安芸倫也は自分の野望を叶えるために奔走していた。
始めに美術部のエースであり、その裏同人誌やイラストも描く新進同人イラストレーターとして活動している澤村・スペンサー・英梨々に声をかけていた。
同時に豊ヶ崎学園に入学以来現在まで学年一位の成績をキープし続ける優等生で、その裏『恋するメトロノーム』で新進ライトノベル作家としてデビューし活動している霞ヶ丘詩羽にも声をかけていた。
その返事は芳しいものではなく願いは叶わないのではないかと思った矢先、倫也は春休みに運命を感じた女子生徒に再会した。
*
「ええと……加納恵だったよな?」
「加藤だよ、私の名前」
「あっああ、そうだった」
2年生に進級し新しいクラスにも馴染み始めてきたある日のこと、同じクラスの安芸倫也君に誘われ私は喫茶店に来ていた。用件は──、
「それでさ加藤、俺のメインヒロインになってくれないか?」
「……それって告白? 話があるからってその事?」
「いや告白じゃない! これを見てくれ!」
「ラブレター?」
「違う違う、企画書だよ! 俺が作ろうと思っているギャルゲーのな!」
手渡された企画書とやらに軽く目を通すとタイトルなどの項目が羅列されている中のほとんどが未定の二文字で本当に何かをする気なのかなというのが感想だった。
「大丈夫だ加藤、俺がお前を誰もが憧れ惹かれること間違いなしのメインヒロインにしてやるからな」
「ええと、何が大丈夫なのかはわからないけど私まだ返事してないよね?」
「なんだ嫌なのか? メインヒロインだぞ?」
「私ギャルゲーが何かもわからないし、オタクの知識も何もないんだけど……」
「これから学んでいけば大丈夫さ」
「私が断るっていうのは頭にないの?」
「何か部活とか入ってる訳ではないって言ってたから放課後とか空いてるよな?」
「放課後は……色々とあるかな」
「バイトも部活もやってないのに何があるんだ?」
須藤君と一緒に帰ったり、お話ししたり。今日はたまたまそうじゃなかっただけで。
「一緒に目指そう! 可愛くて、キャラが立ってて、魅力的で、ゲームをやった誰もが嫁にしたくなる一番人気のヒロインに!」
「ごめん、やっぱりわからないや」
「頼む、どうしてもお前をヒロインにしたいんだ」
急に真面目な顔になったので少し驚いた。
「どうして安芸君は私にそんなこだわるの? 名前も覚えてないくらいだったのに」
「それは……春休みに加藤の帽子を拾って渡したときのお前のあの笑顔に惹かれたからだ。その時の気持ちを忘れたくない、世の中の男達にも知ってほしいと思ったんだ」
春休みの帽子を拾ってもらったときのことを思い出す。須藤君にもらった帽子が風に飛ばされ、安芸君がそれを拾ってくれたのだ。好きな人からもらった帽子を失わずに済み安堵したのを思い出す。
──そっか、私そんな笑顔だったんだ。
「わかったよ安芸君」
「一緒にやってくれるのか!」
「一つだけ条件があるんだけど……」
「何でも言ってくれ!」
「それじゃあ──」
*
「なあ須藤、一緒にギャルゲー作らないか?」
「何言ってんだ? 安芸?」
「頼むよ、お前が必要なんだよ!」
「俺ギャルゲーなんかやったことないぞ?そもそもゲームなんて友達の家でマリカーやスマブラとかくらいしかやらないし」
「ギャルゲーをやったことないなんてもったいない、今度貸すよ……じゃなくて!」
「昼休みにわざわざ呼んだのってそれを話すためだったのか?」
「ああ! それで──」
「悪いけどパス」
「なんで!」
「放課後はバイトとかあるし、夕飯作らなきゃいけない日もあるし」
「俺は諦めないからな須藤、お前がうんと言うまで誘い続けるからな!」
「そうか、じゃあ俺は体育館でバスケしてくるから」
藪から棒に安芸にギャルゲー?作りの話を持ちかけられ少し困惑したが首を縦に振らなかった。これからも声をかけてくるらしいが良い返事はできそうにないなと思ったが少し邪険にして悪い気もしたので一度話を聞いたほうがいい気もした。
