雛森「シロちゃんに『雛森ィィィィ!』と叫ばせたいだけの人生だった…」 作:ろぼと
「────ちゃん! 剣ちゃん!」
火口の如き熱気が荒む
甲高い声が呼びかけているのは、溶け固まった石英の一塊。するとその岩が突如砕け、まるで卵のように中から大柄な人影、男が現れた。
「ブハァッ! やちるか、今どんだけ寝てた?」
男は異様だった。全身が焼け焦げ、岩盤も斯くやにひび割れた肌からはダクダクと血が流れ出ている。即死も当然な大怪我をものともせずに立ち上がったその怪物は、側で頬を膨らませる可憐な童女の相棒だった。
「も~っ! 剣ちゃんがお寝坊さんしてたからももちんもいっちーも上のお空に行っちゃったじゃん! ぷるりんも連れてかれちゃったし」
「ちっ、めんどくせえな……って、ん? あの女"ももちん"っつーのか?」
「うん! いつもおいしいお菓子くれるいい人だよ! でもあんなに強いの隠してたなんてヒドーい!」
拗ねる子供の癇癪を聞き流しながら、大男がゴキゴキと凝り固まった四肢を解していく。炭化し裂けた皮膚から滴る血潮を、この場で気にする者は一人もいない。
「……クソッ…弱えな、俺ァ…」
「ッ、そんなことないもん! 剣ちゃんとあたしは最強なんだから! 全力のあたしたちなら絶対ももちんにリベンジ出来るって!」
「"全力"……あん時みてえにか……」
童女の鼓舞に、弱気の怪物はふと遠い昔の記憶を思い起こす。最強の剣豪と愉しんだ最高の斬り合い。あの人と言い今回と言い、どうも己は強い女と縁が多いらしい。
「……いや、ダメだ。今のままじゃ何度挑んでも俺が負ける」
「剣ちゃん!」
「うるせえ叫ぶな。誰も諦めるだなんて言っちゃいねえよ」
泣き顔から一転、キョトンと呆ける相棒に口角を吊り上げる大男。久々の…否、あるいは初めての勝機の見えない超越者を相手に、如何にして勝つか。そんな最高の戦いに備えて考えを巡らせる時間が、剣の鬼には存外快感だった。
「まず、俺は一護に負けた」
「うん…」
「あれでこのままじゃ駄目だと気合いを入れ直し、あの正義正義うるせェ東仙に勝った。そんでさっきノイトラと戦って勝ち、俺ァ明確に体の鈍りが取れていくのを感じた訳だ」
「うん、剣ちゃんすっごい楽しそうだったよ!」
童女の笑顔につられ怪物が凶悪な笑みを深める。
「つまりだ。ももちんに勝つには最低でもあん時の感覚を取り戻さなくちゃなんねえ。あの人と殺し合った、あん時の最高の斬り合いの感覚をよ」
首を傾げる相棒はさもありなん。あれはこいつと出会う前の、己の生涯で最も愉しかった最強の敵との一戦だ。
沸々と湧き上がるかつての思い出が、男の傷だらけの体を巡る。あの時の自分の強さはこんなモンじゃなかった。
抜身の剣を鞘に差し、四番隊で雑魚を癒す腑抜けたあの人に落胆した。だが真に腑抜けていたのはこの俺だったのかもしれない。
「…よし、行くぞやちる。他の
「うん、行こ! 剣ちゃんっ!」
ボロボロの斬魄刀を右に、童女を左肩に担ぎ、大男は歩き出した。もっともその足は三歩もせずに止まる。
「…で、次の十刃はどこだ?」
「うーん……あ! そう言えばわれメガネがなんかどこかを襲うとか言ってたから、そっちに行っちゃったのかも」
「誰だそいつ?」
支離滅裂な説明を詳しく聞くと、どうやら自分達はあの藍染惣右介の策略でここ
出鼻を挫かれ肩を落とす怪物。いっそ、この馬鹿デカい天蓋の上で行われている一護の戦いに乱入するかと真剣に迷い…
「くそったれ……どっかに強えヤツ転がって───」
苛立つ男ががむしゃらに走り出そうとした、その瞬間。
「"
突如遠方に途轍もない霊圧と巨体の破面が現れた。
『……』
しばしの沈黙、互いに見つめ合う大男と童女。どちらも顔に刻まれているのは、満面の笑み。
「…居るじゃねえか、強えヤツ!」
そして怪物──護廷十三隊十一番隊隊長・更木剣八は、副官・草鹿やちるの悪名高き案内要らずに、目の前の獲物へ向かい爆進する。
彼の焼け爛れた皮膚に滲む血は、いつの間にか止まっていた。
***
ウルキオラが死んだ。
俺達が半世紀に亘り探し続けたあの無口な野郎が、負けた。
「───よお、ちょっと見ねえ合間に随分デカくなったじゃねえか」
突然現れ、仲間の女死神を助けた目の前の男、黒崎一護に負けたのだ。
侵入者三匹を潰した巨体の怪獣──ヤミー・リヤルゴは、気付けばこの
皆、死んだ。
「…ふざけやがって」
ちょこまかと動き回り、偶にチクチクと
しかし同時に、彼は内心どこか醒めていた。
「ハッ、どうしたカス! さっきのウゼえ仮面はおしまいか?」
「ぐっ…クソッ! んなワケあるかよ…っ!」
イキった台詞に反し妙に怯えている因縁の死神。ここに来る前の戦いで力を使い果たしたのか、ヤツが二度と例の"虚化"とやらを成功させることはなかった。
「な、なんで───がッ!?」
「ふん…
