「結平、チケットとかは取ったのか?」
「うん。夜には着くよ」
コミケが終わりお盆の墓参りのために実家に帰省する予定だったけど姫野に会うために俺だけ遅れて行く運びとなった。
「鍵ちゃんと閉めて出ろよ」
「はいよ」
家を先に出る父さんと菜緒を見送ってから自分の準備を始める。実家に戻った際の着替えと列車の乗車券、そして姫野に出せなかった手紙。
鞄を持って外に出ると気分があまり乗らず引き返しそうになってしまう。それは夏の蒸し暑さのせいなのか、それとも──。
──
「お待たせ~」
「いやそんなに待ってないから大丈夫だよ」
「そこは今来たとこだよって言うところじゃない?」
「金の斧と銀の斧がもらえる側の人間だからな」
「ふふっなるほどね」
当時ロングだった髪はセミロングになっているが、笑った顔は変わらないなと思った。
「どう? 髪切ったんだ」
「いいと思うよ、似合ってる」
「おっ素直に褒めるなんて女の子慣れしてるね」
「妹いるからな、多少は」
「そうだったんだ。知らなかった」
「お互い知らないことの1つや2つあるだろ。今日はどうするか何も考えてないんだけど……喫茶店とか入る?」
「うーん……あっ! 小学校の近くにあった駄菓子屋さんってまだあるかな?」
「あるけどお盆だからやってるかどうか……」
「じゃあそこに行こう、やってなくてもそこは思い出の場所だから見たいんだ」
「了解、駄菓子屋でなにかあったの?」
「忘れたの? 水飴を食べたことがないって言ったら須藤君帰り道に連れてってくれたじゃない」
「あーあったかもな、そんなことよく覚えてるな」
「忘れたことなんてないよ」
「……そっか。こっちに帰ってきてるのは墓参り? 」
「そうだよ、午前中の内に済ませてきたんだ」
自分でも驚くくらい自然に姫野と話せてるなと思い、勝手に壁を作っていただけでそんなものはなかったんだなと考えを改めた。
──いや、姫野が変わったからかもしれない。当時の一歩後ろに下がっているような印象が全くなくなっていた。
「あっ閉まってる」
「お盆だしね」
「そうだよね、残念」
「次はどこに行きたい?」
「うーんと……遊園地!」
「そんなものはこの街には……いやあるな、遊園地ってほどではないけど。お化け屋敷とか観覧車が駅にある」
「じゃあそこで決定ね。今日は何時まで大丈夫なの?」
「18時過ぎの列車で実家に帰省するから、それまでは大丈夫だよ」
「私も同じくらいだ」
「そっか、じゃあそこに行く前に須藤君の友達も誘おうよ」
「俺の? 今連絡して誰か来るかな?」
「すぐ近くにいるよ?」
「どういうこと?」
「私達の後ろをずっとついてきてた2人のこと」
「えっ」
後ろを振り向くと少し離れた場所におそらく澤村と加藤の2人がいた。
「よく気がついたな」
「あれだけ可愛い子2人が後ろにいたら嫌でも気がつくよ。それに片方の子は昨日のコミケで会った子だし……逆に須藤君は何で気がつかなかったの?」
「それは──」
姫野が横にいるからとは言えなかった。それを言ってしまうと自分の中に大きなしこりが残りそうで。
*
「みんなでゲームを作ってるってすごい!」
俺達の話を聞いた姫野は目を子供のように光らせてそう言った。
「ところで学校での須藤君ってどんな感じなの?」
「普通だよ」
「須藤君じゃなくて加藤さん達に聞いたの~」
「うーん……楽しそうな感じかな? クラスの皆とも仲いいし」
「そうね、須藤のことを悪く言うやつはいないわね」
「へぇ~」
「どうして聞いた私じゃなくて須藤君が反応するのさ」
「いや客観的な評価ってなかなか聞かないから」
「そっか、でも昔と変わらず楽しくやってて安心したよ」
「姫野さんから見た当時の須藤君ってどんな感じだったの?」
「おっ加藤さん気になる?」
「……少しだけ」
「そうだね……クラスの中心だったかな。須藤君が右って言ったら皆それについて行くって感じだね」
「そうなんだ」
「今はそんなことないけどな」
「そうなの?」
「うん、大人になったってことだよ」
「身長もかなり高くなったよね」
「いやそういうことでは……ま、いいか」
「二人は牛乳苦手?」
「いや私は苦手ではないけど……、英梨々は?」
「私も普通かな」
「もし苦手だったら須藤君に飲んでもらうといいよ──って言っても高校は給食ないか」
