雛森「シロちゃんに『雛森ィィィィ!』と叫ばせたいだけの人生だった…」   作:ろぼと

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ヨン様無双後編



赤恥ィィィィ!

 

 

 

 沈黙が屋内を支配する。

 

 沈痛な面持ちの者、蒼白な顔色の者、屈辱に震える者、能面の如く無表情な者。一同の視線が集まる先には、寝台に眠る一人の女子霊術院生。意識のない彼女を囲む老若男女は、そこに新たに現れた三人の男の足音で我に返る。

 

「──山田副隊長、雛森一回生の容態は…」

 

「藍染隊長の優れた回道のお陰でしょう。未だ霊圧に多少の揺れがありますが、峠は越えたものと私共四番隊は判断します」

 

『…っ』

 

 副官章を腕に巻いた青年の言葉に一同が口々に安堵の声を溢す。

 

 昨夜、真央霊術院一年一組の院生二十二名と引率の六回生三名が現世実習中に巨大虚の群に襲われる事件が起きた。誰もが全滅を覚悟する状況で全員生還の奇跡を成し遂げたのは、この眠る少女の類い稀なる尽力あってのこと。

 しかし若き英雄は仲間を守る犠牲となり、虚たちの手で悪霊の世界・虚圏へと連れ去られる。生還は絶望的だった。

 

「ありがとうございまする、藍染隊長。貴公の機転がなければ恐らく雛森一回生は、今頃…」

 

「いや、彼女の必死の奮闘のお陰だよ。それに研究用の虚に解空(デスコレール)を命じ虚圏へ行くのはギンの案でね。雛森一回生が無事なのは二人の知恵と勇気が引き寄せた幸運さ」

 

「左様でしたか。流石は市丸副隊長」

 

「ええですよ先生、そない畏まらんでも」

 

 そんな彼女、雛森桃を救った二人の隊長格へ、一同は揃って礼を言う。人格者として広く知られている五番隊隊長・藍染惣右介の迅速な対応に誰もが尊敬の念を抱かざるを得なかった。

 特に、救われていながら彼女の危機に一歩も動けなかった己の無力を呪う、雛森の友人たちと引率の六回生の五名は。

 

 

「しかし一回生が巨大虚の群相手に大立ち回りですか。俗に言う天才ってヤツですかね、市丸副隊長?」

 

「いやぁ、そない簡単にボクの記録抜かれてもうたらかないまへんわ。山田副隊長」

 

「ふーむ、じゃが鬼道は既に隊士レベルだと分析が出ておる。斬拳走は飛び抜けておるわけではないが、鬼道衆ならば即座に活躍出来るじゃろう」

 

「特例で上級生の実技授業に数年参加させれば護廷隊でも即戦力として歓迎されるでしょうね」

 

「確かに…」

 

 緩んだ空気に明るい話題が持ち上がる。雛森一回生の献身的な行動は全ての死神の模範となる素晴らしいもので、また未だ荒削りな部分も多いがその実績を以て護廷隊隊士への就任を検討すべきものであった。

 

「ふむ、隊士たちの命を預かる者として少しいいかな」

 

「は、如何されましたか?」

 

 そう口々に賛成の声が上がる中、彼女の明るい未来を守った当の藍染がふと異議を唱えた。

 

「彼女はまだ年若く、あのような目に遭えば心に深い傷を負ってもおかしくない。優秀な死神見習いが巣立つのは楽しみだけど、飛び級は本人の意思と四番隊精神科の判断を尊重してみてはどうだろう」

 

「…なるほど、仰る通りですな」

 

「危険な目に遭ったからこそ守るべき日常のことをよく教えてあげるんだ。雛森一回生は物事を逸るあまり自己犠牲に走りがちに見える。じっくり育てて欲しい」

 

 真摯に若き死神の雛のことを考える護廷の隊長へ、霊術院の老教諭は感動した面持ちで仰々しく頭を下げる。彼も一年一組の担任として明るく礼儀正しく優秀な雛森に特に目をかけており、同時に同期の阿散井と吉良の心中を案じていた。互いを高め合う彼らの良好な友人関係を引き裂くのは教育者として如何なものか、と。

 

「──どうして」

 

「…ん?」

 

 そのとき、ポツリと小さな呟きが病室に溶け込んだ。和気藹々とした大人の集団の横で未だ暗い顔をしている死神見習いたちの一人、眠る少女の友人である青年だった。

 

「どうして…彼女を助けられたんですか」

 

「吉良一回生…」

 

「どうしたら、あの時の雛森君を助けられるように…虚に臆さずに戦えるようになるんですか…ッ」

 

 感情に負け、青年は嘔吐くように独白する。

 あの時自分は一人戦う彼女を救わんと確かに浅打を握ったのだと。しかし体がすくんで動けなかった。同期の友人──あるいはそれ以上の想いを寄せる少女の危機を自ら招き、連れ去られる様を震えながら見ていることしか出来なかったのだと。

 

