「遅くなっちゃってごめんなさい」
「大丈夫だよ、私も今来たところだから」
「なんか今の言葉デートっぽいですね」
「そうかな?」
私は須藤君の妹である菜緒ちゃんと買い物に来ていた。
春休みに入る前に連絡をやり取りしている中で会話が弾み、ショッピングに行こうとなったからだ。
「春物でいいのがあるといいね」
「そうですね! 今日は色々と見て回りましょう」
いつだったか須藤君が言ったように菜緒ちゃんの服の系統は私とよく似ていてショッピングをする相手としては最高のパートナーだと思った。もちろん違う系統の人からの視点も大切だけど。
「LINEでもお礼を言ったけど……改めてバレンタインのときは須藤君の好きなチョコを聞いてくれてありがとね」
「大丈夫ですよ。ちゃんと受け取ってもらえてよかったです」
「ごめんね? 私が直接聞ければよかったんだけど……」
「お兄ちゃん関係は何でも協力しますから」
夏祭りのときに菜緒ちゃんと連絡先を交換した私は会話していく中で須藤君を好きになったと告白した。それを聞いた彼女は協力してくれると言ってくれて、今回のバレンタインはそれに甘えてしまった。
「早くお兄ちゃんも彼女を作るべきだと思うんですよね。加藤さんは私が今まで見た中で一番お兄ちゃんと距離が近いし……何も思っていないってことはないはずなんですけど……」
「焦らず頑張ってみるよ。菜緒ちゃんも何でも相談してね? ちょっと頼りないと思うけど……」
「そんなことないですよ。私が失恋したときもたくさん相談に乗ってもらいましたし」
「ありがとう。それと──」
「なんですか?」
「私のことは名前で呼んで?」
──
「ただいま~」
「お邪魔します」
初めて入る自分の好きな人が暮らしている家、場所は知っていたけどあと一歩が踏み出せなかった。
「荷物は……私の部屋に置きますか」
「ありがとね」
「ついでにお兄ちゃんの部屋覗きますか?」
「えっ」
私が驚くと彼女は悪戯に笑う。
「お兄ちゃんまだ帰ってこないので大丈夫ですよ。私が本とか借りるために勝手に入っても全然怒らないですから、きっと見られて困るものとかないんじゃないかな?」
「うーん……でも……」
「ちょっとだけだし平気ですよ」
理性と好奇心の間で揺れ動いていると菜緒ちゃんが追撃をしてくる。そんな小悪魔に負けてしまった私は荷物を置いて彼女と一緒に須藤君の部屋に入る。開きっぱなしのドアには『きっぺー』と書かれたプレートがぶら下がっていて昔からあるものなんだということが推測できた。
「結構高いリードディフューザー買ってるんですよ」
そう言って彼女は自分の兄の部屋に置いてあるアロマを指差す。過去に私が雑貨屋で手に取ったことはあったが値段を見て棚に戻したことがあるアロマを使っていた。
「こういうところでバイト代使ってるんですかね? 恵さんは何かバイトとかしてないんですか?」
「私はしてないよ。そもそも豊ヶ崎学園って原則バイト禁止だから」
「えっそうなんですか?」
「うん。たしか同じクラスの男子が許可をもらったときにどさくさで一緒にもらったって言ってたよ」
「お父さんにはバイト始めるとしか言ってなかったのに……」
「意外とちゃっかりしてるよね、須藤君って」
「そうなんですよね。ところでお兄ちゃんのこと名前で呼ばないんですか?」
「うーん……名字呼びが定着しちゃったからね。今さら変えにくいかな」
「そっかぁ……でもたしかにお兄ちゃんのこと名前呼びしている人ってあんまり見たことないかも」
「須藤じゃなくてすどーって伸ばし気味に呼ぶのがあだ名みたいになってるからそれもあるかも」
「なるほど。あっ私は気にせずどんどん部屋見ちゃってください」
「そうは言っても……この写真」
「学園祭のときに撮ったんですか? これ?」
「うん。二人で受付の仕事をしていたときにね」
須藤君が使っているであろう机の上に写真立てが置かれていて、それには私とのツーショット写真が飾られていた。それを見て頬が緩んだのを感じたが出来る限り無表情を装った。
「恵さん嬉しそうですね」
「……わかる?」
「なんとなくですけど。やっぱり好きな人の中に自分がいるんだって思ったら嬉しいですよね」
「……うん」
「ベッドに顔を埋めても大丈夫ですよ、私言いませんから」
「埋めないよ?」
「匂いも──」
「嗅がないからね?」
そりゃたしかに匂いを嗅いでみたりしたいとは思うけど、それは人前でやることではない。例えば菜緒ちゃんも誰もいなくて、この家に私一人だけっていうそういう状況にならないと行動には移さない。
「そうだ、お兄ちゃん野球やっていたの知ってますか?」
「うん。中学までやってたって」
「今より髪がずっと短いんですけど見ますか?」
「ぜひ」
「リビングに写真があるので一階に降りますか。やり残したことはないですか?」
「大丈夫だよ」
そう言って部屋を出て一階のリビングに降りる。須藤君の部屋は名残惜しかったけど、今度は正式に招待を受けて入りたいなと思った。
リビングは綺麗に整っていて食事を食べるであろうテーブルとは別にソファがあり、その前のテレビボードには写真がたくさん並んでいた。
