月に吠える   作:光政

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1話 サクラソウ

 俺が彼女のことを知ったのは高校の入学式の日だった。クラス一覧表の前でぼうっと焦点が定まっていないような視点で掲示板を見ている少女が印象に残っていた。

 だからかもしれない。クラスで行われた自己紹介のときに他の人よりも耳を傾けていたのは。それで得られた情報というのは出身中学と大人しい性格ということくらいだったけど。

 

 

 *

 

 

「入学式のときって緊張したよね~」

 

「今の加藤と変わらないよ。少なくとも緊張という言葉とは程遠い状態だったと思う」

 

「えぇー、私だって人並みには緊張するんだよ? そういう須藤君も堂々としてたと思うけど」

 

 どうだったかなと記憶を辿るけどさっぱり思い出せなかった。何せ三ヶ月も前のことだ、自分がどういう自己紹介をしたかなんてことはよっぽどやらかしていない限り記憶に残らない。

 

「そういえば明日の宿題って数学だけだっけ?」

 

「そうだったと思うよ」

 

「頼りないなー」

 

「宿題が数学だけか確認してくる須藤君には言われたくないな」

 

 そう言って拗ねたような表情でこちらを見てくる加藤。いや実際は無表情のままだが、何となくそんな印象を受けた。

 

「今度の土曜日に駅の近くに本屋できるの知ってる?」

 

「知ってるよ、家に入ってたチラシで見た。それがどうしたの?」

 

「結構大きめな本屋らしくてね、雑貨屋さんも一緒に入ってるんだって」

 

 

「へぇ~。電車通学の人は時間潰しとかによさそうだな」

 

「そうだね~、何となく立ち寄ったりして流行りのアイテムとか見られるしいいよね~」

 

「たしかになー」

 

「……」

 

「えっ俺なんか間違えた?」

 

「一緒に行こうっていう流れで話したんだけどね、私もハッキリ言わなかったし仕方ないか」

 

 加藤はうんうんと頷きながらそう言ったきり、本屋の話題は出さなくなった。相変わらず表情から読み取れることはほとんどなく、先程の発言の真意というのは掴めないでいた。

 

「それじゃあ私はこの辺だから。また明日ね、須藤君」

 

「また明日。土曜日だけどバイトが夕方からだからそれまでだったら遊べるよ」

 

「そっか。それじゃあ詳しくはまた連絡するね」

 

 そう言って加藤は帰っていった。

 入学式から今日に至るまでにいくつかの学校行事があり、その度に同じ班になったことから加藤と話す機会が増え、帰り道も一緒ということもあり行動を共にすることも必然的に増えていった。

 顔立ちが整っていて、おっとりしているかと思えば話し掛ければ応えてくれるし、逆もまた然り。異性の仲を意識しないでいい気が置けない友人、それが俺が思う加藤恵だった。

 

 

 *

 

 

「遅ーい、女の子を待たせるなんて減点だよ」

 

「5分前に集合場所に来たんだからいいんじゃねえの」

 

 土曜日。つまり俺と加藤が本屋に行くと約束した日である。

 開店の30分前に最寄りの駅に待ち合わせしたわけだが俺より加藤の方が早く来ていたようだった。遅刻していないとはいえ待たせてしまったことが心苦しかったのでデザートを奢るということで手を打った。

 駅から5分ほど歩いた場所にある本屋に来てみると、なるほど、これはデカいなと思わずにはいられない規模の大きさだった。

 

「大きいね~、1日で回れるかな~」

 

「隅々まで見るつもりなの? 自己啓発とかよくわからんコーナーも含めて」

 

「うーん、どうだろうね。とりあえず見てみたい気持ちはあるよね」

 

「本屋ってそもそも読みたいと思うものがあって初めて来る場所だと思うんだけど」

 

「そうかな~。何か良いものないかなーって探すのも楽しいと思うよ」

 

「服とかもイメージ固めて買いに行かない? それに沿ったデザインの物を選ぶというか」

 

「うーん……例えばだけど、私は可愛いアウターが欲しいなとかそういう気持ちでお店行くけどな」

 

