雛森「シロちゃんに『雛森ィィィィ!』と叫ばせたいだけの人生だった…」 作:ろぼと
シロ愛虐終わってもまだ見てくれる人いっぱい居て、いっぱいちゅき♥
コメント評価マイリス支援絵誤字脱字報告ありがとうございます。
ちょっと早めに投稿です。
チャン一視点がしばらく続きます。
「────滅んだ…のか…?」
現世は空座町、そのレプリカの跡地。巨大なクレーターの一角で立ち尽くす死神たちは、先ほどの神秘の光景の余韻に呆けていた。
世にも背徳的で醜悪な化物が、仲間の少年の呼び声で静まり、霊子となって笑顔で消滅した"奇跡"。伝説の一頁の如き終焉に、誰もが息を呑まずにいられない。
そんな彼らの耳に女の声が聞こえた。もう一つの"奇跡"を臨床していた四番隊隊長・卯ノ花烈だ。
「…脈があります。雛森さんは無事です」
ハッと我に返る一同。そしてその言葉の意味を理解した死神達は歓声を上げる。
「ッ、生きてる…桃ちゃんが助かった…!」
『おおっ!』
視線の先には一人の少女、雛森桃。
護廷十三隊を裏切った巨悪の陰謀において、彼らの最大の苦患であった悲劇の仲間を、ようやく敵の魔の手から取り戻せたのだ。
パチ…パチ…パチ…
だが喜び合う死神達は、突如響いた拍手に水を差された。皮肉と嘲りに満ちた賞賛だった。
「おめでとう、諸君。…そして感謝しよう。君達の尽力で、私の計画は期待を大幅に超える大成功を収めた」
その憎々しい言葉の主は一人しかいない。異様に満足げな笑顔で現世と護廷の死神達を称える、諸悪の根源。
大罪人・藍染惣右介だ。
『貴様…ッ!』
「やれやれ。どうやら君達は誰一人として、自らが成し遂げた偉業も、たった今刮目した創世以来の奇跡も、その価値の悉くを認識していないようだ」
憤怒のあまり剣先を正眼に構える満身創痍の彼らを見て、男が「蛮愚に福音か」と溜息を零す。その挑発的な仕草が、激戦に次ぐ激戦で疲弊した英雄達の体を激情一色に奮い立たせた。
だが一同が逆上し斬魄刀を振りかぶろうとした瞬間。
「藍染!!」
彼らの前に、空から黒い影が舞い降りた。
漲る戦意と怒りに肩を震わせる当代死神代行、黒崎一護だ。
そこで藍染は現れた三界の救世主へ向き直り、その笑みを一層深めた。
「久しぶりだね、旅禍の少年。君には格別な感謝の言葉を贈らなくてはならないな」
「てめえ……俺の仲間たちも、俺の町も、雛森さんも……よくも…ッ!」
一護は憤っていた。
ルキアも、井上も、空座町のみんなも。これまで一護の大切な人達が被った全ての苦しみ。その行き着く元凶こそが今、目の前にいる男なのだ。
仲間達は無事取り戻せたが、こいつの悪意は未だ彼らの周囲を渦巻いている。これまでの報復ではなく、これ以上の悲劇を阻止するため、黒崎一護は【天鎖斬月】を握り魔王に挑む。
そう意気込む彼へ、藍染がふと、含むような笑みを見せた。
一つの妙な言葉を口にして。
「…なるほど。やはり君はあの
────我等の思惑通りに。
それが鼓膜を介し彼の脳に辿り着いた時、真っ先に一護の胸に浮かんだ感情は、困惑だった。
「…何だって?」
「聞こえなかったのか、黒崎一護。君の彼女への想いは、"全てが作られたもの"だと言ったんだ」
益々意味がわからず訝しむ青年。
だがその顔を見た藍染の補足は、一護の頭を完全に疑問符で埋め尽くすほど頓珍漢なものだった。
「ああ、済まない。言葉が足りなかったな…」
───
澄ました男の口元に、薄ら寒い笑みが刻まれている。しばしの沈黙の後、一護は辛うじて頭の疑問符を口から吐き出した。
「……はぁ?」
「呆けているのか。無理もない」
憐れみに目を細め、巨悪は語る。
「この世界に存在する全ての弱者は、自らに都合の良い"事実"だけを"真実"と誤認して生きる。そうするより他に、生きる術を持たないからだ」
「あんた……何言って…」
「そして本当の真実を突き付けられた時、彼らは皆、その真実を理解する事を本能的に拒む。…今の君のように」
藍染はそこで一拍、間を置く。それに周囲の注目が自然と惹き付けられる。
その最中だった。
