雛森「シロちゃんに『雛森ィィィィ!』と叫ばせたいだけの人生だった…」   作:ろぼと

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結局USJの後半殆ど隔日更新になってしまった…
投稿ガバもしちゃった(´;ω;`)
悲しみのクライマックスだった…


…「雛森ィィィィ!」最終話です。

 


雛森ィィィィ…

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 現世において、魂魄の調停者・護廷十三隊全隊長格を戦闘可能にすべく整えられた結界【転界結柱】。大罪人藍染惣右介率いる破面(アランカル)軍との大戦を想定した戦場は今、未曽有の大災害に見舞われていた。

 

「な、んだ…あれは…」

 

 喘ぐような声が友軍陣のどこからか聞こえる。それを敵前で尻込みなどと責める者は一人もいない。眼前に現れた存在と相対した者皆が、等しく同じ思いで呆けているのだから。

 

 

 

『■■■■ア"■ア"ア■ア■■■ア"ア■ア■■■■アア"ア■■■■ア"■■ア────

 

 

 

 ソレは、二十丈に迫る巨体の異形。

 

 無数の可憐な少女達が歪に絡み合い、指とも手とも腕とも首とも足とも羽とも胴とも呼べる長い節くれだったものが幾つも不自然に繋がり、一つのナニカを形成している。鵺、竜、鬼、凰。彼ら死神が知る如何なる伝説の妖怪物怪聖獣にも該当しない存在。文字通り"化物"としか筆舌にし難い、美しくも醜悪な怪物が、天まで轟く悲痛と歓喜の絶叫を上げていた。

 

 誰もが目を奪われる驚天動地。

 されどこの場に居る者は一人として雑魚ではない。彼ら霊界の守護者、護廷十三隊の猛者共は即座に敵戦力の分析に取り掛かった。

 

 だがほぼ同時、一同はあり得ない現象に動揺する。

 

「莫迦な……霊圧が、無い…!」

 

「ンなアホな! せやったらあそこでぎょうさん荒れ狂っとる桃色の光はなんやねん! 鏡花水月か!?」

 

 ありとあらゆる霊なるものが、霊界においてその存在を維持するための霊位差。それが霊圧である。

 しかし、立ち尽くす死神達の内の一人は知っていた。彼らの目の前に聳える怪物は、その霊界基準系をも超えた異次元の存在であることを。

 

「…蟻なんスよ、アタシ達は。()()にとって」

 

「"蟻"だと…?」

 

「蟻が足下の地を岩肌か象の背か判別できないように、アタシ達の視野では今の雛森サンの魂魄の規模を認識できないんです。彼我の霊圧差に絶大な差があり、幾つかの条件が整った状況下で起きる…霊性認識の麻痺現象ッス」

 

 その一人──浦原喜助の言葉に全員が絶句する。「まさか」と、「あり得ない」と、現実から目を背ける者も。この場に立つ皆が魂魄の上位種、その更に頂点である卍解に至った死神であるが故に。

 

 だが。

 

「…もしそうなら…これは王属特務の案件です」

 

「あちゃ~、山爺にどやされるどころの騒ぎじゃないよ…」

 

『…ッ!』

 

 卯ノ花と京楽が述べた言葉に、一同は臍を噛む。それは護廷の、科学者の矜持を揺るがす大問題。身内の裏切りどころか世界の理の領域へ至る怪物の誕生まで許してしまうなど、死神としての沽券に関わる事であった。

 

「此度の一件は(わたくし)が許可を出したがために起きた事。先ずは雛森さんの変化に巻き込まれた日番谷隊長を救い出しましょう。総隊長が敵の策略で拘束されている以上…」

 

 

 ────私が前に出ます。

 

 

『…!!』

 

 その一言の、卯ノ花が斬魄刀を鞘から抜いた瞬間。常の彼女の柔和な霊圧が一変した。喉元に剣を突き当てられているかのような鋭利な死の気配に、同僚たちは咄嗟に後退る。

 

 だが、そこへ一人の乱入者が現れた。

 

 

