雛森「シロちゃんに『雛森ィィィィ!』と叫ばせたいだけの人生だった…」   作:ろぼと

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またまた力作支援絵!
急ぎ掲載!

白岩@さまの再☆誕☆者桃ちゃん!
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ギョロアエ&エンヴィー&賢者の石etc.な再誕者が誕生ッッ!
これは本編のシーンで載せたい! 載せます!
大作誠にありがとうございます!

本文は蘇生十刃の反応回です

 


始まって…!

 

 

 

 

 

 

「がああァァァアアアッッ!!」

 

 

 巨大な広間で力の限りに暴れる、一体の破面(アランカル)。虚の孔を眼孔に持ち、左右合わせて六つの腕と鎌、頭から生える非対称の角は双角で三日月を象っている。

 

 "第5十刃(クイント・エスパーダ)"ノイトラ・ジルガ。藍染惣右介率いる破面軍の最精鋭"十刃"に名を連ねる男が、刀剣解放で帰化した虚の力を荒れる激情で撒き散らしていた。

 

 

「────ノイトラさん」

 

 

 不意にその背に若い女の声が投げ掛けられる。突然現れたその声の主へ、男は驚くより先に掴みかかっていた。

 

「てっ…めえええッ!!」

 

「!」

 

 伸ばした手が掴んだのは、小柄な女。ノイトラの怒りの元凶──破面軍軍団長の地位に就く上司の死神、雛森桃だ。

 

 首を掴まれ宙吊りになった女は、何も訴えず、静かに下手人の好きにされている。

 

「何故だ…! 何故俺を生かした!?」

 

「……」

 

「そのお目出度ェ頭で慈悲でもくれてやったつもりか! それともまた死神共と戦わせる捨て駒が欲しいってのか! あァ!?」

 

 普段のドレス状のそれとは異なる禁欲的な反転死覇装。その襟元から覗く白い肌に男の鋭利な五爪が食い込む。

 

 

 ノイトラは先刻、拠点の虚夜宮(ラスノーチェス)で死神との激闘の末、打倒された。

 されど砂漠で一人、死が彼の体を支配する直前。男はここ現世の鳴木市アジトへ謎の技術で転送され、目が覚めたら敵に受けた全ての傷を癒され、命を救われていた。

 救われてしまっていた。

 

 だが。

 

「──そのまま捨て置けばよかったんだ!!」

 

 霊圧の咆哮が女の華奢な身体を揺さぶる。傍から見れば感謝が相応しい状況において、この男は恩人へ真逆の罵倒の言葉しか叫ばない。

 

 それは彼の、否、種族的とも言える価値観の相違から来る怒りだった。

 

「…ッ、てめえ言ったよな。俺を仲間に誘った時に…!」

 

 感情を吐き出し理性を取り戻したノイトラは、荒い息を整える間も惜しみ、雛森を問い質す。

 彼女の所属する破面軍に加わる対価に男は三つの契約を結んでいた。一つは破面化による戦闘力の上昇。一つは実力に応じた組織内の地位。

 そして最後に彼が願ったものが…

 

 

 ──あなたに最高の死に場所を与えます。

 

 

「俺の戦いの邪魔をしねえ。手助けも、中止命令も下さねえ。そう言う約束だったはずだ…!」

 

「……」

 

「負けた俺はそのまま死ぬ。最強の俺が、最強の敵に斬られて死ぬ。それで全部…全部終わるはずだったんだ…ッ!」

 

 右腕の一本で女の喉を掴み上げたまま、耐え難い屈辱に歯を軋ませる"第5十刃"。

 

 

 男と他の破面達の、他の生物との違い。それは自らの生に対する執着心の有無。すなわち、生きる希望の有無だ。

 

 ノイトラは、己の虚としての生に──絶望していた。

 

 虚に救いはなく、それは破面となっても変わらない。

 彼は目の前の女上司が同胞等に与える施しの数々に、一人だけ手を付けなかった。美酒も美食も現世の娯楽にも興味を抱けず、益々戦いを、力を求めた。

 そしてノイトラ・ジルガは自らを"最強"だと豪語し続け…

 

