雛森「シロちゃんに『雛森ィィィィ!』と叫ばせたいだけの人生だった…」   作:ろぼと

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おまたせしました。

ヨン様との決戦。オリ形態あります。
鰤らしいオサレバトルに仕上げてえよなぁ〜俺もなぁ〜

 


俺自身が藍染になる事だ…

 

 

 

 

 

 

 

 チリチリ、サラサラと、目に見えない何かが灰儘へと化していく。

 そこは大気中の霊子結合さえも存在を保てずに滅ぶ、文字通り規格外な霊圧地獄。

 

 そんな異次元の世界の中心に、二つの人影が立っていた。

 

 一人は異形。全身が天衣無縫の白い衣服に包まれ、背より幾対もの不気味な翅を生やす男。元護廷十三隊五番隊隊長にして尸魂界(ソウルソサエティ)離反の大罪人──藍染惣右介。

 

 一人は死神。和装にも洋装にも見える黒のコートに死覇装の身を包んだ、橙色の髪の青年。世界の命運を背負った人間の英雄──黒崎一護。

 

 両者が現世の町、空座町の商業区付近の交差点で向かい合っている。霊子レベルにおいては魔界も同然の環境にありながら、傍目に映るのは無風無音の街並。その中で二人が佇む様は、此度の大戦争の天王山と言う舞台にあまりにも似つかわしくない平穏な光景だった。

 

 それが嵐の前の静かな幻想だと、誰もが理解出来るほどに。

 

 

「────素晴らしい」

 

 

 最初に口を開いたのは、白の魔王だった。

 

「君の勇気に敬意を表しよう、黒崎一護。君は自らの運命を知り、受け入れ、そして乗り越えた」

 

「……」

 

「容易い壁ではなかったはずだ。並大抵の絶望ではなかったはずだ。…だが、君は見事それを成し遂げた」

 

 そして目を細め、巨悪がほくそ笑む。

 

 

「私の、期待通りに」

 

 

 それにピクリと眉を動かす対面の死神、黒崎一護。

 

「…チッ、やっぱ全部掌の上って事かよ」

 

 軽い舌打ちで青年は現実を認める。彼が真実を知って尚も踏ん張る事も、断界(だんがい)で修行するのも、予想通りこいつの思惑だったようだ。

 

「つまり、俺はまだまだてめえのオモチャだってワケだ」

 

 無論それは覚悟の上。これから敵のその油断を叩き斬ればいい。

 

 だがそう意気込む一護を見てか、藍染が呆れるように小さく肩を落とした。

 

「何を言っている? 私の掌がそんな小さなものであるはずがないだろう」

 

「…何だと?」

 

 問い返す青年。だが「どういう事だ」と口を開いた直後、一護はハッと気付く。

 

 

 

「───彼女に、逢えたようだな」

 

 

 

 突然目の前に奴が現れ、その左手をこちらの胸元に伸ばしていた。

 

「…!」

 

 すかさず距離を取る。

 いつの間に動いたのか。瞬歩や響転(ソニード)とは異なる、動体視力では捉えられない空間転移の類。敵の技の多彩さに一護は眉間の皺を深める。

 

 対し藍染は悠然と佇んだまま青年を見向きもしない。その手に絡め捕った淡い紅桃色の光を指で玩び「これがあの子の霊圧か」と嬉しそうに観察している。

 

「とても興味深い、こんな気配は初めてだ。彼女の昇華に協力してくれた君に改めて礼を言おう」

 

「……」

 

 挑発のつもりだろうか。異形となった自らの体を悲しげに隠そうとしていたあの人を思い、一護は静かな怒りを霊圧に投影する。

 それを見た藍染が、得心の顔で目を閉じた。

 

「…成程。今の君を見て、あの子の思惑を凡そ理解した」

 

「!」

 

 そして再びその瞼が開かれた時、魔王の霊圧が跳ね上がった。

 

 超越者の領域にある霊圧は霊体に対し表面的な影響を及ぼさない。大気が軋む事も地面に罅が入る事も無く、そこにいる存在自体を物質すら正常に認識できなくなる。

 

 だが同じ領域に立つ者にはわかるのだ。まるで放射線で生体をズタズタにされるかのように、周囲の霊体が霊子レベルで崩壊を始めている事実が。

 

 

「……場所を移すぜ、藍染」

 

 

