雛森「シロちゃんに『雛森ィィィィ!』と叫ばせたいだけの人生だった…」 作:ろぼと
お待たせしました、新章です。
奪還ィィィィ!
こんにちは、雛森桃です。
職業は
そして特技は、寝坊とガバです。
「うふ、うふふ、ふひひひ──はぁ…生で愉しみたかったなぁ」
書類や機器が散らかる暗い一室で、画面の映像を食い入るように見つめる者がいる。そう、あたしだ。
先ほど、いや三日前。桃ちゃんホームの新入居者が羽目を外し過ぎて建て替えレベルの破損事故を起こしたせいで、あたしの完璧()な愉悦計画の予定表は木端微塵になってしまった。流石に当日の今から何かしたところで間に合うはずもなく、もうどうにでもなれの精神なあたしは只今、魂の半身飛梅ちゃんと共に最新の【シロちゃん成長記】を絶賛堪能中だ。
「あっ、ここ! このシーン! はぁん、シロちゃぁん…またこの時みたいな辛そうな顔でハグしてくれないかなぁ…」
『お労しや…主様』
止めろ飛梅、あたしを憐れむくらいならそこで君ん家の梅の木の養分になってる桃玉をもっと深くに埋めてくれ。
悲愴な覚悟の決まったイケメン曇り顔のシロちゃんに抱きしめられるという素敵な展開。本来ならばあの「雛森ィィィィ!」に準ずる屈指の愉悦イベントだったのだが…
「いいなぁ飛梅は、命の危機で何も覚えてないよぉ」
『…私もあの氷蜥蜴を潰すつもりだったのにあの
「ホントよ! 映像でも凄いことになってるしシロちゃん大丈夫かな…」
だがあのシーン最大のダメージは精神の方に入っている。
あれほど残酷な展開を見せてしまえば、あたしのシロちゃん分析でギリギリの精神バランスを見極めて練られた愉悦計画は修正を余儀なくされる。このまま本番でやりたい曇りムーヴをすると絶望させすぎて最悪あの子が廃人になりかねないのだ。
原作の彼が雛森ちゃんの不幸に曇る最後の空座町決戦は存分に愉しむつもりだったが、死に逃げが出来なくなった以上何らかのフォローは必要だ。だけど今の絶望状態だと総合的なシロちゃんの蓄積精神ダメージ量の問題で、あたしの最終奥義【二人は幸せなキスをして終了】でも立ち直れないかもしれない。
「どうしよう、決戦後に投降してシロちゃんのお嫁さんになってあげてもメンタル回復量足りるかな…」
『良き妻を演じて正常な愛情をたっぷり注いでやればいつかは復活出来るのでは? 男子の心の機微なんて知りませんが』
「!」
ハッと目を見開くあたし。どうでも良さそうな声色に反して飛梅ちゃんの意見自体は大いに参考になる。ようは惚れた可愛い女の子が献身的に支えてくれる長期的なメンタルリハビリだ。これで回復しない男はいないだろう。
うん、これなら今を存分に愉しんでも大丈夫そう! 千年血戦篇対策の破面軍再編制は夜シロちゃんが寝静まった後だって出来るしね! 二足草鞋は護廷隊時代に嫌と言うほどやったもの。大丈夫だ、問題ない。
「ヨシ! 計画はこのまま続行す──」
『その間ずっと桃玉の愉悦願望を抑えきれる自信があるのなら、ですが』
「……」
……
「──うわあああん! やだやだ『ごめんね…愛してるよ…』って言ってシロちゃんの腕の中で死んだふりしたいいいい!」
『どうせ手加減したくとも途中で我慢できなくなって全力出すんですから、悩むだけ無駄です』
百五十年越しの悲願の残り半分を目前にして取り上げられそうになり、あたしは大いに咽び泣く。おいそんな末期麻薬中毒者みたいに言うな。
『愉悦も人を精神的快楽の虜にする麻薬ですよ。…そんなことよりさっきから庭に埋めた桃玉がうるさいので厩肥を撒いてきますね。失礼します』
「え、ちょ」