 

 ──己を一撃で、大地に倒れ伏す間も許さずに殺してくれる、"本物の最強"が敵として目の前に現れてくれる日を待ち続けたのだ。

 

 

「…あんたは…あんただけには理解されてると思ってた」

 

 男は女へ吐き捨てる。

 

 敬愛も好意も微塵も無い。俺を殺してくれない強者に用は無い。

 それでも、その一点にのみ。初対面でこちらの渇望を見抜き、あの言葉を差し出してきた彼女には、気に食わなくとも信頼があったのだ。

 

「てめえも…ッ! てめえもあのクソ女みてえに…

 

 俺に情けをかけんのかよ!!」

 

 かつて死に急ぐノイトラにしつこく付き纏い、「あなたが私より弱いから」と挑発まがいな理由で彼の願いを邪魔し続けた雌の破面が居た。どこぞの誰かの見様見真似で、ただそれが"人らしい"からと、まるでそれが義務であるかのように彼へ情けをかけ続けた、無知で無神経な女。

 そんな奴が憧れ、心の師と仰いでいた者が、この雛森桃だった。

 

 結局、こいつもあの女と同じなのか。"強者の慈悲"などと言う美学を押し付け、俺の願いを踏み躙り、絶望へ縛り付けようとするのか。

 

 

「────いいえ、違うわ」

 

 

 だが雛森桃の唇が紡いだ言葉は、否定。

 

 絞め殺す気で首を掴み上げていると言うのに、女の声も顔も平時と少しも変わらない。そして唯一変わった普段と異なる口調の彼女に言い知れぬ迫力を感じ、ノイトラは過去の恐ろしい体験から思わず息を呑む。

 

「勿論あなたの戦力に今後も期待しているのもあるけど…あたしがあなたの傷を癒したのは、あの時の約束を守るためよ」

 

「…何だと?」

 

 強気に睨み問い返すと、宙にぶら下がる女は真剣な顔で聞き捨てならない事を口にした。

 

 

「あなたは更木剣八に斬られた──全力の半分も出していない、あの人に」

 

 

 一瞬、ノイトラは何を言われたのか理解できなかった。だが幾度と反芻したその単語の羅列が脳裏で一つの文となった時、彼はその意味に仰天した。

 

「あなたが倒された後、あたしは織姫さんを連れ戻す命を受けて、側にいたあの人と戦ったの」

 

「…ッ!」

 

「だから気付けた。更木剣八は藍染隊長が一目置かれる程の強者よ。十刃を相手にあそこまで劣勢になる事はあり得ないし、殺す気で振るった剣であなたが即死しないなんて猶更あり得ないわ」

 

 男に喉を絞め上げられたまま、女は平然と語る。

 更木剣八はかつて、ノイトラが蹂躙した黒崎一護に敗北した過去を持つ。その当時の奴は卍解すら会得していない弱者であり、到底十刃と満足に戦える強者ではなかった。

 なのに、負けた。

 

「更木剣八には癖があるのよ、ノイトラ」

 

 訝しむ彼へ雛森が説明する。

 

「癖…だと…?」

 

「ええ。戦う相手に合わせて無意識に自分の力を調整し、斬り合いを愉しむ不思議な癖がね」

 

 男はまたもや言葉の理解に長い時を要した。

 

 つまり奴は、常に舐め腐った手加減状態で戦い、そして俺はその"遊び"程度の力で奴に斬られたと言う事か。そしてその"遊び"のせいで俺は即死できず、こうして雛森桃に傷を癒される羽目になった…と。

 

 

「……ふざけやがって…ッ!」

 

 

 途轍もない憤怒がぐつぐつと胸奥で煮え滾る。

 

 ノイトラにとって死とは最後の救いであった。生に絶望した彼が見出した唯一の希望が、死に最も近い地、即ち戦場。それも激闘と言える生死の境が曖昧になる程の戦いだ。

 そこにこそ男の人生の全てがあり、この無価値な命に意味を感じられたのだ。

 

