雛森「シロちゃんに『雛森ィィィィ!』と叫ばせたいだけの人生だった…」   作:ろぼと

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お待たせしました、一〇回の前編です。

字数が増えたのでキリのいいトコでひとまず投稿します。


 


俺自身が市丸になる事だ…

 

 

 

 

 

 

 

 悪魔に角はない。

 

 

 人を騙し惑わす悪魔は、およそ邪悪と見做される外見要素の悉くを排除し、美しい姿で人の前に現れる。

 鋭利な尻尾は小ぶりなお尻に、蝙蝠の翼は華奢な背肩に、黒い皮膚は白絹の柔肌に。

 

 そしてその凶悪な嘲笑は、誰もが振り返る清楚可憐な乙女の仮面に隠されている。

 

 青年──市丸ギンは、この五十年でその恐るべき真実を知ったのだ。

 

 

 

『───いつから、見てらしたんですか?』

 

 

 最初に彼女の姿を見たのは、虚圏(ウェコムンド)の仮拠点、監視室。

 

 宿敵藍染惣右介の部下として潜り込んで六十年。ある日、霊術院に面白い娘が居ると上司に言われ、共にその女子院生を観察した。

 

 院生──雛森桃は、可愛らしい少女だった。だがその容姿に反し、彼女は自分達死神とは根本的に異なる存在だった。

 

 種族が、ではない。その狂気的な俯瞰視点、知るはずのない知識。精神が自分達"人"のそれではなかった。

 言葉や仕草、態度の端々に感じる、まるで先ほど彼女を観察していた自分と同じ、画面を通して見下ろされているような感覚。

 

 雛森桃とはそんな不気味な雰囲気を持つ、少女の姿をした悪魔だった。

 

 

『使い潰しなどしないさ。今日から君は───私の同胞だよ』

 

 

 そんな彼女を、藍染は大層気に入った。

 それまでの超然とつまらなさそうに世界を眺めていた暗い目を童子のように煌かせ、新しいオモチャが見せるあらゆる言動を、あらゆる視点で観察した。

 精神はさておき頭脳は平凡だった桃は自身の異常性を隠そうと努力をするも、藍染の前ではそれも無意味。揶揄われ翻弄されながらもあたふた涙ぐましい抵抗をする彼女の無様で可愛らしい姿に、市丸も藍染と共に嗜虐と喜悦の感情を抱いた。

 

 だが。彼は後に少しずつ、最初に少女に覚えたあの恐怖の本質に近付くこととなる。

 そしてそのきっかけは桃自身の変化にもあった。

 

 

『───そうですね。後悔…してるのかもしれませんね』

 

 

 思えばあれが彼女の、あるいは世界の転機だったのかもしれない。

 

 初めて少女が自発的に行動を起こした三十年前、当時の十三番隊副隊長・志波海燕を用いた寄生型(ホロウ)の実験。

 目的のため罪なき者を殺めた心境を藍染に問われた時、桃は悲しそうに彼へそう返した。誰にでも嘘だと見抜ける、彼女らしくない不出来な演技の哀顔で。

 

 実験が終わった直後の複雑な顔をしていた彼女は、まだ僅かばかりの人間性を残していたのだろう。

 それが何故ああなったのかはわからない。だがその"後悔している者の演技"を藍染は何故か自身への挑発と受け止め、それを意図するほどナニカが根本的に変わった雛森桃を…

 

 魔王は心底愉しそうに「神」と呼んだ。

 

 

『──ザエルアポロさんの弱体化ですか? ええ、もちろん許可しましたけど…何か問題でも起きましたか?』

 

『──蠍と牛と芋虫と…そうそう、彼ら五人の勧誘をお願いします。大事な大虚(メノス)達ですから』

 

『──ネリエルさんですか? 彼女には、えっと…広い世界を見て欲しかったので、その…』

 

 

 それからと言うもの、市丸は少女の何気ない言葉の全てに違和感を覚えるようになった。

 探し求める大虚の名前を部下の破面(アランカル)達に伝える時も。勧誘した彼らの配属先を決める時も。まるで世界そのものを使ったパズルを埋めているような、作業じみた幼稚な喜色を感じた。

 

 その最たる例が、黒崎一護。

 

 何故志波海燕で実験をしなければならなかったのか。何故朽木ルキアに海燕を殺させたのか。何故死神の魂魄を素体とした寄生型最上級大虚(ヴァストローデ)を作り、それを天敵の滅却師(クインシー)に寄生させたのか。何故その場に志波一心をおびき出し、滅却師の女と出会わせたのか。

 

 

『───派手な見世物じゃないですよ? 特大の布石を二つ、あと細かいのも三つか四つ打ちたいだけなので』

 

 

