月に吠える   作:光政

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今までの話で英梨々の名字がペンネームと逆になっていたことに気が付いたので訂正しました。



10話 魔法が使えないから

「メリークリスマス!!」

 

 幹事である男子生徒がそう言うと他の者もそれに続いてコップを掲げ声を揃える。今日はクリスマス、聖夜を祝う日である。

 終業式が終わったあとに須藤達1年A組は恋人がいない人達でボーリングをし、その後にカラオケに来ていた。

 歌う者もいれば持ち寄ったお菓子やドリングバーの飲み物を片手に談笑している者もいて、須藤と加藤は後者だった。

 

「今年も終わりだね」

 

「でも冬期講習があるからあまり学校が終わったって感じしないな」

 

「ちゃんと出席しなきゃダメだよ?」

 

「休むように見えるか?」

 

「夏期講習来てない日があったような」

 

「ぐっ、よく覚えてるな」

 

「隣の席だから覚えてるよ」

 

「夏期講習は休んでも皆勤賞には関係ないからな」

 

「みんなで海に行ったときも前日に面倒くさくなってきたって連絡くれたよね」

 

「行ってからはめっちゃ楽しかったから。行くまでが面倒くさいんだよ、わかる?」

 

「行くまでが手間って言うのはわかるけどさ、そういうのも含めての旅行というか」

 

「そう言われるとたしかにそうかも」

 

「でもなんだかんだ言ってちゃんと来るよね」

 

「そりゃあ楽しみにしてるから」

 

「人間って不思議だね」

 

「スケールでかいな、俺を基準でひとくくりにしちゃ可哀想だ」

 

「須藤君が? それとも須藤君以外?」

 

「両方だよ。数学で言うと俺は部分集合だから」

 

「どういうこと?」

 

「人間全体をUとしたときにイベントを面倒くさがる人間とそうでない人間もいるだろ? それをBとしたときの部分集合」

 

「例えが遠回しでわかりにくいよ」

 

「どっちかに必ず属すから和集合でもいいな」

 

「このわかりにくいボケはいつまで続くの?」

 

「安心して、もうやめる」

 

「おーい須藤! お前もなんか歌えよ!」

 

「はいそれカラハラね」

 

「なにそれ?」

 

「カラオケハラスメント」

 

「そんなに歌いたくないのか」

 

「いや歌いたくないならそもそも来ないよ。いいよ、何かいれるよ」

 

 そう言って須藤は機器を操作して流行りの曲を入れてマイクを受けとる。

 曲名が表示されイントロが流れると全員が注目する。合唱祭もなく音楽の授業も選択のために人の歌声、ましてやクラスの中心でもある須藤がどんな歌声なのかはクラス全員の気になるところだったからだ。

 

「うまー……」

「あいつ何か欠点ないのか?」

「天は二物を与えずじゃないのか……」

 

 聴き入る女子とは対象に男子は不満たらたら。ミスター豊ヶ崎で準グランプリにも選ばれた須藤は学校全体でイケメンと認められたも同然で、音痴などの欠点が欲しかったというのが男子達の本音だった。

 歌い終わると同時に拍手が起きたので須藤はそれに応えつつ席に戻ると加藤が少し驚いたような顔をしていた。

 

「歌うまいんだね」

 

「中の上か良くて上の下くらいじゃないか?」

 

「もっと上じゃないかな、何でそんなにうまいの?」

 

「たぶん昔家でよく歌ってたからかな。俺が歌うと菜緒が笑って喜んでたから、それでかな」

 

「いいお兄ちゃんだね」

 

「たぶん加藤も歌うまいだろ」

 

「えっ私? そんなことないけど……どうして?」

 

「鼻歌を歌ってて、それを聴いたときにそう思った」

 

「……それいつ?」

 

「学園祭の帰りが遅くなったときに教室で」

 

「……すごく恥ずかしくなってきた」

 

「下手じゃないからよくないか?」

 

「そういう問題じゃなくてね……」

 

 一般的に鼻歌であったり自分の歌声を人に聴かれるのは恥ずかしいと思うものである。加藤も同様で、ましてや自分の想い人に聴かれていたことがわかり赤面とまではいかないが直接顔を合わせることができない状態になってしまった。

 

「俺以外は聴いていなかったから安心して」

 

 本当にそういう問題ではなかった。

 

 

 ──

 

 

「じゃあみなさん気をつけて帰りましょう」

 

 カラオケが終わり幹事の男子生徒がそう言うと各々帰り始める。須藤と加藤は方向が同じため必然的に帰りは一緒だった。忘れ物がないか店の前で確認をしていると不意に別のグループの人達から須藤は話しかけられた。

