雛森「シロちゃんに『雛森ィィィィ!』と叫ばせたいだけの人生だった…」   作:ろぼと

70 / 145

サル「辿り着け、俺の"高み"に…」

キリがよかったのでとりあえず更新
やっぱりザエロ戦とかヤミー戦とか書きたくなったのでもう一話ください

ウル坊戦の前半です



黒翼ィィィィ!

 

 

 

 

 

 

 

 

「──怖いか」

 

 

 第五の塔の最上、玉座の間。

 

 虚夜宮(ラスノーチェス)の守護を任された一体の破面(アランカル)、"第4十刃"ウルキオラ・シファーは、気丈に佇む女へそう尋ねた。

 

 その役割が敵の囮であったと知り、全てが計画通りに進んだ今、彼女──井上織姫を守るものは何もない。雛森軍団長も、ウルキオラ自身も、無価値な人間に目をかけることはない。

 女は此処で、誰にも触れる事なく、たった一人で死んでいくのだ。

 

 だが。

 

 

「こわくないよ」

 

 

 井上織姫は、その恐怖を撥ね返した。

 

「みんながここに来てくれた時、最初は少し嬉しくて……そしてすごく悲しかった。なんで来ちゃったんだろう、って」

 

「……」

 

「だけどみんなが戦って、傷付いてるのを感じて……すごく、すごくイヤだって、思った」

 

 仲間にケガしてほしくない。無事でいて欲しい。そう思った時、彼女は気付いたと言う。

 

「もし、みんなの中の誰かがあたしと同じように消えてしまったら……あたしもきっと、みんなと同じことをする」

 

 誰かと全く同じことを考えるなんてありえないかもしれない。だけど、相手を大切に想い合って、相手の少し近くに心を置くことはできる。

 

 そして、それ(・・)こそが、そうなのだと。

 透き通るような声で、井上織姫はそう言った。

 

 それこそが……

 

 

 

 ──"心を一つにする"ことなのだ、と。

 

 

 

 沈黙が玉座の間を支配する。切なげな、それでいて強い意思を感じる大きな瞳が、真っすぐ前を見つめてくる。死を突き付けられた非力な者には決してできない、強い目が。

 

 

「……心だと?」

 

 

 ふと、気付けばウルキオラは目の前の女に問うていた。

 

「貴様等人間は容易くそれを口にする。まるで自らの掌の上にあるかの様に」

 

 破面は想起する。かつて己は、肌も口も、鼻も耳も持たず、闇の中に生れ堕ちた異形の虚であった。そんな彼が知る唯一の世界が、その目が映す()()。それが彼にとっての、この世の全てであった。

 そして、そこに心というものは、存在し(うつら)ない。

 

「軍団長もおっしゃっていた。お前は、あいまいであやふやな"心"の、その在処を…その本当の形を知りうる存在だと」

 

「……あの人が……?」

 

 それは軍団長──雛森桃が、唯一ウルキオラに教えてくれなかったこと。そして不可能な自分に代わり、あなたにそれを教えてくれる人を知っていると言ってくれた時のこと。

 

 ああ、やはり。

 お前は知っているのだな。

 

 

「心とはなんだ」

 

 

 破面は問う。一歩一歩、その答えを持つ人間に近付きながら。

 

「その胸を引き裂けば、その中に見えるのか? その頭蓋を砕けば、その中に見えるのか?」

 

 破面は人間の眼前に立つ。そして、彼女たちが都度々々触れるその場所へと、手を伸ばした。

 

 だが、ウルキオラの指先が井上織姫の胸元へ触れる、その寸前。

 

 

 

「───井上から離れろ」  

 

 

 

 轟音と共に大広間の壁を突き破りながら、もう一人の人間が現れた。

 

 女と同じ"心"を持つ、もう一人が。

 

 

 

 

 

 

***

 

 

 

 

 

 

 剣が交わる度、壁のような風圧が体に打ち付ける。大切な想い人と、お世話になった破面(アランカル)が戦う姿を見守りながら、井上織姫は張り裂けそうな胸を押さえ立ち尽くしていた。

 

 傷付いて欲しくない、織姫は先ほどそう言った。だけどそれは、助けに来た仲間たちだけを思ったことではなかった。

 

「…以前てめえと戦った時は、まるで機械か石像と戦ってるみたいだった。だけど今は、少しだけてめえの動きが読める」

 

「…何だと?」

 

「てめえの動きが見えるようになったのは、俺が(てめえ)に近付いたのか……それとも」

 

 

 ──てめえが、人間(オレ)に近付いたのかも知れねえな。

 

 

 ウルキオラの衣服を斬り裂いた一護が、彼の変化を推察する。相手と直接剣を交わすからこそ、何か感じるものがあるのかもしれない。

 

