いつもより文字数は多めになっています。
私と英梨々が観覧車から降りると姫野さんだけが待っていて須藤君はどこだろうと無意識に探してしまう。
「須藤君なら列車の時間があるから先に帰ったよ」
「そうなんだ」
何となく心がモヤモヤしていたので少しでもいいから彼と話をしたかったので残念だなと思う。
「加藤さんって須藤君のことが好きだよね?」
「……うん」
「やっぱり、何となくそう思ってた」
「姫野さんは?」
「ううん私は違うよ。そんな私が言うのは何だけど須藤君のことよろしくね」
「……わかったよ」
「私はもう一度観覧車に乗ってくるから。それじゃあね、澤村さんに加藤さん。──あっ」
「どうしたの?」
「駅のホームに向かえばまだ間に合うかも」
「え?」
「須藤君、まだ列車の時間じゃないから」
姫野さんがそう言うと自然と脚が動いていた。去り際に彼女が何か言っていたけど耳には入らなかった。
改札を過ぎて須藤君との会話で一度耳にしたことがある方面のホームに行くと列車を待つ彼がいた。
「須藤君……!」
「どうした加藤、珍しく息なんて切らして」
そう言って心配してくる彼は涙目で、姫野さんと何かあったんだろうなと胸がまたざわついた。
「えーと……ごめん、私も何で来たのかよくわからないや」
「何だそれ」
「……そうだ、別れの挨拶を言ってなかったから」
「あー……先に帰ってごめんな」
「ううん気にしないで、列車の時間もあるし仕方ないよ」
「まあ……帰ったのはそれだけじゃなかったんだけどな」
「姫野さんだよね?」
「──走れるようになってたんだよ、それで感極まっちゃてさ。気恥ずかしくなっちゃって帰っちゃったよ」
「そっか。でも何となくスッキリした顔してる」
「憑き物が落ちたって言ったらあいつに失礼だけど、わだかまりはなくなったよ」
「よかったね」
「ああ」
満足気な顔を見て胸を撫で下ろす。
「それじゃあ俺は行くから、気を付けて帰ってな」
「菜緒ちゃんによろしくね」
「うん」
彼が小さく手を振って、私もそれに応えるように手を振り返す。
少し歩いて車内の出入り口にいる彼を振り向いてと見ると優しい顔でまだこちらを見ていて再度小さく手を振ってきた。
──そんな彼を突然愛しく感じて、勝手に体が動いた。
「わっ」
驚いた彼が走った私を受け止める。
その瞬間私が知らない場所に行く列車のドアが閉まった。
──
「チョコ食べる?」
隣に座っている須藤君は何もなかったかのような表情で鞄から取り出したチョコを差し出してきた。
私が列車に乗り込んだときは驚いた表情から少し困ったように笑って、
「とりあえず車掌さんに事情を説明するか」
と短く言った。
車掌さんに説明している流れで彼の実家に行く運びとなり、お金は須藤君が出すと言って聞いてくれず何か別の形で返そうと思った。
「本当にごめんね、色々と慌ただしくしちゃって」
「気にするなよ。最終的に家に行くことになったのは俺が言い出したことだし」
「今から行くのはお母さんの方の実家なんだよね?」
「そうだよ、父方のほうに行くのは年末年始とかかな」
「そうなんだ」
「加藤の家では帰省とかないのか?」
「うん、そういう類いのはないかな」
「そっか、それはいいな」
「可愛がってもらえたりおこづかいもらえたりとか良いことばかりじゃないの?」
「今でこそ大丈夫だけど昔は車酔いがひどくて憂鬱だったよ」
「あー須藤君が車酔いしてたってのは何となくわかるかも」
「なんで? 雰囲気?」
「運動できる人って車酔いする人多い感じするんだよね、今までの経験的に」
「なんとなくわかるけど肯定したら自分運動できますって言ってるようなもんだな」
「実際できるでしょ?」
「まあね。ところで喉とか渇いてない? 紅茶でよかったらまだ開けてないの持ってるけど」
