夏休みも終わりに近づいていて墓参り以降どこにも出かけていない須藤は気分転換に駅近くの本屋を訪れていた。
何を買うのか決まっていないが何でも揃っているここなら良いものが見つかるかもしれないと思ったからだ。
「いいじゃん、君遊んでそうだし一緒にどこか行こうよ」
「だから行かないって言ってるでしょ? そんな暇ないの」
声のする方を見るとギターケースを持っている背の高い同い年くらいの女子が男二人に絡まれていた。ナンパというにはあまりに強引だし店の前でよくやるなと須藤は少し呆れた。
「けっお高くとまりやがって。どうせ俺らみたいのしかお前のことなんて相手しないっつーの」
「そうそう、だから早く遊びに行こうよ」
「さっきから言ってるように人を待ってるの」
「そういう割には誰も来てなくね?」
「ごめん遅くなった」
「「「え」」」
須藤がさも約束していたかのように女子に声をかけると絡んでいた当人たちは予想外のことに驚いて目をパチパチとさせる。
「悪いな待たせちゃって。お兄さん方もすみません、何かありましたか?」
「い、いや別に俺たちは……」
「ちょっと声掛けただけっていうか……それじゃあ」
そう言って男たちは去っていった。助けようと動いたが殴られたらどうしようとか変に絡まれたら嫌だなと須藤の内心はバクバクだった。
「大丈夫でしたか?」
「あ、ありがとうございます。助かりました」
「いえ何もなくてよかったです。よかったら待っている人が来るまで一緒に待ちましょうか? また変な人が来ても困りますし」
「じゃあお願いしてもいいですか? というよりお礼させてください」
「困ってる人を助けるのは当然のことですから」
よもや自分がこの台詞を言う時が来るとは思わなかったなと苦笑する。
「いえ本当にお兄さんが助けてくれて嬉しかったので。お茶だけでも……」
「いやそういうつもりで助けたわけじゃないし……」
「私があなたにお礼をしたいからじゃダメですか?」
「うーん……じゃあお茶一杯だけ。待ってる人が来るまででどうですか?」
「じゃあそれでお願いします。お兄さんの名前は何て言うんですか?」
「須藤結平です。えーと、あなた? 君? の名前は?」
「私は──」
*
「トモ、私運命の出会いをしたかもしんない」
「美智留、バカなこと言ってないで早く家に帰れよ」
「今父さんと喧嘩したから帰りにくいんだよー。ドラマみたいな出会いって言うの? 暴漢に絡まれて困っていた私に手を差し伸べてくれたんだよ。そのあとお礼って言って何とかお茶してさ、この出会いはもう運命だね」
「それは美智留の都合だろ? 俺はこれからサークル活動で友達が来るんだ。それとそんな出会いは何もドラマの中だけじゃない、二次元にはいくらでもある」
「あーハイハイ。トモの友達ってどうせメガネかけた汗っかきかガリガリのモヤシみたいのでしょ? 私みたいなイケイケな女子を見たらきっと帰っちゃうよ?」
「お前オタクに対する偏見ものすごいな。今から来るのはそのどちらでもなくイケイケなやつだよ」
「信じられないんだけど」
そう言って美智留はベットから上体を起こしギターに手をかけようとする。
「待て美智留、さっきうるさいからやめろって言ったよな?」
「それはアンプに繋いでたからじゃん、今は繋がってないから」
「しかしだな──」
「そんな細かいと女の子にモテないぞー」
「ふっそれで怯むのは女子に対して一定の期待を持ってる者だけだ。俺はそんな言葉で意見を変えたりなんかしない」
「そこまで吹っ切れてたら人生楽だろうねー」
安芸の言うことなんてお構いなしと言わんばかりに美智留はギターを弾き始める。そんな彼女の性分をわかっているからか呆れたように溜め息を吐いたきり安芸はそれ以上追及しない。
二人が話さなくなってから数分後に玄関のチャイムが鳴り、安芸は美智留のほうを向いて口を開く。
「いいか美智留、これから俺達はサークル活動をするんだからな」
「邪魔するなって言いたいんでしょ?」
「本当は部屋から出ていってもらいたいけどお前はテコでも動かないだろ?」
「変に茶々なんて入れたりしないよ、ただ後ろでギター弾いてるだけ」
「ならいいけど……」
我ながら美智留に対して甘いなと再度溜め息をつく。甘いというよりは言っても無駄ならそれ以上は言わないと言うのが正しいが。
そのようなことを考えていると先ほど玄関のチャイムを鳴らした人物が部屋のドアを開く。