「僕は…臆病で、無力な人間です…」

 

 そして程度は違えど、それはこの場で俯く霊術院生五人全員の思いだった。

 

 

「──勘違いをしてはいけないよ、吉良一回生。僕は虚への恐怖を忌避することが正しいとは一度も言っていない」

 

「え…」

 

 そんな子供たちへ、大人の一人が優しい声をかけた。この場の最上位者たる藍染惣右介だ。

 

「恐怖は枷かもしれない。だけど同時に糧でもあるんだ」

 

「糧…」

 

「失敗を、敗北を知っている者は前に進もうとするとき、そうでない者より多くの勇気を必要とする。だけど、その枷に苛まれながらも前に進めた者は、誰よりも揺るぎない強さを得る」

 

『…』

 

 穏やかで、されど強い説得力のある言葉が五人の心に染み渡る。

 

「雛森一回生はがむしゃらに君たちを守ろうとしたと聞いている。おそらく恐怖を知る余裕もないくらい必死だったんだ。恐怖を知らずに前に進んでしまった彼女を支えてあげられるのは──同じ場所で彼女の代わりに恐怖を知った君たちだけだよ」

 

『…ッッ!』

 

 藍染の温かい説教に一同は弾けるように顔を上げた。

 

 雛森一回生を支える存在になる。恐怖を知る自分達が、知らない彼女を諭す存在になる。それは己の無力を恥じ、先に進んだ彼女に嫉妬してしまった情けない自分を変える発想の大転換。藍染の自信に満ちた笑顔と佇まいが彼ら彼女らに力を与え、迷う青年たちの顔に血の気が戻った。

 

『ありがとうございます、藍染隊長ッ!』

 

 自分達に進むべき道を、勇気を与えてくれた恩人に返すべき言葉は一つだけ。万感の思いを込めた礼をする青年たちは、この日の憧れを大切に胸に抱き抱えて前に歩み始めた。

 

 

 

 

 

 ***

 

 

 

 

 

「さて…

 

 ──起きたまえ、桃」

 

 

 一同が去った静かな空間。

 三人きりとなった病室で、男の重厚な声が響く。別人かと思えるそれを紡いだ彼の名は藍染惣右介。万人を跪かせる自然な威圧感の籠った声に、この場の三人目の人物がぴくりと身動ぎした。部屋の主、雛森桃霊術院一回生だ。

 

「……はぁーい」

 

 のそのそと布団をかき分け寝台から降りる、無傷の少女。男の先刻の名演技への反応か、小さく「うわぁ…」と軽蔑するような目を彼に向けている。だが、同時にその顔はどこか楽しそうだった。

 

「そう言うことになった。君には卒業までの五年間、時間的余裕のある立場を活かして二つのことをしてもらいたい」

 

「……院生の立場で出来ることですと、霊術院内に信奉者を作るとかですか?」

 

「話が早くて助かるよ」

 

 藍染の指示に雛森が苦笑いを返す。霊術院中に知れ亘っている彼女の美貌と人柄を以てすれば造作もないこと。あるいは既に似たようなことを行っているのか、先程の五人の院生など候補に心当たりがあるのかもしれない。

 

「…もう一つは何でしょう」

 

「卍解だ」

 

 告げられた指示に雛森はその愛らしい目を丸くする。

 

「君の霊圧は既に護廷の隊長たちに比類するものだ。しかしそれは未だその程度でしかないと言うことでもある」

 

「…それで卍解、ですか」

 

「その通り。君の飛梅は尸魂界史上でも上位の火力を誇る鬼道系攻撃特化型の斬魄刀だ。純粋な破壊力の上昇が見込める君の卍解は我々の大きな正面戦力となるだろう。とても大事な存在だ」

 

「…………ソーデスカ」

 

 手放しの称賛に胡散臭そうな視線を返す雛森。その素直な姿を見る副官の市丸が肩を揺らして笑いを堪えていた。

 

 あの藍染にこんな無礼な態度が取れる人物は彼女くらいだろう。

 

「…頑張ります」

 

「フフ、期待しているよ」

 

 暫しの見つめ合いのあと、むっすりと承諾した少女に笑みを深めた藍染は部下を伴い病室を後にした。

 

「行こうか、ギン」

 

「ほなバイバーイ、桃ちゃん」

 

「…ば、バイバイ…です。藍染隊長、市丸副隊長…」

 

 背を向けた二人に少女が小さく手を振る。だがほっと息を吐き布団に潜り込もうとする彼女へ、また声が投げ掛けられた。

 

「──ああ、そうだ」

 

「…今度は何ですか」

 

「働きの報酬に卒業後は五番隊に加え、鬼道衆・一之組に席を用意しておくよ」

 

 

 ──精々揉まれておいで。

 

 

 リンゴのように真っ赤な顔で震える少女を尻目に、巨悪の主従は笑いながら四番隊隊舎を去っていった。

 

 

 





ヨン様「黒棺が習えるね!」(ニヤニヤ

桃「~~ッッ!」///


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