雛森「シロちゃんに『雛森ィィィィ!』と叫ばせたいだけの人生だった…」   作:ろぼと

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注意:小説版のネタバレがあるから気になる人は飛ばしてね

コメで要望があったので試しに22:00投稿に切り替えました




藍染ィィィィ!

 

 

 ふと気を抜けば膝を突いてしまうほどの霊圧に慣れたのはいつだったか。コツコツ、と。溶け焦げて固まった黒曜の砂漠を歩く足音に従い、市丸ギンは上司の後ろに控えながら、目の前の人物を観察する。

 

 刀剣より琴花。

 

 このような殺伐たる煉獄に似つかわしくない風貌の少女が、正面から護廷隊史上最強最悪の男と向き合っている。見る者全てを絆す華奢で可憐な小さき乙女。そんな印象を覚えて然るべきであるはずの青年は、このときただ、雛森桃という小娘にひたすら感心していた。

 

 

 ──笑っているのだ、彼女は。あの藍染惣右介を前にして。

 

 

「…いつから、見てらしたんですか?」

 

 その異常な余裕に興味を引かれたのか、このような場面では常に会話の主導権を握るはずの藍染が彼女に発言を許した。

 そしてそれは最良の選択だったと市丸は確信する。

 

「最初からだよ、雛森一回生。実に見事な戦いだった」

 

「あ、いえ、今日のことはもう知ってます」

 

「…ふむ」

 

 同じ隊長格でさえ意識を飛ばしかねないほどの霊圧を受けながら、雛森の顔にはおよそ恐怖に類する本能的な危機感が存在しない。

 まるで最初からこうなることを予想していたかのように飄々と、少女が人懐っこい笑みで問い掛けてくる。

 

「あたしが気になっているのは、こんな場所を準備してくれるくらいもっと前から…それこそあたしが霊力を鍛えようと考えた百年くらい前から見てたのかなって」

 

 へえ…。市丸は上司に隠れて口内で思わず感嘆の声を転がす。

 

「何故そう思う?」

 

「それくらいは出来ちゃいそうな人に見えますし」

 

 どこか楽しそうに、少女は「だって」と続ける。

 

 

「五十年くらい前の魂魄消失事件…でしたっけ、護廷隊の隊長たちが虚になっちゃったとかで情報規制があった凄い事件──あれ、あなたがやったんですよね?」

 

 

 …

 

 なるほど、これは藍染隊長が気に入りそうだ。市丸は彼女に釣られるように笑みを深める。しかし隣の上司は変わらぬ微笑のままだ。

 

「とても興味深い推理だ。根拠を聞かせてくれないか?」

 

「あたしの師匠は志波空鶴さんです」

 

「なるほど、四楓院夜一か」

 

 そこから語られる彼女の推理は極めて単純なものだった。志波空鶴の日記を偶然見つけ、魔が差して覗いた頁に例の事件や裁判に関する疑問、冤罪を受け姿を眩ました友人の身を案じる内容などがつらつらと綴られていたこと。そして此度は雛森自身が虚圏へ連れ込まれ、その後奮闘を称える言葉と共に虚と繋がりのある死神の隊長格が登場。共通性を見い出すには十分な状況証拠だった。

 推理を聞く藍染も当然のように頷いている。この対話も彼女の最低限の知性を試すためのものなのだろう。

 

 だが。直後少女が口にした問いが、上司の絶えぬ微笑に歪みを起こした。

 

 

「死神を虚にする、(プラス)を虚にする、相反するものの壁を取り払う──どこかで読んだ『神話』を逆行するようなお話ですね、凄く厳重に保管されてる巻物とかに書かれてそうな」

 

 

 藍染が、目を見開いた。

 

 それは副官の市丸が辛うじて確認出来るほどの小さな変化。しかしそれ故青年は目の前の少女に感心を超えた驚愕を覚える。

 

「…ほう」

 

「あたし、流魂街の空鶴さんの実家で鬼道を教わったとき、お家のあまりの大きさにびっくりしました。空鶴さんの一族はかつて四大貴族に連なる五大貴族なんて呼ばれてたほどの家だったんだって」

 

 楽しげに師匠との思い出を語る彼女の笑顔は、どこか白々しく見える。本題はこんな子供の絵日記のような内容ではないはずだ。

 

