雛森「シロちゃんに『雛森ィィィィ!』と叫ばせたいだけの人生だった…」 作:ろぼと
おまたせ(はぁと
プロットが練り終わったので新章更新再開。
とりあえず序章だけ投稿します。
登場ィィィィ!
現世は空座町。
虚と死神の決戦が行われているこの非凡な田舎町の上空に、燃え盛る巨大な炎の塊が浮いている。その熱気渦巻く中心に開けた空間に、三人の男たちが平然と佇んでいた。
先夏
「──いやァ、熱い熱い。にしても相変わらず気ィの利く
古風な竹水筒を傾け喉を潤す糸目の死神、
「…慎め、市丸。藍染様の御前だぞ」
「なんや東仙隊長。そない顔しはっても桃ちゃんのアイスティーはあげへんよ?」
「要らん。それよりその隠密用の改造虚は何だ」
東仙の問いに苦笑し、市丸が肩に乗る小鳥型虚の頭を撫でる。
「何って、あの
「…ああ、例の戦闘記録か」
頷く東仙は同僚の「それただの言い訳やで…」の独り言を聞き流し、炎壁より垣間見える戦場を俯瞰する。
戦局は配下の
彼らを集めた責任者の労力を考えれば頭を抱える大惨事だが、当の
…二人きりの
「───悩む必要はない、要」
葛藤に俯く東仙。ふとその耳に声が届く。
それまで黙していた本陣の総大将。男の仕える主、藍染惣右介だ。
「何を…」
言っているのか。そう問おうとした東仙は、王の浮かべる薄い笑みに閉口する。その掌に全てを掴む、もう一人の超越者がそこにいた。
「言ったはずだ。君はただ、私と共に歩めばいい」
「…ッ」
「正義無き世に悪は無い。君の暗闇の世界には、既にその全てを別つ一筋の光がある」
力に満ちた言葉だった。彼を主と仰いだ遠い昔の光景が脳裏に蘇り、盲目の男は思わずその場に平伏す。
…ああ、そうだ。王の言う通り、最初からこの身に迷いなど存在しなかった。
私のこの目に映る唯一の光が、藍染様が歩む道こそが、正義。
情に絆され進むべき道を違えたのなら、また正せばよいのだ。
憂いの取れた顔で立ち上がる東仙、静かに視線を交差させる藍染。惜しむべきは主従二人だけの世界であるが故に、蚊帳の外の市丸がその胡散臭い笑みを僅かに引き攣らせていた。
「…なんや深いこと言うてますなあ。仲間外れなボクを慰めてくれる優しい
拗ねる糸目の男が「十刃の戦いも中弛み中やし」とつまらなそうに戦場を眺める。
だが唯の独り言でもあった彼の不満に、同意する者がいた。
「…そうだね。そろそろ、飽きてきたところだ」
ヒヤリと本陣に走る緊張。
王、藍染惣右介が、その冷たい琥珀色で眼下を見下ろす。大層な地位を、力を、そして寵愛を与えられておきながら、敵の主力一人さえ下せない不甲斐ない兵士達の姿を。
元よりこの男に破面軍への期待など塵一つもありはしない。かつては虚と死神の境界なき超越者として、その霊格に興味を寄せていた特殊種族"
もし男に、とある少女との出会いがなければ。
されど今の彼のように、破面達の無様な戦いを「戯曲の一幕」として許容し愉しむ発想は浮かばなかっただろう。
何れにせよ。"藍染惣右介"という超越者は如何なる事情においても、五十年の準備の果てに結成された劇団の演目に、一切の価値を見出さない。
「…退屈だ」
静かに木霊する無情な本心。
そして王は徐に、背後へと視線を流す。
────君もそう思わないか?
