雛森「シロちゃんに『雛森ィィィィ!』と叫ばせたいだけの人生だった…」 作:ろぼと
おまたせ♡
ガバから戻ってまいりました(青息吐息
残りの三話を随時更新していきます。
なおDJや十刃など大筋から逸れる戦闘は更新速度(字数)の問題で描写外。原作通りで終了済みです。期待してくれた人はごめんなさい…
それでは愉悦ポイント回収を開始します(ニチャ…ニチャ…
シャラン…と、美しい鈴の音色が響き渡る。
淡紅の梅の花弁を乗せた、東風の音色。その鮮やかな色彩が宙に散る空座町に、一人の少女が舞い降りた。
桃色の光が象る天衣無縫の打掛。
芸妓の二輪編みで纏めた濡羽色の黒髪。
煌々と彩られた白い死覇装の乙女は、美しい羽衣を纏い、神秘の調を奏でる者。
その時。戦場の皆一同は共に心を一つとする。それはまるで、伝承に伝わる梅の精…
────天女のようだ、と。
***
「……
透き通る鈴音の声が鼓膜を震わせる。ハッと我に返った日番谷冬獅郎の目に、少女の羽衣の端に連なる四つの大久寿鈴が映った。
だがそれらに皆が目を奪われる中。幾人かが雛森の握る宝剣を注視する。
始解の四つから更に枝分かれした七支の内、三つが微かな桃色の光を宿していた。少女が述べた数と同じだ。
そしてそれらの光がゆらゆらと霊圧の紅炎を育み…
「不味い! 皆サン離れてくだサイ!!」
「ッ! 皆、我が明王の後ろへ! 卍・解ッ!!」
『!!?』
直後、真っ先に反応した狛村左陣の卍解の奥で、その巨大な鎧武者共々焼き尽くす大爆発が巻き起こった。
「が…ぁ……」
「な、何が起きた!?」
凄まじい灼熱が皮膚を抉る。爆風に吹き飛ばされ死に物狂いで態勢を立て直そうとする護廷十三隊と仮面の同胞達。
だが冬獅郎らがその余裕を手にする事はなかった。
暴れ回転する視界の端に、あの梅焔の紅色がチラと映る。その紅色が一瞬で世界全てを呑み尽くし、眼球が沸騰するかの如き煉獄が全身を襲った。
追撃だ。そう理解した時、冬獅郎の卍解【
「全く、山爺じゃないんだからさ…!」
仲間の戦慄の声に内心同意するのは神速の二番隊隊長・砕蜂。その身軽さで唯一まともに今の爆発に対応できた彼女は、辛うじて事態を確認してしまったが故に一同の中で最も強い恐怖を覚えていた。
「"劫火の小娘"……ッそうか、こいつがあの十刃の言っていた…!」
先ほどの強敵バラガン・ルイゼンバーンとの戦いに良くも悪くも大きな影響を齎したその蔑称の人物。砕蜂につい四半刻前の死闘の記憶が蘇る。
『───許さん! 許さん! 許さんぞ! 雌蟻が、死神風情がこの儂に一度ならず二度までもその忌々しい爆炎を見せ付けるか!!』
砕蜂の斬魄刀【
砕蜂自身は使い勝手の悪い、文字通り切り札として仕方なく行使した卍解だったが、奇しくもそれが敵の十刃へ想定外の挑発となっていた。
攻撃を喰らった直後、以前の超然とした態度を豹変させたバラガンは、まさしく敵を殺すだけの狂った獣だった。逃げ惑うだけの大前田はもちろん、巧みな鬼道で翻弄する有昭田鉢玄も眼中になく、ただ砕蜂だけを狙う死の権化。幾度と肝を冷やし、命を諦め、それでも彼女が生き残ったのは、不本意ながらあの大男、鉢玄の機転のお陰と言えよう。
『…フン、儂自身の力がこの身の終焉か……存外、満たされるものよ…』
髑髏十刃の【老い】の力に侵された自らの片腕を、当人の体内へ空間転移させる。砕蜂を囮に自由に動けた鉢玄の起死回生の一手は、あの破面の抱える複雑な劣等感からヤツ自身を解き放つ事にもなったらしい。
もっとも、敵の心境など何の興味もない隠密機動総司令の砕蜂にとって重要だったのは、あの傲慢なバラガンが最期に己自身ではなく己の力のみを誇るほど、そのプライドを粉々に圧し折った例の"小娘"の強大さにあった。
そしてその悪寒は現実となり、彼女は強敵十刃が「軍団長」と崇め畏れる少女の力を知る…
「────くっ…火の玉だ! 七支刀から放たれる火炎球に追尾能力を確認!」
『…!!』
離反者・雛森桃の卍解から僅か数瞬で味方は壊滅。その中、未だ戦意を残す仲間達に少しでも勝機を見せようと砕蜂は叫ぶ。
「鈴からじゃねえのかよっ! ヤツが操っている痕跡は!?」
「ない! 朽木の
「なら安全圏の接近戦だ!」
打てば響くような隊長格達の攻略案は流石の一言。だがそれは破れかぶれの希望論に過ぎない。
「ッ、不味い!」
「止めろお前等! ヤツの思うツボやッ!!」
始解の雛森と苦い戦闘経験のある浦原らが必死に咆える。前回と今回、確かに相手の霊圧は大きく弱体化している。それでも最大で十倍近く戦闘力が跳ね上がる卍解ではその枷も五十歩百歩。
そして少女の【
「こいつは
「往くぜ天狗丸! 天までぶっ飛べや、天女ちゃん!!」
「事情は細事。敵なら死ね、雛森桃!!