「…射殺せ」

──神鎗(しんそう)──

 

 目にも留まらぬ速さで伸長する刀の切先、不意の一手を繰り出したのは逆賊の副官・市丸ギン。それを難なく斬り掃い、卯ノ花は襲撃者へ目を向けた。

 

「……"百本差し"」

 

「いやァ、かんにんな卯ノ花隊長。今の藍染隊長の機嫌損ねたらあかんねん」

 

『貴様ッ!!』

 

 突然介入してきた裏切り者へ砕蜂と狛村がその剣を振り下ろす。しかし市丸はひらりと回避し始解の連撃で二人を牽制。

 

「…どうしてもそこを退いてはくれないんだね?」

 

「そやかて言うとるやん。ボク、護廷十三隊の全隊長格より藍染隊長一人の方が怖いもん」

 

『……ッ!』

 

 糸目の男の挑発に膨れ上がる隊長達の敵意。一触即発の緊張は、されど突如動き出した他の戦いによって中断を余儀なくされた。

 

 

「──【破道の八十八・

  飛竜撃賊震天雷炮(ひりゅうげきぞくしんてんらいほう)】!!」

 

 

 膨れ上がった霊圧に弾かれ反応する一同。そこには最後の破面と戦う合間に超高位鬼道を雛森桃の化物へ行使する総隊長・山本元柳斎重國の姿が。

 放射される極大の霊圧光閃は直線上の全てを呑み込み、怪物の巨体を包み込むほどの大爆発を巻き起こす。

 

「ッ、凄い…!」

 

「流刃若火がダメなら鬼道かいな……桃ちゃんビックリしてへんやろか」

 

 一同は固唾を呑んで状況を見守る。だがあれほどの鬼道を受けても、あの少女達の大合唱が揺らがない。

 

 そして吹き上がる噴煙が晴れた後、彼らはそこに居た人物にハッと目を見開いた。

 

 

 

「────止めろみんな! この人を傷つけないでくれ!!」

 

 

 

 漆黒の卍解、橙色の髪、決意と希望に満ちた輝く瞳。

 

 奇跡の人間、死神代行・黒崎一護が、化物をその背に守りながら宙に立っていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

***

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……くそっ、何だよこれ…! 何だってこんな事に…ッ!」

 

 

 卯ノ花烈と共に黒腔(ガルガンタ)を潜り空座町へと舞い戻った人間の青年、黒崎一護。恩人の女死神、雛森桃を彼女の幼馴染へ託し、敵の首魁との戦いを見据えていた彼は、そこで見たあまりの絶望と悪意に震え上がった。

 

「────何やってんだよ冬獅郎オオオオオオオッ!!」

 

 そう叫んだ青年の見る現実は、藍染惣右介の【鏡花水月】の能力で幻へと歪められていた。主の姿を雛森桃の姿に被せた完全催眠は、よりにもよって彼女を誰よりも救わんとしていた日番谷冬獅郎自身の手で、想い人を突き刺すという悲劇を引き起こす。

 

 

■■■ア"■ア"ア■■■ア"■ア■■■■ア"ア■■■ア"■■ア■────

 

 

 だが事態を遅れて理解し、かつてない憤怒で逆上する一護に、更なる衝撃が襲い掛かる。

 

「何…だよ……あれは…」

 

 心臓の一突きで命を落としたはずの恩人から生え出た、世にもおぞましい存在。初めて感じる文字通り異次元の霊圧と、その悪夢のような容姿に一護は思わず後退りそうになる。

 

 しかし、怪物に襲い掛かる凄まじい鬼道攻撃を目にした時。

 

「ッッ!!」

 

 青年は()()を護らんと、勝手に体が動いていた。

 

 

『黒崎…一護!?』

 

 

 咄嗟の虚化の【月牙天衝】であの偉い爺さんの鬼道を迎撃した一護は、眼下で「何のつもりだ」と問う隊長達へ反射的に制止を呼びかける。

 

 混乱しているのは彼も同じ。だが後ろでただ悲鳴のような咆哮を上げる痛ましい化物を見た青年は、自身の行動が正しいと本能で確信した。

 この化物に俺たちを攻撃する意思はない、と。

 

