雛森「シロちゃんに『雛森ィィィィ!』と叫ばせたいだけの人生だった…」   作:ろぼと

91 / 145
 
おまたせ♡

一〇回後半です。
ギン乱! ギン乱!

 


俺自身が神殺になる事だ…

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「────いやァ、流石は重霊地。普通に歩いとる人間の多いこと多いこと」

 

 

 辿り着いた真の空座町。市丸ギンは仇敵である藍染惣右介が空座町龍脈状況を確認している後ろに付き添いながら、虎視眈々と復讐の機を窺っていた。

 

 時間はあまり残されていない。

 一つは卍解。黒崎親子との戦いから密かに維持し続けているが【神殺鎗】に限らず刀剣解放の持続時間は有限だ。

 二つは藍染の霊格。ヤツと崩玉の融合が完全となれば、流石の卍解の切り札でも殺しきれない可能性がある。

 

 無論そんな不安は市丸の剽軽な仮面に滲む事はないが、彼の胸にはじわじわと緊張の糸が張られていた。

 

「…おや? あそこの子ら、どっかで見た覚えがありますねぇ」

 

「ああ、彼らは黒崎一護の仲間だ」

 

 三つ目の龍脈泉へ向かう途中、遠くで通りかかった現世の学生服の数人に藍染が関心を示す。

 

「黒崎一護? あの子は失敗作やなかったんですか?」

 

「君らしくないな、ギン。黒崎一護があの程度で成長を止める人間なら、彼は最初からこの世に生まれていない」

 

 男はあの人間の真価をその英雄的な精神性に見出しているらしい。心折れようと、親しい者の願いで何度でも立ち上がる不屈の魂。家族友人が残されたこの町の危機を放置しのうのうと自らの生にしがみ付くような弱者ではないと、藍染は語る。

 

「確かにあの娘の肝いりやし…何やおもろい事してくれそうですなぁ」

 

 もっとも、市丸にとってはどうでもいい話。あの絶望的な真実を知った人間がそう容易く立ち直れる筈がない。ましてやこの魔王と戦える程の力をこの半刻足らずで身に付けるなど不可能だ。

 彼の復讐の手札とはなり得ない。

 

 だが孤独な戦いの終焉が近付く緊張の最中、市丸の前に更なる焦燥の種が現れる。

 

 

 

「───間に合ったわ、藍染…! ギン…!」

 

 

 

 彼らの歩む先に、突如一人の女死神が降り立った。

 

 穿界門で先回りし空座町にて待ち構えていたのは、彼の唯一の弱点──松本乱菊。

 

 戦闘で負傷しイヅルの治療を受けていたのは把握済み。黒崎一心との再会のせいか、普段の彼女からは想像出来ないほど鬼気迫った戦意を漲らせている。されど戦力にすらなれない彼女の正義感は完全に市丸の目的の邪魔でしかなかった。

 

 不味い、選りにも選って今会わずとも良いものを。青年は内心動揺する。

 部下の経歴や人間関係を完全に把握している藍染なら多少の慈悲はかけるだろうが、奴には気紛れで相手の心を弄んで反応を愉しむ趣味があった。自分と乱菊、家族のような関係だった流魂街時代の話を掘り起こされたらたまらない。

 

「ギン、君の問題だ。彼女の事は任せるよ」

 

 だが魔王は意外にも寛容だった。

 

「……ええんですか?」

 

「勿論だとも。存分に旧交を温めて来るといい」

 

「…ほな、おおきに」

 

 訝しみながらも、青年は一礼の後瞬歩で女死神へ突撃する。

 

「! ギン──」

 

「舌噛まんようにな、乱菊」

 

 生死はさておき、藍染の悪癖の最大の対象だった雛森桃はここにはいない。故にとばっちりを受けた黒崎一護の災難を間近で見ていた市丸は、彼の二の舞にならぬよう至急乱菊をこの場から逃がす事を選択した。

 

 

 

「待っ、ギン…! 放し…てっ!」

 

「!」

 

 暴れる乱菊を下ろした先は、遠く離れた平坦な現世建築の屋上。藍染には決して聞かれない場所で足を止め、二人は緊迫した空気の中で向かい合う。

 

『……』

 

 息を整える彼女は、何やら切なそうな目でこちらを見つめていた。その真剣な姿に市丸は妙な気分を覚える。

 