仲間の想いを拳に乗せる者。怒りを棍棒に乗せる者。近接戦に長けた砕蜂らが三方より少女へ突撃する。
迎撃の炎の玉は飛んで来ない。やはり雛森桃の卍解は接近戦にも対応できるのだ。
「仕方ないッスね…!
「チッ、あのわからず屋共が…!
制止が間に合わぬと判断した浦原と平子が即座に援護態勢に移る。上下左右、感覚感知、ありとあらゆるものを自在に反転させる平子の斬魄刀の能力。悪魔的頭脳を持つ藍染には僅かな内に攻略されてしまったが、あの世渡り下手そうな少女なら多少は拘束できるだろう。
浦原の霊圧刃の弾幕、平子の催眠。だが二人に援護された砕蜂ら各々の渾身の一撃が雛森桃に辿り着く、その寸前。
「……触れると危ないですよ」
ふわりと三人の攻撃が掠った少女の天衣が、主を中心に放射状の火花を散らし爆発した。
『な──ぐあああァァァァッ!!?』
砕蜂らの胴を散弾の如き閃火が穿つ。速度だけなら師たる"瞬神"夜一すら凌駕する彼女でさえ避けられない攻撃。
体が抉られた身で霊子の足場を作る余裕などなく、砕蜂は同時に仕掛けた二人共々激痛に叫びながら空下の町へと落ちていった。
「なん…でや…!? あいつの攻撃は全部逆様んなっとるはず…!」
「…彼女、いえ
平子真子の斬魄刀【逆撫】の能力は嗅覚がトリガーとなる催眠だ。だが故に少女の卍解ならば、触媒の芳香を爆発で霧散させる事も容易だろう。
小賢しい能力など圧倒的な暴力の前では一切無力。そんなわかりやすい理不尽に平子は臍を噛む。
「…遠距離もあかん。近距離も自殺行為。搦手も火力でねじ伏せられる。どないせっちゅうねん…」
『……ッ』
打つ手なしの現状に護廷十三隊、"仮面の軍勢"皆の胸が絶望に呑まれていく。
だが、そこで一人だけ動く者がいた。
「────まて……雛森……ッ」
擦れる声。振り向き平子たちが見たのは、半身が火傷に覆われた見るも無残な姿の冬獅郎だった。
「ダメです日番谷サン、まだ機は熟しては…」
立つのもやっとな彼を浦原が慌てて下がらせようとするも、その耳に周囲の声は聞こえていない。
「…とめなきゃ…なんねえんだ…」
冬獅郎はふらつく体で少女に近付く。彼女はそれを変わらぬ無表情で見下ろしていた。
…なんて、なんて顔をしてんだよ。
少年の髄に、かつての思い出が走馬灯のように過る。嬉しかった事。悔しかった事。恥ずかしかった事。悲愴の色に染まる前の、冷たくも温かい、冬の炬燵のような日々。
「…ッ、わかってんだ…よ。…おれじゃ、おれの力じゃ…おまえをとめられねえ……ッ」
絞り出すような屈辱の声が口から零れる。双殛の丘でも、先日の十刃襲撃の時も、自分は負け犬のように咆えて、今みたいにおまえの前に情けなく平伏すだけだった。
力の差など、もう嫌と言うほど理解している。
「だけど……そうじゃねえ…っ。できる、できねえじゃねえんだ…」
いつぞやの虚しい意地が少年の剣に力を与える。身を削り、魂を削り、それでも足りない力を、己の全てで以て満たさんとする。
震える足が何だ。焼け落ちそうな腕が何だ。
枯れた霊力が、飛べない氷翼が、折れた剣がなんだってんだ。
「……やるん、だよ」
そうだ。出来る出来ないじゃない。己にはもう、諦めの悪さしかないんだ。
それまで捨てたら、もう…
「…
その瞬間。少年の肩に手を置く、一人の青年の幻が現れた。氷のような青白い長髪を風になびかせる、美しい偉丈夫だった。
いつからそこに居たのか。それは多分、最初からだ。
