月に吠える   作:光政

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15話 There will be love there

「菜緒、ちょっといいか?」

 

「どうしたのお兄ちゃん?」

 

「昔さここに行ったことないか?」

 

 そう言って俺はスマホでとある画像を見せる。

 

「うーん……行ったことないと思うよ。駅の前にこんな時計塔があったら普通覚えてるもん」

 

「そうだよなぁ……でもなんか記憶の片隅にあるんだよな」

 

「お父さんには聞いてみた?」

 

「行ったことないってさ」

 

「それだったらデジャブじゃない?」

 

「そうなのかな」

 

 

 ──

 

 

「須藤って女の子のどんな髪型が好きなの?」

 

「え?」

 

「だーかーらー女の子の好きな髪型よ」

 

「どうした藪から棒に」

 

「次の同人誌のヒロインの髪型をどうしようかと思ってね」

 

「それだったら一般人の俺じゃなくてオタクの安芸に聞いた方がいいんじゃないの」

 

「いいから、あんたの意見が聞きたいのよ」

 

「うーん……特に好きな髪型はないかな」

 

「それじゃあ意味ないじゃない」

 

「強いて言えばたまに普段と違う髪型をしてくると目で追っちゃうかも」

 

「なるほどね、あんたはギャップに弱いのね」

 

「俺じゃなくて同人誌の話じゃなかった?」

 

 そうだったかしらとはぐらかす澤村は俺と話しつつもペンを走らせ作業を進めている。

 予定がない日の放課後は視聴覚室に集まりサークル活動をするのが日課になりつつあった。俺と加藤はスクリプトだかのゲームを動かすためのプログラムの本を安芸から借りて読んでいた。

 

「初心者用って書いてあるのにずいぶんと分厚いと思わない?」

 

「私もそう思う。初心者なんだからもっと薄くわかりやすくしてほしいよね」

 

「本当にな、これからスクリプトを始める人たちを拒んでるように感じるよ」

 

「でもゲーム作りには必要らしいし覚えなきゃね」

 

「そうだな。話は変わるけど加藤って小さい頃の謎の記憶とかないか?」

 

「謎の記憶って例えば?」

 

「俺行ったことある気がする場所があるんだよ」

 

「デジャブじゃなくて?」

 

「いやデジャブじゃなくて確かに行ったことがあるって言い切れるんだよ。それで加藤は何かないか?」

 

「うーん……謎ではないんだけど小さいときの思い出で自分だけ覚えてないのに家族全員が覚えているってことはよくあるかも」

 

「物心がついていないとかじゃなくて?」

 

「それもあると思うけど小学生くらいのときのこともあるんだよね」

 

「加藤が忘れっぽいんじゃないの?」

 

「須藤君が私に対して失礼な印象を持っているってことが垣間見えたんだけど」

 

「何となく上の空なイメージはあるかな」

 

「ふーん、それで謎の記憶は謎のままにしておくの?」

 

「というと?」

 

「実際にその場所に行ってみないのってこと」

 

「あーたしかにそれいいかもな」

 

 自分が住んでいるところから少し離れた土地だったのであまりその考えは持たなかったけど、言われてみると行ってみる価値はあるなと思った。

 

「今度の休日にでも行こうかな」

 

「私も付いて行っていい?」

 

「いいけど……何にもないかもしれないぞ?」

 

「その時はその場所でショッピングか何かすればいいんじゃない?」

 

「たしかに、じゃあ今週の土曜日でいいか?」

 

「楽しみにしてるね」

 

「ちょっと待った!」

 

 霞ヶ丘先輩と少し離れた位置で作業をしていた安芸が勢いよく席を立ち言葉を発したので俺と加藤はそちらに目をやる。

 

「須藤、俺と徹夜でギャルゲーをやるって約束したじゃないか」

 

「予定がない日って話じゃなかった?」

 

「たった今予定が入ったよね? そうだよね?」

 

「いやそうだけどさ、正直忘れてたよ」

 

「忘れてた! ……ギャルゲーというクリエイター達の血と汗の結晶を共にやるという予定を忘れてた!」

 

「悪いな、今度の空いた日でも大丈夫か?」

 