「当たり前だけど顔が幼いね」
今はカッコいいけど、カッコよさより可愛いの比率の方が高いって感じ。
「色々なところから野球で誘われてたのに何でか辞めちゃったんですよね」
「そうなんだ。そんなに上手だったの?」
「はい、普通の人よりかなり練習してるってお父さんが言ってたので。それを聞かなかったら私スポーツしてる人は皆これくらい練習しているんだっていう勘違いをしちゃうところでしたから」
「そんなになんだ」
「庭に草が生えていないところあるでしょ? あそこはお兄ちゃんが野球の素振りをしていたところなんです」
菜緒ちゃんが庭を指を差したのでそちらを見ると綺麗な緑の芝生が広がっている中に不自然に土が露出している箇所があって、練習に打ち込んでいる姿が目に見えるようだった。
「あ……この人って」
「私達のお母さんです。綺麗な人でしょ?」
「うん、すごく」
「お兄ちゃんも私もすごくベッタリだったんですよ。私はあまり覚えてないんですけど……お父さんとかがたまに話してくれるんです」
「目元とか須藤君や菜緒ちゃんにそっくりだね」
「そうですか? えへへ、嬉しいなぁ」
「お父さんもすごくカッコいいね」
「お兄ちゃんに似てますよね?」
「大人になったらこんな感じになるのかなぁ」
「でも似てるって言ったら二人とも口を揃えて似てないって言うんですよ。そういうところも含めて似てるのに」
「なんかおもしろそうだね」
「真面目そうに見えて意外とお茶目なんですよ、お父さん」
「ただいまー」
「「あっ」」
「ただいまー……って加藤!?」
「お邪魔してます」
「これから一緒にご飯作って、それでそのままみんなで食べようと思ってたんだけど大丈夫だよね? お父さん今日は出張だし」
「おーいいね。それで何作るの?」
「ハンバーグにしようかなって、須藤君が好きって聞いたから」
「加藤が好きなメニューでよかったのに」
「そういう訳にはいかないよ。ね、菜緒ちゃん」
「はい」
「ふーん。まあ俺の好きなのだからいいけど」
「他には何か好きな料理ってあるの?」
「唐揚げとカレーとオムライス」
「子供っぽいね」
「だって美味しいし」
「嫌いなものは?」
「嫌いっていうか苦手なのは生の玉ねぎ」
「この間お店のポテトサラダに玉ねぎが入ってて私に全部くれたもんね」
「あれまじで許せねえわ。ポテトサラダのほどよいマヨネーズの味とかが好きなのに玉ねぎが入ることによって味がほぼ玉ねぎになるからな。ポテトサラダの皮を被ったオニオンサラダだよあんなの」
「そ、相当許せないんだね」
「お兄ちゃん加藤さんが引いてるよ」
「ん? いつもこんな感じだろ。だよな加藤」
「大体ね。でも菜緒ちゃんと一緒の方が本音に近い気がする」
「そりゃな、家族だから」
「わ! い、いきなり肩組んでくるからびっくりしたぁ。あっお兄ちゃんまだ手洗いうがいしてないでしょ」
「バイト終わって店出るときに消毒したよ」
「家帰ってからは?」
「してないよ」
「なんでそこでドヤ顔なのさ。風邪引いても困るから早くしてきなよ」
「はーいお母さん。加藤ゆっくりしていってな、ていってもこれから夕飯の支度か。楽しみにしてる」
そう言って須藤君はリビングから出ていった。
「家だと何となくテンション高いんだね」
「いえ、いつもあんな感じじゃないですよ」
「そうなの?」
「あんなに冗談を言ったりはしないので加藤さんが来てるから嬉しいんですよ、きっと」
「だったら嬉しいなぁ」
「……いいなぁ、私もまた恋を見つけなきゃ」
「菜緒ちゃん、しーっ」
顔を見合わせて笑いあって仲がいい妹が出来たみたいだった。彼女は悪戯な笑顔のまま言葉を続ける。
「恵さん知ってますか?」
「なに?」
「男性を虜にするためには胃袋を掴むといいらしいですよ?」
*
「加藤って普通に料理できたんだな」
須藤君が私を送ってくれることになって、家を出てからの第一声がこれだった。
「それって出来ないって思ってたってこと?」
「いやバレンタインのチョコうまかったからある程度出来るんだろうなって思ってたけど」
「でもきっと須藤君よりは出来ないと思うよ」
「なんで?」
「自分用のエプロンを持ってる人ってなかなかいないよ?」
菜緒ちゃんと二人で料理をしたのだけど、そのときに私は彼のエプロンを借りて台所に向かい合った。日頃から作ってるということを聞いたのできっと上手なんだろうなと思った。
「玉子焼きなら同年代には負けない自負があるけど……それ以外は普通だよ。レシピ通り作ってるだけだし」
「そうなんだ、今度食べさせてね」
「また同じクラスになったらな」
そう言われて私は思い出す。今は春休みでまた須藤君と同じクラスになれるという保証はどこにもないのだということを。
「クラス替えなきゃいいのにね」
「ほんとにな」
私と同じ気持ちではないとわかっていても、彼の言葉が嬉しかった。
──不意に手と手がぶつかって、触れ合った場所が熱を帯びたのがわかった。
この熱は彼と別れたあとも冷めないことはハッキリとしていて、それと同じように彼の気持ちもわかればいいのになと夜空を見上げて息を漏らした。