冬獅郎に、彼の方へ振り返る力は残っていない。しかし、そこで自身の魂の半身が、己を支えてくれている事だけは感じていた。
いつもあの巨大な氷の竜の姿で彼の前に現れる、一人だけの魂の相棒が。
「…ッ、見ろよ氷輪丸。あいつの相棒の……"飛梅"の勝ち誇った顔を…」
後ろで氷輪丸が鎌首を擡げるのが解る。視線の先は冬獅郎と同じ。その可愛らしい顔を上気させ、驕り昂る嘲笑の目で見下ろす、長髪の天女。
雛森桃の斬魄刀だ。
「…お前も悔しいだろ。氷雪系最強と呼ばれるお前が、流刃若火でもねえただの炎熱鬼道系斬魄刀に嗤われるのはよ…」
『………』
相棒が眉を顰め頷くのが解る。この俺の半身なのだ、負けず嫌いであるなど自分が一番よく知っている。
「……雛森ッッ!!」
そして、冬獅郎は必死に声を張り上げる。悲愴で、強がりで、情けない声。
それでも、その声は確かにあいつへ届いていた。
「さっきので俺を倒さなかった事を後悔しやがれ…ッ!」
「……!」
焼け爛れた喉に滲む血が、冬獅郎の呼吸を妨げる。
体の奥底、魂の更に奥から引き千切り、剣の刀身に纏わせた血反吐も同然の霊圧。あの時と同じ、己の中で大事な何かが削れて行く感覚も、最早冬獅郎には慣れたものだ。
「見せてやるよ、これが俺達の意地とプライドの…
それは氷竜が授けた、最強の力の断片。未熟な少年の身で使えばどうなるか彼自身もわからない、最後の鬼手。
冬獅郎の折れた剣の切っ先から、世界が凍っていく。地も建物も、空も大気も、空間さえも。完全ならば四界全てを凍らせると相棒が豪語する力も、忸怩として今の少年に出来るのはここまで。
そんな彼の魂の籠る死力に、雛森桃がその琥珀の目を僅かに見開いた。
そして。
「───慕い慕えや百華の
少年の想いに答えるように、彼女の歌が刀身の光る三支にこれまでにない桁違いな霊力を纏わせ…
「…立ち立つ
震える鈴音と共に、力の粋を解き放った。
千を、万を超える火鳥の巨群が甲高い囀りを上げながら四面八方へ飛翔する。一羽一羽があの梅焔を内に秘めた、爆炎の鶯。
それは最早蹂躙を超えた、天災だった。
冬獅郎の紅蓮の世界を、桃色の爆炎が悉く舐め尽くす。六花一粒残さず、この世の全てを壊し尽くす煉獄の劫火が。
能力が特殊なのではない。ただ火力で、手数で、圧倒する。何人たりとも近寄る事許さず、如何なる攻撃も正面から撃ち砕く、圧倒的な暴力。
まるで空に浮く要塞か戦艦のように鎮座し、可憐な天女は町中が堕星跡にも等しく消し飛ぶまで、偽の空座町へ破壊の嵐を撒き散らした。
***
どれほどの間、意識が飛んでいたのだろう。辛うじて動く体を持ち上げ、冬獅郎は想い人の姿を探そうと周囲を見渡す。
そこで見たのは、まさしく地獄だった。グツグツと煮え滾る真っ赤な大地。立ち上る黒い煤煙は空を覆い隠し、砂なのか灰なのかわからない白い粉塵が雪の様に舞い落ちる。
そして見つけたあいつは、十丈たらずの距離を置いて、冬獅郎の前に佇んでいた。
「────見事だったよ、桃」
パチパチと鷹揚に手を叩く音が、溶け焦げた巨大な窪地に木霊する。自慢の"兵器"を称賛し、その後ろに降り立った巨悪──藍染惣右介だ。
もっとも、王にとってこの結果は何の新鮮味のない、出来て当然の鏖殺。
「……だが、甘いな」
故にか、藍染は辺りに感じる幾つもの霊圧の存在に不満を示すのだった。
「君は私の持つ中で最も殺傷能力に優れている手札だ。だがその力に反し、君の剣は未だ一度たりとも血に染まった事はない」