「俺達のギャルゲー作りにはかかせないことだ! だから平日の今日にでも──」

 

「しょうがないじゃない倫也、須藤が次の空いた日って言ってるんだから」

 

「珍しいな英梨々、お前が誰かを庇うなんて」

 

「別に庇ってないし。それにあんたの企画でまだ煮詰まってないところがあるんだから来週までにそこを修正しなさいよ」

 

「ぐはっ」

 

 澤村にそう言われた安芸は崩れ落ちる。

 

「ごめんな安芸、この埋め合わせは必ずするから」

 

「徹夜になるから出来ればお菓子と飲み物を持ってきてくれよ……」

 

「はいはい。弁護してくれてありがとな澤村」

 

「別にあんたのためじゃないし」

 

 

 *

 

 

 今日は土曜日、須藤君と出かける日。天気もよくどこかに行くには最高の日だなと思う、風もほとんどないから髪型が崩れる心配もないし。

 昨日のうちに用意した服を着て澤村さんに聞いてもらったから髪を軽くアレンジする。とは言っても髪の長さが足りないからピンで前髪を流すくらいだけど。

 

 行った場所を散策する可能性も考慮してヒールはやめて別な靴を履いて家を出る。最近気が付いたことだけど須藤君は待ち合わせの時間通りに来る。早くても10分前で基本的には5分前か時間になる数分前、だからその時間に待ち合わせの駅に着くようにした。

 私が待ち合わせの5分前に駅に着くと須藤君が既にいたので少し驚いた。今日は早い日だったのかなと考えつつ、手鏡で前髪などを確認する。よし完璧。

 

「お待たせ、今日は早いんだね」

 

「菜緒に女の子より後に行くのはありえないという話を昨日されてな」

 

「須藤君って菜緒ちゃんに弱いもんね」

 

「言われてみたら確かにそうだよなってなったよ」

 

「どれくらい早く着いたの?」

 

「30分前」

 

 時間ちょうどの行動をする須藤君を変えるとは……菜緒ちゃん恐るべし。

 

「ごめんね、待たせちゃって」

 

「いや大丈夫だよ。色々とスマホで調べてたし、それに──」

 

「それに?」

 

「俺は待つのが平気なタイプだったらしい」

 

 

 ──

 

 

 これから行く場所は須藤君が言っていた通り、私達が住む場所から少し離れたところにある街でよく乗る列車の終点だった。

 列車に乗ると天気が良いからか乗客が多くてつり革に捕まって立つことになった。私の隣が男性にならないようにしてくれたのか、

 

「こっち側に立つと良いことがあるよ」

 

 と須藤君が言ってくれた。そういう配慮もまた彼のことを好きだなぁと思わせてくれる。

 

「目的の場所に着いたらどうするの?」

 

「とりあえず近くを散策かなぁ。あと良さげな雑貨屋とか見つけたからそこ行かない?」

 

「いいね~」

 

「小腹が空いたら喫茶店っていう選択肢もあるけど、ファストフード店もそこそこあったから安心して」

 

「抜け目ないね、さすが」

 

「そういえば加藤、今日はピン止めで前髪止めてるのな」

 

「うん、どうかな?」

 

「似合ってるよ」

 

「ありがと」

 

 短くお礼を返したけど、本当はすごい嬉しかった。

 顔が赤くなっていないか心配してると列車が止まって私の目の前で座ってた人が降車して、周りには誰も立っていなかったので座った。須藤君を見上げるとなぜか満足気な顔をしていたので尋ねてみる。

 

「なんか嬉しそうじゃない?」

 

「その位置にいたら良いことあったろ?」

 

 須藤君がそう言うので少し考えるとハッとなった。彼は私の目の前に座ってた人がすぐに降りるということをわかっていたのだ。

 

「どうして私の目の前の人が降りるってわかったの?」

 

「俺達が乗った駅で扉の上の液晶を覗いて駅名を見ていたのと定期か何かを持っているかポケットを触って確認してたから」

 

「よく気が付いたね」

 

「な? 良いことあったろ?」

 

 再度得意気に彼は言うけど、良いことが二つあったということを彼は知らないだろうなと心の中で笑った。

 