 これからの戦いは今までの比ではない大災害となる。そう改めて確信した一護は、妹達を、友人達を、町を護るため敵へそう促した。

 

「構わないとも。君が私からこの町を護りきれる自信を得るまで、存分に距離を離すといい」

 

「…付いてこい。決着を付けてやる」

 

 一々癪に障る相手の台詞を振り切り、勇者は大地を蹴る。目指すは遠くの山を越えた無人の荒地。

 

 そして霊界の最果てを決戦の地と定めた両雄は、遂に、激突した。

 

 

 

 

 

 

 

***

 

 

 

 

 

 

 

 それは正しく神話の戦いだった。

 

 剣圧で砕けた地表が理を超えた規模の霊圧を浴びて塵となる。絶えず地形が変わる天災の真っ只中、その元凶の両者が刃を交わしていた。

 

 片や極限まで洗練された技の域、片や粗削りながらも優れた直感で追従する野生の本能。対照的な二つの剣は衝突の度に空間を歪ませ世界を滅びへ近付ける。

 

 

『────!!』

 

 

 同時の袈裟斬りが直下の地面を底無しの十字に裂き、一護と藍染は互いに大峡谷を挟む両碕で小休止を取った。

 

「…成程、これが超越者の戦いか。天を割り、大地を薙ぎ、意思一つで三界をも滅ぼしうる力。確かに自らを"神"と誤認するのも無理はない」

 

「……ああ。こんなモン、あんた以外の相手に使えねえ」

 

 崩玉との融合で新たな霊格へと昇った藍染が自分の力に感心している。そして同じく斬月との融合とホワイトの封印解除で別次元の力を手にした一護自身もまた、己の霊圧に驚いていた。

 

 あの藍染にここまで迫っている。ともすれば凌駕しているかもしれない。

 

 それでも青年の胸にあるのは斬月たちを想う虚しさと、背水の陣の必死さ。巨大な反動を覚悟する故の、ある種の達観だった。

 

 

 ──勝っても勝たなくても、俺の全てはここで…

 

 

「だが惜しいな」

 

「…何がだよ」

 

 そんな空虚な心で戦う一護に対し、魔王の顔には隠しきれない喜色があった。それまで羽虫にも等しい弱者であった人間の青年が、突如自分と同格以上の力を手にした事に、驚きも理不尽も感じていない。それどころか真逆の歓迎までしている有様。

 如何に傲岸不遜な藍染と言えど多少の動揺はあるはずだが、ヤツの態度には未だ余裕が見えた。

 

「死神の霊圧とは本来、斬拳走鬼の鍛錬で高まるものだ。極めた四方を強固な基盤とする私と、己の生まれ持った才を引き出すのみの君とでは、技量において海より広い隔たりがある」

 

 それがこの男の勝機か。最初からわかっていたハンデを指摘され微かに苛立つ一護。

 

「だったら何だってんだ。俺がてめえに勝てねえとでも言いてえのか?」

 

「やれやれ、短気な子だ。我々の戦いはまだ勝敗を論ずる段階には至っていないだろう」

 

「…何だと?」

 

 だが直後、藍染が笑った。

 

「わからないか? 今のままでは、君は私の踏み台にすらなれない…

 

 (なまくら)だと言っているんだ」

 

「…!」

 

 突然ヤツの斬撃が眼前に現れた。さっきの空間転移かと一瞬の動揺を即座に抑え、難なく捌こうとする一護。

 しかしその時。流れるような軌道で【天鎖斬月】の刀身を滑った敵の剣が、青年の肩に突き刺さった。

 

「ガッ…な、何だと!?」

 

「気付いていないのであれば教えよう、黒崎一護。今の君の霊圧は、今の私のそれを凌駕している。つい先刻の腑抜けた姿からは想像もできない感嘆すべき成長だ」

 

「くっ──ぐあァッ!」

 

 切先が捻られ夥しい血が溢れ出す。激痛に喘ぐも何とか体勢を立て直した一護は、逆上の勢いのまま藍染に斬り掛かった。

 しかし。

 

「だがその程度であれば対処は容易い。我武者羅な暴力を斬術で受け流し…」

 

「ッ、くそ…!」

 

「子供の棒遊びを歩法で躱し…」

 

「てっ、めえ…ッ!」

 

 当たらない。幾度剣を振ろうと悉くが敵の肌を掠るに止まる。

 

「隙だらけな頭胴四肢を白打で砕き…」

 

「あぐっ!?」

 