 それを、手加減と言う"遊び"で冒涜され、あまつさえまた虚の生と言う生き地獄へ叩き落とされた。

 あのネリエルから受けた以上の屈辱で以て、この"第5十刃"ノイトラ・ジルガの唯一の希望を、穢されたのだ。

 

「…! まさか」

 

 そこで男は気付く。思い出す。

 目の前で己に吊られる女が言った、「あの時の約束を守るため」の台詞を。

 

 

「────ノイトラさん」

 

 

 女が微笑む。口調は元の、万人に遜る弱者の擬態に戻っていた。

 

「あたしはあなたの考えを否定しません。あなたは最高の死に場所を求め、藍染隊長の下へやって来た。ならばそれを遂げることこそが、あなたのあるべき姿なのです」

 

 そしてはにかんだ顔を正し、未来を読み他者の心を見抜くと噂される雛森桃が、信じ難い話を語った。

 

「これからこの世は大きな波乱の時を迎えます。そこではあの更木剣八の全力でさえ倒せない強敵が何人も、あたし達の虚圏を荒らしに襲来するでしょう」

 

「な…!」

 

「更木剣八とは違う、あなたが好む"敵に情けをかけない人達"も大勢やってきます。腕を磨き、その人達を相手に戦い、死闘を愉しんで欲しい。それがあなたとあたし、双方の利益になると思いました」

 

 故に女はノイトラを生かした。未知の敵、次なる戦争を見据えた戦力として。それが男の望みに合致すると確信して。

 

 

「…ハッ、結局利用できるから生かしただけじゃねえか」

 

「ふふっ、でもそうじゃないとあなたの嫌う慈悲や情けで生かした事になりますよ?」

 

「チッ、それもそうだ」

 

 視線を交差させる二人。

 

 外見や種族、強さ、精神の優劣に左右されない慈愛。ただ仲間であると言うだけで無条件に好意を振り撒く狂人。そんな女が自分のような捻くれ者を従えるには、それくらいの裏を用意してくれないといけない。親しいネリエルを追放するほど忠実だった主・藍染惣右介の投獄を良しとするのも、互いにしかわからない望み故なのだろう。

 

 …いいぜ、一先ずは認めてやる。

 

 男は女の喉を絞め上げる手を放し、凶悪な形相で笑い掛ける。

 そしてあの玉座の間での式典のように、"第5十刃"ノイトラ・ジルガは目の前の新たな王に恭順の意を示した。

 

「雌が雄の上に立つんだ。腑抜けた真似しやがったら今度こそその首潰してやるぜ──雛森サマ」

 

「…お願い"様"はホントやめて、冗談抜きで虚圏の王を押し付けられちゃう…」

 

 暗い顔でブツブツ呟く新女王を無視し、かくして破面の男は一人、アジトの練習場へ踵を返した。

 

 

 そうだな。

 まずは…あいつの言ってた"両手で振る剣"ってのを試してみるか──

 

 

 

 

 

 

 

 

 

***

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 奇妙な白いカプセルで覆われた寝台に、幼い童女が横たわっている。胸に孔の開いた彼女は息一つせず、その肌は氷のように冷たく青白い。

 

 そんな童女の手を握る破面(アランカル)の男──"第1十刃(プリメーラ・エスパーダ)"コヨーテ・スタークは、希望に揺れる瞳でジッと時を待っていた。

 

 

「───お待たせしました」

 

 

 突然不気味な気配が、若い女の声と共に男の背後に現れる。

 

「うおぉっ!? あ、あんたか。頼むからその登場の仕方止めてくれよ…」

 

「え? あ、ごめんなさいっ。これ移動に便利なので、つい」

 

 唐突過ぎる登場に肝を冷やすスターク。本人が【叫界門】と呼ぶ特殊な異界間トンネルで現れたその人物こそ、彼が待ち望んだ、寝台の童女──"第1従属官(プリメーラ・フラシオン)"リリネット・ジンジャーバックの救いだった。

 