「俺がお前等人間に近付いただと?」

 

 だがその言葉が広間に溶け消えた時、破面の青年が振るった斬魄刀が、床を割った。

 

「…成程──この程度のレベルについて来れるようになった事が、余程気分が良いらしいな」

 

 そして、直後。突然一護の姿が爆塵の中に掻き消える。

 

「ぐっ…クソッ!」

 

「黒崎くん!」

 

「忘れたか。仮面を出した状態でさえ俺を倒せん貴様の月牙など、どう使おうが無駄な事だ」

 

 速い、途轍もなく。残像すら残さない神速の動きに一護が一気に劣勢へ追い込まれる。月牙を纏った斬撃も、彼を守らんと張った織姫の【三天結盾】も、加減を止めた第4十刃の前では無力に等しかった。

 

 その言葉は、破面の青年の逆鱗だったのだろうか。彼の顔に感情はない。だが織姫には、まるで挑発に気を害したかのような怒涛の攻撃が、ウルキオラの胸の内を語っているような気がした。

 

 

 ──心とは何だ。

 

 

 ああ、なんて。なんて悲しい問いなんだろう。少女の脳裏に彼の彫刻のように整った無表情が浮かぶ。

 

 黒崎君の推察は正しいのかもしれない。だけど。多分。その言葉はあたしたちの想像より、もっと、もっと、残酷な意味を持っている。

 

 あの問いは目に見えぬものに魅かれる単純な好奇心故では決してない。かつて織姫の兄が虚となってそれを失ったように、破面の青年も無くしたそれを取り戻そうと足掻く、一人の虚なのだ。

 

 それに気づいてしまった織姫は、もう、彼を敵と思うことなど出来なくなった。

 

「ウルキオラ…君…」

 

 青年は言った、虚の俺達に人間の敬称は不要だと。だが、だからこそ少女はどうしても彼をそう呼びたかった。

 

 あの人だけは、脆弱な人間のみが持つ"心"に興味を持ってくれた。ヤミー、グリムジョー、ルピ、ノイトラ。織姫が出会った恐るべき力と自尊に満ち溢れる十刃(エスパーダ)たちの中で、彼だけは。

 

 ウルキオラ・シファーだけは、自分の仲間たちと同じように、傷付いて欲しくないと思ってしまったのだ。

 

 

 

「──ウ~ル~キ~オ~ラ~」

 

 

 

 突如、玉座の間に低い男の声が木霊する。

 もうもうと立ち上る塵煙の中、広間の床を突き破り現れたその巨体の男を、織姫は知っていた。

 

「…どうやら完全に回復したようだな、ヤミー」

 

「あァ、その死神も随分強くなったみてえじゃねえか。俺にもやらせろよ」

 

 ヤミー・リヤルゴ。奇しくも空座町で遭遇した最初の破面たちが、織姫を取り巻くこの虚圏(ウェコムンド)での戦いの最終局面にて立ちはだかった。

 

「その状態になると我儘が増すのはお前の欠点だ、ヤミー。幾度と軍団長に叱られたのを忘れたか」

 

「うへェ、思い出させんじゃねえよ」

 

 ウルキオラが同胞の助力を跳ね除ける。しかしぐずるヤミーは不意に霊圧を高め、彼の後ろへ振り向いた。

 

「だったら──そこの裏切り者は俺が潰していいんだろ?」

 

『!?』

 

 男の視線の先には、井上織姫。口角の奥歯を覗かせ憤怒に顔を歪めた巨漢が無力な小娘を睥睨する。

 

 その時。急変した乱入者の態度に驚く一護の横で、ウルキオラが僅かに目を見開いたような気がした。

 

「…お前の仕事はここには無い。戻って寝るか、下の隊長共を片付けていろ。しぶとく生き残っている奴等が何人もいる」

 

「わかんねえな。そのメスガキは散々あの人に目をかけて貰ったってのに、そこの死神の側に付いたカスじゃねえか。世話役とかで尽くしてたてめえが真っ先に殺したモンだと思ってたぜ」

 

 男の気迫に織姫は思わず後退る。

 

「あ、ぁ…」

 

「くっ、井上ッ!!」

 

 迫る危険に駆け付けようとしてくれる一護。だがウルキオラを振り切り(・・・・)ヤミーへ斬りかかった青年は、巨漢の片手の斬魄刀に押し止められた。

 

「なっ…ぐあっ!?」

 

「ハッ、前回と同じだと思ったか? 甘えんだよ死神ィ!」

 

「黒崎君!!」

 

 メキャッ…と嫌な音が響き、一護が十刃の自由な左手に殴り飛ばされる。咄嗟に【双天帰盾】を飛ばし感じた彼の傷は想像より遥かに大事であった。

 