 

「おー! 須藤じゃん」

 

「あっ斎藤だ」

 

「あれ? そんなに大人しいタイプだったか?」

 

「大人になったってことだよ」

 

「なんだそういうことか。……隣にいるのは彼女か?」

 

「いや、仲がいいクラスメートだよ。クラスでクリスマス会やってちょうど帰るところだった」

 

「なるほどな。彼女といえば姫ちゃんとはどうなったんだ?」

 

「さぁ? 中1のときに何回か手紙でやり取りしてそれっきりだよ」

 

「そっか、じゃあ俺達はこれからカラオケだから。今度また遊ぼうぜ」

 

「予定が合えばな」

 

 須藤がそう短く言うと斎藤はやっぱりお前変わったよと言って店内に入っていった。そのやり取りを横で見ていた加藤は前も同じようなことがあったと思い出す。

 

「須藤君って人によって印象というか……かなり覚えられ方が違うんだね」

 

「小学生のときはやんちゃだったからな」

 

「ということは落ち着いたのは中学生からなの?」

 

「正確に言うと中学生になる前だな。小学校の卒業式の日にやんちゃ坊主でずっといるわけにはいかないなって思ったんだよ」

 

「そうなんだ。……話の中で出てきた姫ちゃんって友達?」

 

「友達……まあ、友達だよ」

 

「……もしかして前に言ってたフタを開けることさえしなかった人って」

 

「そう。姫野葵っていう小学校のときまでの同級生の子だよ」

 

「そうなんだ……。もしかして──」

 

「ん?」

 

「もしかして須藤君が大人になったのってその子が理由なの?」

 

「……そうだな。その子のためというか──うん、その子のためになると信じて早く大人になろうと考えたな、当時の俺は」

 

「それはどうしてなの?」

 

「聞いても面白くないぞ、きっと」

 

「いいの、それでも。知りたいから」

 

「そうか、わかった──」

 

 

 *

 

 

 姫野のことを知ったのは小学5年生のときのクラス替えのときだったな。そういう行事的な日ってさ全員出席するのが普通だろ? 

 でも姫野はそうじゃなかったんだよ。そうできなかったというか……体が弱くてできなかったんだ。

 

「先生、姫野って今日来てないんですかー?」

 

「姫野さんはお休みです。今度来たときに自己紹介してもらいましょうか」

 

 俺って当時さ、それなりに空気は読むけど思ったことをすぐ口に出しちゃうタイプだったんだよ。姫野のことを聞いたのも何でこんな大事な日に休んでるんだって不思議に思ったから聞いたんだよ。席も隣だったしな、自分の隣がクラス替え初日から空席だと気になるだろ?

 それで次の日に姫野が来たんだよ、1時間目は休んで2時間目からさ。先生が言った通りに自己紹介があったんだ。

 

「姫野葵です。体が弱くてみなさんに迷惑をかけてしまいますがよろしくお願いします」

 

 そう言って姫野が隣の席に座って小さく言ってきてさ。

 

「迷惑かけちゃうけどごめんね」

 

「別に謝ることじゃないだろ、体が弱いのは姫野のせいじゃないんだし」

 

 俺がそう言うと姫野が少し目を見開いて驚いてた気がする。

 でも俺と姫野は大きく違いすぎてたんだよ。性別はもちろんそうだけど、性格がさ。片やガキ大将、片や病弱でクラスの隅にいるようなタイプ。

 

 当時の俺は仲良くはできないだろうけどとりあえず困ってたら助けようと考えたんだな。授業中に体調が悪くなったりしたら俺が保健室にまで付き添ってたし、休んだ日のノートを見せるようにもしてた。

 それである日雨が降って休み時間に校庭で遊べなかったんだよ。いつもだったら体育館に行ってたんだけど……その日はたまたま図書室に行ったんだ。特に理由もなくて、本当にたまたま。

 そしたらさ、姫野が図書室で一人で本を読んでたんだよ。

 

「あれ? 一人?」

 

「うん」

 

「どうして?」

 

「どうしてって……私友達いないから」

 

 やってしまったって思ったね。考えてみたら教室で誰かと話してるってのも見たことがなかったんだよ。給食のときもグループを作るんだけど俺以外と話もしてなかったし……とにかく言われるまで姫野が友達が作りづらいっていう当たり前のことにも気が付かなかったんだ。

 

「寂しくないの?」

 

「ううん、これが私にとっての普通だから。それに──」

 

「なに?」

 

「教室だと須藤君が話しかけてくれるから学校楽しいよ」

 

 その瞬間俺は衝撃が走ったね。俺にとっての学校って友達がいっぱいいて、一緒に遊んで、授業受けてっていうそういう場所だったから。

 でも姫野にとってはそうじゃなかったんだって。一人でいるのが当たり前で俺と話すことが楽しいから大丈夫だって……そんなの悲しくないか? 

