雛森「シロちゃんに『雛森ィィィィ!』と叫ばせたいだけの人生だった…」 作:ろぼと
毎度おなじみの展開です
現世は空座町。
謎の爆発や十人単位の住民が突然集団死する原因不明の事件が日常茶飯事な、通称・日本のサイレントヒル。そんな魔都の横にある鳴木市の地下アジトに、あたしは毎度の如くスタンバっていた。
新たにザエルアポロの研究所が併設されたこの現世アジトは、五十年の増改築で本拠地の
ヨン様敗北後はほとぼりが冷めるまで
しばらくすると霊圧観測装置に反応があり、あたしは目の前の四十もの映像モニターに映し出されたヤミーたち
展開は順調。敵味方のマッチアップも原作通りで問題なし。ただシロちゃんの動きが妙に慎重な気がする。何か作戦があるのか、お陰でルピが順調にイキって一対四の状況を楽しむ期待通りの展開へ。
あたしはそんな監視網の画面を見つめ、現場に介入する機会をワクワクしながら窺っていた。
…だが、ここで問題が一つ。
あたし自身がワクワクしていると言うことは、即ち
そしてそれは…
『──シロちゃんだ!──シロちゃんがいる!──シロちゃーん!──待望の原作再現シロちゃんシーン!──うふふ、シロちゃぁん…もう少しで逢いに行くよぉ──』
「みんなうるさい…」
…こういう意味なのだ。
無数の雛森クローンの魂魄で出来た崩玉、通称・桃玉。
昨夜の飛梅会議の後、短慮にもすぐさま自分の魂魄との融合を開始させてしまったあたし。真っ先に感じたのはえげつないほどの霊圧の成長と──桃玉の住人たちの姦しい声だった。
魂魄の霊体的束縛から解き放たれたヤツらは、崩玉の意志というある種の高次元的存在へと昇華し、現在はその思念体生活を存分に謳歌している様子。まるでどこぞの妖刀みたいにあたしの中で好き勝手騒いで凄くやかましい。
「…ねえ、もう少し興奮抑えられない? そっちのテンションがあがるとあたしの霊圧が増えすぎて大変なんだけど」
『──はぁい…──お姉様に怒られちゃったね──ガバになるからしょうがないよ──』
「その"お姉様"ってあたしのこと?」
渋々、キャーキャーからヒソヒソに思念の声量を落としてくれる桃玉。個としての自我すら放棄したはずの元魂魄同士でなんで会話が成立しているのか極めて謎だが、出来ればそのまま作戦終了まで大人しくしててほしい。
と言うのも、実はこの気紛れポンコツ。心を読み取る性質を持つ崩玉だからか、その意思となった雛森クローンたちの感情の荒ぶり度であたしの力の成長速度がブレまくるのだ。つまりシロちゃんのことを強く意識した瞬間にあたしの霊圧最大値が爆発的に増えてしまう。
これは今後の展開的にとても不味い。
「…シロちゃんに会えた興奮で大暴走しないといいけど」
一応剣八の眼帯みたいに霊力を食べてくれるザエルアポロ製アイテムを装備しているが、やはり崩玉融合が不十分な今はシロちゃんの前で長居しないほうがいいだろう。あたしの魂魄強度が上がるまでの辛抱だけど…全く、ヨン様もとんだ地雷を寄越したものだ。
作戦失敗を心配をするあたしに対し、当のガバ温床たちは呑気に映像モニターを注視している。
『──見て見てお姉様──黒崎くんがグリムジョーさんとぶつかるよ──虚化ちゃんと出来てるかな?──さあ、始まりましたリベンジマッチ!──』
「あたしの中で実況しないで…」
思わず苦言を述べるが、内容自体は少し気になるものだったので一緒に観察する。
一護は無事虚化を手に入れたようで、グリムジョーをただの袈裟切り一つで満身創痍にした…のだが、最大出力が高い代わりに持続時間が5秒04とめっちゃ短い。そして解除後は力を使い果たしてしまうのか、結局グリムジョーと二人ヘトヘトボロボロ同士で不毛すぎる泥試合を繰り広げている。これGJJJさん、平子戦の前にルキアにやられたりしないよね…?
画面が替わってヤミーたち本隊サイド。こっちはルピが頑張っているのか一角や乱菊さんの傷がかなり深い。シロちゃんは現在原作と同じく潜伏中なので消耗の度合いがわからないが、日番谷先遣隊が半壊しているのは予想外だ。
…あれ、これ原作通り明後日に空座町決戦仕掛けたら乱菊さんたちの回復が間に合わない?
