雛森「シロちゃんに『雛森ィィィィ!』と叫ばせたいだけの人生だった…」   作:ろぼと

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DJ回。
BLEACH随一の深いキャラで書きたい事大杉問題。

あ、小説のネタバレが(ry

 


始まりそう…!

 

 

 

 

 

 

 

 

見えない

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

これは誰だ

 

 

 

 

おかしいな 

 

 

 

こんな筈では

なかったのに

 

 

 

これは誰だ 

 

 

 

 

見えない  

 

 

 

何も見えない

 

 

 

 

 

 

何も────

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 男は雲が好きだった。

 

 晴天では陽光に白く輝き、夕方には茜色に染まる。一つとして、一時として同じ形は無く、綿菓子のようにも、鱗のようにも、笠のようにも、布のようにも見える空の芸術。その神秘の正体は、我々人を、獣を、草木を生かす水が転じたものだと言う。

 それを知った時、男は願った。

 

 …一度で良いから、見てみたい。

 

 乾いた田畑を潤す雨。眩しい太陽を優しく遮る影。それらを我等に恵む、天の奇跡。

 そんな"雲"とは、一体どのような姿をしているのだろう。決して見る事の叶わないその姿を想像する事が、男は好きだった。

 

 

──わたしはね、(かなめ)。     

夜空の星々を隠す雲を 

   取り払う人になりたいの。

 

 

 男には友が居た。

 

 弱きを守り、強きを支える。傷付いた者が居れば手を差し伸べ、悲しむ者が居れば共に寄り添う。明るく、優しく、高潔で。言葉を交わせば"貴方の事を見ています"と、そう言っているかのように、何度も「要」と男の名を呼ぶ穏やかで心地よい声の人。

 誰かの不幸を取り払う人になりたいと、雲一つない満天の星空が好きだと微笑む、素敵な女だった。

 

 そんな友はある日、死神になった。

 何が転機となったのかはわからない。だが男は知っていた。彼女ならいつか、自分の持つ霊力で人の役に立ち、誰かの心の雲を掃う人になる。その日が来たのだと、寂しさに蓋をして、男は快く女を送り出した。

 

 たとえその未来を知っていたとしても、止める事は出来なかっただろう。

 

 

──わたし        

  結婚するのよ、要。

 

 

 故に。久々に会いに来てくれた彼女が、いつもと変わらない穏やかな声で「祝ってくれる?」と微笑んだ時、男は心のどこかで悟っていた。それこそが、彼女が死神になった理由だったのだと。

 

 …ああ、君は見つけたんだね。生涯をかけて、その心の雲を取り払いたいと思える──悲しい人に。

 

 

 男は、"その人"になれなかった。男の心の夜空は、既に雲が晴らされていた。他ならぬ彼女の手によって。

 だから止める事は出来なかった。自分以上に不幸な人が居る。その人を友が救おうとしている。ならば自分のすべき事は、たった一つ。

 

 幸せにね、と。あの時と同じ笑顔で、友を送り出す事だった。

 

 

 心底の祝福ではない。誰かのためだけに生きる事が、どうしても幸福だと思えなかった。

 それでも女はそう言う人で、そしてそんな友に反し浅い正義しか持たない己を、男は恥じた。

 

 去り際に彼女が零した悲しそうな吐息は、そんな自分の心の雲に気付いていたからだったのかもしれない。結局男は最後まで、友に救われ、憐れまれるだけの存在だったのだ。

 

 彼女の方が余程、憐れまれる最期を迎えたと言うのに…

 

 

──いやあ、君が復讐を    

  望まないでくれてよかったよ。

 

 

 友は死んだ。殺された。他ならぬ、救おうとしていたその"悲しい男"…夫の手で。

 

 友の夫は貴族だった。この尸魂界(ソウルソサエティ)の歴史そのものにして頂点の一族。罪をもみ消す事など赤子の手をひねるようなもの。

 その理不尽な事実を悪だと断言しておきながら是とし、そして復讐など望まない妻の慈愛に満ちた願いを正義だと認めておきながら、「そう言う願いが反吐が出る程に嫌いだ」と吐き捨てる。

 

 友が救おうとしていた夫は、そんな死神だった。

 

 侍番の暴行を受けながら、男の心は憎悪を呑み込む程の絶望に覆われていく。友が愛したこの世界の真の姿を知って。友が愛したこの世界を憎んでしまった己の心を知って。

 

 友は美しかった。こんな地獄に夜空の星々を見出し、慈しみ、貴ぶ、本当の正義の人だった。

 ならば彼女を奪ったこの世は一体なんだ。あんな下種をも救おうとしていた女を殺し、その咎人をのさばらせておく事が、この世の正義なのか。

 蹴られ叩かれ痣だらけになった男は地べたに倒れ伏したまま、底の無い暗闇へと堕ちていく。

 

 …そして、その時だ。

 

 

 

──その胸に満ちた厭悪の炎を  

 暫し、私に預ける心算は無いか。

 

 

 

 男の前に新たな、されど友の純朴な愛とは真逆の、この腐った世を力で正さんとする──もう一つの正義が現れたのは。

 

 