 

「友達たくさんいたほうがもっと楽しくない?」

 

「楽しいだろうけど……たぶんダメだよ」

 

「ということは友達を作りたいっていう気持ちはあるんだ?」

 

「……うん」

 

「それなら大丈夫だよ。出来ることからやっていこ?」

 

 そう言うと姫野が突然泣き出してさ。そしたら図書室にいた先生が俺が泣かせたと思ってやってきて。でも姫野が嬉しくて泣いてるんだって言ってくれて、俺もなんか嬉しくなっちゃってさ。

 

 一人でいることが悪いとは言わないよ。でも姫野は違ったんだよ。みんなといたいのに体が弱いせいでそれができなくて……だから俺は友達を作りたいっていう姫野の手伝いをしようと思ったんだ。

 

 

 ──

 

 

「それで……姫野さんはどうなったの?」

 

「すぐにはやっぱり友達は出来なかったよ。でも小学生って良くも悪くも素直だからさ、姫野が歩み寄ろうとしてるっていうのがわかったら少しずつだけど同性から友達が出来てきたよ」

 

「それはよかったね」

 

「でも良いことばかりじゃなかったんだよ」

 

 

 ──

 

 

 高校生になってからはあまりないけど小学生のときに授業で先生がこの問題わかる人いますかって聞くことがあっただろ? そのときに姫野に頑張って手を上げるように言ったんだよ。

 普段引っ込み思案だった姫野が手を挙げたもんだから先生も少し嬉しそうに当てるんだよ。姫野は頭はかなり良かったから間違いなく答えれてて、そうなってくるとわからないところをあいつに聞きに行く女子も出てきてさ。

 

 男子にも聞きに行こうとするやつが出てくるんだけど、ちょうどその時期くらいって好きな子とか女子に意地悪しちゃうタイプのやつがいるだろ? 姫野は客観的に見ても可愛かったからそういう標的に一時的になったんだよ。

 え? 俺がなんかしたんだろって? まあ……合ってるよ。騒がしいタイプの男子が姫野のノートを取り上げて色々と言ってたんだ。

 

「姫野のノートって字細かくて見づれー!」

 

「小学生なのに大人ぶってんだー!」

 

 ちょうど俺が水を飲みに行って教室に帰ってきたときに男子二人が周りが止めてるのにはしゃいでたんだよ。姫野は困ったような、泣きそうな顔をしてたかな。

 

「おいお前らやめろよ」

 

「すどーお前姫野が好きだからって止めるのかよー」

 

「お前のヨメだもんなー!」

 

「ちげーよ、お前らがガキだから止めてんだよ。それともお前姫野のこと好きなのか? いや……違うな。お前が好きなのは別の子だもんな」

 

「す、すどー……まさか言わないよな?」

 

「お前が姫野にノートを返して謝るなら何も言わねえよ」

 

「ひ、姫野……ごめん」

 

「俺もごめん」

 

「ううん、気にしないで」

 

 泣きそうだったのに我慢して謝るとかさ、今になって考えたらかなり大人だよな。その場で泣いて先生を呼んで二人を糾弾することだって出来たのにさ。

 ともかく俺が思い出せる範囲でのよくないことってのはこれくらいかな。学芸会とかではナレーションとか裏方やってて、毎年先生がやってた役を姫野がやってたってことは先生も色々と姫野のことを考えてくれてたんだな。

 6年生になってからは5年生のときより休む回数も減って学校生活を楽しんでたと思うよ。入学したばかりの1年生のお世話とかするじゃん? 男女問わず人気者で困ったらみんな姫野のところに行ってたな。

 運動会とかはやっぱり全力では出来てなかったけど最後の学芸会なんて準主役やっててさ、演技うまくて驚いたな。

 

 それで卒業式の前の日にさ、放課後に校庭でみんなで最後に遊ぼうってなったんだよ。もちろんクラスのみんな参加したんだけど、姫野は遊ばないで遠巻きに見学してるって感じだったんだ。

 その頃になったら姫野が体が弱いってことすっかり忘れててさ、一緒にやろうぜって誘ったんだよ。

 