「…そして」

 

 攻撃の隙間を縫うように繰り出される殴蹴によろめいた一護は、漆黒の空間に飲み込まれた。

 

 

 ──【破道の九十・黒棺】

 

 

「動けぬ体を鬼道で圧し潰す」

 

「が……あッ……」

 

 凄まじい密度の重力が体を襲う。全身の骨が軋み、罅割れ、青年は闇が晴れた後、気付けば地に片膝を突いていた。

 

「これが、死神の戦い方だ」

 

「く…っ」

 

 やはり、強い。今まで戦ったどの敵よりも別格に洗練された攻防一体の戦闘技術。一護のように、たかが数カ月の修行の付け焼刃でどうにかなる相手ではない。

 藍染惣右介が何故崩玉に、あんなドーピングのような外的物質に手を伸ばしたのか、少しだけわかってしまう。

 

 この男は真に死神としての技の全てを自らの限界まで鍛えたのだ。何百年もの年月に一切の妥協を許さず、また彼の才もその努力に応えうるだけの深い底があった。己が限界に到達した時、藍染に「歩みを止める」という選択肢は存在しなかったのだろう。

 

「そして強大な君の霊圧を容易くいなしたこの斬拳走鬼でさえ、私にとっては既に過去の遺物。"兵法"ではなく"舞踊"となった」

 

 両手を広げ、自身の異形の姿を誇示する藍染惣右介。

 死神でも虚でもない本当の超魂魄。その力の源にあるべきなのは弱者が戦うための"技術"ではなく、単純な霊体としての"格"なのだと魔王は語る。

 この男は、これからその"格"を高める歩みを始めようとしているのだ。

 

「立ち上がりなさい、黒崎一護」

 

 超速再生で掠り傷を癒した藍染が悠々とこちらへ歩を進める。

 

「君は護るべきものを数多く背負っているはずだ」

 

 それが青年の力の源であると自覚させるように、怪物が挑発を重ねる。

 

 そして──

 

 

「そんな虚ろな剣で、私を斬る事は不可能だ」

 

 

 魔王は、膝突く勇者の眉間に剣の切先を突き付けた。

 

 

「怖れるな、少年。迷うな、人間の英雄よ」

 

「……ッ」

 

 指一本でも動けば即座に刃が突き刺さるだろう。この危機を乗り越えてみろと言わんばかりの藍染の演説。

 大人しく耳を傾けながら、一護は静かに相手を見上げる。自分が失った何かを、敵の瞳の奥に見た気がして。

 

「君は赤子だ。与えられた才能だけしか剣を持たない幼年の君は、勇気と覚悟…心の力で己の剣を研がねばならない」

 

 その言葉が妙に耳に残り、青年は目を見開く。そんな彼の反応に何を思ったのか、男が常の冷笑を深め──

 

「その時、漸く君は私の期待に追い付き…」

 

 

 

 ───私を験す最後の試練となるのだ。

 

 

 

 魔王は最後に、そう締め括った。

 

 

 

 

 

 

 

***

 

 

 

 

 

 

 

 不思議な気分だった。

 

 凶悪な藍染の霊圧も、鈍い四肢の感覚も、虚ろな胸に何の焦りも恐れも駆り立てない。

 

 

 ──勇気と覚悟。心の力。

 

 

 それは、これまで黒崎一護が飛び込んだ戦いで、敵味方が共に口にしていた言葉だ。斬月然り、白哉然り、ウルキオラ然り。自らの戦い方を表すその言葉は、確かに彼らの強さであった。

 

 一護もまた、その力に何度となく助けられた。あの白い斬月との修行の時も、彼は護らなければならないもののために剣を振るった時、それまでとは比較にならない力を発揮した。

 意思一つで弱者にも無敵にもなれる。根源的な強さとは霊力でも本能でもなく、心に依るものなのだろう。少なくとも一護はそれ以外の強さで強敵に勝った例が無かった。

 

 仲間を護るために振るう剣以外に、黒崎一護を勝利に導く力など最初からありはしなかったのだ。

 

 

 

 …わかりきった事言ってんじゃねえよ。

 

 

 

 頭が冴える。

 

 空虚な心に炎が灯る。

 

 斬月と融合した代償も、胸に巣食う虚無感も。一斉に焼き尽くす、勇気の炎だ。

 

 

「────」

 

 