 そして、一護はその異形の頂上で、彼女を抱き抱えながら放心する一人の少年を見つける。

 

 

「……冬獅郎!?」

 

 

 彼の様子に青年は息を呑んだ。

 

 項垂れたまま力なくガクガクと震える幼い少年。その瞳孔は開ききり、瞬き一つしない瞼の端からは涙が、半開きの口元からは涎が、鼻孔からは洟が、止めどなく流れ出ている。

 

 あらゆる夢も希望も打ち砕かれた、哀れな童子がそこに居た。

 

「冬獅郎! おい、しっかりしろ冬獅郎!」

 

 慌てて化物の霊圧の海を掻き分け、少年の小さな両肩を掴む。だが冬獅郎は相槌一つ返さず、一護の腕に合わせ体を揺らすだけ。三ヶ月近くに亘り積もりに積もった苦痛が、想い人の変容によって遂にその心を死した岩へと変えてしまったのだ。

 

 

「冬獅ろ────ぐッ、な、何だ!?」

 

 

 突然周囲の霊子に大きな振動が走る。見れば怪物の霊圧が更に膨れ上がり、その足下の焼け焦げた地面に異変が起きていた。

 

 まるで風化しているかのように、周辺の地形が青白い塵になって消え始めたのだ。

 

「不味い! 霊体の霊子化です!」

 

「な、なんやて!?」

 

「霊子構成物が周辺霊圧に耐え切れず霊子へ分解する現象です! このままでは雛森サンを起点に現世と尸魂界が直接繋がり、二界の霊圧差でとんでもない大爆発が起こります!!」

 

『!!?』

 

 戦慄する一同。

 霊界と現世を分つ広大な緩衝地帯が断界(だんがい)黒腔(ガルガンタ)だ。それを介さずに両界が一点で繋がる状況とは、すなわち霊子で膨らみきった風船に針を刺すが如き惨状。

 

「世界が…滅ぶ……!」

 

「…こうなっては致し方ありません。大至急零番隊に出動を要請します」

 

「待ってください卯ノ花サン! 今一度雛森サンの霊圧を封じ込めます! お歴々はあの化物の抵抗力を削いでください!」

 

「それでどれだけ持つと言うのだ! 貴様の怪しい術のせいでこんなことになったのだぞ!?」

 

「落ち着け砕蜂隊長! 常に現状における最善策を取るのだ! …浦原殿、どれほど持つかはわからぬが、僅かであれば我らの卍解で抑え込んで見せよう!」

 

「…チッ、私の【雀蜂雷公鞭】はもう半分の威力も出せんぞ…!」

 

 言い争っていた護廷と現世の有力者が結論を出す。

 

 だが各々が卍解を解放したそこへ、彼は立ち塞がった。

 

「バカ、止めろ!! まだ雛森さんも冬獅郎もいるんだぞ!?」

 

「邪魔だ黒崎一護! 諸共消し飛ばされたいか!?」

 

「黒崎一護! 日番谷隊長を救出し、そこを離れて貰いたい! 我等には最早一刻の猶予もないのだ!」

 

 平行線を辿る怒号の応酬の末、唇を噛む一護は後ろの冬獅郎へ振り返る。異形と化した初恋の少女を抱えながら、彼女を救えず茫然自失とする哀れな少年。

 双殛の丘の一度目も、現世の二度目もダメだった。そして三度目の今も。

 

 だが。

 

「…まだだ。まだ終わってねえ!」

 

 一護は再度、冬獅郎の側へ飛翔する。狛村の言うように彼を連れ下すためではない。それでは少年も、恩人の少女も救えない。

 

 故に一護は空を駆け、頭を振りかぶる。

 あの時、彼女を助けると魂に誓ったコイツの、あの目をもう一度…

 

 

「───フン"ッッ!!」

 

 

 この天才少年にさせるためにだ。

 

「ッ痛がッ!? …!? …??」

 