「姫野は見てるだけか?」

 

「うん、あんまり走れないから」

 

「ちょっとくらい大丈夫だろ? 最後だしやろうぜ」

 

「……うん、わかった。少しだけ、ね?」

 

 それが間違いだったんだよな。ケイドロで俺が警察側で姫野が泥棒側になったんだ。俺は一人、また一人って捕まえて……少し遠くの位置に姫野が視界に入ったから逃げられないように思いっきり走って捕まえようとしたんだ。

 当然姫野は捕まらないように走ったんだけど、走ってすぐ転んだんだ。──いや、転んだんじゃなくて倒れたのかな。

 

 ともかくタッチしに行ったら姫野が起きないんだよ。かなり焦ったね。死んだかと思って、そのとき初めて姫野は体が弱いってことを思い出したんだ。

 俺達じゃどうしようもできないと思って姫野をおんぶして職員室まで行ったんだ。息はしてたけどかなり苦しそうで。先生に事情を説明したと思ったらすぐに救急車が来た。

 みんなは解散させられたけど、俺は学校に残って再度状況とかを説明したんだ。怒られると思ったけど先生は何も言わなくて。ただ大丈夫だ、心配するなとしか言わなかったんだ。

 

 何時くらいだったかな……もう外が暗くなったくらいに父親が迎えに来て、そのまま姫野が運ばれたっていう病院に行ったんだよ。

 車の中で父さんも先生と同じで大丈夫、心配するなとしか言わなくて。でも俺は姫野が死んじゃったらどうしようってそれだけしか頭になくて。

 病院についたら受付の近くのベンチに担任の先生と姫野の父親がいてさ、まず父さんと俺が頭を下げると落ち着いた様子で病室に案内してくれたんだ。

 病室では姫野と姫野の母親がいて。姫野の口には呼吸器がついてて、命に別状はないって聞いたんだけどそれでも死ぬんじゃないかって思って。

 

「姫野……ごめん」

 

 俺が謝るとベッドのテーブルで姫野が紙に書いて返事をしてくれたんだよ。

 

『大丈夫だよ』

 

 いつもの姫野の綺麗な字じゃなくて、少し震えたような……でもそれを悟らせないように書かれた字だったんだ。

 

「無理させて本当にごめんな……」

 

『久しぶりに走って、少しはしゃぎ過ぎちゃった』

 

 俺が気負わないように強がってる姫野を見たら切なくなって。そこで初めて俺は人前で泣いたんだ。

 

『泣かないで』

 

『須藤君がいてくれて、私はずっと楽しかったよ』

 

『だからそんな顔しないで』

 

 泣いてどうしようもない俺は病室を出て、そこで初めて姫野の親御さんと話したんだ。

 

「あなたが須藤君だったのね、葵が家でよく話してくれてたわ。彼のおかげで学校が楽しくなったのって。今日はこんなことがあった、明日はこんなことをするのって。私達が葵にしてあげられなかったことをしてくれて本当にありがとう。あの子が明るくいられたのもあなたがいてくれたからよ」

 

 誰も俺を責めないんだ。怒られたほうがどんなに楽だったか。

 次の日の卒業式、姫野は参加することができなかったんだ。俺が彼女からその機会を奪ってしまったんだ。

 俺が何も考えない馬鹿な子供だったから起こったことで早く大人にならなきゃって思った。物事を色々な角度で見られて、相手の気持ちや背景を考えられる大人にならなきゃって。

 

 

 *

 

 

「──以上が俺と姫野の話だ」

 

「姫野さんは……どうなったの……?」

 

「中学に上がる前に手紙が届いたんだ。空気が良い場所に引っ越して療養しながら学校に通うって」

 

「そう……なんだ……」

 

「それから手紙を書いて……」

 

「うん……」

 

「何回かやり取りをして、俺が送ったきり返ってこなくなった。だから今はどうしてるかわからない」

 

「うん……」

 

「バカだよな。姫野のことが好きだったのに、自分のせいで気持ちを伝える機会すら失っちゃうなんてさ」

 

「そんなことないよ……須藤君は姫野さんのために色々と頑張ったよ……」

 

「そうかな?」

 

 俺が自嘲気味に言うと加藤は涙を流しながら呟いた。

 

「でも……思い出には勝てないよ……」

 

 その言葉に俺は何も返すことができなかった。

 気が付けば雪が降っていて路面はうっすらと雪化粧をまとっていた。加藤の肩にも生まれたばかりの雪が乗って、すぐに消えた。その消えていく雪を俺はただ眺めることしかできなかった。

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