 先刻の大戦で不意打ちを受け惜敗したスタークは、魂を分けた半身の相棒リリネットを同じ戦場で失った。彼自身は死ぬ寸前の所を同僚のNo.3らと一緒に密かにこの地『鳴木市アジト』まで運び込まれたらしく、目が覚めた時には既に傷一つ無く回復していた。だが相棒の消失は自身の死も同然に重く、一人生き残ってしまった男は胸に新たな孔が開いたような虚無感に苛まれる。

 

 そこへ救いの手が差し伸べられた。彼等"十刃"を率いる直属の上司が、奇跡を叶えられると言うのだ。

 

 

 ───あたし達破面軍の魂魄再生技術で、リリネットさんを復活させます。

 

 

 一瞬の放心、そして驚愕。

 詳しい仕組みはわからなかったが、どうやら以前持たされた【反膜の匪(カハ・ネガシオン)】に、万が一のために戦死した破面達の"霊性因子"なる魂魄の核のような存在を保護する機能がついていたようで、回収したそれを元にリリネットの魂魄を再生させる事が出来るらしい。

 半信半疑だった所に連れて来られたのがこのCUARTO RENACIMIENTO(魂魄再生室)。そしてそこで眠る相棒の再生された体を見たスタークに、奇跡に縋る以外の選択肢は存在しなかった。

 

「…言われた通り俺の霊圧と魂魄の一部を注いでおいたが、これでいいのか?」

 

「はい。これで一度切れてしまったお二人の繋がりを取り戻す事が出来ます」

 

「そんな事まで…」

 

 男は安堵にホウッと息を吐く。彼とリリネットはその成り立ちが他の同胞達と異なり、同一魂魄を二つに分ける事で破面化した存在だった。そこには帰刃(レスレクシオン)や精神同調など彼等だけの特殊な関係性があり、その消失は家族や友などと言う"他人"を失うのとは訳が違う。本当に魂を半分失う事を意味するのだ。

 

 

「───それでは、始めます」

 

 

 期待に胸を膨らませ、スタークは上司の合図に頷く。

 

 彼女の細い腕がリリネットの眠るカプセルに伸ばされ、その手から光が瞬く。驚愕の直後、相棒の体が強く発光し、カプセルが内側から爆発した。

 

「…!?」

 

 霊子の暴風に男は咄嗟に目を庇う。

 

 どこかで見覚えのある現象。既視感を頼りに振り返ると、スタークの脳髄にある光景が想起された。あれは、そう。確か数日前に藍染様に見せられたワンダーワイスの覚醒と同じ…

 

 そして漂う煙が晴れた時、寝台に横たわるリリネットの青白い肌に熱が戻っていた。

 

「すた……く…?」

 

「! リリネット!?」

 

 か細い声を男は聞き逃さない。慌てて彼女の手を握りその名を何度も呼び掛ける。

 そんな必死な相棒に、童女は弱々しくも小憎たらしい笑みで返事を返した。

 

「ばー…か。きたない…なきがお…みせんなっての…」

 

「な、泣いてんのはお前だろ…っ!」

 

 触れたその手から確と感じる。失ったはずの己の魂の半身、温かい命の鼓動を。

 

 一つの二人に戻ったコヨーテ・スタークとリリネット・ジンジャーバックは、欠けた相手を二度と手放さぬよう互いを強く、強く抱きしめた。

 

 

 

 

 

***

 

 

 

 

 

「…い、いやあの…い、今のは別にそんなんじゃ…」

 

「いえいえ、親しきは良き事です。お役に立てたようで何よりよ」

 

「だ、だから違うのにー!」

 

 すっかり二人の世界を堪能し終えた彼等を待っていたのは、上司の生温かい視線だった。

 何もやましい事はない、ただ無くした手足を取り戻したような幸福を喜んでいただけなのに、何かよからぬ勘違いをされている様子。

 

 羞恥に部屋から逃亡するリリネットを見送り、残されたスタークは恩人から現状の説明を受けていた。

 

 

「────つまり藍染様はもう…」

 