止める間もなく、おでこに青筋を立てた飛梅ちゃんがスッと消えて精神世界へ帰ってしまう。主人が悲嘆に暮れてるのに桃玉虐めを優先するとはなんて冷たい斬魄刀だ。一応は炎熱系の部類なのに。
あと桃玉は愉悦計画に使うからあまり汚物で汚さないで。
「はぁ…いい加減現実見ないと…」
相談愚痴感想を聞いてくれる相手がいなくなったので、あたしは憂鬱気分で『シロちゃん成長記』の映像を閉じる。そろそろ現世は夜。下校して諸々の準備を終えた高校生死神の一護くんが
仕方ない。
やり損ねたことはいっぱいあるが、あたしの基本的な計画は未だ健在だ。無論、相次ぐガバで全ての妄想を叶えることは難しくなったものの、一世紀半にも亘る準備はちゃんと揺るぎなくあたしが欲するメイン愉悦への道を示している。
後のことは、また後で考えればいい。大変なことになったら桃玉さんに責任を持って何とかしてもらおう。なんてったって『心に願いの道を示す』のが崩玉の真の力だからね。
壊れたシロちゃんの心を正すリハビリの途中で暴走なんてするはずがないよなぁ!?(威圧)
なおその確認に対する桃玉の反応は『──いやあああああ飛梅を止めてぇ!──』だったので、次回からあの玉を直接触ることは控えようと誓った桃ちゃんであった。
***
「──あ、あの。大丈夫ですか…?」
自室を後にし、執務室へ向かうブルーなあたしの背に女の声が届く。
霊圧で気付いていたが振り向いた廊下の先にはウルキオラと、彼を引き連れた栗毛の美少女。気付いたらここ
うむ、低露出で禁欲的ながら見事なボディラインを強調する破面装束がディモールトベネ。ウルキオラもちゃんとあたしの言いつけ通り立派な執事兼騎士風の振る舞いで彼女に接してるようで何よりだ。
全く。本来なら今頃は色々と準備を終えてゆっくりこの二人のいちゃいちゃを堪能できたはずなのに…
思わず顔が陰る桃ちゃん。
「…ごめんなさい、織姫さん。眠ってる間に色々とお世話になってしまったようで…」
「い、いえいえ! 怪我が治ってよかったですっ。怪我は…」
何とか笑顔を作って見せると、織姫ちゃんが沈痛そうな表情で俯いた。彼女がここに居るのも「雛森さんが心配で…」という心優しきヒーラー気質による導きのようだ。うーん、これはまごう事なきメインヒロイン。
この大天使は、どうやら桃玉に振り回されるあたしのことを"非道な研究の実験台にされた女の子"だと勘違いしているらしい。
まあ実際桃玉の誕生秘話を思えば当たらずとも遠からずなんだけど、あいつらはあのシロちゃんハグで歓喜絶頂して
あたしの自爆の大怪我も桃玉の興奮が収まれば普通に超速再生しただけに、何て言うかこう、有難迷惑お節介というか、その時間でもっと別のことをして欲しかったというか。やはりこの世界でもウル織は読者の妄想で終わってしまうのか…(涙
「軍団長」
「あ、はい。何でしょう」
内心嘆いているとウルキオラが「藍染様がお呼びです」と教えてくれた。どうやら彼は普通にあたしに用事があって織姫ちゃんと同行していたらしい。ちぇっ、ウル織妄想もさせてくれないのか。つまらん。
「藍染…様の呼び出し、ですか…」
「異を唱えるな、女。全ては藍染様の御心のままに」
「で、でも何で今…! 雛森さん、怪我治ったばっかりなのに…」
あたしがヨン様のトコに行くと知って織姫ちゃんが過剰なまでに心配してくれる。なんかあの人、あたしのガバのフォローが
ふむ、しかし「何で今」か。
原作を知るあたし的には寧ろドンピシャのタイミングのお声掛けだ。丁度ぽっけの監視室連絡端末が振動してるし、モチベ上げにここは少しオサレポイントでも稼ぐとしましょう。