「だが、たとえそれが弱者にできる唯一の自己防衛であろうとも…
君がそう在り続ける事は許されないのだよ、黒崎一護」
『…ッ!?』
突如、男の体から巨大な霊圧の奔流が吹き出した。
先ほどの雛森桃の怪物。その深海の水圧のような意思無き力とは違う。紛う事無き意思を持ったソレは、超然たる暴力として一護たちを呑み込んだ。
「そうだ、旅禍の少年。女神の勇者。必然の奇跡。君は自らの真実を虚妄と判断し、目を逸らすような弱者で在ってはならない。それは君の背負う"運命"への冒涜であり、許されざる怠慢なのだ」
思わず後退る一護は、されど続く魔王の台詞に意識を射止められる。
それは聞き捨てならない、あの時斬月の世界で消え行くあいつが最後に「忠告だ」と言った台詞だった。
────"運命"ってのはな、抗うより背負ったほうがてめえのためだぜ。
「……ッ」
ゾワッと悪寒に背筋が震える。
「どうした。ウルキオラを倒し、覚醒した桃に臆する事なく触れた君が、この程度の霊圧で怖気づく筈がないだろう?」
「…ッ、待てよ…! てめえ、何を……一体何を知ってやがる…!?」
背負う運命。覚醒した雛森さん。俺の全てが作られたもの。不穏で意味深な男の言葉が、その凄まじい霊力と共に一護の魂を恐怖に震わせる。
だが尻込みする青年をしばらく観察していた男が、落胆に肩を落とすと同時。
「────そこまでにして貰おうかの。藍染」
突然戦場に聞き知った古風な女声が響き渡った。
最近大人の事情であの黒猫の男声の方をめっきり使わなくなった、一護の師匠の一人…
「! 夜一さ──」
「夜一さまっ!!」
その正体に真っ先に反応し尻尾を振る姉弟子・砕蜂に呼掛けを掻き消される一護。このとんでもない霊圧の中で何をやってるんだあのチビ女とその豪胆さに逆に戦慄するが、力の発生源の藍染は変わらぬ薄ら笑みのまま佇んでいるだけ。
姦しい師弟の乳繰り合いで緩んだ空気を何とか呑み込み、一護は敵から目を離さず乱入者の女性へ問い掛けた。
「…夜一さん、その手足の重そうなやつは…?」
「ん? ああ、これはのう──」
「アタシの一押し・夜一サン専用手甲と脚甲ッスよ!」
「おい」
そこへ割り込む師匠一号の浦原喜助。先ほどまで難しい顔で何かを考えていた男の豹変に、一護は「技術オタクめ」と軽く距離を取る。捲し立てるような兵装解説の内容は一割も理解できないが、それは標的の藍染の目の前で言っていい事なのだろうか。青年は訝しんだ。
だが気が遠くなるような説明も一段落。おちゃらけていた浦原がチラリと一護を一瞥し、改めた表情で女性に問うた。
「…夜一サン、本当に今で良いんスね?」
「儂ではのうてあのヒゲに訊け。ヤツが"息子を目の前で護るのがパパの見せ場"じゃと言って喚くから仕方なく連れてきたまでの事」
突然、また別の話を始める二人。
一瞬何を言っているのかわからなかった一護だが、活性化した彼の脳は、どういう訳かその一言に強い既視感を抱く。
「……"ヒゲ"だって?」
突拍子もなく、何の共通性もない人達。そのはずだ。
だが夜一の言った「息子をうんたら」の台詞に、一護はある男の顔が思い浮かぶ。
そして。
「────よう、藍染。ウチの馬鹿息子と最高嫁と一番弟子とアホ元副官が世話になったなァ、ンン?」
まるで先行した夜一の後ろに続くように、その思い浮かんだムカつく顔そのまんまの人物が、一同の前に現れた。
…おい、待て。なんでてめえがここに居る。
立て続けの混乱に頭が処理落ちしそうになる一護は、何とか彼の正体を口で紡いだ。
「……親…父…?」
そうだ。親父だ。
あの鬱陶しくて、たまーにカッコよくて、霊力なんて微塵も持たないはずの、普通の親父。
そんな男が、人間どころか虚でさえ消し飛ぶほどの藍染の霊圧の地獄の中で、気まずそうな苦笑いで立っていた。
「…よ、よう一護! ちったァ強くなったじゃねえか! 流石俺と真咲の息子だぜ!」
「"よう"じゃねえだろてめえ! だって…そのカッコ…」
眼前でいつものノリをかますクソ親父へ反射的にツッコミを入れ、一護はまさかの思いで彼の服装へ目を向ける。大混乱する脳でも辛うじて理解できた。
