「倫也に可愛い年下のオタク友達がいたって?」
「友達っていうより師匠と弟子って感じかな? 本人もそう言ってたし」
「しかも消費する側じゃなくて自分で作る側になったと」
「そうそう。今度の夏コミ? に出展するから是非来てくれって」
「へぇ~、それで澤村も夏コミに出るから倫也の家で活動しながら執筆していると」
「私は邪魔になっちゃうと思ったから須藤君のバイト先にお邪魔しに来たんだ~」
「二人の邪魔をしないのはよくできた配慮だと思うが、俺のほうにお邪魔するのはよくないな」
「だって帰りが遅くなるって家には言ってあるから早く帰ったら変じゃない?」
「変ではない。理由を説明すればいいだけだし」
「まあまあ、ところで相変わらずここのピンクレモネードは美味しいね」
「露骨に話を逸らしたな。レモネードが美味しいのは今に始まったことではないけど」
「今日はいつもの女性の先輩はいないんだね」
「この後来るよ、俺と入れ替わる形でね」
「その前に帰らなきゃ」
「加藤って小早川さんのこと苦手だよな」
そう言って俺は苦笑いをする。去年に加藤にピンクレモネードを奢るべく来店したときに遠慮なしに小早川さんが加藤に絡み、怒涛のマシンガントークを展開していたのを思い出す。
俺の異性の友達ということで興味津々だったと本人は語っていたが明らかに反省はしていなかった。
「パーソナルスペースっていうのがないのかなって思うよ」
「誰にでもそうではないから、気に入った人に対してだけだよ」
「須藤君に対してもあんな感じの距離感なの?」
「いや全然。俺が見た中じゃ加藤にだけだよ」
「全然嬉しくないよぅ……。それよりバイトのあとって時間ある?」
「どこかに寄り道するくらいならあるよ、夕飯までには帰りたい」
「本当? それだったら駅前の本屋さんに一緒に行かない?」
「いいよ。何か欲しいものでもあるの?」
「前に須藤君が面白いって言ってた小説買おうかなって思って」
「それだったら貸すから家に来たら? お金もったいなくない?」
「え、いいの?」
「それくらい全然いいよ。バイト終わるまで待っててもらうことになるけど」
「じゃあ待ってるね、何か追加注文したほうがいいよね?」
「コーヒーのおかわりだったら100円でお得だよ」
「……コーヒー頼んでないからおかわりも何もないんだけど」
*
俺は正直夏という季節が嫌いだ。日光だけでなくコンクリートからの照り返しでムシムシとしてるし、着られる服も制限される。
一方で夏に関わる行事は好きだ。スポーツはもちろんのこと、海に行って遊ぶのは夏ならではだと思う。
ここに集まっている人達も夏は好きじゃなくてもコミックマーケットというイベントは心の底から好きなんだろうなと感じた。
「見ろよ須藤、人がごみのようだろう?」
「有名な台詞を言いたいのはわかるけど、一応お客様になる可能性があるんだよね?」
「一度言ってみたかったんだ。それより売り子の件引き受けてくれてありがとな」
「数少ない倫也の後輩の手伝いなら喜んでやるよ。加藤に聞いた話だと可愛いらしいじゃん」
「出海ちゃんは本当に良い子だよ、とてもあんな兄貴がいるなんて信じられない」
「ふーん、よくわからんけどとりあえず会ったら紹介してくれよ」
「そこは任せておけ、ていうか加藤お前本当にしゃべらないな!」
「え? 二人で話してたからいいかなーって」
「もっと自分を出してくれよ! ヒロインなんだから!」
「えーそうは言ってもね、すぐには変えられないよ」
「頼むぞ全く……」
「せんぱーい! 来てくれたんですね!」
「あの子が?」
「そう出海ちゃん」
「先輩来てくれたんですね! それでこの人が今日手伝ってくれる──」
「そう、須藤だ」
「よろしくお願いしますね! 須藤さん!」
「よろしく。何かあったら言ってね」
「はい! もしかして加藤さんって先輩じゃなくて須藤さんの彼女だったんですか?」
「「え?」」
「すみません、この間お会いしたときは勘違いしてしまって」
「いや現在進行形で勘違いしてるよ?」
「そうですよね、倫也先輩の彼女は画面の中にいますもんね……」
「無自覚で傷つける系なのかな?」
「ええっと……出海ちゃん? 私はどちらとも付き合ってないからね?」
「そうなんですか? 倫也先輩はともかく須藤さんとはお似合いだなーって思うんですよ。美男美女カップルっていうんですかね?」
「何かに触れる度に倫也が傷つけられてるな……」
心にダメージを負った倫也を励ましつつ売場に向かう。
出海ちゃんは準備はすぐに終わるので手は出さなくていいですよと言い、言葉の通りわずか数十秒で準備を終わらせてしまった。
「売場って結構狭いんだな」
「須藤、売場じゃなくてスペースだからな?」
「あっはい、すみません」
「須藤さんって先輩の弟子なんですか?」
「違う……とは言いきれないな」
「ということは私は姉弟子ってことですね」
「そういうことに……なるのかな?」
「それでは……これ! 読んでください!」
「出海ちゃんが書いた同人誌?」
「はい! 加藤さんもどーぞ!」
「ありがとう」
「二人とも自分の好きなサークル回ってきなよ、そのために俺と加藤がいるわけだし」
「えっいいんですか?」
「うん。な? 倫也」
「二人とも本当にありがとう……、それじゃあ俺達行ってくるから!」