 もう一度、一護は目を開く。

 そこに輝く透き通るような蒼い光が、これまでの問い掛けのあらゆる答えを示していた。

 

 

「そうだ、黒崎一護。その目が見たかった…!」

 

 

 藍染が笑った。初めて一護に向けた、最高の獲物を見つけた猛獣の笑み。ただの実験動物を、喰らう価値ある強敵として認めた瞬間だった。

 

「…そうかよ…」

 

 そっちがその気なら遠慮はしない。黒崎一護は、蒼黒の霊力を身に纏い…

 

「だったら、

 

 もっといいモンを見せてやる」

 

 

 藍染惣右介は、眉間に添えた剣ごと青年の凄まじい霊圧で吹き飛ばされた。

 

「…!」

 

 足下の大渓谷が爆発の余波で隕石跡の如く抉れ埋まる。霊子が爆ぜ、辺りに飛び散る雷電火炎。一瞬で景色が別の地も斯くやと変わり果てる中で、両者は新たな断崖の縁に降り立った。

 

 藍染は正眼の構えを取る。それは"舞踊"を切り捨てるための最後の儀式にして試練。そのための黒崎一護、作られた英雄なのだ。

 

 勇者が動く。

 漆黒の剣に桁外れな霊圧の塊を乗せ、一振りと共に飛翔する斬撃を解き放った。

 

「! ほう、月牙の色が変わったな」

 

「色だけじゃねえよ」

 

「…!」

 

 真正面から打ち砕かんと身構える藍染。だが直後、彼は右側面より迫る二発目の月牙天衝に気付く。

 いつの間に放ったのか。訝しみながらも瞬歩で挟み撃ちを回避し、魔王は相手の位置を捉えんと素早く霊圧感知を広げる。

 

「どこ見てやがる」

 

「何…!」

 

 だが感じた気配は真後ろ。振り向くより先に紫電が走り、右肩が深々と斬り裂かれる。

 まるで先ほどの仕返しのような一撃だった。

 

 

「…なんだ。あんたも不意突かれたらするんだな、そういうびっくりしてるアホ面」

 

 

 一瞬何を言われたのかわからず、さりとて青年の挑発に理解が追い付いた時、藍染の顔に浮かんだのは、歓喜の笑み。

 怒りはある。されど漸く真の"神"の試練に挑める快感が、藍染惣右介の強者の矜持すら併呑し尽くす。

 

 だがその笑顔を見た黒崎一護は、更なる力を引き出した。

 

「構えろ、藍染…

 

 ────こっからだぜ!!」

 

「…!?」

 

 ジャラリと彼の腕から剣が落ちる。

 何のつもりだと眉を寄せる間もなく青年がその手元の鎖を掴み、落ちた【天鎖斬月】の本体を振り回し始めた。

 

「何だ、そんな児戯で──」

 

「児戯かどうか…その剣で試してみろよッ!!」

 

 瞬歩で上空を取った黒崎一護が、その手で円を描く黒刀を投擲する。遠心の慣性が相乗された神速の一撃。

 

「……!!」

 

 咄嗟に藍染は自らの刀身で受け流しを試みる。だが投擲剣の威力は彼の想定を遥かに超えていた。

 

「なっ…!」

 

 強烈な衝撃が腕を走る。更に魔王を襲ったのは、【鏡花水月】ごと巻き込む霊圧の暴風。崩玉の防衛本能で瞬時に癒えるも、ただの余波でこの体が傷付いた事実は変わらない。

 そして、黒崎一護の攻撃は単純な投擲一つでは終わらなかった。

 

「まだだぜ!」

 

── 月 牙 天 衝(げつがてんしょう) ──

 

「ッ、まさか!」

 

 相手の意図を察した藍染は即座に迎撃の剣を振るう。時を同じく黒崎一護の斬魄刀、その黒い鎖すら含む十丈もの伸びきった本体全てから巨大な月牙が放たれた。

 

 激突。竜巻のような霊力嵐を巻き起こし拮抗する、二つの剣。

 

「莫迦な…!」

 

 だが均衡は長くは続かなかった。崩れた迫り合いで爆ぜた大気を利用し、藍染は再度宙へ飛び上がる。

 

 圧し負けたのだ。無敵を誇った我が斬術が。

 

 新たに抉れ生まれた崖に降り立ち、藍染は黒崎一護の実力に瞠目する。桃の言葉の断片から予想はしていたが、いざ現実として目の当たりにすれば驚く他ない。

 