「飲み物は持ってるから大丈夫だよ、ありがと」
「そっか、よかった」
「これから須藤君のお父さんに会うんだよね?」
「じいちゃんとばあちゃんもね。緊張することないよ、みんな気難しいタイプじゃないし優しいよ」
「そうは言ってもね……」
「まず帰ったら俺は怒られるだろうね。よその女の子をこんな時間まで連れ歩くなんてってな感じで」
「私本当に行っても大丈夫なのかな? 今からでも引き返す?」
「大丈夫だよ、声を荒げたりとかはしないし」
「はしたない女の子って思われないかな?」
「いやそうは思われないでしょ」
第一印象は覆りにくいから最初が肝心と雑誌で読んだのを思い出して焦りだしてきた。
「でも親御さんが心配してるよとかは言われるかもね」
「えー全然大丈夫じゃないよ」
「菜緒に根回ししてもらってるし平気平気」
「本当かなぁ」
──
須藤君の実家に着くと玄関で事前に言っていた通りこんな時間まで異性を連れ回してと彼は叱られた。私も同様に親御さんが心配してるということで注意を受けた。
以前に写真で見たよりも須藤君のお父さんはずっと若く見えて彼に良く似ているなと思ったのは内緒だ。
「加藤さんだったね、今から車で送っていくけど大丈夫かな」
「いやいやこんな時間から送ってったら向こうに着くのなんて日を跨ぐし加藤の家の人にも迷惑じゃん」
「結平、親が子をどれだけ気にかけているかってのはわからないだろう。ましてや加藤さんは女の子だぞ? 男の子よりはるかに心配するに決まってるだろう。俺だってお前に対する心配より菜緒のほうが大きい」
「嘘も方便って言うじゃん。既に友達の家に泊まるってのは言ってあるし送ったら加藤が嘘をついたってのが露見するでしょ。ていうか最後のは別に言う必要ないよね?」
「加藤さんに嘘をつかせたのか」
「嘘じゃないよ、俺と加藤は友達だし」
「友達の前に異性のってのがつくだろう」
「じゃあ俺の友達としてではなくて菜緒の友達として泊めれば問題ないわけだ」
「そういう問題じゃないだろう、そもそも──」
「まあまあ二人とも落ち着いて」
「お義母さん……」
「二人がそんなに話すものですから加藤さんが困ってますよ。玄関にずっといるのも何ですからお上がりになられたら?」
「そうですね。ごめんね加藤さん、年甲斐もなく熱くなってしまって」
「い、いえこちらこそ急に訪ねてしまって申し訳ないです」
「いいのよ気にしないで、菜緒以外の女の子が来てくれて私も嬉しいんだから」
「ところで菜緒は?」
「ちょうど今お風呂よ。加藤さんもこの後入ってきたらどうかしら? 冷えたでしょう?」
「あ、ありがとうございます」
洗面所で手洗いなどを済ませた後に居間に通されると、
「煮物は平気?」
と聞かれたので好きですと答えると待っててねと言われた。
須藤君と彼のお父さんは言い合いをすることなく何気ない会話を既にしてて意外と淡白なんだなと思った。
「加藤さん、とりあえず今日は泊まって明日帰るってことでいいかな」
「はい。すみません、勝手に来たのに色々と良くしていただいて」
「いいんだ、全部結平が悪いんだから」
「そうだぞ加藤、全部俺が悪いんだから」
彼がそう言うと胸を張って言うことじゃないだろうとお父さんは少し呆れたように笑っていた。柔らかい印象を受ける笑い方も彼に似ていて思わず比べるように交互に見てしまった。
「加藤さん、あいさつが遅れたけど結平と菜緒の父親の研一郎です」
「加藤恵です、よろしくお願いします」
「いつも結平がお世話になってます」
「いえ全然。こちらのほうがよくしてもらってます」
「どうですかこの愚息は。学校ではよくやってますか」
「はい。楽しそうに学校生活を送ってますよ」
「横から見てたら父親と同級生が話してるのって変な感じするな」