「まあ崩玉と融合したあの人は不死身ですし、脱獄しようと思えばいつでも出来るだけの力をお持ちですけどね。ご自身の野望を挫いた英雄への称賛で、しばらくは牢獄生活を満喫されると思いますよ」

 

「…あの方らしいな」

 

 どこまでも太々しい魔王に男は苦笑いを浮かべる。勿論、それを告げた目の前の女上司──雛森桃の呑気そうな顔にも理由はあるが。

 

 訊けば此度の戦争はこちらの王将(モナルカ)が倒され敗北に終わったらしい。残念に思うも、自分達のように他の敗残兵も皆回復・復活させると上司が確約してくれた以上、スターク個人としては元の平和が戻ってくる喜びにホッとしていた。

 元々、畏れ多い頂点の藍染惣右介よりこの雛森軍団長の指示で働く事が圧倒的に多かった破面軍。ハリベルなど一部"十刃"はこれで気を遣わずに済むと喜ぶだろう。無論、男もその一人だ。

 

「…あんたには何から何まで世話になりっぱなしだ。このまま女王として藍染様の後釜に収まるってんなら協力するぜ、雛森さん」

 

「だからなんでみんなあたしが王になる前提で話をするんですかっ! 市丸隊長やザエルアポロさんみたいな事言わないで…」

 

 肩を落とし「戦時だけ集まってくれたらいいのに…」と嫌そうに項垂れる上司。

 とは言え彼女は──藍染の意志など最優先事項を除けば──見た目通り押しに弱い所があるためいずれ部下達の突き上げに抗えなくなるだろう。甘えんぼのアーロニーロ辺りに懇願して貰えばいいと任を押し付け、スタークは今後について未来の女王様の意を伺った。

 

「なあ、雛森さん…様?」

 

「"様"は止めて。…何ですか?」

 

 雛森桃は死神とは思えないほど虚の彼等に慈悲深い。だがこの世に虚を愛する無欲な聖人などいない。虚圏(ウェコムンド)で破面軍を組織したのも藍染惣右介の野望の先兵とするためであり、その役目を果たせなかった不甲斐ないスターク達を、死んだ者さえ復活させるのには必ず訳があるはずだ。

 そして、それは恐らく…

 

 

「…あんたはまた、俺達を藍染様の兵士にして死神達と戦わせてえのか…?」

 

 

 己の目が節穴でなければ、この女上司は自身の王にかなり懐いていた。主が囚われているのに微塵も負の感情を見せないのも、破面軍の再編成計画と繋げてみれば納得がいく。

 

 恩人の彼女に"やれ"と言われればやってみせるし、あの京楽春水と戦っても今度は負けない自信はある。他の"十刃"達の多くもリベンジに燃えるだろう。

 それでもスタークの本音は「あんな強い連中と戦うのはもうこりごり」である。

 

 だが雛森が述べた事柄は、スタークにとって全くの予想外だった。

 

 

「…石田雨竜を覚えていますか?」

 

 

 唐突な問い掛けにキョトンと呆け、しばし記憶を漁る"第1十刃"。

 

「確か侵入者の一人がそんな名前だったな」

 

「はい、あの眼鏡をかけた黒髪の滅却師(クインシー)です」

 

「へぇー、あいつ滅却師だったのか」

 

 珍しい種族が来てたんだなと関心を覚えつつも、話が見えない男は訝しむ。そこへ雛森の言葉が続いた。

 

尸魂界(ソウルソサエティ)の『技術開発局』があの種族を研究していたんですが、藍染隊長が潜ませている部下がコピーした資料に気になる記述がありまして」

 

 ごそごそと取り出した映像端末にその資料を見せてくる上司。聡いスタークはそれだけで彼女の言わんとしている本題に察しがついた。

 

「…実は滅却師は組織的にも滅んでなかった…とかか?」

 

「あ、はい。過去と現在の滅却師の戦法に飛躍的な技術進歩がある事から導き出された仮説ですが、結論はあなたの言う通りです」

 

「その石田雨竜ってのが独自に開発した…って楽観視は出来ねえレベルって事か」

 