「…急に力が増したな。それにその鎖の刀……それが貴様の新たな進化と言う事か…ッ」

 

 先ほどの呆けた心は幻か。この崩玉の力を以てしてもかつて対峙し観測したあらゆる強者を凌駕する、正真正銘の最強。幾多の絶望を乗り越え、今の彼は確実に我が身に届く刃となっていた。

 

「さあな。ただ…」

 

 対し青年は男の称賛を聞き流しながら、深い構えを作る。

 そして。

 

 

「てめえが踏み台だと思ってた男の中に──てめえを倒すための剣が隠されてただけだッ!!」

 

 

 黒崎一護は続く咆哮と共に、あの人が解き放った秘密の力を引き出した。

 

「ああ、そうだ! てめえの言う通りだ、藍染!」

 

「…!」

 

 膨大なエネルギーに四肢が軋む。それらを無理やり動かし、青年は敵へ突進する。

 

「俺にはてめえみてえな技術も技も何もねえ! 俺にできるのは、ガキみてえに誰かから貰った刃を振り回す事! そんだけだ!」

 

 膨れ上がった霊圧に耐えきれず、一護の体の至る所が破裂する。それでも彼は止まらない。

 

「だけど俺には斬月が居る! ホワイトも居る! あの人だって居る! 俺に力を貸してくれる奴らが居るんだ!」

 

 過ぎた力が己が身に返るも、勇者は血だらけな両腕を必死に擡げ…

 

「その力で俺はてめえを倒す!! 護りてえモンを全部、全部護りきってやるッ!!」

 

 かくして黒崎一護は、溢れる霊圧で全身全霊の一撃を振り下ろした。

 

「終わりだ!! 藍染ッ!!」

 

 

 

 

── 月 牙 天 衝(げつがてんしょう) ──

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

***

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 立ち上る粉塵が尸魂界(ソウルソサエティ)の上空に巨大な積乱雲を形成する。

 霊圧で風化していく足下の地面を荒い息で見つめながら、一護は封印されていた力の反動で崩れ落ち、身動き一つ取れずにいた。

 

 無茶をし過ぎたのだろう。全身から流れ出る血はかなりの量だ。

 それでも斬月や仮面のあの人が守ってくれたのか、致命的な自滅は免れた。

 

 後は、瀕死の藍染の胸元に例の切り札を叩き込むだけだ。それで崩玉は破壊される。

 

 それで、この長い長い戦いは、終わる。

 

 

 

 

「……知っていたさ」

 

 

 

 

 だが、そんな希望を絶望に突き落とす声が荒地に木霊した。

 

「嘘……だろ……」

 

 背後の土煙へ振り向き、絶句する一護。

 

 あり得ない。今のは千メートル以上もの地殻を消し飛ばす、この半融合状態で放てる最強にして自傷覚悟の月牙天衝だった。身を滅ぼすと封印されていたのも当然、次に同じ威力の技を放てば確実に死ぬ。それほどの一撃だったはずだ。

 

 だが敵の恐るべき耐久力に唖然とする一護へ、魔王が追撃の真実を突き付ける。

 

 

「…私は()()が、この戦いで君に私を倒させるために…

 

 ──私の要求より強大な虚の個体(ホワイト)を君に授けた事を、知っていた」

 

「……なッ!?」

 

 

 それは先刻の過去の河原であの人が明かした、藍染を倒す二十年越しの一手。一護の身を傷付けるほどの力を有し、今までずっと彼女の"お守り"で封じられていたもの。

 

 それを、なんでこの男が。

 

「疑問に思わなかったのか? 何故未来が見えるはずの雛森桃が、初対面で容易く私の事を信じ部下に加わったのか。私が命じた悪行の数々を、何の抵抗もなく盲目的に遂行したのか」

 

 だが藍染の言葉に青年はハッと気付く。

 

 雛森桃の悲劇的な運命については一護自身も似たような経験があった。

 自分よりも自分の事に詳しい斬月たち。それと同じようにあの未来視の力も明確な"個"を持ち、対話や同調の不足で簡単に未来を教えてくれなかったのだろう。

 そういう類のものだと思っていた。

 

 だが違うのだとしたら、その能力自体が…

 

「万能じゃねえって、言いてえのか…」

 

 ボロボロの体に鞭を打ち、一護は苦い顔で何とか剣を構える。

 