 それが正義を求めた男──東仙要の、"巨悪"・藍染惣右介との出会いだった。

 

 

 

 

 

 

***

 

 

 

 

 

 

 剣が、【清虫】が重い。

 亡き友の棺から借り受けた、彼女の魂の半身が。

 

 

 主、藍染惣右介の野望の道半ば。現世空座町での決戦で東仙が戦った敵は、新たな歩みの途中で出会った友と部下だった。

 

 狛村左陣。恩義に生きる、気高い男。

 檜佐木修兵。戦いの恐怖を知る、苦悩の若者。

 

 亡き彼女であれば「夜闇に輝く星の一つ」と形容したであろう、この世の小さな光達だった。

 

 

──儂は既に      

    貴公を赦している。

 

 

 されどその光は、盲目の東仙には眩しすぎた。

 

 ふざけるな。何も知らぬお前が何をわかり、誰を赦すと言うのか。だがそう叫ぶ男の胸は嵐のように荒れ狂う。

 

 最後まで付き合ってあげる。そう悲しげに微笑む【清虫】を下に構え、彼は渦巻く激情を主より与えられた力に投影した。

 

清虫百式(すずむしひゃくしき)狂枷蟋蟀(グリジャルグリージョ)

 

 世界が男の闇を埋め尽くす。血に染まる正義の道が、焦がれた空の雲が、その眩んだ目に映し出される。

 そして末に見た長年の友の顔へ、東仙は吐き捨てる。まるで今の自分を表すかのように。

 

 

──思っていたより…醜いな。

 

 

 その時の狛村の顔を、男は一生忘れないだろう。

 脳裏で彼の目が亡き友の幻と重なり、自身の縋る最後の正義を我武者羅に執行する。藍染より授かった絶大な力で友の卍解を容易く蹂躙。それを見下ろしながら、東仙は己の道が正しいのだと自分に言い聞かせた。

 

 

 

 …だが、男は敗れた。

 

 一掃したと思っていた元部下。知らぬ間に檜佐木修兵に背後を取られ、急所を体内から突き破られて。

 帰刃(レスレクシオン)で破面化していなければ即死していた、隙を突く致命の一撃だった。

 

 唖然と地に落ちる東仙へ、元部下が言う。

 以前の貴方なら気付けたはずだ。男の信じる正義、藍染惣右介が与えた光のせいで、闇中で見えていたものが見えなくなったのだ。そう泣きそうな声で。

 

 刀剣解放が解け人に戻った東仙へ、元友が言う。

 互いに剣を交える運命だと男が知っていたように、己もまた、その運命を予期していた。そして刃を交えた今、我々は今までのような仮初ではない、本当の友になれる。そう穏やかな声で。

 

 

──憎むなとは言わぬ。    

    恨むなとも言わぬ。

 

だが…

己を捨てた復讐などするな。

 

 

 かつて貴公が友を亡くしたように、儂が貴公を亡くせば、心に孔が開く。自らの胸と、東仙の胸を見つめ、狛村は慈愛の瞳で彼に手を差し伸べた。

 

 それを見た東仙は、涙を流す。亡き友が愛した、男が見られなかった、夜闇に輝く星々をその目で見た気がして。

 

 そして己の主──藍染に託した、己の最期の願いを思い出して。

 

 

 

 …ああ、やはり。こうなる事を。

 

 お前は知っていたんだな。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

───雛森(ひなもり)。  

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

***

 

 

 

 

 

 

 

 

 決戦当日の午前。

 

 黒崎一護等侵入者を虚夜宮(ラスノーチェス)で泳がせている最中、東仙は中央監視塔で一人動く同僚──雛森桃と会った。勝手をするなと注意すると「必要な事です」と、いつもの台詞で返される。相変わらず謎めいた少女だった。

 

 雛森桃は主藍染が特に目をかける部下だ。

 度し難い程邪悪な欲求を幼馴染にぶつけたがる悪癖を除けば、主に忠実で、その心の奥底に秘められた望みすら叶える、神の如き目を持つ人物。

 例の一点を除けば、破面(アランカル)達を良く統率し、秩序を維持し、衣類や食事などを恵もうと工房や農園まで整備したがる慈悲深い死神。

 そして例の一点すら主に気に入られている以上、東仙は臣として同僚と上手く付き合う努力はしていた。

 

 …実際、彼女と共に整えた『藍染農園』や『虚夜宮厨房』は思いのほか楽しく、また軍団長として虚圏統括官の仕事の大きな助けとなっており、少なくともあの市丸よりは信頼でき共に働く不快感も薄かった。

 

 

 そんな雛森からある相談を持ち掛けられたのは、彼女が決戦で途中離脱した後の行動を訊いた時だった。

 

 黒崎一護を進化の踏み台としたい藍染のための準備をすると述べた少女。中央監視塔で詳細を語る彼女は、此度の決戦の結末よりも、更に未来を見ていた。

 

 

──この世界の果てを     

   あなたに見て欲しいんです。

 

 

 相談と銘打った頼み。決戦で何があろうと、最後まで生き抜いてくれ。それが少女の望みだった。

 