 

 ──

 

 

 他愛もない、でも私にとって特別な時間が終わって目的の駅で降りる。駅前には須藤君に見せてもらった通り時計塔があって、彼はそれを少し真剣な顔で見てから口を開いた。

 

「やっぱりここ来たことある」

 

「本当?」

 

「うん、見たら確信した。たぶん小さいときにここに来たから覚えてなかっただけかも」

 

「そうなんだ。でも思い出せてよかったね」

 

「うん。とりあえず散策しがてら色々と見て回るか」

 

「せっかくここまで来たんだしね」

 

 そう言うと私の歩幅に合わせて須藤君は歩き出す。

 

「なんか行きたいところとかある?」

 

「服屋さんって近くにある?」

 

「あったよ、まずはそこ行くか」

 

「了解」

 

「敬礼ポーズとはまたどこで学んだんだ?」

 

「自然に出ただけだから気にしないで」

 

「似合ってたしいいんじゃない? それで服ってどういう系がいいんだ?」

 

 似合ってたと言われて頬が緩みそうになるのを感じたので必死に耐えながら会話を続ける。

 

「うーん……イメージはあまりないんだけど、とりあえずこの帽子に合う系統の服でいいのがあったらって感じかな」

 

「気に入ってるんだな、その帽子」

 

 あなたがくれたものだからだよと心の中で返事をする。

 

「須藤君も何か買ったりとかしないの?」

 

「アウターで何か欲しいけどこれから夏だし……処分品とかで安くなってないかな」

 

「そういえば服はイメージを固めて買うって言ってたもんね」

 

「よく覚えてるな、でも男性って割とそういう傾向にあるらしいよ」

 

「そうなんだ」

 

「逆に女性はイメージをあまり固めない人が多い傾向だから買い物に時間がかかるって雑誌で見たな。どこまで本当かわからないけど」

 

「でも今須藤君が言った通り私も深くイメージしないかも。何かいいのないかなって感じ、それも含めてショッピングが好きだから」

 

「ふーん、なんかいいね」

 

「そうかな?」

 

「そうだよ。とか話してたら店に着いたな」

 

 駅前の大きな通りの立地がいいところに位置しているこの店は明らかに女性をターゲットにしていて、男子である須藤君が入りづらそうな店構えだった。

 

「大丈夫? 別のお店でもいいよ?」

 

「えっなんで?」

 

「だって明らかに女性向けのお店だし入りづらくない?」

 

「いや平気だけど。菜緒の荷物持ちとかでこういう店入ることあるし」

 

「なるほど……」

 

 見た目もいいから煙たがられることもないだろうしなと思った。

 

「いらっしゃいませ~」

 

 若い女性店員の明るい声が店内に響く。須藤君は本当に慣れてるらしくおどおどせずに堂々としていて、これがオタクの安芸君だったら反対の反応をするんだろうなと思ったがそもそもこういう店に入らないだろうなと考えを改める。

 

「試着とかしても全然大丈夫だから」

 

「私が大丈夫じゃないんだけど……」

 

「なんで?」

 

「なんでって……」

 

 カーテンを一枚挟んだ向こうに意中の男子がいる状況で着替えるというのはなかなか緊張する。

 

「とにかく時間は有限なんだから、お店はここだけじゃないんでしょ?」

 

「時間は有限って言い方カッコいいな」

 

 こういうところの感性は男の子だなと思った。

 結局ここでは何も買う物はなく店を後にする。駅前の大通をまた少し歩くと喫茶店がありそこで少し休もうということになった。メニューを開いて注文を頼んで会話を再開する。

 

「中学生くらいのときって喫茶店とか入りにくくなかった?」

 

「たしかに、一回入っちゃえば何ともなくなるんだけどね。あと入りにくいなと感じるのは個人経営っぽい感じの飲食店かな」

 

「女性向けのお店に入れる人はどこも入れそうだけどね」

 

「慣れの問題だよ、きっと」

 

「そうかな?」

 

「バスとかも乗りにくかったし、財布スラれそうだなって思って」

 

「それは考えすぎじゃないかな」

 

「用心深い子供だったのかも」

 