問いが宙に溶ける。
だが虚空へ向けられたその言葉で、東仙は遅れて事態に気付いた。
『!!』
世界が震える不気味な音。三界の隔たりが繋がる異様な感覚。辺りに滲む、背筋が震えるほどの途轍もない威圧感。
本陣に佇む三人の後方に、巨大な
一つは巨大な虚。三日月のような一つ目をぼんやりと光らせる白い虚髄の肉塊。
一つは小柄な男。淡い黄髪に痴れた呆け顔の青年破面。
そして最後の一つ。
最も小さいその人影こそ、王の最たるお気に入り。
「────うふふ…」
常の可憐な笑顔がどろりと狂気に歪んだ、美しい少女。
桁外れの霊圧で辺りの空間を軋ませ、降臨したその死神こそが、全ての破面達を指揮する
雛森桃だった。
「…ひゃあ、怖い怖い。退屈を慰めて欲しい言いましたけど、あんなん戦場に放り込んだらもうボク等の出番無くなるんとちゃいます?」
戦略兵器も同然な彼女の異常な存在感に、糸目の男が胡散臭い笑みを引き攣らせる。
「結構な事じゃないか、ギン」
だが苦笑する副官に反し藍染の顔に滲んでいたのは、開戦以来初となる、純粋な高揚感だった。
「我々が怖れる事があるとすれば…───それは彼女の粋な演出が、我々の求める喜劇足りうるか否か。それのみだよ」
眼下に降り立った少女を見つめ、王が笑う。
されど言葉とは裏腹に、その瞳に疑心の色は、微塵たりとも浮かんでいなかった。
***
二世紀未満の魂魄人生。
死神としてこれ程の激戦を経験するのは、吉良イヅルにとって初めての事だった。
敵は破面となった虚の軍勢、数千年も続く種の宿命だ。しかし青年はこの戦いにおいて、そのような抽象的な理由で並ならぬ戦意を抱いている訳ではなかった。
否、彼だけではない。灰刃を操り三体の敵を相手取る同僚も、【転界結柱】を巡る攻防に身を投じる院生時代の先輩も、遠くで荒れ狂う吹雪のような霊圧を撒き散らす少年も。隊長格として褒められた事ではないにも関わらず、皆心の傷を埋める何かのために戦っていた。
それが義憤か、悲憤か、友情か、復讐か、恋慕かは、彼ら彼女ら自身が一番よく理解していることだろう。
「──お前か、軍団長に惚れてた副隊長ってのは」
その全てを胸に戦うイヅルは、対峙した闘士風の男破面アビラマ・レッダーの挑発に静かな激情を抱いた。
「市丸ギンから聞いてるぜ。あまりに可哀想だったんで連れてくのが忍びなかったってな」
「……ッ」
「まあ当然か。こんなフヌケじゃ、あの小娘の皮を被った化物を女にするなんて逆立ちしても──」
直後、両者の間に血潮が舞う。気付けば青年は自身の斬走で敵の頬を斬り裂いていた。
「…その二人の名を、僕の前で軽々しく口にしないことだ」
同じ命を落とすにしても──傷浅いまま死にたいだろう?
「…何だよ。できるんじゃねェか、そういう顔もよ…!!」
挑発を交わすと同時、真っ先にアビラマが自身の斬魄刀【
無論、そんなものは私を滅し公に奉するイヅルには理解出来ない価値観だった。
「──斬り付けたものの重さを倍にだと…? 汚ェ小細工しやがって…てめえそれでも戦士かよッッ!」
汚いとは随分な言い草だ。
己の率いる三番隊の隊花は金盞花。花の持つ意味は"絶望"。それ即ち、三番隊唯一の隊長格たるイヅルの矜持でもある。
戦いは英雄的であってはならない。戦いは爽快なものであってはならない。
戦いは、絶望に満ち、暗く、恐ろしく、陰惨なものでなくてはならない。
それでこそ人は戦いを恐れ、戦いを避ける道を選択する。
「…一度切れば倍、二度切ればそのまた倍。やがて重みに耐えかねた相手は地に這い蹲り、詫びるように
「ま…待ってくれ…」
「戦士が、命乞いをするものじゃあないよ」
敵の首に構えた半鉤状の刃を天へ擡げるイヅル。それだけで、"第2従属官"アビラマ・レッダーの首は地へ落ちた。
「…さようなら、空の戦士。できれば僕を…」
──許さないで欲しい。
***
強敵相手の勝利。だがイヅルに余韻に浸る間は何処にもなかった。
「…アレで一気に片付けるよ」
「仕方ありませんね」
「あんなヤツ等如きに…往くぞ!」
三体の女破面が左腕を捧げ生み出した、恐るべき化物。十番隊副官・松本乱菊、そして彼女の援護に駆け付けた五番隊副官補佐・蟹沢ほたるに危機が迫っていた。
「が、はっ…」
「なっ! 乱菊副た──あぐッ!」
「ッ、不味い…! 吉良!」
「はい!