「そういえば姫野から牛乳もらってたな」
「私のところでも牛乳苦手な子が他の人にあげてたな」
「でしょ? 私はあげてたというより飲まないならちょうだいって須藤君から言われたけどね」
「姫野の苦手なおかずも食べてたよな」
「高野豆腐とかね」
「今は食べれるのか?」
「もちろん! 須藤君こそ生の玉ねぎ食べれるようになった?」
「無理」
「無理って諦めたらそこで試合終了だよ?」
「俺が昔貸した漫画の名言を引用するな、無理なものは無理」
ていうか澤村、基本的にずっと無言なのに漫画の言葉に体が反応したの俺は見てたぞ。
「今から行くところってジェットコースターあるよね?」
「「え?」」
「え?」
「須藤、あんたどういう説明したの?」
「遊園地的なのって」
「遊園地的ではあってもあそこは遊園地ではないでしょ」
「観覧車とお化け屋敷あるじゃん」
「そもそもあれ同じ施設じゃないから、別々なのよ」
「まじで?」
「ということは……」
「ごめんね姫野さん、ジェットコースターとかはないんだ」
「全部須藤が悪いのよ、恵が謝る必要はないわ」
「今からでも目的地変える?」
「ううん大丈夫だよ。観覧車にも乗りたかったしお化け屋敷にも興味あるし」
「本当にいいの? 須藤に気を遣わなくていいのよ?」
「大丈夫だよ、それに色々回りすぎたら列車に遅れちゃうからね」
「この後予定があるの?」
「ううん、須藤君が実家に帰るから。ね?」
「そうなの?」
「お盆だし帰るよ。お墓参りは明日だけど」
「何時の列車なの?」
「18時過ぎ」
「あまり時間ないね」
時計に目をやると加藤が言った通り残された時間は少なかった。
「駅のすぐ横に観覧車があるって都会だね」
「姫野さんが今住んでるのはどんなところなの?」
「田舎だけど良いところだよ、緑が豊かで。バスとかの時間があまりないのは不便だけどね」
「そうなんだ」
「どうする恵、私達も観覧車に乗る?」
「うーん……」
「せっかくだし乗ったら? 自分が住んでいる街を高いところから見るってあまりないし」
「そうだね、せっかくだし乗るかな」
「悪い、姫野と2人で乗らせてもらっていいか?」
「え、うん……それはもちろんいいけど」
「姫野もいいか?」
「うん」
姫野はまるでこうなることがわかっているかのような顔をしていた。優しいような、懐かしいような、昔に見慣れた表情をしていた。
──
「ごめんな、勝手に2人でなんて言って」
「大丈夫だよ。須藤君が言わなかったら私が言ってたと思うから」
「そっか」
窓から外を見るとまだ上がり始めたばかりで景色はまだまだ見えなかった。
──小さい頃の俺には観覧車が何のためにあるのかわからなかった。のろくてただ高いだけとしか思えず、ジェットコースターなどの乗り物にしか目がいかなった。
「須藤君、修学旅行のこと覚えてる?」
「覚えてるよ。たしか2日目の最終日に遊園地に行ったよな」
「そのときに須藤君が観覧車を見てこれは外から眺めるものだって言ってたんだよね。まさか二人でこうやって乗ることになるなんてね」
その話は俺も覚えている。乗りたいと言うでもなく観覧車をずっと見ていた姫野に言った言葉だった。
今ならわかるような気がした。この観覧車という乗り物は大切な話をするときにゆっくりと空を横切っていくためにあるんだ。
「あのさ……」
「なに?」
「……ずっと謝りたかったんだ。卒業式の前日に無理して走らせて、卒業式に出席できなくなっちゃって。本当にごめん」
「そんなこと気にしてなくていいのに。それにあのとき病院で謝ってたでしょ?」
「あれだけじゃ足りないと思った。俺のせいで転校までしたし……」
「それは違うよ」
「え?」
「中学校に上がる前に引っ越すことは決まってたの。それにあのとき発作が起きたのは確かに走ったことが引き金になったけど、ずっと体をだましてたからいつかは起こることだったの」
「いや、でも──」
「だから須藤君は何も悪くないの」
本人にそう言われて二の句が継げなかった俺は外の景色に目をやる。姫野も同じように外を見ていた。
もしかしたら彼女も同じなのかもしれない。何を言えばいいのかわからないのは。
「これ」
「手紙?」
「うん。何回かやり取りをして勝手に私がやめちゃったでしょ? そのときに最後に書いた手紙」