 この松本乱菊との関係を一言で言うなら、疎遠な幼馴染。だが市丸が()()()()()()()は、己の命以上に大切なものだった。

 藍染の懐に入り込んだのも、尸魂界を裏切ったのも、全ては彼女を悲劇から守りたいという"エゴ"のため。危険から遠ざけるために距離も取り、縒りを戻そうと近付く彼女を邪険にも扱った。

 何一つ残さず、思い出も作らず、その心の中から完全に自らの存在を消し去った。そのはずだった。

 

 だと言うのに。

 

「…なんで来たん? 君、そない護廷の責務に忠実やったっけ?」

 

「ふざけないで…! 決まってんでしょ、

 

 あんたが居るからよ…ッ!」

 

 

 乱菊が浮かべていたのは、決意を秘めた、女の顔だった。けっして彼のような日陰者に向けていい、感情ではなかった。

 

「…ボク?」

 

 市丸は彼女にそんな顔を向けられる理由がわからず困惑する。彼自身──あの悪魔程ではないが──自分が異常な精神性を持つ事は自覚していた。

 

 己は蛇。気に入った敵に近付き、丸呑みにして喰らう。どれほど相手が強大であろうと決して諦めず、ひたすら陰湿で冷えきった心で復讐の機を待つ。そこに自分の生きる意味を見出してしまっただけの、ただの狂人だ。

 

 そんな自分が乱菊の側に居る事はできない。そう確信し、市丸ギンは彼女との関係を無に帰したのだ。

 

「……なんや、それ。ホンマに言うてるん?」

 

「ッ、ギン…っ」

 

「かんにんしてやァ、今までの苦労が全部ぱーやん。なんでこないコトになってん…」

 

 今更好かれる所以も無し。好かれたいとも思わない。自分の存在は彼女を悲しませるだけで、自分が望む世界とは真逆の、不要なもの。

 

 だから、いま目の前にある、彼女の泣き出しそうな顔は、何かの間違いで。

 

 

「乱菊…」

 

 

 

 

───邪魔や。 

 

 

 

 

 この復讐の障害となるのなら、市丸ギンはいくらでも非情になれる。

 

 たとえそれが、自身の宝物であっても…

 

 

 

 

 

 

 

***

 

 

 

 

 

 

 

「只今戻りました、藍染隊長」

 

 

 乱菊との因縁を清算し、市丸は獲物の下へと一人舞い戻る。

 

 黒崎一護の仲間達と戯れながら一通り町を見廻り終えたであろう藍染は、この短時間で更に力が増しているように見えた。本能的な恐怖が胸に湧き上がる。

 

 やはり、崩玉との完全融合までもう間がない。

 

「お帰り、ギン。彼女と話は出来たかな?」

 

 藍染が眼前で平伏す人間達から、こちらへ注意を向ける。微かに挑発の臭いを感じた青年は平然と報告した。

 

「殺しました」

 

「…ほう」

 

「あのままやと地の果てまで付いて来そうで」

 

 ヘラヘラと「ボク、女に追い掛けられる趣味あらへんし」と笑みを深める市丸。

 

 魔王が遠くを眺めるように目を細める。霊圧を探っているのだろう。

 そして僅かに眉を持ち上げ、市丸へ流し目を送ってきた。

 

「驚いたな。君はもう少し、彼女に対して何らかの感情を抱いているものと思っていた」

 

 そこにあるのは感心か、はたまた失望か。藍染の微笑に隠れる感情は相変わらずよくわからない。

 

 

 …だが、これで。奴の知る市丸ギンの弱みは全て消えた。

 それこそが、この長い"狩り"の最後の一手。

 

 魔王の油断を誘う、最後の嘘…

 

 

「あはは、"感情"ですか? 最初からあらしまへんよ、ボクにそない大層なモン」

 

 そうや──

 

 

ボクは蛇

 

肌は冷たく   心は無い

 

   舌先で獲物探して這い回って

気に入った奴を丸呑みにする  

 

そういう生物や

 

 

 

「そう、言うたやないですか」

 

 

 …その言葉は、普段の彼ならば決して口にしなかった。まるで「これから貴方を喰らいます」と宣言するような、無意味で美学的な台詞。

 

 

『──あんたが居るからよ…ッ!』

 

 

 今思えば、あれは己の気持ちに対する一種のケジメだったのかもしれない。

 

「好都合に尸魂界が人間達を霊子化してくれている。こちらで専用の術式を準備する必要はなくなった」

 

「あれ面倒やし、手間省けましたわ」

 