「お邪魔しまーす。男友達の家とは言っても人の家に勝手に入るのはまだ慣れないな」
「勝手にじゃないだろ? 入っていいって言ってあるんだから」
「まあそうだけど。これ飲み物」
「ああ、その辺置いといて」
「あー!」
「うわっビックリした」
「あのときの!」
「あ~、たしか……氷堂さんだったっけ?」
「そうそう!」
「知り合い?」
「言ったじゃん! 運命の出会いしたって!」
「じゃあ美智留を暴漢から助けたのって……」
「須藤君だよ」
「いや暴漢じゃなくてしつこいナンパだったような」
「いやいや女子から見たらあの手のナンパはもう暴漢だから」
「美智留を助けたのが須藤って……、世間は狭いな」
「それでどうして氷堂さんは安芸の部屋にいるんだ?」
「私とトモは従姉妹だからね」
「……世間は狭いな」
思いがけないところに繋がりがあり、須藤は溜め息をつきそうになる。
「須藤君連絡先交換しない?」
「ん、了解」
「やった!」
「リア充たちはこんな簡単に連絡先を交換するのか……」
「これくらい普通でしょ。ね、須藤君」
「まあね。そのあと連絡しあうかは別として」
「えー返信とかしてくれないの?」
「きたら返すよ」
「じゃあよろしくね」
「というか美智留。須藤はサークル活動しにきたんだからあんまり構いすぎるなよ」
「でもまだなにもしてないよ?」
「それはお前がずっと話しかけてるからだろ……」
「とりあえず俺はスクリプト作ってるよ」
「それは話しかけても大丈夫なやつ?」
「多少なら。ギター持ってるってことは氷堂さんはバンドの練習?」
「うん、作曲ってほどでもないけど自分の思い付くままにメロディーを弾くのが最近私の中できてるかな」
「へぇ、なら作業中のBGMには困らないな」
須藤がそう言うと美智留はへへっと悪戯に笑ってギターを弾き始める。
三人がそれぞれの作業を始めたのも束の間──、
「須藤君は彼女とかいないの?」
「須藤君的に椿姫女子ってどう?」
「今度一緒に遊びに行かない?」
などと美智留は矢継ぎ早に須藤に話しかける。
「美智留、あんまりひどいと追い出すぞ」
「じゃあ最後に聞いた質問に答えてくれたら静かにするよ」
「遊びに行かないかってやつ?」
「そうそう、それでどう? 須藤君」
「うーん……二人きりでどこかに行くのはもう少し仲良くなってからってことで」
「そっかー……でも二人じゃなかったら遊びに行ってくれるってこと?」
「倫也がいればいいよ」
「じゃあさじゃあさ、今度ある夏祭りに行こうよ」
「夏祭りってどこの?」
「ほら近くの公園である大きめなやつ」
「それって俺ら行こうとしてたやつじゃない?」
「そうだな、ゲーム作りの参考に予定してたやつだな」
「本当? それに同席してもいいかな?」
「俺はいいけどどうなんだろ、倫也決めてよ」
「うーん……」
「ね、倫也お願い!」
ゲーム作りのための催しの側面があるため倫也は悩んだ。唯一断る理由として詩羽達から何を言われるかわからないというのがあったが──。
*
「それで倫理君は押しに負けて本物の幼馴染を連れてきてしまったわけね」
「はい、仰る通りです……」
「倫理君はともかく須藤君は断るものだと思っていたのだけれど」
「倫也に一任したので」
「そう。でもそのおかげでパチモンの幼馴染である澤村さんは息も絶え絶えよ」
詩羽が指差す方を見ると英梨々が放心状態となっていて倫也と須藤は苦笑した。
「まあまあ人数は多い方が楽しいし気にしないでいこうよ」
「どうしてあなたが仕切っているのかしら氷堂さん」
「いや~ノリでついつい」
「美智留の言うことも一理ある。取材をしつつ祭りも楽しむことこそがなによりの──」
「加藤、サンダルだからあんまり焦って移動しなくていいからな。歩くの早かったら言ってくれな」
「ありがとう」
「ちょっとそこの二人、俺の話聞いてた?」
「取材して祭り楽しんでってことでしょ? ちゃんとカメラで背景に使えそうなのとか撮っておくから」
「わかってるならいいけどさ……」
「じゃあさっそく回っていこう! おー!」
張りきる美智留を先頭に一同は祭りを回り始める。
倫也の隣を奪い合うように小競り合いをしている英梨々と詩羽を見て美智留はねえねえと須藤に尋ねる。
「あの二人って倫也のこと──」
「氷堂さんが考えている通りだよ」
「ふーん」
「反応的に意外ってわけじゃなさそうだな」
「なんだかんだ幼馴染だからね、良いところもいっぱい知ってるし」
「なるほどね」
