるの? 最近あんたに避けられてるとかで隊長がイライラしててあまり仕事サボ…じゃなくてこっちの量増やされて大変なのよ」
「……いえ…別に避けてるワケじゃ──っていうかそれは乱菊さんがいつも仕事しないからですよね」
「十分してるわよ失敬ね。現にあたしまだ解雇されてないじゃない」
それは不祥事レベルの問題基準ではなかろうか。イヅルは乱菊の反論に思わず突っ込んでしまう。当然ギロリと睨まれ慌てた青年は咄嗟に二人の会話の別の要点を拾ってしまった。
「そ、そう言えば雛森君は日番谷隊長とは幼馴…家族の仲だったよね? 僕らが監督生をやったあの現世実習はまだ霊術院で語り草らしい…けど…」
口にしてイヅルは再度「しまった」と後悔する。想い人を取り巻く色恋の噂に日々悶々とするあまりつい零してしまったが、最早後の祭り。
「ああ、ウチの隊長の天才伝説で有名なアレね。…っていうか吉良もいたの、例の演習」
「…まあ、お察しの通り何にも出来なかったんですけどね」
己の無様な過去を思い出し、イヅルはチクリと痛む胸を誤魔化すように頭を掻く。
副隊長へと就任しようやく彼女の隣に立てたが、以前は自らの恐怖と向き合うことに精一杯だった若き霊術院時代。あの屈辱は彼を大きく成長させ、今の吉良イヅルに前を向かせる大事な基礎となっていた。
もっとも、目標としているあの藍染惣右介はおろか、自分が守りたかった彼女を目の前で守った年下の日番谷冬獅郎すら未だ超えるには至っていないのだが。
「はぁ…何でもいいけどさっさと仲直りしなさいよ雛森。隊長もそうだけど、そんな暗いあんた見てると調子狂うわ~」
デリケートな話題にバツが悪そうにしていた乱菊が空気を変えるように雛森へ助言する。余計なお節介をそう感じさせないのはサボり魔な彼女らしい世渡りのコツなのだろう。
しかし。
「……ごめんなさい、乱菊さん」
ポツリ…と呟く少女の声は、沈痛で、悲愴で、耐え難い苦しみに押し潰される悲鳴のような懺悔だった。
只ならぬ様子にイヅルは驚き彼女を凝視する。
「…雛森? あんたホント何が──」
そして同じく瞠目した乱菊が問い質そうと口を開けたその瞬間。
──緊急警報、緊急警報!
──瀞霊廷内に侵入者あり!
──各隊、廷内守護配置に就け!
突如火急を知らせる瀞霊廷の警戒鐘が鳴り響いた。
「ッ!? これって…!」
「まさか…例の旅禍かッ!? 先に失礼します!」
「なっ! ちょっと吉良!?」
にわかに騒がしくなった外へ飛び出し、脇目も振らず三番隊隊舎へ瞬歩で向かうイヅル。
状況的におそらく先日、上司の市丸ギンの刃から逃れた連中だろう。自隊の隊長の実力を誰よりも知ると自負する彼は、此度の敵が決して侮っていい相手ではないと判断し、即座に副官としての責務を果たすべく滅私奉公に意識を切り替えた。
それは吉良イヅルの副隊長としての最大の長所であり──同時に恋する青年としての最大の不幸であった…
***
雛森の様子がおかしい。
副官の松本乱菊より報告を受けた十番隊隊長・日番谷冬獅郎は、全てが裏目に出ている己の不甲斐なさに臍を噛んだ。
ことの発端は数年前。少年が新たに隊長位に就いてしばらくし、ようやく念願の幼馴染と逢えた一番隊隊舎での出来事だ。
──あなたに守ってもらおうかな。