 雛森は東仙要の過去を知っているのだろう。彼女はそう言う超越的な存在だと藍染から聞いていたし、その言葉の節々にそれを臭わせる単語は幾つもあった。主が興味を示すのも当然の、稀有な味方だ。

 

 だが、少女は男の秘めたる過去を無暗に暴かず、"未来を見て欲しい"と言う。頑なに復讐や憎悪の言葉を口にせず、そこにあなたが、そしてあなたの主が正そうとする()の終焉があると。

 

 "見せてやる"と、上位者の独りよがりな施しでもない。

 "見たくはないか"と、選択の責任を押し付けるでもない。

 ただ、一言"見て欲しい"と。少女はらしくない緊張を孕んだ真摯な気持ちをぶつけてきた。

 

 その言葉に、友──歌匡(かきょう)の名はなかった。

 彼女を殺した夫──綱彌代時灘(つなやしろ ときなだ)の名も、「その復讐を遂げる手助けをする」などの安直で無神経な誘いもなかった。

 しかし雛森は、あの美しい友を呪ったこの世界の…彼女が貴族に目を付けられる全ての原因となった男の名は、黙さなかった。

 

 

── (れい) (おう) ──

 

 

 ある者は彼を救世主と呼び、ある者は彼を哀れな人身供犠と呼び、またある者は彼をこの世の原罪の象徴と呼ぶ。

 だが東仙にとっては綱彌代時灘のような無価値な汚物などより余程憎い、諸悪の根源そのものであった。

 

 歌匡が綱彌代家の悪意に晒された原因。それは彼女の持つ"霊王の因子"にあった。

 

 なんだそれは。そんなくだらないもののために、あれ程この世を愛していた彼女の命は奪われたのか。かつて藍染に事実を聞かされた彼は茫然と立ち尽くしたのを覚えている。

 そして、まるで呪いのようなその"霊王の因子"とやらが何故この世に蔓延っているのかを訊いた時、正義を愛し、絶望に呑まれる東仙の道に、一筋の光が射し込んだ。

 

 それが彼の歩む正義となった。

 罪深い貴族達の世を支える人柱を滅ぼし、友を苛んだ呪いを解く。具象的でも抽象的でもあるその正義は、復讐と大義の両立を可能とするもの。されど故にそれは善人である東仙を苦しめ続け、その果てに彼は、死を選ぼうとしていた。

 死神達に絆され、世界を正さんとする"義憤"という復讐心すら失った醜い私に、生きる価値はない、と。

 

 

──私はどちらにしても    

  最も忠実な腹心を失うのか。

 

 

 だが。

 そんな男の覚悟を、全てを知る藍染は「美しい」と評した。

 望み通り、君が死神達の赦しに苦しむ事となる前に、必ず君を消し去ると。そう約束した偉大な主は、されど確かに、こんな無価値な男を惜しんだのだ。

 

 

『──藍染隊長って、意外と寂しがり屋だと思うんです』

 

 

 困ったような、慈愛に満ちた…何処かで見たような、美しい笑みだった。雛森のその表情を察した東仙は、一瞬の硬化の末、徐に顔を伏せる。

 

 少女は言う。あなたが正義に殉ずるのは、せめて、あなたが正したいこの世界の果てを、藍染隊長が与えて下さったその"目"に焼き付けてからにするべきだ、と。

 

 それは忠臣の彼を縛る卑怯な言葉だった。そして同時に、彼女の慈悲でもあった。

 

 

『…お前は本当によくわからない娘だな』

 

『そうですか? シロちゃんを例外としたら割とわかりやすいと思いますけど』

 

『その一点が全てを台無しにしているからな』

 

 一言棘を刺すと、慈悲深い邪悪な乙女はバツが悪そうに恐縮した。

 そして小さな深呼吸の後、彼女の頼みに迷う東仙へ…雛森桃はニッコリと微笑んだ。

 

 

『──あたしはただ、善人も悪人も、希望も絶望も、それがこの世界のものであれば、無条件に大好きなだけですよ』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

***

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 暗闇の中を彷徨う。

 

 前も後ろも上も下もわからない、【閻魔蟋蟀(えんまこおろぎ)】の無明内部のような世界。その虚無の空間に東仙は浮かんでいた。

 

 ここはどこだ。私は死んだはずだ。何故意識がある。

 戸惑う彼は、そこでふと遠くで女の声が聞こえた気がした。

 

 

 ───ひと度死んで、少しは救われたのね?

 

 

 嬉しそうな、初めて聞く彼女の声だ。

 あの星の見える丘で最初に出会った時から、ずっと男の力になってくれた、生涯の相棒。

 貴方の復讐には協力しない。だけど貴方の力にはなってあげる。そう悲しそうに約束してくれた亡き友の半身。

 

 …救われた?

 

 胸と思しき所へ、手と思しきものを触れる東仙。そこにあった筈の、世界を焼くばかりの憎悪は、不思議と燻る残り火へと落ち着いていた。

 

 それに気付いた時、亡き女と同じ、心地よい声を幻聴し…

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「───お、お帰りなさい…東仙隊長」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 親に叱られる子供のような、情けない少女の声が──男の微睡む意識を蘇らせた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


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