月に吠える   作:光政

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14話 シグナル

「加藤、昨日お店に一緒にきた男の人は!?」

 

「ああ圭一君は従兄弟だよ」

 

「従兄弟!?」

 

 週明けの月曜日の放課後にサークル活動のために視聴覚室を訪れると澤村さんがスケッチブックを片手に加藤と向かい合って、その加藤を安芸が質問責めしているという状況だった。

 

「須藤君は去年会ったよね、圭一君」

 

「たしか医大生なんだっけ?」

 

「医大生!?」

 

「ちょうどおじさんのとこの一家が遊びにきてて、夜ご飯は二人だけになったからファミレスに行ったら安芸君のバイト先だったんだ~」

 

「へぇ~」

 

「えっなんで君たちそんな落ち着いてるの?」

 

「「へっ?」」

 

「加藤自分がなにやったかわかってるのか!?」

 

 真剣な顔で前のめり気味になった安芸に俺と加藤は気圧される。

 

「年上の従兄弟とだなんて……フラグたちまくりじゃないか……!」

 

「「フラグ?」」

 

「お決まりのパターンって意味よ、加藤さん話しててもいいけど顔はこっちに向けてちょうだい」

 

「あっごめんね澤村さん。それで何のお決まりのパターンなの?」

 

「幼い頃から親しい二人、兄は妹のことをずっと子供だと思っていて、それとは反対に兄のことを幼い頃から異性と意識する妹……。ある日兄は大きくなった妹が異性だということに気がつき燃え上がる二人! そして欲望の赴くままに──」

 

「要するに圭一君と私が恋人同士だってこと?」

 

「それ! 名前呼びも禁止!」

 

「「うわ~……」」

 

「君達はオタクというものを理解してない!」

 

「従兄弟なんだし仲良いのは当たり前なんじゃないか?」

 

「はい須藤! それ主人公の親友ポジションが一番持っちゃいけない考えです! 主人公と結ばれる予定のヒロインに従兄弟がいて君はそっちの手助けをするんですか」

 

「そんなの知らないよ」

 

「知らないよじゃないの、無条件に主人公を助けるのが親友なの」

 

「えー」

 

「えーじゃないの、ギャルゲー的には普通なの」

 

「なにその普通」

 

「とにかく! 結婚の約束とかしてないよな加藤?」

 

「従兄弟とそんなことしてたら変だよ」

 

「二次元ではそういうフラグがあるの!」

 

「「へぇ~……」」

 

「英梨々からも言ってやってくれよ」

 

「ごめん倫也、私今キャラデザで忙しいから」

 

「詩羽先輩──」

 

「倫理君、私も同様に忙しいから」

 

「か、加藤! 改めてお願いだ……。理不尽でうざくて馬鹿じゃないのこいつとか思ってるかもしれない」

 

「えっとごめん、かもしれないはいらない……」

 

「たしかに」

 

「彼とは……圭一君とはしばらく会わないでくれ。できればゲームがするまで」

 

「ごめん、さっそく今週末に六天馬モールでショッピングに付き合ってもらうことになってるんだけど……」

 

「アウトー!!」

 

「だって須藤君を誘ってもダメだって言うし、クラスの子も予定があってダメだって言ってたから」

 

「俺は? 誘われてないんだけど?」

 

「安芸君はそもそもそういうところ行かなさそうだから」

 

「……いいだろう」

 

「え?」

 

「なら代わりに俺が行く! 俺が加藤のショッピングに付き合うから!」

 

「え?」

 

 なぜそこで困ったように俺と安芸を交互に見るんだ加藤。別に俺に気を遣う必要なんてどこにもないんだぞ。

 

「うーん……わかった、圭一君に断りのメール入れておくね?」

 

「「「えっ!?」」」

 

 次は安芸と霞ヶ丘先輩と澤村さんが驚きの声をあげる。安芸は了承されると思っていなかったらしく、彼女らは意中の男子が目の前で別の女子と出かける約束をしたのだ。驚くのも無理はない。

 

「詳しくはあとで連絡するね」

 

「加藤? 本当にいいのか?」

 

「安芸君から言い出したんだし、それに──」

 

「それに?」

 

「ううん、何でもない」

 

 澤村さんは見るからにペンが乱れてるし、霞ヶ丘先輩はタイピングの音が強くなっている。それに気がつかない安芸は所謂鈍感系主人公? ってやつだなと思った。

 

「あっそうだ安芸」

 