「なるほど、その今着ているシャツもそういう感じで選んだのか」

 

「これはどうだったかなー、あんまり覚えてないかも」

 

「少しは覚えてるような言い方してるけど何も情報が得られないんだが。あっそういえば服似合ってるぞ」

 

「須藤君、女の子の服装を褒めるのはある種のマナーだけど、会ってから随分と時間が経ってるし、会話の流れから言い忘れに気が付いたことが見え見えだよ」

 

 そう言って加藤は呆れたような顔をした気がした。

 

「あーそういえば妹からファッション雑誌買ってきてほしいって言われたんだった」

 

「須藤君妹いたんだ」

 

「あれ? 言わなかったっけ?」

 

「初めて聞いたよ。妹さんいくつなの?」

 

「今年中二になった」

 

「私は年齢を聞いたんだけどね。ということは今年で14歳か~」

 

「早生まれだとしたら今年に14になることはないけどな」

 

「えっ? 早生まれなの?」

 

「いや、違うよ。10月だから」

 

「……須藤君って少し捻くれてるよね」

 

「かもね。加藤の誕生日はいつなの?」

 

「私は9月の23日だよ」

 

「へぇ~。覚えてたらお祝いするよ」

 

「ありがと、そういう須藤君は?」

 

「……2月14日」

 

「バレンタインと同じ日なんだ」

 

「うん」

 

 誕プレだと思ったらバレンタインのチョコだったり、チョコだと思ったらプレゼントだったり。自分にとってややこしい日だと感じている。

 クリスマスが誕生日でプレゼントが1つよりは遥かに良いけれど。

 

「誕生日で思い出したけど、水瓶座10位だったんだよな。外に出ないのが吉だとか」

 

「嫌な順位だね、それにコメントも良くないね。ラッキーアイテムはなんだったの?」

 

「襷だってよ。持ってるわけがない」

 

「星座占いのラッキーアイテムって絶妙に持っていない物が多いよね。天秤座は何位だったか覚えてる?」

 

「すまん、見てない。今度からはチェックする」

 

「別に良いんだけどね~。ところでだけど妹さんが欲しがってるファッション雑誌ってちゃんと把握してる? そこら辺女の子は厳しいよ」

 

「菜緒はそんなことで……あっ菜緒ってのは妹の名前ね。そんなことで怒ったりしないから。ていうか怒ったところ見たことないし」

 

「へぇ~。兄妹仲いいんだ」

 

「妹の性格がいいからかな。他の家庭の妹事情を聞くたびに思い知らされる」

 

 今回のお願い事もすごく、ものすごく腰低くお願いされたし。そういえばコンビニ行くついでに何か買ってくるかって聞いたらいつも申し訳なさそうにしてたなと思い出す。

 よその家の妹はやれコンビニ行けだの、やれお願いしたものじゃないだの面倒くさいらしい。まじ妹に感謝。帰りに本屋の中にあるお菓子でも買って帰ろう。

 

「話は全然変わるんだけど、6月だから花が咲いてるのは当たり前だけどいつくらいから咲き始めてたんだろ」

 

「どうしたの? 突然? 花の品種によって咲く時期とかは変わると思うけど」

 

「そりゃそうだろうけど……いや、ここに来るまでに街路樹の植樹ますって言うんだったか……まあいいや、道路脇にかなり花が咲いててさ。綺麗だなーって思って」

 

「男の子なのに珍しいね、花が綺麗って言うなんて」

 

「実際綺麗だったからな。金木犀の匂いとかめっちゃ好きだよ」

 

「それって見た目じゃないよね」

 

 バッサリと言われて確かにと変に納得してしまった。

 

「あっお店開いたよ」

 

 加藤がそう言うと入り口が開放されたからか人の流れが一気に出来上がる。今なら自分で歩かなくとも前に進めそうだなと下らないことを考える。

 

「わ~、すごい流れだね~」

 

「確かに、想像以上だ」

 

 それから俺と加藤は流れに身を任せつつ店内を見回った。なるほどこれは大型書店の名に恥じない、素晴らしい品揃えだなと思い知らされた。白を基調とした店内色はどことなく品の良い感じがするし、オルゴールのBGMも雰囲気にマッチしている。開店日で人が多いということ以外はとても良く思えた。