 当初は訳がわからず不気味に思い、そして計画の最後に現れた浦原喜助が滅却師を救った時、市丸は思わず戦慄した。

 

 奇跡偶然を必然に変える存在。神に賽子を振らせない、本物の超越者を見た気がして。

 

 

 …どこまで"見えて"いるのか。その"目"を使って彼女は一体何を成そうとしているのか。そしてその目的は、果たして己のそれの妨げとなるのか。

 

 そんな超級の警戒対象が宿敵藍染の軍門に下り、自分の唯一守りたい幼馴染──松本乱菊と親しくしていた彼の心中は察して余りある。

 

 

『──イヅル。君雛森ちゃんと仲良えんなら、もう少しあの娘のことプライヴェイトでも支えてやってな。ボクの五番隊副隊長の後輩やし』

 

『──伊勢ちゃん。少しボクのお節介に協力して貰いたいねんけど、ええかな。ウチの副官の恋路が心配になってん』

 

『──卯ノ花隊長。最近イヅルの周りで女の子達が騒がしいんやけど、女性死神協会で何か話聞いとりません?』

 

 

 こちらの野望を知られている想定で、市丸は"雛森桃暗殺"の最終手段を胸に秘め、乱菊を守るために幾つか手を打った。

 

 その一つが、吉良イヅル。桃の同期の友人にして優秀・従順な彼を名指しで引き抜いた最大の理由は、あの悪魔を監視させるため。

 さらに彼をエサに、恋バナに魅かれる女心を巧みに利用。密かに『吉良副隊長の恋を成就させる会』を女性死神協会内で作らせ、それらを陰で操り桃と乱菊の関係を間接的に見張らせた。

 

 

『友達ですか…あたしにとっては乱菊さんですかね。最初はシロちゃんを支えてくれる人として打算で近付いたんですけど…なんか気付いたらこっちまであの人の側が居心地よくなっちゃって』

 

『…驚いたな、お前にも友を想う殊勝な心が備わっていたとは。いや、これは雛森を絆した松本副隊長の快挙なのか…?』

 

『備わってますよ失礼なっ! あとそれ友達いない藍染隊長もバカにしてるの気付いてます? 東仙隊長いーけないんだー』

 

『待て、そうは言っていない。私が馬鹿にしているのはお前一人だ』

 

『あなた正直が全部美徳だと勘違いしてますよね!?』

 

 

 市丸の警戒網は虚圏(ウェコムンド)でも張られた。彼女の本音を聞き出すため、東仙や破面達を上手に誘導。

 策は上々で情報は逐一集まり、雛森桃の真意を知って一先ずは胸を撫で下ろした市丸。

 

 理由はあの悪魔を殺し藍染の敵意を買う、本末転倒で危険な橋を渡らずに済んだ事。そして当人が出した、例の"シロちゃん"の名にあった。

 

 

 

 ──日番谷冬獅郎。

 

 

 

 あの悪魔を悪魔たらしめ、同時に彼女のあらゆる注意を吸引する、この世で最も称賛されるべき哀れな人柱だ。

 桃が「人生」と形容し赤い顔で恥じらう彼への感情に、外見通りの年頃の少女らしい甘酸っぱさは欠片もない。

 

 しばらく経って彼女が市丸らに曝け出したのは──年下の幼馴染を偽りの幸せで依存させ、偽りの不幸で絶望させ、その反応の落差を裏で愉しみ弄ぶ下劣極まりない執着心だった。

 

 彼女がこの悪癖にかける熱意はすさまじく、少年に"雛森桃の不幸"を嘆き悲しんで貰うためならば自ら藍染に「あたしを斬って」と頼み込み、実際に腹を串刺しにされることすら厭わない。

 清浄塔居林でその現場を目の当たりにした衝撃を市丸は永遠に忘れないだろう。

 

 そんな狂気の少女も、「愛」と豪語するだけの事はあり日番谷冬獅郎の心を壊し本当に不幸にするのは避けたいらしい。

 壊れる寸前の綱渡りを愉しんでいるとも言えるが、その重要なピースである乱菊があの悪魔の手で害され不幸になる心配は杞憂だった。

 

 故に。この悪辣な愉悦趣味に関わる全ての事柄に対して、市丸は軽口で苦言は申せど決して邪魔となる事は避けてきた。それはあの正義正義と口うるさい東仙も同様。

 あの藍染惣右介を虜にするほど特異な人物の敵意を買わないよう、もしくは先輩として後輩の労働意欲を推進するための、必要十分な配慮だった。

 

 

『──ごめんね…シロちゃん…』

 

 

 そして迎えた八月六日。双殛の丘での"大舞台"。

 