男が纏うその黒い袴は、死神のみが袖を通す──死覇装だったのだ。
「…彼は誰だ? しかも隊首羽織だと?」
「……待て。そのヒゲ面は知らんが、あの品のない霊圧、どこかで覚えがある」
「砕蜂隊長、せめて元同僚の顔くらい覚えとこうよ。まだ二十年前じゃないの…」
「ふふ、懐かしい顔ですね」
一護同様、混乱しているのは周囲もだ。しかしそのうちの幾人かが笑みを浮かべる。
いずれも、どこか暗い感情が覗いているが。
「──久しぶりだねぇ。君の実家の事とか、京楽家の者として色々言わなきゃいけないことは沢山あるけど……無事で何よりだよ、
「…いやァ、ご無沙汰してます京楽隊長。ここに来るついでで助けた
「いえいえ、ご無事で本当に何よりです。その様子ですと遠慮はご無用との事でよろしいですね?」
「い"っ!? い、いやいや、卯ノ花隊長そんな。ははっ、あははっ」
「うふふ」
「ははっ、はひっ…はひゅっ…」
一護も身を以て知る女隊長の"凄み"の笑みに、青息吐息なヒゲ親父。
…うむ、この情けなさは間違いなくヤツ、黒崎一心だ。
だが一通りの再会の挨拶と談笑を終え、最後に一護が実親に事情を問い詰めようとした瞬間。
「────ギン、来るんだ」
遂に魔王が動き出した。
再度、緩んだ空気が弦も斯くやと張り詰める。
「…お呼びですか」
「物事は順序が肝心だ。彼が父親の語る、己の真実の断片を掴むまで、見守ってやりなさい」
召喚した糸目の副官・市丸ギンに指示を飛ばす藍染。意図がわからず一護は父・一心と共に身構える。
「私はその間…」
『なッ──!!?』
そしておもむろに青年へ背を向けた男は、視線の先の浦原ら死神達を、自身の霊圧の放出だけで吹き飛ばした。
「あちらの羽虫達と戯れているとしよう」
市丸へそう言い残し、絶対強者による弱者の蹂躙が始まった。あの化物じみた雛森桃すら従え、そして斬り捨てた藍染惣右介を前に、次々と仲間達が為すすべなく膝を突かされる。
だが加勢せんと力んだ一護の目の前で、突如一閃の光が瞬いた。
「あかんなァ、黒崎クン。君らは、こっち」
「!? 市ま──ぐあァッ!!」
「ッ、一護!!」
辛うじて【天鎖斬月】で身を護ったそれは、ヤツの斬魄刀。いつぞやの一戦以来となる市丸ギンの伸長する刀身攻撃に弾かれ、一護は背後の一心共々、浦原たちと戦場を離される。
「……ホンマかんにんやわァ、桃ちゃん。これからボクどないしょ…」
遠くの瓦礫の奥へ消えて行く二人を眺め、市丸はボソリと肩を落とす。
藍染の背を睨みながらの、そんな彼の独り言は誰の耳に入ることなく、消し飛んだ偽の空座町跡地に溶けていった。
***
「────ぐっ…くそっ、あのキツネ野郎…!」
市丸の斬魄刀【
だが、来ない。
「…なんだ、あいつ。戦う気あんのか?」
眉を顰めつつ、一護は苦戦する仲間たちの所へ急行せんとし、そこで後ろの一心に「まあ待て」と制止された。
「浦原達は大丈夫だろう。ヤツはふざけた野郎だが頭脳は一級品。百十年も準備期間があったんだ、不覚を取る事はねえ」
「…いやいや、あの下駄帽子さっき思いっきり事態悪化させてただろ! 世界が滅ぶとか狛村さんが言ってたぞ!?」
胡散臭い店主へ謎の信頼を寄せる父に憤慨する息子。あれは本当に幸運だった。冬獅郎が立ち直ってくれなかったら、あのまま雛森さんは元に戻らなかったかもしれない。ゾッとする話である。
だがそんな一護へ、一心は呆れたような反応を返した。
「アホかお前。ただ叫んだだけであの化物が成仏なり消滅なりするワケねえだろ」
「…なんだ、見てたのか?」
「当然だ、俺の町だぞ? …まあ
あの少年死神への親しみを感じる揶揄い。それを意図的に頭から追いやり、一護は実父の浦原への高評価に軽く引く。
「えー…」
「おい、何だその『親父が悪いセールスに引っ掛かってる~』みたいな目は!? 俺はあいつからちゃんと術の仕組みとか教わってんの! だからお前と違ってちゃんとわかるの!」
「ホントかよ…」