 

「あっこの本」

 

「どうしたの?」

 

「同じクラスに安芸っているじゃん? 話の中で勧められたんだよ」

 

「ふーん、『恋するメトロノーム』って言うんだ」

 

「裏のあらすじ見た感じ面白そうだし買ってみよ」

 

「読んだら感想教えてね」

 

「了解」

 

「あっファッション雑誌コーナーはあっちだよ」

 

「てんきゅ。……あったあった、これこれ」

 

「この雑誌私も読んでるよ、私と妹さん服の趣味似てるかもね」

 

「あーかもしれない。何系とかは知らんけど加藤の私服に近いかな」

 

「そっかあ、何だか親近感が湧いてきたよ」

 

「スゲー真顔で親近感湧いてるのな」

 

 俺がそう言うと加藤は真顔だったかなと両手で頬を持ち上げたり、伸ばしてみたりしているのを見て素直に可愛いなと思ったが口には出さなかった。沈黙は金で雄弁は銀だから。

 

「そう言う須藤君もあんまり顔に出ないよね。女子の中で結構話題になってるよ」

 

「えっまじ? 何て言われてるの?」

 

「大人っぽいとかクールって」

 

「いや全然、そんなことないから」

 

「そうかな~、私も大人びてるな~って思うよ」

 

「ちなみにどういうところが?」

 

「う~ん……クラスで男子同士で話してるときにバカ笑いするんじゃなくて一歩引いてる感じで笑ってたりとか……そんなところ?」

 

「確かにバカ笑いはあんまりしないかな、家だったらわりと……いや、そうでもなかった」

 

「須藤君って女子に人気あるんだよ」

 

「こんなこと言ったら反感買いそうだけど、別に求めてないからなー」

 

「うわ、それ絶対言ったらダメなやつだよ。嫌われる言葉第3位くらいだよ」

 

「1位と2位は?」

 

 なんだろねと加藤は顎に手を当てて考え始める。いや適当かい、そういうタイプって知ってたけど。

 

「男子でそういう話しないの?」

 

「そういう話って?」

 

「誰が可愛い~とかって」

 

「あー、基本澤村さんと霞ヶ丘先輩しか出てこないな」

 

「確かに。うちの学校だったら仕方ないかもね」

 

 そうそう。あんだけ美少女なのが校内に2人もいるんだから仕方がない。しかもタイプが違うときている。

 

「加藤の名前も出てたよ」

 

「えっ私? 私なんて全然可愛くないよ」

 

「他の女子が言うと嘘くさいのに加藤が言うとそう聞こえないのが不思議だな……」

 

 本当に不思議。そういえば摩訶不思議というのは非常に不思議という意味だけど、本来の意味は人知を越えた素晴らしさという意味なんだよなとか会話に関係のないことを思い出した。

 

 それから音楽コーナーを見たり、妹への手土産を加藤に選んでもらったり、レジで会計を済ませる頃には昼過ぎのいい時間になっていた。

 

「須藤君バイトの時間って何時から?」

 

「夕方からだから一回家に帰って、荷物置いてって感じだな」

 

「そっかぁ。それじゃあ今日はこれくらいにしとく?」

 

「そうだな、今日は楽しかったよ。ありがと」

 

「私も楽しかったよ。占いは当てにならなかったみたいだね?」

 

「いや、そうでもなかったよ」

 

「? 、どういうこと?」

 

 ラッキーアイテムの襷を持ってこそいなかったが、今日の加藤はショルダーバッグを持って来ていて、それを斜めにかけていたのだ。

 通常であれば、バッグのおかげで胸が強調されて目の保養になるはずだったのだがそうはならなかった。なぜなら加藤は常にバッグの紐に手をやり、視線が胸にいかないようにしていたのだ。

 加藤の身持ちの固さというか、貞操観念の高さが垣間見え、まだ知らない一面を知ることができた。

 そういう意味ではラッキーアイテムは当たってたのではないかなと思いながら家路についた。

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