「…そして、瀞霊廷を追い出された理由を知ったとき、もっと驚きました」

 

「そうか、やはり君は志波家でこの世の成り立ちを知ったのか」

 

「はい」

 

 すっ、と少女…そして藍染の笑顔の質が変わる。

 

 僅かな静寂。無言で視線を絡ませる二人。見えない糸で何かを互いから引き出さんとしているかのような、とてもおぞましい駆け引き。

 あるいはただの錯覚だったのかもしれないその伝心の応酬に、市丸は何故か、心臓を鷲掴みにされるような悪寒を覚えた。

 

 果たしてその軍配がどちらに上がったのかはわからない。だがいかなる結果か、焦れるような一拍のあと、少女が──遂に、その小さな唇を開いた。

 

 

「あなたは同じ強者として、王の名と位を冠する者が弱者の都合で人柱にされてる無様な現状を変えたいと思ってるんですか? そしてそんな霊王を排除し、ご自身が真の王になろうと思ってるんですか?」

 

 

 ──死神と人間(クインシー)の壁がない霊王ですら至れなかった、死神と虚の壁がない超越者になって。

 

 

「…」

 

 沈黙。一秒にも一年にも感じるその不思議な時間は、あるいは形而上の精神がこれより起きる災害から少しでも長く逃避していたかったがために時を引き伸ばした結果だったのかもしれない。

 

 しかし、直後。天地が反転したと錯覚するほどの霊圧が世界に襲い掛かった。

 

 

 

 

「…正直に言おう」

 

 

 

─君は、私の予測を上回った。

 

 

 

『…!!』

 

 大地が軋み、天が震え、一人の男の力に怯えている。これほどの霊圧を感じたのは副官の市丸とて初めてのことだった。

 否、初めてなのはその感情の揺れをあの藍染が他者に強いられたこと。彼の悪魔的な想像力を凌駕する奇跡を成し遂げた一人の少女に、市丸は目を奪われた。

 

 雛森桃はその端正な麗容に汗を滴らせ、豹変した藍染の様子に焦っているようだった。

 

 だがその焦りの根底にはあるべき感情が依然として欠如したまま。彼女が嘆いているのは自身の迂闊さだけで、目の前の絶対者と対峙した自らの末路に非ず。

 

 この少女は、あの藍染惣右介に、根本的な強者への怖れを抱いていないのだ。

 

「魂魄消失事件の真犯人を導き出すのは、私がこの虚圏で君の前に姿を見せた時点で誰でも可能だろう。五大貴族の成り立ちから私の野望を見抜くのも、霊王の種族的分類を分析するのも、君の得られた情報があれば多少聡い者なら不可能ではないだろう」

 

 苦笑いで固まったまま視線を激しく彷徨わせる雛森に、藍染が唄うような称賛を贈る。

 

 

「だがそれら全てを繋げ──私の望む霊格としての到達点を突き止められる者がいるとは思わなかった」

 

 

 その言葉で市丸は上司の高揚の理由に気が付く。

 霊王が、世界が霊界・虚圏・現世の三つに別たれる以前に生まれた存在であることは霊術院でも習う。霊王が、生と死の概念が存在しない太古の世の遺物であることも志波家なら記している。

 だが少女の話には、一つだけ全く関係性のない単語がある。青年自身も知らない、思わず子供の戯れ言かと聞き逃してしまいそうなもの。されど藍染は、それに大きな意味が含まれていることを知っており、その答えに到達した彼女にかつてない期待を抱いたのだ。

 

「先程の君の三つの問いには全て()と答えよう。私は君が白道門の門番に頻りに鬼道のことを尋ねていると手駒たちから聞き、彼と繋がりのある五大貴族──即ち志波空鶴を負傷させ引退に追い込み、君の師となるべく操った。責任感が強く、尚且つ任務で大怪我を負った彼女が、死と隣り併せである死神になるための技術を年若い少女の君に簡単に教えたことから違和感を感じられただろう」

 

 

 ──そして君は見事私の期待に最大限応え(・・・・・)、志波家でこの世の原罪を知った。

 

 

 藍染がまるでお手を覚えた犬を褒めるように目を細める。しかしその直後、その柔和な笑みが一瞬でどす黒い歓喜に染まった。

 