「なにをゆっくりくつろいでるんだ、加藤さんはお客様なんだからおもてなししないと」
「友達の親と話すほうが緊張しちゃうだろ、なあ加藤?」
「えっ」
「こら結平、本当にそう思っていても口には出しづらいんだから」
「いえそんなことは……」
「大体そういう答えになっちゃうよな」
「ちょっと須藤君、からかってないで助けてよ」
気がつくと二人は笑いながらこっちを見ていていつのまにか私をからかう方向にシフトしていた。
「お風呂上がったよ~。あっ恵さん、こんばんは」
「こんばんは菜緒ちゃん。お邪魔してます」
「いえいえ、お兄ちゃんから聞いていたので久しぶりに会えるのが楽しみでした」
「菜緒ちゃんは本当にいい子だね」
「そうだろう」
「何で須藤君が得意気なのかはわからないけど」
「兄として鼻が高い」
「あらあら賑やかでいいわね。ほら二人とも夜ご飯よ」
「ばあちゃんの煮物久しぶりだな」
「すみません、ありがとうございます」
須藤君のおばあさんが作った煮物を食べるのは初めてだったのに懐かしい味がした。この家が作っている雰囲気のせいなのか、おばあさんの人柄のせいなのかはわからかったけど居心地の良さを感じた。
「着替えは私の使ってください、下着は……」
「来る途中で買ってきたから大丈夫だよ、ありがとう」
「よかった、ではごゆっくり」
「案内してくれてありがとね」
ご飯を食べ終わりお風呂の案内を受けて言われるがままに行動する。
頭を濡らすためにシャワーの蛇口を捻り目を瞑る。視界が暗くなると急に冷静になったように色々な考えが頭をめぐって小さくため息をつきそうになった。
好きな人を前にする緊張感とは別に、その家族に変に思われないかという違う緊張をしてしまう。シャワーの熱はそれをほぐしてくれるみたいで心地よく感じた。
──
「あっ」
「よっ」
「涼んでるの?」
「そんなところ。夜の縁側でボーッとするってのが夏の目標のひとつだったから」
「なにそれ、他の目標は?」
「特にない、適当に喋ってた」
「変なの」
「色々と解放されたからさ、大目に見てよ」
「それを言われたら何も言えなくなっちゃうよ」
「あはは、たしかに。──改めてこんなところまで連れてきちゃってごめんな」
「ううん、私が勝手に付いてきただけだから」
「それでもありがとう。たぶん加藤がいなかったら完全に晴れた気分にはならなかったと思う」
「それなら付いてきた甲斐があったのかな」
夜はいいなと思った。顔を赤くしても彼に悟られることがないから。
「月、綺麗じゃない?」
「え、え?」
「月」
「あ、うん。綺麗だよね」
「都会じゃこうはいかないよな」
その言葉に深い意味がなかったとしても考えてしまう、彼がどういう意図で話しているのかを。
「でもここも言うほど田舎じゃないよね」
「都内に比べたら田舎でしょ。縁側がある家なんて見たことないよ」
「たしかに」
「ところで夏休みの宿題って進んでる?」
「それなりに」
「俺と加藤って結構仲いいよな」
「そんなこと言ったって見せないからね」
「英語だけお願い」
「辞書使うから一番面倒くさいやつだよね」
「え、終わってないの?」
「英語は終わってるけどさ」
「頼む、一生のお願い」
「一生のお願いをこんなことに使う人いないよ。まあ……いいけど」
「てんきゅ! 今度借りに行くよ」
「私の家知ってたっけ?」
「去年の雨の日に行ったじゃん」
「あーそんなこともあったね」
まだあのときは須藤君のことを意識してなかったなと思い出す。今相合傘なんてしようものなら……どうなってしまうのだろう。
「それじゃあ俺は寝るかな。明日の朝早いし」
「そっか、じゃあ私も寝るね」
「おやすみ」
「おやすみなさい」
──
「あれ? 今朝は須藤君とお父さんは?」