「このバカ野郎!! 何ガクガク震えてんだ! ンなことしてる場合じゃねえだろ!?」

 

 渾身の頭突きを喰らわせ、少年の意識を叩き起こす一護。ふらつく冬獅郎の胸倉を掴み上げ、柄でもない説教をぶちかます。

 彼にとっては至極当然のその言葉は、されど放心する少年にとっては、何よりも特別な事だった。

 

 

「泣いて……苦しんでんのは───雛森さんも同じだろうがッ!!」

 

 

 その台詞を一護が叫んだ直後。

 

 日番谷冬獅郎の涙が、止まった。

 

 

「てめえだけじゃねえ! 騙されて! 裏切られて! 仲間と戦うハメになって! 今まで何度も散々な目にあって、その挙句にこんな姿にまでなっちまったんだ! 雛森さんが辛くて泣いてる事くらいこんなに響く悲鳴を聞きゃわかんだろ!!」

 

「…ッあ…ぁ…」

 

「だってのにてめえはそこでぶっ壊れてるだけかよ!? 震える事しかできねえのかよ!?」

 

 そして目を見開き喘ぐ冬獅郎へ、一護は全力の想いを言葉に乗せた。

 

 

 

「───惚れた女子が目の前で泣いてんのに、てめえはそこで何してんだよ!!

  冬獅郎オオオッ!!」

 

 

 

 

 

「……ぁ…」

 

 

 脳を、魂を揺さぶる咆哮が冬獅郎の体を駆け巡る。底なしの闇の世界から、世界ごと現実へとひっくり返されたかのような混乱に目が回る。

 

 だが彼は、眼前の偉そうな人間の言葉で、確かに何かを取り戻していた。

 

「……お…れは……」

 

 闇から引き揚げられた非力な少年は、されど何度と自分を裏切った希望を探す事を恐れたまま。

 

 そんな戸惑う彼へ、急に強烈な熱風が襲い掛かる。

 

「なっ、なんだ…?」

 

「ッ、クソ! あいつ等また勝手に…!」

 

 怯える冬獅郎を庇い、状況に気付いた黒崎が彼の下から離れて行く。慌ててその姿を目で追った少年は、そこで自分の同僚の砕蜂らと戦い、雛森を守ろうとする彼を見つけた。

 

 吹き荒む爆風を薙ぎ、振り下ろされる巨剣を撥ね返し、黒崎一護が戦っている。

 俺を、雛森を守るために…

 

「何してんだ! 冬獅郎!!」

 

「…ッ!?」

 

 黒崎の怒声が耳に響く。

 

「目ェ覚めたらさっさと雛森さんを助け出せ! お前にしか出来ねえ事だろうが!」

 

「…おれ…にしか……」

 

「聞こえるだろ、あの人がお前を呼んでる声が! なんで応えてやらねえんだよ!?」

 

 聞こえるってなんだ、呼んでるってなんだ、応えるってなんだ。冬獅郎は悲痛に顔を歪ませる。

 

 今も、今までも、自分はずっとあいつの心の声を聞く事ができず、何度も何度も傷つけ、彼女の期待を悉く裏切ってしまったのだ。

 こんな、人の形すら失うほど酷い目に遭わされて、今更俺の事なんか求めてくれるはずがない。たとえ求めてくれたとしても、一体どうやって応えればいいんだ。

 

「────叫べ!!」

 

「…!」

 

 また、黒崎の大声が冬獅郎の凍り付いた心を震わせる。

 

「心ってのは、魂ってのは繋がってんだろ!? だったら──」

 

 そして何かの思い出を想起するような間を経て、青年が少年へ振り向いた。

 

「叫べ! 叫ぶんだよ! あの人の事を! この化物の中に居るあの人の魂に聞こえるくらいデッカくよ!」

 

「……たましい…に……」

 

 幼稚で、抽象的で、根拠など何もない、黒崎の馬鹿げた言葉。

 

 だが、それを受け取った冬獅郎の胸に、何故か、沸々と熱が沸いてくる。動かなくなった心を今一度動かすように。

 

「ひな…り……」

 