「君の、霊王の霊格についての考察は確かに驚いた。君の口からあの種族の名が出たこともね。そして私が死神と虚の壁を取り払う研究をしている目的が単純な力ではなく、種族的な意味で霊王を超越することであると察した者は君が初めてかもしれない」

 

 藍染の冷笑が凶悪な狂笑へと変貌していく。のし掛かる霊圧は、最早深海の水圧の如き物理的な破壊力を以て虚圏を圧し崩していた。

 

「…だが、なぜ私の望む霊格としての到達点からその力を…」

 

 

 ──滅却師(クインシー)の力を除外した?

 

 

「えっ? ぁ…」

 

「君の推理の延長で考えるならば、私は霊王と同じ滅却師の力をも手にしていなければならない。三種の力を統合してこその、霊格としての究極の到達点となるはずだ。だが──」

 

 そう、彼女は先程、故意に滅却師の力をそこから除外した。偶然ではない、そこには明確な意図がある。

 

 ──君は最初から知っていたのだ、あの種族の力の成り立ちに。

 

「何故だ? 滅却師と霊王の繋がりを記す情報は千年前に全て零番隊が回収したはずだ。志波家にとて残ってはいまい。君はそれをどこで知った?」

 

「あわわ…」

 

「当初は生まれながらに叡知を与えられた霊王の魂を持つ者(フルブリンガー)かと思ったが、尸魂界へ招かれ百年もの間君は(ホロウ)とは無縁だった。多少霊圧を抑制したところで、霊王の欠片を持つ者が虚の感知を欺き続けることなど不可能だ。故に、現状この世にあるとされる如何なる手段をもってしても、君がその結論に至れる道理はないはずなのだ」

 

 ──わからない、故に面白い。

 

 藍染が一歩、思わずといった心境で彼女に近付く。まるで極上の宝石を目の前に転がされたかのように。

 

「実に興味深い人物だ、雛森桃。私は今、然るべき過程無くして正解に至った君に──かつてないほど深く広い未知に、強い感動を覚えている」

 

 主の感情の起伏に呼応し、さながら津波に呑み込まれたかのような重圧が雛森を襲う。天井知らずに高まる藍染の霊圧に、流石の麒麟児も苦痛に顔を歪めていた。

 

「どうした、顔色が悪いぞ? この私が初めて敗北を認めた相手がこの程度の霊圧に気圧されるなどあってはならない。先程のように笑いたまえ」

 

「はぁっ!? いやあのっ、敗北って──」

 

「敗北だよ。予測を上回るとは即ち未知に無防備となること。そして未知とは恐怖の源だ。称賛しよう。喝采を贈ろう。今宵世界に、新たな強者が誕生した」

 

「違うんですゥゥゥッッ!」

 

 頭を抱え「当てずっぽうなんです」と弁論する少女の言葉など誰も信じてはいない。

 藍染も見抜いているのだろう。己の力が未だ弱者の域を出ないと自覚しながらも、目の前の霊圧の怪物にさえ異色な親しみを感じさせる──まるで(どくしゃ)被造物(キャラクター)を愛でているかのような、最上の傲慢さを滲み出させる彼女の魂魄としての「格」を。

 

 

「──さて。大変…大変有意義な語らいであったが、そろそろ本題に移ろう」

 

「! シロちゃんと潤林安のみんなにご慈悲を頂けるならお好きなだけ使い潰してくださいっ!」

 

 自身のペースのまま一瞬で要望を突き付け平伏す雛森桃。その姿を見て、市丸は漠然と彼女の本質を理解出来た気がした。

 

 自分達の生きる世界から位相のズレた、神の愛を体現する者。

 

 あの藍染惣右介以上の精神的超越者とこれからどう接し、どう自身の目的に利とするか。彼女に抱く底知れぬ畏怖を追いやり、市丸はただその事について考えることにした。

 

使い潰し(・・・・)などしないさ。今日から君は──」

 

 かくして藍染の下に、一人の強者の雛が参列する…

 

 

 

 ──私の同胞だよ、桃。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 





ヨ「凄い凄い! すごーい!」ピョンピョン

桃「」←FXで有り金全部溶かした(ry

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