「あァ~ムカつくぜ。アーロニーロも、ゾマリも、グリムジョーにノイトラのアホも、こんなカス共にやられやがって…!」

 

「ぐっ、クソ…! 井上!!」

 

 そして、ヤミー・リヤルゴが織姫の眼前に聳え立つ。

 弱い自分にこのレベルの霊圧の詳細な強弱などわからない。だが目の前の巨漢は、その体も、力も、以前の空座町の時より何倍も大きく見えた。

 

「んじゃ、とっとと死ね」

 

 何もない。自分を守ってくれるものは、もう何も。渾身の【三天結盾】も紙のように破られ、絶体絶命。

 振り絞られる十刃の左腕を見つめながら、織姫は想い人の絶叫を耳に己の死を覚悟する。

 

 だが。

 

 

 

「…(どく)せ」

 

──百刺毒娼(エスコロペンドラ)──

 

 

 

 立ち尽くす井上織姫の前に、新たな二人の乱入者が立ち塞がった。

 その背に、彼女を巨漢から庇いながら──

 

 

 

 

 

***

 

 

 

 

 

「あァん? 何のつもりだァ、メス犬共」

 

「ハァ…ハァ…ッうっざいのよ、どいつもこいつも…!」

 

「これで貸し借りチャラ! わかったわね、人間っ!」

 

 

 大扉の裏でコソコソするのを止めた二体の侍女破面。ヤミーの左手を辛うじて縛り止めて女を守る(ゴミ)らを眺めながら、ウルキオラは先ほどの己の行動に愕然としていた。

 

 …何故だ。何故俺は、黒崎一護を女の下へ行かせた。

 

 十刃は困惑する。あの場でヤツを止めることは容易だった。だが一瞬の体の硬直がそれを許さず、気付けば自分はヤミーへ斬りかかる死神の後ろ姿をぼんやりと見送っていた。

 

「あたしの毒で地下まで溶け墜ちろ!

──【娼毒溶唾(ペラ・ヴェネノーサ)】!」

 

「なっ、てめえら…!」

 

 侍女破面が大技で広間の床を崩そうとする。それを好機と見て加勢した黒崎一護の月牙天衝が決定打となり、ヤミーが無念の絶叫を上げながら塔の底へと落下した。

 だが一連の全てを目にするウルキオラは、動けない。

 

 ──てめえが、人間に近付いたのかも知れねえな。

 

 脳裏に反響するのはヤツの言葉。

 理屈は不明。しかしウルキオラがその言葉に感じたのは侮辱の感情だけではない。もっと大きい、虚の根源的な何かに響く言葉だった。

 

 

「……待たせたな」

 

「!」

 

 

 ふと、死神の声で我に返る。侍女破面共と何か会話していた黒崎一護が、三人を背にウルキオラと相対していた。

 

「行くぜ。これがてめえの見たがってた…」

 

 

 

──虚化だ──

 

 

 

 闇が辺りを包み込む。馴染み深いざらつく濃密な霊圧を纏った死神は、片部に仮面紋(エスティグマ)を走らせる虚の仮面を被り、即座にウルキオラへと襲い掛かった。

 

『はああああああああ!!』

 

「…!」

 

 強い。受け止める己の斬魄刀をただの斬撃がバターのように削っていく。

 

 弾かれる勢いそのままに塔の外へ飛び出したウルキオラは、背後の敵へ現状の自分の持つ最高火力の虚閃(セロ)を放った。

 

 攻撃は直撃。以前のヤツであればこれで終わっていただろう。

 

『……』

 

 だが黒崎一護は健在。それも無傷で第4十刃の霊圧を跳ね除けたのだ。

 

「────」

 

『なっ! 待てウルキオラ!』

 

 この場においては驕りも慢心も一切不要。不利を認めたウルキオラは即座に場所を移すことを決意し、上空の青空の果てへと飛翔する。

 

『…ここは……虚夜宮(ラスノーチェス)の天蓋の上…?』

 

 そして立ち並ぶ幾柱もの塔の頂上に立ち、己を追ってたどり着いた敵を見下ろした。

 

 

「…ラスノーチェスの天蓋の下で、禁じられているものが二つある」

 

 

 一つは十刃のために存在する虚閃"王虚の閃光(グラン・レイ・セロ)"。

 そしてもう一つが……第4(クアトロ)以上の十刃の、刀剣解放。

 

 どちらも、強大過ぎて虚夜宮(ラスノーチェス)そのものを破壊しかねない代物だ。

 

 

「────(とざ)せ」

 

 

 …見せてみろ、黒崎一護。

 お前の"心"とやらは、この絶望にどう足掻く?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

──黒翼大魔(ムルシエラゴ)──

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。