 恐る恐る。腕の中で叫び続ける少女へ呼びかける冬獅郎。

 

 

『■■■ア"■ア■■■ア"■ア■■■■ア"■■■■■ア■────

 

 

 返事はない。凄愴な讃美歌だけが辺りを呑み込む。

 しかし、諦めそうになる少年を、その胸の熱が許さない。

 

「ひな…もり……っ」

 

 二度目、三度目と。彼女の名を呼ぶ度、冬獅郎の声は大きくなる。心から力が、想いが溢れてくる。

 痛ましく叫び続ける幼馴染へ聞こえるように。

 

「雛森…ッ────」

 

 そして。共に過ごした百年の思い出を、育んできた強い、強い慕情を乗せた少女の名を。

 

 日番谷冬獅郎は最後の一声で、魂の奥底から爆呼した。

 

 

 

 

 

 

「雛森ィィィィィィ!!」

 

 

 

 

 

 

 痛嘆の絶叫が戦場に木霊する。

 

 慟哭で枯れた喉が、肺が絞り出した精一杯。たとえどれほど醜い怪物になり果てようと、尚も消えない恋慕を抱き続ける一人の少年の、死力の想い。

 かつて人だった記憶も、大切な思い出も、自らの名前すらも忘れた哀れな怪物に、届くはずもない虚しい呼び声が。

 

 

 だが、その直後。

 

 

 

 

『────ア"ッ!?』

 

 

 

 

 突然、化物の咆哮がぷつりと途切れた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

***

 

 

 

 

 

 

 

 石像の如く固まる、少女の成れの果て。蠢く地響きも吹き荒れる霊圧も、あれほどの破壊の嵐が悉く沈黙し、時が止まったかのような静寂が辺りを支配する。

 

 その天災の空白が如何ほどの間だったのか。永遠にも一瞬にも思える時の狭間の中、不意に冬獅郎は周囲の変化に気付く。

 

 …光だ。

 

 淡い光の粒子が、ぽつぽつと足下から──変わり果てた雛森の巨体の周りを漂っているのだ。

 

『ア"ァ……』

 

 その時。ふわふわと立ち上るその光に導かれるかのように。

 

『アァ■ァ……』

 

 

 一つの透き通る白い人影が冬獅郎の前に浮かび上がった。

 

 

「……ぁ」

 

 

 それは、一人の少女だった。

 

 雛森の背中から木の根の如く伸び出る、彼女の無数の分身の、一人。あいつの姿を象った、淡い白桃色の光。

 涙潤む冬獅郎の目に映るその顔は、ぼやけていてよく見えない。ただ、細まった目元の、弧を描く口元の窪みから、少年は彼女が笑っているのだと思えた。

 

 

『ア"■アアアァ……』

 

 

 冬獅郎の足下から一人、また一人と。少女の分身たちが透き通る光となり、異形の巨体から分かれて宙へと浮かび上がる。最初の一人と同じ笑みをそれぞれの顔に覗かせて。

 

「ひな…も…」

 

 思わずその名が零れたのは何故だろう。最愛の幼馴染を穢す怪物の一欠片だと言うのに、少年は彼女たちが等しく、あいつのように、自分を大切に思ってくれているのだと、そんな気がして…

 

 そして、数えきれないほどの白い光の分身たちの、最後の一人が雛森の体から離れていった後。冬獅郎は己の腕に抱える少女が、元のあいつの姿に戻っている事にようやく気が付いた。

 

「…雛……森…?」

 

 震える声で彼女へ呼びかける。背中を、胸を見ても、藍染にハメられたあの絶死の風穴は開いていない。血の跡も、破れ貫かれた衣類も、一切が綺麗で真っさらなあいつの体が、自分の両腕の中に横たわっていた。

 

 …ある。雛森の魄脈が、ある。

 

 脈と呼ぶにはゆっくりで、気が遠くなるほど大きくて。だけど、確かな魂魄の脈動だ。

 

「雛森! 雛森! 雛森ィィ!!」

 

 あいつが。

 雛森が。

 俺の雛森が。

 俺だけの雛森が!