「おじいちゃんと一緒に草野球に行ってるんです」
「朝早いってそういう……」
てっきり家を出るのが早いと勘違いした私は早い時間に目を覚まして出来る限りの準備を進めていた。
「お兄ちゃんたちは放っておいて先にご飯食べましょう。たぶん一時間くらい経ったら戻ってきますから」
「わかったよ」
朝ごはんを済ませていつでも出られるようにすると菜緒ちゃんが言っていた通りの時間で戻ってきた。
「「ただいま~」」
「俺先シャワー入る」
「了解、ユニフォーム出しといてくれよ。洗っておくから」
「風呂上がったら交代ね」
「おかえり~」
「おはようございます、お邪魔してます」
「おー君が加藤さんか。聞いてた通り沙織に似て綺麗な女の子だ」
「沙織さん?」
「母さんの名前。てかじいちゃん、あんまり似てないよ。髪の長さがまず違うから」
「いやいや沙織の父親の私が言うんだから間違いない」
「はいはい」
呆れたように笑いながら須藤君はシャワーを浴びに洗面所に向かっていった。
それからは嵐のようだった。シャワーを浴びたかと思うと洗濯をし、気がついたらご飯を食べて着替えが終わっていて髪もいつのまにかセットされていた。
「墓参りに行ってからそのまま帰ります」
「気をつけて帰るのよ」
「突然の訪問で申し訳ございません、お邪魔しました」
「いいのよ、結平のお友達ならいつでも来てくれて」
「今度来たときはたくさん話を聞かせてくれ」
「おばあさんもおじいさんもありがとうございました」
「結平、しっかりするんだぞ」
「はーい」
「何をしっかりするんだ?」
「色々と、でしょ?」
「わかってるならいい。菜緒は受験頑張ってな」
「ありがとう」
帰り際におにぎりだとかをもらって須藤君のお父さんの車に乗って家を後にする。離れていく家を見て名残惜しさに似たようなものを感じた。
「加藤、向こうに行ったら水を汲むの手伝ってもらっていいか?」
「うん、もちろん」
「加藤さんに持たせたらダメだよ?」
「いやいや何もしないのも気を遣っちゃうだろ? あえて何かを一緒にやったほうがいいんだよ」
「結平にしては気が利いてるな」
「俺はいつだってそうだよ。な? 加藤?」
「そこで加藤さんに振る辺りちゃっかりしてるよね」
「そうだね、帰るときとかさりげなく車道側歩いてくれるもんね」
「ばっ、おま、ここで言うなよ」
「なになにお兄ちゃん、照れてるの?」
「斜め上の答えが返ってきたから驚いてるんだよ」
「どうだろうな」
「父さんまで言うか、この車に味方はいないのか」
車の中は笑顔が絶えず居心地がよくて、身近な人のお墓参りだから暗い雰囲気だったらどうしようかと思っていたのは杞憂に終わった。
車で走ること30分ほどで目的地には着き、私は後部座席に積んである手入れ道具やお供え物を手際よく取り出していくのを横で見ていることしかできず、それが歯痒かった。
「ごめんね、全然手伝えなくて」
「昨日から謝ってばかりだな、加藤は」
「だって……」
「いいんだよ、何も気にしなくて」
「水は私が運ぶよ」
「結構重いよ?」
「いいの、運ばせて」
「そこまで言うなら。でも墓石の前では俺に変わってね」
「お父さんと菜緒ちゃんに怒られるから?」
「母さんに怒られるからかな。女の子に持たせるなって」
「わかったよ。──あっ昨日野球に行くってどうして教えてくれなかったの?」
「そういえば朝が早いとしか言わなかったかも。見たかったの?」
「……少しね」
「来年また来ればいいんじゃないか、毎年やってるし。そうしたら見れるよ」
「来年って……。私また来ていいの?」
「加藤ならいいよ」
その言葉に墓地であるということを忘れて口が緩みそうになってしまう。私が踏み出したことによって彼の中で私という存在が何か良い方向に変わったのだろうか?