涙を流しながらどこかに行った倫也とは対照的に出海ちゃんは頭を下げながらいなくなった。
「こうやって二人きりだと学園祭のこと思い出さない?」
「ちょうど受付で同じ感じだったな」
「よかった、私だけじゃなかった」
「もう1年近く経つんだな」
「1年ってあっという間だね」
「去年は今頃こうなってるなんて考えもしなかったよ」
「どうなってる予定だったの?」
「1年生の頃と同じで何となく時間が過ぎてって感じかな。加藤は?」
「うーん……似たような感じかな」
「二人してゲーム作りに参加するなんてびっくりだよ」
「私は何をするにも須藤君がいつも横にいる気がしてるよ?」
「……かもな。高校に入ってからずっとそうだったしな」
「……」
「何か反応してよ、俺が恥ずかしいこと言ったみたいじゃん」
「えっと、予想していなかった答えが返ってきたから」
「自分で言っといて何言ってるのさ」
「そうなんだけど……」
そう言って加藤は困ったような嬉しいような、そんな笑い方をした。
「てか出海ちゃんの本面白いな」
「もう読み終わったの?」
「うん。加藤は今どの辺り?」
「ちょうど中盤かな?」
「そこからもっと面白くなるよ」
「ネタバレはやめてね?」
「倫也じゃないからそんなことしないよ」
「すみません、これ読んでも大丈夫ですか?」
「あっいらっしゃいませ。大丈夫ですよ、こちらがサンプルになります」
「──これお兄さんが書いたんですか?」
「俺ではないですね」
「では隣の彼女さんが?」
「いえ違いますね、ついでに彼女でもないです。書いた本人なんですけどちょうど席を外してるんですよ」
「そうなんですか、感想を伝えたかったんですけど……」
「よかったらお伝えしますよ」
「本当ですか? すごい面白かったって伝えてもらっていいですか?」
「わかりました、間違いなく伝えておきます」
「ありがとうございます。……あっ1部いいですか?」
感想を伝えることを考え過ぎていたらしく思い出したかのように女性客は言った。
たしかに出海ちゃんの本を読んだ感想としては今のような反応になるのは当然だなと思った。それくらい惹かれるというか……買いたいと思わせられる本だった。
「あれ英梨々じゃない?」
今まで黙っていた加藤が突然口を開いたので俺は少し体がびくっとなった。
「どれ?」
「ほらあれ」
「あっ本当だ」
「あっこっちに気がついたね」
こちらに気がついた澤村はずんずんとこちらに近づいてくる。
「倫也は? それに……出海さんもいないようだけど」
「買い物に行ってるよ、俺達は売り子」
「ふーん、いいように使われてるわね」
「普段あまり手伝えてないしいいんだよ。それと加藤は俺に付き合ってくれてるだけ」
「英梨々も来たんだね」
「ええ、出海さんがリトラプ本を書いたって聞いたからね」
「へぇ~これリトラプってやつなんだ。めっちゃ面白かったよ」
「あんた知らないで読んでたの?」
「えっうん」
「ごめん英梨々、私も」
「全く……リトラプは名作なんだからしっかりやっておきなさいよ」
「でも英梨々、この間安芸君の家でやろうとしたときに二人きりにしたからできなかったんだよ?」
「その件は……ありがと」
「でも知らなくてもこの本めっちゃ面白かったぞ」
「たしかに。前半も面白いけど後半はもっとすごいよね」
「……読ませてもらっていいかしら?」
「どうぞ。てか俺も買っておくか」
「あっ私も」
読んでいる最中澤村はずっと無言だった。一言も発さず、でも捲る手だけは止まらなくて。かと思えば前のページに戻って、それを繰り返していた。
読み終わったあとに澤村は小さく呟いた。その言葉は聞き取れなかったけど俺に対して言った言葉ではないことは確かだったので聞き返すことはなかった。
「……1部いいかしら」
「あっうん。面白かったろ?」
「そうね。……怖いくらい」
澤村はそう言うと帰っていった。加藤が手を振るとそれに応えて振り返していたけど力がないように見えた。
「英梨々大丈夫かな? 何か急に元気がなくなったように見えたけど」
「……澤村は同業者だからな、俺達には感じられないことを感じたんじゃない?」
「そっかぁ」
「すみませーん、見てもいいですか?」
「どうぞー」
リトラプとやらは女性人気が高いらしく来る客は皆女性だった。昔のゲームだというのに俺達くらいの年齢層が多いように感じる。
「……須藤君?」
「……え?」
「私だよ、覚えてない?」
「須藤君知り合い?」
「えっと……誰?」
「姫野葵だよ」
「姫野……?」
比喩でも何でもなく頭が真っ白になった。
「本当に……?」
「うん、小学5年生のときに初めて同じクラスになったでしょ?」
それは当事者にしかわからないことで、目の前にいる人物が姫野であることに間違いはなかった。だけど言葉がうまく出せなくて。
そんな俺の様子を見て姫野は困ったように笑ったあとにバッグの中からメモのようなものを取り出してペンで書き込んで俺にその紙を渡してきた。
「突然でビックリしただろうし、また日を改めて会おうよ。これ私の今の連絡先だから」
「あっ、うん」
「それじゃあ。……あっこれ1部いいですか?」
そこから先のことはよく覚えていない。
加藤が何か話しかけてきても上の空で、出海ちゃんの本がどれくらい売れたのかも覚えていない。
ただ一つだけ、姫野の声が、姿が。頭から離れなくて。
──それだけがどうしても離れなくて。