月に吠える   作:光政

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2話 足跡

 夏休みを翌日に控えた私達は体育館に集められて校長先生の話を聞いていた。

 小学校、中学校の頃から代わり映えのしないこの話は高校に入って何か変わるだろうかと少しは考えていたけど、話の題材が大人に近づいたくらいであまり変わらなかった。

 こんなこと言ったら毎回話をしてくれている校長先生に失礼なんだけどね。でも偉人の格言であったり、それに基づいた自身の体験談といった感じで似たり寄ったりになる先生側にも問題があるんじゃないかなと思ったりもする。 

 

 須藤君は校長先生の話に対してどんなことを思っているのか聞いてみようかなと私よりも後ろに並んでるクラスメートのことを考えながら終業式を過ごしていた。

 

 

 *

 

 

「恵~、ちょっといい?」 

 

「どうしたの友ちゃん」 

 

 終業式後の休み時間に同じクラスの友達が話しかけてきたので、鞄を整理していた手を止めてその子の方へ顔を向ける。

 

「夏休みにクラスで海に行く予定立ててるんだけど恵も行かない? 部活の人にも聞かなきゃだから詳しくはまだ決まってないんだけど」

 

「いいね~、行こうかな~」

 

「よしよし恵も来るってことで……、それでさ……」

 

 そう言うと友ちゃんは小声になりつつ顔を近づけてきた。何か聞かれたくないことがあるのかと私は耳を差し出す。

 

「須藤君なんだけど恵から誘ってくれない?」

 

「えっ私? 友ちゃんは誘わないの?」

 

「女子の中で一番仲いいの恵だし、それに恵が誘った方が来てくれそうだし」 

 

 須藤君なら予定さえ空いていれば誰が誘っても来てくれると思うんだけどと当の本人を横目で見る。せわしなくペンを走らせながら前に座ってる男子と話をしているので何をしているんだろうとじっと見ていると友ちゃんから話しかけられ、またそちらを向き直す。

 

「それでいいかな? 誘ってもらって」

 

「うん、大丈夫だよ」 

 

 私がそう答えるとありがとうと笑顔で離れていく。水着を買いに行かないといけないということと夏休みの宿題は何から終わらせようかなということを考えていると予鈴がなり、両手に大量のプリントを持った担任の先生が教室に慌ただしく入ってきた。

 

 

 *

 

 

「海? クラスで?」

 

「そう、まだ詳しい日にちは決まってないらしいんだけど」

 

「了解、予定が空いてたら行くよ」

 

 この場にはいない友ちゃんにほらねと心の中で思う。

 

「水着買いに行かないとなー、さすがに中学のときのやつは入るかわからないし」

 

「私も買いに行かないといけないから一緒に行かない?」

 

「そこは恥じらいを持とうよ、女子として。そうでなくても俺が恥ずかしいわ」

 

「え~? でも海に行ったら必然的に見ることになるんだしよくない?」

 

「……ようわからんな」 

 

 そう言って須藤君は微妙な顔をしていた。多少は恥ずかしい気持ちもあるけど、さすがに私だって人は選ぶよと言ってあげたい。 

 

「そう言えば休み時間にすごい勢いで何か書いていたけど何してたの?」

 

「ああ、あれは英語の単語の書き取りの宿題を終わらせてた。一番面倒くさそうだったし」

 

「でも単語系の宿題って休み明けにテストがあるから夏休み終了間際に終わらせた方がよかったんじゃない?」

 

「あー……いや、それでも面倒くさいっていうほうが勝つかな」 

 

「ちょっと今葛藤があったよね」

 

「真面目で通ってるわけじゃないし別にいいかなって」

 

「たしか上の下くらいだから良い方なんじゃないかな?」

 

「それに関しては妹に不出来って思われたくないから人並みには勉強するようにしているからだな」

 

「思ったんだけど須藤君ってシスコン? 結構妹さんのこと好きだよね」

 

「断じて違う」

 

「そうかなぁ? 何だか怪しい気がする」

 

「仮にシスコンだとしてもそれは家族を大切に思っている須藤家の長男として素晴らしい側面を持ち合わせているだけに過ぎないから」

 

「家族だし嫌いってことはないだろうね」

 

「俺の言葉をほとんどスルーしやがった……。まあ、でも父さんも俺も菜緒には確かに甘いよ」

 

「お父さんは甘いってことはお母さんは厳しいってこと?」

 

「あー、いや、うち母親は俺が幼稚園くらいの時に亡くなってるから」

 

「……ごめん」

 

「ほんと気にしないで、あんまり覚えてないって言ったら嘘になるけど、うちは楽しくやってるし。ほとんど引きずっていないから」

 

 そうは言っても少し不用意に踏み込みすぎたのではないかと私が言葉を繋げないでいると須藤君は良い考えが浮かんだような様子で話し始めた。

 

「男二人で妹の面倒見ているからさ、女の子の立場がわからなかったりするときが結構あるんだよ。そのときは加藤に頼るかもしれないから―」

 

「……つまり?」

 

「―そのときは妹の話を聞いてあげてよ。俺らに話しづらいことでも同性の加藤になら話しやすいかもだし」

 

「……そうだね、うん、わたしでよかったらだけど」

 