──そして放課後、
「ギャルゲー作りってなんだ?」
「興味持ってくれたのか!」
「いや断るにしても聞いてからのほうが筋だなって」
「これを見てくれ」
「……企画書か?」
タイトルなどの各項目が未定と羅列されている中にヒロイン加藤恵という文字が目に止まった。
「ヒロイン加藤恵って同じクラスの加藤恵のことか?」
「そう! 俺は春休みにあいつに運命を感じたんだ!」
「運命ねえ……」
「それで一緒にやってくれないか?」
「どうして俺なんだ? 今までほとんど絡みなかったしゲームにも詳しくないんだぞ?」
「それは……」
「それは?」
「と、とにかく須藤がいないとゲーム作りにならないんだよ」
「よくわからんな、根拠もなしに手伝えないよ」
「くっそー……口止めさえされてなければ全部言うのに……」
「なに? よく聞こえなかったけど」
「難聴系をここで発揮してくるとはやるな須藤」
「難聴系ってなんだ? まあとにかく俺はパスで。頑張ってな」
あまり力にもなれなさそうだし断った。断ったはずだったのだが──、
「須藤一緒にやろう!」
次の日も、
「そういえばギャルゲー貸す約束してたな、はいこれ」
そのまた次の日も、俺がどんなに断ろうと安芸は宣言通りに誘い続けてきた。いい加減どう断れば諦めてくれるだろうかと思い悩んでいると加藤が珍しく昼休みに俺のところにやってきた。
「須藤君今いいかな?」
「どうした?」
「ちょっとここじゃ話しにくいことがあるんだけど……」
「わかった、場所変えるか」
「それで話って?」
「安芸君にゲームを作らないかって誘われてない?」
「誘われてるけど」
「ごめんね、須藤君も誘おうって言ったの私なんだ」
そういえばヒロインは加藤だったなと思い返す。
「何で俺なんだ? 仲がいいから誘うってのはわかるけどゲーム作りなんて出来ないぞ」
「それはわかってるんだけど……」
「大体どうやって素人でゲームなんて作るんだよ」
「そこは私も全然わかってないんだけど……そこはあのオタクの安芸君が意気込んでるから何とかなると思ってるんだ」
「まあ、あの安芸ならな」
「それに私部活もバイトもないから放課後に時間あるし、勉強に力をいれているわけでもないしある意味ちょうどよかったというか」
「俺はバイトあるけどな」
「お願い、どうしても嫌?」
「嫌ってわけじゃないけど……そこまで俺を誘う理由がよくわからない」
「だって……」
「だって?」
「……須藤君がいなくちゃ楽しくないと思う」
目を伏せがちにスカートの裾を掴みながら振り絞るような声で出された言葉に俺は面食らった。今までに加藤がこのような本音を言ったことがあっただろうか?
「でもやっぱり迷惑だよね、ごめんね」
「……わかったよ。俺の負けだ」
「ということは……」
「そこまで加藤が言うならやるよ、ゲーム作り」
「いいの?」
「うん」
「……ありがとう」
安堵したような、嬉しいような彼女の顔を見て俺の表情も綻ぶ。
それから二人で屋上で昼飯を食べながら色々と話をした。何だか久しぶりに加藤と話をしたような、そんな気がした。
──
「あんたキャラデザを一から創れなんて聞いてないんだけど!」
「そうね倫理君、あなた私が商業作家であることを忘れてないかしら? 新作の執筆に取りかかっているから忙しくてシナリオなんてまだまだ手をつけられないんだけど」
「まあまあ二人とも、冬コミまでは半年以上期間あるし……それにキャラデザはヒロインと主人公の親友ポジションは決まってるわけだし……」
「だーかーらーそれ意外なにも生まれてないことが問題なんじゃない!」
「あなたクリエイターを軽く見てないかしら?」
視聴覚室でゲーム製作の会議が行われていると聞いて、クラスの掃除を済ませてから向かうと安芸が豊ヶ崎学園の二大美女に責められていた。
