雛森「シロちゃんに『雛森ィィィィ!』と叫ばせたいだけの人生だった…」   作:ろぼと

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現世ィィィィ!

 

 

 

 ──制服が好きだ。

 

 

私が何者であるかを

 

誰にも証明しないで済むからだ。

 

 

 

 

 

「…まあただのコスプレなんだけどね」

 

 のえるちゃんの名台詞を口ずさみ、あたしはくるりと回って人生初のミニスカートを翻す。

 

 久々の現世へ行くにあたり、あたしが選んだ服装はあの空座第一高等学校の女子制服だった。

 

(季節的に仕方ないけど、やっぱり夏服は地味ね…)

 

 半袖のブラウスに赤いリボン。校章の入った留具以外特にこれといった特徴のないシンプルなものである。

 冬服はスカートと同じグレーの赤いアクセントの入ったジャケットが初期BLEACHっぽさ一杯で素敵なのだが、一人だけ厚着は目立つので今回は見送った。無念。

 

 さて、今あたしがいるのは空座町の隣町。二十年前に懐かしの【ホワイト実験】を行った鳴木市だ。

 

 ここにはヨン様陣営のアジトが当時から維持されており、直近だとアイスリンガーとディ・ロイが空座町監視任務に就いていた時に拠点として使っていた。反膜(ネガシオン)兵器の応用で屋外に漏れる霊圧を遮断し、黒腔(ガルガンタ)を自在に開け閉めすることが出来るようにしてある。まさに虚圏(ウェコムンド)と現世の玄関口と言えよう。

 

 そんなアジトがある鳴木市に来た理由は、お買い物と原作イベント観戦の二つだ。

 

「急がないと始まっちゃうな…」

 

 気が利くと言うか謎の凝り性と言うか、アイスリンガーたちがいつの間にか作ってくれた周辺地図から大きいスーパーを探し、アジトから徒歩十五分ほどのところまで空の段ボール箱を積んだ台車を抱えていく。

 

「──むむっ! 美少女センサーに感アリッ!」

 

「文化祭の準備かな。凄いかわいい子だけど何年の人だろ」

 

「年上好きのお前でも知らねえのかよ水色ォ! ま、まさか待望の転入生!?」

 

「昨日男が一人来たじゃん。ていうか君僕をなんだと思ってるの?」

 

 …うん、めっちゃどこかで聞いたような声が聞こえたけど無視だ無視。原作では空座町の隣町に住んでいるらしいけどまさか鳴木市だったとはね。偶然って怖い。

 

 しかし台車のせいか相当目立っている桃ちゃん。脇に抱えた大荷物で注目を引き、続いて雛森フェイスで更に釘付けにしてしまう悪循環。

 うぅ、この視線の中でスカート姿はふとももが心許ない。生足を晒す度胸はなかったのでストッキングを履いて来たけど、これを毎日着てるJKって凄いんだなぁ…

 

 

 初期の現世任務で何の抵抗も無くミニスカートを穿けたルキアを尊敬しつつ、あたしは人目を避けるようにスーパーへと急いだ。

 

 雛森ちゃん企画の、あのウルキオラ&ヤミー襲撃イベントまで、あと少し。

 

 

 

 

 

 ***

 

 

 

 

 

「──ありがとうございました…」

 

 周囲のジロジロ不躾な視線に耐えることしばらく。

 赤い顔のバイト兄ちゃんの残念そうな声を背に、食材などを詰め込んだ段ボール箱三つを台車でガタゴト押しながらスーパーを出たあたしは、百五十年ぶりの現代ノスタルジーを少しだけ楽しみながらアジトへ戻った。

 

 

 

【挿絵表示】

 

 

 

 

「ではこれを厨房に運んでください」

 

「畏まりました、雛森様」

 

 雑務の破面に荷物を預け、あたしはわくわく気分で空座町へと向かう。

 右手にコーラ、左手にケバブ、心には熱いトキメキを。微塵の隙も無い完璧な布陣のスタグル装備だ。

 

 さぁ、いよいよ開戦です!