 

「────いきて…る…」

 

 その言葉を唇が紡いだ瞬間、冬獅郎の視界は朧に歪んだ。

 一点の曇りもない、澄みきった喜びの感情が、止めどなく両目から溢れ出る。

 

「雛森ィィィィ! 雛森ィィィィィッ!」

 

 奇跡だ。

 

 世界に呪われていたあいつが、初めて、裏切られる事のない本物の希望を手に出来たのだ。

 

 

『───ア"ッ、アァッ───』

 

 

 ふと、甲高く短い喚声が辺りに沸く。

 驚き周囲を見渡す冬獅郎は、そこで思わず、瞠目した。

 

 

『ッアアアァァ……───』

 

 

 薄い桃色の光を纏う雛森の分身達が、一斉に雲の上へと昇り始める。

 キラキラと輝く粒子の中で。

 

 その神秘的な様を形容する事は、冬獅郎には出来なかった。

 

 大勢の光の少女達が、その魂魄を花弁のように散らし、霊子となって宙へ溶け消えていく。満たされた幸せそうな顔で微笑みながら。

 まるで、去り際に羽衣をはためかせる天女のように。あるいは、人の子が天界へと召されていくかのように。

 

 それは宛ら伝承や戯曲に描かれた神の福音のような、美しい光景だった。

 

 

「祝福、か…」

 

「なんて綺麗…」

 

 敵も、味方も。誰もが剣を下ろし、天上の演舞に見惚れている。光と乙女達が魅せる幻想の世界に。

 

「…見えるか、雛森…?」

 

 神秘の出来事に魅入るまま、冬獅郎は抱える幼馴染へ独り言のように問い掛ける。やっとの事で取り戻せた、この世で一番大切な女へ。嬉しそうに。愛おしそうに。

 

 誰かが眼前の光景を「祝福」と言った。だが冬獅郎は、そうではないと、消えていく天女達を悲しげに見送る。

 理性を失い悲鳴を上げるばかりだった哀れな怪物が、彼の呼び声にその心を取り戻した。巨悪の呪縛から解き放たれ、最後にこちらへ微笑んだ彼女達は、多分、感謝してくれたのだろう。

 自分の知る雛森桃なら、きっと、そうしていたはずだから。

 

 

「……じゃあな」

 

 

 残る力を剣に込め、冬獅郎は天の彼女達へ無数の氷の花弁を贈る。

 死神の斬魄刀は、死後の罪の全てを洗い流す救いの刃。あいつらが愛してくれた少年の霊圧、天相従臨による魂葬だ。

 悲劇の堕し子達への、せめてもの餞別になって欲しい。そう真摯に願いを乗せて…

 

 

 

 ゆっくりと、視界がぼやけていく。

 全てを出し切った少年を、眠りの闇へと誘っていく。

 

 だけど、冬獅郎はもう、闇に怯えない。

 

 

「雛…森……」

 

 

 こいつが。

 

 この腕の中にいる彼女が。

 

 やっと取り戻せた想い人が。

 

 

 

 

 いつだって俺の心の闇を掃ってくれるのだから────

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

制作・著作

━━━━━

ⒽⓎⓀ

 

 

 

 

 

 

 

 




 

…と、言う事で最後の「雛森ィィィィ!」編は閉幕となります。
長い間のお付き合い&応援大変ありがとうございました!

ガバにも負けず、夏の熱帯夜にも負けず、ここまで書けたのも皆さんの温かい応援のお陰です。
少しでも多くの読者の心に愉悦の種を芽吹かせることが叶えば幸いです(ゲス顔

…ところで前回の割烹で誤投稿ガバを一部愉悦部読者にニチャられまくったけど、貴様ら顔覚えたかんなァ!?


さて、拙作の本編はひとまず此処でおしまいです。
ここから先はメインの「雛森ィィィィ!」とはほぼ無関係になるので、シロ愛虐を楽しみにされている愉悦部諸君にとっては蛇足ですが、一応ヨン様篇最後まで隔日更新は続けます。

そこから先の投稿はおそらく不定期か、また数カ月くらいで書き溜めを作って連続投稿と言う形になると思います。
夜叉姫アニメ始まったし対抗して犬桔書きたい(ボソッ


ではまた!





