『──ガバ?──お姉様がルピに油断するなって注意したからじゃ──しっ、気付かないフリしなさい──でもウル織の熟成時間稼ぐなら消耗関係ないよね?──』
「あ、そっか」
またやらかしたかと思わず身構えたけど、考えてみれば雛森クローンたちの言う通り、どのみち決戦を先伸ばしにしたんだから大した問題じゃなかった。
と言うのも、ウル織はともかく、実はあたし個人も少し時間的猶予が必要なのだ。
理由はこの桃玉にある。今朝がた考えなしに魂魄に埋め込んだあたしだが、今の馴染んでない不安定な融合状態だとシロちゃん戦で桃玉が荒ぶって暴走する可能性が高いのだ。当日にガバってこれまでの愉悦計画を台無しにしないよう、少しでも体に馴染ませる時間が欲しい。
つまり、この場面での最善チャートは…
「──いっそあたしがここで現世組をボコって、しばらく治療のため後方に下げさせる…とか?」
決戦をズラすのはヨン様の鏡花水月で山爺や浦原さん・マユリ様を操れば可能だけど、出来れば隊長格側にも戦えない事情があった方がいい。特にシロちゃんは無理やりにでも来てしまいそうなので、数日間あたしの全力の【白伏】で動けない状態になっててもらおう。流石の護廷隊も主力の隊長格が──恋次も来てくれたら──三人も戦闘不能になったら
何より、ここでシロちゃんの意識を奪っておかないと、最悪あたしが空座町を去るときにおもらし「雛森ィィィィ!」が出てしまう危険性がある。まだ収穫には早いのでそれだけは阻止せねば。
(…こうしてみると意外と妙手?)
そうと決まれば早速原作とOPBの知識を総動員して勝算を分析しよう。
卍解抜きでも桃玉と融合した今のあたしの霊圧なら、現在の空座町を一人で沈黙させることはおそらく可能だ。浦原さんは決戦に備えて情報収集に徹するだろうし、平子やローズの感覚操作系能力は飛梅ちゃんの大技で脳筋ゴリ押しすればいい。今の一護やシロちゃんは鬼道一つで倒せる。梅焔グミ撃ちはOSR値マイナスが少し不安だけど、これは効果的なオサレムーヴで補えるはずだ。
例えば一度手加減した大技を使い、それを凌いだ相手がドヤって低OSR値状態になった時に、本気の【
OPBシステムはこの鰤界の真理。それを唯一知ることの許されたあたしがOPBで敗北するなど鰤ファンとしての恥以外の何物でもない。
卍解などの手札を残し、同時にシロちゃんの前で悲劇()の伏線を張りつつ、現世の護廷隊戦力みんなに決戦までの数日間は大人しくさせる程度のダメージ、あるいは【白伏】を叩き込む。
難しいがやり遂げて見せよう。
あたしは大きく深呼吸し、覚悟を決める。そろそろ雛森クローンたちの我慢も限界のようだ。
『──ねえ、お姉様──そろそろ空座町に行ってもいいんじゃない?──映像だけじゃ物足りないよ──生シロちゃん楽しみだなぁ──』
桃玉の期待感のせいかまたもやあたしの霊圧が成長し始めた。嬉しいけど、今の魂魄強度でこれ以上力が上昇したら最悪剣八みたいに自滅しかねないので止してくれ。
「あの、この急な作戦変更は空座町決戦での「雛森ィィィィ!」のためなんだけど、お願いだから目先のシロニウムに目が眩んで暴走するのだけは止めてね…?」
『──う、うん…頑張るよ──でも多分シロちゃんと接する時間は短めのほうがいいかも──自分ですらどうなるかわからないとかあたしたちガバガバすぎない?──オリジナルだけが持つ崩玉制御力を信じるのよ!──そのオリジナル先月特大ガバやらかしたんだけど──』
「やかましいわ」
ホント、こんなことなら融合を後回しにすればよかった。ただでさえいつもの桃ちゃんお得意「開始五分前だが作戦を変更する!」が発動してしまって不安なのに、始めからコレとか先が思いやられる。まさかこれも崩玉をくれたヨン様の高度な罠なのでは…?(違)
さて、愚痴は終わりだ。
あたしは
桃玉の住民たちに厳重注意をして、やるべきことを整理する。そして気持ちを落ち着かせ、みんなの心構えが出来たら、再度深呼吸。
──さあ、いざ出陣だ!
ああもう、楽しみと不安で気持ちがぐちゃぐちゃだよ。どうか無事にオリチャー成功しますように…
次回:久々の桃ちゃん無双