男の言葉に、冬獅郎は初めて周囲に散らばる味方の弱々しい気配に気付く。
ヤツの言う通りだ。双殛の丘の時も、初の成体破面による威力偵察の時も、前回の十刃の襲撃の時も。彼女は容易く冬獅郎達の命を奪える力を有しておきながら、一度として誰かを殺した事はなかった。今も護廷や仮面の死神達の戦意を奪えど、その命まで奪った者は一人もいない。まるで、最後の一線を守るかのように。
それが、彼女の最後の良心であるかのように。
だが、巨悪はその最後をも、少年の幼馴染から奪おうとしていた。
「彼らに情けをかけるべきではない。そこに転がる者達は、君が集め、束ね、そして愛した
その愛した破面軍の主力にして最も少女を慕っていた女十刃を斬ったのは誰だ。自身の業事を棚に上げ、藍染が飄々と彼女の胸に憎しみを植え付ける。
「さあ、不要な過去との決別の時だ。君の捨てるべき心を惑わす…」
───日番谷冬獅郎の命を絶ちなさい。
誰かが息を呑む音が聞こえる。勝敗の決した戦場に緊張が走り、冬獅郎は思わず少女の顔を見る。
「……はい」
だが縋るような彼の想いは、心の髄まで巨悪の道具となり果てた、最愛の彼女に届かない。
一歩、一歩。細い足が徐に、少女を冬獅郎の下へと近付ける。微かに聞こえる足音が、少年に残された僅かな希望の残滓すら砕いていく。
…雛森。
少女の濁った琥珀の目に、自分への想いは塵一つとして見つからない。当初の狂気も、以前の悲痛も、かつての喜色もなく。虚ろな力の塊のみとなり果てた、藍染の人形。
…雛森。
そして、彼女の七支の宝剣が、目の前で空高く刀身を擡げた時。
冬獅郎の頬を、冷たい水滴が伝った。
…ああ、本当に。
「…ひな…もり……」
お前はもう、そこに居ないのか────
***
『────シロちゃん? 起こしちゃったかな』
何故、今になって思い出す。
あれから何年が経ったのだろうか。彼女にとってはありふれた日常の一幕であろうあの日の夜の事は、冬獅郎にとって、忘れられない幸福と後悔の一頁だったのだ。
『…何してんだ、こんなトコで』
『ん、ちょっとね』
それは冷え込む師走の晩。ふわふわと新雪が舞う、少年の誕生日の夜の出来事だ。
厠に行こうと布団を出た先で見た、一人縁側に座っていた幼馴染。月光の中のあいつは、らしくなく大人びていて、そして本当にらしくなく──美しかった。
『…寒くねェのか?』
別人のような彼女への戸惑いを隠し、ぶっきらぼうに尋ねる冬獅郎。そしてふと自ら口にしたその問いが、彼の胸をチクリと刺した。
───あんた、そのままだとお婆ちゃんを凍死させちゃうわよ。
つい昨年の事。家を訪れた一人の女死神に、彼はそう言われた。霊力に目覚め、その制御ができず知らぬ間に家族を苦しめ殺そうとまでしていた事実は、幼い冬獅郎の心に大きな闇を宿す。
それからと言うもの、少年にとってあの凍て付く霊力を想起させる物事は全て、複雑な思いを抱かせた。キラキラと輝く綺麗な雪も、握ってチャンバラごっこが出来る屋根の氷柱も、肌を撫でる心地よい冬の冷気も。
だが。
『ちょっとね。でもシロちゃんが隣にいるからあったかいよ』
気が沈む冬獅郎へ、少女は笑顔でそう言った。優しく、温かく、どんな深い闇も照らしてくれる、冬夜の満月のように穏やかな笑顔で。
あいつは、いつも俺の心を救ってくれた。何気ない一言でも。そして、覚悟を決めた神妙な懇願でも…
───お願いします! お金なら幾らでも払いますから、この子を助けてください…っ!