あんな醜く恐ろしい姿と、ウルキオラの何倍なのかもわからないアホみたいな規模の霊圧をした怪物を生み出したのだ。一護のあの男への信頼は現在どん底を彷徨っている。
そこに一心が別口の反撃を仕掛けてきた。
「つかお前の方こそなんだァ? 『心と魂は繋がってるんだー』とか『叫べば声は届くー』とか、随分メルヘンな事言うようになったじゃねえか、おい」
「…な、おい! そこも見てたのかよ!?」
「がっはっは! 帰ったら母さんと遊子と夏梨とルキアちゃんに教えちゃおーっと」
「てめえそれやったらマジでぶっ殺すからな!?」
ギャーギャーと喧嘩する二人。いつもと変わらない家族の触れ合いだが、死神代行としての秘密を隠さずに接している事に、一護はささやかな幸せと、一抹の寂しさを覚えていた。
「……何も訊かねえんだな、一護」
全く、よせばいいのに。一息ついた後で律儀に問い掛けて来る親父へ、息子はこれまでの時間で用意した台詞を口にした。
「…訊けば答えんのか?」
「……」
バツが悪そうな沈黙。彼なりに苦悩があるのだろう。少しは気持ちがわかる一護は、かつてあの無駄にイケメンな相棒が述べた小恥ずかしい言葉を諳んじる。
「あー…なんだ? それは親父の抱える問題なんだろ…? なら俺はそれを訊く術ってもんを持たねえ…」
「一護…」
「だから──」
…だから、待ってやる。
「いつかあんたが話したくなった時。話してもいいと思った時に……話してくれ」
───それまで、待つよ。
…そうだ。
確か、あれはそんな優しい言葉だったと思う。
「…何だ、ちょっと見ねえ内に一端の口利くようになったじゃねえか」
「うるせえ、ただの受け売りだよ」
面映い思いで頭を掻く一護。ただ、あいつにそう言われた時、ちょっと楽になった事を思い出しただけだ。それ以上の意味なんて込めるだけ無駄だろう。
それでもその言葉のお陰で、残された最後の実親との間に妙な蟠りが生まれなかったのは、あるいはあいつへの新たな借りになったのかもしれない。
ニッ、と笑い合う親子。いつか時が来れば、必ず親父は話してくれる。
そう信じて。
「────なんや、それ。
だがそんな二人の間に、無粋な京言葉が割り込んだ。
微かに不機嫌そうで、どこか八つ当たりのような嗜虐感を感じる、市丸ギンの声。
「…あァ? てめえ、なんで知って──」
今更ちょっかいを出しに来たのかと苛立つ黒崎親子。しかしそこで、一護はハッと硬化する。
待て。こいつ今、何と言ったか。
「……そうだよ。なんでてめえが、それを知ってやがんだ…?」
ツッと背筋を嫌な汗が伝う。
あり得ない。あそこに、あの場にいたのは俺とルキア、そしてコンの三人だけだったはずだ。この男が知っているはずがないではないか。
しかし、市丸の舌は一護の動揺を余所に回り続ける。
「いやァ。どうもすんませんなあ、
「…ッ!? 市丸てめえ…!」
「ボク、藍染隊長の命令で、お宅の息子さんがちゃんと知っとかなアカン事を知るよう見守る役目がありまして」
神経を逆撫でする飄々とした言動。今までの語らいを踏み躙る行為に、一護は何かを誤魔化すように激昂する。
「人が"訊かねえ"って言った事ごちゃごちゃ抜かしてんじゃねえよ! 俺の質問に答えろ! なんでてめえがルキアの台詞を知ってんだ!?」
「怖い怖い、そないな顔せんでもええやん。今更君が怒っても真実は変わらへんよ?」
だが糸目の副官は、そんな青年の内心を見逃さない。嗤いながら「ほんま、もう気付いてんとちゃう?」と、一護の胸の内を容易く抉り出す。
「ッ、何をだよ…!?」
「覚えとる? 最初に会うた時、ボク君に言うたやん」
そして。
青年が忘れていた因縁の男・市丸ギンは、まるで口が裂けるかのような恐ろしい笑みを、その剽軽な顔に浮かべた。
「ボクら…」
────君が生まれるずぅっと前から、君の事知っとるよ…って。
徐々に悦森ちゃんの過去の暗躍ムーヴが一護たちの足に絡み付き始める…!
シロちゃん「雛森ィィィィ!」篇が終わって、怒涛の主人公勢の「何……だと……」篇が始まります。
…サブタイこれにしようかな