 巨悪の傘下に加わってから五十年も待ち望んでいた瞬間に、祭りの前の子供のようにはしゃいでいた雛森桃。

 本番で見せた藍染との息の合った役者ぶりと、それを見せられ悲嘆する幼い少年の道化ぶりに、市丸も知らずの内にウズウズと湧き上がるものがあった。

 

 

『───こんなの……ヤだよ……』

 

 

 続く三ヶ月後の空座町決戦。少女の歪んだ"愛"の集大成が披露された時、市丸はそのあまりの愉悦と醜悪さに腹が捩れそうになるのを必死に堪えていた。

 

 何が「みんなを守るために死神になった」や。君が藍染の配下に加わったんは「シロちゃんへの御慈悲」を求めるためやのうて、彼の絶望が見たいからやないの。

 何が「シロちゃん、助けて」や。真実を知った誰もが助けたいんは君やのうて、君のオモチャになっとるそこのシロちゃんやないの。

 何が「桃は心と体を私に許してしまった」や。あの愉悦趣味と未来視と着替えの下着姿を覗いただけやん。ほなボクもその「桃の心と体」を許された事になるんか、そない誤解されんの嫌やわ…

 

 魔王と悪魔が手を組むと、こんな喜劇が生まれるのか。対岸の火事とばかりに外道共の愉悦のおこぼれに預かる彼も、正しく悪の一人だった。

 

 あの瞬間までは。

 

 

『───アアアアア"アアア"アアアア"ア"ア"アア"ア"

 

 

 それは日番谷の腕の中で死んだフリをしていた桃が、突然上げた悲鳴。

 

 いつの間にか彼女の魄内に埋め込まれていた崩玉を浦原喜助が摘出しようとした時、市丸はどさくさに紛れて藍染を仕留めようとは考えなかった。

 

 崩玉が奴の手元に無い。奴自身も桃の身に起きた変化に目を奪われている。確かに千載一遇の好機。

 だが桃の悲願に協力する際、藍染は鏡花水月を既に使っていた。目の前の奴が本物とは限らない。ならば機を待つのみ。

 

 本来、市丸ギンとはそんな、心を持たない暗殺者だった。

 

 

 …しかし直後に起きた大事件に、市丸の胸に明確な動揺が走る。

 

 

『ば、化物…!』

 

 

 桃の体から生れ出たのは、無数の彼女が絡み合い象る異形の怪物。明らかに崩玉の正常ならざる影響が見て取れる彼女の変化に流石の市丸も優先順位を変更せざるを得なかった。

 

 藍染を殺せても崩玉を奪えなければ意味がない。だが桃の異形化した体が日番谷の呼び声で幸せそうに消滅した後、肝心の崩玉の気配はどこにもなかった。まるであの怪物と共に霊子へ戻ったかのように。

 

 その時の市丸の心理は筆舌にし難い。百年の悲願の半分を果たせなくなった。乱菊の魂を取り返せなかった。当然の怒りを意識無き桃へぶつけようにも、藍染の前では難しい。

 

 だが悪魔が丹精込めて育てた黒崎一護に八つ当たりしている途中、市丸の前に最高の希望が転がり込んだ。

 

 

『───漸く、私を理解してくれたか……"崩玉"よ』

 

 

 二つ目の、市丸の狙う最初の崩玉。桃の持つ崩玉をデコイとし、密かに融合を開始させていた真の崩玉が、藍染の胸元で輝いていた。

 

 慎重な市丸は昂る感情を律し、元の冷静さを取り戻す。機会は一度。敵は理の領域にまで至った強者。そして断界(だんがい)での意味深なヤツの発言…

 

 

『愉しみにしているよ────桃』

 

 

 今まであの悪魔には散々振り回されてきた。見ている分には馬鹿で面白く可愛らしい少女。だが一度巻き込まれれば全てをめちゃくちゃにされる天災。

 

 藍染はいつしか彼女を玩具以上の存在として認めるようになった。ともすれば対等に等しい相手として。そしてあの男はただ精神性や知識だけが特別な者を──称賛こそすれ──対等と扱う事は決してない。

 

 桃を取り戻したと騒ぐ護廷隊に、黒崎一護に失望した時に、断界(だんがい)を通った際に、藍染は何と言った?

 

 まだ終わってはいないのではないか。雛森桃と言う悪魔が紡ぐ"戯曲"とやらには、まだ続きがあるのではないか。そこで自分は、またあの娘が押し付ける"運命"とやらに引っ掻き回されるのではないか。

 不確定要素は一向に尽きない。

 

 

 そして。

 

 

 

 

 

「──間に合ったわ、ギン…!」

 

 

 

 

 

 

 復讐を求める白蛇は、遂に。

 

 決断を迫られる──

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




 

後編は明日22:00予定です。
お楽しみに!

 
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