 

 

「わわ、やってるやってる…!」

 

 王鍵創造を見据えて、町の被害が最小限になる公園の森を座標に選んだ襲撃ポイント。

 地鳴りと共に空座町東部公園の方角から巨大な土煙が立ち上るのが見え、あたしは慌てて急ぐ。隣を並走する野次馬たちのおかげで、一人ケバブもぐもぐストローちゅーちゅーしているJKが紛れていても目立たない。

 

 背が低いので群衆の前の方へ行くと、ぽっかり開いた大穴の縁に二人の男が佇んでいた。巨漢に胸丈の白ジャケットが致命的にダサいヤミー・リヤルゴ選手、そして長方形の燕尾が致命的にオサレなウルキオラ・シファー選手だ。

 いいねいいね、やっぱりBLEACHの…生原作イベを…最高やな!

 

 ほっぺにピリ辛マヨネーズがつくのも気にせず、あたしは辺りを見渡し他のメンバーを探す。霊圧探知には記憶したチャドと織姫、そして一護の気配が近付いているのがわかるが、浦原商店の方はまだ動きがない。

 ちゃんと来てくれるよね?

 

「…なんだァ、こいつら? 霊力もねえのに寄って来んじゃねえよ!」

 

 あたしが一人木の陰できょろきょろしていると、野次馬に集られキレたヤミーが突然大きく息を吸い込む素振りをした。え、ちょ、ちょっと待ってまだ食べ終わってないのに!

 

 慌てて口の中に残りのケバブを放り込むのと同時。強制的に周囲の霊魂をDYS〇Nするヤミーの【魂吸(ごんずい)】に魂を抜かれバタバタと群衆が倒れていく。初めて見るけど凄い光景だ。

 本誌ではチャド曰くこれだけでホントにみんな死んだらしいのだが、翌日何事もなく学生たちを授業に出席させる空座町って危機管理ガバガバすぎませんかね。

 

 もちろんお忍び中のあたしも「な、何よこれ…ガクリ」と桃ちゃん名演技でパンピーのフリをする。さりげなく木の幹を背に座り込みベストな視界を確保。臨場感たっぷりの観客席に思わずニッコリ。

 くくく、この試作霊圧遮断義骸ver.2とあたしのコスプレ変装演技力が合わされば誰も正体を見抜くことは出来まい。詰め込んだケバブで頬が膨らんでいるのは変装の一環です。

 

「──おいウルキオラァ! こいつか?」

 

「!?」

 

 気付かれた…だと…!? 突然の大声に驚き、前髪の奥から恐る恐るヤミーの様子を窺うあたし。

 

「よく見ろバカ。お前が近付いただけで魂が潰れかかっているだろう。(ゴミ)の方だ」

 

「チッ、生き残ったのはたまたまかよ。くだらねえ」

 

 …なんだ、あたしじゃなくて竜貴ちゃんのほうか。びっくりさせやがって全く。

 

 しかし、おかげで緩みまくっていた気持ちが少し引き締まった。思えば最高の「雛森ィィィィ!」で人生に満足してから何となく消化試合的と言うか、定年退職後の余生を過ごしているかのような心理になっていたのも事実。まだあと一幕だけ原作雛森ちゃんがシロちゃんを曇らせたシーンは残っているのだ。回収し損ねてはデュエツィストの名折れである。

 

 そうしている内に事態は動く。竜貴ちゃんのピンチに颯爽と駆け付けたのは織姫ちゃんとチャド!

 友人のために立ち上がる二人の勇気は実に感動的だ。

 

「何だァ、お前ら?」

 

『…ッ!』

 

 だがあたしが集めてヨン様が破面化させた"十刃"を侮ってもらっては困る。順当にヤミーが消える霊圧をチャドし、残された織姫ちゃんが気丈に【双天帰盾】で彼の回復を試みる。

 

 …いや凄いなコレ。鬼道には自信ネキなあたしだけど、織姫ちゃんのやってる事が異次元すぎて原理が全くわからない。

 確かにこれなら彼女を攫ってもその能力目当てだとしか考えられないだろう。

 

 しかし、そんなぶっ壊れチートな織姫ちゃんもこの時点では戦う力を持たない。椿鬼の【孤天斬盾】も瞬殺されて絶体絶命だ。

 だが大丈夫、織姫ちゃん。なんてったってここには君のナイトのウルキオラくんがいるからね!