「ところで須藤君の隣にいるのが加藤さんだよね?」
「そうだよ。氷堂さんよろしくね」
「普通に可愛いじゃん!」
「ええと、どういうこと?」
「トモから聞いた話だと特徴という特徴がないって聞いててさ、すごく地味な子を想像してたから可愛くてびっくりしちゃったよ」
「安芸君が私に失礼なことを言っていたのは置いておくとしてありがとう。氷堂さんもスタイルよくてモデルみたいだよ」
「ええ!? そんな……そう?」
「ね、そうだよね須藤君」
「うん、モテそう」
「いや~男っぽいとかしか普段言われないから新鮮だな~」
褒められて顔を赤くする美智留を見て二人も柔らかく笑った。
「ねえねえお腹空かない?」
「あまり空いてないけど……加藤は?」
「私もあんまりかな」
「てことだから気にせず屋台寄っても大丈夫だぞ」
「本当? お昼にあまり食べてないからペコペコでさ~」
「祭りの屋台の匂いって反則だよな」
「わかる! とりあえずそこの焼きそば買うね!」
「走って転ぶなよ」
「子供じゃないし大丈夫だよ」
「それもそうだ」
「須藤君、私かき氷食べたいな」
「申告制じゃないんだから」
「そうじゃなくて後で屋台に寄りたいってこと」
「ああ、そういうこと」
「須藤君ってかき氷の味何が一番好き?」
「イチゴ練乳」
「たしかに美味しいよね」
「てことは加藤もイチゴ練乳?」
「私はイチゴかな~」
「ふーん。かき氷の味って全部同じって知ってた?」
「そうなの?」
「うん、イチゴもメロンも全部一緒。香料と着色料だけ違うらしいよ」
「そうなんだ、じゃあ私イチゴ味を買うから須藤君はメロン味にしてよ」
「さっきイチゴ練乳が好きって言わなかったっけ?」
「じゃあ私がイチゴ練乳買うよ。そうすればシロップだけかかってる部分もあるよね」
「俺がメロンは決定なのね、いいけどさ」
「なになに? 何の話?」
「かき氷の味は全部一緒って話だよ。氷堂さんは知ってた?」
「えーそうなの!? 須藤君は知ってた?」
「俺が今加藤に教えたんだよ」
「じゃあ後で試してみようっと」
「目瞑って鼻つまんで食べれば実験になるかもね」
「いいけど須藤君はそのときこっち見ないでね」
「なんで?」
「だって……恥ずかしいし」
「……それもそうだな」
須藤と加藤のやり取りを見て美智留はふむと少し考えた。
「氷堂さんどうしたの」
「……何でもない! それより須藤君もトモと同じで呼び捨てで呼んでよ。同い年なんだし何だか他人行儀じゃない?」
「じゃあ氷堂で」
「名前でいいのに」
「俺は基本的に名字呼びだよ」
「でもトモに対しては名前だよね」
「倫也は男だし、氷堂は女子だろ?」
「そういう線引きあったんだ、知らなかった」
「女の子扱いされてるってことだしいいの……かな?」
「というか女子を下の名前で呼ぶの恥ずかしいだけだし」
「じゃあ試しに私のこと下の名前で呼んでみて」
「……恵」
「え、あー……うん、これは……かなり恥ずかしいね」
「はいはいやめやめ、かき氷でも買って熱冷まそうぜ」
「……熱くなってるのは二人だけだと思うけど」
「なんか言ったか氷堂」
「何でもないよーだ」
「俺がイチゴ練乳で加藤がメロンでいいよな」
「逆になってるよ須藤君……」
──
祭りもつつがなく終わり帰り道を歩いている途中で美智留は幼馴染に問いかける。
「ねえトモー」
「どうした美智留、サークル活動への文句なら何も聞かないぞ」
「いやそうじゃなくて」
「じゃあなんだよ。風呂はお前が先でいいよ」
「そうじゃなくて。いや、風呂は先に入るけどさ。あの二人って付き合ってるの?」
「あの二人って……須藤と加藤のことか?」
「うん」
「付き合ってないけど……どうしてだ?」
「うーん……うまく言えないけど、空気っていうのかな」
「良い雰囲気だったってことか?」
「そういう一言で済ませられる感じのじゃないんだけど……ま、いっか」
「なんだ美智留、失恋か?」
「失恋も何もないよ、始まってすらいないんだから。ただ髭がダンディーなグループも歌ってたでしょ?」
「なにを?」
「運命の人は私じゃなかった、それだけだよ」
「よくわからないけど風邪引いたならそう言えよ」
「よくわからないで済ますあたりトモだよね」
ふぅと美智留は空を見上げて溜め息をつく。
「離れがたいって言うのも本当なんだなぁ……」
嫁からゲームの許可が降りたのでLoLを再開したところドハマりして空いた時間全てそちらに費やしてしまっています。