 用心深いというより人を信じられないってほうがしっくりくるなと思った。今の須藤君からはとても想像が出来ない。

 

「似たような系統じゃなくて違うのにすればよかったかな」

 

「え?」

 

 少し時間が経って注文した物が運ばれてきたときに彼はそう呟いた。

 

「加藤はチーズケーキで俺はチーズタルトだろ? お裾分けしたところで感動が薄いかなと」

 

「そんなこと気にしなくて大丈夫だよ」

 

「菜緒と来たときとかそういう風にしてるんだよね」

 

「あーんとかするの?」

 

「妹にあーんしてたら変だろ。いやでも家では一口頂戴って言ってそのままプリンとかもらうかも」

 

「仲良いよね」

 

「今年中三だしそろそら反抗期が来ないか怯えてるよ」

 

「そこまできたらもう心配する必要ないと思うよ」

 

「来る時期に個人差ありそうだし……加藤って反抗期はあった?」

 

「うーん……親に注意されてムッとするくらいだったかな。須藤君は?」

 

「なかったと記憶している」

 

「ないとは言い切らないんだ?」

 

「中学生だったし生意気な態度を取っていた可能性も0じゃないからな」

 

 その考え方は大人だねと言いそうになってやめた、雰囲気を壊してしまうと思ったから。

 

 

 ──

 

 

「最後に雑貨屋寄ってから帰るか」

 

 喫茶店を後にしてからいくつかお店を回って彼がそう言ったので時間を見ると列車に乗って私達の街に着く頃には夕飯時になるくらいだった。

 せっかく二人で出かけたのに何も進展はなかったなと自分が少し嫌になる。彼の手は握れなくても、せめて袖を掴むくらいの勇気は出ないものかな。

 

「時間が経つのはあっという間だね」

 

「時間は有限だからな」

 

「それ気に入ったの?」

 

「ちょっとね」

 

 雑貨屋に入ると遊べる本屋みたいなごちゃごちゃしている訳ではなく、綺麗に陳列がされているタイプの店だった。

 

「この木のスプーン好きかも」

 

「フォークは?」

 

「フォークも」

 

「箸は?」

 

「木製の食器類全部聞くつもり?」

 

「ごめんごめん」

 

 彼の方を見ると悪戯に笑っていて、普段の雰囲気と違うそのギャップはずるいなと思う。

 

「あれ? このプレート須藤君の部屋の入り口にあったやつと似てるね」

 

「あれ、本当だ」

 

「昔にここで買ったやつなのかもね」

 

「……」

 

「どうしたの?」

 

「加藤、それ当たってる」

 

「え?」

 

「全部は思い出せていないけどわかった」

 

 須藤君が真面目な顔になったのでこちらも少し緊張する。特に買うものもなかったので店を出ると彼は話し始める。

 

「昔出かけたときに母さんに聞いたんだ、列車に最後まで乗ってたらどうなるの? って」

 

「それで終点のこの街にきたんだ」

 

「そういうこと、たしか菜緒も俺もが相当小さい頃だったから当然覚えてないし、父さんも知らないわけだ」

 

 納得した表情のまま須藤君は話を続ける。

 

「そのときに雑貨屋で俺と菜緒のやつと2つ買って俺は自分で名前を書いたんだ」

 

 須藤君の家で見たきっぺーと書かれていたプレートを思い出す。

 

「俺が書いた下手な字を見て母さん笑ってたなぁ」

 

「自分の子供の成長が嬉しかったんじゃないかな」

 

「たぶん、いやそうだといいな」

 

「絶対そうだよ。でも謎がわかってよかったね」

 

「でもこの思い出は忘れていたくなかったな」

 

「須藤君は忘れていなかったと思うよ」

 

「どうして? ここに来るまで思い出せなかったのに」

 

「だって本当に忘れてたら思い出せないでしょ?」

 

「……そりゃそうだ。……ありがとな」

 

 ふと視界の中に文字が掠れた看板が目に入った。色が濃く印字されているところもあれば、薄くなって目を凝らさないとわからない箇所もある。

 それが人の記憶と同じに感じて、いつか今日のことも思い出せなくなるのかなと少し寂しい気持ちになった。

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