あの雛森らしくない弱音を聞いて以後、冬獅郎はずっと悶々としていた。あいつの真意はどこにあるのか。いくら過去を振り返っても彼女が悩みそうなことの心当たりは見つからず、かと言って直接聞き出すのは憚られ、結局何もわからないまま五年近い年月が過ぎている。
そして今月に入り起きた数々の前例無き事件も少年の気を滅入らせる。朽木ルキアの処刑決定、旅禍騒ぎ、市丸ギンと藍染惣右介の不穏な対立、十一番隊の壊滅、阿散井恋次の敗北…
乱菊が伝えて来た雛森の異変は、そんな最中の一言だった。
「…松本、少し隊を頼む」
考えていても仕方がない。副官に部下たちを任せ、冬獅郎は一度あいつの様子を見に行くことにした。
「──おーおー、こりゃ派手にやられたな阿散井のヤロー」
「ッぴぃっ!?」
鳥の雛みたいな情けない悲鳴を上げて跳び上がる幼馴染の雛森桃。この辺りは全然変わらないアホな彼女に思わずクスリと笑ってしまう。
霊圧を辿った先の四番隊隊舎。旅禍に敗北し運び込まれた阿散井の寝台の側で一人物憂げに佇む少女へ、冬獅郎は努めて気軽な声色で話しかけた。
「し、ししシロちゃん!? …もう、居るならそう言ってよっ。びっくりしたぁ…」
「おいおい、まだ俺のことそのあだ名で呼んでんのかよ。藍染のヤツにまた叱られるぜ」
少々不満だが、あの男の名前を出せば驚くほど素直になるのが雛森だ。最近どうも疎遠になっている気がしてならない冬獅郎は当たり障りない軽口で彼女の緊張を解そうとする。
しかし、幼馴染の顔の陰は晴れるどころか、その逆。
「……そう…だね…」
何かに耐えるように身体を強張らせる雛森。以前一番隊隊舎で見た彼女の憂いと弱音が脳裏に呼び起こされ、冬獅郎は無力感に胸が締め付けられた。
「藍染と何かあったのか…?」
「…ッ」
少年に考え付く雛森が悩みそうなことと言えばそれくらいだった。そしてビクリと硬化した彼女を見て、目の前が真っ赤になる冬獅郎。怒りの矛先は、大切な幼馴染にこんな顔をさせた忌々しい眼鏡野郎だ。
「う、ううんっ。違う、違うの…! ちょっとその、あ…あり得ない話を聞いちゃって、それで…」
顔を顰める冬獅郎に「誤解だよ」と、まるで悪夢の記憶を追い出すように雛森が頭を振る。だがその嘔吐くようなか細い声が核心に触れる直前。
「──おやァ、あの潤林安の姫と竜が密室で二人きり。あんまりお熱いと阿散井クンの怪我に障るんとちゃいます?」
突如背後から飛んできた剽軽な京言葉。咄嗟に振り向いた先にはあの不穏な三番隊隊長・市丸ギンが楽しそうに扉の隙間からこちらを覗き込んでいた。
「市丸…!」
「イヤやなァ、十番隊長さん…そない睨まんでもええやん。藍染隊長の可愛い副官さんがこの危ない時に独り隊を離れてはる言うんで、元五番隊副隊長のボクが先輩のよしみで迎えにきてあげただけやで?」
「ッ、何だと…?」
狐男の巫山戯た台詞に冬獅郎は眉を顰める。チラと横を見れば蒼白に俯く雛森。まさかこの二人、自分の知る前から因縁が…
「あ…あたしが従えば、藍染隊長には何も…」
「心配せんでええよ雛森ちゃん。
「お、おい雛森。お前ら一体何を…」
一言、市丸と意味深な言葉を交わした幼馴染がふらふらと不用心にヤツの下へ近付いていく。普段の底抜けにお人よしな無防備さからくる行動ではない。明らかに脅迫染みた悪意を感じた冬獅郎は、そこで初めて、ここ数年の雛森の異常の原因を垣間見た気がした。
思い返すだけでも腹が立つほど親しげに接していた雛森と藍染の間に溝があるとは思えない。ならば問題は別の要因。