「…ご心配なく、織姫さん。あたしは大丈夫です」
「ッ、でも!」
「ウルキオラ、急いで彼女を宮のお部屋に。直にあなたにも召集がかかります」
猶予の三日が過ぎ、ザエルアポロの監視網からも予定通りだと報告が上がっている。こちらの思惑通りの状況は概ね整ったのだ。
「えっ、それってどういう…」
そして、困惑する織姫ちゃんへあたしが振り向いた、まさにその瞬間。
──開戦の鬨を、上げるんですよ。
我ら三人がよく知る霊圧が
***
かの巨匠ル・コルビュジェであれば何と評しただろう。宮殿建築の代名詞とも言える華美な装飾の悉くが排除された、平面的で無機質なその大広間を、あるいは数理的な秩序哲学で構成された天上の調、などと詩的に称賛したかもしれない。
「──侵入者ラしイよ」
高い背凭れが天を突く、十一の椅子。大広間の中央に鎮座する長卓子を囲むそれらに、十人の破面が座っていた。
──
「侵入者ァ?」
くぐもった声を木霊させる細長い面の男へ訝しげに問い返すのは、筋骨隆々とした巨漢。
──
「二十二号地底路が崩壊したそうだ」
豪快に肘を突いて座る彼の疑問に、姿勢のいい浅黒い肌の男が無感情に答える。
──
「二十二号? また随分遠くに侵入したもんじゃな」
三人の会話に失笑を零したのは別の男。腰をふてぶてしく椅子に埋める、嗄れ声の老骨だ。
──
「全くだね。一気に玉座の間に侵入してくれたら…面白くなったんだけど」
呆れる老人に同意するのは長袖の若い男。含みを持たせる笑みが、そのどす黒い腹の内を語っていた。
──
「ヒャハハハ、そりゃいい」
青年の不穏な言葉が漂う卓子に、調子外れな笑い声が響いた。巨大な円形の衿を後頭部に聳えさせる、ツリ眼の巨人だ。
──
「うるせえな…こっちは眠ィんだ。高ぇ声出すなよ」
劈くような狂声に隣席の男が顔を顰めあくびを零す。肩長で揃えられた黒髪に無精髭の二枚目。
──
「…前回の任務以後から雛森様の霊圧を感じない。何か知らないか」
面の男の横に、若い色黒の女が座る。低く無感情な声ながら、そこには微かな困惑が滲んでいた。
──
「ハッ、あのご高名な軍団長サマが死神如きにやられるタマかよ」
女の疑問を一笑するのは青髪の青年。乱暴に開かれた胸元の大痣が、宛ら戒めにも勲章のようにも見える。
──
「騒ぐな。すぐにわかる」
最後の一人が口を開く。病的に白い肌、黒い唇、一切の生気を感じないその男はまるで石像のように自らの椅子に鎮座していた。
──
各々自由気ままに座る会議卓子。桁外れな霊圧が一帯に満ちる。
彼らの名は"
そんな破面の頂点らが一堂に会する大広間に、四つの足音が響いた。集う破面たちは揃い大扉へ振り向く。
最強の名を冠す彼らでさえ思わず力むほどの、途轍もない霊圧。誰もが口を閉じ、首を垂れるその四人の中央に…王がいた。
皆をこの場に集めたその王は、まるで散歩に行くかの如き気楽な甘いバリトンで、自らの権勢の始まり以来の大事を宣言した。
「お早う、
──先ずは紅茶でも淹れようか。
桃「くっそオサレな絵面にくっそオサレな台詞、誇らしくないの?」
ヨ「精進あるのみ…」
そんな二人に新たな支援絵です!
farさまのヨン様。
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爆発四散一歩手前の桃ちゃんを見ながら、ふと自分の崩玉との融合を不安視するヨン様。これは萌えキャラですねぇ、ヨン様は本当に多才なお方…
ゴミ箱に添えて崩玉を脅す器の狭さに大草原。そして自分のを肥溜めに埋める悦森。似た者同士な主従かな?
farさま、此度も素敵なイラスト大変ありがとうございました!