というより二人のイメージと違いすぎて開いた口が塞がらなかった。なにしろ部屋に入ってきた俺に気がついていないくらいくらいだし。
「メインヒロインの加藤がやる気なんだ! 俺達が制作を引っ張っていかなきゃどうする……って、おっ! きたきた!」
「あの、ここであってる? それに霞ヶ丘先輩と澤村さんもゲーム作りに携わってるの?」
「ああ! 二人に紹介するよ! こちら俺と同じクラスの須藤結平、今回俺達のギャルゲーにおける主人公の親友ポジションをやってもらうことになった」
「どうも須藤です、よろしくお願いします」
「須藤も二人は知ってると思うけど裏の顔を知らないと思うから俺から紹介するよ。こちら霞ヶ丘詩羽先輩、恋するメトロノームの霞詩子先生だ」
「え、まじで? あの恋するメトロノームの?」
「そう、私の本を読んだことあるのね」
「はい、最終巻はまだ買ってないですけど安芸に勧められて読んでめっちゃ面白かったです」
「ありがとう、最終巻も是非よろしくね」
「それでこっちは澤村・スペンサー・英梨々。学校では仮面を被ってるけど重度のオタクで同人作家の柏木エリだ」
「ちょっと倫也! なんで霞ヶ丘詩羽の方が紹介が先なのよ!」
「あなた年功序列というものをご存じないのかしら? いえ、年功序列でなくても倫理君の中での順位付けでは私のほうが上だからかしら?」
「なによ、あんたなんて倫也と知り合ったのなんて高校に入ってからじゃない。こっちは昔からの幼馴染みだから」
「知り合った年月の割にはまだまだ深い仲ではないようだけれど? 私が仮に倫理君と幼馴染みだったとしたら既に許嫁くらいにはなっているはずよ」
「くぅ~ちょっと倫也! あんたどっちの味方なのよ!」
「どっちというわけではないけど……とにかく今は須藤の紹介をだな」
「ごめんね須藤君、柏木さんがキーキーうるさくて」
「あなたが私がうるさくなる原因を作ってるんだけど」
「なんていうか……二人とも本当に印象が違いすぎて……」
「須藤、これがオタク世界でいうギャップだ。ギャルゲーにおいて一見優等生に見えてその実黒い部分があり主人公だけがそれを知り、やがて二人は深い仲に……」
「あー俺そういうのはまだわからないから」
「俺が貸したギャルゲーは?」
「なんかイベント進めて先生についていったらバッドエンドになった」
「一応やってはくれたんだな」
「ちょっと倫也、オタクでもない人間をゲーム作りに誘うなんてどういうこと?」
「それはだな英梨々、メインヒロインである加藤から出された条件が須藤の加入だったからだ。それにミスター豊ヶ崎準グランプリのルックスだ、主人公の親友ポジションにピッタリだと思わないか?」
「そうね、確かに顔立ちが整ってる感じはギャルゲーにいそうよね」
「どっちかというと乙女ゲーの攻略対象って感じじゃない?」
「えーと、よくわからないけどこれは褒められているのかな?」
「ああ、あの霞詩子先生と柏木エリ先生がお前を認めたってことだな」
「とりあえずありがとうございます、ところで二人ってそんなにすごいのか?」
「すごいなんてもんじゃないよ! あの霞ヶ丘詩子と柏木エリが手を組むなんていち同人活動のみならず普通のクリエイターでもありえないことなんだ!」
「へぇ~」
「ま、まぁ倫理君が言うことも間違っていないわね」
「あんたにしては珍しく褒めるじゃない」
「珍しくだなんて、俺は本当に尊敬してるし二人の大ファンなんだ!」
「「そ、そう」」
安芸の熱に押されるような形で頬を赤らめる二人、それを見て俺はただ褒められただけでそうなっているのではないということを悟った。
加藤をヒロインとしたギャルゲー作り、そして安芸に対する霞ヶ丘先輩と澤村さんの気持ち、それらが俺の……俺達の学校生活をどう変えていくか。教室の窓から気持ちのいい風が入ってきて、まるで俺達の関係性の始まりを教えてくれたように感じた。
どうでもいい設定ですが安芸が須藤に貸したゲームはアマガミです。