 嫌な予感に背筋を震わせるスターク。破面軍の再編成計画、虚の絶滅を企む滅却師、そしてここまで前置きで語られたら答えなど一つしかない。

 

 そして神妙な顔で、雛森桃はその未来視の如き預言を、青褪める男に告げるのであった。

 

「虚、死神、滅却師。近い内に、三つの勢力による…」

 

 

 

 ────生存競争が始まります。

 

 

 

 

 

 

 

***

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 藍染惣右介が倒され、護廷十三隊の勝利が三界に散らばる死神達へ矢の如く伝達された。

 

 虚圏(ウェコムンド)にてその報を受けた砂漠の斜塔の屋上は歓喜に包まれる。茶渡泰虎、井上織姫、石田雨竜、四番隊の虎徹勇音と山田花太郎、そして協力者の元"第3十刃"(プリバロン・トレス・エスパーダ)のネル達だ。

 

 ここでの戦いも終盤。残る敵は"第0十刃(セロ・エスパーダ)"ヤミー・リヤルゴただ一体。

 戦闘中の朽木白哉と更木剣八を除く負傷者の治療も終わり、余裕の生まれた虚圏侵攻軍の支援部隊は治療激戦区の現世へ応援に行く事となった。

 

 要請を受けた四番隊の山田花太郎、護衛に朽木ルキア、そして未だ脅威の残る虚圏からの避難も兼ねて井上織姫が同行した。

 

 

「────これは…!」

 

 

 涅マユリの黒腔(ガルガンタ)を通り偽の空座町へ到着した彼等の眼前に広がっていたのは、町中を抉る巨大な隕石跡の如き陥没地帯。想像を絶する激戦に身を投じた同胞たちに、無事な者は殆どいなかった。

 

「卯ノ花隊長! や、山田七席、到着しました!」

 

「あ、あのっ! 黒崎君は…」

 

「霊圧は…残滓だけだな。無事とは聞いているが…」

 

 慌てて状況共有のため四番隊の陣幕へ直行する一同。そこで花太郎達を迎えた隊長の卯ノ花烈は、指揮を執る傍ら現状を詳らかに語ってくれた。

 

「──で、では一護は浦原が…?」

 

「はい、今は彼の拠点で治療を受けているはずです。火急の危機はないと伺っていますので、井上さんと朽木さんの面会は可能でしょう」

 

「…! あ、ありがとうございますっ」

 

 長らく心配していた仲間の無事に思わず崩れ落ちそうになるルキアと織姫。自分達も何か手伝える事は無いか、と居ても立ってもいられない。

 

「行きますよ、山田七席」

 

「あ、はい!」

 

 一礼し陣幕の外へ駆けていく少女達を笑顔で見送った後、残る花太郎は上司に続き現場の見回りの任に当たる。

 

 全身が焼け爛れた者、胴が真っ二つになった者、手足を失った者。それでも、死者は奇跡的に一人もいなかった。

 

 だが卯ノ花の表情は晴れない。辺りを見渡し何かを考え込んでいる彼女の気にあてられ緊張する花太郎。

 

「あの、どうしたんですか…? 難しい顔して…」

 

 恐る恐る尋ねると、上司がしばしの沈黙を置き口を開いた。

 

「…破面(アランカル)達の負傷者が見当たりません」

 

「え?」

 

 慈悲深い彼女は敵の心配すらしているのだろうか。だが尊敬の念を深める花太郎の想いに反し、卯ノ花の思惑は別にあった。

 

「あの破面達は元は大虚(メノス・グランデ)。そして大虚は王属特務…零番隊の管轄です。それは彼等でなければ倒せないと言う意味ではなく、彼等でなければ大虚の死の影響を管理できないと言う意味です」

 

「大虚の死の影響…?」

 

 部下の疑問に隊長が答える。

 大虚は通常の虚とは異なり、単体で幾百、幾千、時に幾万もの虚と同等の魂魄規模を持つ。それほどの存在が倒された場合、尸魂界と虚圏の魂魄バランスが大きく崩れかねないのだと。