 藍染の語る計画手順に相槌を打ちながらも、市丸の血は冷えていく。

 

「目ぼしい龍脈泉に異常は無い。【転界結柱】は浦原喜助の技術だったか。握菱鉄裁や有昭田鉢玄の協力もあっただろうが、流石の一言だ」

 

 奴の言葉が耳を素通りしていく。残すは鏡花水月の弱点を突く事、ただ一つ。

 

 そして、まるで示し合わせたかのように…

 

「最早我々を妨げるものは何もない。目障りな鼠達を排除し、

 ──王鍵(おうけん)の創生に取り掛かる」

 

 市丸の目の前で、無造作に。

 藍染惣右介が誇る完全催眠能力の起点…

 

 

 

【鏡花水月】が、掲げられた。

 

 

 

「──ええやないですか」

 

 

 …あかん。やっぱりあかんわ。

 

 その刀身にさりげなく手を触れながら、市丸は胸中で彼女へ謝罪するように言葉を紡ぐ。

 

 

「──それやったら、藍染隊長」

 

 

 …思いもよらへんかってんねや。君がああも、()だこんなボクを大事に想うてたやなんて。百年もマトモに言葉を交わさへんかった人が。沢山の友人と居場所を持つ女性が。昔に一緒に暮らしてた只の幼馴染との絆を、未だ大切にし続けてたやなんて。

 

 

「──あの子ら殺すんは……ボクがやります」

 

 

 …そないな事、何かの間違いやったら良かったのに…

 

 

「ギン───」

 

 藍染が部下の名を呼ぶ。

 その続きを聞く前に、市丸は袖の陰で自らの卍解を構え……遂に百年来の悲願へ、己が手を伸ばした。

 

 

 

     
(ころ)せ・・・

 

 

 

 

── 神 殺 鎗(かみしにのやり) ──

 

 

 

 

 

 

 

 …せやったらなァ、乱菊?

 

 

 もうボク、この世におったらあかんねん…

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

***

 

 

 

 

 

 

 

 藍染惣右介が有する凶悪な幻惑鬼道系斬魄刀【鏡花水月】。

 

 霊圧感知を含む五感を支配し、蠅を龍に、沼地を花畑に見せる事すら可能なその"完全催眠"は、斬魄刀の性質故当然この男の魂から生まれ、この男にのみ満足に扱える能力だ。それは魂魄の繋がりだけではなく、基礎となる高度な知性と霊圧に由来すると言う意味であり、尸魂界を翻弄する程の脅威となったのは偏に所有者の悪魔的叡智が成せる技だった。

 

 浦原喜助は雛森桃と対峙する時彼女の力を封じるため、生物なら誰しもが持つ"自己能力に対する防衛力"に目を付けた。そしてそれは、市丸ギンが己の本懐を遂げるために必要な最後の一欠片でもあった。

 

「────鏡花水月の能力から逃れられる唯一の方法は、その"自己防衛力"。つまり持ち主のアンタのように、完全催眠の発動前から刀の本体に触れておく事」

 

 かつて、まだ魔王の副官に相応しい学も経験も能力も無かった子供の頃。死神が何故自分の斬魄刀の力で身を滅ぼさないのかについて彼に尋ねた事があった。

 

『ほな持ち主が自分の力で怪我しいひんのは…』

 

『そのとおりだよ、ギン。斬魄刀とは死神の半身。主が己の刃を掴み損ねないよう、斬魄刀そのものが持ち主を守っているんだ』

 

 あの時は、その台詞がどんな意味を持つのか気付けなかった。だが長らく藍染に付き従う内に市丸は気付く。奴自身が完全催眠の能力を使う際、決して【鏡花水月】の本体を手放さない事に。

 

「未来が見える桃ちゃんさえ逃れられへんかった、浦原喜助の着眼点。…アンタにも効く言う事はあん時に確信済みや」

 

 そして策は成った。市丸が突き立てた自身の【神殺鎗】は敵を穿つことは出来ず、僅かに胸板に血を流す程度。全く以てとんでもない霊圧密度だ。

 

 …だが、彼の卍解にとってはそれで十分。

 

 

「神殺鎗の真価は、刀身の内側にある細胞を殺し溶かす"毒"です」

 

 

 宣言していたほど速くは伸びない。伝えたほど長くは伸びない。

 代わりに、伸縮する時に一瞬だけ塵になる。

 

「今、胸に少しだけ突き刺さった切先を塵にし……藍染隊長の血管の中に入れました」

 