「どうした?」

 

「今週今日しか出れないんだ、バイトとか夕飯の当番あって」

 

「わかった、元々出られる日だけって約束だからな、でもゲーム作りが佳境を迎えたら……」

 

「わかってるよ、それまではのんびりと参加させてもらうよ」

 

 不意に携帯のバイブレーションが鳴ったので確認するとメールがきていた。

 

『あとで話があるんだけど』

 

 短くそう書かれたメッセージを見て、すぐに澤村さんのほうに目をやると一度も目が合わなかった。逆にそれが怖くて、

 

『了解』

 

 と返信することしか今の俺には出来なかった。

 

 

 *

 

 

「晴れてると春とはいえ暑いな」

 

「私は誰かさんより5分も早くきてたからもっと暑いわ」

 

「時間通りに来たんだからいいだろ?」

 

 週末に俺と澤村さんは六天馬モールに来ていた、正確に言うならば俺は無理矢理に来させられていた。

 

「それにしてもあいつら見当たらないわね」

 

「まだ開店前で並んでるし見つけにくいだろ、ただでさえこの人混みなんだから」

 

「それにしてもあんたがいてくれて助かるわ、背が高いから人を見つけるのも早いでしょ」

 

「一度メールで尾行を断ったのに直接クラスに来て脅迫じみた頼み方だったから断れなかったんだよ」

 

「あらそんな頼み方したかしら?」

 

 二人が出かける週末に一緒に六天馬モールで尾行するのに手伝ってほしいと頼まれ、俺は加藤のときと同様の理由で断ったのだがあまりの押しの強さに敗北し結果ついてくることになってしまった。

 

「澤村さんはいつから安芸のこと好きなの?」

 

「な、なんのことだか?」

 

「隠さなくていいよ、気がついてるから」

 

「……気がついたら目で追っていたのよ」

 

「ふーん」

 

「そういえばさん付けいらないわよ、同い年でしょ?」

 

「わかった、じゃあ澤村で。俺のこともあんたとかでもいいし自由に呼んで」

 

「須藤って呼ぶわ。下の名前は?」

 

「結ぶに平らできっぺい」

 

「呼びにくいからやっぱり名字ね」

 

「はいよ、そういえばゲーム作りはなんか進展あった?」

 

「シナリオが完成したんだけど倫也が納得できない部分があって保留中」

 

「そうなのか」

 

「ところであんたやる気はあるの? 加藤さんに誘われたから参加してるって聞いたけど」

 

「もちろんやる気はあるし可能な限り参加するつもりだよ」

 

「そう、ならいいわ」

 

「おっ開店したみたいだな、流れが出来てきた」

 

「そんなことよりあの二人を探しなさい」

 

「せっかくだしショッピングも楽しもうぜ」

 

「第一目標は尾行なんだから」

 

「そこ言い切っちゃうのか」

 

「オタクがこんなところ好んで来るわけないじゃない」

 

「服とかどうしてるんだ?」

 

「ママが買ってきたり……あとはネットね」

 

「便利な世の中になったな」

 

「というよりあんた何も変装してないじゃない、そこらの店で何か買いなさいよ」

 

「帽子は髪崩れるし伊達メガネでもいいか?」

 

「バレなければなんだっていいわよ」

 

「はいよ」

 

 スマホでモールの案内図を開いて眼鏡店、若しくは雑貨屋を探す。

 

「ちょうどまっすぐ行って左側にあるらしいし流れに乗れば着くな」

 

「ちゃんと二人を──」

 

「大丈夫、探しながら向かうから」

 

 

 ──

 

 

 伊達眼鏡を購入した直後に安芸と加藤の二人を偶然にも発見できたのですぐに後をつけた。しかし尾行してすぐに安芸が人混みに酔ったらしく近くのカフェテーブルに突っ伏す形で休んでいた。

 それを遠くから見てる澤村は不機嫌そうな表情で呟く。

 

「なーんでせっかく一緒に出掛けてるのにあんな無表情なのかしら」

 

「澤村は無表情ではないけど俺に対しては楽しそうな表情一回も向けないね」

 

「オタクであるとか裏の顔がバレてるんだから今更でしょ。そういえば私のこと誰にも言ってないわよね?」

 

「言うなって約束だから誰にも言ってないよ」

 

「ふーん、加藤さんの言ってた通りね」

 

「加藤はなんて?」

 