「ぐああああああああああああ!!」
切り札の不発に動揺するカスを捕まえ、握り潰す。
だがその直前、ヤミーの頭部を衝撃が襲った。
「──【破道の三十三・蒼火墜】」
不味い、この馴染みのある焼けるような霊圧はあの恐ろしい炎熱系の鬼道だ。呼び起こされたトラウマに驚くヤミーは思わず黒崎一護を手放してしまう。
「…白哉!?」
「下がっていろ、黒崎一護。
黒い姿でウジャウジャと、またしても敵の増援だ。その様はまるで藍染農園で時折見かける、あの泣く子も黙る破面軍軍団長を逆に泣かす
「…卍解」
叩いても払ってもしつこく纏わり付いてくる、桜色に輝く無数の刃。おそらく報告にあったゾマリを倒した隊長格だろう。傷を癒され霊圧まで万全に回復されては、あいつが戦った意味すら…否、死んだ意味すらない。
「あァ~~ムカつくぜぇ~! クソゴミ共がウゼえんだよォッ!」
「…!」
「オラッ! さっさと潰れて死にやがれッッ!」
巨体とはそれそのものが大質量の圧倒的暴力。八対の脚を巧みに操り繰り出した突進は、敵の想像を超えた威力の衝撃となる。
「ッ、…成程。破壊力に限ればその数字、見せかけという訳ではないらしい」
「ハッ、俺がいつ力の底を見せた? てめえらクソ虫共のおかげで俺の怒りは無限大だ!」
だが無数の刃の盾に阻まれ、ロン毛野郎はヤミーの突撃を片腕の被害で逃れる。ヤツの変幻自在な卍解。ハエのようにすばしっこい瞬歩。苛立たしい、苛立たしい、苛立たしい。
「そんなに見てえなら見せてやるよ! こいつが俺の……最強の
「…ッ!?」
怒りに身を任せ、遂にヤミーは解放状態の十刃の切り札を撃ち放った。
極大の霊圧攻撃が驚愕する死神諸共、大天蓋の砂漠を両断し大爆発を引き起こす。一瞬で周囲を呑み込む砂の津波はさながら天変地異の如く。その超火力に流石のゴキブリも死んだだろうとヤミーは勝利の咆哮を上げた。
「ハッ……ハハハハハ! どうだ、見やがれゾマリ! てめえの尻拭いなんざ、この俺様にかかれば造作も───
ぐあああああああッ!!?」
だが怪獣の勝ち誇った声は突如、激痛の絶叫へと変わる。もうもうと立ち上る砂塵の中から飛来した斬撃がヤミーの片脚を斬り落としたのだ。
「────
そして。
***
「────あぁ~、うあぅぁ~?」
ふと、死覇装の裾を引っ張る感触に我に返る。
隣を見れば、ワンダーワイスがこてんっと小首を傾げ「行かないの?」とボンヤリした目で問い掛けていた。
「…ええ、ごめんなさい。そろそろ時間ですね」
瓦礫から腰を浮かし、ポンポンとお尻を叩く。気を利かせ、隣の彼にも。
「ほら、あなたも砂を掃って。汚れてたらはしたないですよ」
「あうあぅぁ~?」
そう。これから始まるのは、一世一代の晴れ舞台。
精いっぱいおめかしした、綺麗な姿を見せ……そして精いっぱい、あの子の前で汚れてあげるのだ。
「───ふふっ、うふふふっ…」
「ぁぅぅ…?」
…ああ、ごめんねワンダーワイス。怖がらせちゃったかな。
でも許して。今日はね、あなたの上司は、狂った女の子になるの。
悪い男の人に狂わされた、哀れで悲しい女の子に、ね。
「ふふっ…ああ、楽しみだなぁ…」
目の前に、世界の歪が開く。
暗闇の先に見えるのは、遠い昔に親しんだ、平凡なコンクリートと木造家屋の田舎町。
ズルリ…
ズルリ…
笑顔で振り向くワンダーワイスにつられ、後ろに続く巨大な怪物を優しく撫でる。彼のお気に入りのフーラーくんだ。
「二人とも、ちゃんとアレは持ちましたか?」
「あぁあうぅ!」
『───オォォォォォ…』
小さな黒い箱を掲げる一人と一体。
うん、だったら大丈夫。思う存分、戦いなさい。
「…みんなも、いいかな?」
最後に胸に手を当て、スッと意識を魂の奥底へと向ける。
美しい天女さまと、桃色の宝珠が出迎えてくれた。
『…漸くですね』
「うん、ようやくだよ」
『──早く早く!──もう待ちきれないよ!──ああ、やっと、やっと見れるんだぁ──ハァハァハァハァ──』
「うん、待てないよ。やっと見れるんだよ」
自然と浮かぶ笑顔。
隣のワンダーワイスを怖がらせないように、そっと隠して。
「────さあ、往きましょうか」
三人でカッコよく、不気味に、悲劇的に。
そしてオサレに逢いに行こう。
ヒエッ…
という訳で虚圏侵攻篇はこれにて閉幕となります。
原作イベントをだらだら書いて申し訳ない…
鰤はどこもかしこも名シーンばっかな漫画なんやなって
感想評価マイリス支援絵誤字脱字報告、大変ありがとうございます。
いつもモチベの糧になってます
次話から最後の「雛森ィィィィ!」編に入ります。
更新はちょっとプロットをまとめたいので少しお休みします。
更新再開の際は割烹にて報告します。
悦森ちゃんは無事本懐を遂げることが出来るのか。
一護たちは無事にヨン様に勝てるのか。
悦森さんはガバを何回やらかすのか。
乞うご期待!