目の前で、市丸に慈悲を乞うかのように首を垂れる幼馴染の姿と、それを当然のものと受け取る狐男。そしてヤツの動きを牽制する藍染惣右介…
そうか。少年の中で全てが繋がった。
「──雛森から離れろ」
掴んだその手の震えを止めるように、冬獅郎は少女を自分の下へ強引に引き寄せる。
「ッ、し…シロちゃん…?」
「黙ってろ雛森」
戸惑う少女を無視し、荒ぶる感情をそのまま霊圧に投影する。叩き付ける相手はもちろん、大切な女を苦しめる全ての元凶、市丸ギン。
「怖い怖い、何でそない怒ってはるん?」
「てめえの胸に手ェ当ててよく考えろ、市丸。次に雛森に近付いたら──俺はてめえを殺す…!!」
純然たる殺意の籠った隊長格の霊圧は容易く世界を軋ませる。冷静な頭の片隅で何とか腕の中に抱える雛森にだけは当てずに守り、冬獅郎は敵へ「失せろ」と無言で威嚇した。
「…なるほど、雛森ちゃんにはもう頼れるナイトがおるんやね。ならボクは大人しゅう引き下がります」
「…!」
「ちゃんと五番隊までエスコートするんやで──シロちゃん?」
おぞましい捨て台詞を最後に市丸がヘラヘラ笑いながら救護室を去っていく。その後ろ姿が廊下の奥へ見えなくなるまで、冬獅郎は震える幼馴染を左腕で強く抱きしめ続けた。
「…し、シロちゃん…あの…」
危機が過ぎ、霊圧を落ち着かせた少年の腕の中で雛森が身じろぎする。身長差のせいで無理やり彼女を屈ませて抱きしめている自分。これが藍染ならもっと絵になっただろうと場違いにも想像して腹が立った冬獅郎は、大切な女を守れた高揚感かららしくなく大胆になっていた。
「掴まってろ雛森」
「えっ、何を──ッきゃあっ!」
あの霊術院の現世演習以来初めて彼女を守ることができ、勢いに乗る少年が取った行動とは──少女を横抱きに抱えて空を駆けることだった。
暫しの空中散歩。視界の端で顔を赤くしあわあわ恥じらう幼馴染の姿に益々気を良くする冬獅郎は、辿り着いた五番隊隊舎で隊の連中全員に見せ付けるように中庭へ降り立つ。この場に藍染が居ないのだけが残念だ。
「十番隊の日番谷だ。藍染が戻ったら伝えてくれ。"市丸が雛森にちょっかい出してた"ってな」
「はっ、い、市丸隊長が…ですか?」
「いいから伝えろ。俺は絡まれてたコイツを守…か、回収しただけだ」
若さからくる無鉄砲な無敵モードが終わり、途端にこれまでの自分の行動が恥ずかしく思えてきた冬獅郎。ずっと握ったままだった雛森の手を慌てて振り払い、ぶっきらぼうに背を向け少年は瞬歩で隊舎を後にした。
「ッ、じゃあな雛森!」
「あ…」
──もし。
もし、あのとき。手を振り払った直後にあいつが浮かべた表情を見る、些細な勇気が己にあれば。
もし、あのとき。愚かにも勝手に「市丸が諸悪の根源だ」と自己完結せず、確とあいつの悩みと向き合えていれば。
もし、あのとき。何かに怯えるあいつが言葉の節々に滲ませた、絶望の片鱗に気付けていれば。
あるいはそんな幾つもの"もしも"の一つでも掴むことが出来ていれば、自分はあいつを失うことはなかったのだろうか…
──キャアアアアッッ!!
そして翌日の八月五日、早朝。
懺罪宮中に響き渡った彼女の悲鳴が、全ての終わりが始まる合図となったのだ。
桃「藍染隊長に酷い事しないで!(棒」
ギ「君の態度次第やなぁ?(棒」
シ「市丸、正体見破ったり!(ドヤッ」
次回、「藍染死す」。
デュエツスタンバイ!