「加藤さんに口止めしに行った後にあんたのところにも行こうと思ったんだけど止められたのよ。須藤君なら心配ないよって」

 

「そうなのか」

 

「ていうか加藤さんの無表情どうにかならないかしら? キャラデザの表情パターンが何一つ作れないのよ」

 

「そんな無表情か? 結構笑ったりとかするぞ」

 

「いや完全に無表情とは言わないわよ、ただ表情が豊かじゃないというか顔が作れないって言うの?」

 

「意外とわかるけどなぁ」

 

「感情の起伏がないのかしら?」

 

「起伏がないんじゃなくて小さいだけだよ。何となくわかるだろ?」

 

「最近知り合ったばかりだしわからないわよ」

 

「澤村も大変だな」

 

「人のこと心配してる場合じゃないわよ? 加藤さんほどではないけどあんたも似たようなもんなんだから」

 

 そう言われ目を反らす。眉間にシワを寄せるなどと言ったことは出来るのだがジト目だとかのあざとい表情が全く出来なかったので家での自主トレを命じられたのを思い出す。表情の自主トレってなんだよ。

 

「そういえば澤村はなんでオタクだってこと隠してるんだ?」

 

「昔にちょっとね。というより須藤や加藤さんの方が珍しいくらいよ、オタクに対して壁がなさすぎ」

 

「オタク文化は許容され始めてるってテレビでもやってたぞ?」

 

「され始めてるだけで許容され切ってないというのが現状なのよ。あんたがオタク文化に詳しくないのがいい証拠じゃない」

 

「俺だってちょっとはわかるぞ」

 

「へぇ、なら何か言ってみなさいよ」

 

「うーん……ああ、澤村って月にお仕置きするアニメキャラに似てるよな。金髪でツインテールだし」

 

「そもそも月にお仕置きじゃなくて、月にかわってお仕置きだから。セーラームーンは月に対して何の恨みがあるのよ、ていうか名前すら覚えてないじゃない」

 

「あれ?」

 

 再放送だかで妹と一緒に何となく見ていたからうろ覚えだと思ったんだがそもそも覚えてすらいなかった。

 

「あれ? 安芸が急に元気になった」

 

「……何が引き分け狙いはしたくないよ」

 

「ん? なんか言った?」

 

「何も言ってないわよ。移動したから私達も行くわよ」

 

 そう言って尾行を再開する俺達。先ほどの安芸とは打って変わってきびきびと動いていて加藤もそれについていく。

 

「なんか昼過ぎだからか人増えてきたな」

 

「そうね」

 

「ぶつかったりとかして転ばんようにな」

 

「わかってるわよ。でもありがと」

 

 なんか初めてお礼を言われたような気がした。澤村は素直じゃないだけで根はいいやつだと安芸が言っていたのを思い出す。

 しばらく加藤達の後をつけていると先ほど俺が危惧したかのように加藤がすれ違いざまに人とぶつかり倒れそうになった。慌てて支えに行こうとしたがその必要はなくなった、安芸が助けたからだ。

 

「ふーん……須藤ってそんな表情もするのね」

 

「俺今どんな顔してる?」

 

「焦ってるというか色々感情が混じったような顔ね。それより倫也のやつ良いところあるじゃない、加藤さんが転ばなくてよかったわ」

 

「……そうだな」

 

「あんたが今考えていること当てようか? なんであそこにいるのが俺じゃないんだろう、でしょ?」

 

「……どうだかな」

 

 当たらずとも遠からず、自分の気持ちだけどよくわからなかったっていうのが本当だった。

 色々と考えていると気が付いたら安芸がいなくなっていたので澤村に尋ねてみると、

 

「倫也のやつどこかに走って行っちゃったのよ」

 

「それで加藤は?」

 

「当然一人だけど。偶然を装って合流しちゃおうかしら」

 

「偶然じゃないけどな」

 

 そう言って澤村は嬉しそうに笑みを浮かべていた。考えてみたら自分の好きな相手が別の女子を置いてどこかに行ったのだ、嬉しいに決まってる。

 そんな恋する少女は見るものが目を奪われてしまうような満面の笑みで加藤に近づいていく。

 

「あれー? 加藤さんだー!」

 

「さ、澤村さん? それに須藤くん!?」

 

「こんにちは、今日はショッピング?」

 

「どうしてここにいるの?」

 

「すごい偶然ね」

 

「偶然じゃないよね?」

 

「人生って何が起こるかわからないわね」

 