 

「だからこそ、やむを得ない程の強敵を除き、無暗に破面達を殺す事は慎むよう総隊長より命があったはずです」

 

「…!」

 

「それなのに一体も生き残っている敗残兵が居ません。これはあり得ない事です」

 

 そこまで聞きようやく卯ノ花の懸念が理解出来た花太郎。その後の報告で吉良イヅル、射場鉄左衛門らが総隊長の慈悲で生かされたあの三体の女破面達の姿を見ていないなど妙な点が幾つも上がり、集まる違和感は警戒へと転じる。

 

「…山田七席、至急涅隊長へ連絡を」

 

「う、卯ノ花隊長…?」

 

「敗北した破面達を極秘裏に撤退させている者がいるようです。考えうる最悪は藍染陣営の残党。その拠点は虚圏(ウェコムンド)にあるはず」

 

 上司の指示に花太郎は驚愕する。破面軍の残党が同胞達を回収する理由など一つしかない。

 もし卯ノ花の推理が正しければ…

 

「掃討戦か、奪還戦か。いずれにせよ、この戦いは未だ…」

 

 

 

 

 ──我々の完勝とはいかないようです。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

***

 

 

 

 

 

 

 

 コツコツ、ペタペタ、と。三つの足音が清潔な廊下に木霊する。

 

 二人の男と一人の女。小柄な人影を左右で挟むその様は、まるで女王と臣のようにも、罪人を牢へ連行しているようにも見える。

 

 

「────いやおかしいでしょこの並びっ!」

 

 

 そんな状況に不満を覚えたのか、中央の女が立ち止まり声を荒げる。寸分狂わず足を止めた二人の男達の片割れが、彼女の抗議に口角を吊り上げた。

 

「なんや桃ちゃん。ボクより東仙隊長を右腕に置きたいやなんて傷付くわァ」

 

「何ですか右腕って、ただ右側歩いてるだけじゃないですか! 離れて歩いてくださいよ、こんなトコ誰かに見られたらもう逃げ場が…」

 

「諦めろ雛森。藍染様がお戻りになるまで、虚圏の女王はお前だ」

 

「いーやーでーすー!」

 

 地団駄を踏みながら抵抗する女を両脇の男達が逃がさない。

 

「なんで王政なんですか! 合議制でいいじゃないですか! あたしこれから諸々用事済ませた後、藍染隊長がお外に出て来るまで分身体を使ってシロちゃんを控えめに輝かせてノンビリ過ごそうと思ってたのにぃ…!」

 

 意味不明な戯言を捲し立てる彼女へ、もう片方の色黒の男が呆れた視線を送る。

 

「何を巫山戯た事を言っている? あの少年で遊んでいる暇があればさっさと組織を再起させろ。破面達に甘い蜜を撒いたのならその責任を取れ」

 

「おまけに早速こうしてエエ男二人も侍らせはるやなんて、桃ちゃんは悪女やなァ。逆ハーレムの建設が女王雛森様の初命なん?」

 

「何であたしが自分からそんな地獄を作らないといけないんですか! って言うかそもそも何故市丸隊長がここに!? 乱菊さんはどうしたのよ!」

 

 えぐえぐ「もうガバはいやぁ…」と半べそを掻く小柄な女。その無様な姿は右手を歩く糸目の男を益々笑顔にさせるばかり。

 

「まァまァ、ええやないですか女王様。愚痴言っとる暇あったら早う"十刃"揃えましょ」

 

「敬語やめてぇ…」

 

「お前には仮にも命の恩…と言うべきものがある。藍染様がおられない間はお前に従うつもりだ。指示をくれ、雛森」

 

 しばらく弄られ諭され、ようやく諦め立場を認めた女が、自暴自棄に涙を拭き顔を上げる。

 かつての彼女と異なる紅桃色の瞳を曇らせたまま、暫定女王──雛森桃は、渋々と新たな側近達へ最初の命を下した。

 

「…なら先ずは」

 

 

 

 

 

 ───大切な仲間の救援に向かいましょう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


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