 知らずの内に妄信してしまっていた。"未来を見る力"なんて、簡単に人が持っていいものではないはずなのに。なんの制約もないはずがないのに。

 

「妙な事だ、黒崎一護。君が以前私に抱いた恐怖は霊圧だけでなく、自らの人生全てを手中に収める私の知略にこそあったはずだ」

 

「…ッ」

 

 そして臍を噛む青年を、藍染が嗤った。

 

「そんな私が、たかが未来を知る小娘一人の杜撰な策に後れを取った…と。本当にそう信じているのか?」

 

 魔王の嘲りに一護は唖然と立ち尽くす。

 そうだ、何故思い至らなかった。

 タイムパラドックスなんて児童文学にも出てくるありふれた創作ネタだ。未来を知る者が居る時点で、この世は既に別の未来を歩んでいる。

 

 そしてその未来を誰よりも早く分析し、自分の覇道に利用した本当の悪人こそが…

 

 この、藍染惣右介だと言うのか。

 

 

 

「…さて、最後に二つ。君が破壊を目論む、私の"崩玉"について話をしよう」

 

 そう始め、煙の奥で魔王が語る。

 

「桃に与えた崩玉は、彼女の中に宿る()()()()()()を、あるべき領域へと昇華させる布石の一つだった。その布石は浦原喜助と日番谷冬獅郎、そして君による破格の刺激により、私の想像を大きく上回る結果となった」

 

 喜悦の籠った低い声が続く。

 

「あの崩玉は無数の彼女の複霊(クローン)魂魄で構築されていた。私がその手間を取った目的は、そうして作られた崩玉が雛森桃と言う主と最も霊的親和性が高いからだけではない。彼女の矮小な魂魄一つでは依り代たり得なかった──その"神"の存在の全てを降臨させる器とするためでもあった」

 

「何……だって……?」

 

 男の計画の荒唐無稽さに戦慄しながら、一護はあの過去の空座町で再会した少女の姿を思い浮かべる。

 不思議としか形容できない、紅桃色の星雲を宿す蝶蜂の翅。

 最初に覚えた感想が"妖精"、もしくは"天女"という神秘的な存在だったのは、あるいはそれが彼女の本当の正体だったからなのかもしれない。

 

 だが青褪める一護へ、魔王が「そしてもう一つ」と前置き、更なる辯舌を口にした。

 

 

「私が桃に崩玉を与えた最後の理由。それは…

 

全ての崩玉研究の最終実験だ』

 

 

 土埃の中で藍染の声の質が変わる。身構える一護の耳に届くのは、グチャグチャと不気味な水質の音。

 あの煙の中で、何かよからぬことが起きている。

 

『他者の思惑で与えられた力しか持たない君ならば、尚の事理解できるだろう。自分の能力に対する、抱くべきその矜持を』

 

「て、てめえ…一体何をして…!」

 

『最初の崩玉は、無数の玉石混交の死神の魂魄を喰らって育まれたものだ。この私が、そんな虚のような低俗な進化を望むと思うか。浦原喜助などと言う唾棄すべき日和見主義者が生み出したものを、この私が自らの力とする事を許容すると思うか』

 

 魔王の言葉が異様な悪寒を駆り立てる。

 ダメだ、止めなければ。あの奥で起きている事を。されど焦る一護の魂魄は大技の疲弊憔悴を振り払えず、敵のソレを許してしまう。

 

 そして、傷付いた藍染を隠す、砂塵のベールが取り掃われた時。

 

 

 

『…ああ、漸く…』

 

 

 

 

 

()()は一個の命となった

 

 

 

 

 

 霊圧の爆発で掻き消された土煙の中から、純白の死天使が現れた。

 

 

「…な、何だよ……それ……!?」

 

 

 手足が、構えた剣先が震える。それまでとは桁の違う規模の霊圧を纏い、立つだけで辺りの岩盤を灰に変える超級の化物。

 

 

『…感謝する、黒崎一護。君のお陰で、私は真の高みへと歩み出せた』

 

 

 それは白髪白肌の美丈夫。背には一対の異形の翼が羽搏き、それぞれ八つの風穴が目玉のような霊圧を宿している。

 

 全てが白化した石膏像の如き姿の藍染惣右介が、超然とした冷笑で、一護を見下ろしていた。

 

 

『さあ、機は満ちた…』

 

 

 

 

 

 
(これ) よ り 、 君 を 喰 ら う と し よ う ────

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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