「須藤君はどうして澤村さんと一緒にいるの?」

 

「何でだろうね……」

 

「あっ加藤さん、今の顔すごくいい!」

 

「どうして鞄からスケッチブックが出てくるの?」

 

「美術部員の必需品だからよ」

 

 澤村のトートバッグからスケッチブックが出てきたので思わず二度見をしてしまった。そんな彼女はそうするのが当たり前だと言わんばかりに笑顔で口を開く。

 

「二人ともいい表情してるからスケッチするから」

 

 

 *

 

 

「それで二人とも安芸君と私の後をつけてたってこと?」

 

「加藤さん、口は動かしてもいいけど動かないで」

 

「は、はい。それで須藤君はどうして私の誘いは断ったのに澤村さんと一緒にいるの?」

 

「澤村と偶然会ったんだよ、知らぬ仲じゃないから無視するのもあれだしって感じで一緒に歩いていただけ」

 

「澤村さんの呼び方変わってない?」

 

「同い年だしな、呼び捨てにすることになったんだよ。な? 澤村?」

 

「あんたもあんまり動かないで」

 

「すみません」

 

 眉間にシワを寄せることも出来なかった加藤さんがムッとした表情になったことに少し驚いた。理由はハッキリしている、須藤が私と一緒にいたからだ。

 何にせよこれはチャンスだと思った、表情の特徴をこれで掴むことができる。

 

「澤村さんとデ、デートしてたってこと?」

 

「デートではないよな?」

 

「男女が一緒に出かけることをデートと呼ぶならそうだったんじゃない?」

 

「いや違うでしょ、お互いがデートだと認識しているってのがポイントだろ」

 

「甘いわね、男女が出かければそれはもうデートなのよ。つまり倫也のアホと加藤さんは今日デートをしたのよ」

 

「私そんなつもりはなかったんだけど」

 

「あんたがそうでも私は業腹だったのよ」

 

「澤村さんは安芸君のことが好きなの?」

 

「そうは言ってないじゃない」

 

「じゃあ嫌い?」

 

「嫌いじゃないわよ」

 

「ふーん、そうなんだ」

 

「ほらあんまり動かないで、もうちょっとだから」

 

「何か飲み物でも買ってこようか? デザートでもいいけど」

 

「そうね、お願いしようかしら」

 

「何がいい? 加藤の分も買ってくるよ」

 

「いいの?」

 

「ああ、お詫びの気持ちも込めて」

 

「やっぱり偶然じゃないんじゃ……」

 

「まあまあ……それで何買ってくる?」

 

「私はイチゴのフランペチーノ」

 

「じゃあ私も同じのをお願い」

 

「了解、ちょっと待っててな」

 

「……あいつって気が利くしモテそうよね。見た目もいいし」

 

「……そうだね」

 

「単刀直入に聞くわ、加藤さん。あんたあいつのことが好きでしょ」

 

「えっ」

 

「隠さなくてもいいわよ。だってこんなムッとした表情をしてるんだから」

 

 そう言って私は今しがた完成したスケッチを見せる。

 

「こんな顔してるかなぁ」

 

「あんなに表情が固かったのが嘘みたいよ。それで……そうなんでしょ?」

 

「……うん」

 

「安心しなさい、須藤は私が無理矢理誘っただけだから。私が好きなのはアホの方よ」

 

「そっか、よかった」

 

「あっ今の表情もいいわね」

 

「もう好きにして……。澤村さんのために言っておくと──」

 

「なに?」

 

「恋の駆け引きじゃないけど、今日は須藤君に少しでも嫉妬してほしくて安芸君とショッピングしただけだから」

 

「だと思った」

 

「本当にそう思ってたなら尾行しなくてよかったよね?」

 

「だから今日のは偶然だって」

 

「さっき須藤君のことを誘ったって言ってたのに……」

 

「そんなことより加藤さんが嫉妬してほしいって言ってたけど、そういう意味なら今日のは成功よ」

 

「なにか須藤君言ってた?」

 

「直接は言ってないけど──まあ、これは教えることでもないわね」

 

「え~、そこまで言ったなら教えてよ」

 

「さあね」

 

 倫也が転びそうな加藤さんを支えたとき、確かにあいつは動揺して焦っていた。それがどういう気持ちだったのかはわからないけど……何も思っていないことはないということはハッキリと言える。

 

「それで加藤さん、一つ提案なんだけど……」

 

「なに?」

 

「同盟を結ばないかしら?」

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