──【縛道の三十七・
巨大な怪物に蹂躙される二人に、同僚の
「…檜佐木君に……吉良…君…?」
「大丈夫です、蟹沢さん! 貴女も松本さんも必ず助けます…!」
「は、はは……私、先輩なのに…情けない姿ばっかり…」
「…言うな蟹沢。そいつは俺にも流れ弾だ」
五十年前の霊術院の現世演習以来の縁。奇しくも共に苦い思いを分かち合った同士たちは、あの不甲斐ない自分から何かを変えられたのだと証明すべく、目の前の異形へ挑み掛かる。
「はん、副隊長如きがイキってんじゃないよ!」
「てめえらがあたしたちのアヨン相手に勝負になるかよバーカ!」
「まとめて捻り潰してやりなさい」
だが怪物の生みの親、
援軍に駆け付け背後から仕掛けた同僚の
「…そんな、あと少しなのに」
そして、必死に乱菊とほたるを治療するイヅルの眼前に、化物の拳が振り下ろされ…
「───やれやれ。総隊長を前に出させるとは、情けない隊員達じゃのう」
『喰らえエエエエエエッッ!!』
「…隻腕で挑むその意気や善し。意気に免じ、火傷程度で済ませてやる」
続く二振りにて、波乱を巻き起こした第3従属官が膝を突いた。
しかし、総隊長の出陣に士気を取り戻した護廷十三隊の活躍は長くは続かない。
砕蜂ら二番隊隊長格が敵主力"第2十刃"を、京楽春水・浮竹十四郎の隊長コンビが"第1十刃"を、十番隊隊長・日番谷冬獅郎が"第3十刃"を相手にそれぞれ善戦するも…
「…討て」
「ッ、答えろ破面! あいつはどこだ!!」
「言ったはずだ、少年。あの方の事が知りたいなら私を倒して見せろ」
周囲全てを呑み込む、女破面の大津波。
「…朽ちろ」
「…死神、小娘、隊長格……ああ、忌々しいのう。古傷が疼きおるわ」
「何だ…その姿は…!」
森羅万象に老いを強いる髑髏破面の、死の息吹。
「…蹴散らせ」
「ちょ、ちょっとちょっと、そんなのズルじゃないのォ!?」
「うるせえな…こっちには時間がねえんだ。さっさとやられてくれよ、隊長さん」
無限の弾発を有する男破面の虚閃小銃。
「────そうかよ」
だが、切り札があるのはこちらも同じ。劣勢に次ぐ劣勢にいよいよかと思われたその時、隊長たちの準備がようやく整った。
「俺の氷輪丸は氷雪系最強。全ての水は俺の武器…」
「…ッ!?」
「全ての
凍空より降り注ぐ霜の花が、No.3の女破面を凍て付かせ。
「…姿は巨大で隠れることはできず、重すぎて動くこともままならん。私の矜持に反する卍解だ」
「お主、それはよもや…」
「そして暗殺と呼ぶには……派手過ぎる」
炎尾を描く
護廷十三隊は遂に破面軍主力へ痛烈な一撃を与えることに成功した。
「やった……隊長たちがやってくれた…!」
「ええ…よかった…っ!」
上司の健闘を称え喜ぶイヅル達。これまで幾度と対峙しておきながら明確な勝利を掴めずにいた彼らに、初めてその二文字が頭を過る。
皆の士気が回復し、輝かしい未来への道が開けた。
…かに思われた。
その時。
突如イヅルたちの頭上の虚空に、巨大な
「な、何だ……あの大きさは…」