 …さあ、仕上げだ。

 

「血液が胸元の毛細血管から心臓まで戻る時間は、約五十秒」

 

 

 そして市丸の卍解の解号と共に、藍染惣右介の胸に巨大な孔が開き…

 

 

 

 

 

 

 

「──ありがとう、ギン」

 

 

 

 

 

 

 

 魔王の顔に、邪悪な嘲笑が浮かんだ。

 

「!!?」

 

「今の隙を君が突いてくれたお陰で、私の進化にはまだ先があると確信できた」

 

 カッ、と胸元に走る一筋の熱。驚愕する間も許されず、市丸は自分が敵に斬られた事すら気付けなかった。

 

 爆発的な霊圧が辺りに吹き荒れる。その嵐の中で佇む男の胸の孔からは、白い肉髄が零れ出ていた。蠢きながら溶けた体を繋ぎ止めるだけでは飽き足らず、溢れるソレは背へと伸びる。

 

 そして直後。藍染の背中から幾対もの不気味な白い翅が生え開いた。

 

「なん……やて……」

 

「そう驚く程の事じゃないだろう? 崩玉の研究について裏で探っていた君の事だ。動くとすれば私が完全に崩玉と融合する前、つまり今しかない」

 

「────ッ!!」

 

 血が止まらない己の胸元を押さえ、市丸は後退りながら追撃を繰り出す。

 塞がりきっていない敵の傷跡を卍解の刀身全てを使い広げようとする復讐者。

 

 だが新たな霊格へと至った藍染は、既に崩玉が生み出した毒の抗体を有していた。

 

「どうした、今のが最後の切り札か? 実に見事な策だったが、手数を増やせば何かが変わるなどと妄想するほど君は楽天家ではないだろう」

 

「…ッ」

 

 攻撃を跳ね除け、悠々と歩み近付く巨悪の魔王。

 

 甘かった。全て奴に知られていた。

 自ら見抜いたのか。雛森桃が教えたのか、若しくはあの馬鹿がカマかけに知らぬ間に引っかかっていたのか。

 様子見をせず最初から刀身全てを使ってその体の全てを一度に消し飛ばしていればよかったのか。今となってはもうどうでもいい話だ。

 

 

 心のどこかで悟っていた。あの悪魔が目指す、愉悦とは異なるもう一つの目的に気付いた時。双殛の処刑場で幼馴染に謝罪の言葉を残した時。市丸は自分の人生がどのような形で終わるのか漠然と想像できていた。

 

 

 

 …だが、これでいい。

 

 

 

 どのみち自分の最後の目的は、彼女に知られずに死ぬ事。

 君に何も残さず、ただ塵のようにその心から消える事。

 

 それさえ出来たなら、ボクはもう、この世界(悪魔達の遊び場)に未練はない。

 

 

 そして迫る敵の刃に目を閉じた瞬間。

 

 

 

 

 

 

「────来たか」

 

 

 

 

 

 

 

 魔王が笑うと同時に、両者の間の地面が爆ぜた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

***

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 破砕されたアスファルトがもうもうと土煙を上げている。何が起きたのかわからず、放心状態の市丸はその奥をぼんやりと眺めていた。

 

 そう時を置かずに砂塵が晴れる。青空の下、陽光が降り注ぎ、陥没した地の中に鮮やかな橙色が輝いている。

 

 その正体に気付いた市丸は、思わず糸目を限界まで瞠目した。

 

 

 

「───仲間割れかよ、意外と人望ねえんだな」

 

 

 

 雛森桃は藍染と手を組み、実験の果てに生まれた()()へ多くの敵をぶつける傍ら、その足が止まりそうな時には味方を側へ誘導した。瀞霊廷では鏡花水月で四楓院夜一の進路の警戒を緩め、現世ではグリムジョーの刀剣解放を阻止させ回収し、虚圏(ウェコムンド)では幼児化したネリエルを側に付ける、等々。不可解なほどの入れ込みようだった。

 

「裏切り者なんかほっといて、俺との決着を付けようぜ。なあ…」

 

 そんな手厚い投資をしてまであの二人が()を育てる理由は何か。期待する理由は何か。

 

 …その答えが、今。市丸ギンの目の前で佇んでいる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

──藍染!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 運命を乗り越え、剣を握る、哀れな実験動物。

 

 

 

 

 奇跡の人間──黒崎一護が、藍染惣右介の前に立ち塞がっていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




 

桃「(´・ω・`)」

 
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。