『────』



 果てしない闇が広がる、断界の狭間。彷徨う魂魄が黒腔(ガルガンタ)の片隅に集い育まれた、空前絶後の泡沫の如き超巨大世界。

 ここは叫谷(きょうごく)。輪廻の輪から外れた数多の魂魄が集合して生まれる、特異な空間だ。

 珍妙な現象である欠魂(ブランク)。されどこの規格外な規模の叫谷(きょうごく)で、その稀有な存在の中の、更なるイレギュラーが誕生しようとしていた。


『──……──』

『──……みんないる?──』


 桃、あるいは鬼灯のような、濃い桜色の頭部を持つ白い外套のような存在。

 生前の記憶が抜け落ちた、揺蕩う虚ろな霊体である欠魂(ブランク)が、言葉を発した。それも一体ではない。千を、万を超す者たちがぷるぷると震えながら自由気ままに声を上げている。


『──いるいる、めっちゃいる──お姉さまは気絶中?──ガバと幸せでキャパ超えみたい──はぁぁ…シロちゃんえがった……──最初の一回で逝ったから残り聞けなかった──ふふふ、我慢して三回全部聞いたわ!──う、羨ましい…!──』


 彼ら…否、彼女たちは群でありながら、個でもあった。それぞれが死神の隊長格すら遥かに凌駕する、膨大な霊力を有した一欠片。

 その群が、徐々に互いと溶け合い、一つの個が誕生する。



「────ん、ぅ…」



 集いて生れ出たのは、一人の輝く少女。

 裾や衿が擦り切れた長い襦袢らしき衣類を纏い、その背に蝶にも蜂にも似た美しい翅を羽ばたかせる、可憐な人物。ゆっくりと目を開いた神秘の乙女は、されど直後にキョトンと呆け辺りを見渡した。


「……あれ? ここどこ?」


 神々しい容姿に反し、戸惑うような声が彼女の唇より零れ出る。その時、少女の魄内に先ほどの一欠片たちの声が響いた。

『──あ、お姉さま起きた!──お戻りあそばせ────シロちゃん素敵だったねぇ…──』

 一瞬ビクリと驚き胸元へ手をやる少女。その顔はどこか呆れを含んでいた。

「……ホントしぶといわね、あなたたち。みんなオリジナル笑顔でお空へ消えてくんだもん。成仏でもしたのかと思ってたわ」

『──あの時は普通にそんな気分だったの!──最高の「雛森ィィィィ!」だった…──もう思い残すことは何もない!──でも死ねない身なの…──』

 雑念を無視し、少女は自身の断片たちから現状を把握する。

 あの超物質(ももたま)の思念体が再集結した副次効果で生まれた叫谷(きょうごく)。理の領域の存在となり、霊界の輪廻から外れた彼女達を、この世界は葛藤の末欠魂(ブランク)として具現化させた。特定の魂魄の記憶のみを持つ特殊な【思念珠】。その概念そのものを有した完全な欠魂という、全てが矛盾に満ちた霊体として。

「……ま、いっか」

 そんな規格外な存在に生まれ変わった己の状況を、世紀に亘る野望を果たした少女は細事と割り切る。

 完全体欠魂(ブランク)の自分と、()()の自分。どちらも自分であり、意識も霊圧も能力も等しく共有している。言うなれば体の一部。
 おめでとう。真に唯一無二の超越者の誕生だ。


 ───これからどうしよう?


 悲願成就後の緩慢なほろ酔い気分で、少女は自身の霊体で出来た巨大叫谷(きょうごく)を魄内に収容する。

 そして。





「とりあえず……まずは藍染隊長に勝てるよう、ホワイトの封印を緩めに行こうかな」






 斯くて全てにおいて満たされた少女────雛森桃は、転移した断界の奥へ悠然と歩き去った。













 
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