 それから須藤君は妹さんの……菜緒ちゃんの話を続けた。キャッチボールの相手を頼んでボールを頭にぶつけて泣かせてしまったこと。修学旅行のお土産を買い忘れたため近くの公園で四つ葉のクローバーを見つけて押し花のしおりを作って旅行のお土産としてプレゼントしたことだとか、私が気落ちしているのを慰めるかのように色々な話をしてくれた。そんな須藤君はきっと家でも良いお兄さんなんだろうなって思った。

 

 

 *

 

 

 夏休みを迎えて数日を迎えた私は海に向けて水着を買いにショッピングモールを訪れていた。須藤君は恥ずかしいから無理と断られ、友達を誘うも予定があるらしく断られてしまった。

 そういえば自分だけで買い物に来たのはいつぶりだろうかと思い出すがどうにも思い出せず諦めた。

 

「水着売ってるのはどこだったかな?」

 

 誰に言うでもなく小さく呟きながらモール内の案内図を見る。

 どうやら3階にあるらしいのでそこを最終目的地としてまずは別の店を見て回ろうかなと考える。早いところでは夏真っ盛りのこの時期に秋物を並べ始めてる店もあり、どんな服を着ようかなどまだ来ぬ季節に思いを馳せる。

 

 ウィンドウショッピングを一通り楽しみ、いざ目的地の水着売り場へ。体型をカバーするタイプや盛れるタイプなどニーズに対応して多くの物が取り揃えられている。

 肌を多く露出するものは避けつつ可愛さを両立している自分のイメージに合うものがあるか隈無く探す。店員さんに今年の流行りを聞いてなるほどとイメージを修正。程なくして良い感じの水着が見つかったので試着してみることにした。

 

 なんとなくあざとい感じがしたけど、これ以上の物を望んだらそれこそ店を何軒も回らなきゃいけなくなるので今年はこれでいこうと決めた。

 まだまだ発展途上の自分の体に期待を寄せつつ会計を済ませた。

 

 

 *

 

 

 良い買い物をしたな~なんて考えながらエスカレーターで下っているときに地面とにらめっこをしている小学校低学年くらいの女の子が目に入った。一人だったので親とはぐれたのだろうかと心配になったので声をかけることにした。

 

「もしもーし、そこに何かあるのかな?」 

 

「あっ、えっとね、ビー玉をさがしてて……」

 

「ビー玉?」 

 

「うん、おかあさんにかってもらったものでチカのたからものなの」

 

 どうやら女の子の名前はチカちゃんというらしい。

 このショッピングモールの近くに住んでいておつかいを頼まれたため一人で買い物に来たとのことだった。まだ幼いチカちゃんは宝物のビー玉に勇気をもらいつつお母さんの期待に応えようと頑張っていたということを聞いて微笑ましく思った。でもそんな宝物が手元から無くなってしまったのだから一大事だ。

 

「一人で偉いね。お姉ちゃんもチカちゃんのビー玉を探すの手伝うよ」

 

「ほんと!? ありがとおねえちゃん!」

 

 それからチカちゃんと手を繋ぎながら探し始めた。ビー玉が転がっているだろうと思ったのでチカちゃんが買い物した範囲より少しだけ広く、ベンチの下とかモールの案内板の根本にないかなと思い付くだけ探したがどうにも見つからず、チカちゃんが心細く感じ始めたかなと思ったところで女性の店員さんが話しかけてきた。 

 

「あのー、何か落とし物でしょうか?」

 

「えっと、ピンク色のビー玉を探してます」

 

「よろしければ落とし物帳を確認してきましょうか? 別のお客様がお届けしてくれているかもしれないので」

 

「本当ですか? お願いします」

 

 そういうとポニーテールの店員さんは小走りに裏手の方に行った。チカちゃんにどういうこと? と聞かれたので誰かがビー玉を届けてくれているかもと私が教えると、本当! と笑顔になったので何とか届けられていてほしいなと思った。

 近くのベンチに腰を掛けて待っていたところ数分もしない内に店員さんがバインダーと袋を持って戻ってきた。 

 

「もしかしてこちらでしょうか?」

 

「それ! チカの!」

 

 そう言って袋に入ったビー玉を受けとるチカちゃんを見て思わず笑みが溢れた。

 

「よかった、30分ほど前に別のお客様が届けていたみたいです」

 

「よかったね、チカちゃん」

 

「うん!」

 

「拾ってくれた方の連絡先等あるのですがこちらからご連絡しておきますか?」

 

「あっはい、お願いします」 

 

 プライバシーの観点から個人情報とかは教えないんだなと変なことに感心しながらバインダーに目を落とすと拾った人の名前が見えて思わず目を見開いてしまった。そこには自分がよく知る人物の名前が見慣れた筆跡で書かれていたから。

 

 

 *

 

 

 チカちゃんと店の前で別れてから私は考えていた。

 広い店内の床にポツンと1つだけ落ちているビー玉が目に入ったところで、私なら落とし物だと思ったかな。

 でも須藤君は実際にそれを拾って届けている。

 うーむと考えながら歩くけど答えは出なかった。その代わりに須藤君が普段何を考えて生活をしているのか、そればっかりが気になってしまった。 

 

「あっ」

 

 それと同時に私との買い物を断ったのに同じ場所に来ていたということにも気が付いた。

 今の私にできるのは彼のことを知ること、それと彼を問い詰めて少しだけ困らせること。その二つだった。

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