あの時も、そう言ってこいつは例の死神に頭を下げた。普段はぽわぽわアホなのに、こういうときだけいっつも真っ先に冬獅郎のために身を差し出すのが、雛森桃という女だった。
呆れるように「死神になればいい」と笑う女死神。その言葉に泣きながらへなへなと安堵に崩れ落ちるあいつを見た時、そして直後ハッと顔を上げ、以前「死神なんて嫌いだ」と言った少年を不安そうに見上げて来た時、冬獅郎に断る選択肢など存在しなかった。
『……アホ桃のクセに』
『む、なによいきなり』
我に返り、そっぽを向く自分。あいつの笑顔に心動かされてしまったことを誤魔化すように。
その時、しばし頬を膨らませ拗ねていた雛森が、空を見上げた。ハッと横目で見たその姿に、冬獅郎は目を奪われる。
『……ぁ』
微かに舞う粉雪の中、ぼんやりと月明かりを浴びて淡く光る少女の横顔。見惚れるほど可憐で、されどどこか寂しく儚くて。そんな神秘的な彼女の姿が、まるで天の誘いで遠くへ行こうとしているように見えて…
『────来年…っ』
思わず、呼び止めるように冬獅郎は彼女へ"何か"を伝えねばと声を上げてしまった。
『来年、俺は死神になる』
あの時、あいつはどんな顔をしていたのだろう。
俺に傷付いて欲しくない。不幸になって欲しくない。どこまでも弟を守る優しい姉でいようとしていたあいつは、きっと悲しんでいたのだろう。
『ッ、だから俺がお前より強くなったら──』
…なあ、雛森。
もし俺が、その言葉の続きを言っていたら。
俺は今、笑顔で。
お前の剣を、この胸に受け入れられただろうか…
***
「───どうした、桃」
声が聞こえる。憎くて憎くて堪らない男の、冷たく、不快げな声が、愛した少女の名を呼んでいる。
なんでヤツが、藍染がそんな冷たい声であいつを呼ぶ。
「……ょ…」
ぽたり、と。何かが頬に落ちる。
閉じた瞼を開ける冬獅郎。風の音、差し込む光、絶えたはずの胸の鼓動。
なんで、俺はまだ生きている。
…わからない。ぼやける視界の、濡れた扁桃の隙間に差し込む日輪が眩しくて。
「……ヤだよ…」
草花の泣くような声が聞こえる。聞こえるはずもない、か細い声が。
微かな吐息が頬を撫でる。そこに籠る何かが、己の瞳の追うべき焦点なのだと、震える本能は知っていた。
意識を手繰り寄せ。光をかき集め。散らばる音を、揺蕩う匂いを、感じるその気配を。朽ち果てそうな体に鞭を打ち、無我夢中で束ねたその先に。
少年は、見た。
「───こんなの……ヤだよ……」
ぽたり、と。何かが頬に落ちる。頬から、頬に。
その目に、小さな光が宿っていた。宝剣を振りかぶったまま自分を見下ろす、孤独で小さな少女の、片目の奥に。
能面のように多くの大切なものが抜け落ちた顔を、一筋の涙が絶え間なく伝う。それはまるで彼女の中に残されている最後のヒトの残滓、精一杯の心の雫が上げた悲鳴のようで。
「…あたしは、ただ……みんなを、守りたくて……死神になったのに……」
その薄い桃色の唇が一つ一つ言葉を紡ぐ度、仮面が剥がれていく。人形が、人へ、少年の恋した少女に戻ろうと。
「……ひ、な…」
零れる喘ぎ。見開く瞼。絶望の暗闇に差し込むその光が、あいつの想いが冬獅郎の胸に、消えたはずの火を灯す。
そんな彼へ、少女が震える手を伸ばした。
いつもの、かつてのような弟分の先を行き、その手を引くためではない。安心させるように彼の頭を撫でるためでも、危険から遠ざけようとその体を引き寄せるためでもない。
いつだって彼を守ろうと身を挺し、彼のために巨悪に頭を下げたあいつが、雛森桃が。初めて──
「……シロ…ちゃん…」
日番谷冬獅郎へ、救いを求めた。
その時の感情を一言で表す事は、稀代の文学家でも不可能だろう。驚愕、凄愴、歓喜、奮然。正しく万感の思いが止めどなく湧き上がり、冬獅郎の未熟な心から溢れ出す。
感動に打ちのめされ、伏した地で震えるばかりの彼の目元から、堪えきれない涙となって。
「……そうか」
だが、その時──
感涙に滲む冬獅郎の視界の中で…
少女の胸が、赤く染まった。
桃玉「……」(……