「十刃の
敵のNo.1を牽制しつつ、京楽ら隊長格は新手の登場に身構える。
…何かが起きる。確実に自分達によからぬ何かが。
だが思い浮かべた幾つもの展開の中で、その悪寒の元凶となった
『───アアァァァァァアア!!』
悪夢が始まる。
異界の門より轟いた甲高い絶叫が周囲の霊子を搔き乱し、隊長達の卍解の術が無力化される。
「な、何だアレは…!」
起きた現象に理解が追い付かない護廷十三隊。その目に更なる衝撃が飛び込む。
天を裂く巨大な
…そして、恭しく掲げられた巨虚の掌の上に佇む、最後の一人。
「──惜しかったな、蟻共。あの小娘が呼ばれたならば、我等のボスは我慢の限界を迎えたという事じゃ」
黒煙が晴れ、髑髏の十刃が忌々しげに…
「──我等"十刃"は軍であり個に
氷花の塔が崩れ、女の十刃が決意に満ちた目を…
「──あんたらが強すぎるのが悪い。これ以上藍染様の気分を損ねないために、俺達を率いるお人が直々に来ちまったんだよ…」
そして隊長二名を相手取る男の十刃が、その冴えない表情を改め…
「ッ、あの子は…!」
「参ったね、こりゃどーも…」
辺りに動揺、戦慄が走る。それは彼ら護廷十三隊の抱える最大の葛藤であり、同時に悲劇の存在でもあった。
姿を見せたのは一人の少女。
神話の華服にも似た白い死覇装を風になびかせ、静かに佇む彼女は、静かに眼下の死神達を見下ろしていた。
辺りに零れる安堵の声。しかしそこに遍在するのは隠せない困惑と不安。少女の姿を見て、皆が不穏な胸騒ぎをその心中に覚えていた。
あの、健気で可愛らしかった彼女が。明るく優しく、隊を越えて愛された人気者の彼女が。
───嗤っているのだ。
「あ、あぁぁ……」
情けない喘ぐような吐息が聞こえる。吉良イヅルは、それが自分の口から溢れたものだと最後まで気付けなかった。
彼女だ。
大罪人に連れ去られた、僕の大切な人だ。
だというのに、その事実を認めたくなくて、彼女の身に起きた事を信じたくなくて、青年はただその場で震えることしか出来ない。
そして。
誰もが固唾を呑んで静まり返った偽空座町の沈黙に、小さな声が響き渡る。
弱く儚い、悲壮な、子供の声。
あの時、抱き締めた腕の中で、真紅に染まった血だらけの幼馴染。何も出来ず、見せ付けるかのように巨悪に抱かれ連れ去られた、想い人。
狂気の笑みを浮かべる、別人のように変わってしまった大切な人を見つめる一人の男の子──日番谷冬獅郎の縋るような呼び掛けが…
少女の名を紡ぐ唯一の声だった。
…と、そんな感じに決戦前哨戦ダイジェスト。
久々の侘助にファンも咽び泣いていることでしょう。
故に
──吉 良──
そして本作メインテーマはようやくなのですが…
前回の「雛森ィィィィ!」で味を占めた例の連続更新をまたやりたいので、またしばらく準備期間を頂きたく存じます…!
全4~5話ほどになるので一週間くらいお時間貰えるとよさげになりそう(願望
ニチャ味たっぷりにさせるから愉しみに待っててくれよな!
応援よろしくお願いします!