 

「…その女に手を出すな、ヤミー。あの方のご命令だ」

 

「ぇ…?」

 

 ファッ!? 録音! 今の録音出来てる!? ウルくん今「俺の女に手を出すな」宣言したよね!?(空耳)

 

 素敵なウル織の波動にファンのあたしは狂喜乱舞。よいぞ、やはり盛り上げるための事前準備は完璧だ。流石あたしである。

 

 

 …だが、事はあたしがそう調子に乗りまくっていた直後に起きた。

 あたしがこっそりポケットの記録装置を確認している真横で、耳を疑う爆弾発言がヤミーの口から飛び出したのだ。

 

 

「チッ、雛森さんの指示じゃしょーがねえなァ。あの卍解の的にされんのは二度とご免だぜ」

 

「雛森…?」

 

 

 

 ──は?

 

 

 ちょ…おいコラ待て、ヤミーお前今誰の名前出しやがった!? そこはヨン様陣営アピのために原作通り"藍染さん"だろ! "雛森さん"だと味方台詞OSR値ボーナスがヨン様じゃなくてあたしに飛んで来ちゃうじゃん!

 しかもちゃっかり卍解言及してるしこの野郎! あたしのオサレCO計画を台無しにするな!

 

 

 素敵な原作イベント見物が突然雲行き怪しくなる。死体の演技も忘れ、頭を左右にブンブン振るあたしの祈りを嘲笑うかのように、事態は更に悪化していく。

 

「ひ、"雛森さん"ってあの藍染って人が無理やり連れ去った副隊長の女の子…ですよね? 朽木さんの同級生で流魂街の人たちに人気だった…」

 

「"無理やり連れ去った"だァ? 何言ってんだお前、あの人は半世紀も前から俺たちのボスの一人だろ」

 

「は、半世紀…!?」

 

 

 ファ~~~~!?!?

 

 ちょちょちょヤミーあなた何当然のようにゲロってんの!? コイツこんな口軽かったっけ? てかウルキオラも突っ立ってないで止めてよ!

 

 一体何が起きているんだ。ヤミーはともかく忠臣ウルキオラまで自陣営情報暴露をスルーするのは流石におかしい。あたしは確かにちゃんと二人に口止めしたはずなのに──あれ?

 

 

 …あたし、口止めした…よね? 

 

 

「雛森桃。我々破面(アランカル)全軍を率いる軍団長の地位に就くお方だ」

 

「あらんかる…? 軍団長…?」

 

 必死に記憶を漁るあたしを余所に、なんとウルキオラまでヤミーに便乗して鰤界特有の組織オサレ解説をし始めた。これは本当にあたしが口止めし忘れていた感じの流れである。

 

 …確かにあたしの悲劇のヒロインムーヴは尸魂界離反の直前に選んだ新しい方針だったし、そもそもほぼ無関係なヤミーたちにとっては機密でも何でもない。

 秩序維持と意識教育を担当する【虚圏統括官】のDJも同じ理由で破面軍にこのことを通達する理由がない。ヨン様も一〇も意地悪だし、たとえ気付いても普通に黙秘してあたしがどうするかの観察に回るだろう。

 

 そして肝心の当事者たるあたしは、急遽決まった新方針をヤミーたちに伝えるほぼ唯一の機会だったこの数日間、ずっと「雛森ィィィィ!」の余韻に浸ったままか、今回の原作イベント再現ばっかり考えてて、何もしなかった。

 

 

 …はい、ギルティ。

 

 

「こいつを殺すなってことは後で何かに使うんだろ? なら雛森さんの印象が良くなるように任務ついでで攫っちまおうぜ。あの人の作る"ハンバーグ"だっけか、あれ旨ェんだよなァ」

 

「好きにしろ。俺は関知しない」

 

「嫌っ…!」

 

 放心するあたしの視界の端で、織姫ちゃんがヤミーに拉致られようとしている。

 別にその子を連れ帰ってもあたしは印象ダウンしかしません。これ以上原作ブレイクしないでください。

 

 

 …そして、そんなヒロインの危機的状況に、かっこよく登場するのがオサレの申し子・黒崎一護。

 

 

 

「──悪い、遅くなった井上」

 

 

 

 ホントだよ、ヤミーがあたしの名前出す前に来いよ!(責任転嫁)

 

 楽しみだったチャン一のオサレシーンも自業自得で灰色に見えてしまい、一人涙を流すアホアホ桃ちゃん。

 …仕方ない、切り替えていく。

 

 

「──卍解!

 

天鎖斬月(てんさざんげつ)

 

 

 おお、かっこいい! 真っ黒なコートがオサレ! あたしと同じ特等席で見れる織姫ちゃんも惚れ直すだろう!