──そうだとしたらどんなに嬉しいか。
墓石の手入れも終わってお供え物を供えて手を合わせ目を閉じる。みんなに習って私も同じようにして、色々と彼のお母さんにお願いをした。どうか彼の気持ちが私に向くように背中を押してください、と。
「それじゃあ帰るか。加藤さんは家が近くなったら教えてね」
「家結構近いからいつも通りで大丈夫だよ」
「了解、それじゃあみんなシートベルトはしっかりな」
「あっお父さん、去年した約束覚えてる?」
「え? 何かあったかな」
「もう……今年の帰る途中でお母さんとの馴れ初め教えてくれるって約束したでしょ」
「加藤さんがいる前で沙織とのこと話さなきゃダメなのか?」
「約束だしな。なに、加藤がいると不都合でもあるの?」
「息子の友達に馴れ初めを聞かれるって相当恥ずかしくないか?」
「加藤も聞きたいよな」
「気にならないと言ったら嘘になります」
「そっか……なら話すとするかな。と言っても別にたいしたことじゃないよ」
「いいからいいから」
「中学から同じになったんだよ、小学校は別々で。当時からすごいモテてたんだぞ」
「父さんが? 母さんが?」
「自分で言うのもあれだけどお互いにな。それでも三年生になるまで接点なんてものはなくて俺は沙織のことを逆にあまり好きではなかったんだよ」
「どうして?」
「可愛いってのは知ってたんだけど勝手にそれを鼻にかけていると思ってたんだよ、全然そんなことなかったのに」
「それで如何様にしてくっついたの?」
「三年生で同じクラスになって修学旅行で同じ班になったんだよ。それで色々と話すようになってもしかして俺が思っている程性格が悪くないんじゃないかと思い始めたわけだ」
「実際は良い子だったわけだ」
「まあな、それでそう思っていた矢先に自由行動のときに沙織がはぐれたんだよ」
「あらら」
「それでみんなには自由行動をそのまましてもらって俺だけで沙織を探して、幸いすぐに見つけることができたんだ。そのときあいつは別の学校の男子に絡まれてたんだよ」
「やっぱり見た目が良いからか」
「うん。それで手を引いて離れた場所に移動したときの沙織の第一声が『初めて男の子と手を繋いだ』ってさ、あのときのあいつの顔は反則だったね」
「え、なに、それで惚れたってこと?」
「いや本当にクリティカルヒットだったよ。それからお互いに意識するようになって高校も合わせたわけじゃなくて偶々一緒で。高校一年生のときに母さんから告白されて、それからずっと付き合って結婚って感じ」
「へ~」
「ずっと付き合うって互いに一途だったんですね」
「いいな~お父さんとお母さん」
「俺がおかしいのか、女性陣の反応が普通なのかどっちなんだろ」
「まあ恋の始まりや仕方なんて人それぞれだよ、ルールなんてないんだし」
「てか父さんから告白した訳じゃないのかよ」
「プロポーズは俺からだから」
「いやそれ男からするのが当たり前だから」
「古い古い、男だの女だの。最近はもうそういう偏見はなくなってるんだよ」
「何で俺が諭される感じになってるの?」
それから色々と話をして、気が付いたら菜緒ちゃんが横で寝ていて。加藤さんも疲れたら寝ても大丈夫だよと言われて目を瞑ると意識が遠くなるのを感じた。その中で彼とお父さんの会話が夢のように聞こえていた。
*
「後ろは二人とも寝たのか?」
「うん」
「結平も寝たかったら大丈夫だぞ」
「話し相手がいないと父さん暇でしょ?」
「まあ、話し相手がいなかったら別の車のナンバープレートで足し算やかけ算でもしてるよ」
「なら起きてるよ、父親がそれをやりながら運転してくれていると思うと胸が痛い」
「ははっそうか」
「馴れ初めは聞いたけどさ、プロポーズはどうだったの」
「なんだ結平、気になるのか」
「こういうときでないと聞けないからさ。それで?」
「高校を卒業して学部は違ったけど大学も一緒でな。就職先はさすがに違ったけどお互いに将来一緒になるんだろうなとは考えていたと思う。それで社会人2年目のときにプロポーズしようと指輪を買ったんだけどさ、結婚してくださいの一言がずっと言えなかったな」
「ふーん、そんなもんかね」
「お前もいずれわかる。それでプロポーズのときに色々と言葉を用意したんだけどテンパった俺はそのどれも言わなかった、いや言えなかった」
「なんて言ったの?」
「結婚しなきゃ、お前がいなきゃ死ぬって言っちゃったんだよ」
「それでオーケーもらえたんだ」
「笑いながら泣いてたよ、あいつは。それでハイって一言だけ。でもあのときの言葉に間違いはなかった」
「というと?」
「脅しのような言葉だったけど、あのときの俺は沙織がいなかったら生きていけないと本気で思ってたんだ」
「……」
「でも病気で沙織が亡くなっても、腹が減ったらご飯は食べるしおもしろいと思ったことには笑ってそれに応える。あいつがいなくなったのにね」
「……それは──」
「結婚した当初に沙織が死んでいたら俺も一緒に死んでたと思う。でも結平と菜緒がいたからな、あいつに対する気持ちよりもお前達に対する気持ちのほうがずっとずっと大きかった。俺もいつのまにか親になってたんだよ」
「……そっか」
「結平、長生きする嫁さんをもらえよ」
「母さんと結婚したこと、後悔してるの?」
「全然」