「実は俺もあるんだ、出せなかった手紙」
互いに交換して手紙を開き無言の時間が流れる。
手紙には俺を縛りつけていて、それで前に進めず悪い影響を与えているのかもしれないから連絡を取るのはやめようといった内容が書かれていた。
それは水かなにかで滲んだ、あのとき病室で見たときと同じ震えた文字で書かれていた。それとは対照的に後から付け加えられていたPSの内容は綺麗な字で書かれていて、その一言を見て俺は小さくため息をついた。
「須藤君、変わったよね」
「そうだな」
「それって私のせいだよね」
「……姫野も変わったよ」
姫野の言葉に俺は違うと言えなかった。変わろうと思ったのはあのときからだったから。
「やっぱり私達離れて正解だったのかもね」
「どうだろう、そればっかりはわからないな」
「今日はね、気持ちに区切りをつけたくて須藤君と会ったんだ」
「俺もだよ」
「私は大丈夫だけど、須藤君はどう?」
「俺も……たぶん大丈夫だ」
「須藤君は好きな人はいる?」
何の脈絡もなく発せられた言葉に俺は反射的にいないよと答えた。
「そっか。私も今はいないんだ」
「へぇ」
「人を好きになるってどういうことだと思う?」
「……わからん」
「私はふとした瞬間に思い出したり何気ない一言が胸に残ったり……その人との会話や思い出が蓄積していって好きだということに気が付くんだと思ってる。一目惚れももちろんあるけどね」
「……」
「つまりその人に対して友達以上を求めちゃうんだよ、だって友達だったらずっと一緒にいられるでしょ? 人を好きになったら友達の関係じゃ足りないんだよ」
「そっか。……うん、そうだな」
「私にとってのそういう人は須藤君だったよ」
「俺も姫野だったよ」
「色々あったけど私は須藤君と友達でいたいんだ。……ダメかな?」
「ダメなわけないだろ」
俺がそう言って笑うと姫野も優しく笑った。泣いた子供をあやすような優しい顔だった。
「あーあ、頂上の景色見逃しちゃった」
「もう一周してきたらどうだ?」
「一緒に回ってくれないの?」
「列車の時間が近いからな。それと昨日はあまり話せなくてごめんな、突然のことで何も言葉が出てこなかったんだ」
「大丈夫だよ。……そうだ、見せたいことがあるんだった」
「なに?」
観覧車から降りると少し開けた場所に移動して姫野はここで待っててと言って20メートルほど離れたところに行く。
「見てて!」
そう言うと姫野は俺のところまで走った。
「どう? かなり良くなったんだよ!」
無邪気に笑う姫野を見て視界が滲んでいった。あのときと同じように涙が流れるのを止められなかった。
薄々気がついていた。今日は姫野と結構な距離を歩いたけど、その間一度も休憩を取らなかったから。ひょっとしたら姫野の体はかなり良くなってるんじゃないかって。
でもそれは考えないようにしていた。自分の過ちを正当化してしまうように思えたから。
「姫野……よかったな……」
そう言うのが精一杯だった。
いつだったか、菜緒は俺に実らなかった恋に意味はあるのかと聞いた。
今ならわかる、意味はある。時間が流れて思い出になってしまったとしても俺と姫野が過ごした日々は甘く切ない痛みとなって胸の中にあり続ける。
「姫野、俺は君を好きでよかったよ」
*
『須藤君へ
梅雨も終わりこれから始まる夏を庭に咲いた花が教えてくれました。
須藤君は元気に過ごしていますか? ずっと続いていた雨に気が滅入ったりしていませんか?
私は時々学校を休むけど徐々に体が良くなっているような感覚があります。こちらの空気は私の体に合っているようです。
最近思うことがあります。私の存在が須藤君の重荷になっているのではないかと。私のせいで前を向くことをためらってしまってるんじゃないかと。
あなたがくれた手紙は大人しい印象で、だけどそれを悟らせないように空元気を装っているように感じます。
月に何度かの手紙が楽しみだったけど、今はそれを見ると胸が痛くなってしまいます。
だから一度、手紙でのやり取りをやめませんか?
私のためでなく、あなたのために。きっと優しいあなたは手紙を書くときに自分の嫌なところばかりを思い浮かべてしまっていると思います。
私に魔法が使えたなら直接会いたいです。
どうかこの手紙があなたを明日に運んでくれますように。
PS.ずっと好きでした』