 主人公の切り札を生で見て気分が良くなった単純なあたしは、先程のガバも忘れて彼がヤミーをボコる様を見物する。

 

 うん、やはりホワイトの霊圧を感じるな。顔色も悪いし、これは多分相当内なる虚に悩まされてますね。

 

 しかしそっちのあたし(・・・)はまだ目覚めていないのだろうか。ここで動きが見えないなら"仮面の軍勢(ヴァイザード)"たちとの虚化修行の前に一度封印を確認しに行かなくてはならないけど…

 

「──がっ!?」

 

 …おや、ホワイトくんの霊圧が跳ね上がった。同時に一護が顔を押さえ始める。戦局逆転、今度はヤミーにボコられるチャン一。

 

 展開自体は何とか原作通りに進行しているが、予想通り一護の最大霊圧がデカい。少なくとも解放グリムジョーに匹敵する規模で、しかもまだ増えている。

 

 そして、ウルキオラが思わず自身の斬魄刀に手を添えるほどの力が噴出した瞬間。それは起きた。

 

 

『なっ…!?』

 

 

 

 突然一護の胸元から無数の桃色の光帯が飛び出し、そして同時にあれほど大きかったホワイトの霊圧が一瞬で消え去ったのだ。

 

「…何だ、それは」

 

 あまりの出来事に眉を寄せて訝しむウルキオラ。一護も満身創痍だが体の自由を取り戻し、先程の現象が何なのかわからず驚愕しながら胸元の光の帯を見つめている。

 

 そして動揺する周囲の疑問をそのままに、光の帯はスゥ…っと彼の体の中に戻っていった。

 

(よかった、作動してくれたみたい…)

 

 どうやら()()()()()()()は予定通りちゃんと自動制御の役割を果たしているらしい。我ながら会心の出来の封印だ。どっと疲れが押し寄せ、あたしは安堵に溜息を吐いた。

 

 

 

 …さて、これで一応確認すべきことは終わった。

 

 あとは夜一さんと浦原さんの無双シーンだが…正直さっきのヤミーの暴露で精神的に疲れたのと、早く今後の身の振り方を考えたい。何だかこの流れだと目敏い二人に見つかる気がしてきたので、もう大人しく帰ろうかな…

 

 そう思い静かにフェードアウトを狙うあたしだったが、残念ながらそうは問屋がおろさない。

 

 

 

「──どうやら間に合ったみたいッスね」

 

 

 

 なんで主人公勢力ってどいつもこいつもあたしのガバを引き出そうとするんですかねぇ!?

 

 言った傍からタイミングドンピシャで登場した浦原さんと夜一さん。チャン一の牙錠封印の発動シーンで妙になった空気を元の殺伐としたものに戻し、再度ヤミーとの戦闘が始まった。

 

 夜一さんの教本のような素晴らしい白打でボコボコにされるヤミー。しかしタフな彼は少し意識を飛ばしただけで復活し、油断していた夜一さんへ虚閃(セロ)を発射。その間一髪で浦原さんの【血霞の盾】が間に合い…

 

 

「──鳴け、【紅姫】!」

 

 

 そして彼の始解の能力である血のオーロラ的な斬撃がヤミーを捉え、それを乱入したウルキオラが──あたしの方角へ弾き払った。

 

 

 

 …ん? あたしの方角?

 

 

 

「ッな!? この霊圧はまさか…ッ!」

 

「知ってるんスか、夜一サン!?」

 

 

 

 ちょっ!? てめえウルキオラなんでこっちに飛ばすんだよおい! なんて偶然だふざけんな! この義骸隠密用で防御力ないのホオオオアア壊れる壊れる義骸壊れちゃはああああああぁぁぁ────

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 …それはもう、完璧な"BULL'S EYE!"でした。

 慌てて逃げようとするも同調率の低い義骸で出来る死神の斬拳走鬼なんて殆どなく、当然指一本動かせずあっけなく直撃。

 あたしは塵一つ残ることなく消え去った試作霊圧遮断義骸ver.2に別れを告げた。

 

 そして…

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「──しょっ、そこまでです。ウルキオラ、ヤミー」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 必死にさも「今来ました」な体を取り繕い、あたしはオサレに宙に浮きながら一護たちの前に姿を現した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 






次回:必死の挽回チャレンジ


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